ベトナムと日本における鍼灸・按摩の業 及び教育に関する比較研究 平成 28 年度 筑波技術大学大学院技術科学研究科保健科学専攻 鍼灸学コース ファン バンソン 目 次 Ⅰ.背景と目的 1 Ⅱ.方 法 1 1.資料の収集 1 2.資料の分析 1 Ⅲ.ベトナム社会主義共和国の概要 1 1.一般的な事項 2 2.略 史 2 3.経済の概況 2 4.日本との外交関係 3 5.ベトナムの障害者とその教育、職業及び福祉 3 6.ベトナムの視覚障害者 4 7.医療に関する法制度の基本的枠組み 5 8.ベトナムの医療関係職種 5 9.ベトナムにおける鍼灸・按摩事情 6 (1)ベトナムの鍼灸の歴史 6 (2)ベトナムにおける按摩事情 7 Ⅳ.結 果 8 1.医療に関する法制度 8 2.鍼灸・按摩制度に直接関わる法令 9 3.免許制度 10 4.鍼灸・按摩に関する教育 11 5.業務制限 13 6.開業に関わる規則 13 (1)施術所開設 13 (2)施術所の構造設備基準 13 (3)衛生に関する規定 14 (4)守秘義務 14 (5)広告に関する規定 14 7.視覚障害者への配慮 15 8.無資格者による按摩業 15 Ⅴ.考 察 16 Ⅵ.結 論 19 参考・引用文献 20 筑波技術大学 修 士 ( 鍼 灸 学 ) 学 位 論 文 Ⅰ.背景と目的  筆者は、ベトナムで 2002 年から盲人協会などにおいて視覚障害者を対象とした按摩教育に携わった経験を持つが、そのコースは全て1ヵ月から3ヵ月間の短期コースで、教材などが整っていない上に文字の読み書きができない生徒が多かったこともあって、医学的な知識を身につけることが困難で技術しか学べないまま終了した人が多かった。コースを修了した後に按摩の店舗を開いたり他の店に就職したりした人は多くいたが、そのような教育事情があってか、経営に失敗したり仕事を途中で止めたりする人は少なくなかった。また、技術の未熟さに加えて安全面に関する知識の乏しい人が、施術の際に骨折などの医療事故を起したこともあった。  一方、日本では、鍼灸や按摩の仕事に就く人は、全て国が定めた学校で3年以上勉強し、国家試験に合格した上で免許を取らなければならない。それで初めて卒業した後に仕事に就くことができ、収入も安定して得ることができる。また、日本の按摩は、技術や知識を身につけたあん摩マッサージ指圧師によって行われるので、安全だけでなく、患者の健康の保持・増進と疾病の治療に大きく寄与できている。また、視覚に障害のある就業鍼灸師の数は、日本の 1 万5,000 人 1)に対してベトナムでは数人が確認できるのみである。  5年間にわたる日本留学の経験をとおして、両国間にこのような格差のあることを驚きを持って認識し、ベトナムの鍼灸・按摩に係る教育と業の質の向上と視覚障害者の自立を促すためには日本に類似した制度を導入することの必要性を痛感した。これが本研究を着想するに至った動機である。  したがって、本研究は、日越間の鍼灸・按摩療法に関する業及び教育制度の類似点と相違点を比較検討し、もって、ベトナムにおける当該療法の質の向上と視覚障害者の自立を促すための政策検討に資する基礎資料を整えることを目的としている。 Ⅱ.方 法  インターネットや図書館などから収集した関連資料を翻訳した上で、日本とベトナムにおける鍼灸・按摩療法の業及び教育関連の法令・制度を比較し、ベトナムの当該療法に関する法制度の改善・改革の参考になりうる法制度を検討した。 1.資料の収集 (1) 日本の厚生労働省、文部科学省などのホームページの閲覧・検索 (2) 筑波技術大学図書館、サピエ図書館の検索 (3) ベトナムの政府、司法省、保健省、労働傷兵社会省、教育訓練省、ベトナム国家図書館、法律図書館などのホームページの閲覧・検索 (4) 国内外の関係者からの聞き取り 2.資料の分析  両国間における鍼灸・按摩に関する業及び教育制度に関する下記の2点について、類似点および相違点を比較・検討した。 (1) 鍼灸・按摩に関する業の営業免許制度 (2) 鍼灸・按摩教育の履修内容とカリキュラム Ⅲ.ベトナム社会主義共和国の概要 1.一般的な事項 面 積:32 万 9,241 平方キロメートル人 口:約 9,340 万人(2015 年現在) 首 都:ハノイ 民 族:キン族(越人)約 86%、他に 53 の少数民族言 語:ベトナム語 宗 教:仏教、カトリック、カオダイ教、他 2) 2.略 史  ベトナムの歩んできた道は他国からの侵攻とそれらに対する抵抗運動の歴史であったといえる。古くは漢に始まる約千年の中国による支配、その後も元による侵攻、フランス軍による統治、日本軍の駐留、そして泥沼のベトナム戦争である 3)。ベトナムの歴史の変遷の概要を表1にまとめた。 表1 ベトナムの歴史の変遷 西暦 歴史BC.207 年 南越国の成立BC.111 年 前漢、ベトナム北部に交趾郡を置く 938 年 呉権(ゴー・クエン)、白藤江で南漢軍を破る(中国からの独立) 1009 年 李王朝の成立 1010 年 首都をタンロン(現在のハノイ)に定める 16 世紀 ホイアンの日本人町が栄える 1884 年 ベトナムがフランスの保護国となる 1930 年2月 ベトナム共産党結成1940 年9月 日本軍の北部仏印進駐(1941 年南部仏印進駐) 1945 年9月 ベトナム共産党ホーチミン主席、「ベトナム民主共和国」独立宣言 1946 年 12 月 インドシナ戦争1954 年5月 ディエンビエンフーの戦い 1954 年7月 ジュネーブ休戦協定、17 度線を暫定軍事境界線として南北分離 1965 年2月 アメリカ軍による北爆開始 1973 年1月 パリ和平協定、アメリカ軍の撤退 1973 年9月 日本と外交関係樹立 1976 年7月 南北統一、国名をベトナム社会主義共和国に改称 1979 年2月 中越戦争1986 年 12 月 第6回党大会においてドイモイ(刷新)政策が打ち出される 1991 年 10 月 カンボジア和平パリ協定1992 年 11 月 日本の対越援助再開 1995 年7月 アメリカとの国交正常化 1995 年7月 ASEAN 正式加盟1998 年 11 月 APEC 正式参加2007 年1月 WTO 正式加盟 2007 年 10 月 国連安保理非常任理事国(2008 年~2009 年)に初選出 2) 3.経済の概況  1989 年頃よりドイモイ(刷新)の成果が上がり始め 1995 年~1996 年には9%台の経済成長率を記録。アジア経済危機の影響から一時成長が鈍化したものの海外直接投資の順調な増加も受けて、2000 年~2010 年の平均経済成長率は 7.26%と高成長を達成。2010 年に低位中所得国となった。  2011 年以降はマクロ経済安定化への取り組みに伴い、2011 年は 5.9%、2012 年は 5.2%と成長率が鈍化したが、2013 年は 5.4%、2014 年は 5.98%と緩やかながらも回復傾向が見られる。