p.5 第1章 基礎編1 法律について学ぼう  聴覚障害学生がキャンパスライフを送る上で切っても切り離せないもの。それが「障害者差別解消法」です。  障害者差別解消法は、聴覚障害学生が大学で支援を受けながら学ぶための、その根拠となる法律です。つまり、「聴覚障害学生が『支援がほしい』と伝えたら、大学はそれに応じる努力をしなければならない」ということが書いてあります。  でも、法律ってなんだか難しそう・・・そんなイメージをもつ方のために、できるだけやさしく解説しています。 構成 基礎編1 法律について学ぼう 大学生活と障害者差別解消法 p.6 対象者 高校生・大学生・社会人 p.6 基礎編1 大学生活と障害者差別解消法 【知っていますか?障害者差別解消法】  みなさんは、2016年4月に施行された法律の存在を知っていますか?  障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律、いわゆる「障害者差別解消法」という法律で、障害学生の大学生活に大きく影響を与える法律です。この法律の中では、障害を理由に学生の入学や授業受講を拒んではいけないこと、障害のある学生に必要な配慮を積極的に提供していかなければいけないことなどが定められています。  「そんな法律があったの?」なんて驚いている人もいるかもしれませんね。  「そんな法律があるんだったら、僕達の大学生活は安心!」と思った人もいるでしょうか。  そう、この法律は、障害のある学生の大学生活を支えるために、とっても大きな役割を果たしてくれるものです。 画像:シャツとネクタイをつけた大学職員のイラスト。 【ポイントは意思表明!】  でも、ちょっと待ってください。この法律の中には、必要な配慮を提供する大前提として「障害学生から意思の表明があった場合」という文言が盛り込まれているんです。ということは、「どんな場面でどんな支援をして欲しいのか」を学生自身が伝えていかなければいけないということです。これを「意思表明」といいます。 画像:学生の顔のイラストの横に、「(ポイント)支援を申し出るのは本人! 」と書かれている。 p.7  「そんなこと言われても、大学生活のイメージもできないのに、どうして欲しいかなんてよくわからないよ」そう思った方、安心してください。  このガイドは、そんなあなたのために大学と上手にやりとりをしていく方法を解説したものです。障害のある学生が障害のない学生と同じように大学生活を楽しんでいくためには、大学との「対話」が大切です。そしてその対話のためには、ある程度の知識も必要です。  「法律って、いったいどんなことが書かれているの?」  「大学には何をお願いすればいいの?」  「そもそも大学ってどんなところなの?」  こんな疑問を抱いているみなさんのために、基礎編では、まず大学との対話に必要な基礎知識について説明していきます。 【障害者差別解消法って?】  はじめにも説明した通り、大学生のみなさんにとって、とても重要な意味を持つのが「障害者差別解消法」という法律です。この法律は、大きく以下の二つのことを定めています。 画像:黒板のイラストに「障害者差別解消法 1.不当な差別的取扱いの禁止 2.合理的配慮の提供」と書かれ、スーツを着た男性が棒で指し示している。 p.8 □不当な差別的取扱いというのは?  「不当な差別的取扱い」というのは、障害を理由にさまざまな場への参加を断られたり、制限を付けられたりすることを指します。  例えば、こんな話を聞いたことがある人はいませんか? 禁止されていること ・入学試験について問い合わせたら、障害を理由に出願を断られた。 ・ある専攻に進みたいと話をしたら、「障害があるので難しい」と言われた。 ・講演会に参加したかったのに、「障害学生は遠慮してほしい」と言われた。 ・3つの中から自由に選べるはずの選択授業について、「障害学生はAとBのどちらかにしてほしい」と言われた。  これらは、いずれも不当な差別的取扱いにあたる可能性が高い例です。もちろん、中にはどうしてもやむを得ない事情(正当な理由)があって、参加を断ったり、制限をつけたりせざるを得ない場合もあるかもしれませんが、そんな例を除いて、障害者差別解消法で禁止されています。 p.9 □合理的配慮というのは?  「社会的障壁の除去の実施についての必要かつ合理的な配慮」(以下、合理的配慮)というのは、障害のある人が感じる困難を取り除くための調整のことです。  みなさんの多くは、障害ゆえにいろいろな困難を感じていて、単にその場に参加してもいいと言われても、それだけでは他の参加者と同じように情報を得たり、議論に参加したりできない場合があると思います。 画像:聴覚障害学生が講義を受けている場面で、頭の上にハテナのイラストを3つ浮かべてわからない様子。その横に社会的障壁として「聞こえない」「わからない」と書かれている。  このように、障害者の社会参加を妨げる困難(バリア)のことを「社会的障壁」といいます。この社会的障壁を取り除くためには、大学や周囲の人からのさまざまな配慮が必要ですよね。これらの配慮のことを、「合理的配慮」といいます。  例えば、先輩たちが利用している合理的配慮には、以下のような例があります。 