論文概要 ○ 論文題目 日・韓聴覚障害者のためのコミュニケーション支援ツールに関する研究 ○ 指導教員 技術科学研究科 産業技術学専攻 井上 征矢 准教授 ○ 副指導教員 技術科学研究科 産業技術学専攻 生田目 美紀 教授 (所 属) 筑波技術大学大学院技術科学研究科 産業技術学専攻 (氏 名) 李 智秀 1. 研究の目的 聴覚障害者を対象とし、コミュニケーション支援ツールの需要や活用状況、利用しやすい形式などについて調査を行い、その結果に基づいて、日韓の聴覚障害者が利用しやすいコミュニケーション支援ツールの開発を行う。 2. 研究の方法 日韓の聴覚障害者が使用しやすいコミュニケーション支援ツールを制作するために、主に以下の調査および制作を行った。 1) 各国のコミュニケーション支援ツールに関する調査 2) コミュニケーション支援ボードの利用状況と需要に関する調査(聴覚障害者学生対象) 3) 他国の案内サインの図記号や、色と意味の関係に関する調査 4) ピクトグラムとコミュニケーション支援ツールの試作と評価 5) コミュニケーション支援ツールの開発と評価 3. 研究の結果と考察 1) 各国のコミュニケーション支援ツールに関する調査 日本で開発されているコミュニケーション支援ツールや他国でのコミュニケーション支援ツールの利用状況を参考として調査し、それぞれの特徴や使い方などを比較した。 コミュニケーション支援ツールは、紙媒体としてのもの、アプリ形式のものなど様々なツールがあり、どのような場面に効果があるかなどについて把握できた。 またひとつのツールで、様々な特性の人に利用しやすく開発することは難しいことも分かった。 2) コミュニケーション支援ボードの利用状況と需要に関する調査(聴覚障害者学生対象) 国内の聴覚障害者学生を対象とし、コミュニケーション支援ボードの認知度や利用状況、活用が期待される場面などに関するアンケート調査を行った。 その結果、コミュニケーション支援ボードは、聴覚障害者に必ずしも広く知られているわけではなく、また、知っている人も使わない人が多いという結果が得られた。コミュニケーション支援ボードを使用しない人の理由としては、設置されていないところが多いことや、どこに設置されているのか分からないことなどがあげられた。そのため、自分が携帯できるツールが有効であると分かった。また、コミュニケーション支援ボードについて、国内では駅や病院などで、海外では、空港やホテルなどで、使用したいという回答が多かった。 3) 他国の案内サインの図記号や、色と意味の関係に関する調査 分かりやすいコミュニケーション支援ツールを制作するためには、一目で意味が通じるピクトグラムを制作する必要がある。ピクトグラムには抽象性の高い単純な形のものもあれば、描写性の高いイラストな表現のものもある。また使用される色と意味、イメージの関連も分かりやすさには重要である。そこで日本や韓国の規格、国際規格(ISO)で規定されたピクトグラムなどの案内表示の形や色などについて調査を行い、両国で分かりやすいと推測されるピクトグラムの形、色などについて把握した。 また、聴覚障害者は健聴者に比べて、より描写性の高いピクトグラムを分かりやすいと考える傾向があるとの報告があることや、抽象性の高い形は国によって分かりやすさに差が出る可能性があることなどから、本研究では、対象物をより具体的な形とし、また着色することで、色でも意味を強調することとした。 4) ピクトグラムとコミュニケーション支援ツールの試作と評価 駅などの交通施設で使用できるコミュニケーション支援ツールを想定し、その中で使用するピクトグラムやUI Designを設計した。そして、それらの分かりやすさ、利用しやすさなどに関する意見収集を行った。 その結果、一部に意味が伝わりにくいピクトグラムがあり、形の修正を行った。また使用画面についても、画面で重視される情報や、見やすい情報量や大きさ、追加して欲しい機能などについての意見を把握できた。ピクトグラムの意味の通じやすさや、画面情報への要望で、日韓による差も一部にみられた。 またコミュニケーションの相手となる健聴者を対象に、聴覚障害者からツール画面を提示された際にその意図を理解できるかについての調査も行ったところ、各コミュニケーション画面ともに、理解できることを示す趣旨の回答が多かったが、最初にコミュニケーションが難しいことを伝える画面が必要であることや、相手の意図は分かるがどのように反応すれば良いのか分かりにくい、などの意見も得られた。 5) コミュニケーション支援ツールの開発と評価 それまでの調査結果を踏まえ、交通施設(駅、電車内)で使用できるコミュニケーション支援ツールを開発した。このツールは、設置状況が分からないために利用しにくい、という2)の調査結果に基づいて、スマートフォンで自ら携帯できる形式とし、切符を買いたい時や払い戻したい時、(トレイや出口などの)様々な施設の場所を確認したい時、運行状況の確認やトラブル発生時の状況確認をしたい時、物を失くしたことを伝えたい時、体調が悪くなったことを伝えたい時、などに使用できる機能をもつ。基本的に、伝えたいことを表すピクトグラムや文字を指さすことで使用するが、追加の説明が必要な場合に対応するために、文字を入力できる機能も一部に備えた。 そして、その操作性や分かりやすさ、有効性などについて日韓の聴覚障害者による評価を行ったところ、デザインや機能に関する意見や要望もみられたが、日本の聴覚障害者の9割以上の回答者と、韓国の聴覚障害者の7割以上の回答者が、このツールがあることで交通施設を使用する際の不安が軽減すると回答するなど、その有効性を確認できた。自身が交通施設で実際に使用した体験では、より具体的なコミュニケーションが必要である場合に機能が不足していることが感じられた。今後も機能の充実や改良を進める必要がある。 4. 結論 本研究において、コミュニケーション支援ボードに関する聴覚障害者の認知度は低く、また知っている人もあまり使用していない現状が明らかになった。その大きな原因は、設置されている場所が分からないことや、設置されてない場所が多いことにあった。しかし主に交通機関や病院などにおいてその需要が確認できた。 そのため本研究では、自らが携帯できる形式(スマートフォンで利用できる形式)で、交通施設(駅、電車内)で使用できるコミュニケーション支援ツールの開発を行った。開発後に行った日韓の聴覚障害者による評価では、機能等において新たな要望も得られたが、その有効性について一定の評価が得られた。