聴覚障害学生の意思表明支援のために― 合理的配慮につなげる支援のあり方 ― PEPNet-Japan 日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク もくじ はじめに 2 第1章聴覚障害学生と意思表明 第1節法律からみた「意思表明」とは 4 第2節聴覚障害学生からみた「意思表明」とは 9 第2章聴覚障害学生の意思表明支援における支援担当教職員の役割 第1節聴覚障害学生の意思表明支援に関する事前調査・インタビュー調査について 12 第2節事前調査回答のまとめ―聴覚障害学生の状況に応じた支援体系図― 15 第3節聴覚障害学生の意思表明をうながす支援のポイントとは 19 1.初回面談での対応 21 コラム初回面談について 2.情報保障の基盤形成 30 3.情報保障の実践的見識の形成 43 コラム議論における発言の保障とジレンマ 4.関係性の構築と促進 57 5.聴覚障害学生の当事者性の涵養 66 コラム「意思表明」に見る当事者性 6.情報保障を利用しない学生との関係の構築と維持 77 7.環境整備 80 コラム聴覚障害学生とまわりの学生とのスムーズなかかわりのために 8.支援担当教職員が持つ支援技術 89 コラム学内他部署との連携の意義 第4節今回の調査からみえてきたもの 97 第3章ワークショップ「聴覚障害学生の意思表明支援とは―支援担当教職員の役割を中心に―」 第1節ワークショップ概要 104 第2節基調講演「大学生の援助要請行動のプロセスから考える障害学生支援」報告105 第3節グループディスカッション―扱った事例と対応例― 117 第4節参加者のフィードバックシートから 119 巻末資料 121 日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク( PEPNet-Japan)モデル事例構築事業について 聴覚障害学生の意思表明支援に関する事前調査シート 聴覚障害学生の意思表明支援に関するインタビュー調査シート はじめに 平成 28年 4月に障害者差別解消法が施行され、障害者の生活は大きな転機を迎えようとしています。これまで光が届きにくかった教育や労働の分野にも日差しが射しこみつつあり、当事者の一人として、見慣れた光景が徐々に移ろっていくところに法の威力を感じます。 一方で、同法律で合理的配慮と呼ばれている支援の提供に関しては、本人からの「意思表明」が前提とされています。しかしながら、これまでコミュニケーションをはじめとするさまざまな経験不足から、自らのニーズを意識し、伝える機会を逸しがちだった当事者にとっては、「意思表明」「過重な負担」等のことばを前に、戸惑いを隠せない状況もあるのではないでしょうか。 本事業では、事前調査とインタビュー調査を通して、大学において支援担当教職員が聴覚障害学生の「意思表明」をどのように捉えているか、また、これを引き出し支えるためにどのような支援を提供しているかを明確にしたいと考えました。調査に協力くださったすべての支援担当教職員が、聴覚障害学生一人ひとりに向き合おうと日々奮闘している様子には、心揺さぶられるものがありました。聴覚障害学生の意思表明のために、あるいは学びを深めるために、「情報保障」が存分に活用されていましたが、「情報保障」はあくまでも「手段」であり、「目的」ではないことが明確に伝わる語りでした。長きにわたる各大学と PEPNet-Japanのパートナーシップがもたらした貴重な語録であることをかみしめると同時に、ここから聴覚障害学生支援コーディネートの専門性の一端が垣間見えること、その専門知を余すところなくお伝えしたいとの思いから、本書に頁数を費やすことになりました。 折しも本年 4月、文部科学省の「障害のある学生の修学支援に関する検討会報告(第二次まとめ)」が公開されます。ここでは、合理的配慮の決定過程や大学の責務について、明確かつ力強い説明がなされていますが、残念ながら意思表明の内実については詳しく言及されていません。しかしながら、大学に入学した聴覚障害学生の成長にともなうゆらぎを支えるためには、本人の思いを引き出し、育てる「意思表明支援」が不可欠なことを、現場の専門的支援が物語っているように思います。この紙面をお借りして事前調査およびインタビュー調査に快く応じてくださった支援担当教職員の皆様方と、聴覚障害学生ならびに各大学関係者の皆様方に衷心より感謝申し上げます。 また、本事業の中間報告を兼ねたワークショップでは、大阪国際大学の木村真人先生に心理学の立場から示唆に富んだご講授をいただきました。大学生の援助要請行動に焦点を当てたお話は、各方面から確かな反響を呼ぶとともに、数々の共通点も見出されました。ここから意思表明支援が、聴覚障害学生支援の範疇を超えた地平につながり得ることが予感させられます。 末筆ながら、聴覚障害のある人とない人の協働という目標をも内包した本事業は、幾度となくその本質を問われつつも、事業メンバーの際立った洞察と知見に導かれて歩を進めることができました。随所を彩るコラム等から立ちのぼる情景にもその一端がうかがえます。また、陰に陽に惜しみない力添えをいただき、最後まで忍耐強く伴走くださった PEPNet-Japan事務局の皆様にあらためてお礼申し上げます。 本書が、聴覚障害学生支援にたずさわる関係者の皆様方、そしてゴールなき「意思表明」をめぐって悩みの尽きない聴覚障害学生・聴覚障害者のささやかな希望となれば望外の喜びです。 平成 28年度モデル事例構築事業代表関東聴覚障害学生サポートセンター吉川あゆみ 【本書で使用している用語について】 *意思表明:支援を要請する等の一定の目的を達成するための選択も含めて、自分の意思を何らかの形で表すこと。 *不服申立:合意形成に至る過程や合意形成をしたあとに、内容の取り消しや変更等を申し出ること。 *聴覚障害:ろう、難聴、聴覚障がい等さまざまな表記があるが本書では「聴覚障害」とした。 *パソコンノートテイク:パソコンによるノートテイク(文字通訳)のこと。 *支援担当教職員:障害学生支援コーディネーター、障害学生支援担当者等の障害学生支援を担当している教職員を「支援担当教職員」とした。 *支援室:障害学生支援室等の障害学生支援を担当する部署を「支援室」とした。 第1章 聴覚障害学生と意思表明 第1 節 法律からみた「意思表明」とは 1.障害者権利条約の批准と社会モデルの普及 近年、障害のある人の権利や差別に関する取扱いについて大きな見直しが進んでいます。日本は、2014年に「障害者の権利に関する条約」1(以下、障害者権利条約)を批准しましたが、この条約を締結するに至るまでには、障害者基本法2の改正により手話の法的位置づけや差別の禁止に関する記述が追加されたり、「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」3(以下、障害者差別解消法)が制定されるなどさまざまな法制度の整備がなされてきました。この法律は、全ての国民が互いに尊重し合う共生社会の実現に向けて、障害を理由とした差別の解消を推進することを目的として制定されたものであり、この制定には、障害のある人たちからの再考を求める声によって、障害のある個人にその障害の克服を求めた「医学モデル」ではなく、障害を社会的障壁との関係性で捉える「社会モデル」の観点が広がったことも大きな背景として位置付けられています。 障害のある人に対する差別の禁止に関しては、2011年に改正された障害者基本法で、「何人も、障害者に対して、障害を理由として、差別することその他の権利利益を侵害する行為をしてはならない。(第四条)」と定められており、社会的障壁の除去等について明文化されています。 ここでいう差別とは何かという概念については、内閣府障害者政策委員会差別禁止部会が2012年にまとめた意見4の中で、次の4類型に区分されています。すなわち、①直接差別、②間接差別、③関連差別、④合理的配慮の不提供です。直接差別とは、障害があることを理由に排除することを意味しており、例えば、障害を理由に入学拒否をすることなどがあたります。間接差別は、障害とは直接関係のないルールや規程を一律に当てはめることで、一見中立的な対応に見えても、障害によっては差別的な取扱いになるものを指しています。例えば、参加申し込みをした本人以外の入室を禁止している会場において、手話通訳者やノートテイカーに対しても一律にそのルールを適用することで、実質的に聴覚障害のある人の参加が叶わなくなることなどは間接差別の例であるといえます。関連差別は、障害自体による差別ではないものの、その障害に関連する事柄を理由とした差別のことをいいます。例えば、障害の有無に関わらず参加できるイベントで、車椅子での来場不可とすることなどがこれに当たります。それから、最後の合理的配慮の不提供は、障害のある人から要望があったにもかかわらずその申し出に応じず、合理的配慮を提供しないもので、このことが差別に位置付けられたことは障害のある人の実質的な参加を保障する上で、非常に重要な点であると捉えられています。 こうした検討を経て、2016年に施行された障害者差別解消法では、障害を理由とする不当な差別的取扱いを禁止することが明文化されました5。また、合理的配慮の提供について行政機関等には法的義務、民間事業者には努力義務が課されました。このことは高等教育機関においても同様であり、すべての大学等において①障害を理由とした不当な差別的取扱いが禁止されるとともに、②合理的配慮の提供についても、国公立大学には法的義務、私立大学においては努力義務(合理的配慮を提供する努力の義務)が課されることになりました。 [差別的取扱いの禁止] 「事業者は、その事業を行うにあたり、障害を理由として障害者でない者と不当な差別的取扱いをすることにより、障害者の権利利益を侵害してはならない。(第8条第1項)」(障害者差別解消法) [合理的配慮の定義] 「障害者が他の者と平等にすべての人権及び基本的自由を享有し、又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって、特定の場合において必要とされるものであり、かつ、均衡を失した又は過度の負担を課さないものをいう。(第二条 定義)」(障害者の権利に関する条約) 2.差別的取扱いの禁止と合理的配慮 前項では、障害者差別解消法が対象としている差別の中には、不当な差別的取扱いと、合理的配慮の不提供の2種類が含まれることについて示しました。この不当な差別的取扱いについては、文部科学省の対応指針6にも書かれているように、障害を直接的な理由として窓口対応の拒否をすることや、説明会等への出席を拒むこと等があります。また、入学の出願を受理する代わりに正当な理由のない条件を付すことなどについても差別の例に挙げられています。 「文部科学省所轄事業分野における障害を理由とする差別の解消の推進に関する対応指針 別紙1」より-1 【不当な差別的取扱いに当たり得る具体例】(一部抜粋) 障害者であることのみを理由として、以下の取扱いを行うこと。 ・学校、社会教育施設、スポーツ施設、文化施設等において、窓口対応を拒否し、又は対応の順序を劣後させること。 ・資料の送付、パンフレットの提供、説明会やシンポジウムへの出席等を拒むこと。 ・社会教育施設、スポーツ施設、文化施設等やそれらのサービスの利用をさせないこと。 ・学校への入学の出願の受理、受験、入学、授業等の受講や研究指導、実習等校外教育活動、入寮、式典参加を拒むことや、これらを拒まない代わりとして正当な理由のない条件を付すこと。 ・試験等において合理的配慮の提供を受けたことを理由に、当該試験等の結果を学習評価の対象から除外したり、評価において差を付けたりすること。 ここでいう正当な理由のない条件とは、例えば、入学を認めるものの、入学後、障害のある学生が障害に関する配慮を一切求めないという同意書にサインを強いられるケースなどが該当します。また、合理的配慮の提供を受けたことを理由に評価において差をつけることなども差別の例として挙げられていて、これには、運動障害のある学生などが試験時間の延長を求めたり、聴覚障害のある学生がリスニング試験の代替試験を受けた場合に正当な評価を受けることができない場合等が該当します。 一方、合理的配慮の提供については、障害者差別解消法において「事業者は、その事業を行うに当たり、障害者から現に社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明があった場合において、その実施に伴う負担が過重でないときは、障害者の権利利益を侵害することとならないよう、当該障害者の性別、年齢および障害の状態に応じて、社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮をするように努めなければならない。(第8条第2項)」とされています。すなわち障害のある人からの申し出があれば、事業者は問題となっている社会的障壁を除去するために何らかの配慮を提供できるよう個別に検討しなければいけないということです。ここで重要になってくるのが、障害のある人からの意思の表明です。合理的配慮の提供は、基本的に障害のある人からの意思の表明を起点に検討が開始されます。 このため、障害のある人側が自らの困難や求める配慮について伝えていくことが非常に重要になってくるわけです。同時に、合理的配慮の内容の決定過程においても、障害のある人側の意思の表明は非常に重要です。それは、合理的配慮の内容が双方の「建設的対話」に基づき決定されるものだからです。この点について、対応指針の中では以下のように記載されています。すなわち、「(中略)当該障害者が現に置かれている状況を踏まえ、社会的障壁の除去のための手段及び方法について、「(2)過重な負担の基本的な考え方」に掲げた要素を考慮し、代替措置の選択も含め、双方の建設的対話による相互理解を通じて、必要かつ合理的な範囲で、柔軟に対応がなされるものである。」とのことです。 それでは、なぜ、障害種ごとに合理的配慮を提供するのではなく、同じ障害のある人でも、それぞれ状況に合わせて合理的配慮の内容を決定していく形になっているのでしょうか。例えば、聴覚障害のある人が役所の窓口に行って手続きをする時、ある人は手話通訳を介したやり取りを希望し、別の人は職員に筆談しながら説明することを求めるということがあります。また、慣れた内容で簡単なやりとりで済む場合は筆談を希望しても、内容が複雑であったり長時間に渡る手続きの場合は、手話通訳の利用を希望するということもあります。このように、同じ障害を持っている場合でも状況や日常生活における言語・支援機器の選択などによって、求める配慮内容は異なる場合があるのです。このため、あらかじめ提供できる配慮の内容を決めておくのではなく、個々の障害のある人の意思の表明に基づき、提供可能な配慮の内容をともに考えて行くスタイルが取られているわけです。この際、求める合理的配慮の内容が現実にそぐわない場合は、提供側に「過重な負担」になるとして断られてしまうこともあるでしょう。また、ニーズがあるにもかかわらず、それを言い出せないでいると、合理的配慮を受ける機会を失ってしまうかもしれません。したがって、法律に基づき必要な合理的配慮を受けるためには、障害者側がいかに適切かつ効果的に意思の表明をするかが重要な鍵となってくるわけです。 これらの意思の表明については、3つの重要なポイントがあります。一つ目は、配慮を必要としている状況にあることを幅広いコミュニケーション手段で行うことが認められていることです。例えば、手話を含む言語や、点字、拡大文字、筆談などの幅広い手段が認められています。前述の例でも述べた通り、聴覚障害のある人で筆談をコミュニケーション方法として扱うことが可能な方でも、正確な情報を把握し、伝える際には手話を用いることが重要なケースもあります。したがって、このような場合には、まずどうしたら意思の表明をしやすい環境になるのかを考えることが重要です。 二つ目は、障害のある本人からの意思の表明が困難な場合には、障害のある人の家族、介助者等、コミュニケーションを支援する者が本人を補佐して意思の表明を行うことも認められているということです。さらに三つ目は、意思の表明がない場合においても、社会的障壁の除去を必要としていることが明白である場合には、障害のある人に対して適切と思われる配慮を提案するために、建設的対話を働きかけることが望ましいとされています。 なお、合理的配慮の基本的な考え方と意思の表明については、「障害を理由とする差別の解消の推進に関する基本方針」7の中で詳しく述べられています。 3.合理的配慮 (1)合理的配慮の基本的な考え方 ア 権利条約第2 条において、「合理的配慮」は、「障害者が他の者との平等を基礎として全ての人権及び基本的自由を享有し、又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって、特定の場合において必要とされるものであり、かつ、均衡を失した又は過度の負担を課さないもの」と定義されている。 法は、権利条約における合理的配慮の定義を踏まえ、事業者に対し、その事業を行うに当たり、個々の場面において、障害者から現に社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明があった場合において、その実施に伴う負担が過重でないときは、障害者の権利利益を侵害することとならないよう、社会的障壁の除去の実施について、合理的配慮に努めなければならないとしている。合理的配慮は、障害者が受ける制限は、障害のみに起因するものではなく、社会における様々な障壁と相対することによって生ずるものという、いわゆる「社会モデル」の考え方を踏まえたものであり、障害者の権利利益を侵害することとならないよう、障害者が個々の場面において必要としている社会的障壁を除去するための必要かつ合理的な取組であり、その実施に伴う負担が過重でないものである。 合理的配慮は、事業者の事業の目的・内容・機能に照らし、必要とされる範囲で本来の業務に付随するものに限られること、障害者でない者との比較において同等の機会の提供を受けるためのものであること及び事業の目的・内容・機能の本質的な変更には及ばないことに留意する必要がある。(つづく) イ 合理的配慮は、障害の特性や社会的障壁の除去が求められる具体的場面や状況に応じて異なり、多様かつ個別性の高いものであり、当該障害者が現に置かれている状況を踏まえ、社会的障壁の除去のための手段及び方法について、「(2)過重な負担の基本的な考え方」に掲げた要素を考慮し、代替措置の選択も含め、双方の建設的対話による相互理解を通じて、必要かつ合理的な範囲で、柔軟に対応がなされるものである。さらに、合理的配慮の内容は、技術の進展、社会情勢の変化等に応じて変わり得るものである。 現時点における一例としては、 ・車椅子利用者のために段差に携帯スロープを渡す、高い所に陳列された商品を取って渡すなどの物理的環境への配慮 ・筆談、読み上げ、手話などによるコミュニケーション、分かりやすい表現を使って説明をするなどの意思疎通の配慮 ・障害の特性に応じた休憩時間の調整などのルール・慣行の柔軟な変更 などが挙げられる。合理的配慮の提供に当たっては、障害者の性別、年齢、状態等に配慮するものとする。内閣府及び関係行政機関は、今後、合理的配慮の具体例を蓄積し、広く国民に提供するものとする。 なお、合理的配慮を必要とする障害者が多数見込まれる場合、障害者との関係性が長期にわたる場合等には、その都度の合理的配慮の提供ではなく、後述する環境の整備を考慮に入れることにより、中・長期的なコストの削減・効率化につながる点は重要である。) ウ 意思の表明に当たっては、具体的場面において、社会的障壁の除去に関する配慮を必要としている状況にあることを言語(手話を含む。)のほか、点字、拡大文字、筆談、実物の提示、身振りサイン等による合図、触覚による意思伝達など、障害者が他人とコミュニケーションを図る際に必要な手段(通訳を介するものを含む。)により伝えられる。 また、意思の表明には、障害者からの意思の表明のみでなく、知的障害や精神障害(発達障害を含む。)等により本人の意思の表明が困難な場合には、障害者の家族、介助者等、コミュニケーションを支援する者が本人を補佐して行う意思の表明も含む。 なお、意思の表明が困難な障害者が家族、介助者等を伴っておらず、本人の意思の表明も支援者が本人を補佐して行う意思の表明も困難であることなどにより、意思の表明がない場合であっても、当該障害者が社会的障壁の除去を必要としていることが明白である場合には、法の趣旨に鑑み、当該障害者に対して適切と思われる配慮を提案するために建設的対話を働きかけるなど、自主的な取組に努めることが望ましい。(以下、省略) 第2節 聴覚障害学生からみた「意思表明」とは 1.円滑な合理的配慮のために 第1 節では、意思表明に関わる法律的背景を概観しました。障害者差別解消法の成立によって、高等教育機関においても合理的配慮の提供が義務とされ、聴覚障害学生への支援に関しても、学生本人の意思の表明に応じて、高等教育機関の教職員が何らかのアクションを起こすことが期待されています。この際、聴覚障害学生の意思表明にスムーズに対応できれば、学生のニーズを十分に吸い上げ、円滑な建設的対話、そして合理的配慮の提供に至ることができます。しかしながら、仮に聴覚障害学生の求める支援を提供できない、あるいは大学教職員の対応に不備があった場合は、聴覚障害学生は不満を募らせたり、過度に消極的になったりするでしょう。すなわち、聴覚障害学生の意思表明に対する、支援担当教職員の対応の専門性が問われてくるわけです。 2.聴覚障害学生と「意思表明」 大学教職員がどのように聴覚障害学生に対応するかという課題がある一方で、聴覚障害学生自身も意思表明が困難という課題を抱えています。支援に対する意思表明が難しい理由にはさまざまなものが考えられますが、その一つとして、現在、初等・中等教育段階での支援体制が整備されている地域が数えるほどしかないという現状があげられます。 多くの聴覚障害学生は、大学入学まで支援を受けた経験が乏しいゆえに、わからないことが常態化していて、「困ったことがあったら言ってね」と言われてもすぐに反応できない状態にあるのです。そもそも自分が困ってるのかどうかがわからない、あるいは何となく困り感はあるけれども、どのように言語化していけばいいのかわからない、ということがあるわけです。それでも大学生活の中では、このような行き詰まりをかろうじて回避できる場合もあります。けれども、就職活動や職業生活において同じように行き詰まりを回避して第二波に乗れるかが危惧されます。 もう一つの理由としては、情報保障などの支援がない環境、つまり、まわりと自分との間でいつも受け取る情報量に差がある環境に置かれることで、人間関係に微妙な上下関係が生じてしまうという点があげられます。日常生活にはあらゆる情報があふれています。例えば、さりげない世間話や道端での立ち話もあれば、会議や授業など一定の枠組みの中での話し合い、比較的文字化しやすい会議での決定事項や板書など、情報にはさまざまな種類があります。しかしながら、多くの聴覚障害学生は、不確定情報から確定情報までの多種多様な情報を網羅的に把握し、判断するような経験を持ち合わせていないのが現状です。時として情報保障が用意されたり、まわりが配慮してくれたりして断片的に情報が入ってくることもありますが、多くの場合「確定情報」や「決定事項」に偏りがちでしょう。こうした情報を受信する行為と同様に、自分から情報を発信する行為にもさまざまなレベルがあります。授業の中や仲間との会話で名指しで質問を受けてそれに回答するような固定的な形での発信もあれば、指名されてはいないけれどもその場の流れを読んで発言するような流動的な形での発信もありえます。ですが、聴覚障害学生にとっては、前述のような情報の受信が不十分な状況に置かれると、その場の状況を推し量ることが困難になります。その結果、場の雰囲気を壊さないように、指名されない限りは発言しない、あるいは指名された時も自分の意思を押し込めて無難な発言をしようとするのは自然な傾向かもしれません。 このように、受け取る情報量に開きが生じる環境が長く続くと、意識的であれ、無意識的であれ、受動的な生き方になっていくことになり、ひいては自分の意思を抑圧せざるを得なくなるということが考えられます。 3.意思表明支援の必要性 「意思表明」は主体性を要する能動的な活動なので、聴覚障害学生が自分の意思を表明するためには、長年の受け身的な生き方から脱却して、能動的な生き方へ転換させていくことが求められます。つまりは、本当はよくわかっていなくても「はい」といってしまうような、自己抑圧の枠を一つ一つ外していかなければならないということを意味しています。 大学の支援であれば、右図のように、「わからない時は『わからない』と言っていいんだ(わからないことへの気づき)」「『こういう支援がほしい』と言っていいんだ(他人に頼ることへの葛藤)」など、それぞれの自己抑圧の枠を外しながら意思表明をうながしていくことが求められます。これは、見方によっては自分の障害をつきつけられたように感じられるため、勉学に支障をきたすほどの心理的負担をともなう場合もあります。 現代社会を生きる聴覚障害学生にとって、「情報保障」は卒業後も一生ついて回る課題かもしれません。そしてこのことは、「意思表明」もまた、一生続くものであることを示唆しています。その重さに耐えうるだけの障害観を形成する、すなわち情報保障リテラシーを身につけ、情報保障に対する行動指数を高め、環境調整をはかるという作業に取り組むことを通して、それまでに重ねた年齢と同等、あるいはそれ以上の長い時間をかけた自己抑圧からの解放を試みることになると思われます。 そのためには、聴覚障害学生からの「意思表明」を単に待つだけではなく、大学教職員からも「意思表明」をうながす支援を行うことによって、聴覚障害学生に寄り添い、教育的効果を高めながら主体性の形成を図ることが望まれます。これは一見遠回りな支援にも見えますが、建設的対話をめざす支援でもあり、結果的にトラブルを未然に回避する効果も期待されます。まさしく意思表明支援を行うことで、大学としての支援体制も強固なものとなり、より一層効果的な合理的配慮の提供が行われるようになると考えられるのです。 第2章 聴覚障害学生の意思表明支援における支援担当教職員の役割 第1節 聴覚障害学生の意思表明支援に関する事前調査・インタビュー調査について 前章で述べたとおり、聴覚障害学生にとっての意思表明とは大変大きなステップを乗り越えた上で成り立つものです。では、この意思表明を支援するため、支援担当教職員はどのような関わりができるのでしょうか。 本事業では「聴覚障害学生の意思表明支援における支援担当教職員の役割」を探るため、大学に勤務する障害学生支援担当教職員に対する調査を行いました。 調査の目的は以下の3点です。 (1)インタビュー調査の結果から意思表明につながる支援の特長や共通点を抽出する。 (2)通常業務や日常の情報保障の中で何気なく行われている意思表明支援の内容を洗い出す。 (3)意思表明支援のポイントや意思表明支援のために必要な仕組みを整理する。 なお、今回の調査においては、支援を利用する・しないといった自己選択・自己決定も含めて、聴覚障害学生が何らかの形で何らかの意思を表現、表明していることを意思表明と捉えることにしています。 対象はPEPNet-Japan 連携大学・機関を中心とした、聴覚障害学生の支援実績が比較的長い大学に勤務する教職員(障害学生支援担当教職員)で、13 名(大学6校、1校あたり1~4名)から協力を得ることができました。なおこの13 名には、聴覚障害のある教職員が数名含まれています。 調査は2016 年7月から8月にかけて、事前調査(質問紙調査)とインタビュー調査を行いました。 まず、事前調査として、協力校6校に事前調査シートを郵送し、自由記述による回答を求めました。 調査項目は以下の通りです(詳細はP125「巻末資料 聴覚障害学生の意思表明支援に関する事前調査シート・インタビュー調査シート」参照)。 【事前調査項目】 1.インタビュー協力者の属性 氏名、所属部署名、職名、支援担当年数、自身の障害、所有資格および情報保障に関する技能、各障害学生課数、実際に支援をしている聴覚障害学生数 2.修学上の支援として実施している支援内容および聴覚障害学生の意思表明をうながす支援 1)入学前(合格決定以降)および入学時 ・聴覚障害学生の入学の把握方法 ・聴覚障害学生の希望する支援の申請方法 ・インテーク方法 ・支援方法やその内容を説明する際に、意識していることと工夫していること ・通常実施している支援および聴覚障害学生の意思表明をうながすための働きかけについて ・聴覚障害学生のアイデンティティ形成を意識した支援の働きかけ 2)在学中の支援について ・聴覚障害学生に対して通常実施している支援内容 ・聴覚障害学生からの意思表明を引き出すための働きかけ ・支援内容の見直し(方法、回数、時期) ・聴覚障害学生による支援内容の異議申し立て方法 ・在学途中で聴覚障害学生の存在が判明した場合、当該学生からの意思表明を引き出すための働きかけ内容 ・聴覚障害学生のアイデンティティ形成を意識した支援内容 ・就労移行を意識した支援内容 3)卒業を迎える段階 ・卒業前後に実施している支援内容 ・聴覚障害学生からの意思表明を引き出すための働きかけ 3.各場面においての、聴覚障害学生の意思表明をうながすための働きかけ内容 4.日頃から抱いている支援に対する悩みや、聴覚障害学生の意思表明を引き出す際に課題だと思っていること 事前調査の一連のまとめは「聴覚障害学生の状況に応じた支援体系図」として図化し、それらの説明をP15「第2節事前調査回答のまとめ―聴覚障害学生の状況に応じた支援体系図―」にまとめましたのであわせてご参照ください。 またインタビュー調査では事前調査シートの内容を基に、下記の項目に沿って、より掘り下げた回答が欲しいところについて質問し、自由に述べてもらいました(所要時間各2~3時間)。なおインタビューにあたっては、協力者の承諾を得てビデオカメラを設置し、記録を行いました。 【インタビュー項目】 1.入学前(合格決定以降)および入学時の対応 ・聴覚障害学生の入学に関する情報把握の方法 ・希望するサービスに関する聴覚障害学生の利用申請の方法 ・聴覚障害学生に対するインテーク方法と、その実施時期や聞き取る内容、留意点 ・支援方法やその内容を説明する際に、留意している点やその具体的な内容 ・聴覚障害学生の意思表明を引き出す、あるいはうながすことを特に意識した働きかけ ・アイデンティティ形成を意識した支援・働きかけの実施の有無と内容 2.在学中の支援 ・通常実施している支援内容 ・意思表明を促すために実施している支援 ・支援内容の見直しの時期やそのタイミング ・支援内容に対して、変更等の依頼がある場合の聴覚障害学生の申請方法 ・在学途中に聴覚障害学生の存在が判明した際の彼らへの意思表明を引き出す方法 ・アイデンティティ形成を意識した支援 ・就労移行を意識した支援 3.卒業を迎える段階の支援 ・卒業前後に実施している支援 4.その他 ・各段階における聴覚障害学生の意思表明をうながす支援における内容やきっかけ ・日頃から抱いている支援に対する悩みや、意思表明支援における課題 このインタビューの回答から、類似していた意思表明につながる支援の事例を抽出し「支援ポイント」としてまとめたところ、35 の支援ポイントが明らかになりました。詳細はP19「第3節聴覚障害学生の意思表明をうながす支援のポイントとは」をご覧ください。 今回の事前調査およびインタビュー調査にあたり、ご多忙中にも関わらずご快諾・ご協力下さった皆様方に厚く感謝申し上げます。 第2節 事前調査回答のまとめ ―聴覚障害学生の状況に応じた支援体系図― 第1節で述べたように、インタビュー調査協力校にあらかじめ事前調査シートを郵送し、自由記述で回答していただきました。その回答内容をまず「環境への働きかけ」と「個(聴覚障害学生)への働きかけ」という軸で「情報保障の環境整備」(環境への働きかけ)、「情報保障の利用開始への支援」(環境への働きかけ、個への働きかけ、両方に属する)、「情報保障の主体的な活用への取り組み」(個への働きかけ)に分類し、さらに時系列ごと(「入学時」「修学支援」「学生生活」「卒業に向けて」)と、大学での場面ごと(「オープンキャンパス・入試説明会」「入学試験前」「入学試験」「合格後」「履修・授業」「評価(試験・レポート)」「学生生活」「就職活動」「卒業」)に分類しました(P17「聴覚障害学生の状況に応じた支援体系図」。参考として、大学での場面ごとにおける聴覚障害学生の状況を図の左側に示しています)。以下、いくつかの例を取り上げて紹介します。 (1)入学時 1.情報保障の環境整備 聴覚障害学生が意思表明しやすい環境を整えるために行っていることとして、独自に作成している「聴覚障害学生の手引き」や「ガイドブック」などを提示・配布することで、支援方法に関する情報提供を行っているという回答がありました。また、オープンキャンパスで情報保障の利用体験を提供したり、聴覚障害学生の気持ちを最優先するといった意識を持つ情報保障者の養成を行ったりしていることもわかりました。さらには新しく入学した聴覚障害学生向けのガイダンスを開き、その場でパソコンノートテイクやノートテイクなどの情報保障を提供することで、聴覚障害学生に自分に合った手段を選択させているという回答もありました。その他、入学式では、事前に聴覚障害学生の希望や要望を聞き、それに合わせて情報保障を用意するなどの対応をしている例がありました。 2.情報保障の利用開始への支援 入学前の聴覚障害学生への働きかけの一つとして、まず入学試験にあたって必要な配慮を説明するといった支援が実施されていました。また、聴覚障害学生の把握方法としては、細かいルートは異なりますが、主に、障害学生支援の担当部署に支援利用申請書や根拠資料(障害者手帳等)を提出してもらうといった環境への働きかけと考えられる面と、支援担当教職員が聴覚障害学生と面談を実施するという個への働きかけといった面がみられました。 そして初回面談では、聴取する内容、聴覚障害学生とのコミュニケーション方法、面談時の情報保障の手配、保護者同伴の場合の対応方法など、多岐にわたった工夫が行われていることが分かりました。 特に初回面談での留意点として、「本人の希望とその根拠を聞き、極力否定や修正しないこと」「その場の観察によって、潜在的ニーズの把握に努めること」などがみられました。 (2)修学支援 1.情報保障の利用開始への支援 修学時の聴覚障害学生への働きかけとしては、授業の内容や形態に合わせて検討を行って具体的な支援内容を決めたり、聴覚障害学生が支援についての具体的なイメージを作れるよう働きかけたりしている回答がみられました。具体的なイメージ作りとしては、想定される支援を実際に見せる、模擬授業で聞き取りの程度や支援利用の有効性を実感してもらう、などの例がみられました。これらのような体験を通したイメージ作りのみならず、具体的なイメージを持ってもらえるような説明も工夫されていました。また支援内容を変更する場合に行っている働きかけの方法として、4年間を通した支援計画の策定や、聴覚障害学生が自分から授業担当の先生に配慮依頼ができるよう働きかけるといった「授業担当教員との連携」、メールや定期面談などを通した日常的な声がけ、「ラポール形成」を目指したコミュニケーション、ロールモデルの提示といった例がありました。 なお本事前調査の範囲では、修学支援に関する「情報保障の環境整備」に関する例はみられませんでした。 (3)学生生活 1.情報保障の環境整備 情報保障の環境整備に関する働きかけとしては、聴覚障害学生同士の関わりについての回答がみられました。具体的には、聴覚障害学生同士の集まりや交流の場を設ける、聴覚障害学生の先輩を紹介する、といった同障の先輩などとの集団形成への支援が主に実施されていました。 2.情報保障の利用開始への支援 「1.情報保障の環境整備」は集団形成に向けた働きかけでしたが、ここでは、同級生との関係性を築けるように働きかけるといった関係づくりの支援がありました。また、聴覚障害学生の手話能力や手話への興味関心の有無に関わらず手話を使うといった「支援担当教職員の手話利用」、聴覚障害当事者である支援担当教職員が支援を利用しているところを聴覚障害学生に見せたりといった聴覚障害教職員や手話のできる教職員の特性を活かした支援もみられました。これらには、環境への働きかけ、個への働きかけ、両方の特徴がみられています。 (4)卒業に向けて 1.情報保障の主体的な活用への取り組み卒業に向けた聴覚障害学生への働きかけとしては、社会資源の情報提供や、先輩の体験話を聞く機会を設けるといった働きかけがなされていました。 なお本事前調査の範囲では、卒業に向けた「情報保障の環境整備」といった環境への働きかけ、「情報保障の利用開始への支援」といった環境、個への働きかけはみられませんでした。 このように事前調査では、物的環境や人的環境などを含む環境等に対する変更・調整を行いつつ、時期やそれぞれの場面に応じて、体系的に個へのアプローチを行っていることがみえてきました。 <聴覚障害学生の状況に応じた支援体系図> 第3節 聴覚障害学生の意思表明をうながす支援のポイントとは 第1節で述べた各大学へのインタビュー内容から、類似していた支援例を抽出して、聴覚障害学生の意思表明を促す支援のポイント(以下、支援ポイント)としてまとめました。また、この35 個の支援ポイントをさらに類似する ものごとに8つのグループに分けました。各グループと聴覚障害学生の修学の流れとの関連について、以下の図(意思表明支援の流れ図)に示しましたので、あわせてご参照ください。 