p.129 第5章 解説編  本書では、ここまで障害者差別解消法に基づく建設的対話を中心に、法律の基礎知識や実際の活用方法について説明してきました。ただ、みなさんが大学の先生方にこうした知識を説明する際には、より詳細な資料が必要になるかと思います。また、本書をご覧になっている教職員の皆さんにとっては、法律の正確な情報が知りたいというニーズもあるでしょう。  そこで解説編には、基礎編で説明した障害者差別解消法の基礎知識に、より詳しい情報を加えた、詳細版を掲載しました。内容的には基礎編と重なる部分もありますが、みなさん自身の理解のために、あるいは大学の先生や職員さんにお読みいただくために、活用してもらえれば幸いです。 【解説】障害者差別解消法 p.130  対象者:大学生、社会人 障害者差別解消法Q&A p.144  対象者:大学生、社会人    p.130 第5章 解説編【解説】障害者差別解消法 【はじめに 】  2016年4月、障害学生の大学生活に大きな影響を与える法律が施行されました。それは、「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(障害者差別解消法)」という法律で、障害のある人々への不当な差別を禁止するとともに、彼らの社会参加にあたって必要な配慮(以下、合理的配慮)の提供を求めるものです。本稿では、こうした障害者差別解消法の内容と意義について説明していきます。 【障害者差別解消法とは? 】  冒頭でも述べたとおり、障害者差別解消法は、以下の二点について定めた法律です。 ・不当な差別的取扱いの禁止 ・合理的配慮の提供 □不当な差別的取扱いとは?  このうち、「不当な差別的取扱い」というのは、障害を理由に各種機会への参加やサービス提供等を拒んだり、制限を付けたりすることを指します。例えば、大学における不当な差別的取扱いの例として、以下のような内容が考えられます。 ・入学試験に関する問い合わせがあったが、障害があるとのことだったので、出願を遠慮いただいた。 ・特定の専攻に進みたいとの希望があったが、「障害学生は難しい」と伝えた。 ・大学主催の講演会に参加希望があったが、「障害学生は遠慮してほしい」と説明した。 ・複数の科目の中から自由に選ぶことのできる選択科目で、「障害学生はA とB のどちらかにしてほしい」と伝えた。 p.131  これらは、いずれも障害を理由に各種機会への参加を断ったり、制限をつけたりしている例で、そこに正当な理由がない限り、不当な差別的取扱いにあたり得ます。障害者差別解消法は、大学やその他の機関に対して、こうした対応をすることを法的に禁止しています。 □合理的配慮とは?  一方、障害学生の多くは、いろいろな社会的障壁ゆえに、単にその場への参加を認められただけでは、他学生と対等に参加することができない場合があります。こうした社会的障壁を取り除くためには、大学からの配慮や支援が必要です。これらの配慮や支援のことを、「合理的配慮」といいます。例えば、聴覚障害学生に対する合理的配慮には以下のような例があります。 ・授業中、教員の話を伝えるために、話されている内容を文字で伝える「ノートテイカー」を配置する。 ・グループディスカッションが頻繁に行われる授業で、話されている内容を手話で伝える「手話通訳者」を配置する。 ・比較的、聴力を活用できる学生に対して、教員の話す音声を直接学生の補聴器に届ける「FM 補聴援助システム」を活用する。 ・ビデオや動画教材を使用する授業で、映像の内容がわるようにあらかじめ「ビデオ字幕」を挿入しておく。  これらは、いずれも全国の大学で広く実施されている合理的配慮の代表的な例で、障害者差別解消法は、こうした合理的配慮を提供するよう大学に義務づけています(私立大学は努力義務)。 p.132 【法律の適用範囲は?】  障害者差別解消法は、障害者の社会生活全般を対象にした法律で、大学はもちろん小学校、中学校、高校などの教育機関や医療機関、電車、バス等の交通機関、デパート、レストラン、映画館などの民間が運営するサービス、さらには町の商店や個人事業主、社会福祉施設や非営利団体まで、幅広い対象を適用範囲としています※1。 (※1 なお、雇用分野については、障害者差別解消法ではなく「障害者の雇用促進に関する法律(障害者雇用促進法)」の適用範囲となります。