前日特別企画 報告 「当事者研究をやってみよう!」ワークショップ報告 松﨑丈1),綾屋紗月2) 宮城教育大学 特別支援教育講座1),東京大学 先端科学技術研究センター 当事者研究分野2) 1.はじめに 「当事者研究」を取り上げる本企画は、我が国の聴覚障害学生支援分野において初めての取り組みになる。当事者研究は、「障害や問題を抱える当事者自身が自らの問題(困りごと)に向き合い、仲間とともに研究すること(石原, 2013)」である。そこには、自分自身について新しい言葉や知識を発見する側面(discovery)と、それを通じて何らかの生きやすさがもたされる側面(recovery)を持っている(熊谷, 2017)。ここでは「困りごと」は、当事者研究において欠かせない貴重なテーマとされており、当事者研究は観察・仮説・実験・共有といったプロセスを経て行われる(綾屋, 2018)。 聴覚障害学生支援においては、「社会的障壁の除去」、「意思の表明」及び「合理的配慮の提供」をめぐる「対話」の場面で支援者や専門家からのアプローチに加えて当事者研究を取り入れた聴覚障害学生からのアプローチで支援体制の改善や向上につながることが期待される(松﨑, 2019)。そこで本企画では、聴覚障害学生を対象に、当事者研究の目的や手法を学ぶとともに、「聴覚障害」に関する困りごとをテーマに「当事者研究」でどのように進めるのかをワークショップを通して理解することを目的に実施した。 2.本企画の内容 2.1 本企画の内容や進行に関する検討 本企画は、初めての取り組みであり、当日の所要時間が3時間と決して長くはないため、参加する聴覚障害学生がいかに当事者研究のエッセンスを共有し、かつ実践技法を自分に必要なものとして所有できるためにどのような内容や進行にするかが重要な検討課題であった。本企画のような内容を取り組むことを考えている方々の参考にと思い、検討の結果を少し詳しく報告する。 当事者研究には、「観察・仮説・実験・共有」の4つが含まれたプロセスがある。短時間でかつ当事者の生活から離れた場所で行うため、上記プロセスのうち「実験」の検証まで実施するのは難しい。そこで本企画では、最初のガイダンスで当事者研究の目的・手法について概説し、ワークショップで当事者研究の対象となる「困りごと」の「観察」から始めて、「仮説」「共有」「実験計画」までを行うことにした。これらの工程の全体像が把握できるようにワークシートを作成することにし、綾屋が当事者研究の初心者向けに作成した教材をベースに本企画の趣旨にあわせて一部加工したものを使用した(図1)。テーマの設定については、従来の当事者研究は大きく2つの方法で行っている。1つは全員が共通のテーマについて議論を進める方法、もう1つは1人1人がそれぞれの困りごとについて探る方法である。今回は全員共通のテーマとして「大学における聴者とのかかわりかた」をとりあげた。ただし、全員参加型で議論するのは時間の関係上厳しいため、4人グループ内で ワークシートに記述し、その内容を読んで議論してもらう方式を選択した。さらにワークシートの記述についても工夫してある。例えば、上記テーマのエピソードを記述する場合は、二人一組になって一方の参加者がもう一方の参加者にエピソードの時間、場所、感覚、気持ちなどを具体的に質問し、聴き取りながら記述する方法をとることで、これまで考えたことがなかった角度で自らを振り返り、自分に関する新たな発見が引き出され、独りよがりになることなく、他者との間で生み出された伝わりやすい言葉によるエピソード記述がなされることを目指した。このように検討して当日を迎えた。参加者からグループ内で話し合う時間がもう少し欲しかったとの指摘が出されたが、聴覚障害学生を対象にした当事者研究ワークショップを今後も行う上で1つのパッケージとして提供可能な形にすることはできたと思われる。当日の進行の詳細については表 1 を参照されたい。 図 1 当日配布した 4 枚のワークシート 2.2. 当日のワークショップの様子 当日は 15 名の聴覚障害学生が参加した。