本節では、インタビューの回答を引用しながら、グループごとに35 の支援ポイントを詳しく紹介します。途中に新人支援担当教職員と先輩支援担当教職員の会話をはさむことで、ポイントを端的にまとめています。なお、本文中の「インタビューより」にある< >は、編集グループによる補足部分です。 <意思表明支援の流れ図> (日本学生支援機構(2015)教職員のための障害学生修学支援ガイド(平成26 年度改訂版)の組織フローチャートを参考に作成) 1.初回面談での対応 聴覚障害学生との初めての面談を、支援担当教職員はどのように行っているでしょうか。 最近は、聴覚障害学生本人や保護者からの問い合わせ、入学前後における健康診断、入学手続きなどの過程で聴覚障害学生の存在が把握されるなど、いろいろな初見のパターンが増えつつあります。この項では、入学が決まった聴覚障害学生との初回面談の具体的な方法について述べていきます。 聴覚障害学生の状況に沿った効果的な支援を行うためには、まず第一に聴覚障害学生本人から話を聞く必要性があります。そのタイミングは聴覚障害学生・保護者と支援担当教職員の最初の出会いとなる「初回面談」にあたる場合が多いでしょう。 一般的に、聴覚障害学生は、大学入学前までの修学環境とは異なる環境の中で戸惑うことが少なくなく、不安定な状況に置かれています。大学入学までに情報保障などを含めた支援を受けたという経験を持つ聴覚障害学生は多くありません。また支援の存在自体を知らない聴覚障害学生も少なくありません。そのため、聴覚障害学生が「こういう支援が欲しい」などと意思表明ができるようにするためには、まずは、聴覚障害学生と信頼関係を築いて、聴覚障害学生の特性、コミュニケーション方法、心理状況、彼らを取り巻く環境などの様相を正確に把握することが重要です。したがって「初回面談での対応」なしには、聴覚障害学生の意思表明支援について語ることが困難になると言っても過言ではないでしょう。 それを表すかのように、今回のインタビューでは、多くの支援担当教職員が初回面談にかなりの労力を費やしていることが明らかになりました。ここでは、インタビューから見出された初回面談での支援ポイント四つを紹介していきます。 本 項 の 流 れ 1-1 情報保障体験の提供(支援ポイント1) 1-2 コミュニケーション方法の模索(支援ポイント2) 1-3 自己語りの引き出し(支援ポイント3) 1-4 特性の把握と支援方法の提案(支援ポイント4) 「1.初回面談での対応」は、情報保障のイメージを膨らませるとともに「2.情報保障の基盤形成」に示すような聴覚障害学生からの情報保障の要請につなげていく役割を担っています。ここでの対応を疎かにしてしまうと、聴覚障害学生は、教職員と通じ合うコミュニケーション方法が掴めなかったり、過去の自分の経験を見つめ直す機会を逃してしまったりして、情報保障などについてのイメージがつかめず、意思表明をしていくことが容易ではなくなるでしょう。 また、これらの支援ポイントの共通点は、抽象的な聞き方をするのではなく、具体的な聞き方をしていることです。このことは聴覚障害学生の意思表明支援において、これまでの支援のあり方を問うターニングポイントの一つになりうると推察されます。 なお、初回面談で把握しておく情報内容や質問項目などは、P17「第2節事前調査回答のまとめ―聴覚障害学生の状況に応じた支援体系図―」内の「初回面談」にまとめていますのでご参照ください。 1-1 情報保障体験の提供(支援ポイント1) 情報保障体験の提供とは・・・ 初回面談を利用して未経験の情報保障を体験させること。 今回のインタビューでは、初回面談時から情報保障の活用を意識することによって、聴覚障害学生の情報保障に対するイメージ作りをうながしていることが明らかになりました。例えば、聴覚障害学生が大学入学までどの情報保障も体験したことがないような場合、初回面談の際、支援担当教職員はノートテイク、パソコンノートテイク、手話通訳などの情報保障手段を用意し、情報保障(体験)を提供していました。その方法の一つが下記の例です。 〜インタビューより①〜 初回面談の時、パソコンノートテイクをつけて、聴覚障害学生とやり取りをし、「授業の時にもこういう支援が必要ですか?」と聞くと、必要とか、必要ないとか、何らかの回答がかえってきます。 こういった体験によって、聴覚障害学生は情報保障を受けた時、自分がどんな状態になるのかのイメージが持ちやすくなります。同時に、入学後どのような情報保障を利用すればいいのかを検討する機会にもなります。その最初の契機ともいえる支援ポイントが、この「情報保障体験の提供」です。 〜インタビューより②〜 聴覚障害学生向けのガイダンスを開いて、パソコンノートテイク、ノートテイク、手話通訳をつけます。 〜インタビューより③〜 <どのような場合でも>パソコンノートテイクを用意し、パソコンノートテイクのノートパソコンに表示された内容を見せて、その場で確認してもらいます。 注)<>は編集グループによる補足。以下同じ。 〜インタビューより④〜 必要な支援<(情報保障)>の希望を聞いてそれにあわせて支援をつけています。 上記のようなさまざまな方法も、情報保障体験の提供の一つといえます。ノートパソコンに表示された内容を聴覚障害学生に確認してもらうと、「こんなに分からない情報があった」ということに気づくでしょう。情報量の多さに気づかせる働きかけをするのも支援担当教職員の役割であると推察されます。また、上記④のように、初回面談において、聴覚障害学生の希望する情報保障の手段を聞いてそれに合わせて情報保障をつけるなどの支援をしている場合もありました。 〜インタビューより⑤〜 <初回>面接を開始する時に手話通訳あるいは文字通訳を実施することを伝え、通訳方法に関する簡単な説明をします。情報保障を使うとその場でやり取りされている情報が得られるという経験をするのが大事なので、情報保障に配慮して話すように大学側の面接出席者に周知しておいて、<話し手の話すスピードにパソコンノートテイクや手話通訳などが追いつけないなどによって>情報保障が遅れないようにします。 初回面談に情報保障をつけるのみならず、情報保障をつけるときの配慮を実施することも支援の一つです。⑤では、初回面談を開始する前に、聴覚障害学生に情報保障などの通訳方法について簡単な説明を行っています。また、面談に出席する教職員側にも情報保障がつくことを伝え、情報保障に配慮した話し方をお願いするといった働きかけをし、聴覚障害学生に情報が行き届くようにしています。このように初回面談での情報保障においては、きめ細かい配慮が欠かせません。 〜インタビューより⑥〜 情報保障を見ているかどうかという学生の反応について情報保障を「まったく見ていないか」「ちらちら見ているか」「ずっと見ているか」「見ていなくても質問内容がわかっているか」「見ないと質問内容がわからないか」など、<情報保障を>どれだけ見ているかというのを観察します。「通訳を見てみてどうだったか」ということを直接<聴覚障害学生に>質問することもします。 情報保障がついている初回面談において、聴覚障害学生の反応を的確に見極めることも支援担当教職員の役割です。⑥では、聴覚障害学生が情報保障をどのくらい見ているのかを確認しています。また、情報保障を体験したことについての聴覚障害学生の反応を直接把握するために「通訳を見てどうだったか」という質問もしていました。このように、学生の様子を観察したり、学生に感想を聞いたりして、情報保障についての聴覚障害学生の捉え方を把握しています。そして的確に把握することで「2.情報保障の基盤形成」につながっていくことが考えられます。 〜インタビューより⑦〜 新入生にも「先生の顔を見ながら話を聞きたい」などの理由もあります。 時には、情報保障を見ない聴覚障害学生もいます。聴覚障害の特性、コミュニケーション方法によっては、聴覚活用や口話を用いる聴覚障害学生も少なくありません。そういった学生が情報保障を見ないという反応を示す場合もありますが、上記⑦で支援担当教職員は「先生の顔を見ながら話を聞きたいなどの理由がある」と捉えていました。単に情報保障を見ていないと捉えるのではなく、初回面談時に情報保障を利用したときの聴覚障害学生の反応を把握し、その背景にあるものを考えていくことは、聴覚障害学生の意思表明支援につながっていくと考えられます。 初回面談の時、聴覚障害学生に情報保障の必要性を聞きましたが、反応がありませんでした。どうしたらよいでしょうか。新人教職員おそらく、その聴覚障害学生は情報保障のイメージがつかめていないのかもしれません。授業形式で情報保障を試してみるのがいいのですが、聴覚障害学生の入学が決定してから授業が始まるまでの期間が短いのが通常だと思います。なので、初回面談の時、情報保障体験を提供します。情報保障を利用しての面談を経験し、聴覚障害学生に「情報保障が自分にとって必要なものか」「情報保障とは何なのか」などいろいろと考えさせることも大事になってきます。先輩教職員 支援ポイント1 情報保障体験の提供 まとめ  初回面談前に情報保障の手段(できるだけさまざまな方法)を用意する。  初回面談を開始する前に、情報保障などの通訳方法について簡単な説明を行う。  面談に出席する教職員側にも情報保障がつくことを伝え、情報保障に配慮した話し方をお願いするといった働きかけをし、そのことを聴覚障害学生にも伝える。  情報保障がついている初回面談において、聴覚障害学生の反応を的確に確認する。 1-2 コミュニケーション方法の模索(支援ポイント2) コミュニケーション方法の模索とは・・・ 初回面談において聴覚障害学生に応じたコミュニケーション方法を考慮して対応すること。 〜インタビューより①〜 面談でその学生とのコミュニケーション方法を探していくというか。口話つきで話す学生だなとか、手話だけで大丈夫な学生なのかな、などを面談の時に考えていくことが多いです。 聴覚障害学生は、聴覚障害の特性、生まれ育った家庭環境、大学入学するまでの修学環境などによってコミュニケーション方法が異なります。また、コミュニケーションの発信方法と受信方法が異なる場合いもあり、その組み合わせも多様です。聴覚障害学生はそれぞれの環境や場面において、合致すると考えられるコミュニケーション方法をそのつど選択しています。しかしながら、いつもの方法が初めて会った人には通じなかった、ということもあります。 基本的に初回面談では、対面で行われるコミュニケーションにフォーカスをおくことが求められます。お互いに通じ合っていると実感できるコミュニケーション方法を選択することで、聴覚障害学生との関係をより効果的に形成できるでしょう。上記①でもみられるように、初回面談の段階から、通じ合うコミュニケーション方法を模索することが大切と考えられます。 〜インタビューより②〜 話をしながら、そのコミュニケーション方法できちんと伝わっているかどうか確認をするようにしています。 〜インタビューより③〜 まずコミュニケーションをとるときに、どういう方法がいいのかっていうのを先に聞くことを最優先しています。その時に言ってもらった方法にこちらが合わせます。 〜インタビューより④〜 声だけで大丈夫って思い込んでいるけど実は半分も理解出来てないという場合があります。こういう状況が起こることが多いので基本的に、万が一に備えてパソコンは準備しています。必要に応じて<コミュニケーション>方法を変えながらコミュニケーションを取るようにしています。 ②、③、④のように、コミュニケーション方法の確認や変更はもちろん、確実に通じ合っているかどうか確認している例がみられました。 〜インタビューより⑤〜 「高校の時は先生の話をどうやって聞いていたの?」 「友達とか教室中でのコミュニケーションはどうしていたの?」 また、⑤のように、大学入学前までのコミュニケーション方法について時系列や場面に焦点を当てながら具体的に尋ねることで、コミュニケーション方法を模索している面もありました。 このように、聴覚障害学生と通じ合うコミュニケーション方法を構築することは、聴覚障害学生と支援担当教職員の、開かれた関係性による情報の交換や共有につながり、聴覚障害学生の意思表明支援につながると推察されます。 どのようなコミュニケーション方法をとれば一番スムーズなのでしょうか? 誰にとっても一番スムーズなコミュニケーションは決まっていません。相手によってコミュニケーション方法を変えられる柔軟さが大切です。 支援ポイント2 コミュニケーション方法の模索 まとめ  聴覚障害学生の状況に応じてさまざまなコミュニケーション方法を模索するために、事前にコミュニケーション方法を確認する。  伝わっているかどうかの確認を行う。  通じていなかった場合に備えて、別のコミュニケーション方法を用意する。  大学入学前までのコミュニケーション方法について時系列や場面に焦点を当てながら具体的に尋ねることで、コミュニケーション方法を考えていく。 1-3 自己語りの引き出し(支援ポイント3) 自己語りの引き出しとは・・・ 聴覚障害の特性を踏まえて初回面談時に対応することで、聴覚障害学生の「自己語り」を引き出すこと。 ここで言う「自己語り」とは、聴覚障害学生が自分のこと(過去の経験や自分の聞こえについて、必要なサポートなど)を自分から進んで説明していくことを指します。 大学に入ってはじめてサポートを受ける聴覚障害学生の場合、未知の状況に対する戸惑いが大きく、最初からスムーズに支援を要請できる学生は僅かであるのが現状です。そのため、聴覚障害学生の意思表明を支援するにあたっては、まずは学生自身から、自分の聴覚障害の特性やコミュニケーション方法、心理状況、これまでの環境などについて語ってもらい、学生の状況を正確に把握するとともに、支援につながる情報を学生とともに整理する作業が必要になります。こうした作業を通して、聴覚障害学生自身が自分のことを語ることに慣れ、ひいては自分のことを理解したり、自分に必要な支援について考えたりすることができるようになります。 逆に言うと、初回面談から聴覚障害学生が自分自身のことを自分から進んで話してくれることはなかなかないかもしれないということです。このため、そのきっかけを生み出すことが支援担当教職員に求められるのです。このことは、聴覚障害学生と支援担当教職員との間に本音で率直に話が出来る“関係”を構築することにもつながります。言い換えるならば“信頼の確立”でもあるでしょう。 〜インタビューより①〜 <初回面接時に>大学入学までの経験からわかったふりをしてしまう、わからないと言いづらい学生もいると思うので「わからないときにはわからないと言っていい、わからないと言ってほしい」ということは伝えるようにして、「わからないことは聞いていいんだよ、わかったふりはしないでいいんだよ」ということが伝わるようにしています。 上記①では、大学入学までの修学環境、コミュニケーションなどの状況から、「分からないことはそのままにしてしまいがち」「分からないことが言えない」という聴覚障害学生の特性を支援担当教職員が理解し、「分からない時は分からないと言っていい」「分からないことは聞いてもいい」という言葉がけをしています。そういった言葉がけをすることで、話してもらえる関係づくりに努めていたわけです。その働きかけは初回面談から始まっているといえましょう。 また、聴覚障害学生が自分のことを語れるような聞き方をしている例もいくつかみられました。 〜インタビューより②〜 その学生の生きてきた生活を知るようにしています。だから「情報保障はどうする?」「どの程度聞こえている?」「何に困っている?」などというという聞き方ではなく、「高校までの勉強の仕方や授業の様子を教えてくれる?」「普段は友達と話すときどうしているの?」「大学に入る上で楽しみとか、逆に不安はある?」といったように、その学生の生活そのものを聞くようにしています。「あなたの障害は?」「実際に困っていることは?」「必要なサポートは?」というような医療モデル的な関わり、聞き方ではなくて、「私たちがサポートするために必要なのであなたのことを少し教えてくれる?」というような聞き方をしています。 〜インタビューより③〜 意外と「情報保障を受けたことがありますか」という聞き方をしていません。「高校までどんな感じで勉強してきたの?」とか聞いて。その中で、どんな場面で困ったのかというような話を聞いて、そこで本人の聞こえる特性だとか、こういう場面で困るのだろうなというのを、逆説的に理解していきます。 ②や③のような問いかけであれば、大学入学前までの対人関係が希薄であった聴覚障害学生にとっては「自分のことに関心を持ってもらえている」と実感できるかもしれません。関心を持ってもらえていると実感することで、自分のことを少しずつ語れるようになることが推察されます。 〜インタビューより④〜 「聞こえなくて困っているところは何なのか」と聴覚障害学生に聞いて、そういうところでまず自分の言葉で説明してもらいます。 面談において、聴覚障害学生または保護者から提供される障害者手帳や診断書、オージオグラムから、聴覚障害学生の聞こえの特徴をある程度把握できる場合もありますが、④ではあえて聴覚障害学生自身のことばで説明してもらえるような聞き方をしています。 このように、インタビューでは、初回面談で聴覚障害学生が自分の過去の経験などを語れるように多様な言葉がけを用いて工夫している様子がみられました。上記で述べられていた言葉がけの内容を参考にしつつ、聴覚障害学生が自分の事を進んで言えるように取り組むことが重要になるといえるでしょう。 聴覚障害学生が自分のことをあまり話してくれないのですが、どうしたらいいでしょうか? 言葉がけの工夫が必要かもしれません。まずは普段の生活のことを聞いてみるといいと思います。 支援ポイント3 自己語りの引き出し まとめ  「分からない時は分からないと言っていい」「分からないことは聞いてもいい」という丁寧な言葉がけをすることで、話してもらえる関係づくりを形成していく。  大学入学前の勉強方法やコミュニケーション方法などの様子を具体的に尋ねていく。 1-4 特性の把握と支援方法の提案(支援ポイント4) 特性の把握と支援方法の提案とは・・・ 初回面談でのコミュニケーションを通して聴覚障害学生に合った支援の提案ができること。 〜インタビューより①〜 面談をして話してみて、手話を使っているとか口話を主に使っているだとか、いろいろと話をしていく中で大体その学生のコミュニケーション方法については分かってきますが、それまで聴覚活用をしてきた学生で、補聴機器も使ってきたのであれば「支援室にある補聴機器も試してみる?」と聞いて、本人が希望すれば貸出します。 聴覚障害学生はそれぞれ異なる特性や、場面ごとのコミュニケーション方法を持っています。しかし、そうした特性や場面に応じたサポートがあるということを知らない場合が少なくありません。さらに、授業をはじめとする大学生活のさまざまな場面とそれぞれの聴覚障害の特性によって、支援方法は異なります。 そのため上記①でもみられるように、聴覚障害学生のコミュニケーション方法を把握し、そのコミュニケーション方法に合った支援を提案することも初回面談での教職員の役割であると考えられます。 〜インタビューより②〜 支援や情報保障にはさまざまな手段があって、新入生は、<それぞれの情報保障の>手段を選ぶ目的<や選んだ結果>が<明確なイメージとして>何なのか分からないことがあります。なので「この講義はパソコンノートテイクを使っていることが多い」とか「こっちは手書きノートテイクが多い」という情報提供をすることがあります。 ②にもみられるように、支援担当教職員から情報保障についての具体的な方法が提供される場合もありました。 聴覚障害学生への情報保障においては、「FM 補聴器」など補聴システムを用いてきこえを補う方法や「ノートテイク」や「パソコンノートテイク」「手話通訳」など視覚的に授業の内容を伝える方法など、場面や本人の特性に応じた支援が必要とされます。 そのため、支援担当教職員はまず初回面談において、向き合っている聴覚障害学生の特性を把握しつつ、支援方法を提案していくことが重要になります。ただ、あくまでも主体は聴覚障害学生ですので、支援方法の「提案」であることに注意が必要です。 情報保障にはいろいろな方法がありますので、最初に全ての支援方法を提案したほうがいいでしょうか? 初回面談において、向き合っている聴覚障害学生の特性を把握しつつ、支援方法を提案していくことは大切ですね。 ですがあまり多くの方法を一度に提案すると、慣れていない聴覚障害学生は混乱する場合もありますので注意が必要です。聴覚障害学生の主体性を尊重しながら支援方法を提案し、本人が希望したら提供する、というスタンスがあるといいかもしれませんね。 支援ポイント4 特性の把握と支援方法の提案 まとめ  一度にいろいろな支援方法を提案すると、聴覚障害学生は混乱する場合もある。聴覚障害学生の主体性を尊重しながら支援方法を提案し、本人が希望したら提供する、という手順を踏まえていく。 コラム 初回面談について 太田琢磨 (愛媛大学 バリアフリー推進室) 入学決定後もしくは支援が必要になった段階で行われる初回面談は、高等教育機関での支援の導入を円滑に進めていく上で重要な時間となります。聴覚障害に限らず、多くの障害学生は、「本当に支援を受けられるのだろうか」「支援を受けられるとは聞いているけれど、何をしてくれるのだろう」と、不安を抱えながらやってきます。中には、支援の必要性を感じておらず、保護者に連れられてやってくる学生もいます。 本学では、初回面談の段階から本人が自分で意思表明が出来る問いかけをするように心がけています。しかし、初対面の担当者に自分に必要な支援について最初から理路整然と話せる学生は多くないため、「これまでの学校で困ったこと」「日常生活の様子」「家族との関係」「出身地」などの差し障りのない話題で緊張を少しずつ解くことも重要となります。このような会話を通して、障害学生に、私たち担当職員に話して大丈夫だという、「ラポール形成(信頼関係の構築)」を進めていく必要があります。 また、保護者と一緒に来た場合、保護者がいることで自分の意見が言いにくいという状況が発生することもあります。また、本人に聞いているにもかかわらず保護者が代わりに答えてしまうというケースもあります。これらのケースでは本人の反応を見ながら本人と親子の様子を観察し、本当に希望を言っているかどうか慎重に見極める必要もあります。このようなケースでは本人のみ後日改めて来てもらい、話を聞く場合もあります。 ラポールの形成を確認しながら、支援希望に関する意思表明をしてもらい、現在提供できる支援があればそのまま情報提供を行い、新しい支援が必要であることが判明した場合は、現時点では提供は難しいが、今後少しずつ実現できるようにすることを伝え、合意の形成を行う必要があります。 初回面談は、4 年間の長い学生生活の最初の重要なイベントです。職員と障害学生の良い関係作りを行うことで、大学で提供する支援を順調に活用してくれるようになると考えています。 2.情報保障の基盤形成 前項では、初回面談について述べてきました。ここでは初回面談後、聴覚障害学生が支援を要請できるようになるまでの過程、すなわち「意思表明」という明確かつ直接的な行為にいたる基盤を形成するために、支援担当教職員が聴覚障害学生本人にどのように働きかけるかについてみていきます。 インタビューの結果から、支援担当教職員からの情報保障をめぐる聴覚障害学生への意識的な働きかけは、「2-1 情報保障ニーズの把握」と「2-2 情報保障要請および利用の促進」に分けられることがわかりました。 まず、「2-1 情報保障ニーズの把握」では、聴覚障害学生の持つ潜在的なニーズに、さまざまな角度からアプローチを重ねて、本人の情報保障そのものに対する認識を高めることについて述べます。続く「2-2 情報保障要請および利用の促進」では、情報保障を受けるにあたって求められる「利用学生としての役割」を本人にうながしていくことについて述べます。前者は聴覚障害学生の「意識」を引き出す働きかけであり、後者は聴覚障害学生の「行動」を引き出す働きかけともいえるでしょう。 「2-1 情報保障ニーズの把握」と「2-2 情報保障要請および利用の促進」の二つを繰り返すことで、聴覚障害学生自身の情報保障リテラシーが高まり、「意思表明」が可能になると考えられます。本項の流れは以下の通りです。 本 項 の 流 れ 2-1 情報保障ニーズの把握 2-1-1 イメージ形成による情報保障ニーズの共同確認(支援ポイント5) 2-1-2 ニーズの言語化のうながし(支援ポイント6) 2-1-3 聴覚障害学生のニーズを察知できる情報保障者の配置(支援ポイント7) 2-2 情報保障要請および利用の促進 2-2-1 情報保障要請にともなう主体的な行動の引き出し(支援ポイント8) 2-2-2 情報保障利用上のルール・マナーの提示と理解促進(支援ポイント9) 2-2-3 授業以外の場面での情報保障の模索(支援ポイント10) 2-2-4 自己決定の見守りとうながし(支援ポイント11) 2-1 情報保障ニーズの把握 2-1-1 イメージ形成による情報保障ニーズの共同確認(支援ポイント5) イメージ形成による情報保障ニーズの共同確認とは… 情報保障についての説明方法を工夫したり実際に体験させたりすることで、聴覚障害学生が情報保障に対する適切なイメージを持てるように支援すること。 大学入学までに何らかの支援を受けた経験のない聴覚障害学生の場合、「情報保障」と言われてもなかなか深いところまでイメージが浮かばないのが一般的です。下記のインタビュー例を見ると、面談時のやりとりの中により詳細な情報保障のイメージを持たせる工夫を織り込み、聴覚障害学生の希望や授業の形態に合った情報保障の手段を調整していることがわかります。 ~インタビューより①~ 県外から来た学生で、高校のときにノートテイクを受けた経験があるそうです。本学のルールと地元のルールが同じなのかどうかわからないので、本学のルールや方法を詳しく説明しました。 ~インタビューより②~ 1~2年生のときは、支援室のパンフレットやHP に「支援の方法」というのが載っていてそれを見ているので、その中から選ばなければならないと<聴覚障害学生は>思っています。でも、こちらとしては、パソコン<ノートテイク>+手書き<ノートテイク>という調整ができます。パンフレットに載せるためには、単純な内容で載せるしかないわけですが、実際には柔軟に対応ができるということです。 また、授業ごとに考えるだけではなく、そこからさらに踏み込んで、場面ごとに情報保障手段を講じている例もみられました。 ~インタビューより③~ 面談のときに、結構一緒にシラバスを読むのですが、シラバスに「ディスカッション」と書いてあったので、「これはディスカッションと書いてあるのだけれども、これはパソコン<ノートテイク>で大丈夫なの?」とか、(中略)「この頃は絶対手話が必要になると思うから、自分であとで先生に授業が始まったときに聞いた方がいいよ」とか、そういうふうなことをやりながら結構<情報保障の手段が>変わることも多いかなと思います。(中略)講義単位で考えるのではなく、その時々にどうするか?という方向で支援をするようにしていますし、学生にもそのような思考回路を持ってもらえるようにうながしています。 このように、聴覚障害学生に情報保障の具体的なイメージを植えるところから始まり、徐々にふくらませ、掘り下げていくという共同作業を丁寧に進めることによって、情報保障の質を深化させています。これは後に述べる「3-3-1 授業形態や専門性に応じた支援の共同模索(支援ポイント16)」や「3-3-2 ゼミ等での発言・発表方法の模索(支援ポイント17)」にもつながっていきます。 また、別の支援担当教職員は、「情報保障者はすぐに配置できるものではないため、できるだけ早い段階でイメージをつかんでもらうところに力を入れている」と述べていました。つまり、聴覚障害学生からの「意思表明」、この場合であれば「支援の要請」を待つだけでは、学期の途中から担当できる技術の高い情報保障者を確保することは困難となるため、結果的に情報保障を用意できない事態を招くことになりかねません。それを防ぐ意味でも、早い段階でのイメージ形成が大切です。 聴覚障害学生の持つ潜在的なニーズを感知し、かつ授業の内容や進め方等にふさわしい情報保障の手段を模索していくという意味では、「1.初回面談での対応」で述べた「1-4 特性の把握と支援方法の提案(支援ポイント4)」にも通じるものがあるでしょう。 どういったタイミングで情報保障の体験をうながすとよいのでしょうか? オープンキャンパスや初回面談はもちろん、学内での講座や講演会等の企画時や、学年が上がったとき、新しい授業の進め方に直面したときも、チャンスと言えますね。手話通訳かパソコンノートテイクか手書きノートテイクか、といった一つの手段だけを選択するだけでなく、複数を組み合わせたり、担当の情報保障者を替えてみたりして、聴覚障害学生の反応を引き出すようにしています。 なるほど、本人の状況を見極めると同時に、新しい情報保障支援手段にもトライする意欲や導入するだけの下準備が支援担当教職員には必要ということですね。 支援ポイント5 イメージ形成による情報保障ニーズの共同確認 まとめ 1.新たな情報保障手段の体験のタイミング ①オープンキャンパス、②面談、③学内の企画(ガイダンスなど)、④学年が上がったとき、⑤新しい授業の進め方に直面した時 2.情報保障の具体的なイメージ作りのために ①シラバスなどを使う、②授業の進め方に応じて支援手段を確認する、③大学入学前に受けた支援方法との違いを確認する、④複数の情報保障手段を比較する、③(同じ情報保障手段でも)情報保障者を代えて比較する 2-1-2 ニーズの言語化のうながし(支援ポイント6) ニーズの言語化のうながしとは… 情報保障の要望の確認や振り返りを通して、情報保障についての具体的なニーズを尋ねることで、聴覚障害学生が情報保障に対するニーズを明確に言語化できるように支援すること。 「2-1-1 イメージ形成による情報保障ニーズの共同確認(支援ポイント5)」では、さまざまな形で情報保障を「お試し」したり「比べっこ」をしたりして、情報保障の体験を深化させることについて述べました。この時、体験で終わるのではなく、体験を「言語化」させる働きかけが合わせて必要になります。 「体験」と「言語化」の繰り返しを積み重ねて潜在的なニーズを浮かび上がらせていき、「意思表明」の基盤を形成していくと考えられます。 ~インタビューより①~ 1 年生の場合は、基本的に1 週間に1回来てもらって面談をします。そのときに、順番を追って確認をしていきます。「手書き<ノートテイク>の支援を受けてみてどうだった?」と聞いて、実際、「情報量が多すぎて困った」とか、逆に「普通の講義であれば大丈夫だったけど、講義の内容によってちょっと難しいですね」とか<返ってくるようになります>。そういうふうに自分で考えるようになるまで待つようにしています。 ~インタビューより②~ 入試のときに、意思表明を引き出す場面があるんです。(中略)<聴覚障害学生によっては>「手話通訳が欲しい」とだけ要望してくることもあります。(中略)もし、手話通訳や要約筆記としか書かれていない場合は、「種類や具体的な方法を聞いてください」と入試課にお願いしています。(中略)自分のニーズを少し深める機会にもなっているのではないかと思います。 上記いずれの例も、支援担当教職員からの働きかけによって、意図的にニーズの言語化をうながしていることがうかがえます。ざっくりと希望や感想を聞くのではなく、聞きやすいタイミングを見計らってこまめに聞いたり、担当の情報保障者によって提供される内容の違いを聞いたりという形で、聴覚障害学生が語りやすいような工夫を施していました。このように、潜在的な情報保障への認識が、語りによって顕在化され、さらに「3-1-1 話し合いの積み重ねに基づく合意の形成と支援(支援ポイント12)」を支えていくと考えられます。また、情報保障に対する語りを超えて、聴覚障害学生自身の内面に踏み込んだ語りが求められることもあり、これについては、「4-1-1 困りごとの気づきおよび打ち明けの促進(支援ポイント18)」で述べています。 「どんなタイプの情報保障者がいい?」と聞いてもなかなか答えがかえってきませんが…。 もし、「いい」という理由が説明できないのならば、逆に嫌な情報保障者のタイプを聞いています。「この人は<手話通訳で>こういう動きがあって分かりにくい」というふうに言ってくると、逆説的に「じゃあ好きな通訳はこういうタイプだよね」という話に持っていくことも一方法ですね。特に1 年生の場合はあまり細かいところまで聞くというよりも、常に新しい情報保障者が入ってくるので「この通訳どうだった?」「どこが好き?」「先週の通訳と今週の通訳を比べてどう?」と話し合っています。 支援ポイント6 ニーズの言語化のうながし まとめ ニーズの言語化のための具体的な質問方法 ①情報保障手段の希望を聞く、②情報保障を受けた感想を聞く、③初めて利用した手段や情報保障者についての感想を聞く、④希望や感想に対する理由を聞く、⑤好きなタイプと嫌いなタイプを対比させる 2-1-3 聴覚障害学生のニーズを察知できる情報保障者の配置(支援ポイント7) 聴覚障害学生のニーズを察知できる情報保障者の配置とは… 聴覚障害学生のニーズに合わせて対応できる地域の情報保障者や学生の支援者を配置すること。 「2-1-1 イメージ形成による情報保障ニーズの共同確認(支援ポイント5)」と「2-1-2 ニーズの言語化のうながし(支援ポイント6)」は、支援担当教職員の聴覚障害学生に対する直接的な働きかけに焦点を当てて述べてきました。これに対して「2-1-3 聴覚障害学生のニーズを察知できる情報保障者の配置(支援ポイント7)」は、聴覚障害学生からの意思表明をスムーズに引き出せるような情報保障者を手配するなどの、間接的な働きかけについてみていきます。 ~インタビューより①~ ニーズを確認するときに意識して<ニーズを>引き出さなければいけないという面があります。ですので、言いやすい<手話>通訳者を選んで、一人は固定で入るようにして、毎週通訳の方法について<通訳者と>相談をして、(中略)学生に対しても授業の様子はどうかということを聞いたり、固定ではない通訳者の様子を聞いて、どの通訳者が合っているかというようなことを考えながら配置しています。 ①では、二人いる手話通訳者のうちの一人に、聴覚障害学生にとってニーズを言いやすい通訳者を選んでいました。また、ニーズを言いやすいだけでなく、聴覚障害学生の手話技術に合わせた手話表現に調整できる手話通訳者を配置している事例もみられました。 ~インタビューより②~ 本学の学生は大学から手話を覚えて、3 年生のゼミで初めて手話通訳を使うというパターンが多いです。 なので(通訳者は)最初は日本語対応的な手話を使って、その学生が手話を理解できているか確認しながらやってくれています。 「大学での手話通訳ガイドブック―聴覚障害学生のニーズに応えよう!―」1でも述べたように、地域における手話通訳と大学での手話通訳とでは、求められる技術や行動に違いが多少あります。インタビューでは他にも「うちのやり方に合わせてくれる地域の情報保障者に来ていただいている」と述べた大学もありました。 ~インタビューより③~ 通常であれば、地域の派遣事務所に依頼してコーディネートしてもらうのですが、本学の場合は〇〇さん<支援担当教職員>が通訳者の配置を考えて、その部分を担当しているということです。(中略)派遣事務所に交渉して、本来であれば派遣手数料も上乗せされた金額を支払って依頼すべきところ、そこを除いて派遣調整はこちらでしますので、その代わり通訳者に支払う分だけの費用で通訳者を使わせていただきたいということを交渉して合意を得て、今の形になったという経緯があります。 ③では、地域の派遣体制と大学の支援体制のすり合わせを図っていました。大学から一方的に地域の派遣事務所に情報保障者の派遣を依頼しても、予算と人材の制約上断られてしまったり、大学の事情に疎い情報保障者が派遣されてしまうこともありますので、こうした地域の派遣事情を熟知した細かな調整が求められます。大学での通訳にも柔軟に対応できる地域の情報保障者の力を借りて、聴覚障害学生に合った通訳を提供することも、意思表明を支える土台となっていきます。 ~インタビューより④~ 現場で聴覚障害学生が実際にそういうことを周りに働きかけているかというと、実際は黙って情報を追うだけだと思います。その辺は手話通訳の人が利用学生に「名前を言ってから発言してもらって」などと言って、学生が先生に伝えて、先生が周知する、ということがありました。慣れた通訳者はそうやって、自分が直接先生にお願いしないで、学生を育ててくれます。通訳の環境のために周りに伝えなければならないことがあるということを利用学生が知るために言ってくれる<ことがあります>。このように、支援担当教職員一人がすべてを抱え込むのではなく、情報保障者を通して働きかけを図ることも有効と考えられます。このことは「2-2-1 情報保障要請にともなう主体的な行動の引き出し(支援ポイント8)」にもつながっていきます。 単純に情報保障者を配置すればいいというわけではないのですね。 そうですね、聴覚障害学生によっては、他の学生とのコミュニケーションが苦手なこともありますよね。そういうときは、最初に支援に入る情報保障者にフォローをお願いすることもあります。 周りの学生と聴覚障害学生をつなげられるような情報保障者を配置するということですね。日ごろから周りの学生たちと聴覚障害学生がコミュニケーションをとれているかについても観察する必要がありますね。 支援ポイント7 聴覚障害学生のニーズを察知できる情報保障者の配置 まとめ 1.