障害者雇用促進法では、民間の事業主に対しても合理的配慮の提供を義務付けています。このため、大学が障害のある教職員に対して行う合理的配慮については、国公立大学・私立大学ともに法的義務と言うことになります。 )  ただし、国や地方自治体などの行政機関等が行う事業・サービスと、民間事業者が行う事業・サービスでは、課せられる義務の範囲が下表のように異なる点で注意が必要です。 不当な差別的取扱いの禁止  行政機関等:法的義務  事業者:法的義務 合理的配慮の提供  行政機関等:法的義務  事業者:努力義務  このうち注意が必要なのは、国公立大学は国や地方自治体と同じ「行政機関等」に分類されているのに対して、私立大学は民間企業などと同じ「民間事業者」に分類されている点です。このため、不当な差別的取扱いの禁止については、国公立大学・私立大学ともに法的義務となっていますが、合理的配慮の提供については、国公立大学では「法的義務」、私立大学では「努力義務」と扱いが異なります。 p.133  しかし、努力義務とはいえ、「差別解消」というこの法律の趣旨に照らせば、私立大学も合理的配慮を誠実に提供すべきであることは言うまでもありません。もしも私立大学が合理的配慮の不提供を繰り返し、もはや自主的な改善を期待できないと判断されたときは、文部科学大臣から行政指導を受ける可能性もあります。私立大学は、不当な差別的取扱いの禁止義務(法的義務)と合理的配慮の不提供の禁止義務(努力義務)のどちらについても、ひとしく行政指導の対象となっているのです。  また、障害者差別解消法は、施行後3年が経過した時点で政府の検討(必要なときには見直し)がなされることになっていて、今後、民間事業者の努力義務が法的義務に変わっていく可能性は大いにあります。さらに、大学における教育を指導・監督している文部科学省も、国公立大学・私立大学の別に関わらず、大学における合理的配慮の提供を強く求める文書などを発行していますので、この点を踏まえた対応が必要と言えるでしょう。 <参考> 文部科学省「障害のある学生の修学支援に関する検討会報告」  文部科学省がこれまでに二度公表している報告で、大学における障害学生支援のあり方についてまとめている。各報告の概要は以下のとおり。 第一次まとめ(2012年12月):文部科学省が大学における障害学生についてはじめて本格的に検討を行い、公開した報告書で、(1)機会の確保、(2)情報公開、(3)決定過程、(4)教育方法等、(5)支援体制、(6)施設・設備等の側面から求められる取り組みを記載している。この中では、対象とすべき学生の範囲や支援の提供を検討すべき場面の例、具体的な支援方法等について言及されている。 第二次まとめ(2017年3月):障害者差別解消法の施行を受けて、第一次まとめに追加すべき事項を整理したもので、(1)基本的な考え方、(2)大学等における実施体制、(3)合理的配慮の内容の決定の手順、(4)紛争解決のための第三者組織等の側面から、障害学生支援の考え方や求められる体制等について整理されている。ここでは、障害学生への合理的配慮の提供は「組織として当然に行わなければならないことと位置付けられている」点など、大学としての義務・責務の範囲がより明確に記されている。 p.134 【障害者差別解消法をめぐる背景には・・・ 】  これまでに説明してきたような障害者差別解消法が制定された背景には、障害者の権利保障にまつわる世界的な潮流があります。それは、2006年12月に採択された国連「障害者の権利に関する条約(障害者権利条約)」に関わる動きです。  障害者権利条約は、障害のある人が社会の一員として尊厳をもって生活できるよう、障害者差別を禁止し、機会の均等を図ることを求めた条約です。「Nothing About Us Without Us(私たちのことを、私たち抜きに決めないで)」というスローガンの元で進められた議論では、障害者自身が主体的に参画し、名実ともに障害者のための条約となるよう努力が重ねられてきました。この結果、2006年12月に国連総会にて採択され、現在までにアジア諸国やアフリカ諸国等を含めた175か国で批准されるに至っています(2017年11月現在)。  一方、日本政府は、2007年9月にこの条約に賛同を示す署名をして以来、批准に向けて国内法を整備するなどの体制を整えてきました。