第 13回アイオワ大学研修報告 井口正樹 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 要旨:国際交流加速センター活動の一環として,アイオワ大学(米国アイオワ州アイオワシティー)での海外研修が平成30年9月に行われた。今回の研修には理学療法学専攻から2名の学生が参加し,11日間行われた。研修内容は,授業参加,研究室訪問,医療施設見学などであった。さらに,アイオワ大学の幅広い教育分野を活かし,理学療法学科以外の授業にも参加することができた。参加学生は,勉学に対し積極的な現地学生の態度を肌で感じて,自主的に学ぶことの重要性を改めて認識でき,短い期間ではあったが,有意義な研修であった。 キーワード:国際交流,異文化コミュニケーション,リハビリテーション 1.はじめに 米国の理学療法は世界で最も進んでいると言っても過言ではない。日本理学療法士協会は平成28年に50周年を祝ったのに対し,米国のそれは令和3年で100周年を迎える。理学療法士の養成教育は,日本では専門学校・短期大学・大学で主に高卒の学生を対象に行われているのに対して,米国では大卒の学生を対象に専門職大学院で行われている。このように米国の理学療法は優れているが,その米国の理学療法士養成施設の中でもアイオワ大学はトップレベルで,本学と大学間交流協定を締結しており,また本学卒業生を博士号取得まで導いた実績がある。今回,第13回としてアイオワ大学で研修が行われたので以下に報告する。 2.活動の目的 国際交流加速センター事業の一環として,リハビリテーションを含む医療分野で特に優れる総合大学であるアイオワ大学を訪問し,授業参加,医療施設訪問,研究室見学,現地学生との交流・情報交換などを通して,見聞を広め,また向上心を高めることで,将来の本学での学業や学生生活,医療人としての将来像を描くことを目的とした。この研修への参加をきっかけにして今後,アイオワ大学に留学を希望する本学の学生が出てくれればとも期待している。また,本研修は特設科目「異文化コミュニケーション」として1単位が認定される。 3.参加学生,引率教員選定 国際交流加速センター運営委員会が定める学生募集要項に従い,学部生では保健科学部を,院生では保健科学専攻を対象に周知した。その結果,派遣人員2名に対し2名の応募があった。成績,応募動機,クラス担任の推薦状の書類審査を行い,2名とも基準を十分に満たしていたため,応募のあった学生2名を派遣学生と決定した。2名は,鷲見正平と鳴瀬未来(いずれも保健科学部保健学科理学療法学専攻3年)であった。 引率教員としては,大学間交流協定の本学側世話人でアイオワ大学を卒業している井口と,本学保健科学部附属東西医学統合医療センターの杉田洋介助手が派遣された。 4.研修期間・主な研修施設とその概要 平成30年9月10日(月)に出国し,9月20日(木)に帰国した。うち移動日を除く実際の研修期間は11日(火)~18日(火)であった。 主な研修先は,米国アイオワ州アイオワシティーにある,アイオワ大学医学部理学療法・リハビリテーション科学学科(Department of Physical Therapy & Rehabilitation Science)であった。本学科にはDPT(Doctor of Physical Therapy)プログラム(2年半)とPhD(Doctor of Philosophy)プログラム(平均約4年)があり,どちらのプログラムも入学するには学士が必要である。前者は,将来,理学療法士(PT)を目指す学生が入学する。後者はリハビリテーションの分野で研究者・教育者を目指す学生が入学する。本研修では,授業参加では主にDPTプログラムの授業に参加し,研究室訪問では主にPhDの学生が対応してくれた。 5.事前研修・出発 3回にわたり本学保健科学部キャンパスにて,事前研修を行った。事前研修では,渡米時・入国時の注意点やアイオワ州やアイオワ大学の概要を井口が説明した。また米国での理学療法教育システムや英会話練習,井口が担当する選択科目の「医学英語」への参加,事前に入手した情報・配布資料に基づいた参加予定の授業の予習,学生への課題である英語による発表の練習・指導などもここで行った。加えて,学生には,ネイティブスピーカーと会話する機会が得られる英語ラウンジ(English Lounge)に積極的に参加するよう促した。 6.研修内容 6.1 体験授業 今回の研修では DPTプログラムから3コマ,健康と生理学学科(Department of Health & Human Physiology)から1コマ,ESL(English as a Second Language)から1コマの計 5コマの授業に参加した。 理学療法学科の授業としては,理学療法入門(Principles of Physical Therapy),筋骨格系治療学(Musculoskeletal Therapeutics),そして医療における活動依存性の可塑性(Activity-based Neural and Musculoskeletal Plasticity in Health Care)に参加した。