目下、ベトナムは一層の市場経済化と国際経済への統合を推し進めており、2007 年1月、WTO に正式加盟を果たした。その後も、各国・地域との FTA/EPA 締結を進めており、TPP 交渉にも参加。他方、未成熟な投資環境、国営企業の非効率性、国内地場産業の未発達等懸念材料も残っている 2)。 4.日本との外交関係  1993 年3月のキエット首相訪日以後、両国間の関係緊密化が順調に進み、首脳間の往来も頻繁に行われるようになった。1999 年6月には秋篠宮同妃両殿下が日本の皇族として初めて御訪越された。また、2009 年2月には、日越外交関係樹立 35 周年を迎えた機会として、皇太子殿下が初めてベトナムを訪問され、チエット国家主席を表敬された他、ハノイ、ダナン、ホイアン、フエ、ホーチミンを視察された。  その後も 2009 年 11 月のズン首相訪日(日本・メコン地域諸国首脳会議)、2010 年 10 月の菅総理大臣の訪越(ASEAN 関連首脳会議及び2国間公式訪問)、2010 年 11 月のチエット国家主席の訪日(APEC 首脳会議、2011 年6月のサン党書記局常務の訪日(外務省賓客)、2011 年 10 月(2国間訪問)及び 2012 年4月(日本・メコン地域諸国首脳会議)のズン首相の訪日と首脳級の要人往来が続いた。  2013 年1月には、安倍総理大臣がベトナムを訪問し、ズン首相との間で日越友好年(外交関係樹立 40 周年)を宣言した。同年 12 月、ズン首相が日・ASEAN 特別首脳会議出席のため訪日し、安倍総理大臣との間で同友好年の成功裏の開催を共に祝し、海上安全保障、人材育成への協力、経済関係・開発協力、政治、安全保障など幅広い分野における協力を確認した。  また、近年国民レベルでの交流も活発化しており、日越外交関係樹立 40 周年を迎えた 2013年は、日本とベトナムの両国において約 250 の文化交流行事が開催された。ベトナムにおける第1回日越友好音楽祭や日本における「ベトナムフェスティバル」等年間を通じ多くの記念行事が両国において行われた 2)。 5.ベトナムの障害者とその教育、職業及び福祉 (1) 障害者の数ベトナム社会保障局の統計 4)によると、同国の障害者は約 700 万人、そのうち360 万人が女性、120 万人が 18 歳未満、500 万人の障害者が農・山村に住んでいる。障害種別を見ると、身体障害者が 29.4%、視覚障害者が 13.8%、聴覚障害者 9.3%、精神障害者が 16.8%、知的障害者が 13.6%、重複障害者が 17.0%となっている。一方、世界保健機構(WHO)の推計によれば、ベトナムの障害者は人口の 10%で、約 900 万人。そのうち 18 歳未満が約 200 万人となっており、両者間に差異が見られる。 (2) 障害児・障害者教育  ベトナムの障害児教育は、フランスの植民地時代にカトリック修道院の慈善事業として始まった。視覚障害児教育と聴覚障害児教育には歴史があり、都市部の盲学校やろう学校の教育水準は高い。知的障害児の教育は近年になって力を入れ始めたところである。しかし、農村や山岳部の障害児には教育の機会が少なく、在宅生活となっている児童がほとんどである 5)。 2001 年の教育に関するベトナムの政府決定では、障害児の就学率を 2005 年までに 50%、2010 年までに 70%とすることが目標として挙げられていた。しかし、この目標は、達成できなかった。障害児の就学率の向上と学習の機会を拡大する具体的な施策として、①ホア・ニャップ(Hoa Nhap;統合教育)、②バン・ホア・ニャップ(Ban Hoa Nhap;半統合教育)、③チュエン・ビエト(Chuyen Buet;特別教育の障害児学校と障害児学級の教育)の三つの方法を示しているが、近年、国際交流の中で、欧米のインクルーシブ教育や日本の特別支援教育の理念が導入され、ホア・ニャップが積極的に推進する機運が出てきた 6)。  その結果、障害児の就学率は向上し、全国で教育を受けられた障害児の数は 1996 年の 42,000人から 2015 年には 50 万人へと著しく増加した 7)。しかし、障害児を受け入れるために教育環境を改善している施設は希で、対応できる教員も少ない。そのため、ホア・ニャップは受け入れが容易な軽度障害児が中心とならざるをえないのが現状である 8)。  また、ベトナムでは、進級・進学に際して試験を実施し、基準点に達しないと留年する課程制がとられている。障害児が通常の学級へ入学すると、進級試験で不合格となり、留年を繰り 返した後、退学へと追い込まれ、初等教育段階も終了できない事態が起こるという報告 9)もある。 (3) 障害者の職業  労働傷兵社会省が実施した障害条例実施調査 10)によれば、障害者全体の約 21%は仕事を遂行する能力があるとされている。就労可能な障害者のうち 62%は収入を得るために何らかの経済活動をしており、その多くが農業に従事している。また、多くの障害者は、障害と能力に限界を抱えているため、仕事が不安定で低収入しか得ることができず、生活費を稼ぐことが難しい。結果として、彼らの生活と彼らの家族は多大な困難に直面している。  およそ 80%の都市に住む障害者および 70%の地方に住む障害者は、家族または親類もしくは社会手当に依存しており、自立生活を営むことができる障害者はわずか 11%である(障害者に関する国内調整委員会:2010)。また、全国 56 都市 256 ヵ所で職業訓練が実施されているが(78ヵ所は民間)、受けている人は全障害者の 12.1%にすぎない。 (4) 障害者手当て  ベトナムの障害者に対する手当は月額 18 万ドンから 70 万ドン(約 900~3,500 円)。対象は重度障害者と最重度障害者で、手当の受給者は全国で約 896,000 人(2015 年時点)である。  なお、同年におけるベトナム人一人当たりの平均月収は 380 万ドン(約 19,000 円)で、これはベトナム人にとって最低限の生活に必要な金額である 4)。 6.ベトナムの視覚障害者 (1) 視覚障害者の数  ベトナムの視覚障害者の数は正確に把握されていない。中央盲人協会(VBA)によると、全国の視覚障害者の数は約 100 万人である。しかし、中央眼科病院によれば、ベトナムの視覚障害者の数は約 200 万人である 11)。 (2) 視覚障害者の教育  視覚障害教育は、ほかの障害種と同様にインクルーシブ教育、セミインクルーシブ教育、特別教育の三つの方法で推進されている。「インクルーシブ教育は障害者にとって主要な教育方法である」という障害者法(2010 年公布)による規定があるので、特別支援学校に在籍する視覚障害児の数は減少傾向にある。現在、視覚障害者のための特別支援学校の数は全国で8校あり、在籍している児童生徒は約 500 人である。