骨盤位に対する鍼灸治療の研究 平成23年度 筑波技術大学大学院修士課程技術科学研究科 保健科学専攻 佐々木 奈央 目次 第1章 序論 1 第2章 鍼灸治療による骨盤位矯正の有効性の検討 4 1. 骨盤位患者に対する鍼灸治療の効果 4 2. 矯正不成功要因のある骨盤位患者に対する鍼灸治療について 7 第3章 骨盤位矯正を目的に鍼灸治療を受けた患者に対するアンケート調査 10 第4章 骨盤位妊婦の冷えの検討 14 第5章 全体の考察 16 第6章 結論 18 図表 19 謝辞 30 図表目次 1)表 表1 患者プロフィール 19 表2 分娩時胎位別プロフィール 20 表3 初診時週数と分娩時胎位 21 表4 矯正不成功要因のある患者の分娩時胎位別プロフィール 22 表5 アンケート調査対象者と有効回答者のプロフィール 23 表6 妊娠中の仕事の有無 23 表7 妊娠中の仕事の内容 23 表8 妊娠中の運動の有無 24 表9 妊娠中の運動内容 24 表10 自宅での施灸について 24 表11 施灸中の胎児の動き 25 表12 施灸後の胎児の動き 25 表13 施灸中の腹部の張り 25 表14 施灸後の腹部の張り 26 表15 鍼灸治療期間中の症状 26 表16 鍼に対する治療前のイメージ 27 表17 灸に対する治療前のイメージ 27 表18 冷えの検討の対象者プロフィール 28 表19 冷えの自覚の有無と分娩時胎位 28 表20 初診時週数別にみた分娩時胎位別の冷えの有無 29 2)図 図1 三陰交の灸頭鍼 19 図2 至陰の透熱灸 19 図3 三陰交の棒灸 20 図4 初診時週数毎の骨盤位矯正率 21 図5 矯正不成功要因のある患者の矯正率 22 図6 矯正不成功要因のない患者の矯正率 22 筑波技術大学 修士(鍼灸学) 学位論文 第1章 序論  胎位は、胎児の体幹が子宮の縦軸に一致する場合を縦位longitudinal lieと呼び、その他の状態を横位transverse lieあるいは斜位oblique lieと呼ぶ。縦位は、胎児の頭部が子宮下部に位置している頭位cephalic presentationと、胎児の骨盤部が子宮下部に位置している骨盤位breech presentationに分類され、頭位以外の胎位は異常胎位とされる1)。  骨盤位の頻度は妊娠週数が進むに従って減少し、妊娠16~23週では45%、24~27週では34%、28~31週で17%、32~35週で9%、分娩時には全分娩の3~5%となる1)2)。一般に、骨盤位の原因として、子宮腔の異常(単角子宮・双角子宮などの子宮奇形、子宮筋腫、前置胎盤)、胎児奇形、胎児の可動性過多(羊水過多、未熟児)、胎児の可動性減少(多胎、巨大児、羊水過少)、狭骨盤3)、子宮内胎児発育遅延4)などがあると報告されている。  また、骨盤位経膣分娩の危険性としては、以下のようなものが挙げられている1)2)。   ①前期破水を起こしやすい、また破水時に臍帯脱出を起こしやすい。   ②周囲長の大きい児頭が最後に娩出されるために、軟産道の伸展が十分でないまま児頭が下降するので娩出に時間がかかること、児頭娩出の際に必ず臍帯を圧迫するため呼吸循環不全を起こす危険が大きいこと。   ③とくに未熟児では体幹周囲と児頭周囲との差が大きいため、児頭娩出の時の抵抗が大きく頭蓋内出血の危険が大きいこと。   ④その他、神経麻痺、奇形、先天性筋性斜頸、先天性股関節脱臼、下垂体性の低身長症が多いなど。  これらのことを踏まえて、2001年、米国産婦人科医会(ACOG)は「正期産骨盤位分娩は経腟分娩を試みることなく選択的帝王切開をすべきだ」とのCommittee opinionを発表した。しかし、これらは、比較試験の経腟選択群の管理方法が厳密ではなく施設間の差も大きいなどの批判も多い。その後の前方視的試験や後方視的試験での成績から、厳密な適応を守れば児合併症の頻度は帝王切開群と経腟分娩群との間に差がないとの報告もあり、以上の議論を踏まえ2006年、ACOGは、正期産骨盤位は帝王切開が望ましいとしながらも「経腟分娩の適応と管理に関する施設ごとのガイドラインに従うならば、経腟分娩を選択することは理に適っている」と一部勧告を変更した6)。しかし、実際に骨盤位症例の経膣分娩を行うにあたっては、分娩前に母体因子(子宮筋腫や子宮奇形の有無、骨産道の広さ、軟産道の成熟度、その他、母体合併症の有無など)、胎児因子(児推定体重、胎位、胎勢、臍帯下垂の有無、胎盤位置異常の有無、胎児奇形の有無など)の評価を十分に行い、人的要因として、骨盤位分娩に十分な技術をもつ医療スタッフを備え、緊急帝王切開に対応できることも条件となる。このように分娩様式は、十分にリスク-ベネフィットを評価したうえで、経膣分娩は十分なインフォームドコンセントを得て選択される必要がある6)。  しかし、女性にとって妊娠、出産とは、喜びや幸福感だけでなく、大きな不安を伴うものであろう。特に、初産婦にとっては、より安全で母子ともに負担の少ないお産を望むのではないだろうか。滝口らは、11年間で骨盤位分娩をした妊産婦にアンケート調査を行ったところ、妊娠後期の妊婦の約80%、分娩直前の妊産婦の約86%が不安感を抱いていたと報告している11)。  このような、リスクや不安を伴う骨盤位分娩を避けるため、事前に骨盤位から頭位に矯正されるよう、産科医や助産師から処置または指導が行われることがある。  その一つに逆子体操がある。逆子体操(胸膝位)は、妊婦が四つん這いになり、胸部を下げ臀部を突き上げるような姿勢を取り、腹部を弛ませるようにした後、児の背部が上になるようにして側臥位になり、児の自然回転を期待するものである。他にも外回転術がある。外回転術は、子宮収縮抑制薬投与下に腹壁上から用手的に児を回転させる方法である1)。しかし、逆子体操については科学的根拠がなく、その有効性も認められていない7)~9)。また、外回転術に関しては、有効性は認められているものの、胎盤剥離や切迫早産などのリスクも指摘されている9)10)。  一方、東洋医学に於いても、鍼灸を用いた骨盤位矯正が行われている。日本に於ける鍼灸術は、6世紀に中国(呉)から『明堂図』などの医書とともに初めてもたらされた12)。日本で始めての医療制度は701年の「大宝律令」、次いで718年の「養老律令」の中にある「医疾令」であるが、その中に、「女医」という言葉が記されている。