フォローが必要な聴覚障害学生に対しては、ペアの情報保障者のうち一人は、聴覚障害学生の言いやすい人を配置することも一方法。 2.地域情報保障者に依頼する場合は、大学のやり方に合わせてくれる方に依頼できるよう調整に努める。 3.地域の派遣担当者と連携し、地域での派遣体制と大学の支援体制のすり合わせを行う。 2-2 情報保障要請および利用の促進 2-2-1 情報保障要請にともなう主体的な行動の引き出し(支援ポイント8) 情報保障要請にともなう主体的な行動の引き出しとは… 聴覚障害学生が自分から情報保障に関する(援助)要請の行動がとれるように支援すること。 実習や校外学習、あるいは就職活動や卒業後の社会生活といった環境の変化と意思表明の関わりについて、①のような例がみられました。 なお、聴覚障害学生がつまずきやすいポイントを支援担当教職員が予測することの重要性については「8-1-3 聴覚障害学生の支援ニーズの変化に関する経験的知識(支援ポイント33)」でも紹介します。 ~インタビューより①~ 教育実習の場合は、いつもノートテイカーが付き添っているわけではなく、必要な時だけ、例えば講話の時だけしかいません。自分が行う授業や先生との話し合いなどでは自分で動かないといけないので、3 年生の秋に突然そうなると<自ら動くことが>できません。(中略)なので、その前から自分で行動を起こさせたり、ノートテイクがない時のことを考えさせたりしています。 ~インタビューより②~ 教育実習というカリキュラムがあるので、その場を活用して、まだ環境が整備されていない場で、実習先の先生や子どもに対して、自分の意思表明ができるかどうか。本学には、意思を読み取る技術のある人がいて恵まれていますが、実習ではそうではありません。その条件でどう意思表明するか。それを我々が後押ししていくというのは非常に大事だと思います。 このように学生生活の節目に合わせてタイミングを見計らい、適切に行動に移すことは、聞こえる学生にとってもハードルの高いものですが、対人コミュニケーションに制約があったり、日常的に周りから細々とした情報が入らなかったりする聴覚障害学生の場合は、さらに高いハードルに感じられる場合があります。上記事例の支援担当教職員は、ハードルの高さだけでなく、聴覚障害学生のさまざまな経験値の乏しさ、そしてタイミングを逃さずに自分から動くことの必要性に気付きにくい聴覚障害学生の状況や、あるいは気づいていても具体的にどのように行動に移していいかわからない心理を認識しているといえるでしょう。 日常の情報保障に関しても同様に、成り行きに身を任せると、聴覚障害学生は自分を情報保障の「お客様」、授業を受ける「お客様」のように認識してしまいがちです。このため、支援担当教職員は③のように、情報保障の主体は聴覚障害学生自身にあることを認識させるための具体的な行動をうながしています。ここから、聴覚障害学生が情報保障を「受動的に利用している状態」から「主体的な活用」へと転換させていくことができるように、具体的な「行動」を課すという工夫を随所にこらしていることがわかります。 ~インタビューより③~ 意識しているのは、どこまで手や口を出さず、どこから出すか。「卒業後、社会に出たときに困らないように」ということは常に意識して学生と関わっています。(中略)「やってもらってあたりまえ」ではなく、学生本人が自分で動く機会を増やすということです。 他にもインタビューでは、聴覚障害学生の主体的な行動をうながすための具体的な内容として、「先生に情報保障がつくことを説明する」「文字起こしをするためにDVD を貸してくださいと先生にお願いしにいく」「先生から授業の資料を事前に提供してもらう」「ゼミなどで発言のときに挙手してほしいと参加者に説明する」「休講になった時の情報保障者への連絡」等が挙げられました。これらを支援担当教職員がお膳立てするのではなく、聴覚障害学生の力量に応じて少しずつ委ねていっている様子がわかります。 また④のように、複数の聴覚障害学生が在籍している場合、聴覚障害学生が人任せにせず個別に情報保障の要請行動を起こせるよう、一人ひとりへの働きかけを意識しているところもありました。 ~インタビューより④~ 以前は1学年に1 名しか聴覚障害学生はいませんでしたが、今は同期に複数の聴覚障害学生が在籍しています。そのため、情報保障への責任が薄くなっていると思います。自分が申請しなくても誰かがしておいてくれるだろうとか。例えば、来週の講義が休講になった時に、複数いる利用学生のうちひとりからしか休講の報告がないこともあります。こちらとしては誰かが言ってくればわかるので派遣は中止できますが、それでも休講の連絡はひとりずつからするようにと言いました。 実際に聴覚障害学生が行動できるようになるには数か月ないし数年といった比較的長い時間がかかることがありますが、⑤からは「3-1-2 段階に応じた働きかけ(支援ポイント13)」を同時に意識し、中長期的視点を持って働きかけを調整していることも読み取れます。 ~インタビューより⑤~ <情報保障者と>直接連絡を取り合っているからそうなったのかもわかりませんが、学生自身が自分で支援を利用する上で、自分で動く、やる部分も増えてきたかなと思います。(中略)休講や教室変更の連絡も比較的早い段階で連絡をすることも増えてきました。ある科目が「おお~すごいな。ちゃんとやっている」と思うことがある反面、別のところでは洩れていたりもするのですが。 こうした主体的な行動の積み重ねが、「2-2-3 授業以外の場面での情報保障の模索(支援ポイント10)」や「3-3-2 ゼミ等での発言・発表方法の模索(支援ポイント17)」をもたらしてくことになると考えられます。 「行動」は具体的にどのようにうながせばよいでしょうか? 「どうしたらいいですか?」とこちらからの答えを求めてくることがあるので、「あなたはどう思うの?」と逆に尋ねています。また以前、「ビデオに字幕がついていなかった」と言ってきた学生がいた時は、「支援室からは先生にお願いしているよ、でも授業の準備のときに急に明日使おうと決める先生もいるだろうし、支援室からの文書を読んでいない先生もいるかもしれないから、自分からも直接先生に言ってみたら」と伝えたこともあります。 支援ポイント8 情報保障要請にともなう主体的な行動の引き出し まとめ 1.「やってもらってあたりまえ」ではなく、学生本人が自分で動く機会を増やす 2. 聴覚障害学生にうながす具体的な行動の例 ①先生に情報保障がつくことを説明する、②文字起こしをするためにDVD を貸してくださいと先生にお願いする、③先生から授業の資料を事前に提供してもらう、④ゼミなどで発言する時は挙手してほしいと参加者に説明する、⑤休講になった時に情報保障者に連絡 する、等 3. 一気に進めるのではなく段階を追って少しずつ進めていくことも大切 (「支援ポイント13 段階に応じた働きかけ」にも関連) 2-2-2 情報保障利用上のルール・マナーの提示と理解促進(支援ポイント9) 情報保障利用上のルール・マナーの提示と理解促進とは… 聴覚障害学生に対して、支援を利用する上で必要なルール・マナーを教示し、情報保障マネジメント力の育成を図ること。 聴覚障害学生の中には、情報保障体制が充実するにつれて気が緩んできてしまい、遅刻・欠席時に事前連絡がなかったり、複数回連続で遅刻等が続いたりと、ルールやマナー等への認識が薄らぐことがあります。このような場合、支援担当教職員はどのように対応しているのでしょうか。 ~インタビューより①~ 学生と支援者が直接連絡を取るのが多いです。(中略)例えば、遅刻とか寝坊で遅れるといった時には、○○(支援室名)に連絡をくれるのはもちろんいいのだけれども、きちんと自分で責任を持って支援者に連絡をしなさいというのもやっていますし、完璧にやりなさいというよりも、例えば大学の公的な支援を受けているわけだから、それなりの手続きとか、連絡の仕方というのは当然だよねと。社会に出たときも、それは当たり前だよねと。それを何かぼちぼち4 年間かけてやっていければいいなと思っています。 ①では、聴覚障害学生に利用上のルール・マナーを確認し、なおかつ、聴覚障害学生自らに責任を委ねる形で行動をうながしていました。「受け身での情報保障」から「主体的な情報保障」に転じていく過程は、聴覚障害学生自身も自分の生活と情報保障をどのように折り合いをつけるのか模索している過程でもあります。そのため、時としてルール・マナーをはみ出してしまうことも成長の一過程と捉え、利用する立場としての責務を自覚させるよう働きかけていることが伝わってきます。 同時にはじめからすべてを委ねて聴覚障害学生が萎縮してしまわないように、「2-2-1 情報保障要請にともなう主体的な行動の引き出し(支援ポイント8)」と同様に、4年間をかけてスキルアップすることを意識している例が他のインタビューでもみられました。また、場合によっては「連絡を忘れてない?」と聞いたり、内々に先方に連絡をしたりすることもあるとのことで、聴覚障害学生がある程度の失敗を経験できるように見守る一方で、致命的な事態に至らないようにさりげなくフォローをしている様子もうかがえました。単身で授業を受けることが可能な一般学生と異なり、情報保障者が授業に同席する聴覚障害学生の場合は、他の学生と同じ感覚で遅刻・欠席をすると周囲への影響が生じます。このことは、一見意思表明とは無関係なように見えますが、情報保障を主体的に使いこなしていくためには非常に重要です。なぜなら、情報保障には複数の人々がさまざまな形で関わっていること、自分に見えないところでたくさんのプロセスを経て成り立っていることに気づくことは、自分の行動がもたらす一連の影響について理解するきっかけになるからです。これにより聴覚障害学生は、情報保障を自覚的に利用し、自身の意思に基づいてマネジメントできるようになるでしょう。 このように考えると、聴覚障害学生にとって支援を利用するということは、支援を要請さえすればいいという単純なものではないことがわかります。つまり、課せられたルール・マナーを理解しつつ、周囲への配慮と調整をすることで効果的に情報保障をマネジメントする力が求められるのです。インタビューの中でも、支援の「要請・利用」と「ルール・マナー」という二面性を伝え、両立させていくような働きかけがみられました。 自分の事情と制度利用上のルールをすり合わせていくような環境調整は、「3-2-1 要望や不満の受けとめと支援内容変更への対応(支援ポイント14)」「3-2-2 妥当な支援の共同探索(支援ポイント15)」における、大学側の事情と自分の希望の折り合い方を模索するプロセスとも共通する部分があると考えられます。 情報保障の利用を働きかけるだけでなく、ルール・マナーも伝える必要があるのですね。 そうですね、基本は学生の考え方に合わせ、学生のやりたいようにやらせています。ですが、ルールやマナーはきっちり守ってもらい、社会に出たときにも、自分で必要な情報をキャッチして必要な時に必要な人に連絡をしたり、わからなかったら自分から聞けるようになってほしいと思っています。 支援ポイント9 情報保障利用上のルール・マナーの提示と理解促進 まとめ 1.利用上のルール・マナーを確認する。 2.遅刻・欠席の連絡等の対処の一部を聴覚障害学生本人に委ねる。 3.段階的に対処できるようにうながす。 2-2-3 授業以外の場面での情報保障の模索(支援ポイント10) 授業以外の場面での情報保障の模索とは… 授業以外のインフォーマルな学生生活場面でのコミュニケーションや情報保障がつかないときの問題に関する解決方法を聴覚障害学生とともに検討すること。 聴覚障害学生への支援は、講義やゼミ等の授業への情報保障を中心に展開されていますが、入学式や卒業式、あるいは就職セミナーや学内講演会等、授業以外の場面にも情報保障が必要です。しかし、どこまで情報保障をつけるか判断の難しい場面も出てきます。ある大学では、そういった支援のグレーゾーンについて、以下のように語っていました。 ~インタビューより①~ たまたまその担当の先生は学生との交流が好きで、飲み会をしながら、たくさん学生と話をしたいというような先生でした。ゼミの時間だけの付き合いで割り切るというタイプの研究室もありますが、その先生のゼミの場合にはそうではないわけです。つまり、手話通訳を付けることで、ゼミの学習の時間は保障ができますが、それ以外の時間はどうするかという問題が出てくるわけです。ゼミ以外の交流の場面も含めて、ゼミの仲間同士で支援する体制をどのように作っていくか。例えば、ノートテイクを持ち回りでするというような方法はなかなか難しいと思います。(中略)つまりゼミというのは、ゼミをやっている時間の間支援をするということよりも、その研究室に入るという、全体的な意味があるわけです。先生が、「今度飲み会をやりたい」と言うと、その学生は「みんな手話ができないので楽しくないし、自分は行かない」と答えるようです。(中略)周りの人が、ただ声で話しているような飲み会であれば行きたくないというのが自然な声、自然なニーズだと思います。「飲み会はどうするの」と聞くと、「私は行かなきゃいけないんでしょうか」と言ってきます。「来なければいけない」というふうに教員の立場としては言えないところが難しいのだろうと思います。これはゼミの時間内で終わる話ではなくて、またゼミの仲間とは卒業した後も付き合いが続くかもしれないわけで、やはり手話とか支援の考え方が周りの皆に身に付くことが大事だなと、そこが課題だなと思っています。 こうしたグレーゾーンにおける支援に対して聴覚障害学生が「どうせ無理だろう」と諦めてしまうと、通常授業の情報保障に対する行動意欲や意思表明も引き出しにくくなることが予想されます。 また、聴覚障害学生の生活全般を考えれば、情報保障が必要となる場面は大学の授業だけでなく、病院に行くとき、イベントに参加するときなど日常生活の全場面にわたっています。②のように、地域の手話通訳制度の利用方法を伝えたり、聴覚障害学生とともに周りとの関わり方を模索したりすることで、学内の支援制度の対象外となっている場面との橋渡しをする支援担当教職員もみられました。 ~インタビューより②~ 大学の中の支援はもちろん大学が責任を持つけれども、例えばお医者さんに行くとか、地域のイベントで手話通訳もしくはパソコンノートテイクが必要な時に、地域の社会福祉<サービス>のところにお願いする必要があります。そういうときに実際に地域の社会福祉協議会、そういうところに自分で行ったり、もしくは最初は一緒に行くこともあります。一緒に行ったら「ここで登録したらいいんだよ」とか、そういう簡単な自分の生活の中で日常の支援というのも含めて社会とのつながりを作るというのをやっています。 他にもインタビューでは、「実習先でのやりとり」「聴覚障害学生と周りの友人とのおしゃべり」のように情報保障のつかない場における聴覚障害学生の動きに注視する例が多くみられました。情報保障のある場では積極性を示すが、情報保障のない場では消極的になりやすい聴覚障害学生の特性を把握した上で、情報保障のない場面での動き方をともに模索することで、より深く聴覚障害学生に寄り添っています。こうした支援は、支援ポイント8(2-2-1)で取り上げた「情報保障要請にともなう主体的な行動」ともあいまって、情報保障の質の向上をもたらすとともに、情報保障のない場面においても「新しい情報保障を作っていこう」「新しい問題解決方法を見つけ出してみよう」という意欲のサイクルを生み出すと考えられます。 大学の授業だけを支援すればいいわけではないのですね。 障害者差別解消法の範囲で求められるのは、大学における授業や教育に関する場面なのでしょうが、よりよい支援、教育を考えれば時にはそこを超えることも必要です。そして提供されるばかりでは、聴覚障害学生は自分を「お客様」と認識してしまいがちです。情報保障をよくしていきたい、自分に合った情報保障を受けたいという意欲と行動の蓄積が、情報保障のない場面での積極的な対応につながると考えられます。 支援ポイント10 授業以外の場面での情報保障の模索 まとめ 1.情報保障のない場面での対処方法をともに検討していくことで、聴覚障害学生の情報保障 に対する行動指数を高める。 2.地域の手話通訳や要約筆記等の福祉制度を紹介し、卒業後の情報保障を意識させる。 2-2-4 自己決定の見守りとうながし(支援ポイント11) 自己決定の見守りとうながしとは… 先回りをせずにタイミングを待ちながら見守り、聴覚障害学生が自己決定できるようにうながし、その決定を尊重すること。 インタビューに応じてくださったすべての支援担当教職員が共通して強調していたのは、聴覚障害学生の意思表明支援において「先回りをしない」ということでした。 ~インタビューより①~ 本学の支援室の考え方に、障害学生の先回りをしないという絶対のルールがあります。絶対に先回りはしない。先回りを繰り返してしまうと、今度は学生が待っていれば誰かが助けてくれるだろうという、受け身の状況になってしまいます。そのため、自分で考えられるように最初から一緒にステップを作っていくという考え方をとっています。 ~インタビューより②~ 例えば情報保障の手段についてなどこちらがその方法では・・・と思うことがあったとしても本人が決めたことに対して真っ向から否定したりこちらの意見を押し付けたりすることはしないようにしています。 また、先回りして結論を伝えるようなことがないように心がけています。 このように聴覚障害学生が「受け身」に陥らないように細心の注意を払っていることがわかります。支援担当教職員から見て、「こうした方がいいのでは」と思えることも押しつけることなく、大きな支障の生じない範囲で、本人が自分でつまずき、最後には納得することを優先した支援をしている支援担当教職員が複数名いました。 ~インタビューより③~ ドイツ語の場合、パソコン入力では表示できない表記、例えばウムラウトなどがあるので、手書きのほうが合うと思っていました。しかし、学生本人は情報保障を利用するのが初めてで、できるだけ多くの情報がほしいとパソコンノートテイクを希望していたので、まずはパソコンノートテイクでやってみて、やはり合わないと分かって本人が方法を変えたいと申し出るのを待って、手書きに変更しました。授業回数で言うと1、2 回使って、その後変更しました。(中略)「語学の場合、先輩たちはほとんどが手書きノートテイクを使っています」という説明はしました。でも学生本人は、ノートテイクとパソコンノートテイク、どちらがいいか判断がつかないので、まずは情報量が多い方法を選択したのだと思います。(中略) 先にこちらが「この授業ではこの方法がいい」と提示してしまうと、学生に自分で選ぼうという気持ちがなくなってしまうので。 このように支援担当教職員は先回りをせずに見守り、聴覚障害学生が小さな自己決定と行動を繰り返せることが、次の意思表明を生み出していくと考えられます。また④では、見守りの過程で「この方向でよいのか」と聴覚障害学生とともに悩みながらも、時には背中を押す支援担当教職員の姿もみられました。 ~インタビューより④~ 英語の講義で、本学では三つのタイプ、コミュニケーション、読み、書き、があるのですが、聴覚障害学生の場合コミュニケーションではなくて読み、書き優先にできます。でも聴覚障害学生のうち1名がコミュニケーションを希望していて、でも客観的に見ると発音は苦手かな、難しいかなと思われました。コミュニケーションの講義の場合、通訳も難しく、なかなか…という状況。それを説明しましたら、「支援はいらないから取りたい。自分で行って話せるから」と言ってきました。悩んだけれども、最初の面談では結局読み書きに替えることになったのですが、あとあともう1 度やってきて、「やっぱりコミュニケーションを取りたい。支援はいらないから」と言ってきました。「聞き取りも発音もがんばるから」と。それで、結局は本人の希望だしということで、支援をつけずにコミュニケーション<の講義>をとりました。 後に掲載している「8-1-3 聴覚障害学生の支援ニーズの変化に関する経験的知識(支援ポイント33)」でも述べますが、聴覚障害学生の支援ニーズの変化にある程度予測をつけながら、今現在のニーズを尊重して見守るという二つのバランスをとりながら支援を進めていると考えられます。 自己決定の中には書面による支援の要請という誰の目から見ても明確なものもありますが、インタビューの中ではむしろ、日常の面談で聴覚障害学生の言動からにじみ出る意思を見落とさずに拾い、確認しあいながら自己決定につなげている事例が多くみられました。慣れない場面ほどサインは遠回しな形で現れますので、見過ごしがちなサインも一つの意思表明と受け止めて反応しています。こうした敏感な対応が「2-2-4 自己決定の見守りとうながし(支援ポイント11)」を呼び、さらに「2-2-1 情報保障要請にともなう主体的な行動の引き出し(支援ポイント8)」「2-2-2 情報保障利用上のルール・マナーの提示と理解促進(支援ポイント9)」「2-2-3 授業以外の場面での情報保障の模索(支援ポイント10)」という行動へと連鎖していくのでしょう。 自己決定をうながすには、周りが聴覚障害学生の「先回りをしない」ということが大切なのですね。 そうですね。支援のスタンスとして、学生の意思を尊重するようにしています。それだけではいけない面もあるかもしれませんが、まずは学生に決めさせます。もし決めるのが難しければ、決めるためのヒントというか、情報をいくつか提示して、最終的には本人に決めさせることを重視しています。 支援ポイント11 自己決定の見守りとうながし まとめ 1.周りが聴覚障害学生の先回りをして支援の内容を決めたり結論を出したりしない。 2.「先回りをしない=放置」ではなく、考えるためのヒントを複数出して、本人の自己決定 をうながす。 3.情報保障の実践的見識の形成 前項では、聴覚障害学生の情報保障に関する潜在的なニーズを徐々に明確化し、情報保障の要請および利用をうながすために、支援担当教職員がどのように働きかけているか、そのポイントについて述べてきました。本項では、聴覚障害学生がさらに主体的かつ積極的に情報保障を利用していくために、「情報保障の実践的見識」をいかに育てていくかについてご紹介します。「情報保障の実践的見識」とは、聴覚障害学生がこれまでの経験や知識を基に、自らのニーズや場面等に応じて必要な情報保障手段を判断・決定したり、それらの支援を得るためにどう行動するとよいか判断する力と本書では捉えており、まさに意思表明するために必要な力といえます。本項の流れは以下の通りです。 本 項 の 流 れ 3-1 支援に対するコミットメントの促進 3-1-1 話し合いの積み重ねに基づく合意の形成と支援(支援ポイント12) 3-1-2 段階に応じた働きかけ(支援ポイント13) 3-2 支援内容の変更にともなう調整 3-2-1 要望や不満の受けとめと支援内容変更への対応(支援ポイント14) 3-2-2 妥当な支援の共同探索(支援ポイント15) 3-3 授業の専門性に応じた支援方法の模索 3-3-1 授業形態や専門性に応じた支援の共同模索(支援ポイント16) 3-3-2 ゼミ等での発言・発表方法の模索(支援ポイント17) 前項の「2.情報保障の基盤形成」は聴覚障害学生が自身の情報保障に対するニーズを自覚し、自ら情報保障の要請ができるように支援担当教職員から「聴覚障害学生へ働きかける」段階でした。その段階を経ると今度は、授業の専門性や場面等に応じてより適切な支援方法を「聴覚障害学生とともに模索していく」段階へと移っていきます。つまり、聴覚障害学生が主体的かつ実践的に支援を利用していく段階に入ります。まさに、聴覚障害学生への意思表明支援における集大成、核となる部分ともいえるでしょう。 この段階でまず支援担当教職員は、卒業後の社会的移行を見据え、聴覚障害学生が自ら主体的に支援を利用していくための「3-1 支援に対するコミットメントの促進」を行っていきます。これにより、徐々に表明し始める聴覚障害学生の意思(要望や不満)を丁寧に受け止めながら、支援を提供する側の事情等も丁寧に説明し、支援の変更やその妥当性を聴覚障害学生とともに検討していく「3-2 支援内容の変更にともなう調整」を行います。そして、授業の専門性の高まりや授業形態の多様さに対応するため、「3-3 授業の専門性に応じた支援方法の模索」を聴覚障害学生とともに行っていきます。つまり、「3-1 支援に対するコミットメントの促進」「3-2 支援内容の変更にともなう調整」の発展形として「3-3 授業の専門性に応じた支援方法の模索」を行っていくと考えられます。 このように聴覚障害学生との丁寧な関わりや共同模索を繰り返し、聴覚障害学生がさまざまな成功体験と失敗体験を積み重ねられるよう、支援担当教職員が意識的に働きかけることが最も重要です。それにより、聴覚障害学生に「情報保障の実践的見識」が養われ、自身が参加する場面に応じて必要な支援を考え・決定し、意思をはっきり表明して、周囲に働きかけていくことができるようになっていくことが期待されます。以下、支援ポイントごとに詳しくみていきます。 3-1 支援に対するコミットメントの促進 聴覚障害学生への意思表明支援は、単に聴覚障害学生の意思を引き出すこと、聴覚障害学生が一方向的に意思を表明できることがゴールではありません。聴覚障害学生と支援を提供する側双方がともに建設的な対話を積み重ねていくこと、そして聴覚障害学生が社会に出たときに、その場の環境等に応じて、自分にとって必要な支援をはっきりと周囲に伝え、自ら支援を求めて動けるようになることを目指します。 そして後に述べる「3-2 支援内容の変更にともなう調整」との相乗効果により、「情報保障の実践的見識の形成」につながるわけです。 これから紹介するインタビューで得られた実践からは、聴覚障害学生の個別性を考慮しながらも、聴覚障害学生の卒業後を見据え、見通しを持って意識的に働きかけ、聴覚障害学生自身の支援に対する能動的なコミットをうながしている様子がうかがえました。では、具体的にどのように働きかけているのかみていきましょう。 3-1-1 話し合いの積み重ねに基づく合意の形成と支援(支援ポイント12) 話し合いの積み重ねに基づく合意の形成と支援とは・・・ 聴覚障害学生の具体的な希望を確認し、聴覚障害学生の納得のいく形になるように話し合いを重ね、丁寧な合意の形成を図った上で支援を提供すること。 この働きかけは、まさに聴覚障害学生に合理的配慮を提供する際の核となる部分といえます。 合理的配慮は支援を必要とする側の意思表明からスタートします。2で述べた「情報保障の基盤形成」を経た上で、この点に関する聴覚障害学生の自覚をきちんと芽生えさせることが重要だと考えられます。 ~インタビューより①~ 「実習中の情報保障は必要?」と聞いて、必要であれば、「じゃあその後どうすればいい?」と聞きます。おそらく学生も必要と思っているだろうと思いますが、あえて聞きます。学生としては、情報保障は当然必要で、必要なのだから派遣してくれるのが当たり前と思っているかもしれません。でもあえて「必要?」と聞いていくことで、お互いに確認したうえで派遣するかしないか合意できます。特に〇年生の実習は毎年だいたい流れが決まっているので、派遣が必要かどうか、聞かなくてもわかる部分もありますが、本人の聴力や希望にあわせて、確認の意味でも聞きます。 ①から、支援担当教職員は目の前にいる聴覚障害学生が必要とするであろう支援の内容が十分わかっていても、あえて自己のニーズを言語化させ、丁寧に対話を積み重ねることで、合意形成を図っていることがわかります。聴覚障害学生の希望する支援が、たとえ支援担当教職員からすると不安を感じるものであっても、対話を重ねた上での希望なのであれば、聴覚障害学生の意思を尊重し、一度決定します。ただ、「一度合意形成をしたらそれで終わりで」はなく、聴覚障害学生の意思で決定した内容を試行した後で、その支援内容のまま継続するのか、変更するのかを再度検討していくことが大事です。 支援に正解はありません。聴覚障害学生のニーズや特性、授業場面や学年段階によって、適した支援はさまざまです。聴覚障害学生との話し合いを積み重ね、合意形成の繰り返しが必要不可欠です。さらにこの丁寧な対応が、聴覚障害学生の不満を早期に汲み取り、不服申立を回避する第一ステップともなります。 例えばどのように聴覚障害学生の具体的な希望を確認していくのですか? 基本的に「変えたほうがいいよ」という言い方はしていません。 例えば、何も考えずに「全部パソコンノートテイク希望」と申請書に書いてきたとしたら、面談で一緒にシラバスを読みながら、 「この授業スタイルだったら、手書きのほうがいいと思うんだけど、どう思う?」 「これは討論形式と書いてあるけれど、パソコンのままでいいの?」 と尋ねたりします。話し合って確認した上で、「そのままにする」と学生の意思で決めたら、そのとおりに支援を利用してもらいます。ただ、もちろんその後の様子を本人や情報保障者に確認して、そのまま継続するかどうか再度検討する機会を持ったりもします。 支援ポイント12 話し合いの積み重ねに基づく合意の形成と支援 まとめ 丁寧な合意形成のポイント!  支援利用者としての自覚を聴覚障害学生に芽生えさせるように意識しながら、ニーズの言語化、意思表明の引き出し、支援内容の決定を丁寧に行う。  シラバスを確認しながら話し合う等、授業場面ごとに希望する支援を具体的に一つ一つ確認する。 3-1-2 段階に応じた働きかけ(支援ポイント13) 段階に応じた働きかけとは・・・ 聴覚障害学生の学年や成長に合わせながら支援計画を作成するなど、時間を意識し、見通しを持って支援方法を変えていくこと。 聴覚障害学生の中に情報保障に関する基盤(「2.情報保障の基盤形成」を参照)ができるまでは、支援担当教職員が聴覚障害学生を先導し、聴覚障害学生の意思を引き出しつつ、ニーズに応じた支援を提供していきます。けれども、その後は「聴覚障害学生が情報保障を理解し、適切な支援について自ら考える」「自ら環境を調整する」というように、徐々に聴覚障害学生が主体となるよう、段階を経ながら働きかけていきます。 その一つの方法として、インタビューでは、さまざまな聴覚障害学生の状況と成長に合わせながら支援ができるよう、支援計画を導入している例がみられました。支援計画とは、現時点の聴覚障害学生の様子を把握した上で、卒業時の姿をイメージしながら段階的に働きかけていけるように学期ごとあるいは学年ごとの目標を設定するものです。支援計画の作成によって、支援に中長期的な見通しを持たせるとともに、個々の聴覚障害学生への支援の道標ともなるでしょう。支援計画作成時には、本人へのヒアリングはもちろんのこと、聴覚障害に関する専門的な観点からの立案も重要です。この点は「8-2 学内ネットワークの活用」にもつながります。 ~インタビューより①~ 本学には本当にさまざまな<聴覚障害>学生が在籍しており、自分と似ているタイプの先輩がいるから真似しようということはなかなか難しいです。そこで支援計画を今年から導入することにしました。これからは計画を作って、1 年生ではこれを、2 年生になったらこれをと計画を基に進めていくことが可能になると思います。 ~インタビューより②~ 初回面談時に「初めはこちらから働きかけることもあるが、基本的には申請ありきで支援を提供する。申請がなければ支援を手配しない」ということを伝えています。 また「段階に応じた働きかけ」を行うために、支援担当教職員は理想とするステップをきちんと描き、見通しを持つ必要があります。目の前にいる聴覚障害学生が今どの段階にいるのかを見極め、次の段階へステップアップするにはどのような働きかけをするとよいのかを判断できる知識と経験が求められるでしょう。 同時に大事なことは、「必ずしも理想とするステップを踏むことにこだわりすぎない」ことです。インタビューからも聴覚障害学生の意思を尊重し、行きつ戻りつの成長に寄り添いながら支援する支援担当教職員の様子がうかがえました。 「段階に応じて働きかける」ために、例えばどのようなことをしていますか? 時には「働きかけるのを我慢する」ことも大事ですね。 例えば、情報保障者を派遣する場合、授業形態や進め方、時間帯などの情報がわからないとコーディネートできませんよね?その必要な情報が掲示等で周知されているにもかかわらず、聴覚障害学生から連絡や依頼がなかった場合、どう働きかけるか。 聴覚障害学生が1年生であれば「掲示板見た?情報出てたよ。支援どうする?」と働きかけますが、上級生であれば、学生からの連絡や依頼が来るまであえて何も働きかけず待ったりします。支援を依頼するのに必要な情報を自ら能動的に取得しないとどうなるか、失敗から学ぶことも重要だと考えています。 支援ポイント13 段階に応じた働きかけ まとめ 段階に応じた働きかけに関する具体的な方法  個々の学生の状況に合わせて支援計画を本人と相談して作成し、それに基づいて支援する。  聴覚障害を専門とする教員と連携して支援する。  卒業後の社会的自立を見据え、必要な能力を育てるよう意識する。  理想とされるステップを理解し、見通しを持ちながら支援する。  時には働きかけること自体を我慢し、聴覚障害学生自身が失敗から学ぶ姿を見守る。 3-2 支援内容の変更にともなう調整 聴覚障害学生の中に情報保障の基盤が育ち、支援への関わり方がわかると同時に主体性が形成されてくると、徐々に聴覚障害学生は情報保障に対する意思を示せるようになります。しかし、まだ情報保障の利用経験が浅く、それぞれの方法のメリットやデメリットを理解した上でアレンジするような知識や経験が乏しい、あるいは自分の意思を表明することはできても周囲との建設的な対話をする経験が乏しいと、そこで出てくる要望や不満が、本人の聞こえ方や情報取得の方法、授業形態や今ある支援体制等の実態とはそぐわないように思われるケースも出てきます。また、提供された支援が聴覚障害学生本人にとって納得のいくレベルの質になっておらず、情報保障を用いても必要な情報を得ることができずに不満を抱えるケースもあるでしょう。 そのようなとき、支援担当教職員はどのように対応するとよいでしょうか。 3-2-1 要望や不満の受けとめと支援内容変更への対応(支援ポイント14) 要望や不満の受けとめと支援内容変更への対応とは・・・ 聴覚障害学生からの支援に対する要望や不満を受けとめ、主体性を尊重した支援に変更するための調整を行うこと。 ~インタビューより①~ 基本的に、ノートテイクもパソコンノートテイクも2 人<体制>なのですが、学生のプレゼンや専門科目のときに、情報保障者2 人だけでは数字とかのフォローができないのでやっぱり3 人がいいなあと<いう要望が出されました>。(中略)基本私は<聴覚障害学生からの要望は>断らない<ようにしています>。「来週から調整してやってみよう。もしそれでも対応が難しかったらまたここでみんなで話し合ってみよう」って。学生から支援内容をこう変えた方がいいっていうのを提案してもらう<ようにしています>。それでこちらは、その方法をできる限り実現できるように調整しています。それが私たちの仕事ですから。 ~インタビューより②~ 例えば、席の位置<について>。通訳者が入ることによっては他の学生もやりにくいかなとか、自分もちょっと疎外感みたいなものが出てきてしまったな、という話がありました。でもよくよく聞くと、この席の位置だと当然かなと思いましたので、次の週に配置を変えて試してみたら全然問題なかった<ということがありました>。他に、資料の読み上げのときも、最初通訳者があまり考えないで、聴覚障害学生が前にいて、通訳者が資料を指すのだけれども、でも何かいまいち読みにくいなという話がありました。 そのときは、「資料自体を読むのではなくて、どこを読んでいるのか分かればいいんだよね?」と話をして、「<それならば>むしろ通訳者が自分のところにおいている資料を自分の向きのまま指しても、そっちから見られるよね、その方が自然にできるんじゃないか」という話をして、やってみたら全然こっちの方がいい、とか<ということもありました>。 ①では、聴覚障害学生からの要望が現状のままでいいと感じる内容であっても、支援担当教職員はまず受け止めるように心がけていることがわかります。②についても、聴覚障害学生の支援に対する感想等を丁寧に確認し、よりよい支援利用につなげるための方法を聴覚障害学生と一緒に考えています。 この姿勢は聴覚障害学生に対して「自分の意思を受けとめてくれた。意思を表明していいんだ。」と認識させることになり、ひいては意思表明を継続してうながし、支えていくことにつながります。聴覚障害学生からの要望や不満を受け止めた後、彼らの意思を尊重するために支援を変更する等、できうる限り調整・対応を行っているようです。 この対応は後で述べる「4-1-3 ラポール形成を意識した話し方・接し方(支援ポイント20)」ともつながっている部分といえます。要望や不満を丁寧に受けとめることが、聴覚障害学生の支援利用に対する意欲を高め、支援担当教職員との信頼関係も深めることにつながります。 さらに大事なポイントは、聴覚障害学生の意思を尊重して支援内容を変更・調整するだけにとどめないということです。支援方法を変更したことにより「聴覚障害学生のニーズに本当に合っているのか」「きちんと情報が保障され、授業に参加できるようになったのか」「情報保障者に過度に負担がかかっていないか」等、変更後の状況を丁寧に確認し、その方法を継続していくのか否かを聴覚障害学生や情報保障者とともに検討することが重要です。場合によっては、授業形態や授業内容の専門性に関連することもあるので、担任や授業担当教員も交えて、支援方法や支援のあり方、授業担当教員に依頼する配慮内容等を一緒に話し合う機会を設けることが重要です。このことは、次の「3-2-2 妥当な支援の共同探索(支援ポイント15)」にもつながります。 