参加申込の段階で事前のレポート課題として、「大学における聴者とのかかわり方について自分が苦労していることは何か」を 400 字程度で記述することを求めていた。そのため自分の苦労について他者に自己開示できる学生が集まったおかげで、グループ内の話し合い活動は終始賑やかに行われていた。 図 1 の 2~4 の欄について参加者が記述した内容を見ると、2 と 3 では、他の参加者の聴き取りによる記述をしてもらったおかげで、困りごとの発生状況やそのパターンが個別具体的に把握できる内容として外在化されていた。2 と 3 の内容を分類すると、集団での雑談やグループワークで音声情報が把握できず様々な心理状態から抜け出せなくなってしまうこと(10 名)、音声で明瞭に話すために相手は聴き取れると思って音声だけで話しかけてきてしまうこと(2名)、作業中に相手が音声で話しかけてくるために音声情報が把握できなくなってしまうこと(1件)、手話がわかる聴者の友人が手話をつけて話す時とそうでない時があって対処に困ってしまうこと(1件)、聴力の不快レベルが低いために大きな音が発生する授業では心身不調を起こしてしまうこと(1件)が挙げられた。これら困りごとに対してワークシートの「3. 仲間からのコメント欄」では、グループ内の他の参加者同士、類似する経験や対処法などのコメントを記述し合い、お互いに共有した。 これら困りごとの分析結果に基づいてワークシートの「4.実験計画」では、日常生活ですぐに試みることが可能な実験を各自検討してもらった。本来なら、困りごとの分析結果と実験計画の検討とのつながりが見えるように個々の研究内容を述べた方が当事者研究のプロセスが把握できると思われるが、紙面の関係上割愛させていただく。実験計画の内容について綾屋による分類によると、参加者は2つの視点で実験計画を検討していることがわかった。 第一の視点は、自分の行動を変化させるものであった。これについて具体的には、①自分自身の態度を工夫する(7件)、②尋ねる(5件)、③聞こえの特徴を伝える(5件)が主に挙げられた。①の例としては、わかったふりをしない、作り笑いをしない、疲れた時一人になる、など。②は、「なんて言ったの?」「もう一回言って」と言える勇気をもつ、わからなくなった時に自分から気持ちをはっきり伝える、など。③は、初対面のときから聞こえないことを伝える(長い付き合いになると後からは言いづらい)、自分の聞こえ方を積極的に伝える、など。 第二の視点は、相手や場に変化を求めるものであった。具体的には、①対話方法の工夫・場のルールを変更する(10件)、②筆談を依頼する(4件)、③はっきり話すように依頼する(3件)、が挙げられた。①の例では、グループワークの発言は一人ずつにしてもらう、「手話使って」と言う(手話ができる聴者が手話を使っていないとき)、自分から特定の人に話しかけて誰が話しているのかわかるようにする、ゼミの仕切り役(ムードメーカー、世話役)になって自分のペースに持ち込む、実験中に説明されても見ることができないため一度作業を止めて話を聞けるようにしてもらう、「なぜ手話があり、なぜ手話を使うのか」を手話サークルのみんなと考える場を作って伝える、など。②については、ホワイトボードあるいはブギーボードに書いてもらう。③については、「大きな声でゆっくり」ではなく「ハキハキ綺麗に」と伝え方を工夫する、グループワークの前にゆっくりはっきり話すように依頼する、担当教員に大きめにはっきりした声で話すように依頼する、であった。 最後に「5.実験報告」では各自大学生活に戻って実践してみてどうだったかを記述するように依頼し、ワークショップを終了した。 図2 ワークの様子(写真) 3.本企画の成果と今後の課題 本企画の最後に参加者全員に今回の内容について感想を語ってもらった。例えば、「聴覚障害に対する情報を共有する最高のツールになると思った」「これまでモヤモヤしていたが、今回の企画でそれを自分で言語化してみて発表することができて良かった」「皆さんの実験計画を聞いてこれからの生活で自分の武器になるものが得られた」「今までは自分一人で解決していたが、今回は 自分の経験を他の人が尋ねることで自分の考えを客観的に見ることができて良かった」などがあった。