これは現代の助産の役割が主であり、且つ、産婦人科領域では、鍼灸を学ぶことが重要であったことが伺える記載がなされている。わが国最古の医書といわれる『医心方』(984年)では、穴や鍼灸に関する記述、また、妊娠の月数や分娩に関する事柄、さらに胎児の発育の様子と、その月齢に刺鍼してはいけない経脈などが記されている。古来、胎児は、頭部が母体の鳩尾側、臀部や足部が母体の恥骨側にあると考えられており、分娩時になると半回転して、頭部から生まれて来ると考えられていた。そして、分娩時に骨盤位と分かった際、つまり、難産の際に、足の小指先などに鍼灸治療が行われていた9)。その後、近年になって、1950年に東洋医学を学んだ産婦人科医の石野 信安が、胎児の骨盤位矯正として、三陰交に施灸したところ、80%が矯正したと報告した13)。その後1987年に、林田 和郎(はやしだ産婦人科医院院長)が難産の灸治療法を応用して、至陰の灸と三陰交の灸頭鍼を行い、584例の逆子鍼灸治療で89.9%の回転率であったことを報告している14)。以来、1990年代より、骨盤位矯正に対する鍼灸治療報告が多く行われて来た。しかし、報告されている骨盤位矯正のための鍼灸治療は、治療穴や治療法に関するものが多く、骨盤位矯正に関与している要因の検討や、妊婦の生活習慣、鍼灸治療に対する印象等の報告は少ない9)。  そこで、筑波技術大学東西医学統合医療センター(以下、当センターと記す)で、骨盤位矯正を目的に鍼灸治療を受けた妊婦を対象に、鍼灸治療の効果と、矯正の妨げとなっていると考えられる要因に関して症例検討を行い、また、生活習慣や愁訴、鍼灸受療に対する意識等について、アンケート調査を行った。そこから得られた結果をふまえ、骨盤位妊婦が自覚している冷えの有無と、胎位矯正率について検討を行った。 引用文献 1) 岡井 崇,綾部 琢哉(編).標準産科婦人科学.第4版.東京.医学書院.2011:513‐4. 2) 南山堂医学大辞典CD-ROM.プロメディカ.2007 3) 武谷 雄二(編).26異常分娩.第1版.東京.中山書店.1999:97. 4) 横山 良仁,高橋 直樹,高橋 秀身,神部 憲一.骨盤位の胎位自然変換に関する検討.産婦人科治療.1994;68(6);917-20. 5) 進 純郎.分娩介助学.第1版.東京.医学書院.2010:219-21. 6) 藤井 知行,山 尚裕,松原 茂樹:骨盤位ガイドライン.日産婦誌.2008;60(9):441-8. 7) 丸茂 元三,森田 豊,内田 紗知,室本 仁.間瀬 徳光,難波 直子,他.骨盤位に対する膝胸位指導の有効性に関する検討.日本産科婦人科學會雜誌.2010;62(2):497. 8) 志岐 保彦,山懸 愛,久 毅,小林 栄仁,中寫 竜一,山嵜 正人.妊娠後期における胸膝位の指導は,正期産での胎位異常による帝王切開術の頻度を減少させることが出来るか?日本産科婦人科學會雜誌.2007;59(2):669. 9) 形井 秀一.イラストと写真で学ぶ逆子の鍼灸治療.第1版.東京.医歯薬出版.2009:7-23. 10) 宇津 正二,安部 正和,村上 裕介,望月 修.当科における骨盤位外回転術の検討.日本産科婦人科學會雜誌.2007;59(2):669. 11) 滝口 洋司,小川 達博,野間 純,高取 明正.妊産婦の骨盤位に関する意識アンケート調査より.日本赤十字広島看護大学紀要.2001;1:77-85. 12) 石野 信安.異常胎位に対する三陰交施灸の影響.日本東洋醫學會誌.1950;1(1):7. 13) 中村 辰三.お灸入門.第1版.東京.医歯薬出版.2009:3 14) 林田 和郎.東洋医学的方法による胎位矯正法.東邦医会誌.1987;34(2):196-206. 第2章 鍼灸治療による骨盤位矯正の有効性の検討 1. 骨盤位患者に対する鍼灸治療の効果 1-1 はじめに  骨盤位矯正のための鍼灸治療は、国内外で行われており、その治療法や矯正率などに関しては多数の報告がされている4)~16)。当センターでも、1993年から骨盤位患者に対する鍼灸治療をおこなっている。形井らは、2005年に、1993年9月から2004年10月までの期間に当センターを受療した患者115例を対象として、鍼灸治療の効果についての検討を行った1)。そこで、2004年11月以降に当センターを受療した骨盤位の患者における鍼灸治療の効果について検討した。 1-2 対象と方法 (1) 対象  2004年11月から2010年6月までの5年8ヶ月の間に、骨盤位矯正を目的に、当センターにて鍼灸治療を受けた患者143例(表1)。 (2) 治療方法  治療は、石野、林田がこれまでに報告した骨盤位矯正のための鍼灸治療法2)3)を参考に、両側の三陰交(SP6)に灸頭鍼、両側の至陰(BL67)に透熱灸を行った。  灸頭鍼(図1)は、セイリン製ディスポーザブル鍼Lタイプ50mm20号鍼を約10~15mm程刺入し、釜屋もぐさ本舗製・灸頭鍼用艾を直径約2cmの球形に丸め、鍼柄に刺し、それに点火して、輻射熱にて鍼刺入部周辺を温めた。途中、患者に熱さの加減について尋ね、患者が熱過ぎると感じた際は、熱が加えられている皮膚上に、紙を置くなどして熱さを調節した。また、透熱灸(図2)は、釜屋もぐさ本舗製・釜屋特選最上点灸用艾を用い、半米粒大で、皮膚に直接熱刺激を加えた。患者が熱過ぎると感じた際は、施術者が途中で手指を用いて艾をつまむようにして、艾を焼き切らないようにした。  妊娠28週未満は、両側ともに三陰交の灸頭鍼を5壮と至陰への透熱灸を7壮、妊娠28~30週は、両側ともに灸頭鍼7壮・透熱灸10壮の施灸とし、以後、妊娠週数が増えるごとにそれぞれの施灸壮数を2~3壮ずつ増やして行った。なお、壮とは、灸の数の単位のことである。  治療は、1週間に1~2回、当センターで行い、治療日以外は、自宅にて同穴へ棒灸による施灸を毎日行うよう指導した。図3に自宅での棒灸の様子を示す。棒灸は、セネファー棒温灸・せんねん灸棒灸を用い、皮膚から約2cm程度離したところで治療部位を1カ所に付き5分程度温めるよう指導した。また、治療部位の火傷を避けるため、空いている側の次指と中指を治療部位を囲うように置き、指が熱くなったら棒灸を皮膚から遠ざけるよう指導した。  当センターでの治療時については仰臥位で行った。また、気分不良を避けるために両膝下にまくらを入れ、胎児の重みで腹部の動静脈に負担がかからないよう留意した。