こうした流れの中で、以下のようにたくさんの法律が成立・改正され、障害者差別解消法の成立ならびに障害者権利条約の批准に至りました。 2006年12月 国連にて障害者権利条約の採択 2007年9月 日本政府が障害者権利条約に署名 2011年8月 障害者基本法改正 2013年5月 障害者雇用促進法改正・障害者差別解消法成立 2014年1月 障害者権利条約の批准書を国連に寄託 <参考>国連障害者権利条約  すべての障害者が人権と基本的自由を享有し、個々の障害者の尊厳を尊重することを目的に制定された条約。一般的義務として以下のような点が定められている。 ・障害者の権利を保障するためにすべての適当な立法措置、行政措置をとること ・障害者への差別にあたるような既存の法律、規則、慣行を廃止するためのすべての適当な措置をとること ・すべての政策や計画において障害者の人権の保護、促進を考慮に入れること ・個人や団体、民間企業における障害者差別を撤廃するためのすべての適当な措置をとること など p.135 【障害者権利条約と「障害の社会モデル」 】  障害者権利条約を理解する上で非常に重要なのが、「障害の社会モデル」という考え方です。もともと、「障害」ということばは、「目が見えない」とか「耳が聞こえない」といった障害者の抱える医学的な困難性のみを指すものと考えられていました。このため、聴覚障害ゆえに授業内容が理解できなかったとしても、「学生の耳が聞こえないからだ」と学生自身の障害に原因を求める側面がありました。  けれども、たとえ聴覚障害のある学生であっても、手話通訳やノートテイクなどの支援が充実した大学に入学していれば、他学生と対等に授業に参加ができるはずです。ここから同じような障害であっても、学生の置かれた環境によって、本人が感じる不利益やバリアは大きくも小さくもなるということがわかります。  つまり障害者が抱える「障害」というのは、障害者の中だけに存在するのではなく、実は障害者と社会の接点に生まれるものであって、その関係性いかんによって変化するものととらえることができます。これが「障害の社会モデル」という考え方です。  このように考えてみると、私たちの社会の中には、知らず知らずのうちに積み重ねられてきた「障害」がたくさんあることに気づかされます。出入り口の段差やコミュニケーション方法の違いが生み出す壁、障害者の存在に気づかずに構築されてきた制度の問題など、よく考えると、社会の側がとても大きな「障害」を抱えていると言えるのかもしれませんね。であれば、その「障害」(社会的障壁)を取り除かなければいけません。そのきっかけを与えてくれるのが、日本の場合、障害者差別解消法であり、この手段として合理的配慮があると言えるでしょう。 p.136 【さらに詳しく…障害者差別解消法】  では、障害者差別解消法の誕生によって、障害学生の大学生活はどのように変化するのでしょうか?大学はどのような視点で障害学生を受け入れ、支援を提供していけばいいのでしょうか?  この際、基本となるのが「同等な機会の保障」という考え方です。障害学生が他の学生と同じように参加できていない状況があるならば、そこには何らかの差別や社会的障壁が存在する可能性があります。これらを取り除き、他の学生と同じ参加機会を保障していくこと、これがめざすべき基本的な方向性となります。    例えば、大学生活上、障害学生が以下のように感じる状況は生じていないでしょうか? (1)本当は入りたい専攻があったけれども、障害があると受け入れは難しいと言われてあきらめた (2)本当は受けたい授業があったけれども、障害学生の履修は遠慮してほしいと言われて希望を取り下げた (3)本当は何らかの支援が欲しかったけれども、無理と言われたので仕方なくわからないまま我慢した (4)本当はパソコンノートテイクが欲しかったけれども、準備できる体制がないと言われて、仕方なく友達にノートを見せてもらった  もし、こういった状況があるとしたら、障害学生の大学生活はかなり制限を受けている状態で、他の学生と同等の教育機会を得られているとは言えないでしょう。この場合、大学としても何らかの改善が必要です。 