インクルーシブ教育を推進するためには、地方盲人協会の訓練センターなどが大きな役割を果たしている。視覚に障害を持つ児童は、これらのセンターや施設で6ヵ月から1年間、点字などを勉強し、それから地元の普通校に通いながら施設で生活し、補習授業も受ける。 また、上記の学校や施設で点字や自立訓練を受けながら自宅から普通校に通う場合もある。 2015 年の時点で、インクルーシブ学校(普通校)で教育を受けている視覚障害児は 789 人、大学等の高等教育機関の在籍者は 149 人であった。インクルーシブ教育の推進により、視覚障害者の教育機会が増えてきたが、実際には教育を受けていないか、中途で学校を辞める視覚障害者が非常に多いのが現状である 12)。 (3) 視覚障害者の職業 ベトナムの視覚障害者の職業にはマッサージ、手工芸、農業、畜産、コンピュータ等がある13)。最近、マッサージは視覚障害者の経済的自立に適した職業との認識が広がり、その教育・普及が推進されている。多くの盲人協会や NPO などは視覚障害者のためのマッサージコースを設けているが、ほとんどは3ヵ月未満である。全国盲人協会が運営する 385 の協同作業所の内、247 ヵ所でマッサージセンターを設けており 1,503 人の盲人マッサージ師が従事している。そのほか、個人経営の店舗は 505 ヵ所で約 3,000 人の同マッサージ師が従事している 14)。 7.医療に関する法制度の基本的枠組み  ベトナムの鍼灸・按摩を含めて医療に関する基本的枠組みは、国会で定められる憲法→国会で規定する法律・国会の常任員会が定める「法令」→政府が定める政令→保健大臣が定める省令→各省の保健局長が公布する通知などという体系に基づいて組織されている 15)。  まず、ベトナム国憲法の第 38 条の1には、「すべて国民は、保護され公平に健康のケア及び医療サービスを受ける権利を有するとともに、疾病の予防・診察及び治療に関する規定を遵守する義務を有する」とされている 16)。続いて、鍼灸・按摩業を含む古典医療や医療全体に関する事項は、「診療に関する法律」で規定されている。さらに、鍼灸・按摩を行う者を含む医療従事者の資格や診療施設については政令や省令で定められている。 8.ベトナムの医療関係職種  ベトナムの医療従事者は医師、准医師、看護師、助産師、薬剤師、医療技師、公共保健員などで構成されている(表2)。医師は大学で6年間、准医師は専門学校などで2年間の教育課程を修め卒業した者である。医師の不足地域では准医師は医師に準じた役割を果たしているが、医師の充足地では、准医師は医師の助手として看護師のような診療の補助行為を果たしている。 准医師はさらに4年の課程を修めると医師になれる。  日本のような、あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師という免許資格はないが、古典医師、古典准医師などは鍼灸・按摩を行うことが許されている。古典准医師は鍼灸・按摩以外に漢方薬を調剤・処方することもできる。古典医師は、古典准医師の業務の他に保健省が指定する薬剤に限って処方することができる。  また、多科医師や看護師などは保健省が指定する大学や病院で鍼灸・按摩に関する研修を受けると、それを行うことが許される。さらに表2に含まれていないが、ルオン・イー(民間療法を業とする者に対する法定身分)や家伝治療師の中には鍼灸・按摩を行うことが許される人もいる 17)。 表2 ベトナムにおける医療従事者の種類と修業年限 9.ベトナムにおける鍼灸・按摩事情 (1)ベトナムの鍼灸の歴史  ベトナムは世界でもっとも鍼灸の歴史が長い国の一つとされている。資料によると、フン・ヴォン(雄王)時代(紀元前 287~257 年)、ハイヅオン省出身のアン・キ・シンは、温めたもぐさを使ってトイ・バン・ツの病気の治療を行ったとの記録がある。また、アン・ズオン・ヴォン(安陽王)時代(紀元前 257~207 年)、ハイヅオン省出身の将軍カウ・ロは有名な鍼灸師でもあった。トイ・ヴィは鍼灸でウン・フエンやニャン・ヒエウの病気を治療した記録も伝えられる。とくに、ゴ・ヴォン(呉王)、ディンブオン(丁王)、レ・ブオン(黎王)、リ・ブオン(李王)時代(937~1224 年)は鍼灸療法は盛んだった。1136 年、僧侶だったグエン・チ・タンは、リ・タン・トン・ブオン(李神宗王)の精神病を仏法と鍼灸で治療し「李朝国坊」と名乗った 18)。 1) 陳朝時代(1225~1400 年)  ツアン・ヅ・トン王はチョウ・カンから勃起障害の鍼灸治療を受け9人の児童を授かった。ツアン・ズエ・トン王時代(1372~1377 年)になると、ハイヅオン省出身の僧侶ツエ・チンが『南薬神効』を著し、急性痙風や慢性痙風・沈没死などの病気に対する鍼灸治療法を紹介した。ホ・ハン・フオン王時代(1401~1407 年)には、ハイヅオン省出身で高名な鍼灸医グエン・ダイ・ナンが『鍼灸絶効演歌』を著したが、これは現在に伝わるベトナム最古の鍼灸専門書である 19)。 2) 後黎朝時代 (1407~1789 年)  1515 年にハイフン省出身のグエン・ホアン・チャイが『鍼灸絶効』を、また、1695 年にはバクニン省出身のイ・コン・ツアンが『鍼灸絶効法』と『鍼灸取穴図』を著した。18 世紀に入ると、大名医ハイ・ツオン・ラン・オンが『医宗心領』を出して鍼灸療法について著述した 20)。 3) グエン(阮)時代 (1802~1945 年)  1805 年、レ・チャク・ニュは『灸法精微』を、またホアン・チは『鍼灸新書』を著した。また、19 世紀後半フランスが侵略の際、盲人であるグウイェン・ヂ・チューは、高名な文学者でもあり、古典医師で、著書『猟師・木こり問答医術演歌』の中で、鍼灸治療に関する記述もあった。 フランス植民地の時期(1884~1945 年)は、植民地政策により鍼灸を含むベトナムの伝統医療を廃止されたが、簡便で効果のある鍼灸は民間で続けられた 21)。 4) 「8月革命」(1945 年以降)  鍼灸療法は徐々に復興し発展している。1958 年、鍼灸を含むベトナム東医会が設立され、その地方支部では東洋医学に関する講座を開講している。また、同会の本部では東洋医学に関する専門誌を発刊するとともに、付属の鍼灸研究所において、外科手術時の鍼麻酔、片麻痺や麻薬依存症に対する鍼通電療法、鍼鎮痛等に関する研究が行われており、ベトナムにおける「12 新鍼療法」(下記)が確立された。 ① 水鍼療法 ② 痛みに対する鍼通電療法 ③ 梅花鍼療法 ④ 耳鍼療法 ⑤ 外科鍼麻酔 ⑥ 麻痺に対する大蛇鍼療法(3寸以上の太くて長い鍼を用いる療法) ⑦ 麻薬依存症に対する鍼通電療法 ⑧ 小児難病に対する糸鍼療法 ⑨ 小児の聴覚障害に対する鍼通電療法 ⑩ B 型日本脳炎の後遺症に対する鍼通電療法 ⑪ 視神経萎縮による視力低下に対する鍼通電療法 ⑫ 多発性脊髄炎による対麻痺に対する鍼通電療法  また、1968 年にはベトナム鍼灸会が設立された。