治療後は、10分間、胎児の背部が上になるように側臥位を保たせた。自宅での棒灸後も可能な限り側臥位で休むよう指導した。 (3) 解析方法  解析は、初診時週数28~31週と、初診時週数32~35週の分娩時胎位について行った。統計ソフトはSPSSを用い、ピアソンのカイ二乗検定を行った。有意水準は5%とし、P<0.05を有意差ありとした。 1-3 結果  143例中、分娩時胎位が頭位であった者(以下、頭位)は88例(61.5%)、骨盤位のままであった者(以下、骨盤位)は40例(28.0%)、不明は15例(10.5%)であった。頭位、骨盤位の患者プロフィールを表2に示す。年齢、身長、体重、骨盤位指摘週数、治療期間、治療回数、初経産について、それぞれの平均に大きな違いはみられなかったが、平均初診時週数は、頭位88例では30.4±2.6週、骨盤位40例では33.8±7.1週と、骨盤位よりも頭位の方が平均3.4週早く受診していた。しかし、骨盤位と指摘された週数の平均は、頭位26.0±4.2週、骨盤位25.6±7.6週と大きな違いはなかった。  初診時週数別の矯正率を見てみると、初診時週数31週までは60%以上の矯正率を保っていたのに対し、初診時週数32週以降は40%以下に下がっていた(図4)。  そこで、通常、骨盤位が問題とされるのが妊娠28週以降であるため、初診時週数が28~31週と初診時週数32~35週であった患者108例の矯正率を比較したところ、矯正率は初診時週数32~35週よりも、28~31週の方が有意に高い結果となった(P<0.05)(表3)。 1-4 考察  これまで骨盤位矯正のための鍼灸治療について多くの報告がされており、治療開始週数や治療方法などに違いはあるものの、その矯正率は60~90%程と報告されている4)~16)。今回、三陰交への灸頭鍼、至陰への透熱灸、棒灸を用いた自宅での三陰交施灸を施行したところ、143例中88例61.5%と、これまでの報告と同様の矯正率が得られた。  また、初診時週数28~31週の矯正率は、32~35週の矯正率に比べ有意に高かった。このことから、鍼灸治療を開始する時期が骨盤位の矯正率に影響していることが示唆された。 引用文献 1) 形井 秀一,星野 かず江,谷津 忠志,福井 妙子,岩間 かおる,中島 千恵美,他.骨盤位に対する鍼灸治療効果.全日本鍼灸学会雑誌.2005;55(3):412. 2) 林田 和郎.東洋医学的方法による胎位矯正法.東邦医会誌.1987;34(2):196-206. 3) 石野 信安.女性の一生と漢方第5刷.緑書房.2008:28-30. 4) 安田 育代,長浜 たづ子,吉川 多加子,平松 恵三.骨盤位妊娠に対する至陰刺激併用の有用性について.母性衛生.1990;31(2):255-9. 5) 松本 勇.骨盤位の鍼灸治療 逆子に対する鍼灸治療.医道の日本,1991;50(11):37-40. 6) 添田 陽子,鈴木 千浩,佐藤 譲,矢野 忠,石村 朱美,高橋 八重子,他.胎位矯正に対する灸施術の効果について.明治鍼灸医学.1994;15:61-73. 7) 向井 治文,印牧 美佐緒,三宅 潔,持田 福重,永江 毅,柿沼 三郎,他.鍼灸による骨盤位矯正法について.日本産科婦人科学会神奈川地方部会会誌.1993;30(1):22-5. 8) 相羽 早百合,大平 篤.針灸療法は有効か.臨床婦人科産科.1994;48(5):620-1. 9) 宮地 直丸.骨盤位における鍼療法.産婦人科治療.1994;69(3):331-4. 10) 丹羽 邦明,金倉 洋一,松原 英孝,野村 祐久,永田 文隆,新里 康尚,他.骨盤位における灸療法の試み.日本東洋医学雑誌.1994;45(2):345-50. 11) 高橋 佳代.骨盤位矯正における温灸刺激の効果について.東京女子医科大学雑誌.1995;65(10):801-7. 12) 田川 健一,作井 久孝.鍼灸療法による胎位矯正.医道の日本.1997;56(1):113-5. 13) 荒井 忠士,奥富 俊之,天野 完,西島 正博,外 須美夫.鍼灸療法で骨盤位を矯正できるか.日本産科婦人科学会雑誌.2001;53(8):1217-20. 14) 棚橋 真美,清水 麻子,久世 美紀.温灸パッチをしようしたツボ刺激での骨盤位胎位矯正法の成績.助産雑誌.2003;57(7):586-90. 15) 田島 里奈.施灸による胎位矯正効果について.日本産婦人科学会沖縄地方部会雑誌.2004;26:40-3 16) 釜付 弘志.切迫早産患者に対する灸療法の有用性について.日本東洋医学雑誌1995;145(4):849-58. 2. 矯正不成功要因のある骨盤位患者に対する鍼灸治療について 2-1 はじめに  一般に、骨盤位の原因の大部分は不明とされるが、子宮腔の異常(単角子宮・双角子宮などの子宮奇形、子宮筋腫、前置胎盤)、胎児奇形、胎児の可動性過多(羊水過多、未熟児)、胎児の可動性減少(多胎、巨大児、羊水過少)、狭骨盤1)、その他(子宮内胎児発育遅延2)など)があると報告されている。  一方、林田は、骨盤位患者584例に鍼灸治療を行い、頭位への回転に成功したのは525例(89.9%)、骨盤位のままが59例(10.1%)あったと報告し、骨盤位のままであった59例中43例(72.8%)に臍帯巻絡・過短臍帯・羊水過少・双角子宮・子宮筋腫などの骨盤位の成因および矯正不成功の原因になり得るものがあったと指摘している3)。  そこで今回、林田の報告している5要因に、その他、骨盤位の原因とされる羊水過多、多胎、前置胎盤の3要因を加えた計8要因を矯正不成功要因とし、矯正不成功要因のある骨盤位患者に対する鍼灸治療の効果を検討した。  なお、これらの矯正不成功要因の有無は、患者が医師・助産師より指摘されたものを初診時の問診により確認したものである。 2-2 対象と方法 (1) 対象  2004年11月~2010年6月(5年8ヶ月)の間に、骨盤位矯正を目的に、当センターにて鍼灸治療を受けた患者143例(表1)。 (2) 治療方法  治療は、両側の三陰交(SP6)に灸頭鍼、両側の至陰(BL67)に透熱灸を行った。  灸頭鍼(図1)は、セイリン製ディスポーザブル鍼Lタイプ50mm20号鍼を約10~15mm程刺入し、釜屋もぐさ本舗製・灸頭鍼用艾を直径約2cmの球形に丸め、鍼柄に刺し、それに点火して、輻射熱にて鍼刺入部周辺を温めた。