参加者全員、当事者研究が自分を守り、他者と共有するツールとして有用であり、しかも面白い取り組みであることを実感したようである。従来、聴覚障害学生支援において聴覚障害学生が主体となって取り組む機会は限られ、受身的な姿勢になりがちであった。今回の企画の成果からは、当事者研究の導入によって、聴覚障害学生が様々な困りごとや実験の結果を提供する「主役」として能動的に活動でき、結果的に大学の教職員や支援者とのつながりも深まる可能性が期待できるかもしれない。今後とも聴覚障害学生の当事者研究の実践の場を提供していければと考えている。 図 3 説明する筆者(写真) 参照文献 [1]石原孝二(2013)当事者研究とは何か-その理念と展開. 石原孝二(編)当事者研究の研究. 医学書院, 12-72. [2]熊谷晋一郎(2017)みんなの当事者研究. 臨床心理学増刊, 9, 2-9. [3]綾屋紗月(2018)当事者研究の誕生・目的・実践. 聴覚障害当事者研究シンポジウム資料集,3-10. [4]松﨑丈(2019)聴覚障害学生支援における合理的配慮をめぐる実践的課題. 宮城教育大学紀要, 53, 255-266. 表1 本企画ワークショップの進行表 「作ろう支援の大三角―みんなの視点を対話でつなぐ―」ワークショップ報告 杉中拓央1),志磨村早紀2),黒田泰2),秋元麻 2),川口雅史 3) 小田原短期大学1),早稲田大学障がい学生支援室2),株式会社スポーツ IT ソリューション 3) 1.はじめに 本ワークショップは、グループディスカッションをとおして、聴覚障害学生支援を構成 する当事者の学生・支援者(学生)・担当教職員のそれぞれが、三方の視点より、日頃感じ ていること、思っていたけど言えなかったことを話し、よりよい支援を考えることをめざ した。本稿においては、ワークショップの内容の報告ならびに、 参加者からの感想を中心として報告を行う。 2.内容 聴覚障害学生支援の特徴を「星座の大三角形」になぞらえ、立場の異なる三者の力を合わせるという意味を持たせたワークを行った。具体的には、照明を落とした会場に、参加者の氏名を配した天体図を投影し、それを見ながら星座を模したグルーピングに沿って集合することを求めた。開始直後は戸惑いも見られたが、じきに一人、二人と手が上がり、手話や筆談を交えながら自己紹介が行われ、求められたグループに着席していった。 グループごとの着席後は、アイスブレイクとしてチーム名の決定に移った。各チームは 6 名程度で事前に編成し、必ず聴覚障害学生・支援担当学生(以下、支援者)・支援担当教職員のすべてを含む編成とした。まず、チーム名として「架空の大学名」を命名して頂き、次いで、その「校訓」を設定してもらった。 そして、チームごとに氏名と(本当の)所属大学名を名乗ったのち、手話・筆談使用の有無、人工内耳装用の有無等の情報交換をしつつ、模造紙に書き込んでいく様子が見られた。なお、当日は手話ならびに文字通訳を行う情報保障支援者の派遣を頂いていたが、グループ内でのコミュニケーション上の課題は参加者間で解決をはかる、という取り決めのもとで進めた。 図 1 写真(自分の仲間を探して着席) 図 2 写真(「アオマル大学」の模造紙) 図 3 写真(くじ引きおにいさんから事例を受け取る) 参加者同士が打ち解けてきたところで、くじ引きタイムに移った。各講師が日頃の支援活動や業務、調査研究をとおして実際に接した「聴覚障害学生支援の課題」12事例を挿絵つきのボードにしつらえて、各チームの代表者に引いてもらった。そして、引き当てたものを、各チームでの議論のテーマとした。事例の一部を紹介すると「聴覚障害学生が(支援時に)自分の書いているノートや、打っている画面をほとんど見てこない。私はいなくてもいいんじゃないの?」、「支援者が先生と勝手に話を始めている…何を話しているのか分からないし、どうしよう」、「障害学生に「これで大丈夫?」