現在、全国で会員の数はおよそ3万人に及ぶ。さらに 1982 年にはベトナム国立鍼研究所・中央鍼灸病院が設立された。この病院には現代医学的な医療機器が整備され、診察・診断は現代医学の考え方で、また、治療においては、現代医学的手法と伝統医学的手法を巧みに組み合わせながら行われている。診療科目は内科、外科・鍼麻酔科、婦人科、小児科等の病棟に分かれている。入院ベッド数は 400 床を数えており、おそらく世界的に見ても最大規模の鍼灸専門病院であると思われる 22)。 ベトナムの鍼灸の歴史をひもとくと、国民の病気の治療や健康の保持だけでなく、家畜の病気に対する鍼治療を行っていた記録が散見され、その伝統は現在に継がれている。  たとえば、1377 年、ツエ・チンが『南薬神効』の中で家畜の病気に対する薬剤と鍼灸を併用する治療法を紹介している。また、15 世紀には、グエン・ダイ・ナンは『鍼灸絶効演歌』に家畜の病気に対する鍼灸治療法を紹介した。  1977 年、ハノイ農業大学は家畜の外科手術に対する鍼麻酔の研究を始めた。その後、犬や牛の出産困難、子宮炎や犬・牛・豚などの麻痺などの多くの家畜の病気に対する鍼灸治療が研究され、臨床に応用されている。現在、各農業大学のカリキュラムには家畜鍼灸治療が含まれている 23)。 (2) ベトナムにおける按摩事情  ベトナムの按摩療法は、鍼灸や生薬の療法と同様に長い歴史を持ち、国民の健康の保持・増進及び疾病の治療に大きな役割を果たしている。たとえば、14 世紀に僧侶ツエ・チンは『南薬神効』の中で、多汗症に対する米の粉を使った按摩療法、腰痛に対する白菜種の粉のアルコールを使った按摩療法、紅色汗疹に対するエンドウ豆や活石の粉を使った按摩療法、麻痺に対する桂のアルコールを使った按摩療法などを紹介している。  また 15 世紀、グイェン・チュクは『保英療法』の中で軽擦や揉捏、指圧、牽引、運動などを用いて昏睡、高熱症、痙風、腹痛、下痢、喘息に対する按摩療法を紹介した。さらに、17 世紀、ダオ・コン・チンは、”Bảo sinh diện thọ toản yến”の中で自らの按摩法を含む自己療法を紹介した 24)。 ベトナムの按摩の基本手技を表3にまとめた。現在では、按摩療法は病院だけでなく按摩の店舗、ホテル、自宅などで盛んに行われている。按摩に相当する言葉及びその形式も多くある。たとえば、按摩(xoa bop :ソア・ボプ)、穴圧(bam huyet :バン・フイェツ)、タン・クアツ、背打、足穴圧、足マッサージ、経絡筋整、スポーツマッサージ、整膚、フェイスマッサージなどがある 25)。 表3 ベトナムにおける按摩法の基本手技 Ⅳ.結 果 1.医療に関する法制度  日本において医療制度及び医療従事者の身分、教育等に関する規制事項は「医療法」「医師法」「歯科医師法」「あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師等に関する法律」(以下、「あはき法」と略記)など 20 以上もの法律で定められているのに対し、ベトナムでは、医療に直接関係する規制法は、主に「診療に関する法律」と「薬剤法」で規定されているのみである。しかも、1986 年 12 月のドイモイ政策以降に着手されたので、その歴史はきわめて浅い(表4)。 表4 日越間の医療関連法の比較 2.鍼灸・按摩制度に直接関わる法令  鍼灸・按摩に関する免許、教育、試験、業務制限、広告、罰則等の事項についてみると、日本では、あはき法及び同法の下位法令において詳細かつ明確に定められている。一方、ベトナムでは、鍼灸・按摩を含む古典医療や医療全体に関する事項は「診療に関する法律」の規制を受けるが、教育、広告及び罰則等の規制事項は別の法律に委ねられている。また、按摩の業に 限ると「按摩業の開業に関わる要件」(2001 年保健省令第 11 号)でも規制されている(表5)。この例のようにベトナムでは、一つの法的行為が複数の法律で規制されている事例が散見される。 表5 日越間の鍼灸・按摩療法の業・教育等に関する法制度の比較 3.免許制度 (1)免 許  鍼灸又は按摩を業とする者に対しては、日越ともに免許を受けなければならないが、日本の身分免許に対しベトナムでは営業免許である点に差異を認める。 まず、日本では、あはき法の第1条において、「医師以外の者で、あん摩、マッサージ若しくは指圧、はり又はきゅうを業としようとする者は、それぞれ、あん摩マッサージ指圧師免許、はり師免許又はきゅう師免許を受けなければならない」とされており、医師が行うべき医業の一部の行為を解除することが許される者の「身分」として、明確に定めている。これに違反した場合、50 万円以下の罰金刑に処せられる 26)。  ベトナムでも診療に関する法律の第6条第2項において「無免許または免許を取り消された際、診察と治療を行ってはならない」と規定されており、これに違反すると 3,000 万ドンから4,000 万ドン(約 15~20 万円)の罰金刑に処せられる(医療における行政罰則に関する規定: 政令 2013 年第 176 号第 28 条の5)。しかし、按摩業の開業に関わる要件(2001 年保健省令第11 号)によれば、按摩師は保健省が指定した大学などからの按摩コースの終了証明書を所有しなければならない。これに違反すると上記の政令第 32 条の1の規定により 20 万ドンから 50 万ドン(約 1,000〜2,500 円)の罰金が科せられる。 (2)免許の積極的要件  免許を得るための積極的要件をみると、日本では、おおむね次の二つを満たしている者であることが、あはき法第2条第1項において定められている。 ① 大学入学資格者で、3年以上、国の認定した学校(大学、盲学校)または養成施設(専門学校、視力障害センター等)で所定の課程を修了していること。 ② 厚生労働大臣が行う試験(国家試験)に合格していること(ただし、国家試験には実技試験は課されていない)。 一方、ベトナムでは、免許を得るための積極的要件は診療に関する法律第 18 条で次のように規定されている。 ① 以下の証明書のいずれかを有する者 a) 医療に関する専門の卒業証明書(ベトナムで授与されたもの、あるいはベトナムで公認されているもの) b) ルオン・イーである旨の証明書 c) 家伝治療法の所有者である旨の証明書 ② ルオン・イー(前記)あるいは家伝治療師のほか、研修終了証明書を有する者 ③診療職の要件を満たす健康証明書を有する者 (3) 消極的要件  日本では、次の4項目のいずれかに該当した場合、免許を取得することはできない(あはき法第3条)。 ① 心身の障害によりあん摩マッサージ指圧師、はり師又はきゅう師の業務を適正に行うことができない者として厚生労働省令で定める者 ② 麻薬、大麻又はあへんの中毒者 ③ 罰金以上の刑に処せられた者 ④ 前号に該当する者を除くほか、第1条に規定する業務に関し犯罪または不正の行為があった者  一方、ベトナムでは、診療に関する法律第 18 条第4項の規定により次の各号に掲げる事項のいずれかに該当した場合が欠格事由となる。 ① 裁判所の判決により、医療に関する業務を禁止された者 ② 刑事訴追されている者 ③ 裁判所の刑事判決を受けた者 ④ 行政処分によって教育施設あるいは診療施設に強制入所された者 ⑤ 専門に関する禁固以上の処分を受けた者 ⑥ 民事行為能力の喪失または制限された者 4.鍼灸・按摩に関する教育 (1) 入学資格  日本では、あはき法第2条第1項の規定により、あん摩マッサージ指圧師、はり師またはきゅう師を養成する学校・養成施設に入学することのできる者の修業要件を、学校教育法第 90 条第 1 項の規定に基づく大学に入学することができる者(=高等学校卒業者)としている。しかし、同法 18 条の2第1項は、著しい視覚障害のある者に限り、前記の規定にかかわらず、高等学校に入学することができる者(=中学校卒業者)に対し、あん摩単科は3年以上、あはき3 科は5年以上、それぞれの課程を修了した者に国家試験の受験資格を特例的に認めている 27)。  一方、ベトナムでは、中級専門学校における養成に関する規定(2014 年教育訓練省令第 22 号) の第4条で、中級専門学校に入学した者に対し、中卒者には3年から4年間、高卒者には2年間の履修が義務付けられているほか、同専門学校の1年間の初級コースを終了した者または他の中級専門学校を終了した者には1年ないし1年半の履修が課されている。しかし、いずれも視覚障害者に対する特例措置は設けられていない。 (2) 専任教員の資質  日本では、あん摩マッサージ指圧師、はり師及びきゅう師に係る学校養成施設認定規則(以下、「認定規則」と略記)において、専任教員の数およびその質を担保するための専門性に関する基準が明確に定められているのに対し、ベトナムでは、教育法(2005 年第 38 号)の第 77 条や中級専門学校条令に関する規定(2011 年教育訓練省令第 54 号)の第 35 条などの条令で教員の基準は定められているものの、専門性に関する基準を定めた条例は存在しない。 (3) 教育課程  一方、鍼灸師・按摩師を養成する学校の教育課程について見てみると、日本では上記の認定規則別表第1において、教育すべき学問分野、教育内容、最低履修すべき単位数が定められているのに対し、ベトナムでは、大学における保健科学に関する教育課程ガイドライン(2012 年教育訓練省令第 1 号)、古典准医師養成に係る教育課程ガイドライン(2003 年保健大臣決定第172 号)などの法令で規定されている 28-31)。表6で日越間における鍼灸師・按摩師養成のための教育課程を比較した。 表6 日越間における鍼灸・按摩教育制度の比較  なお、1単位に当たる時間の計算方法は、45 時間を必要とする内容で構成することを原則としているが、予習・復習等の時間数を考慮し、講義については、日本では 15〜30 時間の幅で履修することが認められているが、ベトナムでは 15 時間に固定されている。一方、実験、実習及び実技については日越間とも 30〜45 時間の幅で履修することとなっている。  また、日本では、あはき師の資質向上を目的に、平成 28 年に「あん摩マッサージ指圧師、はり師及びきゅう師に係る学校養成施設認定規則」の改定作業が行われ、各課程の単位数を引き上げるとともに、最低授業時間数を併記した新カリキュラムが平成 30 年度から適用されることとなった。  すなわち、「あん摩マッサージ指圧師課程」は 85 単位・2,385 時間、「はり師・きゅう師課程」は 93 単位・2,655 時間、「あん摩マッサージ指圧師・はり師・きゅう師課程」は 100 単位・2,835 時間に改められた。 5.業務制限  日本のあはき法第4条によると、あマ指師、はり師、きゅう師の行うことのできる業は法で免許された範囲に限られており、外科行為等の医業に及ぶことは禁じられている。これに違反すると医師法 17 条により3年以下の懲役または 100 万円以下の罰金に処せられる。また、あはき法第5条によれば、医師の同意がなければ脱臼・骨折の患部にあん摩、マッサージまたは指圧の施術を行ってはならない。これに違反すると 30 万円以下の罰金刑に処せられる。  一方、ベトナムでは、診療に関する法律第6条の3の規定で、免許証に記載された「活動範囲」以外の診療行為を行うことは禁じられており、これに違反すると 3,000〜4,000 万ドン(約15〜20 万円)の罰金刑に処せられる 32)。 6.開業に関わる規則 (1)施術所開設  施術所を開設する場合、日本では開設後 10 日以内に所在地の保健所を通じて都道府県知事に届け出なければならない(あはき法第9条の2、施行規則第 22 条)。ベトナムでも、鍼灸・按摩を含む古典診療所を開設しようとするときは認定申請の手続きをしなければならない。所定の要件を満たせば申請後3ヵ月以内に「活動許可書」が公布される(診療に関する法律第 47 条の1の b)。 (2)施術所の構造設備基準  日本における施術所の構造設備基準は、あはき法第9条の5及び同法施行規則第 25 条で次のように定められている。 ① 6.6 ㎡以上の専用施術室を有すること ② 3.3 ㎡以上の待合室を有すること ③ 施術室は床面積の7分の1以上を外気に開放しうる窓等を有すること。ただし、これに代わる適当な換気装置がある時はこの限りでない。 ④ 施術に用いる器具、手指等の消毒設備を有すること。 一方、ベトナムにおける古典診療所の構造設備基準は、診療従事者の資格及び診療施設の活動許可書に関する規定(2011 年保健省令第 41 号)の第 26 条で、次の3項目が定められている。 ① 10 ㎡以上の診療室及び待合室を有すること ② 鍼灸・按摩を行う場合、一つベッドにつき5㎡以上の施術室を有すること ③ サウナ治療を行うなら、その専用室は2㎡以上であること  しかし、按摩業の開業に関わる要件(2001 年保健省令第 11 号)が定める按摩施術室の基準は次のように詳細にわたっている。 ・個室あるいは各ベッドを隔てる広い部屋(ベッド1台につき4㎡以上)を有すること ・客の衣服や荷物を置くロッカーを設置すること ・施術室の扉に施錠の設備を設けてはならないこと ・外から施術室に連絡する設備を設けてはならないこと ・扉に透明なガラスを取り付けなければならないこと ・ベッドは高さが 60〜80cm、幅が 70〜90cm、長さが 200〜220cm であること ・ドアのガラスとは 45 度の角度にベッドを置かなければならない。 ・按摩施術の流れが書かれた紙を壁にかけなければならないこと(A1紙で文字は大きく読みやすいこと) ・各施術室から受付ないし医師の部屋に一方向の救急ベルを設置しなければならないこと (3)衛生に関する規定  衛生保持に関する規定を見てみると、日本では、あはき法第6条において、施術時のはり、手指及び施術局部の消毒義務が科されているのに加え、同法第9条の5第2項及び同法施行規則第 26 条では開設者が講ずるべき衛生上必要な措置として、次の2項を挙げている。 ① 清潔に保つこと ② 照明及び換気を十分にすること  これに対しベトナムでは、診療従事者の資格及び診療施設の活動許可書に関する規定(2011 年保健省令第 41 号)の第 25 条で、「診療所は家屋から隔てること、床、壁、天井は掃除しやすい材料で作らなければならない。」と規定されている。また、按摩業の開業に関わる要件 (2001 年保健省令第 11 号)では、「丈夫な布団、清潔な枕及びシーツ、滅菌したタオル、十分な照明を用意すること。明るさを調節できる電器を使用してはならない。電器のスイッチを施術室の外に置く」と定めている。 (4)守秘義務  守秘義務をみると、日本では、あはき法第7条の2において正当な理由がなく、その業務上知り得た人の秘密を漏らすことを、施術者でなくなった後においても禁じている。これに違反すると 50 万円以下の罰金に処せられる。ただし、裁判での証言や捜査令状に基づく聴取などはこの限りではない。  一方、ベトナムでは、診療に関する法律第8条に「患者は自分に関する情報は秘密として守られる権利を有する。」と規定されている。また、同条第2項には、「患者の同意のほか、直接患者に関わる診療従事者の間及び法律で定めた場合を除くほか、患者に関する情報を漏らしてはならない。」と規定されている。これに違反すると 300 万ドンから 500 万ドン(15,000~25,000 円)の罰金刑に処せられる 32)。 (5)広告に関する規定  日本では、あはき法第7条で施術の業または施術所に関して、何人もいかなる方法によるを問わず、次に掲げるもの以外は広告をしてはならない。 ① 施術者である旨、施術者の氏名及び住所 ② 法第1条に規定する業務の種類 ③ 施術所の名称、電話番号、所在地を表示する事項(地図など) ④ 施術日または施術時間 ⑤ その他、厚生労働大臣の告示で指定するもの ア) もみ療治 イ) やいと、えつ (共に灸を表す用語) ウ) 小児ばり エ) 医療保険の療養費支給申請が出来る旨(医師の同意が必要である旨を明記する) オ) 予約制度 カ) 休日の施術キ) 出張施術ク) 駐車設備  一方、ベトナムでは、広告に関する法律(2012 年法律第 16 号)の第 20 条の4の e.及び医療における広告に関する規定(2015 年保健省令第9号)の第 11 条により、「広告内容は活動範囲に適合でなければならない」とされているものの、日本のような厳格な制限規定はない。また、同規定により、広告内容及び方法は認定申請の手続きをしなければならないこととされており、書類上に問題がなければ 10 日以内に広告許可証が公布される。 7.視覚障害者への配慮 (1)受験に伴う配慮  前述のように、日本では、あはき法第 18 条の2の規定により、視覚障害者は同法第2条の規定に関わらず、高等学校の入学資格者であって、視覚特別支援学校などで、あん摩マッサージ指圧師となるのに3年以上又はあん摩マッサージ指圧師、はり師及びきゅう師となのに5年以上修業した者に対し、国家試験を受けることが特例的に認められている。また、受験に際し、申請により、拡大文字又は点字によるほか、問題を録音した DAISY-CD の使用や試験問題の読み上げの併用による受験が認められている。また、照明器具、読書補助具、点字タイプライター等、視覚補償機器の使用ができるほか、試験時間の配慮として視覚に障害のない者の 1.5 倍の時間延長が認められている 33)。  これに対しベトナムでは、障害者のための教育政策に関する規定(2013 年教育省・労働省・財務省令第 42 号第2条の2の b)により、障害者は中級専門学校に入学を希望する場合、試験が免除される。すなわち、学校長は、当該障害者の過去の学習成績、障害の状態及び専攻の特徴等を勘案して入学を許可することができる。また、同条の2の c の規定により、大学及び短期大学は最重度の障害者に対し入学試験を免除することができることとされているほか、重度障害者については、入学試験に関する規定(教育訓練省令)で入学を優先することができる。また、同省令の第5条の2により、大学の学長又は専門学校の校長は、障害のある学生に対し、その学習活動の状況を検討の上、特例的に卒業証書を与えることができる。 (2)職業優先  日本においては、視覚障害者の保護政策の一環として、晴眼者のあん摩マッサージ指圧師の数を抑制する措置がとられている。すなわち、あはき法第 19 条第1項は、「当分の間、文部科学大臣又は厚生労働大臣は(中略)、視覚障害者であるあん摩マッサージ指圧師の生計の維持が著しく困難とならないようにするため必要があると認めるときは、あん摩マッサージ指圧師に係る学校又は養成施設で視覚障害者以外の者を教育し、又は養成するものについての第2条第1項の認定又はその生徒の定員の増加についての同条第3項の承認をしないことができる」と規定し、あん摩マッサージ指圧師になる晴眼者の数を抑制している。  一方、ベトナムでは、按摩業の開業に関わる要件(2001 年保健省令第 11 号)の第1項目の4 において、「第2項目に掲げる要件を満たした各盲人協会は按摩の店舗を開設することができる。」と定めているものの、その要件は視覚障害のない者に対しても同様であり、日本のような明確な保護規定は存在しない。しかし、治安的要件のある職業に関する規定(2010 年公安省令第 33 号)第3条の 12 によれば、障害者の職業を促進する目的のほか、健康の回復及び増進を目的として物理療法(按摩、マッサージ、タンクアツを含む)を業としようとする者に対して、治安に関する要件を満たすことが義務付けられている。 8.無資格者による按摩業  日本に比べ、ベトナムでは按摩師になる際の要件は著しく緩やかであるが、按摩の店舗を開設する要件は比較的難しい。  按摩業の開業に関わる要件(2001 年保健省令第 11 号)によれば、小学校以上を卒業した者は保健省が指定した大学や専門学校で、按摩に関する短期間の研修を受けるだけで按摩行為を行うための資格が取得できる。しかし、按摩の店舗を開設するためには「責任者」として医師を 置かなければならないこととされている。しかし、同省令の第1項目の3には、「タンクアツは本省令の規定の対象外とする。」という規定がある。  そこで、無資格者や上記の条件に満たない者は按摩の店舗を開設するときに按摩(xoa bop)という言葉を使わずに、「タンクアツ」と標榜して按摩ないし按摩類似の手技療法を行うため、一般市民が無資格者を識別できないという実態がある。  ただ、この問題は制度が未整備なベトナムだけの現象ではない。あはき法に基づいた制度を備えた日本においても、無資格按摩師が横行している現状がある。