途中、患者に熱さの加減について尋ね、患者が熱過ぎると感じた際は熱が加えられている皮膚上に、紙を置くなどして熱さを調節した。また、透熱灸(図2)は、釜屋もぐさ本舗製・釜屋特選最上点灸用艾を用い、半米粒大で、皮膚に直接熱刺激を加えた。患者が熱過ぎると感じた際は、施術者が途中で手指を用いて艾をつまむようにして、艾を焼き切らないようにした。  妊娠28週未満は、両側ともに三陰交の灸頭鍼を5壮と至陰への透熱灸を7壮、妊娠28~30週は、両側ともに灸頭鍼7壮・透熱灸10壮の施灸とし、以後、妊娠週数が増えるごとにそれぞれの施灸壮数を2~3壮ずつ増やして行った。なお、壮とは、灸の数の単位のことである。  治療は、1週間に1~2回、当センターで行い、治療日以外は、自宅にて同穴へ棒灸による施灸を毎日行うよう指導した。図3に自宅での棒灸の様子を示す。棒灸は、セネファー棒温灸・せんねん灸棒灸を用い、皮膚から約2cm程度離したところで、治療部位を1カ所に付き5分程度温めるよう指導した。また、治療部位の火傷を避けるため、空いている側の次指と中指を治療部位を囲うように置き、指が熱くなったら棒灸を皮膚から遠ざけるよう指導した。  当センターでの治療時については仰臥位で行った。また、気分不良を避けるために両膝下にまくらを入れ、胎児の重みで腹部の動静脈に負担がかからないよう留意した。治療後は、10分間、胎児の背部が上になるように側臥位を保たせた。自宅での棒灸後も可能な限り側臥位で休むよう指導した。 2-3 結果  矯正不成功要因があった者は、143例中38例(26.6%)で、その内容は臍帯巻絡12例(31.6%)、過短臍帯3例(7.9%)、羊水過少15例(39.5%)、羊水過多5例(13.1%)、多胎2例(5.3%)、子宮筋腫2例(5.3%)、前置胎盤1例(2.6%)であった。その内、過短臍帯と羊水過少の両方を指摘されたのは2例であった。  38例の分娩時胎位は、頭位27例(71.1%)、骨盤位7例(18.4%)、不明4例(10.5%)であった(図5)。また、矯正不成功要因のなかった105例の矯正率は、頭位61例(58.1%)であった(図6)。  矯正不成功要因のあった38例の頭位、骨盤位別の患者プロフィールを表4に示す。年齢、身長、体重、初経産については、それぞれの平均に大きな違いは見られなかったが、平均初診時週数は、頭位27例では28.2±1.6週、骨盤位7例では33週±2.4週と、骨盤位よりも頭位の方が平均4.8週早く受診していた。 また、妊娠31週までに受療していたのは頭位23例(85.2%)、骨盤位1例(14.3%)であった。 2-4 考察  矯正不成功要因があった者38例の内、71.1%が矯正しており、矯正不成功要因のなかった105例の矯正率57.1%と比較しても、矯正不成功要因の有無による矯正率の違いはないことが考えられた。  また、「1. 骨盤位患者に対する鍼灸治療効果」の結果と同様、骨盤位よりも頭位の方が平均4.8週早く鍼灸受療しており、頭位に矯正した者が、妊娠31週までに受療していた割合が高かった。これらのことから、矯正不成功要因があっても、初診時週数が早ければ、頭位に返る可能性が高いことが考えられた。  しかし、今回の症例は、医師や助産師からの指摘内容を患者から問診した結果で、医療担当者から直接得た情報ではないこと、また、症例数が少ないことから、今後の検討が必要であると考えられた。 引用文献 1) 武谷 雄二(編).26異常分娩第1版. 東京.中山書店.1999:97 2) 横山 良仁,高橋 直樹,高橋 秀身,神部 憲一.骨盤位の胎位自然変換に関する検討.産婦人科治療.1994;68(6):917-20. 3) 林田 和郎.東洋医学的方法による胎位矯正法.東邦医会誌.1987;34(2):196-206. 第3章 骨盤位矯正を目的に鍼灸治療を受けた患者に対するアンケート調査 1 はじめに  骨盤位矯正に対する鍼灸治療のこれまでの報告は、取穴や治療法に関するものが多く、患者の生活習慣や愁訴、鍼灸治療に対する印象等に関しての報告は少ない1)。そこで今回、骨盤位の患者の生活習慣や愁訴等と、骨盤位矯正率との関係について、また、骨盤位矯正を目的に鍼灸治療を受けた患者が、鍼灸治療に対しどのような印象を持っているかということに関して、アンケート調査を行い検討した。   2 対象と方法 (1) 対象  2004年11月~2009年9月(4年11ヶ月)の間に、当センターで、骨盤位矯正を目的に鍼灸治療を受けた患者115例(表5)。 (2) 調査期間  2009年10月~2009年12月。 (3) 調査方法  鍼灸治療終了後、アンケート用紙(記名)と返信用封筒を送付し、回答を依頼した。回答は郵送とし、一部ファックスにて返信頂いた。最初の郵送で返信のなかった者には再送し、再送後も返信のなかった者には電話にて返信を依頼した。  治療最終日からアンケート記入日までの平均日数は、791.2±569.9日(46~1802日)であった。  アンケート内容は、生活習慣や鍼灸治療期間中の愁訴、鍼灸受療に対する意識等についてとし、記入方法は選択式で、一部、記述式とした。 (4) 解析方法  統計ソフトはSPSSを用い、フィッシャーの正確確率検定をおこなった。有意水準は5%とし、P<0.05を有意差ありとした。  解析は、「妊娠中の仕事の有無」「妊娠中の運動の有無」「自宅での施灸について」「施灸中・施灸後の胎児の動き」「施灸中・施灸後の腹部の張り」「鍼灸治療期間中の症状」「鍼灸に対する治療前のイメージ」「鍼灸受療に対する意識」のそれぞれと、分娩時胎位について行った。 3 結果  調査対象となった115例全体の分娩時胎位は、頭位が68例(59.1%)、骨盤位が32例(27.8%)、不明が15例(13.0%)であった。  調査対象の115例中、あて先不明であった8例を除く107例の内、返信のあった者は71例、有効回答率66.3%であった。  分娩時胎位別の有効回答率は、全頭位68例中、53例77.9%、全骨盤位32例中、18例56.2%であった。  有効回答71例の内、分娩時胎位が頭位であった者は53例(74.6%)、骨盤位だった者は18例(25.3%)であった。  71例の患者プロフィールは、いずれの項目に関しても、調査対象となった全115例と大きな差は見られなかった(表5)。 [妊娠中の仕事の有無(表6・7)]  頭位、骨盤位、いずれにおいても、6割程が仕事をしていた。