と聞いても「大丈夫」としか言われないので、どうしたらいいのか分からない」など、参加者の支援活動にかかるキャリアの深浅に配慮しつつ、イメージのしやすい内容を用意した。 この事例を用いて、30分間のディスカッションを行ったのち、発表タイムへと移った。発表はグループごとに代表を立てる形で行ったが、結果として聴覚障害学生・支援者・担当教職員がそれぞれ意見を述べる機会があり、立場の違う参加者の発表に対して、熱心にメモを取る姿も見られた。発表が一巡したところで小休憩に入り、ここまでを1セッションとした。 休憩後、グループ編成は変更せずに、上述のセッションをもう一度繰り返す形をとった。用意された12事例のうち、残りの6事例が再度くじ引きによって配当された。2巡目ともなると、グループ内においても話し合いが活発になり、模造紙に貼られる付箋の数も増えていった。当日の雰囲気や、話し合いの成果を示すものとして、参加者から頂いた感想を次節に掲載したので参照されたい。 残りの時間はファイナル・ディスカッションと銘打って、フロア全体によってワークショップを振り返り、立場の異なる三者が協力しての、よりよい聴覚障害学生支援の実現について話し合いを行った。 図4 事例ボード(事例の内容を端的に表す挿絵(協力:逸村理)を用いた) 図5 写真(発表は書き込んだ模造紙に加え、参加者の実体験等を交えながら行われた) 図6 ファイナル・ディスカッションでは、それぞれが日頃感じていることが本音で語られた。 まず、支援担当教職員の立場から、所属チーム内において扱った事例「聴覚障害学生が要約筆記の様子を注視しないことに対する支援学生の葛藤」について言及があり、支援学生が常時、真摯に学習に取り組むことを期待してしまう背景には、障害者に対する「べき論」の介在があるのではないだろうか、とした。この指摘を呼び水として、聴覚障害学生の立場からは、聴者と同じように面白くない授業は眠たくなるし、実際に寝てしまう、との発言があった。他方で、支援時間外にも交流のある同窓の支援者に気を遣って(情報保障支援の)画面やスライドを見たり、首を大きく振ったりしているという打ち明け話もあり、支援室内で、こうした課題について話し合いを行い、理解を求めていきたいとした。 支援室内における話し合いについては、聴覚障害学生や支援者がいずれも手話を使わないためか、あまり相互の交流がされていないという大学から相談があった。これに対しては、いくつかの大学から、手話(コミュニケーションモードの相違)に限った問題ではなく、課外活動等を企画して、関係性を深めてみてはどうかと助言がなされた。 図 7 写真(ディスカッションの様子) 3.参加者からの感想 ここでは、ワークショップ参加者からの感想を三者の立場別に報告する。 【聴覚障害学生】 ・周囲の目を気にしてノートテイカーなどの支援側に協力することに抵抗があったが、実際にグループの支援学生やコーディネーターなどの本音や意識を聞いて、当事者である自分が思っている以上に悩んでいると実感した。 ・様々な大学、様々な人の考えに出会うことができ本当に良かった。自身では気付かなかった部分が多くあったり、やっぱりみんな抱えている悩みは同じなんだと思った(略)。 ・自分と同じ悩みを抱える障害学生もいて、悩みを共有できて良かった。三者間のコミュニケーションを醸成していくことが大事だと改めて感じた(略)。 ・自分の障害学生としての思いを伝えるとともに、普段なかなか聞くことのできない支援学生、教職員の意見を聞くことができて良かった。 ・普段支援を受けている立場として、支援学生や職員の方から見た障害学生のイメージを知りたくてワークショップに参加した。「当たり前」の考え方に固執せず、様々な視点で柔軟に対応していく必要性があると改めて感じさせられた。 【支援学生(支援者)】 ・今回の企画は「あーあるある!」と共感できたこともあれば、「参考にしたいなー」と思える意見、また今後学生支援の行動自体のモチベーションとなるものもあった。 ・今まで自分の大学の支援状況しか知らなかったので、大学によって支援の仕方・考え方が異なることを改めて感じた。初対面の人が多く普段立場上話しにくいこともフラットに話すことができ新たな発見になった。このような場を自分の大学でも作れたら。 ・もっと支援について考えていこう、手話をがんばろうと思える良い機会になった。 ・グループが上手く分かれていて様々な意見が出て新たな発見があった。課題も親近感のあるもので話しがいがあり、考えさせられたり盛り上がってとても楽しかった。 ・身近な気がしていた利用学生がどのような事を考えているのか、今まで知らなかったことに気付けた。相手へのリスペクトがとても大切だと再確認しました。 ・支援学生/障がい学生という立場に分かれてではなく、自分/相手、人と人としての関係を築けることが理想。今の支援がベストと思わず、常にハングリー精神を持ち続けたい。 ・障がい学生や教職員の方々とこれほど身近に話す機会は今まで無かったので、新しい視点からの考え方を知ることができた。テーマも身近なものでとても話しやすかった。 ・お互いが溜め込まずに話し合い、コミュニケーションを取ることが大切だと感じた。 ・自身の大学にも持ち帰って、色々な人に考えてもらう機会をつくりたいと思った。 ・ほとんどの課題解決策にコミュニケーションが関わっていると感じた。人と交流する機会を自分で積極的につくっていくことが重要だと思った。 ・これまで自分の大学内での問題だけを考えていたが、今回参加して大学ごと、学生ごとに様々な支援の形があることに気付いた。 ・ワークショップを通じて、自分が考えていることは意外と共通認識なんだと感じた。 【教職員】 ・支援者、障がい学生という立場(役割)をどれだけ活用しながら(させながら)、合理的配慮を提供し“学生”に戻していくのか、とても考えさせられる企画になりました。 ・様々なあるあるの事例をもとに、利用学生、支援学生、コーディネーターが一同に集まって行うワークショップの手法に感銘を受けた。(略)中身の濃い時間だった。 ・支援する、されるという立場の違いからか、タブー視されているような部分に踏み込んだテーマがあり、学生にとってスッキリする部分もあったかと思う(略)。 ・意欲にバラツキのある学内で、今回の企画もヒントにしながら取組みをしていきたい。 ・三者の立場を意識した設定により、別の視点に気付かされて大変良かった。 ・すばらしいディスカッションで、時間も余裕があり尻切れトンボにならずに良かった。 ・三者の立場から物事を考え、他大学の教職員、学生と触れ合うのはとても勉強になった。 ・三者の立場でテーマ毎に議論できて良かった。学内のFD/SD研修のヒントとしたい。 ・立場の違いはあれど、結局は人と人との付き合いということをベースにして考えていかなければならないことを改めて認識した。 4. 講師からの感想(まとめにかえて) 最後に、本ワークショップを担当した講師それぞれからの感想を記したい。 杉中/参加者同士が初対面であり、その対話手段も様々で、かつ各々の支援経験にも差があるという条件下においての開催は想像もつかず、ドキドキしましたが、始終和やかに進みました。参加者の皆様に感謝申し上げます。ありがとうございました。 こうしたワークショップを開催すると、おおかたは「コミュニケーションが大切」というところに帰結するのですが、そこから一歩進んで「相手の居る世界に思いをはせる」ことの大切さを知る機会になればと考えました。 例えば、聴覚障害学生は支援者に、あるいは担当教職員になりきって、相手のカメラワークで、その眼に映る自分の姿を想像してみる。ちょっとわがままを言っているかな? 相手の言い分はこんなのかな? と、いろいろ見えてくるものがあると思います。そして、それを胸の内にしまわず、言葉に表して相手に伝えることも大切ですが、いきなりビシッと投げかけるよりは、相手がどうやったら捕球できるのかを第一に考えて、まずは山なりの言葉で臨みたいですよね。