p.137 □不当な差別的取扱い  上記にあげた例のうち(1)や(2)のように、参加の希望があっても参加を断る、選べるはずの選択肢を制限するといった行為は、「不当な差別的取扱い」にあたり得ます。大学における不当な差別的取扱いは、このほかにも入学前の相談や入試、授業(講義、実習、演習、実技、実験)の受講、研究室の選択、試験、評価、単位認定、留学、インターンシップ、課外活動への参加等、あらゆる場面で発生する可能性があるので留意が必要です。  また、場合によっては、こうしたやりとりの中で障害を理由としたハラスメントも生じる可能性があります。このため、大学としてはこのような問題を未然に防ぐための研修・啓発を進める必要があるでしょう。    ただ、なかにはどうしても異なる取扱いをせざるを得ない場面もあるかもしれません。例えば、種々の合理的配慮を尽くしても、本人やその場の参加者の安全が著しく脅かされたり、大きな損害が発生したりする場合のことです。このように、やむをえず問題を回避することができない場合には、「正当な理由」があるとしてその取扱いが認められることがあります。  正当な理由については、以下のような観点から総合的・客観的に判断していく必要があるとされています。 <参考>正当な理由の判断の視点 ・安全の確保:本人や参加者の安全が著しく脅かされること ・財産の保全:大学や参加者の財産が失われる危険性が極めて高いこと ・事業の目的・内容・機能の維持:本来実施するつもりだった内容ができなくなったり、会の目的や機能を大幅に変えなければいけなくなったりすること ・損害発生の防止:非常に大きな損害が発生してしまうこと p.138  ただし、こうした事案は一つ一つの場面や条件に応じて、丁寧に議論をしていく必要のあるもので、単に「何かあると困るから」「以前こんなことがあったから」といった理由のみで参加を制限することはできません。  また、合理的配慮、すなわち、できる範囲での工夫や調整や配慮によって、問題を回避することができるのであれば、まずその方法を検討しなければいけません。したがって、こうしたさまざまな手を尽くしてもどうしても著しい問題が発生してしまう場合にのみ正当な理由があると言えるということになります。  なお、障害者差別解消法は障害者の対等な参加を求めるもので、障害者を優遇することを求めているものではありません。このため、障害学生の成績が求めるレベルに達していないなどの理由があるときには、他の学生と同等の措置を取ることを妨げるものではありません。 □合理的配慮  一方、対等な教育機会が得られていないとして上記にあげた例のうち、(3)や(4)のように、必要な配慮を提供されなかったがために、他学生よりも不利な条件でその場に参加せざるを得なかったような場合、「合理的配慮の不提供」にあたる可能性があります。障害者差別解消法では、こうした合理的配慮の不提供そのものも差別の一つと位置付けています※2。 (※2 ここでは、不当な差別的取扱いと合理的配慮の提供を分けて説明していますが、実際にはこれら二つが重なる事例もあります。例えば「聴覚障害学生から学外で行うフィールドワークへの参加希望があったが、手話通訳等の合理的配慮が提供出来ないので、参加をお断りした」等の例では、合理的配慮の不提供のみならず不当な差別的取扱いも問題にしていくことが出来るでしょう。同様に、「教員がよかれと思って(代替措置をとらずに)レポート課題の提出を免除した」といった場合、不適切な合理的配慮の提供が、結果的にレポートを提出して正当な評価を受ける機会を奪うという形で不当な差別的取扱いにつながっています。このように、合理的配慮と不当な差別的取扱いは、裏表の関係に有明確に切り分けることは出来ないとされています。)    合理的配慮というのは、障害者が感じるさまざまな社会的障壁を取り除くために必要な変更・調整のことで、以下のような内容を含んでいます。 (参考)合理的配慮の例 ・物理的環境への配慮:移動しやすい教室に変更する、建物の入り口の段差を解消するなど、障害学生にとって利用しづらい環境を調整すること ・意思疎通の配慮:ノートテイカーや手話通訳者などの支援者を配置する、窓口にて筆談で対応するなど、コミュニケーション手段の違いを補うための配慮をすること ・ルール・慣行の柔軟な変更:試験時間を延長する、試験の方法を代替するなど、他学生に対して適用しているルールや慣行をより使いやすい形に変更すること p.139  障害者差別解消法では、本人の申出(意思表明)に応じて、こうした合理的配慮の提供を行わなければならない(私立大学の場合は、提供する努力をしなければいけない)ことになっています。  