仕事内容としては、立ち仕事をしていたのが頭位は10例(18.8%)、骨盤位は6例(33.3%)、デスクワークをしていたのが頭位は21例(39.6%)、骨盤位は7例(38.8%)、その他が頭位は5例(15.2%)、骨盤位は0例であった(重複回答あり)。 [妊娠中の運動の有無(表8・9)]  妊娠中、運動をしていたと回答した者は、頭位で42例(79.2%)、骨盤位で13例(72.2%)、何もしなかったと回答した者は頭位で10例(18.8%)、骨盤位で5例(27.7%)、不明が頭位で1例(1.9%)であった。そのうち、最も多く行われていたのが散歩であった。 [自宅での施灸について(表10)]  当センターでの治療日以外は、毎日自宅にて、施術者が指示した部位に棒灸を行うよう指導した。実際、毎日行っていたと回答した者は、頭位は33例(62.2%)、骨盤位は13例(72.2%)、時々行っていたと回答した者は、頭位13例(24.5%)、骨盤位は4例(22.2%)、行わなかったと回答した者が、頭位で7例(13.2%)、骨盤位は1例(5.5%)であった。 [施灸中・施灸後の胎児の動き(表11・12)]  施灸中の胎児の動きに関し、「動かなかった」と回答した者は、頭位は6例(11.3%)、骨盤位は5例(27.7%)であった。  施灸後の胎児の動きに関しては、「動かなかった」と回答した者は頭位4例(7.5%)、骨盤位1例(5.5%)であった。 [施灸中・施灸後の腹部の張り(表13・14)]  施灸中、施灸後の腹部の張りに関しては、頭位、骨盤位、いずれに於も3割程が「少し張った」と回答し、6割り程が「変わらなかった」と回答していた。しかし、施灸中、「強く張った」と回答した者が骨盤位に1例おり、この1例に関しては、他の項目に於も腹部が張りやすかったとの記述があり、不正出血や切迫早産気味となったとの回答はなかった。 [鍼灸治療期間中の症状(表15)]  鍼灸治療期間中、「気になることは何もなかった」と回答した者は、頭位23例(43.3%)、骨盤位3例(16.6%)であった。  最も多かった症状は「冷え」であり、全体で30例(42.3%)であった。次いで、「むくみ」18例(25.4%)、「腰痛」11例(15.5%)等であった。その他、「切迫早産気味になった」と回答した者が頭位は2例、骨盤位は1例あり、その内、頭位であった1例は、妊娠35週で経腟分娩での早産であった。また、「お腹が張って不安だった」と回答した者の内、鍼灸治療翌日に破水し、帝王切開となった者が1例あったが、後日、担当医師に電話にて確認したところ、鍼灸治療の影響ではないとの説明を受けた。 [鍼灸に対する治療前のイメージ(表16・17)]  鍼灸治療開始前、鍼灸に対してどのようなイメージを持っていたかという質問に対して、「怖そう」と回答した者が、頭位は18例(26.0%)、骨盤位は7例(28.0%)、「痛そう」と回答した者が、頭位は37例(53.6%)骨盤位は14例(56.0%)、「癒されそう」と回答した者が頭位は6例(8.6%)、骨盤位は2例(8.0%)、「気持ち良さそう」と回答した者が頭位は9例(16.9%)、骨盤位は2例(8.0%)であった。  灸に対するイメージとしては、「怖そう」と回答した者が、頭位は9例(13.2%)、骨盤位は4例(14.8%)、「熱そう」と回答した者が、頭位は37例(69.8%)、骨盤位は16例(59.2%)、「癒されそう」と回答した者が、頭位は5例(9.4%)、骨盤位は2例(7.4%)、「気持ち良さそう」と回答した者が、頭位は17例(25%)、骨盤位は5例(18.5%)であった(重複回答あり)。 [鍼灸受療に対する意識]  鍼灸治療を受ける前の意識として、鍼灸受療に対し、「是非受けたい」「受けたい」と好意的な回答をした者が、頭位33例(62.2%)、骨盤位は6例(33.3%)おり、「受けたくない」と回答した者では、頭位は3例(24.5%)、骨盤位は12例(66.6%)であった。だが、今後の鍼灸受療に対しては、好意的な回答をした者が、頭位に48例(90.5%)、骨盤位16例(88.8%)、「受けたくない」と回答した者は頭位は3例(5.6%)、骨盤位は2例(11.1%)と、全体の9割りが鍼灸受療に対して好意的であった。  鍼灸治療前後ともに受けたくないと回答した者は、頭位に3例(5.6%)、骨盤位に1例(5.5%)おり、また、治療前、「受けたい」から、治療後、「受けたくない」に変わっている者は骨盤位で1例(5.5%)であった。また、「絶対に受けたくない」と回答した者は、治療前、治療後ともに1例もなかった。 [アンケート結果と分娩時胎位との関係]  以上、妊娠中の仕事と運動の有無、自宅灸の頻度、施灸中・施灸後の胎児の動きと腹部の張り、鍼灸治療期間中の気になる症状、鍼灸に対する治療前のイメージ、鍼灸受療に対する意識のそれぞれの項目で、分娩時胎位に関して検定をおこなったが、いずれの項目に於いても有意な差は見られなかった(P>0.05)。しかし、「鍼灸治療期間中、気になる症状はなにもなかった」という項目に関してのみ、頭位に有意に多い結果となった(P<0.05)。 4 考察  鍼灸に対するイメージや鍼灸受療に対する意識では、いずれも骨盤位であった者に、マイナーイメージ、非積極的な印象を持っていた者がやや多かった。しかし、有意な差は見られず、その他、妊娠中の仕事や運動などの生活習慣、自宅での施灸頻度、施灸による胎動と腹部の張り、鍼灸に対する心理的作用に関しても有意な差は見られず、これらが骨盤位矯正に与える影響は低い可能性が示唆された。  しかし、「鍼灸治療期間中、気になることはなかった」と回答した者が頭位に有意に多かったことから、妊娠中の愁訴の有無が、胎位矯正に影響していることが示唆された。骨盤位患者に鍼灸治療を行う際、肩こりや腰痛等の愁訴を軽減させることが、より骨盤位を矯正しやすくするのではないかと考えられた。  また、鍼灸治療期間中の気になる症状として、「冷え」が最も多く挙げられていたことから、冷えと矯正率との関係について検討していく必要があると考えた。  しかし、鍼灸治療最終日からアンケート記入日までの日数に関して、最も長い者で5年近くが経過しており、アンケートの回答が曖昧である可能性が考えられた。今後は、鍼灸治療終了日から長い期間を置かず、調査を行う必要があると考えた。 引用文献 1) 形井 秀一.イラストと写真で学ぶ逆子の鍼灸治療.第1版.東京.