義務化されていること ・話の内容を理解するために、「ノートテイカー」を配置してもらう。 ・グループディスカッションの場面で、「手話通訳」を準備してもらう。 ・先生の音声が聞き取りやすいように、「FMマイク」を使してもらう。 ・ビデオを使用する授業で、内容がわるように「ビデオ字幕」を挿入してもらう。  これらは、いずれも聴覚障害のある大学生が利用している合理的配慮の代表例で、障害者差別解消法では、大学がこうした合理的配慮を提供するよう義務づけています(詳しくは解説編参照)。 →解説編 p.130 p.10 【すべての大学に適用されるの?】  障害者差別解消法は、障害者の日常生活・社会生活全般を対象にした法律で、すべての大学に適用されます。また、大学だけでなく、小学校・中学校・高校などの教育機関や役場や公民館などの公的施設、病院・デパート・レストラン・映画館など、民間の事業者が運営するサービス施設など、あらゆる事業者が対象になっています。 画像:カフェや花屋、病院や郵便局のイラストが書かれ、その前に店員さんや事務員、医師、子どもなど多様な11人の人のイラストが書かれている。  ただ、ポイントになるのは公的機関(法律では「行政機関等」と書かれています)が行う事業・サービスと、民間事業者が行う事業・サービスでは、義務の性質が異なるということです。特に大学の場合、国公立大学は「行政機関等」、私立大学は「民間事業者」に分類されています。このため、合理的配慮の提供については、私立大学は「努力義務」になっている点で注意が必要です。 行政機関等事業者(国立大学はこれにあたる)  不当な差別的取扱いの禁止:法的義務  合理的配慮の提供:法的義務  対象となる機関の例:国公立大学、行政機関、公民館、公立病院、公立学校 事業者(私立大学はこれにあたる)  不当な差別的取扱いの禁止:法的義務  合理的配慮の提供:努力義務  対象となる機関の例:私立大学、民間企業、私立病院、レストラン、映画館、商店 p.11  ただ、努力義務といっても“努力をしなければいけない”ことに変わりありません。また、文部科学省も、国公立・私立の違いがあるにも拘わらず、合理的配慮の提供を強く求める文書などを発行していますので、この点は知識として知っておくとよいでしょう(文部科学省「障害のある学生の修学支援に関する検討会報告」。詳しくは解説編参照)。 →解説編 p.133 【どうしてこんな法律ができたの?】  障害者差別解消法ができた背景には、障害者の権利に関する条約、いわゆる「障害者権利条約」に関わる動きがあります。  障害者権利条約というのは、障害のない人が当たり前に持っている権利を障害者にも平等に保障していくことを目指した国際条約です。この中では、「障害の社会モデル」という考え方が示されています。 □障害の社会モデル  障害のある人には、「目が見えない」とか「耳が聞こえない」という状況があります。けれども、同じように耳が聞こえない人でも、 Aさんは、専属の手話通訳者と一緒に働いていて、周りの人と自由にコミュニケーションができる。  Bさんは、だれも手話のわかる人がいない環境にいて、いつも周りの会話から取り残されるなんていう状況にあるとしたら、二人が感じる障害の大きさは、きっと大きく異なると思いませんか。  このように、障害というのは、その人の持っている障害そのもの(機能障害)のほかに、その人を取り巻く環境やそこにあるバリア(社会的障壁)によって大きく変化するものです。  では、こうしたバリアを作り出しているのは、いったい誰なのでしょうか?障害者本人でしょうか?それとも、障害者の存在をあまり深く考えずに、ものごとを生み出してきた社会の側なのでしょうか?  障害者権利条約では、これを社会のしくみに問題があると考えました。これが「障害の社会モデル」と言われるものです。だからこそ、社会全体でこうしたバリアを取り除いていく努力をしなければいけないし、そのために「合理的配慮」が必要という考え方を示しているわけです。 p.12 □今よりもっといい大学を作るために  障害者権利条約や障害者差別解消法の考えに基づくと、合理的配慮の提供は社会の義務であり責任です。 ・入りたい専攻があったけれど、障害ゆえにあきらめざるを得なかった。 ・受けたい授業があったけれど、障害学生は履修できないと言われた。 ・何らかの支援が欲しかったけれど、無理と言われたので仕方なくわからないまま我慢した。  こんな経験があるのだとしたら、それはその大学のしくみに問題があると思いませんか?みなさんが他の学生と同じように安心して学習できるように、そしてそんな環境を後輩たちに残してあげられるように、ぜひ勇気をもって声を伝え、大学と「建設的対話」を行いましょう。建設的対話とは、合理的配慮の内容を決めるための話し合いのことです。前向きな対話を重ねることで、あなたと大学の未来が開けるでしょう。  障害者差別解消法のもっと詳しい説明は、p.32からの事例編で説明しています。こんな時はどうしたらいいの?と思ったら、ぜひそちらをご覧ください。また、この冊子の巻末には、さらに詳細な解説を掲載していますので、じっくり勉強したいとき にはこちらもあわせて見てみてください。 →事例編 p.32 →解説編 p.130