論文の要旨 CACC(協調型車間距離制御装置)による車両挙動モデルの検証に関する研究 平成30年度 筑波技術大学大学院技術科学研究科産業技術学専攻 中川悠樹 指導教員 服部有里子 1.背景・目的 交通事故死者削減・渋滞低減のため,自動運転・高度運転支援技術の開発が進められている。短い車間距離での自動運転隊列走行を実現するには,近接車間距離走行のための精密な車間距離制御が重要である。ACC(AdaptiveCruiseControl,車間距離制御装置)は車載レーダ等を用いて前方車と自車との車間距離を測定し,前方車に追従するように自車の速度と車間距離を自動的に調節する装置であるが,ACCだけで追突や衝突を防止するには長い車間距離を維持する必要がある。CACC(協調型ACC:CooperativeAdaptiveCruiseControl)は,車車間通信によって得られた前方車情報と車間距離を用いることで,短い車間距離でも効果的に前方車の加減速度変動を減衰伝搬するシステムであるが,単に自車が前方車との車間距離を維持するだけでなく,車群として安定した挙動となるように制御を行う必要がある。 本研究では,ACCとCACCによる車両制御モデルを設計し,高速域での車間距離制御性を比較・検証するとともに,車群の車両挙動モデルを構築し,車群の車間距離安定性について検証することを目的とする。CACCによる車両挙動モデルについて検証し,将来の自動運転(レベル3以上)の実用化を目指すものとする。 2.研究内容 2.1車間時間 車間距離制御では,車載レーダ等で計測した同一車線上の前方車との車間距離や相対速度を用いて,目標加速度を決定することを考える。 ここで,目標車間距離Ldesは,以下の式のように, (数式)Ldes=hv0+Lsafe 一定値+速度比例値とし,その比例定数hを「車間時間」という。車間時間は,自車の速度で前方車の位置に何秒後に到達するかを示す時間である。 2.2車群安定性(ストリングスタビリティ)  車群走行における重要な概念として,車群安定性(ストリングスタビリティ)がある車群安定性は,複数の車両が車間距離制御により走行している状況において,ある車両の車間距離の変動が減衰するか,少なくとも後続車に増幅伝搬しないことを示す性質である。  図1のi番目の車両前方の車間距離をri,i+1番目の車両前方の車間距離をri+1とするとき,前方の車間距離と後方の車間距離の増幅率は,以下の式となる。  (数式)G=(ri+1)/ri 車間距離増幅率が1以下,G≦1となることが,車群安定性を満たすことと等価である。G≦1のとき,車間距離制御により走行している車群において,前方車の車間距離,速度,加速度の変動は後続車に増幅伝搬しない。車群安定性が満たされていなければ,前方車の挙動の変化が後続車に増幅されて伝搬する。 図1 車群安定性(ストリングスタビリティ) 2.3自車の目標加速度  CACCの自車の目標加速度は,前方車の加速度,目標車間距離との誤差,前方車との速度の誤差からフィードバック制御により算出する。  CACCの自車の目標加速度の式は,  (数式)a0des=K3a1+K1(r-Ldes)+K2(v1-v0)/K4 r:前方車との車間距離,Ldes:目標車間距離,v1:車車間通信で得られた前方車の速度,v0:自車の速度,a1:車車間通信で得られた前方車の加速度,K1,K2,K3,K4:フィードバックゲイン 2.4研究方法  まず,ACC車両の車両挙動を高精度で再現可能な車両制御モデルを設計し,ACCにより高速域の車両に対して,追突回避のため,車間距離を最低限に短くすることができるかどうか,検証・評価した。  次に,CACCによる車間距離制御アルゴリズムを提案し,自車の目標加速度の4つの制御パラメータの値(K1=0.025,K2=0.41,K3=19.3,K4=0.56)を設定した。車間距離制御アルゴリズムの出力である車間距離と自車の目標加速度を用いて,CACC車両の車両挙動を高精度で再現可能な車両制御モデルを設計した。CACCの車両制御モデルを一般の車両制御モデルに加えることで,CACCによる車両挙動モデルを構築し(図2),高速域での車間距離制御により,追突事故になるまでの車間距離について検証・評価した。  さらに,車両重量,勾配,走行抵抗などをパラメータとして,CACC車両の車両挙動を分析・評価するとともに,車群の車両挙動モデルを構築し,高速域の車群に対する車間距離の変動と増幅について検証・評価した。 