ここからはじめる障害学生支援 石田久之(筑波技術大学)編著 はじめに  平成24年12月に文部科学省が「障がいのある学生の修学支援に関する検討会報告(第一次まとめ)」を公表してより,障害学生の修学支援に関する環境整備のスピードは加速しているように思われます。  しかし,一方でこのような状況は,障害学生支援の実務場面において,担当の方々がどうすべきか困っていたり,解決する方法がわからない,更には,問題の所在すらわからないという事態を引き起こしているとも言えるのではないでしょうか。  辞令を受け取ったものの,障害学生支援の右も左もわからず,資料一つなく相談相手もいない,という状況もありうるのです。  そこで,これから実務を担当する立場の方々に,どのように支援を進めればよいかを分かりやすく解説するものとして本書を作成しました。  障害学生の支援業務は,特別と映るかもしれません。身構えてしまう部分もありますが,学生と係わる大学業務の一つに変わりはありません。それらの理解に少しでもお役に立てればと願っております。 平成27年2月著者一同 目次 はじめに 仕事始め p1 ○ 合格者の発表から開始 ○ 年度始めの第一関門 ○ 五月大型連休までに 障害学生とのコミュニケーション p5 ○ 無理せず時間をかけて ○ 支援は申請から ○ 障害学生の自立 支援学生とのコミュニケーション p9 ○ 支援学生の育成 ○ モチベーションの維持 ○ 支援学生の成長の場 問題解決へのヒント 1 ノートテイク体制の整備 p13 問題解決へのヒント 2 共に学ぶということ p16 教員とのコミュニケーション p17 ○ 教員の授業スタイル ○ 様々な支援方法 ○ 再び障害学生の自立 支援窓口 p21 ○ 支援コーディネーター ○ 支援窓口に行って下さい ○ 支援担当者の支援 学内外の連携 p25 ○ 関係組織の挨拶回り ○ 地域・行政との連携 ○ 組織間の情報共有 後書き 仕事始め  多くの方々が新たに業務につくのは4 月の年度始めだと思います。しかし,障害学生の支援に係わる業務は既に前年度から始まっています。前任者からの業務の引継ぎ,また新設された部署では,早々に業務をスタートさせることが必要です。 ○ 合格者の発表から開始 ○ 年度始めの第一関門 ○ 五月大型連休までに 合格者の発表から開始  次年度合格者が発表された時点から,支援業務は始まります。4月入学式前に,要望を聞き,相談しておけば,新年度すぐに支援に入れます。 (図) 「今までどの様な支援を受けてきましたか。希望は?」などの問い合わせ。 ファックスも重要な通信手段です。 ここがポイント!  どんな支援があるのか分からない新入生もいます。焦らず,焦らせず。丁寧な説明が必要です。 年度始めの第一関門  入学式からオリエンテーションの期間は,支援の第一関門です。学長挨拶の手話通訳や字幕の準備はできていますか? (図) 最近では,入学式での手話通訳や字幕表示も見られるようになってきました。  オリエンテーションも何かとアタフタします。学外での宿泊オリエンテーションなどがある大学では,授業支援だけではなく,食事やトイレなどの生活介助も必要になることがあります。 ここがポイント!  支援は,授業支援にとどまりませんが,無制限にできるわけでもありません。“どこまで”という問いは常に投げかけられています。 五月大型連休までに  障害学生に限らず年度始めは履修申請や奨学金の申請など高校時代には経験のないことばかりです。支援の依頼もそうでしょう。早く安心して学業に専念できる状態にしてあげたいものです。 (図) キャンパス内の車いすのアクセスルートは確保されていますか?  また,支援する側にとっても状況は同じ。障害学生と支援学生のマッチング,教員への依頼などは,五月の大型連休前に終わらせてしまいましょう。 ここがポイント!  連休後は年度始めの状況を見直して,支援方法や体制の修正です。期末試験,夏休み集中講義を考えて。 障害学生とのコミュニケーション  人と人との付き合いは,どんな場合でもそうですが, ある程度相手のことがわかってしまえば,どうということはありません。しかし,知らない相手だとどうしても身構えてしまいます。とりわけ,業務として初めて障害学生と接するとなると,…。 ○ 無理せず時間をかけて ○ 支援は申請から ○ 障害学生の自立 無理せず時間をかけて  すぐに打ち解けてくれる学生,用心深く慎重そう, など,学生の性格は色々です。無理して学生の気持ちの中に入り込んでいくことはせず,様子を見ながら時間をかけて信頼を得るのが,結局は一番早いようです。 (図) 仲間が多い方が話しやすい学生もいれば,二人きりでないと話せない学生もいます。見極める目が必要です。 ここがポイント! ・みんなで話をする時間をできるだけ多く設定。 ・情報の可視化:障害学生,支援学生への連絡を一緒に掲示。 支援は申請から  障害学生の支援は,学生からの支援の申請によって始まります。支援担当者や教員の判断だけで支援を開始することは控えた方がよいでしょう。障害学生にも受けたくない理由や事情があるかもしれません。 (図) 障害学生サポート ~お気軽に~[サインボード] 場所はすぐに分かったし,入りやすいな。[障害学生] ここがポイント!  支援を気兼ねなく受けられる雰囲気や申請方法・内容の明示が必要です。学生便覧に掲載できませんか。 障害学生の自立  障害学生が主体的にキャンパスライフを送れること が重要ですし,卒業後を視野に入れた支援も必要です。  また,個人の特性を活かせば支援者としての活動もできます。 (図) 車いす利用の学生も,視覚障害学生の移動介助ができます。 ここがポイント!  障害学生を,支援が必要な学生とだけ見るのは考えものです。その能力を理解し,どんどん活用してもらいましょう。 支援学生とのコミュニケーション  支援学生とのコミュニケーションも意識的に作っていく必要があります。障害学生とのマッチングというような現実的問題もありますが,同時に支援学生自身, 悩みチャレンジしている学生だからです。彼らの成長を支援するのも,支援担当者の役割です。 ○支援学生の育成 ○モチベーションの維持 ○支援学生の成長の場 支援学生の育成  障害学生の周りには様々な学生がいます。支援に積極的な学生もいれば,興味があってもなかなか踏み込めない学生もいます。講習会などに誘いながら,じっくりと信頼関係を作り,根気強く支援者の輪を広げることが大切です。 (図) 一回完結型の講習会を何回も行います。 ここがポイント! 直接関係のない学生への声掛けも必要です。別の用事で来た学生を呼び込んでみましょう。直接の勧誘は意外と成功率が高いようです。 モチベーションの維持 一所懸命頑張っていた支援学生が突然活動をやめてしまうことがあります。燃え尽き症候群です。自分のしていることは本当に役立っているのか,などの疑問が生じるのです。 また,活動をしたくても障害学生自体が卒業などでいなくなることもあります。このような場合の技術やモチベーションの維持のため,学習会,懇談会などの工夫が必要です。 (図) 本当に役に立っているのかな?[支援学生] ここがポイント!  支援学生も悩みつつ頑張っています。達成感を感じたり,成果を知ってもらう工夫が必要です。 支援学生の成長の場  大学という教育活動のための組織は,支援学生の成長の場でもあります。支援の中で,人間関係,組織の運営,そして具体的な支援技術を学び,自らの世界を広げていく場でもあるのです。支援学生の成長を支えるのも役目です。 (図) 役割分担してみて。[教職員] バリアフリーマップ,作りましょう。[支援学生] ここがポイント!  支援とは,技術を伝承する先輩と後輩,支援する側と利用する側,互いに学び成長する場でもあります。 問題解決へのヒント 1 ノートテイク体制の整備  障害学生の支援内容には様々ありますが,人手と経費を要するものの一つにノートテイクがあります。支援業務開始から,時間経過に沿ってどのような進め方が必要かをみてみましょう。 1.学生への連絡  聴覚障害学生とノートテイカーに挨拶し,サポート体制の説明を行ないます。2 人一組,組み合わせをコーディネーターが行なう,謝金がでる,など。 2.“登録シート”  支援学生が記述した“登録シート”を見ながら、学生の顔、名前、学年、学科などを覚えます。 3.コミュニケーションスペース  コミュニケーションスペースを作り,学生が自由に出入りし,気軽にコミュニケーションをとれる環境を作ります。  ホワイトボードを置き、授業担当の時間割り表や連絡事項を掲示し、ノートテイカーが必ず確認に来るようにします。  確認に来たノートテイカーには必ず声をかけ、また初対面の学生同士は紹介をし, お互いによいコミュニケーションを取れるように気を配る必要があります。 (図) 4.“サポート申請書”  聴覚障害学生に、障害の種別や程度、授業やテストで考慮して欲しい事項,ノートテイクをつけて欲しい授業科目を“サポート申請書”として提出してもらいます。 5.“配慮願い”  “サポート申請書”は内容を確認後、“配慮願い”として教務課へ送付します。教務課は文書で教員に配慮内容を連絡します。 