また、①のように「後日あらためて話し合いをしよう」と事前に聴覚障害学生に伝えておくことで、聴覚障害学生に意識的な支援の利用をうながしていることもポイントといえます。これは上述した「3-1支援に対するコミットメントの促進」にもつながります。そして、要望した支援方法を実際に経験することで、自ら考えた方法が本当に適しているのかを自ら納得して判断でき、次の自己決定を可能にします。そのことが、自己の情報保障に対するニーズを深化させ、情報保障の基盤をさらに強固なものにしていき、「実践的見識の形成」につながるといえるでしょう。 聴覚障害学生が支援に対する不満を言ってきました。どうしたらいいですか?不満はなかなか言えないものです。不満を言ってきたということは「不満を言える関係性」をその学生と築けてきたといえますね。そして不満の打ち明けは、「支援をよくしたい」「よりよい支援を利用したい」という気持ちの表れ、まさに「意思表明」です。まずはその意思表明を肯定的に受け止め、話しを丁寧に聞いてください。 次のステップは、その不満を解決する方法を、聴覚障害学生とともに考えてみましょう。内容によっては、情報保障者とともに検討したり、先輩の聴覚障害学生を引き合わせたり、聴覚障害学生自身に理解をうながしたり、さまざまなアプローチが必要ですね。 支援ポイント14 要望や不満の受けとめと支援内容変更への対応 まとめ  要望や不満を表明してくれたこと、その主体性をまず受け止める。  丁寧に話しを聞く(特に変更希望の理由を確認する)。  できうる限り要望に沿った支援方法を調整して試行し、聴覚障害学生の情報保障に対するニーズの深化をうながす。  要望や不満の内容に応じて、さまざまな対応を試みる。 ①情報保障者とともに変更内容や解決策を考える ②先輩の聴覚障害学生を引き合わせ、先輩等他者の意見・経験等を参考にして考える ③聴覚障害学生自身に理解をうながす ⇒ 「支援ポイント15 妥当な支援の共同探索」にも通じる ④実際の授業場面・支援場面を観察する ⇒ 同上 ⑤聴覚障害学生の担任や授業担当教員を交えて検討する 等 3-2-2 妥当な支援の共同探索(支援ポイント15) 妥当な支援の共同探索とは・・・ 聴覚障害学生が希望する支援について、大学や人材等の都合で提供することが難しい場合の事情を説明して双方の落としどころを探すこと。 前述した「3-2-1 要望や不満の受けとめと支援内容変更への対応(支援ポイント14)」の中で、聴覚障害学生の主体性を尊重した支援に調整することが大切とお話ししましたが、一方で必ずしも聴覚障害学生の要望に沿った変更ができるとは限りません。大学の支援体制や予算等の都合で要望に沿えず、不満を解決できないこともあります。インタビューでは、そういった場合、大学側の事情等を丁寧に説明し、代替案をいくつか提案して、聴覚障害学生とともに解決方法を探るといった対応をしている例がみられました。ある支援担当教職員は、意思表明支援で大切なこととして「聴覚障害学生の意思表明に対する結果が本人に見えることが大事」と述べています。 ~インタビューより①~ 意思を表明しても、それが暖簾に腕押しのようでは誰も言わなくなると思うんですね。(中略)言った結果がちゃんと本人に見えること。それは良かった結果も悪かった結果も含めて。別の言い方をすれば、表明した意思に対して、きちんとリアクションがあること。「ちゃんとこの人は動いてくれるんだな」「話を聞いてくれるんだな、わかってくれるんだな」と伝わるのは大事かなと。仮に良い結果ではなかったとしても、そのプロセスがきちんと共有されていれば、その後改善策として、「次はこうしよう」と先につながりうる。(中略)意思表明支援ですから、本人が言うのを待っているだけではなく、それを表明できるよう支援してあげる、一緒にプロセスを共有するということは大切ではないかと思います。そのためには、やっぱり支援側がたくさんのアイディアやコネクションを持っていることも大事だと思います。そして、究極的にはその学生の味方になること。時には厳しいことも言うこともあるかもしれませんが、徹底してその学生のことを思って支援をしていく。「意思を表明したらちゃんといいことがあるんだよ」「学生が意思を表明する目的はちゃんとサポートしてもらうためなんだ」とわかってもらうことが大切かなと思います。 単に大学の都合や事情で「できない」「難しい」と伝えて終わるのではなく、聴覚障害学生の意思表明に対して何らかの誠意ある対応を示す。それがまさに聴覚障害学生と合意を形成する上で重要な「建設的な対話」であり、こうした積み重ねが聴覚障害学生の意思表明をさらに支えるとともに、「情報保障の実践的見識の形成」につながっていくと考えられます。 さらにこの対応と、前述の「3-2-1 要望や不満の受けとめと支援内容変更への対応(支援ポイント14)」を合わせて丁寧に行うことで、不服申立を早い段階で回避することにもつながります。 他にも以下のような例がありました。 ~インタビューより②~ 手話通訳をつけるのは、論文の発表会と入学式、卒業式のような学内行事のときです。(中略)<講義に手話通訳をつけたい、と言ってきたときは>「支援学生ができる方法で」と言います。「支援学生は手話通訳ができないので、文字通訳で」と。ただ、利用学生から例えば「来週の講義は外で動き回るから<ノート>テイクでは難しいので手話通訳がいい」と申し出があれば受けることもあります。 ~インタビューより③~ 大体手話通訳は、皆が「良い」という人が決まっていて毎回取り合いです。でもうまく散らばるようにして回しています。不満は言うけれども、「しょうがない」と思っている面もあります。「さすがにこれは」と思ったときは、こちらから選択肢を出すこともあります。例えば、「この通訳者は来週無理で、他も探したのだけれども、多分この人しかいないよ」と。前に「その人たちは嫌だ」と言っていたときにどうするか。ほかに、「例えばパソコンだったら、多分この辺りで頼めると思うよ」「音声認識アプリを使うという方法もあるよ」とか、いくつか出した上で、「ではどうする?」と話し合うことはやります。 ~インタビューより④~ 大学院生が多く入学した年があって、初めは大丈夫だと思っていました。というのは、みんな同じ専攻だったので、同じ授業を取ると思っていたからです。でも実際はばらばらで、それはよいのですが、同じ時間に支援の希望が増えてしまい、それに加えて学部生も<依頼が>多く、派遣できない状況になってしまっていました。(中略)学生たちは派遣内容を見て、派遣の少なさに驚いて、(中略)「どういうことですか?支援は必要です」と言ってきました。 「そうだよね。わかるよ」と言って事情を説明し、(中略)「必修科目は私が支援に行く」と言ったら、私の表情などで状況を理解してくれたようで、その学生たちも「その分養成講座に力を入れます」と納得してくれたといったこともありました。もちろん、このままではまずいと思って、外部の支援団体に事情を説明して、急遽依頼して入っていただきました。(中略)学生と話もしましたし、私たちも行動を見せて、それが伝わったからであって、もしそうでなくて「仕方ないね」で済ませていたら、もちろん納得してもらえなかったと思います。 ②③④とも、聴覚障害学生の意思表明に対してできうる限り応えようとしながらも、応えることのできない部分に関しては、大学の事情を率直に伝え、聴覚障害学生に理解を求めています。これによって、聴覚障害学生は単一方向からの観点を徐々に脱却し、多面的な観点から情報保障を考えられるようになっていくと考えられます。 どうしても聴覚障害学生からの要望に応えられない場合、どうしていますか? 一緒に方法を探したりしますね。例えば、ゼミに情報保障者の派遣依頼があった場合、開催が「不定期」だと派遣が難しいですよね?そのことを聴覚障害学生に説明し、ゼミの時間を固定してもらうよう指導教員に相談するよう提案したり、次の開催が決まった時点ですぐに開催日時を連絡してもらうようにお願いしたりしました。 このように、代替案を聴覚障害学生と一緒に検討し、聴覚障害学生がどう行動するとよいか、こちら側から提案をしていくことで聴覚障害学生の主体性を育てていくことにつながると考えています。我々は、代替案を提案できるように常に情報収集を行ったり、発想力の豊かさが求められるといえますね。 支援ポイント15 妥当な支援の共同探索 まとめ  大学の事情等を丁寧に説明する。  代替案をいくつか提案し、ともに解決方法を探索する。  代替案を提案できるよう、情報収集等に努める。  聴覚障害学生からの意思表明に対し、きちんとリアクションを示す。 3-3 授業の専門性に応じた支援方法の模索 当初の情報保障に対する抵抗感を和らげて、受け身での情報保障から主体性をともなった情報保障へと転換を遂げた先には、さらなるステップとして「情報保障の質」の追求が待っています。 ここで紹介する「3-3-1 授業形態や専門性に応じた支援の共同模索(支援ポイント16)」と「3-3-2 ゼミ等での発言・発表方法の模索(支援ポイント17)」の事例には上級生や大学院生が多く登場します。いずれも数年にわたる意思表明支援によってかきたてられた、聴覚障害学生のより深く授業に参加したいという意欲と、支援担当教職員の専門性が呼応した事例となっています。 3-3-1 授業形態や専門性に応じた支援の共同模索(支援ポイント16) 授業形態や専門性に応じた支援の共同模索とは・・・ 授業の進め方や専門性に応じてどのように情報保障をつけていくか相談し、より高質な合理的配慮の提供につなげること。 学年が上がるにつれて、授業の形態は多様化します。ゼミや実験をはじめ、実習や屋外学習、ときには海外でのフィールドワークなども含まれることでしょう。インタビューからは、多くの支援担当教職員が日常的な情報保障支援を進める傍らで、こうした変則的な場面での情報保障にも機敏に対応していることがわかりました。 ~インタビューより①~ 大学院になってから、多分本人の意識も変わったのだと思いますが、やっぱり研究者としての日本語をちゃんと得たいと。(中略)<忠実に日本語が表現された文字情報を見せたところ>文字が忠実に出れば、どれくらい自分が情報を得られるかという点に多分何かしらの感銘があって、それで<こういった>文字通訳のほうがいいというように、だんだん変わってきました。 ①では、支援担当教職員が大学院生の「もっと掘り下げて学びたい」というニーズを汲み取って、その深みに対応できると思われる新しい情報保障手段を提案しています。また、語学の授業では、情報保障を通して学ぶ方法だけでなく、語学担当の教員と相談して個別クラスを作る、他大学のアメリカ手話の講義を単位として認めるなど通常の情報保障の枠を超えた柔軟な対応をしている大学もいくつかあり、支援ノウハウの蓄積がなされていることもわかっています。 同様に、以下のような例もみられました。 ~インタビューより②~ 音声認識は基本的に大学院生以上の学生にだけ薦めるという考え方を持っています。ノートテイクと音声認識の違いは、ノートテイクであれば支援者の技術が問題になりますが、音声認識は発話者や利用者の技術の問題になるというところです。音声認識は、聴覚障害学生が自分から使い方を相手に説明する必要もありますし、つながらないなどのトラブルが起きたときにどうやってお互い助け合うか、考える必要があります。そのあたりが、簡単に情報保障技術を依頼して済むものではなくて、<聴覚障害学生が>情報保障の場をコーディネートできるレベルに成長していないと難しいです。 情報保障の種類によっては、聴覚障害学生の「情報保障に対する実践的見識」が育っていることが授業の専門性に対応するために不可欠な要素となっています。また、授業形態や専門性に応じた変則的な情報保障への対応は、それまで数年間をかけて築いてきた聴覚障害学生と支援担当教職員との信頼関係の上に成り立つことがわかります。意思表明を繰り返して「受け身での情報保障利用」から「主体的な情報保障活用」へとレベルアップした先に、授業の内容や進め方、専門性に応じた情報保障のアレンジがあり、聴覚障害学生自身がどのような環境に対しても適応していけるような一歩を後押ししています。 授業の進め方や内容が少しでも変わると情報保障の方法も変わってくるのですね? そうですね、特に語学などは工夫のしどころですね。情報保障そのものにこだわらずに、担当部署に個別指導をかけあうのも一方法ですし、二人いる情報保障者のうちの一人をパソコンノートテイク、一人を手書きノートテイクにして対応したり、他大学の手話クラスを利用したりすることもあります。 支援ポイント16 授業形態や専門性に応じた支援の共同模索 まとめ  従来の方法にこだわらずに、複数の情報保障手段の組み合わせや新しい方法を導入して柔軟に対応する。  支援担当教職員側にも聴覚障害学生側にもさまざまな情報保障に関する知識と経験が求められる。 3-3-2 ゼミ等での発言・発表方法の模索(支援ポイント17) ゼミ等での発言・発表方法の模索とは・・・ 聴覚障害学生がゼミ等で発表・発言する際のタイミングのつかみ方や情報保障の方法について相談に乗り、現状におけるベストな方法をともに模索すること。 これまでは、どちらかといえば「どのように先生の話を聞くか」「どうすればより深く先生の話が理解できる情報保障になるか」という、情報を受け取る行為、すなわち「情報の受信」に焦点を当てた支援を中心に話を進めてきました。しかし、一定の段階を過ぎると聴覚障害学生が授業の中でどのように自分の話を周りに伝えていくか、どうすればより深く自分の話を理解してもらえるようになるかといった、「情報の発信」に焦点を当てた情報保障の取り組みに移行していく必要があります。 ~インタビューより①~ <その聴覚障害学生は>ほとんど声を出さないので、発表のときには全部読み取り<通訳をつけます>。 そのときに、自分の話した意図が何か伝わっていないのかなという相談もあって、「では伝わらない理由は何だろうね」と話しました。単純に手話通訳者の技術の問題もありますし、でも技術の問題は急に上がらないから、代わりに自分がどういうコミットメントをすると自分の言いたいことが伝わるようになるのかなみたいに、持っていくこともあります。 ~インタビューより②~ 何というか、聞こえる人の話の流れとかタイミングというものがありますよね。ちょうど話の切れ目を見計らって声を掛けるとか、そういうことができないようなのです。やはり、どうしても遠慮してしまうのです。ですので、通訳のほうも、話の切れ目のときに「今いいよ」というような、アイコンタクトでの合図を出して、それでうまくいくということもあったようです。ただ、実際には難しいですね。 ①、②を見てみると、ただ情報保障をつけただけで、自動的に聴覚障害学生が授業に参加できるようになるわけではないということがわかります。従前、情報保障を受けたことのない聴覚障害学生にとっては、今自分が発言してもいいのかを瞬時に判断し、適切なタイミングを見計らって発言するという行為自体もかなり難しいものですし、より効果的に発言するといった目標は一朝一夕には解決しえない新たな課題となって学生にのしかかってきます。 インタビューでは、授業内での「発言」だけでなく「発表」に関しても同様に、どのような情報保障手段や組み合わせであれば確実に自分が言わんとする内容を伝えられるのか、聴覚障害学生とともに模索する事例がいくつかみられました。 ~インタビューより③~ 手話を使わず声のみで話す学生で、(中略)ゼミ内の質疑応答では、指導教員やゼミ生にお願いして、パソコンのチャット形式を採用したケースと、自分が発表する際は読み原稿を画面読み上げソフトで読みあげてもらい、質疑応答はパソコンノートテイクを利用するケースがありました。 ここでも、支援担当教職員は聴覚障害学生の希望する方法に沿って情報保障者を配置し、聴覚障害学生自身が納得のいく発表ができるような工夫を試みています。 ~インタビューより④~ <その聴覚障害学生は>自分の言いたいことをどれだけきちんとニュアンスも含めて伝えてくれるのかというところにすごくこだわっていて、だから、通訳者も本当に、この人とこの人とこの人がいいという指名もあります。(中略)最終的には自分で声で発表するということに落ち着いたのだとは思います。 ~インタビューより⑤~ 手話通訳を利用する論文発表会もあります。発表会に向けて聴覚障害学生を呼び出し、どう読み取って欲しいか、どのように手話を表現してもらいたいか、<数タイプの通訳パターンを見せて>(中略)手話通訳のニーズを掘り起こすこともしています。(中略)<読み取り通訳は>コース内で使われる専門用語があるので、それは日本語にそのまま表現してほしい、意訳はやめて欲しいとか、文末や助詞に指文字をつけて表現するのでそのまま読み取って欲しい、とか<といった希望が出されます>。 さらに④、⑤を見ると、単に授業時間に合わせて情報保障を配置するだけではなく、どのような情報保障者に依頼するか、情報保障者に対して具体的に何を依頼するかというところまで突き詰め、情報保障の質を追求しようとしていることがわかります。つまり、聴覚障害学生が発言や発表をこなすためには、意思表明に基づいて(「3-1-1 話し合いの積み重ねに基づく合意の形成と支援(支援ポイント12)」)、大学側が提供できる支援方法と理想的な支援手段とのすり合わせ(「3-2-2 妥当な支援の共同探索(支援ポイント15)」)を行い、さらにより質の高い情報保障になるよう改善を重ねていくという、一連の作業がついて回ることになります。 なおインタビューの中では、「本当は次回の発表担当は聴覚障害学生の番にあたるけれど、面倒だからパスさせよう」「とりあえず聴覚障害学生が発表してくれたから、発音が聞き取れなくて何を話したかはわからなかったけれどもこれで良しとしよう」といった類の対応は聞かれませんでした。これはやはり聴覚障害学生の発言の機会を重要ととらえ、保障しようと努めている支援担当教職員の姿勢の表れだと思います。 このように、「情報の発信」には「情報の受信」以上に、「情報保障の質」や一連の作業に耐えうるだけの「情報保障の実践的見識」が求められるため、支援担当教職員も発言・発表にまつわる精神的な負担感を支援担当教職員も共有していこうとしている様子がうかがえます。 聴覚障害学生が授業内での発言や発表をこなすということは、単に情報保障がついていればできることではないのですね? 自分が発言・発表しやすい方法と、先生や周りの仲間に伝わりやすい方法が必ずしも一致しないところに難しさがあると思います。自分も伝えたいことが伝えられて、周りにも言わんとする内容が伝わって、なおかつ大学が提供できる支援方法である、という三つの要素がかみ合うような着地点を、聴覚障害学生と一緒に探していく必要がありますね。 支援ポイント17 ゼミ等での発言・発表方法の模索 まとめ  発表・発言のしにくさがどこにあるかを丁寧に探り、周りの状況に合わせた情報保障方法を相談していく。  聴覚障害学生が発言・発表しやすい情報保障方法へと工夫していくことで、発言・発表にともなう精神的な負担感を共有していく。 コラム 議論における発言の保障とジレンマ 白澤麻弓 (筑波技術大学) 本項の中に「3-3-2 ゼミ等での発言・発表方法の模索(支援ポイント17)」という項目がありました。聴覚障害学生にとって、ゼミなどの集団討議場面で話される情報を受け取り、頭の中で咀嚼して、自分の意見を構築し、周りの学生に伝わるよう発言していくという行為は、想像以上に大変なことです。それは単に情報保障のみならず、教育的な問題も背景に潜んでいるからです。 聴覚障害学生の多くは、幼少期から「話し合いのプロセス」に参加できず、「結果」だけを知らされる場面に何度も遭遇してきています。それは、集団での会話が聴覚障害学生にとって、非常に情報取得が困難でかつ支援も難しい場面だからです。「会話が飛び交い、誰が話をしているのがわからない。話し手を特定したときには、既に話が進んでいて、何の話だったのかが見えない。仕方がなく、周りの空気に合わせてうなずいたり、黙ってこの場をやり過ごすしか術がない。」そんなつらさをかみしめてきた学生はたくさんいることでしょう。そしてその結果、聞こえる学生たちが自然に学ぶような、集団会話のスキルを習得する機会を得られないまま大学に入学してきている学生も多いのです。そんな学生がゼミなどの議論で突然意見を求められるわけですから、そこには大きなハンディキャップがあることがわかります。と同時に、社会に出る最後の砦としての大学教育の場で、聴覚障害学生がきちんと議論に参加する体験を重ねることが、彼らにとっていかに重要かが理解できることでしょう。 とはいえ、時間も限られた議論の中でこれを実現することは大変な困難をともなうことがあります。例えば、グループに配布された図表データを見ながら、メンバー間の議論で仮説を立てる場面を想像してみましょう。与えられた時間は残り少なく、聴覚障害学生には、議論の内容を報告する役割が課されているとします。学生達は、配布された図を指さしながら「ここで数値が下がっているからA が問題なのでは?」「でも、こちらの表では変化がないからおかしいのでは?」等と話をしています。はじめのうちは、皆、聴覚障害学生の存在を意識しながら話をしていましたが、残り時間が短くなってきて自分たちのグループだけ話がまとまっていないことに焦りの色が見えます。グループには手話通訳者が配置されていますが、発言のペースが速くなってきて内容も高度化し、ついていくだけで必死な様子です。聴覚障害学生も情報を目で追っていますが、手話を見ながら図表の該当箇所を確認し、数値を読み取るという作業は非常に大変です。聞こえる学生であれば、意見を聞きながら資料を見て自分の考えを構築することができますが、情報取得に視覚を利用する聴覚障害学生の場合、話についていくことだけで精一杯で、発言者の意図を理解したり、自分の考えを整理してまとめる余裕はない場合がほとんどでしょう。そんな中、発言を求められたり、まとめの報告をしなければいけないとしたら、聴覚障害学生にかかる負担の大きさは計り知れません。 このため、聴覚障害学生が議論のプロセスに参加するためには、単に情報保障者を配置する以上の配慮が求められます。例えば、議論を始める前に発言のルールを決定し、手をあげて発言をすることや、一人ずつ順番に発言をしていくことなどがこれにあたります。また、できれば時間的に余裕をもって議論ができるよう調整することも必要でしょう。 ただ、現実的にはさまざまな制約によって、それができないことがあるのが悩ましいところです。また、ルールを決めていても、話をしていくうちにうまく守れないような状況が発生することもあるでしょう。こんな時、情報が得られない聴覚障害学生だけでなく、その状況を作り出してしまっている学生達も、また、きっと苦しい思いを抱えていることと思います。この話し合いの状態では聴覚障害学生には負担が大きい、そうわかっていながら議論を進めざるを得ない苦しさは、聴覚障害学生と近い存在であればあるほど大きくのしかかってくるものです。そして、時にはそんな苦しさが聴覚障害学生と一緒にいること自体への苦しさに発展する場合もあるので、授業を担当する教員としても何とかこうした場面は回避したいものです。同時に、授業を担当している教員もまた、そんなつらさ・苦しさを共有しているひとりかもしれません。聴覚障害学生の状況をよく理解している先生であればあるほど、学生がついてこられていない状況は見ていて痛いほどわかるものです。けれども既に設定した授業課題があって、何とかしたいと思いつつ、どうしたらよいかわからない苦しさ。これもまた無視できないものでしょう。では、そんな思いを抱えなくても良い状況を作るためには、どうすればいいのか?聴覚障害学生自身が本当に参加できる議論を増やしていくためにも、悩み続けていきたい課題の一つです。 4.関係性の構築と促進 聴覚障害学生の中には、周囲の人とのコミュニケーションの困難から、自己理解や他者理解の難しさを抱えていたり、他者との関係の取り方が分からないといった悩みを抱えている例が多くあります。また、聞こえる人との違いに気づきにくいために、自分の「聞こえない、聞こえにくい」ことを自覚しにくい場合もあります。例えば、音声情報に溢れる毎日の中で、周りの人々の行動や表情を窺いながら自分の動き方を考えなければならなかったり、情報が入らない状況でも自分一人で判断して行動に移さざるを得なかったり、という場面があります。周りがどっと笑ったり議論が盛り上がったりしている場面では、その事態がつかめずに作り笑いをしたり、集団会話の輪に入れず、曖昧なうなずきでその場を取り繕ったりすることがありますし、やむなくその場から離れたり、できるだけ自分一人でいられる方法を探す場合もあるでしょう。こうした場面の中で聴覚障害学生にとって非常にやりきれないのは、聞こえないと何もできないと周りから見なされ、「面倒だ、役に立たない人だ」とみなされることです。このような状況が日常的に続くと、聴覚障害学生は、自らコミュニケーションに参加することを諦め、困りごとがあってもなかったことにして、ただ、毎日授業などが終わるのを待つだけのお客様としてふるまうようになります。 そして、そのような中を過ごしてきた聴覚障害学生は、自ら行動を取ることがないまま、人との関係 性の作り方がつかめないまま、大学に進学する場合があります。 これまで、「1.初回面談での対応」から「2.情報保障の基盤形成」、そして「3.情報保障の実践的見識の形成」まで、聴覚障害学生の意思表明を引き出し、具体的な情報保障の提供という形でこれを実現するまでの、支援担当教職員の働きかけについて紹介してきました。この一連の変化をスムーズにうながすためには、支援担当教職員自身が先ほど述べたような聴覚障害学生の行動の意味を理解し、聴覚障害学生との間で十分な関係性を紡いでいかなければいけません。本項では、こうした支援担当教職員の関わりを「4-1 心理状態の受けとめ」と「4-2 コミュニケーション方法の選択と活用」という二つに分けて、四つの支援ポイントとともに紹介します。なお以下で紹介した例の中には、自身が聴覚障害当事者である支援担当教職員による実践例も多くみられました。聴覚障害のある支援担当教職員の役割については「5-1-2 聴覚障害教職員の当事者性の活用(支援ポイント23)」で掘り下げましたので、合わせてご参照ください。 本 項 の 流 れ 4-1 心理状態の受けとめ 4-1-1 困りごとへの気づきおよび打ち明けの促進(支援ポイント18) 4-1-2 障害に対する捉え方に応じた心理的距離の調整(支援ポイント19) 4-1-3 ラポール形成を意識した話し方・接し方(支援ポイント20) 4-2 コミュニケーション方法の選択と活用(支援ポイント21) 4-1 心理状態の受けとめ 「心理状態の受けとめ」について、支援担当教職員が実施していた支援ポイントが3点見出されました。 それぞれの内容について述べていきます。 4-1-1 困りごとへの気づきおよび打ち明けの促進(支援ポイント18) 困りごとへの気づきおよび打ち明けの促進とは・・・ 聴覚障害学生が自分自身の困りごとと向き合い、それを他者に打ち明けられるように働きかけること。冒頭でも述べましたが、聴覚障害学生の多くはコミュニケーションの困難性によって、「心が通じ合えた」、「内面の深い部分まで話し合うことができた」と感じるコミュニケーション体験の蓄積が少なくなりがちです。対人関係はコミュニケーションの累積であるため、コミュニケーションを重ねることで他者との関係が確立されていきます。そういった経験が薄いと、他者との関係がなかなか作りにくい面があり、他者の目を通した自己を自覚しにくく、客観的に物事を捉える経験が浅くなりがちです。また、自分自身の「困りごと」に気づいたり向き合ったりすることはなかなか容易ではありません。しかし学生自身が困りごとに気づかないと、より良い支援が提供できないことも事実です。このような問題に対して、インタビューでは①のように聴覚障害学生自身に困りごとを語らせるための働きかけの一例がみられました。 〜インタビューより①〜 <聴覚障害学生は>本当の問題についてはまったく言葉にした経験がないので、答えられなくなる。そここそが大事な部分で、具体的な内容やエピソードを引き出していって、言葉に代えさせます。 単に「困っていることはありませんか?」と尋ねても、聴覚障害学生から「困っていることはない」という返答があることが少なくありません。だからと言って、聴覚障害学生は困っていないんだと文字通りに受けとめてもいいかどうかという疑問点が浮かび上がります。 〜インタビューより②〜 聴覚障害学生に「困っていることの具体的な例」を挙げてみると、「それならある」と<聴覚障害学生は>言ってきます。 聴覚障害学生はこれまでの他者との関係性の中で、「困ったことがあっても言えない」「困ったことがあってもうまく言えないため困っていないフリをしてきた」ということがあります。②では、支援担当教職員がそういった背景を汲み取って、具体例を掲げながら反応を引き出していました。 こうして見てくると、聴覚障害学生は困ったときにどうやって相談すればいいかどうか実はわかっていないのかもしれません。家族や周りの人たちが必要以上に先回りして助けてくれていた可能性もあります。下記の③からは、そのような聴覚障害学生の様子がみてとれます。 〜インタビューより③〜 ある聴覚障害学生は「 <大学に入学するまで周りが先回りして助けてくれていて>自分は成長できなかったのかもしれない」と言っていました。 ここから、聴覚障害学生の修学環境、年齢などに応じて、周りが積極的に支援を提供することも重要であると考えられます。しかし、高等教育場面においては、やはり聴覚障害学生が自ら支援の必要性を説明することが求められます。こうした力を引き出すために、支援担当教職員はどのような働きかけをしているのでしょうか。インタビューの中でみられた例を紹介します。 〜インタビューより④〜 「困っていることはないか」とたずねても「困っていることはない」という回答が増えてきました。だから逆に、「本当は困っているんじゃない?」と引き出していきます。(中略)困ったときにどうやって相談すればいいかも実はわかっていないのかもしれません。(中略)方法もわからず、何か困っていることはないかたずねても特にないと答えてしまう。(中略)なので、その概念を壊しながら、やり方を一緒に考えていく必要があると思います。 〜インタビューより⑤〜 とりあえず一つ一つ授業の状況を聞きます。<授業担当の>先生によっては、「A 先生の話し方が聞きづらい」「B 先生の声の高さが聞きづらい」「ディスカッションがあってここの場面では困る」など、いくつか本人の困りポイントがあるので、そこをどうしたらいいだろうかというところを考えます。④、⑤では、支援担当教職員が具体的な例や状況を聞くことによって、一緒に困りごとの内容を考えていくといった働きかけをしていることがわかりました。 ここでも「1.初回面談での対応」と同様に、具体的な聞き方をすることが重要になります。具体的な聞き方をすることによって、困っているという「感情」に焦点を当てるのではなく、具体的な困りごとの「内容」に焦点が当たるようになり、自分の置かれている状況をより客観視しやすくなると考えられます。また、この支援ポイントが「2.情報保障の基盤形成」で述べた「2-1-2 ニーズの言語化のうながし(支援ポイント6)」につながっていくといえるでしょう。 この際、支援担当教職員は、周りの事態がつかめずに作り笑いをしたり、集団会話の輪に入れず曖昧なうなずきでその場を取り繕ったりなどしてきた聴覚障害学生の特徴を理解し、その心理を汲み取るとともに、改善に向けた働きかけが求められます。インタビューの中でみられた、支援担当教職員が把握している聴覚障害学生の特性を以下に挙げてみます。 〜インタビューより⑥〜 誤魔化しながら生活する、というのは<聴覚障害学生が>それまでで身につけてきた技なので、できるなら変えないでそのまま生きていきたいと思う学生が多いと思います。でも実は変えたいという気持ちもあるが、変えるときはどうしたらいいのかを誰も教えてくれなかった。それで、意気消沈してしまうのかもしれません。「こうするべきだ」と強く答えを押し付けるよりも、答えは言わずに「このままでいいのかな」と問いかけたほうが、自分の中で何かがずっと詰まっているような感じになるのでいいのではと思います。 ⑥に限らず、「誤魔化して生きていく」というのは聴覚障害学生のこれまでのやり方であり、自分を守るための手立てだったことが考えられます。上記の例では、支援担当教職員が聴覚障害学生の特性を考慮し、それまでのやり方を否定することのないような問いかけをしているのがわかります。つまり、先回りして直接答えを出すのではなく、変えたいという気持ちを引き出し、自分で答えを見つけて言語化できるように支援しているわけです。 〜インタビューより⑦〜 <支援担当教職員からの>質問に<聴覚障害学生が>答えられず無言になったり目が泳いだり目が大きく開いたり不自然な表情・仕草で回答していたり、実際の場面で不自然な行動や態度を示していたりなどの時、「あ、ごまかしているな」と感じます。このように無言になったり目が泳いだり、目が大きく開いたりといった不自然な表情や仕草、態度など聴覚障害学生の「非言語的」反応を素早くキャッチし、この意味を考える洞察力を持つことも支援担当教職員にとっては重要であるといえるでしょう。聴覚障害学生に「困っていることはありますか?」と聞いても返答がないんです…。 聴覚障害学生も困っている内容は何なのか分かっていないかもしれませんね。 そういった時は具体的に聞いてみるといいかもしれません。 例えば、「A 先生の話し方は聞きづらいですか?」「B 先生の声の高さは聞きづらいですか?」など聞いてみたらいいと思います。 このように具体的な例を挙げながら尋ねるという方法が「困りごとへの気づきおよび打ち明けの促進」という支援のポイントになると推察されます。 支援ポイント18 困りごとへの気づきおよび打ち明けの促進 まとめ  具体的な例を挙げながら尋ねて、聴覚障害学生自身が自分の「困りごと」に気づける、その「困りごと」を打ち明けられるようにサポートする。  不自然な表情、仕草、態度などの聴覚障害学生の「非言語的」反応を素早くキャッチし、「非言語的」反応の意味を考えていく。 4-1-2 障害に対する捉え方に応じた心理的距離の調整(支援ポイント19) 障害に対する捉え方に応じた心理的距離の調整とは・・・ 聴覚障害学生の自分の障害に対する捉え方を受けとめ、これに応じて心理的距離を調整しつつ、継続的な関わりを持つこと。 ここでは、支援担当教職員が実施している「障害に対する捉え方に応じた心理的距離の調整」について述べます。ここでいう「心理的距離」というのは、障害と自分との間にある親密度、親和性、親近感の度合いや程度を表す概念という意味です。 聴覚障害学生は、聴力などの障害の程度や大学入学までの修学環境、生活環境、家庭環境などによって、対人関係やコミュニケーションの様相、そして「聞こえない、聞こえにくい」ことへの捉え方も大きく異なります。 とはいえ、聴覚障害学生が心理的に成長していくためには、「聞こえない、聞こえにくい」こととどう向き合うかも重要な鍵になります。また同時に、この対峙には大きな勇気が必要でしょう。その勇気を得るために、同じ聴覚障害学生との交流を進めたりすることもありますが、聞こえない、聞こえにくい仲間との関係づくりについても、それぞれ聴覚障害学生によって考えが異なるので留意が必要です。 同じ聴覚障害学生との交流については、「5-1-1 ソーシャルサポート資源としての当事者学生の活用(支援ポイント22)」をご参照ください。 まず、聴覚障害学生との交流に積極的でない聴覚障害学生に対する、支援担当教職員としての対応例を以下に2つ紹介します。 〜インタビューより①〜 嫌がっている場合は無理をさせないようにしています。 〜インタビューより②〜 <聴覚障害学生のグループになかなか入れない学生への働きかけでは>聴覚障害学生本人が交流に来たい時には「おいで」と誘ったりしています。 ①や②でみられる支援行動から、支援担当教職員は、まず聴覚障害学生の考えや気持ち、判断を肯定していることがみてとれます。 また、軽度の難聴や、途中で聞こえにくくなった学生などのケースでは、支援についての話し合いを始めるまでに時間がかかることがあります。そのような場合の対応として、下記③、④、⑤にみられるような支援が行われていました。 〜インタビューより③〜 まずは関係をつくるということから始めています。雑談でもいいのでとにかく話すということが大事です。 〜インタビューより④〜 少し状況が整理できるようになって、非常に現実的な検討ができるようになってから情報保障についての話し合いに入るという対応をしています。 〜インタビューより⑤〜 「ちょっと聞きづらいことはありますが、特に今困ってることはないので、講義の内容もほぼわかっています」と言ってくる学生もいて、その場合は、当面の間は支援をつけずにいて、「もしかすると学年が上がっていった時に大変になってくることもあるだろうから、その時はまた相談に来てください」と言います。 聴覚障害学生の障害の捉え方の状況によって、支援担当教職員が心理的距離を調整していることが推察される例もありました。 〜インタビューより⑥〜 <聴覚障害学生は>聴覚障害に対しての考え方とか、何か抵抗があって聞こえないけれど何か聞こえる人みたいに思っているのか、いやいや聞こえないからサポートが必要でしょうと思っているのか、そのあたりを考えながら、なるべく聴覚障害学生に近づきつつ、むしろ意識的に聴覚障害学生から離れてみるということもやっているつもりではいます。 以上のインタビュー内容から、時間をどれくらいかけるかも大事な要素であることが考えられます。 時間という要素をうまく使って、聴覚障害学生との心理的距離を調整しながら、聴覚障害学生との継続的な関わりを意識していることが推察される例といえるでしょう。 