医歯薬出版.2009:99-105. 第4章 骨盤位妊婦の冷えの検討 1 はじめに  第3章「骨盤位矯正を目的に鍼灸治療を受けた患者に対するアンケート調査」で述べた通り、2009年に、過去4年11ヶ月の間で当センターを受療した骨盤位の妊婦115例を対象として、出産後、アンケート調査を行い、71例(66.3%)の有効回答を得た。その調査で、生活習慣や愁訴、鍼灸受療に対するイメージ等と、矯正率との相関について尋ねたところ、分娩時胎位が頭位であった者に、「鍼灸治療期間中、気になる症状は何もなかった」と回答した者が有意に多いという結果を得た。また、115例では気になる症状として、回答が最も多かったのは「冷え」であった。これらのことから、骨盤位の妊婦における冷えの実態について、さらに検討することとした。 2 対象と方法 (1) 対象  2004年11月から2010年6月の5年8カ月間に、当センターで骨盤位矯正を目的に鍼灸治療を受けた妊婦143例中、通常、産科で骨盤位が問題とされる妊娠28週以降で鍼灸治療を開始した患者117例である(表18)。 (2) 方法  初診時に患者が記入している問診票から、冷えの自覚の有無に関して集計し、117例全体、分娩時胎位別、初診時週数別に見た割合を出した。 (3) 解析方法  統計ソフトはSPSSを用い、カイ二乗検定を行った。有意水準は5%とし、P<0.05を有意差ありとした。解析は、「自覚している冷えの有無」「初診時週数31週までと32週以降に於ける自覚している冷えの有無」のそれぞれと、分娩時胎位について行った。 3 結果  117例全体の分娩時胎位は、頭位であった者65例(55.6%)、骨盤位であった者38例32.5%)、不明14例(12.0%)であった。また、117例中で冷えの自覚有りと回答した者が59例(50.4%)、冷えの自覚無しと回答した者が49例(41.9%)、不明9例(7.7%)であ った。  分娩時胎位別に冷えの有無を見ると、頭位であった65例の内、冷えの自覚があると回答した者は34例(52.3%)、冷えの自覚なしと回答した者は28例(43.1%)、不明3例(4.6%)であった。骨盤位であった38例の内、冷えの自覚ありと回答した物は19例(50.0%)、冷えの自覚なしと回答した者は14例(36.8%)、不明5例(13.2%)であり、有意な差は見られなかった(P>0.05)(表19)。  また、「第2章1. 骨盤位患者に対する鍼灸治療効果」で示した通り、初診時週数が矯正率に関与している可能性を考慮し、初診時週数31週までと、初診時週数32週以降に分け、それぞれの分娩時胎位について見たところ、初診時週数が31週までであった57例中、分娩時胎位が頭位であった47例の内、冷えの自覚有と回答した者26例(55.3%)、冷えの自覚無しと回答した者18例(38.3%)、不明3例(6.4%)であり、初診時週数31週までで分娩時胎位が骨盤位であった6例の内、冷えの自覚有が3例(50.0%)、冷えの自覚無しと回答した者2例(33.3%)、不明1例(16.7%)であった。  初診時週数が32週以降であった60例中、分娩時胎位が頭位であった18例の内、冷えの自覚有りと回答した者8例(44.4%)、冷えの自覚無しが10例(55.6%)、不明なしであった。初診時週数が32週以降で、分娩時胎位が骨盤位であった32例の内、冷えの自覚有りと回答した者16例(50.0%)、冷えの自覚無しが12例(37.5%)、不明4例(12.5%)で、やはり有意な差は見られなかった(P>0.05)(表20)。 4 考察  今回の調査の結果、骨盤位の妊婦の約半数が冷えを自覚していた。これは、他の論文で報告されている、妊娠28週以降の正常妊婦が自覚していた割合7割1)3)と比べると低く、骨盤位の妊婦に冷えを自覚している者が多いとは言えない結果であった。また、分娩時胎位別に比較をしても、いずれの胎位に於いても、冷えを自覚している者の割合は4~5割程と、大きな差は見られなかった。  さらに、骨盤位が矯正しやすいと考えられる初診時週数31週までと、32週以降に分けて比較をしたが、いずれにおいても、冷えを自覚している者の割合は5割程であり、冷えの自覚の有無とは関係なく、初診時週数が早い者の方が矯正しやすいことが示唆された。  しかし、本研究では、患者が自覚している冷えの有無に関しての検討であったため、今後は皮膚温計やサーモグラフィを用いて、鍼灸治療前後での皮膚温変化と、矯正率を比較する等、客観的な評価で検討していく必要があると考えた。 引用文献 1) 小安 美恵子,内野 鴻一, 乾 まゆみ, 吉原 一.妊婦の冷え症の自覚とマイナートラブル・深部体温・気分・感情状態との関連.母性衛生.2009;49(4):582-91. 2) 小安 美恵子,乾 まゆみ, 内野 鴻一, 野原 八千代, 大橋 渉.妊婦の冷え症の実態調査.京都母性衛生学会誌.2005;13(1):17-26. 3) 小安 美恵子,仲 かよ,乾 まゆみ,田中 博,野原 八千代,山川 満利子,他.妊婦の冷え症の自覚とマイナートラブルの有訴率・深部体温との関連.助産雑誌.2007;61(9):781-6 第5章 全体の考察  これまでに海外では、骨盤位矯正のための鍼灸治療として、100症例以上を対象としたRCT研究が幾つか報告されている。そのうち、カルディニは1998年、中国で7日から14日のあいだに妊婦自身に至陰に棒灸をするよう指導し、その結果、骨盤位矯正率は、介入群が75.4%、非介入群が47.4%であったと報告している1)。また、2004年のネリの研究では、週に2回、至陰に置鍼しながら棒灸を行ったところ、その矯正率は、介入群が53.6%、非介入群が37.7%という結果であった2)。これらは鍼灸の治療方法や人種、治療を開始した妊娠週数に違いがあるものの、両者の研究に於いては、いずれも、鍼灸非介入群、つまり、自然矯正群に比べ、鍼灸介入群の体位矯正率の方が有意に高かったと報告しており、骨盤位矯正に対する鍼灸治療の有効性が示唆されて来た。  今回、これまで、胎位矯正の妨げとなっているのではないかと指摘されていた臍帯巻絡や羊水過少などといった、胎児や子宮状態に矯正不成功要因のある患者の骨盤位矯正率について検討を行ったが、不成功要因のない症例の矯正率と違いは見られなかった。このことから、矯正不成功要因は必ずしも矯正率に影響しておらず、他の要因を検討する必要があることが示唆された。  