論 文 の 要 旨 聴覚障害者の拍認識に有効な楽器音 平成30年度 筑波技術大学大学院技術科学研究科 産業技術学専攻 中原 夕夏 指導教員 平賀 瑠美 教授 【目的】 音楽が好きだという聴覚障害者は多い.聴覚障害者が音楽を楽しむときは,リズムの理解が重要と考えられるが、リズムが分かりやすい音楽とそうでない音楽がある.そこで,聴覚障害者のリズム認識は楽器音の種類によって差が出るのではないかと考え,聴覚障害者とリズム知覚の基礎となる拍認識との関連について,楽器音による拍認識の違いに着目し,検証・分析を進める.拍認識に影響を与える楽器音を明らかにすることで,音楽の授業を受講するのにふさわしい楽器の選別や,ダンスや音楽鑑賞で使用者が心地よくリズムに乗れるシステム開発などに繋げたり,音楽教育の質の向上を期待できる. 【方法】 まず,基本的な拍認識課題である4分音符を用いた実験を行った.その結果から,音の継続の影響が考えられたため,8分音符を用いた実験,エンベロープが似ていても拍認識率が異なっていたためエンベロープが類似した楽器間の識別実験を行った.3つの実験の内容は以下の通りである. ・4分音符拍認識課題 聴覚障害者の拍認識は楽器音によって違うという仮説に基づき,4分音符で作成した楽譜をもとに20種類の楽器音を音響データとして聴覚障害者に提示し,提示された楽器音の拍にあわせたタッピングテスト及び各楽器音の印象について主観評価を行った. ・8分音符拍認識課題 音が継続しなければ拍認識率は向上するという仮説に基づき, 8分音符拍認識課題を実施することにした.4分音符拍認識課題との違いは,楽譜を8分音符で作成したことである. ・音色識別課題 エンベロープが似ている場合でも音色を聴き分けられているという仮説に基づき,識別課題を実施することにした.エンベロープが類似している楽器音8種類それぞれ組み合わせた音響データを,聴覚障害者に提示し,提示された楽器音がそれぞれ同じか否かを回答してもらった. 【結果】 ・4分音符拍認識課題 楽器音の印象評価を用いて補聴器群・人工内耳群における楽器間の差について分散分析を行った.両群ともにリコーダー,三味線,筝,クラシックギターが他楽器と有意差があった.各楽器における群間の差については,チェロにおいてあった.20種類の楽器音について,エンベロープ分析を行ったところ,エンベロープが似ていても,楽器音によっては主観評価が異なるものもいくつか見られた. また,実際に音が鳴った時刻と被験者がスクリーンをタップした時刻のずれについて分析を進めた.リコーダー,三味線,筝,クラシックギターについて,実際に音が鳴った時刻とタップした時刻とのずれを計算した結果,補聴器群・人工内耳群両方とも,リコーダーのタップずれが他の3種類の楽器に対し大きかった. ・4分音符音色識別課題 2つの楽器の組み合わせについて2回識別してもらい,その結果2回とも正答率が100%を満たしていたものは64通り中3通り,90%を上回るものは64通り中19通りであった.また,2回とも正答率が70%を下回ったものが64通り中4通りであった. ・8分音符拍認識課題 4分音符拍認識課題の主観評価に比べ,差が0.8以上あったものについて,音の聴き取りやすさについては,補聴器群はアコーディオン,クラリネット,フルート,リコーダー,クラシックギター,ヴァイオリン,チェロが,人工内耳群はリコーダーが聴き取りやすさが向上していた.一方で,補聴器群が三味線,人工内耳群がチェロの聴き取りにくさを示していた.拍の理解しやすさについては,補聴器群はアコーディオン,ファゴット,クラリネット,トロンボーン,クラシックギター,ヴァイオリン,チェロが,人工内耳群はファゴット,リコーダー,トランペット,ヴァイオリンが拍理解のしやすさが向上していた. 【考察】 ・4分音符拍認識課題及び識別課題 三味線,筝,クラシックギターの主観評価はほかの楽器と比較して有意差があり,良好な評価を得ていた.リコーダーも主観評価はほかの楽器と比較して有意差があったが,評価は良くなかった.これらの楽器が構成する音色が拍認識に何らかの影響を与えたと考えられる.識別課題についても正答率の高いものは,三味線,筝,クラシックギターに集中していることが分かった.三味線と筝の音は高く短く,クラシックギターの音は低く太く聴こえ,ほかの楽器音と比べて聴き分けやすかったものと考えられる.また,これらはエンベロープの形が似ているが,周波数スペクトルに違いがある.主観評価によると補聴器群と人工内耳群で差があることから,補聴器具の特性の違いの影響も考えられる. ・8分音符拍認識課題 リコーダーとファゴットとヴァイオリンに対する評価は,4分音符拍認識課題に比べて平均1以上よくなっていた.8分音符にすることでサスティンタイムが短くなり,拍の区切りが分かりやすくなったためと考えられる. 【結論】 3つの実験を行い,聴覚障害者の拍認識に与える楽器音は,リコーダー,三味線,筝,クラシックギターにかかわりがあるだろうということが分かった.リコーダーは4分音符拍認識課題の場合拍認識が低いが,8分音符拍認識課題で拍認識率が向上しているため,メロディの作り方によっては拍認識が有効になるだろうということが考えられる.また,主観評価及び識別課題の結果が良好だった三味線,筝,クラシックギターはエンベロープの形状の特徴より,サスティンタイムが短くなることで拍認識がしやすい傾向にあることが分かった.このようなエンベロープの特徴を有する楽器を積極的に用いメロディを作成することで,聴覚障害者がより拍認識しやすくなり,音楽をより楽しめるようになるだろう.