聴覚障害学生との交流に参加しない聴覚障害学生がいるのですがどうしたらいいでしょうか? そうですね。大学生はいろいろと悩みやすい時期ですよね。こちらが「交流が大事」と同障学生との付き合いを勧めても、本人は嫌がることもあるので、そういう時は時間をおいて、様子を見ることも大事かもしれません。うるさく言うなど接近し過ぎずに、離れ過ぎずに、継続した関わりをもち、本人の主体性を尊重していけたらいいですね。 支援ポイント19 障害に対する捉え方に応じた心理的距離の調整 まとめ  様子を見ながら、時間を置きつつ、聴覚障害学生が自分の障害に対する捉え方を尊重しながら継続的な関わりを作っていく。  聴覚障害学生のグループに入ることに対して抵抗感がある学生には無理やり勧めないようにする。  聴覚障害学生が自分の障害について状況が掴めるようになってから、情報保障などの支援についての話し合いをする。 4-1-3 ラポール形成を意識した話し方・接し方(支援ポイント20) ラポール形成を意識した話し方・接し方とは・・・ 聴覚障害学生が支援に対する要望も含めあらゆることを話せるよう、聴覚障害学生との信頼関係を構築することを意識した話し方や接し方をすること。 「ラポール」とは聴覚障害学生と支援担当教職員との間に、互いに信頼し合い、安心して交流を行うことができる関係ができている状態のことです。ラポールが築けていなければ、支援は機能しにくくなるのではないかと考えられます。「4-1-1 困りごとの気づきおよび打ち明けの促進(支援ポイント18)」では、支援担当教職員と聴覚障害学生との間にある程度ラポールが形成された状態で、支援担当教職員が聴覚障害学生の不自然な表情、態度などに気づいて指摘することで、聴覚障害学生が本音を打ち明けてくる場合もあると述べました。ここにはラポール形成が大きく関わってくるといえるでしょう。 では、これまでの修学環境、生活環境、家庭環境などによってコミュニケーションの取り方が大きく異なる聴覚障害学生に対して、どのようにしてラポールを形成しているのでしょうか。 〜インタビューより①〜 基本的に、イエス・ノークエスチョンはしないように気をつけています。(中略)聴覚障害学生は周りの状況が分からないために、変なことを言ってしまわないか気にしてしまい、きちんとした反応を出さずに「はい」「うーん」「いいえ」など首を縦に振ったり横に振ったりするといった行動を繰り返してしまいがちで、「早く会話が終わって欲しい」「会話をしたくない」ということが多いと感じていると<思われます>。そういった聴覚障害学生たちとラポール形成を取るために、「はい」「いいえ」で終わらない、会話が楽しいという体験ができるよう意識しています。 上記の例では、「はい」「いいえ」で終わらない話し方を意識し、聴覚障害学生に「話していて楽しい」といった体験をさせ、また今度何か話してみようと思うきっかけ作りにつなげている様子がうかがえます。聴覚障害学生は周りの様子が自然に耳に入ってこないために、場にそぐわない発言をしてしまわないか気にしがちです。それゆえ、きちんとした反応を出せずに「うーん」と曖昧な反応を出したり、「早く会話が終わってほしい」と内心思っていたりする場合もあります。 このように、会話に苦手意識を持つ聴覚障害学生とラポール形成を図るためには、支援担当教職員と聴覚障害学生との間に「はい」「いいえ」で終わらずに「会話が楽しい」と感じる体験ができると、聴覚障害学生の意思表明につながるでしょう。 〜インタビューより②〜 聴覚障害学生にちょくちょくメールをして、近況をうかがうなどし、「あなたのことも気にかけていますよ」というような気持ちを伝えられるように心がけています。 ②からは、対面でのやりとりのみならず、メールでのやりとりも通して、ラポール形成を意識した接し方、話し方の工夫をしていることが推察されます。あわせてラポール形成においては、テクニックのみならず、支援担当教職員自身の自己開示などの態度も関わっていることが示唆される例もありました。 〜インタビューより③〜 支援担当教職員自身が自己開示するなど、オープンになるようにしています。そうすると<聴覚障害>学生側も開示しやすくなります。聴覚障害学生が話している際には、うなずくなど、同調する姿勢が伝わるようにしたり、学生の見えない部分の自助努力や困難に気づき、フォローを入れられるようしたりと気をつけています。 支援担当教職員自身も自己開示する、うなずき、同調する姿勢を出すなどの態度を示すことで、聴覚障害学生からの自己開示を引き出していることが考えられます。 なかなか聴覚障害学生が心を開いてくれません…。 心を開いてもらうには、まずは自分がオープンになることも大事かと思います。 例えば雑談をして、会話って楽しいんだな、という体験を提供することによって、聴覚障害学生も少しずつ心を開いてくれるかもしれません。ラポール形成を意識した話し方や接し方は大事ですね。 支援ポイント20 ラポール形成を意識した話し方・接し方 まとめ  ラポール形成を意識した対面のやりとりやメールなどのやりとりを行う。  「はい」「いいえ」といった反応を出さないような尋ね方をすることによって、「はい」「いいえ」で終わらないような会話が楽しいという体験ができるようにする。  「話していて楽しい」と思えるような接し方をする。 4-2 コミュニケーション方法の選択と活用(支援ポイント21) コミュニケーション方法の選択と活用とは・・・ 聴覚障害学生と周りのコミュニケーション状況を把握し、聴覚障害学生に合わせたコミュニケーション方法を活用すること。 聴覚障害学生はそれぞれの場面、それぞれの相手、周りの状況に応じてコミュニケーション方法を使い分けています。自分の気持ちを伝えやすいコミュニケーション方法は、聴覚障害学生によって一人ひとり異なるでしょう。支援担当教職員もそのことを念頭に置いて、聴覚障害学生に応じたコミュニケーション方法を選択していくことが求められます。このことに関して、インタビューでみられた具体的な方法を紹介します。 〜インタビューより①〜 <聴覚障害学生>それぞれによって<コミュニケーション方法は>全然違うが、筆談でのおしゃべりをしたり、あるいは声で話す学生には私(支援担当教職員)も声で話すようにしたりします。 〜インタビューより②〜 「手話が得意な聴覚障害学生もいれば、(中略)コミュニケーションが苦手な聴覚障害学生がいる」ということを把握した上で、コミュニケーション方法を選択するだけでなく、お互いがきちんと伝わるための働きかけをしています。 〜インタビューより③〜 集団の中で聴覚障害学生がコミュニケーションがとれていない時、「もしかして今わからないでしょ?」と確認し、「どうする?わからないままにする?」と尋ねます。そして「すみません、もう一度お願いします」と聴覚障害学生が自発的に行動を起こせるように働きかけています。 上記の例から、聴覚障害学生とのコミュニケーションは個別のみならず、集団でのコミュニケーションについても留意していく必要があることが考えられます。周りとコミュニケーションがとれることで、周りとの関係が築ける、周りとの関係性が促進されるという考えをもって働きかけることは「7-1-1周囲の人々との関係性の把握(支援ポイント27)」にも通じます。このようにコミュニケーション方法の選択のみならず、周りとコミュニケーションが取れるよう、コミュニケーションの活用方法についても支援をしています。これも支援担当教職員の役割といえるでしょう。 コミュニケーションではどのようなところに気をつけたらいいでしょうか? 聴覚障害学生がこちらに合わせてコミュニケーションをするのではなく、こちらが聴覚障害学生のコミュニケーション手段に合わせるようにします。また、1対1のコミュニケーションだけでなく、集団の中でのコミュニケーション状況も把握する必要があります。集団の中で聴覚障害学生がどのように周りと関係が築けるかどうかも考える必要がありますね。 支援ポイント21 コミュニケーション方法の選択と活用 まとめ  1対1でのコミュニケーションだけでなく、集団の中でのコミュニケーション状況も注視しながら、聴覚障害学生が周りと関係を築けるよう働きかける。  聴覚障害学生のコミュニケーション状況に応じて、支援担当教職員もコミュニケーション方法を選択し、活用していく。 5.聴覚障害学生の当事者性の涵養 本項では、聴覚障害学生の当事者性に焦点を置いた具体的な支援方法について述べていきます。 当事者性とは、自分がある問題の当事者であるという意識のことで、自分が置かれた状況を知覚・認識し、当事者性を持つことで、当事者自身がこの問題について語る力を得られると捉えられています。聴覚障害学生は、これまでの修学環境や家庭環境などによって情報獲得に困難を抱えがちです。また、情報獲得に問題が生じる原因などを把握して、他者と共同して問題解決を図る経験を積み重ねることが困難な状況にあります。そして、自分自身の問題を自分で解決することができず、支援に対しても受け身になりがちです。 例えば、実際の授業場面で、教員から十分な配慮が得られない状況に直面した場合、支援担当教職員からの働きかけだけでなく、聴覚障害学生自身からも必要な配慮について直接伝えてほしいと思う場面が出てくることでしょう。 また、聴覚障害学生のキャリア形成や卒業後の社会参加を考えても、聴覚障害学生が自ら道を切り開き、能力を発揮できるようになることが望ましいといえます。しかし、聴覚障害学生にとっては、自身が置かれている状況を客観視し、自覚して主体的に動いていくことは容易いことではありません。これまでにも述べてきた通り、聴覚障害学生の多くは自分の直面している問題を自身の口で語る自己語り(「1-3 自己語りの引き出し(支援ポイント3)」を参照)の機会すら持てていません。そのために、聴覚障害学生自身も自分が「他者の回復に貢献したり社会を変革する力を持っている」ことを見いだせないことが少なくありません。したがって、聴覚障害学生の意思表明を引き出すプロセスの中では、情報保障などによる支援の提供だけでなく、聴覚障害学生自身が主体的に環境に働きかけていく機会を重ねることで、彼らの当事者性を生み育てていく支援も重要となります。この際、教職員を含めた支援者側からの働きかけのみでは、聴覚障害学生がかえって受動的になってしまったり、支援を押し付けられたと勘違いしてしまったりする場面もあります。 そこで本項では、このような聴覚障害学生の当事者性を育てていくために、支援担当教職員が実施している取り組みを紹介します。 本 項 の 流 れ 5-1 当事者との接点形成 5-1-1 ソーシャルサポート資源としての当事者学生の活用(支援ポイント22) 5-1-2 聴覚障害教職員の当事者性の活用(支援ポイント23) 5-2 自己表出機会の増大 5-2-1 自分について説明する機会の提供(支援ポイント24) 5-2-2 手話によるコミュニケーションの活用や手話環境の醸成(支援ポイント25) 本項は「1.初回面談での対応」「2.情報保障の基盤形成」との相互関係を持ち、かつそれらを支えているともいえる部分です。「1.初回面談での対応」「2.情報保障の基盤形成」が持っている役割や働きや機能をうまく動かせるための要素がこの「5.聴覚障害学生の当事者性の涵養」であると考えられます。 5-1 当事者との接点形成 前項「4.関係性の構築と促進」の「4-1-2 障害に対する捉え方に応じた心理的距離の調整(支援ポイント19)」を踏まえた上で、ここでは聴覚障害学生の当事者性を育てるために具体的にどのようなことをしているのか、支援担当教職員の動きをみていきましょう。 5-1-1 ソーシャルサポート資源としての当事者学生の活用(支援ポイント22) ソーシャルサポート資源としての当事者学生の活用とは・・・ ピア・サポート(聴覚障害学生同士の学びや助け合い)によって支援を進めるために、聴覚障害学生同士の交流や先輩後輩との関係づくりをサポートすること。 同じ問題や悩みを持ち、同じような立場にある仲間=「peer(ピア)」が、互いに体験を語り合い、それを共有することで自尊心、自信などの自己の回復を目指す取り組みを一般的に「ピア・サポート」と呼びます。しかし、ピア・サポートの重要性を認識していても、同じ聴覚障害学生と引き合わせるタイミングや方法で悩むことは少なくありません。 こうした点についてインタビューでは、①、②にあるように、聴覚障害学生と面談をする時に、同じ障害のある先輩学生を同席させている例がみられました。 〜インタビューより①〜 手話を使ってるとか、口話がメインだとか、聴力を活用しているとか、新入生とコミュニケーション方法が同じ聴覚障害学生に面談での同席を求めています。また、これまでの自分の経験を聴覚障害のある後輩たちに説明できる、手助けができる聴覚障害学生に面談での同席をお願いすることもあります。 〜インタビューより②〜 <情報保障などの>支援のコーディネートのために、早めに<聴覚障害学生が>受講する講義<の内容>を聞いておきたいので、<聴覚障害学生の>先輩を呼んで、どんな講義を受けたのか話してもらったり、あの先生の話はわかりやすいとか、先輩が<聴覚障害学生の>後輩に伝えたりしてもらう機会があります。 また、①、②でそのように対応した理由が③で述べられています。 〜インタビューより③〜 面談の時に先輩<聴覚障害学生>にも同席してもらいます。相談相手のような立場がいると良いかなと思って。(中略)お互いに相談ができると思うので、経験もそれぞれ違っているでしょうし、お互いに助け合えると思っています。 このことから、聴覚障害学生同士が出会うことで、相互関係が生まれることを期待していると考えられます。 次に、支援担当教職員は、聴覚障害学生を引き合わせる時にどのようなことに気をつけているのか、インタビューでみられた工夫点を紹介します。 〜インタビューより④〜 似たタイプの先輩と会わせるという方法で、<例えば>支援は要らないけど就職は気になるという<聴覚障害>学生は、手話ではなく口話で、聴者の中で生活していきたいというタイプの学生だったので、似たような、ろう者というより「聞こえにくい」というタイプの先輩を紹介したりしています。④では、単に聴覚障害学生を引き合わせるのではなく、何らかの共通性のある聴覚障害学生同士を引き合わせられるように気配りをした丁寧な関わりをしています。 〜インタビューより⑤〜 <聴覚障害学生との面談に先輩聴覚障害学生を同席させることで>先輩聴覚障害学生にも成長してほしいという期待はあります。後輩に対して説明している様子を見て「意外と説明力あるな」と思うこともあったり。聴覚障害学生の状況を私たちも見えていない部分があるのかもしれません。<説明していた学生は>普段はおどおどしていても、他の人に対しては実は堂々と説明できたりすることもあって、<私たちが>その学生の力を十分引き出せていないと思うことがあります。 一方⑤では、支援担当教職員は「面談に同席させることで、先輩聴覚障害学生にも成長してほしいという期待を持っている」とも語っており、後輩に対して説明している様子を見て「意外と説明力がある」と把握するなど、聴覚障害学生の新たな一面を捉えることにもつながるようです。 また、面談という場を設ける以外にも、さりげなく先輩の聴覚障害学生と会わせるよう図っている例もありました。 〜インタビューより⑥〜 基本的に支援室には誰かが集まっていることが多いので、新入生と話している間に先輩の聴覚障害学生が来たら、その時に先輩を呼んで、引き合わせる。そのあとは学生同士でそこから自然に流れてうまく動くことが多いです。 また、聴覚障害学生が多く入学する大学では、すでに聴覚障害学生のグループが出来上がっている場合もあり、そのグループを活用する方法も用いられていました。 〜インタビューより⑦〜 先輩の聴覚障害学生たちが新入生向けの説明会を開いてくれました。説明会とは、支援経験や支援の使い方のアドバイスとか、大学生活でのことを後輩に説明する会です。(中略)それ以外にも聴覚障害学生が交流の場を作ってくれています。<ここでは学生たちが>主体的に活動しています。 ⑦では、先輩の聴覚障害学生たちが主体的に活動しているグループを紹介するといった取り組みを実施していました。聴覚障害学生の集まりをうまく活用して、新入生と先輩をつなぐことも支援担当教職員の役割であると考えられます。 このような聴覚障害学生同士の交流について、支援担当教職員は⑧のような思いを語っていました〜 インタビューより⑧〜 学内での聴覚障害学生同士の交流は非常に重要であると思います。仲間がいることの安心感があるのではないでしょうか。同じ聴覚障害でも聴力や教育歴、コミュニケーション方法などいろいろな学生が在籍しているため、その中で自分と同じような経験をしている友達や先輩に気軽に相談することができ、<聴覚障害のある>先輩がロールモデルとなり、後輩にいろいろなアドバイスをしている様子もみられます。支援に対しても、他の<聴覚障害>学生も受けていることで<支援に対する>抵抗が少なかったりすることで、支援チームの運営に積極的に関わっていくことにつながっているように思います。交流を通して、聴覚障害についての自己開示や必要な配慮についての説明の仕方などを身に付けている部分があります。 こうしたことから聴覚障害学生同士の関わりは、日常生活における困り感や支援にまつわる負担感を和らげる役割を持つのだろうと考えられます。 このように支援担当教職員は、日ごろから意識的に聴覚障害学生同士の関わりや関係づくりを行うことで、学生同士の関わりを促進し、これを通じて意思表明をうながそうとしていることがわかります。 どのような時に聴覚障害学生の先輩に引き合わせたらいいのでしょうか? 例えばオープンキャンパスを利用して、聴覚障害のある高校生と聴覚障害学生を引き合わせています。 その他、新入生が入学前に来談するタイミングに合わせて、支援室に聴覚障害学生のある先輩に来てもらってさりげなく引き合わせています。 支援ポイント22 ソーシャルサポート資源としての当事者学生の活用 まとめ  新入学の聴覚障害学生との面接の場に、先輩の聴覚障害学生を同席させることも一つの方法である。  聴覚障害学生を引き合わせる際は、教育や生活などの環境が似ている、または同じコミュニケーション手段を持つなど、共通性のある聴覚障害学生を引き合わせられるように配慮する。  聴覚障害学生のグループを紹介するなど既存の聴覚障害学生同士のつながりを活用する。 5-1-2 聴覚障害教職員の当事者性の活用(支援ポイント23) 聴覚障害教職員の当事者性の活用とは・・・ 聴覚障害の教職員が支援を担当することで、聴覚障害学生に及ぼす影響を考慮した支援を行うこと。 現在、高等教育機関で聴覚障害学生支援を担っている支援担当教職員の中には、少なからず聴覚障害のある支援担当教職員もいます。「5-1-1 ソーシャルサポート資源としての当事者学生の活用(支援ポイント22)」では、「(聴覚障害がある)先輩がロールモデルとなり、後輩にいろいろなアドバイスをしている様子もみられる」といった内容を紹介しました。聴覚障害のある先輩が他の聴覚障害学生のロールモデルになり、意思表明を助長していた例です。そして、聴覚障害当事者である支援担当教職員も、聴覚障害学生にとってのロールモデルの役割を果たしていると考えられました。それがこの支援ポイント23「聴覚障害教職員の当事者性の活用」です。 ①は、ある大学で支援担当教職員を務めている聴覚障害者のインタビューの一部です。聴覚障害のある教職員自身が聞こえる人とのやりとりを聴覚障害学生に示すことを通して、聞こえる人との関わり方を伝えていることがうかがえる例です。 〜インタビューより①〜 例えば聴覚障害学生が声で話すと、私(聴覚障害がある支援担当教職員)が聞き取れないので、そういったときに何度も聞き返すこともあり、書いてもらうこともあります。例えば、その聴覚障害学生と聞こえる学生と話していて、私が一番聞こえない時はちょっと割り込んで、「何?」と聞くこともあるし、逆に自分が聞こえていて、その学生が聞き取りにくい時はちょっと大きめの声で話したり、二度言ったり。私の場合、こういったことを通して、あー聞こえなくてもこうやっているんだ、こんな方法があるんだ、と聴覚障害学生に感じてもらっています。 また、自分の障害を隠している聴覚障害学生に対しても、聴覚障害当事者である支援担当教職員は、次のような関わりをしていました。 〜インタビューより②〜 <聴覚障害学生が>就職面接に障害のことを隠して行ったら、「何も聞こえなくてわからなかった」ということがありました。それを言われた時、「<聴覚障害を>隠すのではなく、マイナスにならないような言い方をすればいい」と言いました。「勉強は一人でできるけれど仕事は一人ではできないのだから」と伝えました。 これらは、障害当事者である支援担当教職員が、聴覚障害学生が現在直面している事柄に関して、直接的な体験を持っていることが活用されている例といえるでしょう。同時に学生自身も同じようなコミュニケーション手段や、障害のある支援担当教職員から学ぶことで、自分の聴覚障害について理解し、どのように捉えたらよいのかを学んでいる例ともいえるかもしれません。 その一方で、「4-1-2 障害に対する捉え方に応じた心理的距離の調整(支援ポイント19)」でも述べたように、聴覚障害学生によっては他の聴覚障害者との交流を拒否する場合もあるなど、自分の障害と距離を置きたい場合もあることに留意が必要です。 〜インタビューより③〜 <学生によっては聴覚障害についての>話をしてもかみ合わないどころか逆に重荷になることも、反発が生まれることもあります。悪い方向に行ってしまえば、支援室がある種の『あるべき像』(聴覚障害者はこうあるべきだという考え)にはめ込むことになると言うか。それは当事者の私が担当しているからこそ余計に、という危険性もあると思っています。 ③では当事者である支援担当教職員が聴覚障害学生の多様性と自分の当事者性との間で、適切なバランスを取ろうとしていることがわかりました。ここから、長所も短所も含めて、支援担当教職員が自分の持つ当事者性が聴覚障害学生に及ぼす影響と向き合うことが、支援の質を深めると考えられます。このような当事者性を活かした支援のあり方については、今後ますます検討が必要になる課題であると考えられます。 支援ポイント23 聴覚障害教職員の当事者性の活用 まとめ  聴覚障害当事者である支援担当教職員は、聴覚障害学生のロールモデルとしての役割を持つ場合がある。  聴覚障害学生が直面している事柄に関して、聴覚障害当事者である支援担当教職員が直接的な体験を持っていれば、それを支援に活用できる場合がある。  自分の障害と距離を置きたいという聴覚障害学生への対応においては、「当事者はこうあるべき」という像にはめ込まないよう、障害当事者である支援担当教職員が心理的距離の調整を図る必要がある。 5-2 自己表出機会の増大 前項「4.関係性の構築と促進」でも述べましたが、聴覚障害学生は自己の内面を言葉や行動、表情で適切に表現する方法を身につける機会が限られがちなため、意思表明がスムーズにできないこともあります。ここでは、そういった部分についての支援ポイントを紹介します。 5-2-1 自分について説明する機会の提供(支援ポイント24) 自分について説明する機会の提供とは・・・ 聴覚障害学生が自分のことを周りに説明できるような力を身につけられるようにするため、各種企画の場で自分のことについて説明する時間を設けること。 〜インタビューより①〜 ノートテイク説明会で、聴覚障害学生に自分の経験を話してもらうことがあります。 〜インタビューより②〜 アウトプットは、例えば、ノートテイカー養成講座、一番分かりやすいのはノートテイカー養成講座だと思うのですが、ノートテイカー養成講座のときに、例えば「聴覚障害とは何か」「情報保障とは何か」ということを、例えば40 分とか、1 時間というところを少しお願いしてしゃべってもらったり、交流会で、聴覚障害学生の講演会みたいにやるときもあるし、4 年間のところどころで、受け身ではなくて自分から発信する機会をなるべく作るようにはしています。 ①、②では、ノートテイカー養成講座や説明会で自分の体験を話してもらう機会をつくるという話がありました。具体的には、「聴覚障害とは何か」「情報保障は何か」を話してもらうなど、不特定多数の人の前で自分のことを話す機会を設けることで聴覚障害学生が自ら発信する機会を設け、どのようにすれば効果的に自分のことを伝えられるかを練習できるよううながしていることがわかります。「1.初回面談での対応」で挙げた「1-3 自己語りの引き出し(支援ポイント3)」では、面談などのクローズな空間で、聴覚障害学生が自分のこれまでの体験を話せるように働きかけていました。①の事例は、こうした発信の場がクローズな空間からオープンな空間に変わるとともに、発信相手が支援担当教職員から不特定多数の人に変化しています。これにより支援担当教職員のみに向けられていた“自己語り”が発展し、より高度なレベルへと成長していることがわかり、このことが「3.情報保障の実践的見識の形成」で挙げた「3-3-1 授業形態や専門性に応じた支援の共同模索(支援ポイント16)」や、「3-3-2 ゼミ等での発言・発表方法の模索(支援ポイント17)」にもつながる要素になっていると考えられます。 次に、不特定多数の人の前で自分のことを語る機会を設けるにあたって、支援担当教職員が留意している点をみてみましょう。 〜インタビューより③〜 <ノートテイカー養成講座で自分のことを話すのは>実際には○,○年にお願いすることが多いかと思います。○、○年生だからというよりも、普通に「ノートテイカー養成講座に何回か参加して大体慣れているということ」と、普段<から>「<聴覚障害>学生と話していて考え方がきちんとしているな」とか、「この子だったらきちんと前に出てしゃべれるな」ということがあれば、そこでお願いしたりということもあります。 そして、③に至るまでに支援担当教職員が工夫している点が④、⑤でみられました。 〜インタビューより④〜 面談の時に「<自分のことを周りに説明することについて>今後自分で説明しなくてはいけないから練習しようね」ということも伝えています。 〜インタビューより⑤〜 ノートテイカー養成講座で自分のことについて話している聴覚障害学生を見て別の聴覚障害学生が「どうして<自分ではなく>あの人が話をするの?」と言ってきたことに対して、悔しい気持ちが生まれるのはいいことだと捉え「なんでだと思う?」と聞いて自分に何が足りないのか考えさせたこともあります。 ④、⑤では、面談の時に自分のことを周りに説明できるように練習することを伝えたり、ノートテイカー養成講座などで自分のことについて話す機会がない聴覚障害学生に、自分について話す機会が与えられないことの理由を考えさせたりなどの働きかけをしていました。 このように支援担当教職員は、聴覚障害学生自身が情報保障支援などを受けてきた自分の体験を振り返り、自身のこれまでの経験などとも合わせて人に語ることで、自分自身の経験を整理し、成長につながるよううながしている様子がうかがえます。 聴覚障害学生がノートテイカー養成講座などで自分のことを話せるようにするにはどうしたらいいでしょうか? 面談の時に自分のことを周りに説明する練習をしたり,ノートテイカー養成講座に参加して他の聴覚障害学生が話をしている様子を見させたりなどしています。また、最初は短時間で話すことから始め、徐々に長くすることもあります。 支援ポイント24 自分について説明する機会の提供 まとめ  ノートテイカー養成講座など、不特定多数の前で自分の人生体験について話す機会を提供する。  不特定多数の人たちの前で話す機会を提供するまでの段取りを工夫する。  日頃から、自分について周りに説明できるように練習することをうながす。 5-2-2 手話によるコミュニケーションの活用や手話環境の醸成(支援ポイント25) 手話によるコミュニケーションの活用や手話環境の醸成とは・・・ 聴覚障害学生の状況に応じて手話によるコミュニケーションを用いることで、聴覚障害学生への理解を深めていくこと。 〜インタビューより①〜 <聴覚障害>学生本人が、聴覚障害の職員の私がいる、また手話ができる職員がいるということで、非常に話しやすい雰囲気があるのだと思います。話しやすい上に、要望も出しやすいという関係があるので、私たちも、本人が本当に何を求めているのか理解しているつもりです。ですので、本人が、この<ノート>テイカーがいいと言ってくれたときは本当によかったと思うのです。もしコミュニケーションそのものが厳しければ、きちんと要求を出してもらう、またそれをつかむということが難しいと思います。<そこに>私たちがいる意味があると思いたいですが 。 聴覚障害学生のコミュニケーション方法は、補聴器などの使用による聴覚活用や口話(読唇も含む)、筆談、手話等さまざまであり、大学入学までの修学環境、生活環境などによって異なるため、スムーズに使用できるコミュニケーション方法は一つに絞られるわけではありません。しかし、聴覚障害学生にとっての手話はやはり大きな意味を持つもので、インタビューの中でも支援担当教職員が手話の重要性を語っている場面がいくつかみられました。もちろん大学に入学するまでの聴覚障害学生は、手話ができるとは限りませんが、大学入学後にさまざまな聴覚障害者と出会って、手話を身につける学生も多くいます。そして同じ当事者と出会う、手話を身につけるなどの経験を通して、少しずつ自己表出をしていく様子がみられます。 例えば、①では、支援担当教職員は「面談の時に通訳を介さず直接コミュニケーションできるのが一番」と捉え「手話ができる」ことをメリットに挙げていました。 〜インタビューより②〜 聴覚障害学生が手話を使う使わないに関係なく、<支援担当教職員が>手話を出しながらしゃべることもあるし。(中略)いつの間にか<聴覚障害>学生も普通に手話をやっていますし。 また、②にみられるように、支援担当教職員が手話を用いた結果、聴覚障害学生も手話を使用するようになったという変化が生じた例もありました。これは、支援担当教職員が手話を用いることによって、手話環境の醸成を図っていたものと考えられます。 〜インタビューより③〜 意思表明に関わるところで言えば、支援担当教職員が手話をできることが最低条件だと思います。そこは、とにかく頑張って身につけなさいと。本学がうまく回っているのは、やはり支援担当教職員が手話をきちんとできるというところもあると思います。それがなかったら絶対に<聴覚障害>学生は言わない。そこをシステムというのかはわかりませんが、聴覚障害学生支援において手話は最低レベルかと思います。 さらに③からは、支援担当教職員が手話に対する知識や手話スキルを有していることで、聴覚障害学生の意思表明を促進している可能性があることが推察されます。 聴覚障害学生にとって一番のコミュニケーションは? すべての聴覚障害学生に万能なコミュニケーション方法が決まっているというわけではありません。ただ、聴覚障害学生の意思表明支援をうながす要因の一つに、支援担当教職員が手話を知っていることが関係しているということは否定できません。まずはこの機会に、手話について学んでみるのも面白いかもしれませんね。 支援ポイント25 手話によるコミュニケーションの活用や手話環境の醸成 まとめ  支援担当教職員自身が手話スキルを持っていると、聴覚障害学生が話しやすい(打ち明けやすい)。  支援担当教職員が手話を用いることで、手話環境の醸成を図ることができる。 コラム「意思表明」に見る当事者性 松﨑 丈 (宮城教育大学) 聴覚障害学生にとっての「意思表明」は、「当事者性」を突き付けられ、これまで培ってきた自身の知識、技術や慣習の体系だけでなく、人生体験の価値や存在意味まで根源的に問われるような心的体験も伴うものです。 聴覚障害学生は、おそらく過去に家族や学校等で意思表明を何らかの形で行ってきたと思います。しかし周囲の無理解や無知から、勇気と覚悟を持って行った意思表明が拒否されたり無効化されたりします。そこから聴覚障害学生は、「意思表明」をすることはいけないのだろうかと思い始めます。こうして「苦労の語り」や「弱さの情報公開」への踏み出しをしなくなる。自分の内にある「当事者性」を自分なりのことばで外在化してみたが、外の人々に否定されてしまったから、自分の心の奥底へ「当事者性」を押し込めるようになるわけです。そうした体験を約10 年以上余儀なくさせられ、自ら他者に迷惑をかけず、自分一人で取り組むことが望ましいと歪んだ自立観を形成して大学に入学することが多いのです。だから入学後、「意思表明」の局面になっても「当事者性」を意識できず、支援担当教職員から言われるがまま支援を受けたり、情報保障現場にいない支援担当教職員との「建設的対話」で合理的配慮の提供を合意形成できたとしても、情報保障現場での諸問題を解決するためにいざ目の前の誰かに「意思表明」するとなると、その時点で自ら踏み出すのを躊躇してしまったりすることもあるのです。 ここで一度、障害学生の「意思表明」に関わる者は「当事者性」とは何かを問うてみる必要があります。 上記のような説明だけですと、「それは最初から障害学生の内に在る」と自明の理のように考えがちですが、そうではないのです。現象学で言う「間主観(主体)性」に近いものだと思います。「当事者性」は、「障害学生と支援担当教職員の間で知覚される」のです。支援担当教職員が障害学生の本当の意思は何かを引き出したり、障害学生が本当の意思を表明するためには、「障害学生が本当に困っていることは何か」を共に知覚できることが何よりも重要だからです。入学当初は、聴覚障害学生の聴力活用の状態やコミュニケーション方法などに応じた対応など蓄積された専門知によって、その学生に必要な支援を考えることができます。しかし、聴覚障害学生が情報保障体験を重ねていくと、専門知だけでは対応が難しい、聴覚障害学生自身の体験を背景とした苦労が表面化してきます。ここで聴覚障害学生は、これまで避けてきた自身の「苦労」を取り戻し、意思表明に関わる者にその「苦労」を自分のことばで語ることを要求されます。しかし聴覚障害学生は、体験と苦労を関連付けて語るということをまだ知らないことが多い。そこで支援担当教職員は、聴覚障害学生の苦労と体験から「障害学生が本当に困っていることは何か」が見えてくるまで係わる。その中で「障害学生が本当に困っていることは何か」(=当事者性)をお互い知覚できた時(あるいは当事者性を共に知覚する関係が生まれた時)、初めてその学生の生き方に寄り添った「意思表明」の支援を考えることができるのではないでしょうか。それができている支援担当教職員は、意思表明後、対面していなくても、あの現場ではこんな苦労をしていないかな…というふうに聴覚障害学生の「当事者性」を知覚していると思います。それが次の意思表明につながることもあるのです。以上から、「当事者」である聴覚障害学生が意思表明をするとき、全員が必ずしも「当事者性」を他者と共に知覚できるような語りが最初からできているわけではないことに留意する必要があるでしょう。「意思表明」は、ある意味「共同作業による自己語り」なのですから、聴覚障害学生の「意思表明」に関わる支援担当教職員は「共に語る人」になれているかが問われます。支援担当教職員は、お互いの間で聴覚障害学生の「当事者性」を共に知覚できるように、きめ細やかに丁寧に係わる必要があると思います。この係わり合いは、ある意味、聴覚障害学生の回復や変革を目指したエンパワメント過程ということもできるでしょう。 したがって、支援担当教職員には、合理的配慮の提供を強く意識するあまり「意思表明」を強いるのではなく、聴覚障害学生一人ひとりの「当事者性」をきめ細やかに捉えながら「意思表明」の支援を実践してほしいと思います。 6.情報保障を利用しない学生との関係の構築と維持 前項までは、支援の必要性を自覚し、受験時あるいは入学時点で何らかの支援を希望して大学に申請した聴覚障害学生に対し、初回面談から段階を経てどのように働きかけていくのかをみてきました。 本項では、情報保障の利用を希望しない聴覚障害学生に対し、支援担当教職員がどのように働きかけ、意思表明支援を行っているかを紹介します。 6-1 情報保障を利用しない学生との関係の構築と維持(支援ポイント26) 情報保障を利用しない学生との関係の構築と維持とは・・・ 情報保障の利用を希望しない聴覚障害学生に対しても、継続した関係を築きつつ、必要に応じて 働きかけること。 大学入学までに情報保障等の支援を受けた経験のない聴覚障害学生の場合、聴覚障害が比較的重度で情報保障が必要と思われる程度であっても、これまで自助努力で過ごしてきた自負もあり、情報保障の利用に抵抗を感じる学生が少なくありません。聴覚障害の程度が軽度・中等度の学生であれば、なおさらです。そういった聴覚障害学生は、困り感を自覚しない、あるいは自覚していても支援の必要性を表に出すことはせず、「支援はなくても大丈夫」「支援はいらない」という反応を示すことがあります。インタビューから、支援担当教職員たちはそのような聴覚障害学生の言葉(「支援はいらない」等)を単に鵜呑みにはしていないことがわかりました。その上でまずは「支援を利用しない・利用したくない」という意思の背景にある、多様で複雑な聴覚障害学生の心理状態を理解した上で丁寧に受けとめていることがわかります。そして、その意思を尊重しながら関係性が切れないように継続的に関わり、聴覚障害学生の中に潜在しているニーズや意思をゆっくり焦らず、徐々に引き出していくよう努めているようです。 ~インタビューより①~ 軽度の難聴で、(中略)情報保障のことも話を聞いたうえで入学したが、やはり本人には抵抗があったようです。1 年生の時に母親を交えて本人と面談をして、情報保障は必要ではないですか?