1年次学生対象の「理学療法入門」は,理学療法の基礎を教える授業であり,今回は肩,肘,手関節の関節可動域測定の方法についての講義と実習であった。授業担当のケリー・サス(Kelly Sass)先生に加え,2年次の先輩学生5,6人が手伝いで参加しており,下級生を教えていた。実習では,本学学生が現地学生の可動域を測定する,などの交流を持つことが出来た(図 1)。「筋骨格系治療学」は2年次学生が対象であり,上肢の解剖学・運動学を復習する講義の後に実技があり,触診や靭帯へのストレステスト等を教えていた。実際に本学学生の 2人も,授業担当のデイビッド・ウイリアムズ(David Williams)先生の徒手療法を受け,また先生に手を取ってもらうことで,徒手療法の方法を学んだ(図 2)。「医療における活動依存性の可塑性」は,神経・筋(肉)・骨格系が活動の増加(運動)あるいは活動の減少(疾患や病気による活動量減少)でどのような変化が見られるか,を主なテーマとして運動制御や遺伝子レベルでの変化も含め,幅広く学べる科目である。本科目は完全な反転授業で,学生は事前に授業担当教員で学科長でもあるリチャード・シールズ(Richard Shields)先生が渡す数多くの学術論文(リーディングパケット)を読み,オンラインで視聴可能な講義を事前に受けた後に,授業に参加する。そのため実際の授業では,自己学習した内容を確認したり,ディスカッションを通して更に詳しい内容を教えたりしていた。 図1 体験授業「理学療法入門」の様子 DPT1年生の肩の動きを測定している本学学生。 図2 体験授業「筋骨格系治療学」の様子 本学の学生同士で徒手療法を,授業担当教員のウイリアムズ先生指導の下,練習している様子。 健康と生理学学科の「運動生理学(Exercise Physiology)」の授業では,将来 PTを目指す学部生が主に受講していた。 講義内容は運動と呼吸に関することであり,かなり詳細なメカニズムなどについての講義であった。PT養成課程に入る前にこのような知識を既に学生が持っているということは,養成施設への入学直後から高度な PT教育がスムーズに行えることを意味しており,高卒の学生を対象にしている日本の PT教育者から見ると,若干うらやましい。 英語を母国語としない人がアイオワ大学へ入学するにはTOEFL(Test of English as a Foreign Language)スコアで最低,(120点満点中)80点が必要である。80点以上 100点未満の場合,卒業までに ESLプログラムの単位取得を義務づける条件付きで入学できる。今回,1コマの ESLプログラムの授業に参加した。米国留学を成功させるためには,英語能力は高ければ高いほど良いが,英語能力が不十分な場合でも,とりあえず語学学校に入学して,まずは英語力向上にのみ集中することもできる。 どの授業でも共通して言えることは,学生の自主的な発言が多く,良く話を聞いている・勉強していることが見てとれたことだ。 6.2 研究室訪問 今回の研修では,運動制御,生体力学,心臓血管系,神経系と様々な理学療法学分野の研究室を訪れることができた。説明してくれたのは,研究室のディレクター(理学療法学科の教員),研究室に在籍する博士課程の学生,或いは博士研究員であった。見学内容は,学部生である派遣学生にとって難しかったが,運動制御の研究室では学生を被験者として簡単な実験をしてその結果を説明してくれたり,研究で使用する様々な計測機器を触らせてくれたり,細やかな配慮をしていただけた。見学中にも外部から被験者が実験のために訪れていた。また,壁には研究室で行った実験のポスターや論文がところ狭しと貼られており,本学学生は研究が盛んに行われていることを感じることができた。 6.3 医療施設見学 医療施設見学では,大学附属病院,大学附属スポーツ医学クリニック,大学附属子供病院,そして理学療法士が開業しているクリニックを訪れた。附属病院,子供病院,スポーツ医学クリニックでは共通して遊びながらリハビリが行えるような設備があったのが興味深かった。附属病院には,小さな電球がいくつも並んで付いている壁の前に患者が立ち,光った電球を出来るだけ早く手で押す,という具合に楽しみながら手の運動やバランス訓練,注意を促す訓練をする機器があり,体験させてもらった。理学療法士が開業しているクリニックではスポーツクラブも併設されており,理学療法は終了したが健康維持・増進のために運動を続けたい方はそのスポーツクラブで自主的に運動が出来る。アイオワの冬は積雪を伴い非常に厳しいので,冬の間はスポーツクラブの利用者数が増えるとのことであった。 6.4 その他 学生は課題であった英語での発表を今回は2回,行った。