しかし、アンケート調査結果から、鍼灸治療期間中の愁訴の有無が骨盤位矯正に関与していることが示唆されたため、臨床上指摘されることも多く、且つ、アンケート調査でも最も多く回答されていた冷えについて検討を行ったが、冷えを自覚している骨盤位患者の割合はほぼ半数であった。これは小安らが報告している、正常妊婦が冷えを自覚している割合7割や、非妊娠女性が自覚している割合4割程と比較しても、決して多い数とは言えない結果であった3)~8)。さらに、分娩時胎位別に比較しても、有意な差は見られなかったことから、自覚している冷えの有無が骨盤位矯正に与える影響は低いことが示唆された。  しかし、これまで報告されている研究として、1995年、高橋や釜付は、下肢の経穴に灸刺激を加えたことにより、子宮動脈と臍帯動脈の血管抵抗が低下し、血流が有位に増加したと報告している9)10)。また、佐藤らは、麻酔ラットの会陰部や後肢足蹠にピンチ刺激、同部位への歯ブラシによる刺激を加えたところ、子宮血流の増加がみられたと報告している11)。さらに、林田は、サーモグラフィを用い、骨盤位の妊婦3例を対象に下肢への鍼灸治療前後での下肢皮膚温変化を観察したところ、いずれも皮膚温の上昇が見られ、さらに骨盤位が矯正したことを報告している12)。  これらのことから、骨盤位矯正に対する鍼灸治療として多く用いられている下肢への刺激は、副交感神経を介した反射により、子宮血流の改善、子宮筋の緊張の緩和がおこり、子宮収縮や、胎動が増加することによって、自己回転を起こしやすくしていると考えられる。それとともに、副交感神経を介した反射によって、皮膚血管の拡張が起こり、皮膚温の上昇が起こっていると考えられる。このようなことから、下肢の血流と骨盤位との関係性が考えられる。  本研究では、骨盤位妊婦が自覚している冷えについて、初診時の問診表の記入を参考に行ったが、医学的に「冷え」に関する定義はあいまいなものであり13)、その特定や、冷えを対象とした他の研究との比較検討は難しい14)と再確認した。そのため、今後は、鍼灸治療期間前後で測定した皮膚温の変化と、骨盤位矯正率との比較をするなど、客観的な指標で評価することが必要であると考えた。また、妊娠28~31週に鍼灸治療を開始した者は、妊娠32~35週に鍼灸治療を開始した者に比べ、矯正率が有意に高く、また、鍼灸治療期間中、気になる症状はないと回答した者に、頭位に返った者が有意に多いという結果が得られた。  本研究により、鍼灸治療開始妊娠週数と、鍼灸治療期間中の愁訴の有無が骨盤位矯正に影響を及ぼしている可能性があることが示唆された。今後は、鍼灸治療による胎位矯正の効果をより明確にするべく、他の矯正不成功要因の検討や、客観的な冷えの有無、また、その他の愁訴などに関して検討する必要があると考えた。 引用文献 1) Ca rdini F,Weixin H:Moxibustin for correction of breech presentation:a randomizen controlled trial.JAMA,280(18):1580-4.1998 2) Neri I,Airola G, et al:Acuruncture plus moxibustion to resolve breech presentation:a randomized controlled study.J Matern Fetal Med,15(4):247-2.2004 3) 後 尚久.冷えが妊婦に及ぼす影響.助産雑誌.2006;60(9):798-801. 4) 中村 幸代.冷え症のある妊婦の皮膚温の特徴,および日常生活との関連性.日本看護科学会誌.2008;(1):3-11. 5) 小安 美恵子,内野 鴻一,乾 まゆみ,吉原 一.妊婦の冷え症の自覚とマイナートラブル・深部体温・気分・感情状態との関連.母性衛生.2009;49(4):582-91. 6) 小安 美恵子,乾 まゆみ,内野 鴻一,野原 八千代,大橋 渉.妊婦の冷え症の実態調査.京都母性衛生学会誌.2005;13(1):17-2. 7) 小安 美恵子,仲 かよ,乾 まゆみ,田中 博,野原 八千代,山川 満利子,他.妊婦の冷え症の自覚とマイナートラブルの有訴率・深部体温との関連.助産雑誌.2007;61(9):781-6. 8) 高橋 佳代.骨盤位矯正における温灸刺激の効果について.東京女子医科大学雑誌.1995;45(4):801-7. 9) 釜付 弘志.切迫早産患者に対する灸療法の有用性について.日本東洋医学雑誌.1995;45(4):848-58. 10) 志村 まゆら:子宮の神経性調節と体制感覚刺激.全日本鍼灸学会雑誌,51(1):44-6,2001 11) 林田 和郎:東洋医学的方法による胎位矯正法.東邦医会誌.1987;34(2):196. 12) 南山堂医学大事典CD-ROMプロメディカ,2007 13) 楠見 由里子:成熟期女性を対象とした冷え症評価尺度の信頼性・妥当性の検討.Health Sciences.2009;25(1):58-66. 第6章 結論  筑波技術大学東西医学統合医療センターで、骨盤位矯正を目的に鍼灸治療を受けた妊婦を対象に、鍼灸治療の効果と、矯正不成功要因が骨盤位矯正に及ぼす影響について症例検討を行った。さらに、妊娠中の生活習慣や愁訴、鍼灸受療に対する意識等について、アンケート調査を行った。  本症例に於いては、矯正不成功要因の有無、妊娠中の仕事や運動の有無、自宅での施灸頻度、施灸中・施灸後の胎動と腹部の張り、鍼灸受療前のイメージ、鍼灸受療に対する意識のいずれに関しても、骨盤位矯正との関連は見られなかった。  しかし、鍼灸治療を開始する妊娠週数及び、鍼灸治療期間中の愁訴の有無が、骨盤位矯正に影響していることが示唆された。  また、アンケート調査の結果を踏まえ、骨盤位妊婦が自覚している冷えの割合と骨盤位矯正率に関して検討を行った。  しかし、骨盤位妊婦が冷えを自覚している割合は正常妊婦や非妊娠女性と比較しても高くはなく、本症例に於いては、自覚的な冷えと骨盤位矯正との関連は見られなかった。 