と支援室側から話をしましたが、それでも本人の意思は変わらず、結局、本人と離れた場所で<ノート>テイカーが書いて、授業が終わった後に渡すという方法をとって、情報保障の必要性に気付くのを待ちました。(中略)卒業まで支援室として支援提供はしていませんでしたが、何か自分で気になることがあれば支援室に来ていました。~インタビューより②~ 伝音性難聴の学生がいて、それまでずっと聴覚活用だけでやってきたので、同じように大学でもやっていこうと思っていたようですが、英語の聞き取りでどうしても難しいところがあったようで、そういった時は隣に座っている友達に助けてもらっていたとのことでした。「その友達も教育を受ける権利があるから、その権利を侵害しては困るよ」ということを説明しました。時々本人に状況を聞きつつ、支援が必要ではないかどうかを見極めながら関わっていく方針を持って、今も状況を聞きながら継続して関わっているところです。(中略)そういったコミュニケーションの環境の変化の中で、だんだんと本人に、支援に対する自覚が出てくるかなと思って様子を見ています。 このような聴覚障害学生との関わり方には、「8.支援担当教職員が持つ支援技術」と、それが土台となる「1.初回面談での対応」や「4.関係性の構築と促進」が大きく関わっていると考えられます。具体的には、支援担当教職員は聴覚障害に関する知識やこれまでの聴覚障害学生との関わりから、情報保障の利用を希望しない学生の心理を受けとめ、適度に距離感を保ちながら継続的に関わるように、意識していることがうかがえました(「8-1 習得している知識と支援スキル」「4-1 心理状態の受けとめ」)。同時に聴覚障害学生の心理状態等によっては、情報保障の利用につなげることを後回しにし、「何か気になることがあったら、いつでもどんなことでも相談に来るように」といった言葉がけをするなど、関係性を築くことを優先している様子もみられました。ここでも大事なのは、聴覚障害学生と丁寧に対話を重ねることだということがわかります。 また、支援担当教職員だけでなく、学内の関係教職員も適宜当該学生と関わりを持つよう働きかけたり、本人の了解を得た上で関係教職員と情報を共有し、連携を図ることが重要であると考えられます(「8-2 学内ネットワークの活用」)。 関係性を少しずつ築くことができたら、時機をみて、大学入学以前の様子(受講スタイル、教員や友人らとの関係等)を確認したり、修学上の困り感を授業ごとに一つ一つ確認をしたりしながら、少しずつ聴覚障害学生の語りを引き出し、情報保障を実際に体験させて情報保障の利用を考えるきっかけを与えるといった働きかけを徐々に行っていく様子がうかがえました(「1-1 情報保障体験の提供(支援ポイント1)」「1-3 自己語りの引き出し(支援ポイント3)」「1-4 特性の把握と支援方法の提案(支援ポイント4)」)。 さらに、ここで特に丁寧に対応が必要なのは、中途失聴の学生です。失聴時期にもよりますが、中途失聴の学生の場合、失聴したことや障害自体を本人が受け入れきれない状態にある場合が多く、情報保障や必要な支援を考える段階に至らないことが多くあります。さらにその状態を周囲に打ち明けられず、休学あるいは退学してしまうケースもあるようです。 学期途中にそういった学生の存在がわかった、あるいは関わることになった場合は、支援のことはさておき、まずその学生の話に傾聴し、丸ごと受けとめ、自己認識や自己肯定感を少しずつ高めていけるような継続的な関わりをしている支援担当教職員もいました。学生の気持ちを尊重した、時間をかけた丁寧な関わりによって、中途失聴の学生自らが自己や障害を受けとめ、徐々に必要な支援を考えられる段階へと進んでいくようです。 情報保障の利用を希望していない聴覚障害学生とどのようなきっかけで支援室と して関わるようになるのですか? 例えば・・・ ①健康診断で聴覚障害があることがわかることで、担当部署から紹介されてくる ②支援担当教職員が担当する授業や障害関係の授業で、受講生から授業担当者に「自 分にも聴覚障害があります」と打ち明けてくる ③年度途中に支援室に直接訪れる 等といろいろですね。 具体的にどのような働きかけをされたのでしょうか。 ②のケースではこちらからその学生を支援室に呼んで、他の授業の様子を一つ一つ確認しました。すると、聞き取りにくい授業があるということだったので、利用できる支援としてパソコンノートテイク等の情報保障や補聴システムの貸し出し、授業担当教員への配慮依頼があるよ、と具体的に話をしました。 実際に面談時にパソコンノートテイクや補聴システムを試してもらったりした結果、本人が「補聴システムの貸し出し」と「授業担当教員への配慮依頼」を希望しました。 働きかけても支援の利用になかなかつながらないケースもありますか? そういう場合もあります。ただ、学生とつかず離れず、うまく心理的距離を保ちながら、関係性の継続に努めることが大事です。そうすることで、聴覚障害学生が3、4年生になり、卒業後のキャリアを考え始めると、自ら相談に来るケースもあります。 つまり、「聴覚障害学生が自らの意思と主体性を育むことを見守り、待つ」ということも、大変ですが大事です。 支援ポイント26 情報保障を利用しない学生との関係の構築と維持 まとめ  「支援を利用しない」という意思を尊重する。  定期的に修学の状況を本人や周囲に確認する。  修学上の支援にこだわらず、何か気になることがあれば、相談に来るよう言葉がけをする。  受講の様子を一つ一つ確認し、困り感がないか確認し、困り感の言語化をうながす。  情報保障等の支援を実際に体験させ、イメージ形成をうながす。  つかず離れずうまく心理的距離を保ちながら、根気よく関わりを続ける。  こちら側から働きかけるだけでなく、聴覚障害学生側からのアプローチを待つ。 7.環境整備 本項では、聴覚障害学生への意思表明支援を行う上で、支援担当教職員が行っているさまざまな「環境整備」について紹介していきます。P102「意思表明支援相関図」から見てとれるように、この「7.環境整備」は、聴覚障害学生への意思表明支援の重要な土台となります。そして「8.支援担当教職員が持つ支援技術」がさらにその下支えとなっています。 環境整備の内容としては、聴覚障害学生を取り巻く環境「7-1 周辺環境の整備」と保護者との関係性「7-2 保護者とのコミュニケーションや関係に関する情報収集」を把握した上での働きかけの二つがあるようです。 本 項 の 流 れ 7-1 周辺環境の整備 7-1-1 周囲の人々との関係性の把握(支援ポイント27) 7-1-2 相談しやすい環境の整備(支援ポイント28) 7-1-3 聞こえる学生への理解啓発(支援ポイント29) 7-2 保護者とのコミュニケーションや関係に関する情報収集(支援ポイント30) 7-1 周辺環境の整備 聴覚障害学生の意思表明を支援するためには、聴覚障害学生に働きかけるだけでは十分ではありません。聴覚障害学生がふだん接しているのは何も支援担当教職員のみではありません。学生生活の中では多くの教職員、学生たちと接しているはずです。したがって、聴覚障害学生がそういった周囲の人たちとの関係性をうまく構築できているかを把握し、必要に応じて適切な働きかけを行う、聴覚障害や支援に関する理解啓発を広く行う等、周囲の人的環境整備が必要不可欠です。 また、意思表明という行動を引き出すためには、支援室自体の存在や「来室しやすさ・相談しやすさ・親しみやすさ」といった物理的な環境整備も影響してくると考えられます。 この点について、インタビューを基に、支援担当教職員がどのように周辺環境の整備を行っているのかを具体的にみていきましょう。 7-1-1 周囲の人々との関係性の把握(支援ポイント27) 周囲の人々との関係性の把握とは・・・ 聴覚障害学生と周りの人々との関係を把握し、スムーズな関係が作れるように支援をすること。聴覚障害学生が充実した学生生活を過ごすためには、周囲の人々との関係性の構築が重要です。ただ、聴覚障害学生はコミュニケーション面で困難を抱えやすいため、スムーズな関係性の構築のために支援することも十分念頭に置いておく必要があります。 聴覚障害学生と周囲の人々との関係性の構築を支えるためには、まずその関係性を丁寧に把握することが必要です。 ~インタビューより①~ ろう学校育ちの聴覚障害学生の場合は、まず健聴者の社会に恐怖を感じていることがあります。ですので、実際に健聴の学生の輪の中に入っていくことに抵抗感を持っていることがあります。 ある支援担当教職員は上記のように述べ、聴覚障害学生の心理状態を理解し、周囲とのコミュニケーションや関わりを注意深く見守っていることがわかります。 一方で、一見すると周囲の人々とスムーズに関係性が築かれているようにみえる聴覚障害学生もいますが、実際は必ずしもそうとは限りません。これまでの経験等から、「わからない」ことを「わかっているように」振る舞うことに慣れ、自己や意思を周囲の人々にうまく出せず、関係性の構築に困難さを抱えるケースもみられます。 中には、②のような方法でこれまでのコミュニケーションの状況を把握し、支援に反映させていく例もありました。 ~インタビューより②~ 私の場合、「実家での食事の時の状況」を必ず聞いています。それによって、どのくらいコミュニケーションに慣れているか確認できると思います。例えば、よくあるものとしては、「他の家族はおしゃべりしているけれども自分だけ1 人でテレビを観て食べる」「食べ終わったらすぐ食卓を離れる」パターンと、「親も積極的にコミュニケーションを取っている」パターンがあります。そこでどのくらいコミュニケーション能力を持っているか、コミュニケーション経験があるかが把握しやすくなります。(中略)比較的家族と楽しく会話しながら食べているという学生の場合には、自分から積極的にコミュニケーションを取ろうとする学生が多いと感じますね。<支援を開始する>最初の一歩のところで<周囲の学生とスムーズにコミュニケーションがとれるような>支援方法の調整が必要になってきますので、そこを慎重に把握して行く必要があると思います。 聴覚障害学生のコミュニケーション能力に関しては慎重に把握していく必要があり、すべての聴覚障害学生に当てはまる方法とは限りませんが、このような問いかけからより深く把握できる事柄もあると考えられます。 支援担当教職員には、そういった聴覚障害学生の心理やコミュニケーション特性、教育背景等を念頭に置き、学生の日頃の様子をよく観察するとともに、関係教職員からも情報を得ながら、聴覚障害学生と周囲の人々との関係性を丁寧に把握するよう心がけることが求められるといえるでしょう。これにより、適切なタイミングかつ適切な方法で、聴覚障害学生と周囲の人々との関係性の構築を支援することが可能になります。 さらに具体的な働きかけの方法としては、③のような例もみられました。 ~インタビューより③~ <日常的に>あまり声を出すという習慣がなかった<学生がいました>。それが別にマイナスではなくて、それなりに積極的に筆談とかをしようとしている子なので、その部分では全然心配してないのですが、一方で、やっぱり声を出さないと関係が作りにくいというか、周りの友達とかもどうやって関わっていけばいいかわからないという面も実際にあると思いますので、別に声を出しなさいという言い方はしていませんが、たまに(中略)「声を出すとこんな感じで周りも助かるんだよね」とか、何かちょっとした働きかけはしたかなと<思います>。 こうした聴覚障害学生への関わりや働きかけは、双方の関係性・ラポールの形成をうながし、ひいては情報保障を含む支援の意思表明(「2.情報保障の基盤形成」や「3.情報保障の実践的見識の形成」)につながっていきます。 実際に、ゼミ等での聴覚障害学生と周囲との関係性を把握した上で、聴覚障害学生がスムーズに活動へ参加できるよう、うまく働きかけられる情報保障者を配置するといった事例もあるようです。この対応は「2-1-3 ニーズを察知できる情報保障者の配置(支援ポイント7)」と関係しているといえます。 聴覚障害学生と周囲の人々との関係性を把握するために意識していることはありますか? まず聴覚障害学生本人の話に耳を傾けます。 その上で、必要に応じて、同じ学部の先輩支援学生や似たような先輩聴覚障害学生を引き合わせて話を聞いてもらったり、情報保障者と一緒に話す機会を設けたりします。また、学業に絡む事柄では、学生担当教員に間に入ってもらうこともあります。 周囲の人々との関係性を把握して、働きかけが必要だなと感じた場合、どのように働きかけていますか? 聴覚障害学生と周囲とのコミュニケーションにズレが生じていないか、実際の会話場面を観察したり、面談時に直接尋ねてみたり、他の聴覚障害学生や支援学生にも様子を聞いたりしています。 支援ポイント27 周囲の人々との関係性の把握 まとめ  聴覚障害学生との丁寧なコミュニケーションを通して、学生の特性や家庭環境、教育環境等 の背景を理解する。  聴覚障害学生と周囲との会話を実際に観察する。  他の聴覚障害学生や支援学生に当該学生の様子を尋ねる。  他の聴覚障害学生と関わったこれまでの経験から当該学生の様子を推測する。  関係教職員から情報を得る。 7-1-2 相談しやすい環境の整備(支援ポイント28) 相談しやすい環境の整備とは・・・ 支援担当教職員から積極的にコンタクトをとるなど、聴覚障害学生が日々相談しやすい環境を作ること。 インタビューから、支援担当教職員は、聴覚障害学生への意思表明支援の土台として、意識的に相談しやすい環境作りを心がけていることがわかりました。その環境作りには、物理的な環境を整備するハード面と、心理的な距離を縮めるような言葉がけをするといったソフト面の二つがあるようです。ハード面の整備として、例えば、次のような工夫や取り組みがなされています。 ~インタビューより①~ <支援室の部屋は>今まで1 階に1 部屋だけだったので、面談するときは他の学生に出てもらって話を聞く形でした。ですが、2 階に学生と面談をするための部屋がもらえ、静かな環境でソファーに座ってゆっくり話せる環境が準備できました。 ~インタビューより②~ 本学では支援担当職員の机がありません。つまり、フリーアドレス制をとっています。折りたたみ机がいっぱいあって、どこのスペースを使ってもいい<ようになっています>。だから職員も毎日決まった場所にいない。例えば、学生が会議のために前のスペースを使うから、職員は後ろに行くこともあります。(中略)別の視点から見ると、机というバリアがないから嫌でも話さざるを得ない状況に元々なっているともいえます。 ~インタビューより③~ 職員の机も学生とも目が合いやすいように配置しています。 このように学生と話がしやすい物理的環境と心理的環境を整備することで、聴覚障害学生の中に相談しやすい雰囲気を感じてもらうことができるようです。他にも、支援室に誰が在室しているのか聴覚障害学生が見てわかるように在室表を貼る、入口のドアを窓のあるものにして中をのぞき込めるようにするといった工夫も有効でしょう。 心理的環境整備の具体的な例としては、④のように聴覚障害学生の打ち明けを丁寧に受けとめることを支援室全体の方針としている例がありました。支援担当教職員全員の共通認識として取り組んでいるところがポイントと思われます。そしてこのことは「4-1-3 ラポール形成を意識した話し方・接し方(支援ポイント20)」にも通じているといえます。 ~インタビューより④~ 学生が何か私たちに伝えたいという状況では、手元にある仕事は二の次にして学生対応をするようにしています。「仕事が忙しいから」と突き放すことはしないようにしています。 また、別の支援担当教職員は、以下のように述べています。 ~インタビューより⑤~ 「何か気になることや不安なこと等思うことがあれば、いつでも連絡してほしい」とメールや直接的な声がけを頻繁にし、聴覚障害学生からのアクションが少しでもあれば、時間をかけて丁寧に話を聞き、真摯に向き合う姿勢を示すことが大事だと思います。「話していいんだな」と思ってもらえるように。それはインテーク(初回面談)の時から始まるのかもしれません。 重要なことは、聴覚障害学生からの意思表明や連絡を待つだけではなく、積極的かつ意識的に声がけやコンタクトを取るということのようです。一方で聴覚障害学生の心理状態によっては、コンタクトを取りすぎても逆効果の場合があります。そういった意味で支援担当教職員は聴覚障害学生の心理状態や心理的距離を見守り、見極めながら対応することが求められます。この点は、「4.関係性の構築と促進」にも大きく関わると考えられます。 さらに、手話が主なコミュニケーション方法である聴覚障害学生にとっては、手話で話せる環境自体が心理的距離を縮め、安心感を与えることがあります。手話のできる支援担当教職員の配置が望ましいですが、支援室に筆談具を設置して自然と筆談を始められるような環境にすることも一つです。つまり、支援担当教職員側が、聴覚障害学生と確実にコミュニケーションを取ろうとする姿勢を示すことが最も重要といえます。 以上のことから、単に支援担当部署や窓口が設置されれば聴覚障害学生への支援は十分というわけではないということがうかがえます。物理的にも心理的にも聴覚障害学生にとって相談しやすい・来室しやすい支援室となるよう、支援担当教職員の意識的な取り組みが重要です。 聴覚障害学生にとって相談しやすい環境作りのために、どんな工夫をされて いますか? 私の場合は、「まず自分自身からオープンになる」ことを心がけています。相手に心を閉ざしていたり、壁を作っていたら、相手も打ち明けてはくれないですよね。あとは、やっぱり傾聴する気持ちと姿勢かなと思います。つまり、目を見て真剣に聴くこと。 基本的なことですが、それを丁寧にすることで聴覚障害学生にもこちらの姿勢がきちんと伝わって、信頼関係を築けるかなと思っています。 支援ポイント28 相談しやすい環境の整備 まとめ 環境作りの具体的な方法 ハード面  話しやすくゆったりとした静かな部屋を確保する  学生と目が合いやすいような職員の机の配置(フリーアドレス制の採用) 等 ソフト面  学生が話したいと思う気持ちを丁寧に受け止める姿勢  聴覚障害学生に積極的かつ意識的に言葉がけをし、心理的距離を縮める姿勢 等 7-1-3 聞こえる学生への理解啓発(支援ポイント29) 聞こえる学生への理解啓発とは・・・ 同じ学科などの聞こえる学生に聴覚障害への理解を普及させること。 聴覚障害学生が情報保障を利用して受講する場合、たいてい情報保障者が聴覚障害学生の隣席に座り支援を行います。しかしそうなると、聴覚障害学生と周囲の学生との間に物理的な距離ができ、それが心理的な距離も生じさせ、聴覚障害学生が同級生と関係を築くことに困難さを抱えてしまうことがあります。 したがって、早い段階で聞こえる同級生等を対象に聴覚障害に関する理解啓発を実施していくことが重要です。これについて、ある支援担当教職員はこのように述べていました。 ~インタビューより①~ 聴覚障害学生が入学してきたときに気を付けていることは、できるだけ早く、例えば入学後のオリエンテーションのときにでも、時間を取って話をする機会を作ることです。事務のほうに話を通して、オリエンテーションの中で時間を作ってもらって、「聴覚障害学生がこの専攻には入ってきています」「どのようなところで困ると思いますか」「みんなが声でしゃべっているときに、聞こえない学生は分からないけれどもどうしたらいいでしょうか」といった話をします。(中略)私たちとしても、周囲の学生たちをどう育てていくかということが非常に大事になってくるわけです。講義の場の情報保障だけではなくて、それ以外の友だち同士の会話や、新入生歓迎のコンパのような場で先輩たちがいろいろとセッティングしてくれるわけですが、その際「聴覚障害のある新入生がいたときにどのような配慮が必要か」ということを分かって助けてくれれば、その影響で聴覚障害学生の考えも変わってくると思うのです。そういう部分には、私たちが介入していかなければならないと思うのです。 このように、聞こえる学生への理解啓発を行うことによって、聴覚障害学生と周囲の学生との関係性の構築や学び合い、助け合いをうながすことも支援担当教職員の重要な役割といえます。その際、本人の意向や希望はもちろんのこと、聴覚障害に関する専門の教員や聴覚障害当事者に助言を求めることも重要です 周囲の聞こえる学生が聴覚障害に関する知識や聴覚障害学生へのコミュニケーション方法、必要な配慮等を理解した上で聴覚障害学生に接することで、聴覚障害学生の自己アイデンティティや周囲への関わりに良い影響が期待されます。つまり、周囲の人々が聴覚障害学生を深く理解し、受けとめることで、聴覚障害学生が自分自身や障害を受けとめ、自己開示をうながすことができるということです。そして、そのことが間接的に聴覚障害学生の意思表明を支援することにつながると考えられます。 聴覚障害学生と同じ学科の聞こえる学生に対する理解啓発として、例えばどのようなことをしていますか? まず、聴覚障害学生に聞こえの程度等を話していいか、意思や希望を確認しています。また、学生自身に自分のことを話してもらうのが一番だと思いますので、それができるかも確認します。そして本人の意思を確認した上で、話す内容もある程度一緒に考えることにしています。あとは、先輩の聴覚障害学生や支援学生も説明する場に呼んで、話をしてもらうこともあります。 当該学生の所属学科等の新入生オリエンテーションで話をすることが多いですが、障害や支援に関する授業で広く一般に話すこともあります。 支援ポイント29 聞こえる学生への理解啓発 まとめ  入学直後のオリエンテーション等、可能な限り早い段階に実施することが望ましい。  聴覚障害学生の意思や希望を確認した上で実施する。  当該学生の聞こえの程度や、コミュニケーション方法、日常生活場面で必要と思われる配慮等を当該学生本人から説明する、あるいは教職員から説明する。  聴覚障害に関する専門の教員や聴覚障害当事者の助言を得る。 7-2 保護者とのコミュニケーションや関係に関する情報収集(支援ポイント30) 保護者とのコミュニケーションや関係に関する情報収集とは・・・ 保護者とのコミュニケーション方法や家族関係を把握することで、本人の主体性の形成を考えること。 残念ながら大学入学時点で主体的に支援を求める力が十分に身についている聴覚障害学生は多くありません。それは、大学入学までの段階で、家族や学校教員等の周囲の人々が先んじて支援や配慮をしてきたことにより、聴覚障害学生が自ら必要な支援や配慮内容を考え、意思表明する機会が制限されてしまったことが要因の一つと考えられます。 インタビューから、支援担当教職員たちはこうした点を念頭に置き、本人の主体性の形成を意図した働きかけを行うために、聴覚障害学生の保護者との関係性やコミュニケーション方法等の情報を収集していることがわかりました。 ここでは、具体的にどのような情報を集め、それをどう意思表明につなげているか紹介します。 ~インタビューより①~ 初回面談時に保護者が同伴する場合、聴覚障害学生本人ではなく、保護者のほうから学生の聞こえの状況や支援希望が話されることがあります。そういった場合、本人にも相違がないかその内容を確認し、説明してもらうようにしています。 ~インタビューより②~ 事前に連絡している時に、本人に連絡しているのに、保護者がいろいろとおっしゃってくださることがあったので、「当日は本人にお聞きしたいので、練習しておいてくださいね。」と伝えました。その結果、当日は本人から説明してもらうことができました。(中略)連絡は本人にしたはずなのに、返事は親からということがあって心配になったので、「当日はご本人にいろいろうかがって今後のことを考えていきたいと思いますので、ご本人とよく相談してから面談にいらしてください。」とお伝えしました。保護者がいると学生は消極的な印象です。本人に質問をしても保護者が説明をすることが多いです。そういう場合は、「〇〇さん自身はどう考えていますか?」というように、学生さんの考えや意見を聞くように心がけています。保護者同伴面談でも情報保障(パソコンノートテイク)をつけます。学生の前に表示用モニターを置き、保護者にも見えるように配置します。 上記のように支援担当教職員は、初回面談に保護者が同伴する場合、聴覚障害学生の意思を注意深く確認しているようです。そして、初回面談の時から、聴覚障害学生自身の意思を引き出すための働きかけがなされています。 また、支援担当教職員と聴覚障害学生がスムーズにコミュニケーションが取れているところを保護者に示したり、パソコンノートテイクの画面を保護者にも見せ、支援のイメージをつかんでもらったりすることを意図的に実施していることがわかります。これらの対応によって、保護者にも入学後の修学の様子をイメージさせ、安心感を持たせることができるとともに、支援担当教職員と保護者の間の関係性構築をも後押ししています。他にも、③のような例がありました。 ~インタビューより③~ 保護者が同席している場合は、<もちろん初回面接だけで完全にわかるわけでもないので、それだけで判断はしませんが>親子関係、家庭での雰囲気、放任や自立の度合い、支援に対する距離感、聞こえないということに対して親は多少ネガティブな感情を持っているのかな?などとつかむことができます。聴覚障害学生は十人十色、多種多様です。以上のように、聴覚障害学生一人一人を深く理解し、主体性の形成や意思表明の促進を目指して、聴覚障害学生それぞれに応じて働きかけることが重要です。聴覚障害学生と保護者との関係性ややりとりから、聴覚障害学生の様子を知ろうとすることが大事なのですね。その後どのように働きかけるのですか? ケースバイケースですが、例えば、保護者が本人の必要な支援を積極的に説明するのに対して本人が消極的な場合、支援に前向きではない、あるいは抵抗感を感じている場合があるので、これまでの経験や本人の意思を丁寧に聞き、抵抗感を感じている要因を探り、それに応じてゆっくり支援の利用を検討します。 また、聞こえないことに対して保護者が多少ネガティブな感じを持っているようであれば、聴覚障害学生の自己肯定感や自己開示にも影響があると考えられます。ですので、聞こえの程度や教育歴、特性が似たような聴覚障害学生の先輩を引き合わせたり、聴覚障害学生の心理状態を受けとめたりする働きかけを行っていますね。 支援ポイント30 保護者とのコミュニケーションや関係に関する情報収集 まとめ  保護者も含めた場面は、聴覚障害学生にどのように働きかけるかを見極め、検討する重要な情報として注意深く観察する。  これらの情報収集を通して、「2.情報保障の基盤形成」や「4.関係性の構築と促進」、「5.聴覚障害学生の当事者性の涵養」へとつなげる。 コラム 聴覚障害のある学生が周りの学生と「スムーズなかかわり」を持つために何ができるか 木谷 恵 (立命館大学障害学生支援室 支援コーディネーター) 時々、聴覚障害のある学生とサポート学生(支援学生)との関係がうまくいっていない場面に出会うことがあります。そして、どちらかというと、サポート学生の側から悩みや不安を聞くことが多いようにも感じます。具体的には、相手が何を考えているかいまいち分からない、なんとなく想いをうまく伝えられないといったもの。そんなとき、聴覚障害学生本人は、案外何とも思っていなかったりします。果たしてそこに「問題」はあるのかないのか、コーディネーターが介入すべきなのかどうか。私はそんなとき、できるだけ聴覚障害学生に状況を伝えるようにしています。「どうやら、こんな風に感じているサポート学生がいるみたいだけど、どうしてだろう?」聴覚障害のある学生はそこではじめて問題と出会い、考え始めます。考えられる解決策はいくつかありますが、一番ストレートな方法は「話し合う」ということでしょう。ただ、この「話し合う」ということがうまくいかないがために、関係が悪くなっているということが少なくありません。問題の本質はここにあると言えそうです。ここで考えてみたいのは、聴覚障害ゆえにコミュニケーションがうまくとれていないのかということ。むしろそこには、聴者と聴覚障害者の関係において、お互いのコミュニケーション法をよく知らないということがあるように思います。つまり、聴覚障害者の側だけの問題ではなく、聴者の側の理解不足も背景にあるわけです。こうしたとき私たち支援者にできることは、聴覚障害者は「コミュニケーションが苦手な人」と考えるのではなく、その手段が異なるだけなのだとういことを念頭におきながら、障害のある学生もない学生もともに、互いに足りない想像の部分をゆるやかに補ってあげることではないかと思います。 あるとき、サポート学生がサポートのことで悩んでいるらしいということを、支援者から聴覚障害学生に伝えたことがありました。それを聞いた障害学生は、パソコンノートテイクのサポート中に、チャットを通じてサポート学生に労いの言葉をかけました。会話が苦手であれば、文字や絵文字を通じて気持ちを伝える。このチャットを通じたやり取りは、その後もずっと続きました。 コミュニケーションをとるというのは、本来とてもシンプルなものだと思います。伝えたいことを相手に「伝える」ということからすべてが始まるからです。ただその方法は千差万別で、ひとつの「正解」があるわけではありません。だとしたら、考えつくあらゆる方法を試しながら、相手に想いを伝えていく。そうしたことを繰り返し積み重ねていくなかで、お互いの関係が作られていくのだと思います。 8.支援担当教職員が持つ支援技術 前項までは、聴覚障害学生と初めて出会った段階から、信頼関係を構築し、より適切な情報保障手段を選択していく過程について、特に聴覚障害学生との関わり方の観点から述べてきました。ここでは、それらを円滑に行う上で役に立つ「支援担当教職員が持つ支援技術」について紹介します。 本項では、まず「8-1 習得している知識と支援スキル」として、聴覚障害のある学生との直接的なコミュニケーションや、面接や日々の関わりの中で行う聴覚障害学生へのアセスメントで活用できる支援技術について触れています。また、授業の履修などの面では学内の関係部署や専門家等との連携も重要になってくることから、8-2 では学内ネットワークの活用についても紹介します。以下、本項の流れです。 本 項 の 流 れ 8-1 習得している知識と支援スキル 8-1-1 聴覚障害に関する知識(特別支援教育など)を活かした支援(支援ポイント31) 8-1-2 心理・福祉分野の対人援助技術の援用(支援ポイント32) 8-1-3 聴覚障害学生の支援ニーズの変化に関する経験的知識(支援ポイント33) 8-2 学内ネットワークの活用 8-2-1 学内組織との連携・情報の共有(支援ポイント34) 8-2-2 聴覚障害を専門とする教員の資源活用(支援ポイント35) 8-1 習得している知識と支援スキル 聴覚障害学生への支援に携わる支援担当教職員と一口に言っても、さまざまな背景を持った方がいることと思います。これまで聴覚障害のある人と関わった経験の無い方もいれば、大学時代などに聴覚障害のある人の支援を行った経験のある方、そしてご自身が聴覚障害のある教職員など、幅広い方々が活躍されていることでしょう。そういった異なる背景を持つ教職員の方々がいるなかで、実際に聴覚障害学生と関わる際、どのようなコミュニケーション技法や経験が活かされているのでしょうか。以下、支援ポイントごとにインタビューでみられた具体例をみていきます。 8-1-1 聴覚障害に関する知識(特別支援教育など)を活かした支援(支援ポイント31) 聴覚障害に関する知識(特別支援教育など)を活かした支援とは・・・ 特別支援教育や聴覚障害に関する知識を活かして支援を進めること。 ~インタビューより①~ <日々の支援やマネジメント面において役立っていると思うのは>障害児教育について学んだことで、聴覚障害学生の教育歴やコミュニケーション、聞こえの程度等を理解したり、彼らが抱えるであろう困難さを想像したりすることができ、聴覚障害学生の変化等に気づき、適切なタイミングで適切な支援・フォローを行うことに役立っていると思います。 インタビューを行った支援担当教職員の中には、①のように大学時代などに聴覚障害関係のことについて学んだことがある方がいました。聴覚障害の医学的な理解や、心理、福祉制度、聴覚障害のある児童・者の教育に関する知識などがこれに当たります。例えば、聴力や語音明瞭度、補聴器、オージオグラムの理解なども大きなスキルとなりますし、その他にも聴覚障害学生の障害認識や情報保障の選択に関する葛藤などを理解するためには、聴覚障害のある人の心理に関する知識も役に立つでしょう。 どのくらい相手が聞こえているのか、どのようにコミュニケーションすればよいのかが分かりません。支援をより良くするためには、具体的にどういったことを学ぶとよいのでしょうか。 聴覚障害学生の中には、断片的な情報しか得られなくてもわかったふりをしてしまう学生も少なくありません。日々聴覚障害のある学生と関わり、本人に聞いてみることが最も大切ではありますが、学生との関係性をしっかり深めつつ、聴覚障害の医学的特性や聴覚障害のある人の心理などを学ぶことで、一歩進んだ関係づくりにつながるかもしれません。 支援ポイント31 聴覚障害に関する知識(特別支援教育など)を活かした支援 まとめ  聴覚障害の医学的な特性や聴覚障害のある人の心理、福祉サービス等について、理論的に学習する。  実践知と聴覚障害に関する知識を結びつけ、体系的に支援に関して整理して捉える。 8-1-2 心理・福祉分野の対人援助技術の援用(支援ポイント32) 心理・福祉分野の対人援助技術の援用とは・・・ 心理・福祉分野の対人援助技術を活かして支援をすること。 ~インタビューより①~ 社会福祉主事の資格で助かったなと思うところは基本的な考え方ですね。人との関わり方だったりという考え方が似ているところがあるなと思っています。(中略)面接の時ですとか、話を聞く姿勢だったりとか、課題確認の項目の上げ方とかそういった福祉的な面接の場合とか(中略)。いろいろ自分で考えて取り組むときに、根本のところをわかっているというのは安心できる面があります。 聴覚障害学生への支援を行う上で重要な場面の一つに学生との面談があります。支援担当教職員の中には心理・福祉分野で多く用いられている傾聴の技法や、対人援助で大切な原則について学んでいる方々も少なくありませんでした。特にこれらの技法が求められるのは、初回の面談や個別の相談場面です。特に、支援の利用経験がない学生の場合には、自分に合った支援を選択することが難しく、支援の利用についても否定的な捉え方をしている場合が少なくありません。このような学生に対しては、肯定的な認識を持てるように支援をすることも大切なアプローチですが、上手く学生の言葉を引き出すのは決して容易なことではありません。面談や相談の場面では、聴覚障害のある人の心理や福祉制度、教育上抱える困難などについて理解するとともに、これらの対人援助技術を援用することが彼らの心を開く上で大切なポイントになるでしょう。 心理・福祉分野について学ぶことが大切なのはよくわかりました。その上で、今すぐ誰でもできることとして、どのようなことがあるのでしょうか。 例えば、面談時の聴覚障害のある学生と職員の距離や話す時の姿勢なども関係があるでしょう。相手が緊張しているときや、大切な話をする際にはどのような姿勢や距離で話したら良いのかといった工夫も大切です。また、この他にも、聴覚障害のある学生が話した内容を要約し、「◯◯なのですね」と適切に反復して伝えることで、聴覚障害のある学生にとって、話をしっかり聞いてくれているという安心感につながることもあります。 なるほど、まずはどうしたら聴覚障害学生が安心して話ができるのか、という視点で考 えてみることが大切なのですね。 支援ポイント32 心理・福祉分野の対人援助技術の援用 まとめ  聞く姿勢を示し、きちんと話を聞いてくれているという安心感を持ってもらう。  聴覚障害学生の語りを得るためには、焦らずに待つことも大切。 8-1-3 聴覚障害学生の支援ニーズの変化に関する経験的知識(支援ポイント33) 聴覚障害学生の支援ニーズの変化に関する経験的知識とは・・・ 支援担当教職員自身の修学経験や支援経験を通して、聴覚障害学生のつまずく過程や変化を予測 し、早期の対応を可能とすること。 ~インタビューより①~ 私はこの大学の卒業生で、教育実習について自分も経験がありますので、実習の流れもわかっています。学生たちが実習に行くときにどんな様子になるかということも想像しやすいのかなと思っています。実習経験といえば、同期に聞こえない学生がいましたので、実習でどのようなところでつまずくかも経験として見てきました。そういったところから、今の学生たちについても想定できるところがあります。大学入学から卒業までの間に、聴覚障害のある学生の支援ニーズが変わっていくことは「3-1-2 段階に応じた働きかけ(支援ポイント13)」で述べました。インタビューの中でも、大学生活の4年間を一つの情報保障手段のみを活用して過ごすのではなく、さまざまな手段を用いるケースが複数見受けられました。ここには、聴覚障害学生のコミュニケーション手段の変化や情報保障に対する捉え方の深化に加え、授業や課外活動など参加場面との関連から、支援ニーズが変化した結果、情報保障手段の変更をする様子もありました。 これらのニーズに早期に対応する方策としては、同じ聴覚障害のある教職員だからこその気づきがあることが、「5-1-2 聴覚障害教職員の当事者性の活用(支援ポイント23)」で挙げられていました。当然のことながら、聴覚障害学生が在籍する学部や課程の特色はそれぞれ異なります。また、実習やインターンシップ、就職説明会への参加など、参加する場面によって支援ニーズが変化することも少なくありません。例えば、実習や外国語の授業、ゼミなどの集団での議論への対応など、支援が必要な場面は多岐にわたります。