すなわち、あはき法第 12 条第1項で「何人も、第1条に掲げるものを除く外、医業類似行為を業としてはならない。」として、明確に医業類似行為を禁止処罰の対象にしているにもかかわらず、昭和 35 年(1960 年) に医業類似行為に関する最高裁判所の判決(医業類似行為業者であっても人の健康に害を及ぼすおそれのない行為は法による禁止処罰の対象にはならない旨を示した判例)や、これを受けて出された厚生省医務局長通知(昭和 35 年)等により、整体、カイロプラクティック、リラクゼーション、足ツボ療法などの無免許按摩ないし按摩類似の手技療法が無秩序に跋扈している状況にある。  以上、日越間における鍼灸・按摩の業・教育等に関する制度の相違点及び類似点について述べてきたが、これらを表 7 に総括的にまとめた。 表7 日越間における鍼灸・按摩に係る制度の相違点及び類似点 Ⅴ.考 察 1. 本研究の意義について  本研究により、日越間で鍼灸・按摩を含む医療関連の法制度にかなりの違いのあることが明らかになった。これらの相違性は、それぞれの国が歩んだ医療、教育、福祉等の歴史や、その蓄積の違いに拠るところが少なくないものと推察される。  すなわち、日本の医療ないし医学教育制度を包括する社会保障の理念は、健康権や生活権を定めた憲法 25 条に依拠しているのであるが、それは、明治憲法とその附属令下で展開された近代化政策や社会改良運動の果実として生まれた、医制(鍼術・灸術・按摩術の営業制を含む)、学制(盲学校鍼按科の設置を含む)、恤救制度、健康保険制度等に見える旧教育・社会制度の基盤なくして、成立し得なかった。しかも、その理念は、昭和 30 年代以降の高度経済成長という強力な娩出力の助けを得て初めて、現行制度の原型をして日本社会に押し出させたのである。 一方、ベトナムでは、日本の憲法 25 条に相当する憲法規定は存在するが、戦争の歴史が長かったことや近代化されてからの期間が短いこと、さらには経済が発展途上にあること等の諸事情によって、その理念の具現化は未だ道半ばの状況にある。  ただ、法律や制度が、その国や地域における、その時々の政治・経済を基軸とした社会の諸相を濃密に反映しつつ、その変化や要請に応じて変容・充実し得る社会的な所産である以上、上で見たような日越間における法制度の相違性や差異を単純に比較して、相互の優劣を論じることは必ずしも建設的ではない。  例えば、「結果」の4の「(3) 教育課程」で述べたように、ベトナムでは視覚障害者のための按摩コースの修業期間は3ヵ月であったが、日本の「3年以上」に比べ教育水準の差は歴然である。しかし、質の向上を優先するあまり日本と同じ教育課程を今のベトナムに移転・導入しようとすれば、この制度の下で暮らしを立てている多くの視覚障害者の職業自立や社会参加を著しく阻害してしまいかねない。この点において、促成的とはいえ「3ヵ月」という修業期間は、現時点のベトナムの状況に照らしたとき、社会政策上の一定の妥当性は理解できないものではない。  一方、本論では、両国の風土・習慣の違いで説明づけられる制度の差異も散見された。例えば、「結果」の6の「(2)施術所の構造設備基準」でみたように、ベトナムにおける按摩施術室の設置基準は日本よりはるかに詳細かつ厳格であった。ベトナムのみならず、風俗産業の一形態としての「マッサージ店舗」が習俗化してきた歴史を持つ国や地域では、公共財としての施術所に対する倫理的要請から、日本とは異なる制度が工夫され、国民に受け入れられているのである。  このように、日越間で認めた医療関連制度の相違点や差異は、それぞれの歴史の違いや時々の社会の要請等によって生まれている側面を強く帯びているのであるから、これらを比較検討するにあたっては、それらを固有の文化として尊重し合う態度がまず必要である。  その上で、ベトナムの社会保障に関する制度全般を俯瞰すると、民主化されて間もないゆえの後進性は否めない。鍼灸・按摩関連の法制度に限ってみても、歴史的・文化的な特性を考慮したにせよ、この後進性に由来する制度的課題や不備が少なからず見てとれることも事実である。  とりわけ、職業選択の自由が著しく制限される視覚障害者の職業自立を促すには按摩に係る業・教育制度の更なる改善・改革が不可欠であり、この課題解決のための国内法の整備にベトナム政府は一層の努力を払うべきである。なぜならベトナムは、国連が定めた「障害者の権利に関する条約」に 2014 年 11 月に批准し、障害者の学習や雇用・労働の機会均等を国際公約として掲げたからである。この公約の実現に向けたベトナム政府の今後の政策論議に期待したい。表層的かつ断片的ではあったが、鍼灸・按摩制度の日越間における相違点・類似点を明示し た本研究により、ベトナムにおけるこの領域の政策論議や制度設計に参考とすべき海外の事例等の基礎資料の一部を整えることができたものと考える。さらに、本研究で、ベトナムにおける鍼灸・按摩事情の一端を発信することにより、日本国内における、この領域のベトナム研究の気運が高まることも期待できる。 2.日越間における法制度の比較研究の視点  ベトナムにおける鍼灸・按摩業の発展を図るための法制度を設計するとき、その支柱を担うのは免許試験制度と教育制度の二つと考える。さらに、視覚障害者の社会的な地位向上や職業自立の促進を図るには、学習環境や労働環境の制度整備、とりわけ視覚の障害に対する合理的な配慮を促すための制度の充実とその思想の啓発・涵養が欠かせない。  この仮定に立てば、日本における熟練度の高い関連法、例えば、あはき法、障害者雇用促進法、学校教育法等に基づく諸制度に、ベトナムの模範ないし参考に資する事例が相当数含まれていることは想像にかたくない。とはいえ、前項で述べたように、それらの事例の移転・導入を検討・研究する際には、ベトナム社会との親和性が何よりも考慮されなければならない。同時に、日本には長い歴史の中で洗練された制度が多いとはいえ、さまざまな角度から批判的に評価する視点も欠かせない。  例えば、あはき国家試験を例に見てみると、実技試験を課さない制度(前述)の弊害や科目別の出題を定めた省令の問題性などを、あはき師の臨床力低下が指摘されている日本の現状から学ぶべきである。また、「結果」の「8.無資格者による按摩業」で述べたように、医業類似行為の禁止規定(あはき法第 12 条第1項)が形骸化している日本の現状などは、教訓的な先例としてその歴史に学びつつ、ベトナムの無免許按摩問題に対する政策立案にあたっては、同じ轍を踏まない制度設計が必要となる。  こうした視点に立って、以下、ベトナムの鍼灸・按摩に係る免許試験制度、教育制度及び視覚障害者への合理的配慮に関する制度のあり方について、実現可能性を考慮しつつ、私的見解を述べてみたい。 3.鍼灸・按摩に係る制度の改革・再構築に関する私見 (1) 免許試験制度について  前述したように、ベトナムには、鍼灸・按摩を業としようとする者に対し、日本のような国家試験を課す法規定(あはき法第2条第1項)は存在しない。