図2 CACCによる車両挙動モデル 3.研究成果  ACCによる車両制御システムを構築し,シミュレーションにより検証した結果,前方車への追従では前方車が50km/hまで減速時に,速度120km/hにおいて車間時間1.2秒まで,速度100km/hにおいて車間時間1.1秒までは追突事故にならないことが分かった。追い越しでは車間距離43mまでは追突事故になることはまずないことが分かった。よって安全で車間距離を短くしたい場合,車間時間は1.1~1.2秒に設定した方がよいと考える。安全のための車間距離7mを追加すれば追突事故にならない安全なACCとなると考える。  次に,CACCによる車両制御システムを構築し,シミュレーションにより検証した結果,前方車への追従では,速度100km/hにおいて50km/hまで減速時に車間距離17.28m(車間時間1.2秒)に収束しており,追突事故にならないことが分かった。ACCとCACCによる車間距離制御により,追突事故になるまでの車間距離を比較・検証した結果,CACCの方が前方車が急ブレーキをかけたときの車間距離変動が少なく,車間距離制御性を改善することができる。  さらに,車群の車両挙動モデルを構築し,シミュレーションにより検証した結果,車両10台の車群では,ACC,CACCともに速度80km/hにおいて50km/hまで減速時に一定の車間距離に収束しており,追突事故にならないことが分かった。ACCでは,車群の車間距離は一旦短くなり,その後,65秒ほどで車間距離14.5m(車間時間1.0秒)に収束している。図3にACCによる車群の車間距離変動(K1=0.27,K2=0.50)を示す。ACCの最大の車間距離増幅率は,G=1.02>1,車群安定性が満たされず,前方車の車間距離変動が後続車に増幅されて伝搬している。また,追突事故の可能性がある車両台数の限界は11台であることが分かった。CACCでは,車群の車間距離は一旦短くなり,その後,60秒ほどで車間距離10.1m(車間時間0.7秒)に収束している。図4にCACCによる車群の車間距離変動(車間時間0.7秒,K1=0.27,K2=0.50)を示す。CACCの最大の車間距離増幅率は,G=1.000,車群安定性が満たされていることで前方車の車間距離変動が後続車に増幅伝搬していない。また,追突事故の可能性がある車両台数の限界は83台であることが分かった。 図3 ACCによる車群の車間距離変動(K1=0.27,K2=0.50) 図4 CACCによる車群の車間距離変動(車間時間0.7秒,K1=0.27,K2=0.50) 4.結論  ACCとCACCによる車間距離制御により,追突事故になるまでの車間距離を比較・検証した結果,ACCとCACCの車間距離制御性の差異が明らかになった。CACCの方が高速域での車間距離変動が少なく,短い車間距離を維持しながら,安全な走行が可能である。  次に,ACCとCACCによる高速域の車群に対する車間距離の変動と増幅について比較・検証した結果,ACC,CACCともに一定の車間距離に収束しており,追突事故にならないことが分かった。車群の車間距離は,ACCでは大きく変動しているのに対し,CACCでは変動が小さく,安定した車群走行となっていることが分かる。車群の先頭車両が急ブレーキをかけたとき,CACCの方が短い車間距離でも車間距離変動が少なく,車間距離制御性を改善することができる。また,ACCでは,車群安定性が満たされず,前方車の車間距離変動が後続車に増幅されて伝搬している。CACCでは,車群安定性が満たされていることで前方車の車間距離変動が後続車に増幅伝搬していないことが分かった。CACCの方がACCより渋滞を緩和できると考えられ,CACCはサグ渋滞を改善できる可能性がある。 5.今後の展開  本研究では,自動車の縦方向の自動運転制御(アクセル,ブレーキ)である車間距離制御装置(ACC,CACC)による,高速域での車間距離制御性と車群安定性について検証した。CACCのような通信を用いた車両同士の協調技術は,車間距離制御機能を有する自動車の大量普及時においてより効率的な交通を実現するための必須の技術である。  今後は,安全に加え,交通の効率化という恩恵を受けられるよう,高度な協調制御技術を開発していくことが重要であると考える。さらにその後は,安全化・交通効率化を実現するために,自動運転車(レベル3以上)の普及を目指していきたい。