この際大学側が学生の言い校を無視して独断で「配慮」を提供すれば、障害を理由とする不当な差別的取扱いの問題が生じることもあります。例えば、授業中に、教員が障害のある学生の意向を確認しないまま、合理的配慮のつもりで発言の順番を飛ばした場合、学生の立場から見ると、障害を理由に発言の機会を与えられなかったと感じることがあるかもしれませんし、それを不当な差別的取扱いを受けたととらえる場合もあるでしょう。このため、合理的配慮の提供にあたっては、本人の意向を確認することが大切になってきます。  一方、障害学生の求める配慮の中には、大学にとって実現が難しい物もあるかもしれません。また、実現することで授業の目的が変わってしまったり、他学生とのバランスを著しく欠く結果になったりするものもあるかもしれません。障害者差別解消法は、こうしたアンバランスな対応を大学に求める物ではありません。  でも、だからといって障害学生からの申出を一方的に断るだけでは、本人の抱える社会的障壁は解決されません。  このため合理的配慮の内容を決定するときには、本人のニーズに基づいて、大学側が出来ること、出来ないことを提示し、互いに納得できる打開策を探す対話が不可欠になってきます。このような対話のことを「建設的対話」といいます。障害者差別解消法では、障害学生本人の意思を尊重しながら、本人と大学が互いに現状を共有し、双方でより良い合理的配慮の内容を決定するための建設的対話の重要性が強調されています。 p.140 (参考)合理的配慮を構成する要素  障害者差別解消法の施行にあたって内閣府が作成した基本方針の中では、合理的配慮を構成する要件として、以下のような点が挙げられています。 ・障害学生の「機会の平等」に資すものであること  これまでにも述べてきた通り、合理的配慮は障害学生の感じる社会的障壁を取り除くために必要な調整です。したがって、障害学生だけを特別に優遇するものではありませんし、その必要もありません。例えば、障害学生だけ評価を甘くしたり、代替措置を行わないまま単に授業や課題を免除したりするような配慮は、他学生と対等な条件でその場に参加するという権利を奪うものであり、合理的配慮として求められている内容とは言えません。 ・障害学生の「個別のニーズ」に対応するものであること  合理的配慮というのは、個々の障害学生から出されるニーズを受けて検討されるもので、不特定多数の障害者を対象とした環境の整備※3(事前的改善措置/後述)とは区別されます。 (※3 合理的配慮と環境の整備のちがい  講演会など、聴覚障害者の参加が想定される場面で、あらかじめ手話通訳を配置しておくことは、環境の整備(事前的改善措置)と呼ばれ、合理的配慮とは区別されています。事前的改善措置とは、特定の障害者からの申出がなされる前に、大学が不特定多数の視覚障害者・聴覚障害者・肢体不自由者などを想定して、あらかじめ社会的障壁を除去することを意味します。例えば、大学がそれらの障害者のニーズを想定してバリアフリーを進めておいたり、さまざまな人のニーズに対応するユニバーサルデザインを導入しておいたりすることです。一方、個々の場面で、特定の聴覚障害者からの申出がなされた後に、大学が話合いを経て、手話通訳者などを配置した場合は、合理的配慮となります。一人の聴覚障害者に対して用意した合理的配慮が、全体にとっての環境の整備になることもあります。 )  また、個別のニーズに基づくものである以上、同じ障害であっても障害の程度や学生のニーズによって、提供する合理的配慮の内容が変わってくる可能性があります。同様に、授業の内容や形式、活用可能なリソースの状況によっても、提供できる合理的配慮の内容が変化する可能性があります。 ・大学にとって「過度な負担」にならないこと  合理的配慮は、社会の側に社会的障壁を除去するための責任を求めるものなので、どのような配慮であっても、提供する側には一定の負担が生じます。ただし、それが均衡を失した著しい負担になる場合には、提供義務の範囲を超えることがあります。