表1 患者プロフィール n=143 平均年齢(歳) 31.5±4.6 平均身長(cm) 158±4.6 平均体重(Kg) 57±6.7 平均初診時妊娠週数(週) 31.6±3.0 平均治療回数(回) 3.6±2.8 平均治療期間(日) 14.9±16.1 初産婦(例) 88 経産婦(例) 55 図1 三陰交の灸頭鍼 図2 至陰の透熱灸 図3 三陰交の棒灸 表2 分娩時胎位別プロフィール n=128 プロフィール 頭位 骨盤位 平均年齢(歳) 31.6±4.8 31.6±4.9 平均身長(cm) 158.5±4.1 158.1±1.4 平均体重(Kg) 57±6.9 58.6±7.1 初診時週数(週) 30.4±2.6 33.8±7.1 骨盤位指摘週数(週) 26.0±4.2 25.6±7.6 鍼灸治療期間(日間) 14.8±17.8 14.9±2.8 鍼灸治療回数(回) 2.9±2.3 4.6±2.8 初産婦(例) 48 27 経産婦(例) 40 13 *不明15例を除く 図4 初診時週数毎の骨盤位矯正率 (n=142 *初診時週数不明が1名あり) 表3 初診時週数と分娩時胎位 図5 矯正不成功要因のある患者の矯正率 表4 矯正不成功要因のある患者の分娩時胎位別プロフィール プロフィール 頭位 骨盤位 平均年齢(歳) 31.5±4.4 32.4±4.3 平均身長(cm) 158.7±3.7 156.3±5.6 平均体重(Kg) 57±6.7 62.1±5.1 初診時週数(週) 28.2±1.6 33.0±2.4 初産婦(例) 6 5 経産婦(例) 21 2 図6 矯正不成功要因のない患者の矯正率 表5 アンケート調査対象者と有効回答者のプロフィール 回答者(n=71) 対象者(n=115) 平均年齢(歳) 31.7±4.5 31.3±4.5 平均身長(cm) 159.0±4.7 159.0±4.4 平均体重(Kg) 57±6.3 57.5±6.5 初診時週数(週) 31.7±3.2 31.9±3.0 初産婦(例) 31.7±4.5 31.7±4.5 経産婦(例) 31.7±4.5 31.7±4.5 表6 妊娠中の仕事の有無 n=71 頭位 骨盤位 なし 20 7 あり 33 11 合計 53 18 妊娠中の仕事の有無と分娩時胎位の違いに有意な差はなかった. 表7 妊娠中の仕事の内容 n=120 頭位 骨盤位 立ち仕事 10 6 デスクワーク 21 7 その他 5 0 合計 89 31 表8 妊娠中の運動の有無 n=70 頭位 骨盤位 なし 10 5 あり 42 13 合計 52 18 妊娠中の運動の有無と分娩時胎位の違いに有意な差はなかった. 表9 妊娠中の運動内容 n=75 頭位 骨盤位 散歩・ウォーキング 35 12 マタニティービクス 6 3 マタニティースイミング 2 0 ヨガ 7 4 その他 5 0 不明 1 0 合計 56 19 表10 自宅での施灸について n=71 頭位 骨盤位 毎日 33 13 時々 13 4 行わなかった 7 1 合計 53 18 自宅での施灸頻度と分娩時胎位の違いに有意な差はなかった. 表11 施灸中の胎児時の動き n=71 頭位 骨盤位 よく動いた 17 5 少し動いた 27 8 動かなかった 6 5 不明 3 0 合計 53 18 施灸中の胎動の状態と分娩時胎位の違いに有意な差はなかった. 表12 施灸後の胎児の動き n=71 頭位 骨盤位 よく動いた 20 4 少し動いた 24 12 動かなかった 4 1 不明 5 1 合計 53 18 施灸後の胎動の様子と分娩時胎位の違いに有意な差はなかった. 表13 施灸中の腹部の張り n=71 頭位 骨盤位 強く張った 0 1 少し張った 19 6 変わらなかった 31 11 不明 3 0 合計 53 18 施灸中の腹部の張りの状態と分娩時胎位の違いに有意な差はなかった. 表14 施灸後の腹部の張り n=71 頭位 骨盤位 強く張った 0 0 少し張った 18 5 変わらなかった 31 12 不明 4 1 合計 53 18 施灸後の腹部の張りの様子と分娩時胎位の違いに有意な差はなかった. 表15 鍼灸治療期間中の症状 n=129 頭位 骨盤位 お腹が張って不安 5 4 胎児の動きが小さすぎて不安 1 2 胎児の動きが大きすぎて不安 1 1 体が重だるくなった 6 3 不正出血が出現した 0 0 切迫早産気味となった 2 1 高血圧になった 0 0 尿蛋白が出た 0 2 頚、肩こり 3 1 腰痛 7 4 頭痛や眩暈 2 2 冷え 22 8 むくみ 12 6 *気になることは何もなかった 23 3 その他 4 0 不明 3 1 合計 91 38 *「気になることは何もなかった」と回答した者は,頭位に有意に多かった. 表16 鍼に対する治療前のイメージ n=98 頭位 骨盤位 怖そう 18 7 痛そう 37 14 癒されそう 6 2 気持ちよさそう 9 2 その他 2 1 不明 0 0 合計 72 26 鍼に対する治療前のイメージと分娩時胎位の違いに有意な差はなかった. 表17 灸に対する治療前のイメージ n=98 頭位 骨盤位 怖い 9 4 熱そう 37 16 癒されそう 5 2 気持ちよさそう 17 5 その他 2 0 不明 1 0 合計 71 27 灸に対する治療前のイメージと分娩時胎位の違いに有意な差はなかった. 表18 冷えの検討の対象者プロフィール n=117 平均年齢(歳) 31.9±4.3 平均身長(cm) 158.4±4.7 平均体重(Kg) 58.4±6.6 平均初診時妊娠週数(週) 31.6±2.5 初産婦(例) 68 経産婦(例) 49 表19 冷えの自覚の有無と分娩時胎位 表20 初診時週数別にみた分娩時胎位別の冷えの有無 謝辞  本研究を行なうにあたり、筑波技術大学大学院技術科学研究科の形井 秀一 教授には、臨床、調査から論文執筆に至るまで、終始熱心なご指導、ご激励を頂きました。心より感謝申し上げます。また、同大学院技術科学研究科の一幡 良利 教授には、温かいご支援と貴重なご助言、適切なアドバイスを頂きました。 同大学大学院技術科学研究科の森 英俊 教授、緒方 明彦 教授、野口 栄太郎 教授、大越 教夫 教授、殿山 希 助教には、熱心なご指導やご助言を頂きました。特に津嘉山 洋教授にはデータ解析に関して熱心なご指導と貴重なご助言を頂きました。ありがとうございました。  前田 尚子さんには論文執筆にあたって多大なるご協力を頂きました。また、協同演者のみなさん、特に鈴木 陽子さん、刑部 香里さんには大変お世話になりました。  以上のように、本研究は多くの方々のご協力によって成立しました。心より深く感謝し、厚く御礼申し上げます。