1回目はシールズ先生の授業時間をいただき,DPT2年生の前で行い(図 3),2回目は昼休みに昼食を食べながら,よりカジュアルに博士課程の学生や博士研究員の前で行った。発表内容は 2回とも同一で,学生 2人はそれぞれ自身で選んだ,忍者と阿波踊りをテーマに発表した。シールズ先生の授業内での発表では,学生の発表に加えて,井口が本学の紹介や大学間交流の経緯,視覚障害などについて発表した。 その他,例年同様,障害学生支援センター(Student Disability Service)にて,障害を有する学生への対応について説明を受けた。また,付属病院眼科の視覚リハビリテーション科学(Vision Rehabilitation Science)では,米国で視覚障害者がどのような職業に就くか,等の説明を受けた。京都大学名誉教授・アイオワ大学附属病院教授で神経内科医師の木村淳先生にもお会いできた。加えて,平成 28年に本学で行われた第 16回国際シンポジウムの招聘講演者の一人であるカーク・クルーバー(Kirk Kluver)氏(アイオワ大学 入試担当事務局長)にもお会いした。最も新しいきれいな学生宿舎のカフェテリアで食事をしながらアイオワ大学の学生について様々な話が聞けた。その後,大学の図書館やフィットネス施設も見学させてもらった。本学学生は,アイオワ大学の学生がどのような生活を送っているかの雰囲気が感じられたと思う。 図3 学生によるプレゼンテーションの様子 DPT2年生の前で,プレゼンテーションを行っている様子。 研修最終日には,シールズ学科長より,修了証書をいただいた(図4)。 図4 研修修了証書授与の様子 アイオワ大学での研修最終日に,シールズ学科長より,研修修了証書をいただいた。 7.参加学生(代表)の感想(「基金への感謝のことば」より抜粋,原文のまま) 私は,理学療法士になることを目的に筑波技術大学に入学しました。今回は理学療法の本場であるアメリカへ行き,日本とは違う色々なものを見て,触れたことで,理学療法士の学生としての自分に今何が必要かを見定めることができました。また,日本語の全く通じない土地で生活し,言葉の壁にあたることで,英語の必要性を再認識することができ,理学療法以外の目標も見定めることができました。今後の大学生活の中で,目標に少しでも近づけるよう努力していく所存です。 8.得られた成果・まとめ 本研修は,学生にとって良い刺激となったと思われる。活発に発言するアイオワ大学の学生とともに授業を受け,最新の情報を体験授業や研究室訪問から得ることが出来た。英語が出来ることで,どれだけ自身がアクセスできる情報の量が増すか,肌で感じられたと思う。この短い研修が直接何かの役に立てば幸いではあるが,むしろ今までの学習態度を改善するきっかけとなったり,今後,何かに挑戦する際に本研修での経験が役立つことを期待する。 The Thirteenth Study Tour to the University of Iowa IGUCHI Masaki Department of Health, Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology Abstract: In September 2018, two students and two faculty members from the Department of Health visited the University of Iowa for eight days to participate in a study tour. The tour included participating in physical therapy classes; visiting hospitals, clinics, and research laboratories; and meeting and exchanging information with students at the University of Iowa. The tour also included a visit to the newly opened children’s hospital on campus. Although the trip was short, the students from Tsukuba University of Technology were able to meet very hardworking students from Iowa and observe advanced approaches in rehabilitation. These experiences greatly encouraged those who participated in the tour. Keywords: International exchange, Cultural diversity, Rehabilitation