このような実態を想定し、早期に支援ニーズの変化を予測するために、学生の時に支援担当教職員自身が実習に行ったり、情報保障に関わったりした経験を支援に活かしています。また、自分自身に同様の経験がない場合も、同じ学部や課程を卒業した教職員や学生からの情報はとても役に立つでしょう。そして、それらの情報を基に聴覚障害学生が直面する課題について予測することで、例えば、聴覚障害のある先輩の学生から実習等に向けた話を聞く場を設定したり、新たな情報保障手段の活用に向けて環境整備を行ったりするなどの準備が可能になります。また、将来を見据えて情報保障手段の選択肢を広げておく意味でも、聴覚障害学生に対して手話習得の必要性をともに検討しておくようなアプローチも重要になるかもしれません。 しかしその反面、支援担当教職員の多様な経験や情報による予測に基づき、過剰に先回りをした支援を提供しないことも重要です。支援担当教職員の中の聴覚障害学生の支援ニーズに対するイメージを目の前の学生に当てはめるのではなく、個々の支援ニーズを見極め、適切な支援を提供することがとても大切です。そして、そのためには、日々の聴覚障害学生との関わりの中で、彼らの支援ニーズをしっかりと把握し、それに応えていくことが必要といえます。 私自身は情報保障を担当した経験がないのですが、どのように先を予測し、準備すればよいでしょうか? まずは本人との面談の中で、支援方法について一緒に検討します。 同時に、自身の支援経験や大学時代の経験を基に助言が困難な場合でも、同じ学部の聴覚障害のある先輩や教職員からの情報収集をした上で支援を行うことで、聴覚障害のある学生の視野を広げる事や、見通しを持って考えることが出来るようになることもあります。また、聴覚障害学生との支援の方向性についての合意が形成された後には、授業担当教員と事前に打ち合わせたり、必要な予算の確保の目途をつけることも大切です。 また、一見、支援担当教職員や経験者の目から見て適していると思われる支援方法であっても、聴覚障害学生すべてがその方法を求めるわけではありません。したがって、先回りせず、学生との日々の関わりの中でニーズを把握することが大切だといえるでしょう。 支援ポイント33 聴覚障害学生の支援ニーズの変化に関する経験的知識 まとめ  他学生の経験談などを通し、聴覚障害学生の支援ニーズの変化過程を予測し、早期に対応する。  過去の支援例などにとらわれるのではなく、個別性を尊重した支援を心がける。 8-2 学内ネットワークの活用 聴覚障害学生への支援を行う上では、学内の各部門や人的資源との関係性を円滑にマネジメントすることが求められます。学生支援課や教務課などの学生対応窓口や履修に関わる部門に加え、授業を担当している教員との関係性をしっかりと築くためにも、日々の連携や情報共有を行うことが重要です。ここでは、学内ネットワーク活用に関する支援担当教職員の具体的な工夫について紹介していきます。 8-2-1 学内組織との連携・情報の共有(支援ポイント34) 学内組織との連携・情報の共有とは・・・ 教職員や学部等の学内の関係部署と聴覚障害学生に関する情報を共有し、よりよい支援を検討す ること。 ~インタビューより①~ 障害学生同様、支援職員も多くの選択と決定の連続です。一人では決定に迷う場面も少なくありません。同じ視点で話しができる同僚や、他大学の関係者との結びつきなど、支援職員自身が、自分と他者とを結び付けられるように調整をしていくことができると大きな助けになると思います。 ~インタビューより②~ 片耳だけ聞こえないという学生がいて、本人から直接ではなく別のルートで、学生の存在についての情報が入ってきました。学生がいるということがわかって、学部の先生にも連絡をして、本人と面接をした結果、当面支援は要らないということでしたが、そういう面接をしたという情報は学部にも提供して、何か必要があったときには対応してほしいと伝えています。例えば今聞こえている方の耳の聴力も落ちてしまったとか、状況が変わる可能性もありますよね。 ~インタビューより③~ 学生支援センターと私たちの部署はつながっていて、他の部署から経由して学生支援の依頼が来ることもあるし、月一で支援センターの先生と私たちでも情報交換をしています。その中で必要に応じて情報交換を行い、さまざまな調整をします。(中略)この会議のときには、各学部のチームも担当者も来ます。そこで、ちょっとこの学生の出席が今3回で危ないから一応電話で確認して、とか。障害学生もちょっと特殊な状態に入ってきていて、講義に行くのが難しくなりつつあるのでカウンセラーにつなぎたいとか、そういう情報交換をやっています。(中略)前にはできなかったことが今支援センターの先生や学生支援の部署とか、障害学生支援部署の横の連携が今うまく作れてきているのかなと思います。聴覚障害学生への支援を行う上では、入試相談から就職、卒業に至るまであらゆる学内組織との連携が求められます。例えば、入学時であれば、入学式での対応や履修登録などについて、入試課、学生支援課、聴覚障害学生が履修する科目の担当教員等との連絡調整が重要です。また授業開始後も、配慮だけではなく③のようにカウンセラーや聴覚障害学生の所属する学部との連携が重要になるケースもあります。聞こえや情報保障の手段について悩んでいる聴覚障害学生は支援室に相談に来るかもしれませんが、精神的な調子を崩した場合や支援を利用していない学生の場合には、支援室以外の教職員に相談することも考えられます。そういったケースも想定し、聴覚障害学生に対して包括的な支援チームを形成し、定期的に情報交換などを行うことが大切です。 キャンパスが複数あったり、学部間で支援の考え方が異なる場合にはどう対応したら良いのでしょうか? 確かに複数のキャンパス間や学部によって支援に対する考え方などが大きく異なることが少なくありません。まずは、障害者差別解消法に基づき大学に課されている義務や準拠すべき方針などについて、すべての教職員が理解しておく必要があります。そのうえで、支援に対する考え方が部署等で異なり理解を得にくい場合には、他大学の具体的な事例などを整理した上で伝える必要もあるでしょう。そのような時には、PEPNet-Japan のメーリングリスト(P122「巻末資料」参照)や他の大学等との関わりを通して、情報収集をしてみるのもよいかもしれません。 支援ポイント34 学内組織との連携・情報の共有 まとめ  学内の各部署との連携を意識し、各部署と定期的な情報共有を行う。  学内の機関と連携し、必要に応じて包括的な支援チームを構築する。 8-2-2 聴覚障害を専門とする教員の資源活用(支援ポイント35) 聴覚障害を専門とする教員の資源活用とは・・・ 聴覚障害を専門とする教員から支援に対するアドバイスや直接的な支援を提供してもらうこと。 ~インタビューより①~ これまでコーディネーターと支援を進めてきて思ったのは、学生達は、私(教員)とコーディネーターに対する見方が違うということです。学生達は情報保障に関して問題や不満が起きたら〇〇(支援室名)に言い、私には言ってきません。私へはどちらかというと人生相談が多いです。友人関係を作れないのですがどうしたらいいですか、聞こえないことをどう説明したらよいですか、などの悩みは私に言ってきます。情報保障の問題が表面上にあるとすれば、その下には人生や生き方をどうするか、があると思います。情報保障の問題は〇〇(支援室名)に、その下の人生に関しては私にとうまく役割分担ができていると思うので、必要に応じて相談する時間をとって、学生の個別の状況について<支援室と>情報を交換して、どう関わったらよいのか話したりしています。 ~インタビューより②~ 実験のような授業があるために、どうしても手話通訳を見ていると先生の進度も速いですし、実際の実験の作業もしながらになりますので、どうしてもノートをとることが難しいという事情がありました。そこで、学生本人の発案で、代理ノートがほしいと言ってきたのです。(中略)今までに派遣した例もないのでどうしようかと思いましたが、〇〇先生(聴覚障害を専門とする教員)から「やってみてはどうか」というアドバイスもあって。(中略)私たちが学生と個別に関わって支援をしている中で、気が付かないことを〇〇先生の方が気付いて、アドバイスやサポートをしてくれるという面はあります。 インタビューを行った大学の中には、聴覚障害を専門とする教員を人的資源として活用していたところもありました。聴覚障害学生への支援を円滑に行うために、時には専門的な知見からアドバイスを求めたいときもあるでしょう。また、②では、聴覚障害を専門とする教員と支援室の教職員の役割分担をうまく機能させ、日々の支援について適切なアドバイスをもらうことで円滑な支援を実現していました。聴覚障害に関する分野にも医療・福祉・心理など幅広くあり、必ずしも求めている内容に詳しいとは限りませんが、必要に応じてそういった人材と連携を図っていくことも重要でしょう。 本学には聴覚障害に関する専門性を持つ教員がいません。そのようなときにはどうしたら良いのでしょうか。 そのようなときには、PEPNet-Japan(P122「巻末資料」参照)のような学外専門家集団に相談したり、これまでに開発されてきたコンテンツを参考にするなどして、支援に有効な情報を集めることも大切なポイントといえるでしょう。 支援ポイント35 聴覚障害を専門とする教員の資源活用 まとめ  学内に聴覚障害を専門とする教員がいる場合には、役割分担を適宜行うとともに情報交換を行いながら連携する。  学内に限らず学外の専門家から必要なアドバイスを得たり、さまざまなコンテンツを活用して支援に有効な情報を集めることも大切。 コラム 学内他部署と連携することの意義 池谷 航介 (大阪教育大学 障がい学生修学支援ルーム) 聴覚障害学生に限ったことではありませんが、個に応じた支援を進めるにあたって、単独の障害学生支援部署だけでは対応できないことが少なからずあります。例えば、本学においても、直接学生指導にあたる講座の教員と情報共有することはもちろん、パソコンによるノートテイクが全ての教室で進められるよう、情報処理関連部署と連絡・調整を行うことが頻繁に生じます。また、教務や大学生活を支える部署は本人への説明機会が多くなりますので、そこでの情報保障について事前に相談したり資料をもらっておいたりということが日常的に起こります。このような必要性があるがゆえに学内の各部署と連携していくわけですけれど、数年来取り組みを実施していく中で、「必要だから」ということを超える連携の意義について実感できる場合が多々ありました。 確かにはじめは上記の様に、他の部署と「協議」し、「実行」するという形式的な協働になりがちです。このような段階での連携においては「できるかできないか」あるいは、「できたとしてもどこまでか」といった各々の予算や規定に照らした議論になることもあるでしょう。しかしながら、弛まず連携を継続していくと、やはり膝を突き合わせているのは人と人ですので、次第に「個々の学生のニーズに応じて進めていこう」という思いの様なものも含めて、支援の本質を共通理解できる瞬間が訪れます。その結果、他の部署から先んじて、「こんなことが気になったのだけれど」という相談を投げかけてもらえたり、学生から、「申し入れたことに十分対応してもらえました」という報告をきいたり、各所で建設的な対応が行われているのだなと実感できることも増えていくように思います。 先にも述べたように、もちろん学内ネットワークを活用した各部署の連携は、「必要だから行う」ものではありますが、その範疇に留まらず、理解的な環境を創生するダイナモ(発電機)としての役割も担っているのではないかと感じてきました。 障害学生支援は個々の障害等に応じる方法論、つまり「目に見える」支援に意識が傾きがちです。もちろんこれも大切ではありますが、各部署との連携による副次効果として、じんわりと理念が浸透していくという、「目には見えにくい」支援体制の整備がなされていくことが、もう一方で重要なのではないでしょうか。 障害学生支援部署は、個々のニーズに応じた支援を提供するため、まさに毎日「待ったなし」の状況であるといえます。けれども、他部署との必要範囲内における連携からもう一歩踏み込んで対話を継続することができれば、支援や障害について理解的で、障害学生が話しかけやすい「大学風土」が、必ずや根付いてくるのではないかと考えています。 第4節 今回の調査からみえてきたこと 聴覚障害学生にとって、青年期は自らの意思によって行動を決定していくことができるようになる時期です。それと同時に、高校までの対人関係を含めた修学・生活環境などが大きく変わり、そのことが自分の持っている世界観にも影響を及ぼすため、さまざまな葛藤が生じる時期でもあります。そしてその葛藤の最中にありながらも、自分の内面にあるニーズや思いは何なのかを探り、それを何らかの形で表明していくことも要求されるのです。聴覚障害学生にとっては、支援を申し出るという行為がまさにその一つにあたります。葛藤する内面と向き合って表現していくことはかなりの勇気がいることでしょう。だからこそ、支援担当教職員にはそのような聴覚障害学生の状況に機敏に応じて、支援を行うことが求められているのではないかと思います。 けれども、その作業は決して簡単ではなく、経験豊富な支援担当教職員がこれまでに積み重ねてきた多くのノウハウや技術を必要とするものでしょう。そこで今回は、聴覚障害学生の意思表明支援における教職員の役割を明らかにすべく、事前調査およびインタビュー調査を行いました。本節では、この二つの調査からみえてきた、聴覚障害学生の意思表明支援における支援担当教職員の役割や課題などについて述べていきます。 (1) 意思表明支援における支援の内容・方法 事前調査およびインタビュー調査から、聴覚障害学生の意思表明支援を後押しするポイント(支援ポイント)を35 個抽出しました。また、この35 の支援ポイントのうち、類似しているものをまとめ、8つのグループを生成しました。以下、順番にその要点を振り返っていきます。 1.初回面談での対応 今回の調査にご協力いただいた支援担当教職員の皆さんは、初回面談にかなりの比重と時間をかけて支援していました。これは「初回面談」が、聴覚障害学生にとって意思表明をする最初のきっかけになりうるという意味で、聴覚障害学生の意思表明支援のスタートということを認識しているからこそでしょう。そして支援事例から、聴覚障害学生が情報保障を含む支援のイメージを膨らませられるように、情報保障体験や通じ合うコミュニケーションの体験を提供していることが明らかになりました。そのような初回面談を通して芽生えてきたニーズを形にしていくのが、支援担当教職員の役割であるといえるでしょう。 2.情報保障の基盤形成 そして、そのうえで、聴覚障害学生が「情報保障」などの支援に対する認識を高めていくよう援助することも支援担当教職員の役割であることが示唆されました。ただ、ここで重要なのは、支援担当教職員は先のことを予想できていても、必要以上に先手を打ったりしていないということです。それによって聴覚障害学生は、ニーズが満たされていない状況に自ら気づき、「支援が少ない」「不満がある」という認知がもたらされる可能性があると考えられます。それによって、聴覚障害学生は自身が持つニーズへの認識を深められるかもしれません。このことが聴覚障害学生の意思表明にもつながってくるといえるでしょう。 3.情報保障の実践的見識の形成 また、大学側と聴覚障害学生側の双方向のやりとりの中で支援方法を決定、提供していくといった事例もみられました。聴覚障害学生によっては、初めて深い関わりを築いていく相手が支援担当教職員であったという場合もあります。これまで一方的に情報を受け取ったり、逆に一方的に情報を発信するのみであった対人関係が、支援担当教職員との関わりを通して、ようやく双方向の対人関係へと変化していきます。この過程を支援することも支援担当教職員の役割であると考えられます。代替措置の選択を含め、建設的対話による相互理解を進めるためには、一方的な対人関係の中で支援を決めるのではなく、双方向の対人関係を形成することが前提であるといえるでしょう。 4.関係性の構築と促進 さらに、3で述べた双方向の対人関係によって意思表明を促進させるための基盤として、聴覚障害学生との関係性の紡ぎ方の工夫がいくつかみられました。この「関係性の構築と促進」は、聴覚障害学生自身の内面世界にどのようなニーズがあるのか、そして、そのニーズに対して周りが何をどのように調整するのかを決定していくプロセスにおいて、支援担当教職員が対応すべきところは何かを示す支援ポイントだと考えられます。また、それだけでなく、聴覚障害学生はいわゆる「自尊心の傷つき体験」を多く抱えがちで、さらにその「傷つき」の意味を認識できなかったという学生も少なくありません。そのような面にも寄り添うことが支援担当教職員には求められる可能性もあるでしょう。 5.聴覚障害学生の当事者性の涵養 聴覚障害学生が主体性を持つために、同じ聴覚障害のある学生や教職員をソーシャルサポート資源として活用していました。ソーシャルサポートは「個人が取り結ぶネットワークの成員間で、個人のウェルビーイングを増進させる意図で交換される心的・物質的資源(田中1997)1」とされています。「聴覚障害学生の当事者性の涵養」はおそらく、意思表明支援を考える時に重要な知見、見解を与えられる存在の必要性を示唆していると考えられます。実際に事例の中でも、情報保障の利用に積極的でなかった聴覚障害学生が「聴覚障害の先輩が支援を利用している。私も利用してみようかな」と変化していく様子がみられ、支援の利用促進において「ソーシャルサポート資源としての当事者学生の活用」が効果をあげていることが見受けられました。当事者自身が主体的に支援を利用でき、それによって、相手の当事者もさらに支援の利用を促進できるという両者にとっての有効性が、今回の調査に表れているように思われました。 6.情報保障を利用しない学生との関係の構築と維持 聴覚障害学生が持つ聴覚障害の特性、生育や教育の背景などによっては、自分の意思で情報保障を利用しないことを選択する学生も存在します。しかし、だからといって支援の対象にならないわけではありません。たとえ情報保障は不要でも、対人関係で躓きやすい面も出てくるかもしれませんし、場面や状況が変われば、やはり情報保障に対するニーズが出てくる可能性もあります。そのような時、本人の頑張りや努力が空回りしないよう、そして本人が何らかの形で意思表明ができるよう、場合によっては情報保障を利用する学生以上のきめ細かい対応が必要になってくるでしょう。 7.環境整備 「環境整備」のためには、社会的障壁を生み出してしまう物理的な状況や慣行を見直すことや、周囲への理解啓発といった心的状況を含む環境を変更・調整していくこと、そして聴覚障害学生と周囲を結ぶ関係を作っていくことが求められていました。聴覚障害学生の意思表明に端を発する支援が、学生と支援担当教職員の間だけに終わらないよう、広く関係者に広げて行きたいところです。 8.支援担当教職員が持つ支援技術 今回の調査にご協力いただいた支援担当教職員の皆さんが日々実施していた意思表明支援は、それまでの経験や知識に裏付けられたものと考えられます。聴覚障害学生支援を担当する教職員の養成や研修の方法が十分に整備されていない現在においては、支援担当教職員自身の主観的視点が支援に大きく影響しがちです。調査の結果、意思表明支援の質や内容は、支援担当教職員の聴覚障害に関する知識、心理・福祉分野の対人援助技術、学内組織との連携や情報共有のスキルなどによって左右される可能性があることが考えられました。今後こうした知識・技術を整理し、支援担当教職員に求められる専門性を明らかにするとともに、その「専門性」の習得に向けた取り組みが求められるのではないかと考えられます。 (2)支援のプロセスと各支援ポイントの関連(意思表明支援相関図) インタビュー調査から抽出された35 の支援ポイントについて、8つに分けたグループごとの関係性を一軒家に見立て、P102「意思表明支援相関図」としてまとめました。 その結果、35 の支援ポイントのうち、「1.初回面談での対応」「2.情報保障の基盤形成」「3.情報保障の実践的見解の形成」に含まれる17の支援ポイントが主な流れを形成しており、とりわけ「2.情報保障の基盤形成」と「3.情報保障の実践的見識の形成」は強い相互関係があることが考えられました。 以下に、「意思表明支援相関図」で見立てた一軒家の各構造(一階、二階、屋根、壁・柱、土台)について説明します。 一階 「1.初回面談での対応」として、聴覚障害学生にとって大学での支援の入り口となる初回面談で実施されている支援ポイントを一階に設定しました。 二階 「2.情報保障の基盤形成」は情報保障についての対応の動きが示されている支援ポイントであり、初回面談もしくは入学前後に実施されている対応であったことから、二階に配置しています。そのうち、情報保障の認識に関わる支援ポイントを「2-1 情報保障ニーズの把握」にまとめ、具体的な行動が求められる支援ポイントを「2-2 情報保障要請および利用の促進」にまとめました。 屋根 学年が上がるにつれて聴覚障害学生の意思表明支援の工夫が必要となると考えられた支援のポイントを「3.情報保障の実践的見識の形成」としました。ここを一階と二階を経て至るプロセスと考え、意思表明支援相関図の屋根にあたる部分としました。 その中でも、支援の決定に大きく関わる支援ポイントを「3-1 支援に対するコミットメントの促進」にまとめ、支援内容の調整に関する支援ポイントを「3-2 支援内容の変更にともなう調整」というまとまりとしました。また、聴覚障害学生の発表方法の検討や授業の専門性に応じた発展的支援につながる支援ポイントは「3-3 授業の専門性に応じた支援方法の模索」としました。これら三つのまとまりは往還的な関係にあると考えられます。 壁・柱 家には床や屋根だけなく、壁や柱も必要です。この図では、「4.関係性の構築と促進」や「5.聴覚障害学生の当事者性の涵養」「6.情報保障を利用しない学生との関係の構築と維持」が「1.初回面談での対応」「2.情報保障の基盤形成」「3.情報保障の実践的見識の形成」といった主な流れを側面から支えるものと考えました。 支援担当教職員による聴覚障害学生への接し方や心理的態度の工夫をまとめた「4.関係性の構築と促進」のうち、聴覚障害学生の内面に関わるポイントを「4-1 心理状態の受けとめ」にまとめました。この「4.関係性の構築と促進」は壁・柱として、「1.初回面談での対応」「2.情報保障の基盤形成」と相互関係を持ち、なおかつ「3.情報保障の実践的見識の形成」という屋根を支えています。もう一つの壁・柱は「5.聴覚障害学生の当事者性の涵養」です。当事者性に関わる支援ポイントを「5-1 当事者との接点形成」にまとめ、自己の表出に関わる支援ポイントを「5-2 自己表出機会の増大」にまとめました。「5.聴覚障害学生の当事者性の涵養」は「4.関係性の構築と促進」と同じ壁・柱として、「1.初回面談での対応」「2.情報保障の基盤形成」と相互関係を持ち、「3.情報保障の実践的見識の形成」という屋根を支えています。 次に、「6.情報保障を利用しない学生との関係の構築と維持」は、情報保障を利用する学生とは支援内容に違いがみられたため、支援ポイントそのものを一つのグループとしました。これらは情報保障の利用を希望しない聴覚障害学生に対しての働きかけですが、「4.関係性の構築と促進」に基づいた対応がなされていました。また、「1.初回面談での対応」「2.情報保障の基盤形成」とも接点があり、「3.情報保障の実践的見識の形成」にも関わってくると位置づけて「4.関係性の構築と促進」と同じ壁・柱に置きました。 土台 家には土台が不可欠です。意思表明支援においては、「7.環境整備」「8.支援担当教職員が持つ支援技術」が基盤的な役割を持つと考えました。 聴覚障害学生への直接的な働きかけではないものの、意思表明のための間接的な働きかけと考えられるポイントを「7-1 周辺環境の整備」とし、保護者との関係についてのポイントを「7-2 保護者とのコミュニケーションや関係に関する情報収集」としました。次に、支援担当教職員が既習している知識や技術、経験との関連があった支援ポイントを「8.支援担当教職員が持つ支援技術」としました。そのうち、支援担当教職員自身に関わる内容を「8-1 習得している知識と支援スキル」、大学の持つ資源と関わる内容を「8-2 学内ネットワークの活用」としてまとめました。 (3)まとめと今後の課題 インタビュー調査の中から、(2)のような支援のプロセスがみえてきました。とはいえ、必ずしも、それぞれの大学においてこのようなプロセスが必要というわけではありません。事前調査やインタビュー調査に応じてくださった大学を概観すると、大学によって得意とするアプローチは微妙に異なっていました。聴覚障害学生からの語りの引き出しであったり、学内ネットワーキングであったり、情報保障者の配置であったりと、大学ごとに得意とするいくつかのアプローチが見受けられました。インタビュー協力校では35 支援ポイントの大半が実施されていましたが、すべてを網羅していたわけではなく、複数のアプローチを組み合わせて多面的に働きかけることによって、聴覚障害学生の卒業後を見据えた自立を目指していくというところで共通していました。また、細かなアプローチは異なっていても、すべての大学が力を入れていたのが「初回面談」と「先手を打たないこと」、そして「意思表明のプロセスを重視し」、「大学の実情とのすり合わせに時間をかけること」、「不満を受け止めつつ」、「段階的にアプローチしていくこと」でした。こうした包括的な支援の結果、大きなトラブルを未然に回避していると考えられます。 また今後の課題としては、今回の事前調査とインタビュー調査は支援担当教職員を対象としたため、聴覚障害学生自身の反応まで踏み込めなかったことが挙げられます。また、今回は聴覚障害学生が継続的に入学している大学を対象としており、聴覚障害学生の入学が断続的な大学で行われている意思表明支援のあり方も検討する必要があると考えています。あわせて、学外ネットワークとの相互影響も推測されましたが、学外ネットワークとの関係性については、十分な検討には至りませんでした。いずれも今後の課題として更なる検討を重ねる所存です。 (4)調査から捉えた「意思表明支援」とは 文部科学省「障害のある学生の修学支援に関する検討会(第二次まとめ)」2の「5.(3)合理的配慮の内容の決定の手順」では、「①障害のある学生からの申出」として、「原則として、障害のある学生本人から現に社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明があった場合において、その実施に伴う負担が過重でないときは、大学等は社会的障壁の除去の実施についての合理的配慮を行なう」とされています。つまり、「対話→調整→合意形成」といったプロセスを持った合理的配慮の提供のためには、聴覚障害学生の意思表明支援が前提となります。 大学4年間という短いスパンの中で、支援担当教職員にできることが限られている中で、どのように意思表明を引き出していけばいいのでしょうか。 文部科学省が教育分野における合理的配慮について定めた「文部科学省所管事業分野における障害を理由とする差別の解消の推進に関する対応指針」3によると、合理的配慮は「障害者でない者との比較において同等の機会の提供を受けるためのもの」であり、かつ、「事業の目的・内容・機能の本質的な変更には及ばない」ものであると規定されています。また、合理的配慮は障害のある人の能力の評価を歪めるものであってはならないとされていますが、聴覚障害学生の意思表明支援が十分でない現状で、合理的配慮を提供しても、それは果たして聴覚障害学生が本当の意味で他の学生と同じスタートラインに立ったといえるのでしょうか。こう考えると、やはり聴覚障害学生が持っている能力を公平に評価するためには、意思表明支援が前提となってくるのではないかと考えられます。 聴覚障害学生が持つ、これまでの対人関係や過去の経験などをどのように見いだすのか。意思表明支援は、その時必要な支援を行うためだけではなく、聴覚障害学生の過去・現在・未来の形成にさえもつながっていきます。たかが4年間。されど4年間。重要な意味を持つ4年間です。4年間で、聴覚障害学生それぞれが持つ過去・現在・未来に、支援担当教職員としてどう関わっていくのか。このことは単に情報保障をつけて終わりという支援の段階からもう一歩踏み出して、さらなるステージを作っていくことの必要性を意味していると考えられます。意思表明支援は現状の打開と維持のためではありません。意思表明支援は、聴覚障害学生支援の中でもさまざまな意味を持つ、本質的な概念でもあるといえます。これまでなかなか取り上げられることがありませんでしたが、聴覚障害学生支援が一般的になってきた今だからこそ、そこにようやく辿り着いたといえるのかもしれません。今後の聴覚障害学生支援は、そういった本質的なところが問われてくる展開になってくると考えられます。 <意思表明支援相関図(家モデル)> 第3章 ワークショップ 「聴覚障害学生の意思表明支援とは―支援担当教職員の役割を中心にー」 第1節 ワークショップ概要 本事業では、高等教育機関において障害学生支援を担当している教職員を対象としたワークショップも開催しました。ワークショップには全国各地から計41 名(スタッフ等含む)の方々にご参加いただき、少人数ながらも内容の濃い一日となりました。 初めに開会式として、本事業代表である吉川から事業の目的や概要について説明し、続いて大阪国際大学の木村真人先生による基調講演が行われました。木村先生には「大学生の援助要請行動のプロセスから考える障害学生支援」というテーマでお話いただき、「援助要請」という新しい観点から意思表明支援について考えを深めることができました(基調講演報告は第2節をご参照ください)。また、グループディスカッションでは、二つのグループに分かれ、事例をもとにしたディスカッションを行いました。聴覚障害学生のさまざまな背景を理解し、想定しながら関わることが意思表明支援につながる、という考え方から、深いディスカッションが行われました(グループディスカッションについては「第3節グループディスカッション―扱った事例と対応例―」をご参照ください)。 以下、ワークショップの開催要項の一部を掲載します。 ワークショップ「聴覚障害学生の意思表明支援とは―支援担当教職員の役割を中心に―」 開催要項 目的: 筑波技術大学に事務局を置く日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan)では、聴覚障害学生の意思表明プロセスにおける支援の具体的な取組内容や支援担当教職員の役割について明らかにすることを目的に、モデル事例構築事業「聴覚障害学生の意思表明支援~支援担当教職員の役割を中心に~」として、インタビュー調査等を進めてきました。 本ワークショップは、本事業の一環として、障害学生支援の担当教職員を対象にこれまでの調査内容をもとにした聴覚障害学生の意思表明に関わる二つの事例についてグループディスカッションを行い、聴覚障害学生が意思表明にいたるまでの過程や、彼らへの必要な支援について学びあうことを目的として開催します。 主 催:日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan) 日 時:2016 年11 月3 日(木・祝)10:30~15:00 会 場:秋葉原コンベンションホール 5 階5C 会議室 (東京都千代田区外神田1-18-13 ダイビル5F) 対象者:高等教育機関で聴覚障害学生を含む障害学生への支援業務を担当している教職員 プログラム:基調講演 「大学生の援助要請行動のプロセスから考える障害学生支援」 講師:大阪国際大学 学生総合支援部 学生相談室 木村真人氏(博士(心理学)) 論点整理・質疑応答 グループディスカッション 「聴覚障害学生の意思表明を引き出す支援とは」 総評 第2節 基調講演「大学生の援助要請行動のプロセスから 考える障害学生支援」報告 ここでは、木村真人先生による基調講演の講演録とスライドを掲載するとともに、第2章で整理した「聴覚障害学生への意思表明支援」についての35 の支援ポイントが講演内容とどのように関連しているかを参考までに示しました(網掛け部分)。 (講演録内の「関連する支援ポイント番号」は、講演の実施後に、編集メンバーにより編集したものです。 基調講演は、支援ポイントとの関連を想定して話されたものではありませんが、聴覚障害学生支援への意思表明支援とも多くの共通点があることがうかがえます) ■講演録 基調講演「大学生の援助要請行動のプロセスから考える障害学生支援」 講師:大阪国際大学 学生総合支援部 学生相談室 木村真人氏 大阪国際大学学生相談室の木村です。私のバックグラウンドは心理学で、臨床心理士として、主に学生相談室で学生のカウンセリングや相談を行っています。現在の所属である大阪国際大学学生相談室には5 年前に着任しました。主に発達障害のある学生で大学生活に困難を抱えているケースには、心理的サポートと併せてコーディネート業務が欠かせないということがあり、学生相談室で障害学生の支援を担当しています。今日は、普段の業務で私自身が感じていることもお話させていただきます。 今回の内容は必ずしも聴覚障害学生に限った話題ではありませんが、大学生として共通する特徴・特性があると思います。その上で各障害にどういう特徴があるのか、あるいは学生一人ひとりの違いも含め、皆さんが普段接する学生さんに当てはめて理解していただければ幸いです。 1.はじめに:なぜ『援助要請』に着目するのか? なぜ「援助要請」に着目するのでしょうか。私がこのテーマに興味を持って取り組んだのは、大学院生の修士論文です。当時は意識していませんでしたが、振り返ると私自身も人に助けを求めるのがあまり得意ではありませんでした。困っていても「助けて」とは言えず、幸い周りの人たちに助けられて、何とかやってきたところがあります。同じように悩みを抱えていても「助けて」とサインを出せず、周りも気づいていない場合、その問題は一人で抱えざるを得なくなり、学生生活にさまざまな困難が出てくると思います。私も学生に対してつい「何か困ったことがあったら相談してね」と言ってしまいますが、助けを求めることは簡単ではありません。なぜその人が助けを求められないのか、本人の意識を把握した上で関わっていくべきではないかと考えました。 実際に大学での学生相談・支援においては、どういうことが課題なのでしょうか。2014 年のJASSOの調査にあった項目を提示します。(スライド4) 皆さんの大学での学生支援・相談において必要性の高い課題は何かを聞いた結果です。一番高かったのは、「悩みを抱えていながら、相談に来ない学生」。回答のあった大学の85.9%が挙げています。今日参加されている方々も、本人がなかなか相談に行かず周りの人が困っているというようなケースで、対応に迷われているのではないかと思います。更に、私立大学の学生生活に関する2015 年の調査結果(スライド5)によると、大学生の主な相談相手は誰かという項目で、最も多いのは「友人」、次が「家族」でした。学生相談室に勤務する立場としては非常に悲しいのですが、「学生相談室」という回答はとても少ないです。「大学教職員」も少ない。そしてもう一つ注目したいのは、「誰にも相談しない」という学生が一定数いるということです。そういう学生は、悩みを抱えた時どうしているのか気になります。もちろん自分で解決できればいいですが、全て一人で解決できるとは限りません。こうした調査から、潜在的には「相談したいけれど相談できない」という学生が一定数存在しているということが見えてきます。もし学生たちが、相談のニーズを抱えているのだとしたら、大学内のサービス・支援を届けることが必要になってきます。 一方、障害学生に関わる調査については、JASSO が2015 年に過去数年の実態調査を分析したものが公表されています。スライドには、支援を受けていない障害学生の数、そしてその割合の推移を提示しています。(スライド6) 障害があっても支援が必要とは限らないので、一概にいけないことだとは言えないですが、支援を受けていない学生はどんどん増えています。このことをどう理解すればいいでしょうか。特別な支援がなくても学生生活を送れるような環境やサポートが整っている、と考えることもできますが、この報告書では、支援を受けていない理由が明らかにされていないのです。もしかしたら、支援が必要と考えていても受けられていないケースが含まれているかもしれません。このことから、なぜ支援を受けないのかを明らかにしていく必要があると思います。 私自身、実際に学生相談室業務をしていて、困っていたり悩んでいたりするのになぜ相談に来ないのか、非常に気になるところでした。援助や支援のニーズを持ちながらも、必要としている人にそれが届いていないという状況は、「サービス・ギャップ」という言葉で研究されています。いくら学内に相談支援機関があっても、必要としている人にサービスが届いていなければ意味がないのではないでしょうか。なぜ、支援・相談を受けないのか、一人ひとりがどんな意識や態度を持っているのか。そこを理解する必要があるため、「援助要請」という視点が最近着目されているわけです。 2.大学生の援助要請行動のプロセスの理解 1)大学生の援助要請の主な特徴(スライド9) では、援助要請について、これまでの研究の中でどのようなことが明らかになっているかを紹介しま す。 まず「男性よりも女性のほうが人に助けを求める」。男性はなかなか人に助けを求められず、「相談」の枠組みに抵抗を感じる部分があると言われています。