そのため、鍼灸師・按摩師の資質には教育履歴による著しい格差が生じているのが現状である。すなわち、ベトナムでは、6 年課程の医学教育を修めた古典医師をヒエラルキーの頂点に、2年課程の古典准医師がその下に置かれ、底辺層に正規の医学教育を受けないルオン・イー・家伝治療師が位置しており、各階層で養成される鍼灸師・按摩師の知識・技術に大きな差が生まれるのは自明である。国民の健康を守る観点から、一定レベル以上の資質を担保するような政策誘導が必要と考える。  その方策として、日本で行われているような国家試験に倣った制度は有力な手段ではあるが、むろん、営業許可制がとられている今のベトナムに一朝一夕で導入することは困難である。むしろ、ベトナム国内の各大学や専門学校が自前で実施している試験の在り方に創意工夫を加え、改善・改良を重ねつつ、将来的には国家試験を目指す段階的な改革戦略を描いてみてはどうだろうか。 すなわち、第一段階として、所管庁に試験に関する実施委員会(仮称)を新設し、出題基準(ガイドライン)を策定した上で、まずは学校ごとに行われている形成的試験(進級試験)・総括的試験(卒業試験)を共通問題による全国統一試験に改めることから始めてみる。次の段階として、日本における国家試験を参考にしつつ、問題の作成・選定、視覚障害者への合理的配慮、不正行為の防止、試験結果の評価・判定等に関する方法に加え、実技試験の実施要項も制度化する。試験監督や実技試験の評価者は国の担当官ないし国が指定した第三者機関に委託することが望ましい。こうした試験実施に関する方法や事務規定を構築した上で、全国統一の国家試験に移行するのである。 (2) 鍼灸・按摩の教育制度について 「結果」の項で見たように、ベトナムでは日本のような教員の専門性を担保するための基準を定めた法令は存在しない。また、同じ按摩業を志す者を養成する課程であるにもかかわらず、その修業要件は小学校卒業以上のコースから高卒以上の課程まで幅があるほか、修業期間も3 ヵ月から6年まで多様な教育課程が混在している。  ベトナムにおいて、今後この領域の教育を充実させるには、日本の鍼灸・按摩に関する教育制度を参考としつつ、ベトナムの状況を踏まえて、こうした現状を改善する必要があると考える。  すなわち、単に健康の保持・増進を目的とした慰安的按摩コースにおいても、人の健康に関わる職業である以上、修業要件は中卒以上に、修業期間を1年以上に改めるべきと考える。また、古典准医師にあっては修業要件を高卒2年以上に引き上げる。ただし、視覚障害者に対する特例として中卒課程を残しつつ、その修業期間は4年以上に改める。また、教育課程については、基礎的な知識・技術を十分に身につけた上で段階的に臨床系科目や実習を履修できるようなカリキュラム編成に改めることが望ましい。 (3) 視覚障害者への合理的配慮について  「結果」の「7.視覚障害者への配慮」で見たように、ベトナムでは、視覚の障害を保障するための合理的な配慮に関する制度が日本に比べ立ち遅れている現状にある。例えば、日本では、視覚障害者に対し、大学等の入学試験や種々の国家試験受験に際して点字や読書機などの補助具の使用が許可されたり、時間延長の特例が認められたりしている。結局、視覚に障害があっても晴眼者と比べ不利とならない環境の下で公正な試験を受けられることになる。  一方、ベトナムの法令では学習に際し特別な配慮が受けられる規定がないために知識や技術を十分身につけることが困難な場合が多く、途中で止めたり卒業しても自立できなかったりするケースが少なくない。たとえば、筆者が初めての全盲で 2000 年に卒業した「ベトナム伝統医療大学」で、2012 年に古典准医師の2年コースを卒業した2人目の弱視者は、「他人にも自分にも鍼を刺す経験がなかった」という理由で、仕事に就くことができていない。また、同大学に入学した全盲者は、学習をサポートする環境が未整備であったことから入学後6ヵ月ほどで退学を余儀なくされた。  視覚障害者の自立や社会参加を促進するためには、ただ入学させるだけではなく、視覚に障害があっても学習できる環境(障害に適した教材や教員の専門性など)が整備されていなければならない。そのため、日本の特別支援教育制度を参考にしつつ、ベトナムにおける視覚障害者のための教育環境を改善する必要があると考える。  筆者は、視覚に障害があっても支障なく学習できる環境を整えた古典准医師養成学校を作る夢を実現するため、これまでにベトナム語に翻訳した鍼灸・按摩・特別支援教育関連の書籍をさらに増やすとともに、国内外の支援者のネットワークの構築に努力を傾けたい。  一方、本研究で明らかになった日越間の制度の相違点やベトナムにおける現行制度の不備等の問題点を、論文や学会発表などを通して、保健省や教育訓練省などの関係機関に周知するとともに、これらの機関で法制度を企画・立案する立場にある政府高官等の関係者が、日本の ODA 等の制度を活用したリーダー研修に参加できるよう、また、ODA による「2020 年を目標とする法・司法改革支援プロジェクト」にも医療関係法規の担当官が参画できる等、関係団体や政府に働きかけていきたい。 Ⅵ.結 論  日越間における鍼灸・按摩の業及び教育に係る諸制度の相違点ならびに類似点の一端を明らかにすることができた。このことにより、ベトナムにおける伝統医療の発展と視覚障害者の職業的・経済的自立を促すための政策論議や制度設計に必要な基礎資料の一部を整備することができたものと考える。 謝 辞  多くの方々に献身的なご支援をいただいたおかげで研究の成果を小論にまとめることができました。とくに、指導教員の藤井亮輔教授、副指導教員の形井秀一教授には研究デザインから論文執筆の詳細な内容に至るまで懇切なご指導を賜りました。ベトナム伝統医療大学のファ ン・クオク・ビン教授とハノイ医療短期大学のフイェン・チ・ホン教授にはベトナム語の資料収集の面で、また、筑波技術大学保健科学部附属東西医学統合医療センター研修生の塙太一氏、飯田藍氏、渡部みなみ氏には論文の校正でご尽力を賜りました。稿を終えるにあたり、ご支援、ご協力いただきました全ての方々に心からの謝意を表します。 参考・引用文献 1) 厚生労働省.平成 24 年衛生行政報告例.統計表.隔年報.第2章.あん摩マッサージ指圧 ・ は り ・ き ゅ う ・ 柔 道 整 復 . 第 1 表 .http://www.e- stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001135697.2017.2.17 2) 外務省.ベトナム社会主義共和国.www.mofa.go.jp.2016.12.24 3) 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