このことは、支援者や教職員も例外ではなく、人は誰しも偏りがあってしかるべきなので、コミュニケーション上いっときありえん、理解の範疇を超えている・・・という事態に接したとしても、どうしてなのだろう?と、前向きに受けとめたいものです。 志磨村/今回のワークショップで、障害学生・支援者・教職員の三者が意見を交わす場を、大学の垣根を超えて設けることができたことに大きな意義を感じています。初対面同士のグループディスカッションは、最初こそ、やや緊張した雰囲気も漂っていましたが、支援という共通項を持ち合わせた者同士、次第に活発な議論を交わしていく様子を見て、普段、自身が感じていることを吐き出しやすい面もあったのではと思いました。また、各グループの発表では、事例に対する三者それぞれの悩みや見解について、他の参加者が深く頷く様子が見受けられ、聴覚障害学生支援の現場における課題には大学間で共通するものがあることを再認識しました。解決策は簡単には見いだせませんが、三者それぞれの立場が自分の考えを持ち、それを述べ、受け入れ、互いを知る、という機会を作ることから、より良い支援を構築する道は始まると考えています。 一方で、こうしたワークショップの参加者は、普段から支援に対する問題意識を持っていたり、それをどうにかしたい、という気持ちを持ち合わせた、熱量の高い人々が大半を占めると思っています。だからこそ今回のワークショップも議論が活発化したのだと思いますが、支援の現場における構成員は、必ずしも皆、高い熱量を有しているわけではないということもまた、事実だと思います。なんとなくモヤモヤするけれど、うまく言語化できずに過ごしていたり、支援との距離感がやや遠かったり・・・と様々な立場の人がいるでしょう。そうした人々も巻き込んで、「じゃあ、どうしようか」と考えるきっかけが、それぞれの支援の現場で求められているのではないかと考えます。そのためには、三者それぞれの立場が、一同に介する場で意見を言い合うことも良いですが、時には、一人ひとり丁寧にヒアリングし、心情を汲み取ることも必要だと思います。これが、支援に携わる教職員の役割の 1 つなのではないでしょうか。 今回のワークショップで得られたことを、参加者がそれぞれの現場に持ち帰り、何か1つでも活かせるものがあれば、と思います。聴覚障害学生、支援学生、教職員それぞれが、気持ちよく支援に携われるよう、支援の現場がこれからも日々アップデートされていくことを願います。 黒田/今回のワークショップで、ほとんどのグループから出た共通意見が「コミュニケーションの大切さ」でした。聴覚障害学生と支援者または担当教職員など関係性の違いはあれ、突き詰めるとお互いに思いやりの気持ちを持ち、汗をかきながら両者の人間関係、コミュニケーションを深めていくことが全ての課題解決につながることを再認識しました。私は普段、発達障害学生支援部門で学生支援に携わっており、身体障害学生や支援学生と接する経験は非常に少ないのですが、発達障害とは障害種別は違えども、課題や解決のための糸口は共通して存在することに気付かされました。 もうひとつの気付きは学生同士による支援の大切さ、重要性の再認識でした。活発な議論の中で聴覚障害学生からも支援学生からも、普段の支援や交流を通じて得られた溢れ出る気力や自信を感じました。現在、発達障害学生の支援では教職員による支援や配慮が中心で、支援学生に協力を求めるケースはほとんど存在しませんが、発達障害学生についても要約筆記など学生支援の機会を増やすことや、発達障害学生も身体障害学生の支援に積極的に参加することが、彼らの自己理解や自己肯定感を涵養していくうえでも重要であると感じました。 秋元/ワークショップの開始前は、各参加者の支援に関わる経験の差などが多少憂慮されましたが、いざワークショップが始まってみると、リードする人あり、フォローする人もあり、自然と活発な意見交換がなされていました。 支援に携わる聴覚障害学生、支援学生、教職員の三者が一同に会し、日頃の疑問や悩みを共有する場は、意外に少ないものです。ふだんは遠慮が働いて言いにくいこと、支援の前後に時間がなくて話せずじまいになっていることもありますが、「場」があるだけでそうした意見を交換し合うことができるのだということに、改めて気づかされました。