6.教員への挨拶  担当教員へ支援担当者が直接挨拶に行き,配慮を依頼します。メールを送って終わり,教務課に頼んで終わり,にはしたくありません。 7.ノートテイカーの募集  ノートテイカー募集のポスターを作ります。しっかりとした大きなポスターは業者に依頼し、チラシは手作りし,配布したり掲示をします。  支援学生による口コミも効果的です。 (図) 8.マッチング  実際に授業に入るノートテイカーを決めます。ノートテイカーのスキルや性格、学年などを考え,障害学生とノートテイカー(通常,複数)間のバランスが取れ、コミュニケーションが取りやすいマッチングを行なうことが重要です。 9.“振り返りメモ”  授業後,ノートテイカーに“振り返りメモ”に困った点や反省点、良かったこと、工夫したことなどを記入してもらいます。書かれている質問や疑問などには必ず答え,次回への不安を解消しておくことがとても大切です。 10.意見交換会  年度の始めにはノートテイカー全員の顔合わせ会を,また定期的に意見交換会や勉強会を計画し,サポートのしやすい環境となるように心を配ります。 ※“ ”内の名称は,大学毎に異なります。 (図) 問題解決へのヒント 2 共に学ぶということ  教職員への啓発は重要ですが,障害学生が共に学んでいることを全学生に周知することも大切です。 ■教室内,なるべく雑音のない状況で授業を受けたい聴覚障害学生のそばで私語をする学生。 ■授業に出席するためエレベーターを必要とする車いす利用学生に,混んでいても場所を譲ろうとしない学生や教職員。 ■点字ブロックの上に平気で駐輪する学生。 (図) …だったよ。[学生] 私語は止めてもらえないかな。[聴覚障害学生の気持ち]  これらは,支援担当者が何とかしなければ,というものではありません。学生・教職員,一人一人が自覚して注意すべきことです。 教員とのコミュニケーション  教員が授業を主導します。ですから,教員が教室内で最も有力な授業保障者になりうるのですが,残念ながらそうでないことも,ままあります。  教員と一緒にどのように障害学生の学修を保障していけばよいのでしょうか。 ○教員の授業スタイル ○様々な支援方法 ○再び障害学生の自立 教員の授業スタイル  板書をしながら話をしない,丁寧に文字を書く,など,障害学生や支援学生からすればごくごく当たり前のことが,なかなかできません。調子が出てくると話が速くなる,板書が汚くなる,など,各教員には癖というか,授業スタイルがあり,根気強くお願いして直してもらう以外に方法はありません。 (図) …であるから,…[教員] ここがポイント!  汚い板書を好む学生はいません。障害学生に分かり易い授業は,他の学生にも分かり易いのです。“教育の質の保証”などと絡めてお願いしてみてください。 様々な支援方法  聴覚障害学生への授業保障として,講義の時はノートテイク,ゼミなど議論が重要な場合は手話通訳というような場合分けがあります。実習の時はティーチングアシスタントを個別につける,授業資料は直接学生に渡したり,支援担当者経由にしたりと,状況に応じ支援内容や方法,手続きは変わります。教員には,このことをきちっと説明し,理解してもらいます。 (図)  手話ができなくても筆談で。[教員] ここがポイント!  教員,支援学生,支援担当者,三者の協働と状況に応じた変化。ここへ向けたマネジメントを! 再び障害学生の自立  甘やかしては,逆に本人のためにならない,特別なことをすべきではない,自立させることが大学の責務, などの声が,配慮を依頼する際に教員からよく聞かれます。その通りですが,支援とは甘やかすことを指してはいません。他の学生が“普通に”得ている情報を同じように提供しようということです。 (図) それ甘やかしすぎでしょ。 そうですか? ここがポイント!  支援は,何でもしてあげることというような誤解を受けない説明が必要です。 支援窓口  障害学生支援の要となるのが,支援窓口であり,そこにいる支援担当者です。支援室があることに越したことはありませんが,それがないと支援ができないわけではありません。他の業務との兼任でも,常勤の職員でなくても,支援は可能です。 ○支援コーディネーター ○支援窓口に行って下さい ○支援担当者の支援 支援コーディネーター  障害学生の支援は,様々な人やリソースを含む組織的な動きです。興味ある人が好きな時に,というものではありません。それ故に,各種業務をコーディネートする支援担当者つまり,支援コーディネーターが必要となります。支援内容の調整,謝金処理,広報,予算折衝などなど,業務は多岐にわたります。 (図) 支援担当者 = 支援コーディネーター 教員・支援学生 障害学生 [三角形でつながっている] ここがポイント! 支援は,コーディネーターを中心とした組織的な動きです。人間関係の調整は主要な業務の一つです。 支援窓口に行って下さい 支援窓口ができたり,支援担当者が配置されると, 障害学生への事務対応において,“支援窓口に行って下さい”という言葉が聞かれるかもしれません。ただ書類を出しに来た障害学生にそれは余計な負担です。 (図) 〇○係[サインボード] ○○申請書,出しに来ました。[障害学生] 支援室に行ってもらえるかしら。[職員] ここがポイント! 支援室以外でも簡単な対応はできます。支援室・担当者任せではなく,大学全体で支援を行ないます。 支援担当者の支援 支援担当者が 1 名という大学は少なくありません。と言うより,ほとんどがそうだと思います。そうなると,気軽に周りの職員と相談することができません。経験がなくても,赴任したその時から障害学生の第一人者と周囲からは見られます。学外の支援担当者間ネットワークを積極的に利用し,情報を得ましょう。 ここがポイント! 支援業務は,日々新しい経験の連続と言っても,過言ではありません。他大学の先行経験をいかに自大学に創造的に応用するかもポイントです。 学内外の連携 医務室や学生相談室などの学内他部署や大学が所在する自治体などとの関係作りも支援担当者の重要な業務です。守秘義務との兼ね合いもありますが,日常から学内外の関係部署と情報の共有をしておくことは必要です。 ○関係組織の挨拶回り ○地域・行政との連携 ○組織間の情報共有 関係組織の挨拶回り 部署が変われば挨拶回りは当たり前です。しかし, おざなりな挨拶回りは勿体ないですね。まだまだ知名度の薄いこの業務,PR のいいチャンスです。 (図) 学生相談室の△△です。随時連絡を取り合いましょう。 障害学生支援担当の○〇です。「生涯学習センター」ではないので,よろしくお願いします。 ここがポイント!  支援担当者や支援室は,組織上特定の学部や部局に配置されることはあっても,全学の共有財産です。 地域・行政との連携  学内連携とともに重要なのが,学外との連携です。前述の支援担当者間ネットワークもそうですが,行政への依頼,出身校からの情報,地域のボランティアグループからの支援など,学内だけでは対応しきれない様々な問題は,学外諸機関との協力で解決策を模索します。 (図) 夜道が暗いので,市の方で通学路に街灯をつけてもらえませんか。[障害学生と同行者] ご事情は分かりますが, こちらも予算が…。[行政職員] ここがポイント! 普段からの連絡や情報交換が重要です。依頼したい時だけ行っても,良い返事はもらえません。 組織間の情報共有 入学,学修,卒業(就職)と学内の担当組織は異なりますが,一人の学生にとっては連続したキャリアパスです。入試課から支援担当へ,そして就職課へと必要な障害学生の情報の引継ぎがうまくいって始めて大学としての障害学生支援が完成します。 (図) 入試課 [サインボード] 支援課 [サインボード] 就職課 [サインボード] ここがポイント!  情報保護や守秘義務については,各大学・組織で実情を見ながら考えるべきものです。  何よりも,障害学生を中心にして! 後書き  六つの項目と二つの問題解決へのヒントから,障害学生支援をみてきました。勿論,これで全てなどとは全く思っていません。ほんの取っ掛かりです。  これから様々な問題に直面されると思いますが,それらを克服していくためには学生をよく見る注意力と“不屈の”行動力がどうしても必要になってきます。ぜひ周囲の皆さんと協働しながらお進みいただければと思います。  どのような方向であっても,障害学生の可能性を引き出せる状況への進化があるなら,それは本書の意図するところです。  本書は,関東学院大学,上智大学,清泉女子大学, 東洋大学,法政大学,明治大学,ルーテル学院大学(大学名五十音順)の障害学生支援担当者からご意見とアドバイスをいただきました。この意味で,本書の実際の著者はこの皆さんです。心よりお礼を申し上げ,いただいた次の言葉をご紹介して,後書きとさせていただきます。  みんなが共に成長することのできる  障害学生支援にマイナス面はない。 『ここからはじめる障害学生支援』 石田 久之 編著 筑波技術大学(障害学生支援交流会 代表) E-Mail: ishida@k.tsukuba-tech.ac.jp TEL: 029-858-9521 平成 27 年 2 月 発行 非売品