例えば、大学全体の規模に比較して、予算や人手がかかり過ぎるものや事務・事業への影響が大きすぎるもの、さまざまな制約により実現可能性が低いものなどは、過重な負担と判断されることがあります。  ただし、大学側も一定の努力をしなければいけないため、「予算や人手がかかる支援は一切できない」等と言い切ってしまうことは認められません。 p.141 ・「本質的変更」をともなうものでないこと  合理的配慮はその場の目的や内容・機能の本質を変えない範囲で提供されるものであり、これらを大きく歪めることを求めるものではありません。大学の授業には、それぞれ開講している目的があり、受講生にはその目的を達成することが求められます。このため、授業目的そのものを変えてしまうような配慮は提供する必要はありません。例えば、英語の授業で手話通訳を配置してほしいという要望があった場合、英語をすべて日本手話に置き換えて通訳するような配慮は合理的配慮とは言えません。 ・「本来業務に付随」するものであること  合理的配慮は、大学が本来提供しているサービスへの対等なアクセスを保障するものなので、この範囲を超える内容は、大学の責任外と判断されることがあります。例えば、障害学生が学外で行われる学会や研究会への参加を希望する場合、この場における合理的配 慮を提供しなければいけないのは、大学ではなく学会や研究会の主催者のはずです。もちろん、こうした場を大学での教育研究活動の延長線上にあると考えて、支援を提供することは可能ですが、大学の責任外と判断される場面にまで、合理的配慮の提供を義務づける ものではありません。    このほか、障害学生にとって重要なポイントは、こうした合理的配慮の提供が本人の「意思表明」に基づいて行われるものであるという点です。このため、学生にとってはまずは支援の必要性を申し出ることが重要な一歩となります。 p.142  これに対して、大学側にとっては障害学生の意思表明を支援する関わりも重要な視点と言えるでしょう。障害学生の中には、高校まで必要な合理的配慮を受ける機会を得られないまま、大学に入学している例も少なくありません。こうした学生にとって、支援が必要とのニーズに気付き、大学に申し出るまでには、多くの心理的葛藤を乗り越えなければいけないものです。これらの葛藤を少しでも軽減し、一刻も早く有効な合理的配慮を活用できるようにするためにも、合理的配慮の必要性を言い出しやすい環境を作っておくことが大切でしょう。  合理的配慮の活用は、障害学生の可能性を広げ、彼らの大学生活を意義深いものにしてくれます。彼らが将来合理的配慮を活用しながら、自らの力を存分に発揮できる状況を作っていくためにも、社会的障壁の除去を必要としている学生がいたら、「大丈夫?困っていない?」などと声をかけていけるといいですね。 (参考)内閣府「障害を理由とする差別の解消の推進に関する基本方針」 (2015年)  障害者差別解消法の施行に先立ち、内閣府が公開した基本方針で、法の対象範囲や不当な差別的取扱いの禁止、合理的配慮の提供のための基本的な考え方、「正当な理由」や「過重な負担」の判断の視点等がまとめられている。 p.143 【おわりに】  これまで、日本における障害者施策は、不特定多数の障害者を想定して法律を作るという方法で対応してきました。例えば、バリアフリー法などは、多くの障害者が使いやすいように、一定の環境を整えることを義務付けています。けれども、こうした法律によってカバーされていない個別のニーズについては、その場にいる誰かの「思いやり」に頼らざるを得なかった側面があったのではないでしょうか。「たまたま良い先生がいたから支援を受けられた」「たまたま優しい職員さんがサポートをしてくれた」―そんな「たまたま」出会うことのできた貴重な「思いやり」によって、障害学生の大学生活は支えられてきたわけです。  これに対して障害者差別解消法は、障害学生一人一人のニーズに対して、大学側が「耳を傾けること」「対話のテーブルにつくこと」を義務付けた法律です。つまり、障害学生にとってみれば、大学との交渉権が法的に保障されたとも言えます。  この権利を保障するとともに、大学に存在するさまざまな障害を取り除いていくためにも、建設的対話を積み重ねより良い大学を作っていっていただければと思います。      p.144 第5章 解説編 障害者差別解消法Q&A Q.