また、「はじめまして」の人が多いことでフラットな雰囲気がつくられ、「あるある」のお題が用意されていたことも、議論を活性化させる一助となっていたように思います。参加者それぞれが、立場や大学を異にする人の意見に熱心に耳を傾け、共感したり、発見したり、学んでいる様子を見て、今回のワークショップが意義深いものであると感じました。また、私自身もみなさんの支援に対する意欲や関心の高さ、内省的な姿勢に驚かされ、刺激を受けました。 支援の現場で出てくる疑問や悩みの多くは、自分の内だけで解決できることではなく、人と共有することで解決し、解消していくものだということを再認識しました。参加者のみなさんにとっても、それぞれの思いや考えを共有することについて、より肯定的に捉えられる機会になったのではないでしょうか。支援に携わるより多くの人を巻き込んで、それぞれの大学で支援の大三角を作っていただけたら、嬉しく思います。 川口/今回は、利用学生、支援学生、そして両者をコーディネートする支援室職員という三者が一堂に会してディスカッションを行うという機会でした。私自身、支援学生としての支援への関わりということは学生時代から数多くありましたが、実際に利用学生や支援室職員としての支援に対する思いや、日ごろ困っているといったことを直接耳にする機会はあまりなかったため、ディスカッションがどこまで盛り上がるかといったことについては未知数であり、実際にワークショップが始まるまでは非常に不安でした。 ワークショップが始まると、最初は各グループ自己紹介に始まり、自分の普段支援に関わる立場の話をし始めていて、不安が期待に変わり始めました。そして、各グループに与えられた題に対応して、ディスカッションを行っていましたが、私たち講師陣が思っていた以上に、支援に関わる当事者たちが、それぞれの立場からの話を普段思っていること、疑問などを当事者に対して伝えたり、ぶつけたりすることで、非常にディスカッションが盛り上がっていました。 最後の感想においても、普段考えていないことを考えるきっかけになったといった意見を目にすることができ、各当事者が支援に対して再考する機会を作れたということは貴重な体験になったのではないかと考えています。このワークショップを通して、私自身も支援に対して今までとは違う視点の気づきを得ることができ、とても勉強になりました。 「支援体制整備のその先にある課題とは?」ワークショップ報告 白澤麻弓1) 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター1) 1.はじめに 障害者差別解消の施行にともない、多くの大学で障害学生への支援体制整備が進められている。この結果、ノートテイクやパソコンノートテイクの配置といった、いわば一般的・標準的な支援については、広く共有されつつある。一方でこうした支援手段の提供のみでは解決できない問題も多数あり、支援体制が一定程度整備された今だからこそ見えてきた課題があるのも事実だろう。 本ワークショップでは、こうした課題のうち、事前アンケートで複数の大学より提示された以下の課題を取り上げ、ディスカッションを行った。 1)利用学生自身が授業に遅れてくる、支援を利用する気がない、支援について誤解しているなど、「聴覚障害の特性」に端を発する問題 2)英語のリスニングやアクティブラーニングの中でのグループディスカッション、資格取得のための実習など、「授業の特性」に端を発する問題 これらの問題を解決するためには、それぞれ「聴覚障害の本質」と「教育の本質」に立ち戻り、議論を深めることが重要と考えられた。以下、本ワークショップで行われた議論について、概要を報告する。 2.「聴覚障害の本質」と聴覚障害学生支援 議論に先立ち、群馬大学金澤貴之氏より、以下の話題提供をいただいた。 2.1 「聴覚障害とは?」群馬大学 金澤貴之氏 本ワークショップの実施にあたり、事前アンケートを行ったところ、それぞれがたくさんの「やっかいな」問題にぶつかっていることがわかった。