直接は相談しないのですが、飲みに行って愚痴を言うような形で間接的に相談することが見られます。女性は普段からプライベートな相談をすることが比較的多いので、実際に助けを求める頻度や意識、態度が男性より肯定的だと言われています。 二つ目に「専門家よりも身近な人に援助を求める」。皆さん自身も、何かあったときにはまず身近な人に相談すると思いますが、一方で身近な人だからこそ相談しにくいこともあります。友だちや親に迷惑をかけたくない、プライベートなことだから友だちに知られたくない、といった抵抗感もあります。その点、専門家には守秘義務があり、秘密が守られるという面があります。 次に「援助を求めることを決めても、必ずしも行動に結びつくとは限らない」、「本人にとって重要な人物が、相談を求めることに対して肯定的にとらえていると、その本人も相談を求める意識が高い」という特徴があります。誰かに相談しようと思ってもすぐに行動に結びつくわけではありません。相手に迷惑がかかるのではないか、面倒だと思われて友人関係が崩れるのではないか、相談しても「そんなの考えすぎ」などと軽く扱われるのではないか、と思ってしまい、さらに過去にそういう経験があれば、行動に移すのを躊躇してしまいます。逆に、周囲の人が「相談」を肯定的にとらえていれば、本人も支援を求める意識が高くなると言われています。 大学全体のコミュニティも大事だと思います。大学の先生が支援を受けることに対して、「それは自分が弱い人間だと認めることだから、自分で何とかするんだ」と話したりすると、学生は「先生はそう思っているのだな」と感じ取り、大学の風土や組織全体が支援に否定的なのだと思って相談しなくなります。「自分でなんとかしなくてはいけない」という考え方はもちろん大事ですが、過度にそう思ってしまうことで問題を抱え込んでしまうことにつながります。ですので、大学全体の雰囲気はとても大事です。→関連する支援ポイント35 次に「相談することのメリットを高く評価しているほど支援を求める」という傾向があります。学生は、学生相談室や障害学生支援室を利用するとどんなことが起こるのか、イメージできないことがあります。私も「カウンセリングを受けるとどうなるんですか?」と聞かれることがあります。その点、過去にどのくらいの学生が相談して、その結果大学に来られるようになったり無事卒業できたりして…と具体的なメリットについてのクチコミがあることは大きいです。 スライド9の次の項目、「相談機関などの経験者から相談機関の利用を勧められると、利用の意識が高まる」に関連しますが、実際に相談したことがある学生から勧められれば、「行ってみようかな」と思うこともあります。先生や職員が、気になる学生に学生相談室を紹介してくれることもありますが、時には相談室の場所も担当者のことも知らないのに勧めていることもあり、それでは学生もあまり行こうと思わないわけです。行ったことがない人からおいしいレストランだと勧められても、信じられないのと同じです。ですので、学生相談室や支援室のことを先生方に知っておいてもらうのは、重要なことです。→関連する支援ポイント22、23 2)援助要請行動のプロセスとアセスメント(スライド10) 助けを求める行動は、求めるか、求めないかということより、時間軸に沿って考えることでいろいろなパターンが考えられます。問題や悩みが生じてから実際に相談するまでのプロセスに着目し、各段階でどういうところに行き詰まっているのかを見てみると、実にいろいろなパターンがあります。 まず、問題が発生し、それを本人がとらえるところからスタートします。周りから見ると「困っている」「大変そう」と思っても、本人が問題を認識しなければ助けを求める行動にはつながりません。そういう学生は、助けを求めないまま学生生活を送る場合もあるし、誰かに連れられて皆さんの目の前に現れることもあります。 問題を認識した後は、その問題を自分で解決できるのか、という判断があります。自分で解決できるなら誰かに助けを求めるには至りません。自分で解決するのが難しい場合は誰かに相談すべきか検討し、「やはり必要ない」あるいは「必要だ」という判断をします。さらにその上で、身近な人に相談するのか、専門家に相談するのかという判断があります。仮に「専門家に相談する」と決めた場合でも、必ずしも行動に結びつくとは限りません。相談しようと思っても相談できないということが出てきます。では、これをもとに大きく4 つのタイプに分けて、それぞれの特徴を見ていきます。 3)タイプ1 「困り感のない学生」の理解(スライド11) 一つ目は、問題が発生しているにもかかわらず、本人が問題と認識していない場合です。これは、問題がそれほど深刻でないという場合もありますし、本人が問題を認めたくない場合もあります。大学生の場合は少ないかもしれませんが、たとえばいじめの問題などがあります。いじめられていることを認めてしまうことが、本人自身の傷つきにつながるので、周りから見るといじめであっても、本人が受け入れたくないという形もあります。「友だちとふざけているだけ」と考えたりします。 または、もしかすると障害のある学生にはこういうケースもあるかもしれませんが、この問題はこれまで当たり前だった。つまりずっと困った状態で過ごしてきたので別に問題ではない、今までと変わらない、という状況です。そうなると相談には至りません。 あるいは、「楽観的認知」。つまり「何とかなるだろう」ととらえるわけです。楽観も時には必要ですが、あまりに過度になると対応が遅れることもあります。この場合、私たちの前に現れるとすれば、周りの人が困っている・心配しているというケースが多いと思います。本人は困っていないが、先生がどう対応したらいいのか困っている。友だちから見ていて気になる。それで先生や友だちが相談に来たり、本人を連れてくるケースがあります。 →関連する支援ポイント19、26 4)タイプ2 「自分で対処できるととらえている学生」の理解(スライド12) このタイプの特徴は、「人に頼りたくない」あるいは「頼ることは弱い人間のすることだ」と認識していたり、周りから「社会に出れば誰にも頼ることができないから自分で解決するように」と言われて育ってきたりしています。もちろん、生きていく上では自分で解決することも必要ですが、上手に周りに頼ることも大事なので、自分で何とかしたいという思いも大切にしつつ、「こういうふうに周りの力を借りるとうまくいくよ」と支援につなげることがポイントかと思います。 あるいは、初めて遭遇する問題で状況を十分に把握できていないために、「解決できるだろう」と思っていることもあります。それでもうまくいかなかった時、次の選択肢として、人に助けを求めようと考えるわけです。 →関連する支援ポイント19、26 5)タイプ3 「助けてほしいと思わない学生」の理解(スライド13) それでも、「やはり支援は必要ない」と、この段階に留まってしまうタイプもあります。たとえば、せっかく勇気を出して「こんなことで困っているからサポートしてほしい」と伝えたのに、「それはみんなも困っていることだから、自分でなんとかしなさい」とか、「考えすぎだよ」と、相手に真剣に受けとめてもらえなかったという経験があると、人に助けを求めることにネガティブなイメージを持ってしまいます。こういうタイプは、過去の援助や支援の経験を、少し掘り下げて聞いていくことも必要になってくるかと思います。 →関連する支援ポイント18、19 それから、援助や支援に対してそもそも期待が薄いという場合もあります。これも、過去に受けた援助と関係してくるかもしれません。また、自分のプライベートなことを話すかどうかも人によって違ってきます。私も「自分のことをあまり話さない」とよく言われます。相談となると、過去のことやプライベート、家族のことなど、どうしてもいろいろ話さなくてはなりませんが、話したくない学生にとっては、人に何か相談をすることに抵抗を感じてしまいます。 あるいは、今の状況はきっとどうにもならないだろうという無力感や諦めもあります。心理学では「学習性無力感」、つまり無力感が学習されるという意味の言葉があり、自分の力で現状を変えられないことが何度も続くと、きっと自分は何をしてもダメだろうと経験を通して無力感が学習されてしまい、うつ病などにつながるという研究があります。よくあるのは就職活動の例です。はじめは頑張れば受かるだろうと思って何社も面接を受けますが、受かるかどうかは本人の頑張りとは別のところで、企業の求める人材の都合などで決まっていきます。本人が努力しても結果が伴ってきません。そういう状況が続くと、だいたい6 月~8 月にかけて意欲がなくなってきて、「どうせやってもダメだと思います」と無力感に陥り、パタッと就職活動をやめてしまうのです。ですので私の場合は、学生に事前に、「心理学では『学習性無力感』といって、意欲がなくなってしまうこともあるけれど、落ちても自分の性格やパーソナリティが否定されているわけではないんだよ」と伝えるようにしています。 →関連する支援ポイント33 障害学生支援に関しても、いくら相談員や学校に訴えても状況が何も変わらず、無駄だと思って諦めてしまうことは、あると思います。私自身も大学で、障害学生が支援を求めたりニーズを訴えたりしてもどうしても応えられないことがあり、諦めの思いに至らせてしまっているかもしれないと反省する部分もあります。本人が行動することで状況が変わるのだという気持ちを持たせることが大事なのです。→関連する支援ポイント8 更には物理的問題で、例えば、相談したいが授業が詰まっていて、支援室が開いている6 時までに行く時間がないということで、相談に行くことの優先順位が下がることもあります。相談までの手続が面倒で、後回しになることもあるでしょう。 また、二次的な問題で、障害学生さんの中にも心理的な問題を抱え、抑うつ的な症状が出てくることもあります。そうすると物事をネガティブに考えたり、大学で孤立感を感じてしまったりして、誰かに助けを求めるという発想に至らなくなります 6)タイプ4 「助けてと言えない学生」の理解(スライド14) これは、「相談する」と決めても実際に行動に結びつかないタイプです。援助要請スキル、つまり今日のテーマでもある意思表明のスキルとも関係してきますが、誰かに相談するために、そこに求められるスキルがあります。今の学生は社会的スキルが足りないこともあり、なかなか人にうまく相談できません。「相談したいことがあるんだけど」という前置きもなしにメール等でいきなり個人的な悩みを送ってしまい、相手を困らせたりします。また、私は授業も担当していて学生が質問に来ることもありますが、タイミングが悪くこちらの忙しい時や電話中に来てしまっても、状況やタイミングを考えず「相談があります」と切り出したりします。もしかすると学生たちは、助けを求めるときに必要なスキルを今まで学んでこなかったのかもしれませんが、社会に出る上で、大学の間に身につける必要があると思います。→関連する支援ポイント8、9 また、「遠慮」というのも結構多くあります。大学の先生や職員の方々は忙しく、その状況を学生に知ってもらうことも重要ですが、いつも忙しい姿ばかり見せていると、学生さんは遠慮を感じて相談できないかもしれません。「今は相談できる時間」として時間の枠を決めたり、遠慮しがちな学生には積極的に声をかけることが必要になってきます。また、相談したことについて秘密が漏れたり、他の先生や家族に知られたり、真剣に対応してもらえなかったりするのではないかと不安を抱いて、相談できないケースもあります。 →関連する支援ポイント20 問題を認識してから相談に至るまでは、このような形でプロセスが進んでいきます。もちろん、一方向にスムーズに進むわけではなく、どこかの段階に留まったり、戻ったりすることもあります。→関連する支援ポイント13 3.援助要請行動のプロセスから考える障害学生支援 今回四つのタイプに分けてお話しましたが、学生の状況を理解するとき、援助要請行動のプロセスのどの段階にいるかを把握することは、有効な支援につなげていく上で大事なことです。学生がどの段階にいるかを把握した上で、とどまっている段階に働きかけていくのが一つの方向性です。 1)タイプ1 「困り感がない学生」へのアプローチ(スライド17) 本人に困り感がない、問題を認識していない場合は、周りがいくら積極的に動いても、支援を求めるという本人の主体的な行動にはつながりません。まず「問題状況の認識」に戻って働きかけ、なぜ本人は認識していないのかを理解します。発達障害の学生さんの場合、問題把握できず、問題が積み重なってしまうという例もあります。そこで、本人にとって取り組みやすく、認識しやすい課題に焦点を当てていきます。たとえば、授業についていけてないようだとか、グループワークでなかなかコミュニケーションが取れていないなど、周りが心配している場合、大学生にとっては、「学ぶ」というのは大きなテーマなので、学習に関わる問題は本人も認識しやすく取り組みやすいところです。「単位を取るために」「卒業するために」というアプローチをして、本人の問題認識を促すような関わりが大事だと思います。→関連する支援ポイント5 2)タイプ2 「自分で対処できるととらえている学生」へのアプローチ(スライド18) このタイプは、それまでは自分なりの対処方法でうまくいっていたとしても、状況が変わると同じ方法ではうまくいかないことも出てきます。私の場合は、本人が自分で取り組もうとしている部分は尊重しつつ、「ほかにも何か役立つ方法を一緒に考えてみよう」と、できることを追加していくというアプローチを取っています。しかし、自分でやってもうまくいかないときは、周りに頼ることも問題解決の一つの大切なスキルであることを伝え、人に助けを求めることを肯定的にとらえ直してもらうことが、次の段階とも共通する大事な部分だと思います。 →関連する支援ポイント5、6、11 3)タイプ3 「助けてほしいと思わない学生」へのアプローチ(スライド19) このタイプは、他の人には頼りたくないということなので、誰かに相談したり頼ったりしたことで嫌な経験している可能性が考えられます。そういった過去の否定的な体験について本人と話し合う必要があるかもしれません。過去の経験を振り返り、もしかすると相談の仕方を変えることで、嫌な経験を防げたかもしれないと考え、相談することのメリットをしっかり伝えます。「相談すると良いことがあるよ」と漠然と言うだけでなく、どういういいことが起きるかを具体的に伝えることが大事で、特に実際に支援を受けた学生の体験談など、体験者の言葉は重く、メリットとして本人たちの心に届くと思います。→関連する支援ポイント18、19、22 4)タイプ4 「助けてと言えない学生へ」のアプローチ(スライド20) この場合は、「相談の意思決定」の部分に働きかけます。「助けてほしいけど、助けてほしくない」は誰にもある葛藤なので、葛藤も大事なことと受け止め、どうするかを一緒に考えます。私自身はカウンセラーの立場なので、助けを求めるかどうかの行動の部分より、その背景にある思いなどをなるべく丁寧に取り上げ、関わっています。こちらの思い込みで、相談できないのは過去に何かあったのだと決めつけるのではなく、一人ひとりがこれまでどういう経験をしてきたかを丁寧に確認し、不安があれば取り除き、何か行動を阻むことがあれば、どうすればいいか一緒に考えることが大事です。→関連する支援ポイント18、19 また、相談に来ても人の出入りが多ければ、自分の話したことが誰かに伝わってしまうのではないかと不安を抱いてしまいます。物理的に相談しやすい環境づくりも大切です。また、相談や支援を受けるメリットを改めて伝えたり、確認したりすることが大事です。 →関連する支援ポイント28 こうしたことは全ての学生に共通する部分、一人ひとり違う部分、障害特性で異なってくる部分があるので、普段関わっている学生をイメージし、その学生がどのタイプか、どの段階でつまずきを感じているか、その学生に対してどのように相談行動を促すアプローチをとれるか、考えていただけると良いと思います。 →関連する支援ポイント33 5)計画的行動理論から示唆されること(スライド21) 援助要請行動のプロセスとは別ですが、私たちが何か行動をしようと思うとき、その前段階には行動の意図があり、意図に対して影響を与えるものとして、行動に対する態度、その行動に対して周りはどう考えるのかという主観的な規範、自分は行動できるという行動統制感の三つが影響していると言われます。 相談しようという態度がネガティブな場合は行動の意図が低くなりますし、周りが相談することを否定的にとらえていれば本人も否定的にとらえてしまうし、「行動できる」と感じていなければ行動にはつながりません。また大学全体が、学生が支援を受けることをどうとらえているかも、学生の相談しようという意図に影響するので、大学全体や周囲の人への働きかけも大事だと思います。また、本人が支援を求めることに対してどう考えているか、その結果どうなると考えているかも確認する必要があります。手続きや、支援室の場所や利用時間帯など、物理的な利用のしやすさも大事な部分です。→関連する支援ポイント28 4.まとめ 援助要請を研究していて皆さんに一番伝えたい事は、困っていて助けてほしいと思っていても、助けを求めるのは簡単ではない、ということです。支援できる状況が整っているのに本人が要請してこないと、「なんで困っているのに相談に来ないんだ」と学生を責めてしまう形にもなってしまいますが、本人に葛藤があることを知っておくと、そうした苛立ちを抑えることができます。悩みを抱えてから相談するまでにはさまざまな意思決定のプロセスがあり、どの段階に学生が留まっているかを把握することで、学生にあわせたアプローチをとることができる、ということをお話しました。 最後に、学生支援全般に言えることですが、支援は一部の決められた専門部署だけが担当するわけではなく、チームで行うことが多いと思います。支援する側の教職員同士がまず、お互いをうまくサポートできるか、困っていることを抱え込まず上手に助けてと言えるかどうか。教職員がチームで助け合っていることを学生に見せていくことも、援助を求めるための良いモデルになると思います。→関連する支援ポイント34 よく「助けられ上手になりましょう」と言われますが、周りがつい助けたくなってしまう人は、助けられ上手な一面を持っているということです。助けてもらうことを肯定的にとらえ、その援助要請行動を学生から引き出せるよう、サポートすることが大事だと思っています。 第3節 グループディスカッション―扱った事例と対応例― ワークショップでは、以下の二つの仮想事例を題材に、木村真人先生のご講演内容や参加者のこれまでの経験を踏まえ、「支援担当教職員として聴覚障害学生への意思表明をどのように支援していくか」についてグループディスカッションを行いました。本節では、扱った事例と対応例をご紹介します。 事例1 A さんとの初回面談 大学入学を前に、聴覚障害学生 Aさんとの初回面談を実施しました。 Aさんに入学後の支援希望について聞いたところ、『支援はなくても大丈夫です』という答えが返ってきました。 このような初回面談で聴覚障害学生の支援利用に対する意思を確認する場合、支援担当教職員としてA さんの意思表明をどのように支援していくとよいでしょうか。 グループディスカッションでは、以下の2点をグループで話し合いました。 ① A さんが上のように回答した背景として、どのようなことが考えられるでしょうか。 ② 支援担当教職員として、Aさんに対してどのような対応や働きかけを行いますか。 この2点について、グループディスカッションでもさまざまな意見が出されましたが、今回の事前調査およびインタビュー調査の結果から、以下のようなことが考えられます。また、P21「第2章第3節1.初回面談での対応」もご参照ください。 ① 予想される背景 ② 対応方法(例)  大学授業の様子を知らない  イメージできていないために支援の必要性を感じない  大学で学ぶ上での困難さ(大教室では前列でも読話できない等)を説明し、支援の必要性に気づかせる 例:大学の授業と高校までの授業との違いを説明する (板書が少なく、先生の口頭説明中心の授業) 模擬授業や実際の授業に参加してもらう  聴覚障害学生の先輩に、授業での支援利用の体験談を話してもらう 入学以前に情報保障支援の利用経験がなく、支援のイメージを持っていない  どのような支援を利用できるか、支援内容・種類、支援利用の場面等、本人の理解度に応じて、段階的に情報提供を行う  初回面談時に情報保障支援を手配し、実際に利用体験をしてもらう  授業で試しに利用体験をしてもらう  聴覚障害学生の先輩に、授業での支援利用の体験談を話してもらう 軽中等度難聴で聴力を活用して授業を受けているため、情報保障支援の必要性を感じていない  口話と聴覚活用のみで、授業の参加に困難さを抱えると思われるポイントを具体的に尋ね、困り感がないか確認し、困り感の自覚・気づきを促す→困り感の自覚・気づきがあれば、それに応じて支援内容を提案する 例:「聞くことにずっと集中した状態でノート取れるかな?」「ディスカッションで話についていけそうかな?」  ノートテイク等の情報保障支援以外に、補聴システムの利用や配慮依頼文書の発行を勧めてみる  働きかけても支援の必要性を感じない、抵抗を示すような場合、「何か困ったことがあれば、いつでも相談に来るように」等と伝え、つながりを維持した上で、様子を見守る 支援利用に抵抗がある例1:入学以前の情報保障支援の利用経験が、本人にとってよくなかった 例2:支援を利用すると目立ってしまい、障害があることを知られてしまう など  本人の考えや気持ちを丁寧に確認し、本人の意思を尊重した形で支援内容を協議・決定する  「何か困ったことがあれば、いつでも相談に来るように」等と伝え、つながりを維持した上で様子を見守る  信頼関係を築くように努め、相談しやすい環境を作る  障害の程度や考え方等が似たような聴覚障害学生の先輩を紹介する事例2 B さんの情報保障 聴覚障害学生B さんの情報保障を担当している学生から、『講義中、B さんが情報保障を見ません。どうしたらいいですか。』という相談がありました。 情報保障支援をすでに利用しているB さんです。支援ニーズを深めていく意思表明支援が、支援担当教職員に求められるかもしれません。グループディスカッションでは、以下の2点をグループで話し合いました。 ① 事例2の背景として、どのようなことが考えられるでしょうか。 ② 支援担当教職員として、B さんに対し、どのような対応や働きかけを行いますか。 この2点について、今回の事前調査およびインタビュー調査の結果から、以下のようなことが考えられます。また、支援ニーズを深化させていく対応として、P30「第2章第3節2.情報保障の基盤形成」やP43「3.情報保障の実践的見識の形成」も合わせてご参照ください。 ① 予想される背景 ② 対応方法(例) 支援の方法が本人のニーズや希望と合っていない 例1:情報量が多すぎて、本人が受け止めきれていない 例2:現在の方法では、本人にとって必要な情報が伝わっていない など  「Bさんが情報保障を見ない」とはどういう状況か、支援学生に確認する  Bさんにどのように情報保障支援を利用しているかを尋ね、予想される背景を探る  Bさんの支援の利用方法や支援に対する考え方を確認した後、支援学生にその旨、理解を求める  支援学生には、Bさんのニーズを尊重して支援するようお願いしたり、場合によっては、支援手段を変更する 例: 手書きノートテイクからパソコンノートテイクに変更する複数の支援手段を併用する など  B さん自身が、支援に対するニーズを支援学生に伝えられるよう援助する 支援の方法は本人のニーズや希望に合っているが、そのことが支援学生に伝わっていない 例1:情報保障を見慣れていなくて、どうしていいかわからない 例2:情報保障だけでなく、聴覚活用に集中したり、先生の口元やスクリーン、教科書など、さまざまな視覚情報をみている 例3:軽中等度難聴のため、自分が聞き取れないと思ったところを中心に情報保障を確認している など <二つの事例検討における共通したポイント> 本人との丁寧な対話をとおして、大学入学以前の種々の背景や本人の潜在的な支援ニーズを理解し、それらに応じて働きかけていくことが重要! 第4節 参加者のフィードバックシートから ワークショップでは参加者の方々に「フィードバックシート」として、受講後このワークショップがご自身の大学での聴覚障害学生支援にどのように還元されたか、お聞きしました。ワークショップのおよそ1か月後に提出いただいたフィードバックシートの一部を以下にご紹介します。 ■ワークショップに参加して感じたこと ・これまで「学生が求めてきた事柄に対してどう支援を行うか」を中心に考えてきたが、ワークショップをきっかけに、障害の種別を問わず意思表明を引き出すための支援も必要であるという認識に変わった。 ・情報保障の調整がどうしてもできない時、学生に「このコマはノートテイク無し」と結果を伝えるのは簡単だが、その後のフォローや代替案について学生から意思表明を引き出すのは難しいと感じた。学生の「大丈夫です」という言葉の真意(本当は大丈夫ではない)を捉える必要があると感じた。 ・聴覚障害学生が意思表明をすることは、それまでの教育歴や育ってきた環境によって、こちらが想定する以上にハードルが高い場合もあるということを改めて感じた。今の学生の様子を見ていると、「自己抑圧」の枠をはずしていく支援をどうしていくか、今まで以上に考えなければいけないと感じた。・いま目の前に見える学生の姿だけでなく、その学生がこれまでの生活の中でどのような経験をしてきたのかを想像すること、またさまざまな関わりを通して知っていくことが大切だと思った。そうでないと問題を学生の「性格」や「努力の程度」に帰して理解してしまい、結果的に意思表明支援につながらないばかりか、ともすると聴覚障害学生と教職員の関係を悪くしてしまう可能性があるという示唆を受けた。 ・聴覚障害学生にとどまらず、障害学生が自分で、どのような支援が必要かを意思表明することは容易ではない。意思表明支援は重要であると思うが、一方で支援体制がまだ整っていない大学では、まずは学内体制を整えることが先決のような気もしている。学内体制の整備と意思表明支援が両輪となって、今後少しずつ取り組んでいければと思う。 ・聴覚障害学生の成育歴や教育環境を抜きに考えると、「意思表明支援」という働きかけはやりすぎではないか、本人の主体性が損ねられるのではないか、という意見も出てくる。個別の状況やニーズにあわせて取り組んでいくために、理解啓発が重要であると同時に、コーディネーターの力量も問われてくると思う。一方で、聴覚以外の障害学生にも同様のニーズが隠れており、それに気づけるようにありたいと思っている。 ■ワークショップ参加後に実践したこと ・これまでは、自分の考えつく範囲でしか聴覚障害学生が意思表明をしない背景を想定できなかったが、「実はこういうことを考えて意思表明をしないのではないか」と、可能性を広げて対応を検討できるようになった。コミュニケーション量は増加した。 ・ヒアリングや面談の時に、質問の仕方を工夫した。それぞれに合ったコミュニケーション方法(口話、手話、筆談)を選択しながら、こちらの質問内容や意図が伝わっているかを確認するため、「はい・いいえ」での返答ではなく、できるだけ本人の口から何か発せられるように持っていくことを心がけた。 ・支援や人に依存するではなく、自分でやっていく、切り開いていく、そうした必要性を伝えると同時に、頼るスキルも必要であることを伝えた。 ・イベントなどへ積極的に誘うようにした。出欠の選択をする権利を与え、参加不可の場合は理由を聞き、「苦手」「めんどくさい」も意思表明と受け止めた。 ・“過去のネガティブな被援助体験”を抱えている聴覚障害学生とかかわる際には、できるだけ「相談して良かった」と思ってもらえるように、聞かれたことには明確に答える、共感を示すような言葉がけをする、などを意識するようになった。 ・今までは何気なく「何かあったら来てね」等の声掛けをしてしまっていたと感じ、そのような言い方はしないように気をつけるようになった。 ・援助要請行動のプロセスのお話から学生のタイプを整理して捉えることができるようになり、学生とかかわる際にその学生がどのタイプでどの段階にいるか、と考える視点を持てるようになった。 ・支援学生や教職員とあまり交流のない1 年生の聴覚障害学生に、自分の意見や要望を伝える土台となるような人間関係を築いてほしいという意図で、利用学生、支援学生、教職員、地域のろう者などが集うクリスマス会を企画した。 ・学内では初の試みとして、1月末から2月初め頃に支援担当教職員と利用学生の面談をおこない、1年間の支援利用経験の振り返りを行った。 ・次年度に聴覚障害学生が入学予定のため、聴覚障害学生が意思表明へ至る過程や背景を考える機会となるような学内向けの講習会を企画した。 参加者の皆様、ご提出誠にありがとうございました。 巻末資料 日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan)について 日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan)は、全国の高等教育機関で学ぶ聴覚障害学生の支援のために立ち上げられたネットワークです。事務局が置かれている筑波技術大学の他、全国において聴覚障害学生支援の先駆的な取り組みをしている大学・機関の協力によって運営されています。高等教育機関における聴覚障害学生支援体制の確立と、全国的な支援ネットワークの形成に寄与することを目的として、障害学生支援に関わる他の機関と連携しながら、聴覚障害学生支援にまつわる情報や実践の蓄積、全国の大学・機関に向けた発信を行うことで、障害学生支援全体の発展を目指して活動しています。PEPNet-Japan の大きな特徴は、大学・機関の枠を超え、聴覚障害学生支援の専門家や支援経験の豊富な教職員、関係者がともに活動し、より新しい先端の取り組みを目指すことができること、そして、生きた情報や有益な示唆を効果的に発信していけることです。今後も、全国どの高等教育機関においても、すべての障害のある学生が十分に学ぶ機会を得て力を発揮していける環境が整備されることを目指し、取り組みを進めていきます。 連携大学・機関(2016 年7 月現在) 日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan)事務局 〒305-8520 茨城県つくば市天久保4-3-15 国立大学法人 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター内 TEL/FAX 029-858-9438 URL http://www.pepnet-j.org E メールアドレス pepj-info@pepnet-j.org 新たな時代のニーズに対応したモデル事例構築事業について 本事業について PEPNet-Japan では、2004 年の発足以来、聴覚障害学生の高等教育支援に必要な教材の開発および知識・技術の蓄積・普及に努めてきました。現在では、障害者差別解消法の後押しもあって障害学生支援の体制を構築する大学等が徐々に増え、聴覚障害学生を取り巻く環境は向上しつつあります。 しかし、障害学生支援のすそ野が広がると同時に、新たな課題も顕在化しています。たとえば、従来行われてきた支援方法では十分な対応ができない場面での支援方法の確立や、法律に則った全学的な支援組織作り、支援担当教職員の専門性の向上なども、より充実した支援のために取り組むべき課題といえます。 そこでPEPNet-Japan では、こうした新たな課題に対して、複数の大学・機関がともに取り組み、先進的な実践事例を生み出していく事業の枠組として「新たな時代のニーズに対応したモデル事例構築事業」を設けました。今まさに解決策が求められている問題について、多くの大学等にとって有益な成果を発信していくため、事業テーマはPEPNet-Japan 連携大学・機関からの応募制とし、その中から連携大学・機関関係者の投票によって決定する方法をとりました。その結果平成28 年度は、地域団体として大学の支援体制構築に関するコンサルティング等を行っている関東聴覚障害学生サポートセンターから提案された「聴覚障害学生の意思表明支援―支援担当教職員の役割を中心に―」が採択されました。 事業テーマ「聴覚障害学生の意思表明支援―支援担当教職員の役割を中心に―」について 障害学生への支援の提供においては、障害学生当事者からの意思表明に基づいて合理性が判断され、関係者の合意の下で実施されますが、聴覚障害学生の場合は、大学入学以前に支援の乏しい環境で過ごすことが多いため、自らの支援ニーズに無自覚であることが多く、本人からの意思表明をうながす支援が必要となります。しかしながら、大半の支援環境においては、キャンパスライフにおける聴覚障害学生の意思表明プロセスにともなう支援が十分ではなく、本人のニーズに即した支援に至らないことが課題とされています。 そこで本事業は、聴覚障害学生の意思表明支援における支援担当教職員の役割を確認することを目的としました。 具体的には支援担当教職員を対象としたインタビュー調査やワークショップの開催を大きな活動の柱として、教職員が日頃行っている支援の場面ごと、あるいは支援内容を変えるタイミングごとの事例収集、またその共通点やポイントの具体的な整理などを行い、新たな支援事例の収集や構築に取り組んできました。 事業委員 代表 吉川あゆみ (関東聴覚障害学生サポートセンター) 有海順子 (関東聴覚障害学生サポートセンター/山形大学 障がい学生支援センター) 甲斐更紗 (関東聴覚障害学生サポートセンター/九州大学 基幹教育院 キャンパスライフ・健康支援センター コミュニケーションバリアフリー支援室) 益子 徹 (関東聴覚障害学生サポートセンター/日本社会事業大学大学院博士後期課程) 池谷航介 (大阪教育大学 障がい学生修学支援ルーム) 太田琢磨 (愛媛大学 バリアフリー推進室) 木谷 恵 (立命館大学 障害学生支援室) 松﨑 丈 (宮城教育大学 特別支援教育講座) 事務局 白澤麻弓 (筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター) 萩原彩子 (筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター) 中島亜紀子 (筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター) 平良悟子 (筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター) (敬称略) 事業のあゆみ 第1 回事業会議 2016 年4 月24 日 オフィス東京にて 第2 回事業会議 2016 年5 月13 日 オフィス東京にて インタビュー調査の実施 2016 年7 月~8 月 第3 回事業会議 2016 年9 月23 日 オフィス東京にて 第4 回事業会議 2016 年10 月22 日 オフィス東京にて ワークショップ 2016 年11 月3 日 秋葉原コンベンションホールにて 第5 回事業会議 2016 年11 月3 日 秋葉原コンベンションホールにて 第6 回事業会議 2017 年1 月29 日 オフィス東京にて 意思表明における支援(事前調査シート) 意思表明における支援(インタビュー調査シート) 「聴覚障害学生の意思表明支援のために―合理的配慮につなげる支援のあり方―」 編集グループ ○吉川あゆみ(関東聴覚障害学生サポートセンター) 有海順子 (関東聴覚障害学生サポートセンター/山形大学) 甲斐更紗 (関東聴覚障害学生サポートセンター/九州大学) 益子 徹 (関東聴覚障害学生サポートセンター/日本社会事業大学大学院博士後期課程) 白澤麻弓 (筑波技術大学) 萩原彩子 (筑波技術大学) 中島亜紀子(筑波技術大学) 平良悟子 (筑波技術大学) (〇は代表) 監修・執筆 吉川あゆみ(全体監修/はじめに/第1章第2節/第2 章第3節2、3-3) 有海順子 (第2章第3節3-1、3-2、6、7/第4 節意思表明支援相関図/第3章) 甲斐更紗 (第2章第1節、第2節、第3節1、4、5、第4節) 益子 徹 (第1章第1節/第2章第3節 意思表明支援の流れ図、8) 池谷航介 (コラム「学内他部署との連携の意義」) 太田琢磨 (コラム「初回面談について」) 木谷 恵 (コラム「聴覚障害学生とまわりの学生とのスムーズなかかわりのために」) 白澤麻弓 (コラム「議論における発言の保障とジレンマ」) 松﨑 丈 (コラム「『意思表明』に見る当事者性」) 編集 萩原彩子 編集補助 中島亜紀子・平良悟子 聴覚障害学生の意思表明支援のために ―合理的配慮につなげる支援のあり方― 発行日:2017 年3 月31 日 編 集:「聴覚障害学生の意思表明支援のために」編集グループ (代表:吉川あゆみ) 協 力:日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan) 発 行:国立大学法人 筑波技術大学 〒305-8520 茨城県つくば市天久保4-3-15 ※本冊子は日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan)平成28 年度モデル事例構築事業の活動成果です。またPEPNet-Japan は、筑波技術大学「聴覚障害学生支援・大学間コラボレーションスキーム構築事業」の活動の一部です。 表紙デザイン:藤本彩加(筑波技術大学産業技術学部総合デザイン学科 学生) ・・・表紙には聴覚障害学生の意思表明という小さな芽を優しくすくいあげる両手を描きました。裏表紙はその芽が大きく育ったところです。