対象となる障害の範囲に制限はありますか.  障害者差別解消法では、障害の種別や障害者手帳の有無に関わらず、心身の障害と社会的障壁によって日常生活や社会生活に相当な制限を受けている人すべてを対象にしています。また、障害のある大人だけでなく、子どもも対象に含まれますし、難病などにより心身の機能に障害を抱えている人たちも対象とされています。 Q.合理的配慮の対象となるのは、正規の授業だけですか.  大学における合理的配慮は、教育・研究に関わる活動すべてを対象にすべきと考えられています ※4。例えば、授業といっても先生の講話が中心となる講義だけではなく、実験・実習や演習、スクーリングなどさまざまな場面がありますし、大学院における研究指導等なども教育・研究に関わる重要な場面です。同時に、図書館などの施設の利用や、入学式・卒業式などの学校行事、大学主催の講演会・研修会といった正課外教育なども対象と考えられています。 ※4 文部科学省「障害のある学生の修学支援に関する検討会報告(第2次まとめ)」参照 Q.正規の学生ではないのですが、合理的配慮を受けることはできますか.  大学における合理的配慮の対象は、正規学生のみに限られるものではありません。科目等履修生や聴講生、研究生、留学生および交流校からの交流に基づいて学ぶ学生なども、他の学生と同様にそれらの制度を利用する権利がありますし、その際に必要な合理的配慮は提供されるべきと考えられています。また、学生だけなく、図書館や附属施設を利用するために外部から来られる方々や、オープンキャンパスの参加者、大学が主催する講演会やシンポジウム等の参加者なども対象に含まれると考えられています。 p.145 Q.障害者差別解消法に違反した場合、罰則規定はあるのでしょうか?  大学が障害者差別を行った場合に、直ちにこれを罰する規定はありませんが、大学の自主的な取り組みのみでは適切に改善できない場合には、大学を監督している主務大臣すなわち文部科学大臣から大学に対して報告を求めたり、助言、指導、勧告を行ったりすることが出来るとされています。こうした形で報告を求めたり、助言、指導、勧告を行ったりした内容は、毎年主務大臣がとりまとめて国会で報告することになっています。 Q.先生や友人に差別的な言葉をかけられたのですが、これって法律違反ですよね?  障害者差別解消法が対象としているのは、事業者による差別(不当な差別的取扱い、合理的配慮の不提供)で、個人の言動は対象外となっています。このため、教員や友人の差別的な言動が、直接、法律違反として追及されるようなことはありません。ただし、その言動により不当な差別的取扱いや合理的配慮の不提供になる場合には、大学としての監督責任が問われる事態となりますし、障害を理由とするハラスメントがある場合には、大学の人権相談窓口に相談することも可能でしょう。」  また、国立大学では、障害者差別解消法のための教職員対応要項を作成することになっていますが、これらの規定の中には教職員の懲戒処分について明記している物もあります。すなわち、教職員は、不当な差別的取扱いをしたり、合理的配慮を提供しなかったりした場合、その態様などによっては、職務上の義務に反した場合や職務を怠った場合などに該当し、懲戒処分に付されることがあります。  いずれにしてもこうした事態に発展しないよう、学内での教育・啓発・研修を進めて行きたいところです。 p.146 (参考)障害を理由とする差別の解消の促進に関する教職員対応要領 文部科学分野における対応指針  障害者差別解消法は、国公立大学を含む行政機関等に対して、同機関で働く職員が適切に対応するために必要な要領の作成を求めている(公立大学は努力義務)。また、私立大学に対しては、文部科学省が対応指針を示すことになっていて、これらの中では、各機関で取り組むべき内容が具体的に示されている。  特に、国公立大学が作成している教職員対応要領では、多くの大学で監督者の配置やその責務について言及されている他、相談体制の整備、紛争防止のための体制整備、大学によっては懲戒処分の方法等について具体的な記載が盛り込まれている。また、別紙として添えられた留意事項の中にも、情報保障の必要性等、具体的な場面ごとの事例が掲載されていることが多く、これらは各大学のウェブサイト等で公開されている。