これに答えるためには、一つ一つの問題について論じるよりも、その先にある「聴覚障害の本質的理解」に目を向けることが重要であると感じた。 一般的に「聴覚障害」というと、多くの先生方は「補聴器をつければ、少しは聞こえるのではないか?」と期待してしまう。けれども実際は多くの学生がおぼろげながら聞こえてきた音を元に、1日中必死に話の内容を類推しながら情報を紡いでいる現状にある。このため、家に帰る頃にはすっかり疲弊して、レポートを書けなかったり、翌日、疲れて起き上がれず、授業に遅れてしまったりすることもある。 また、口話を用いたやりとりでは、1対1の会話は成り立っても、複数人での会話は難しいことが多い。このため、同じ会話の輪に入っていても、自分に対して話かけられた言葉以外はほとんど内容がわからず、何について話をしているのかわからないまま発言して、「その場の空気を壊してしまう」ことも少なくない。この結果、聴覚障害学生自身も集団での会話を避けるようになったり、一人でいる方が楽と感じたりしてしまう。ましてや支援者がいつも周りにいると、周囲からも話しかけづらい雰囲気ができてしまうので、結果として周りの学生とは必要最低限の情報のみをやりとりするだけの関係に終始してしまうことも少なくない。 みなさんにも想像してほしいが、そのような状況の中、授業のためだけに大学に行くのは、非常につまらないものである。もちろん授業に参加することは、大学生活の重要な一部分だが、それでも大学時代に楽しかった思い出を聞かれて、「○○概論」なんて授業名を挙げる学生はいないはず。このことからも、大学生活上、友人との関わりがいかに大切かがわかる。 しかも、聴覚障害学生にとっては、この生活が 365 日ずっと続くわけである。圧倒的多数の聴者の中で、一人ぽつんと聞こえない状態で。我々は往々にして、そんな大勢の聴者の中にいる聴覚障害学生と少し話をすることで、聴覚障害について理解したつもりになってしまう。けれども、その状態で我々に見えている世界は、聴覚障害のごく一部であって、こうした聴覚障害にまつわる問題の本質を理解しようと思ったら、圧倒的多数の聴覚障害者、それも手話話者の中に日常的に身を置くようなそんな体験をしなければいけないのだと思う。 同時に、我々はこのような環境の中で、聴覚障害学生に対して、社会性を身につけたり、空気を読んだりすることを要求する。しかし、この「空気」や「社会性」「場の雰囲気」というのは雑談の集合体のようなもので、インフォーマルな情報が入ってこない聴覚障害者にとって、いかに理解が難しいものかがよくわかる。特に、相手に察することを求める日本文化の中では、聴覚障害学生の行動は、時に常識外れとも映ってしまう。 例えば大学生活では、「あの授業は単位が取りやすい」とか、「次の試験は落ちたらまずいらしい」といった情報が暗黙のうちに交わされる。こうした情報は、教員に聞くのではなく、こっそりとやりとりすることが求められるものであるが、こうした慣習や空気が理解できない聴覚障害学生の中には、情報欲しさに先生に対して直接「この授業は簡単に単位が取れますか?」などと尋ねてしまうこともある。 けれども、こうした聴覚障害学生の問題は、周囲の人々には見えづらく、常識のない学生、せっかく支援をしているのにやる気がなくて不真面目な学生などという風に映ってしまう。こんな中、自分一人で情報保障をつけて授業を受け、誰とも話さず家に帰る、そんな生活を送っている聴覚障害学生の様子を想像すると、我々は聴覚障害学生支援の中で、これまでに何を解決してきて、何が解決できていないのか、改めて考える必要があると思う。 図 1 金澤氏(写真) 2.2ディスカッション 金澤氏の話題提供のあと、改めて事前アンケートにて出された事例を取り上げ、議論を行った。 【事前アンケートにて出された事例】 ・ノートテイクを配置している授業で、利用学生の遅刻・欠席が多くて困ってしまった。連絡もない状態だと支援学生の信頼を損なうこともあるからと伝えても「他の人にどう思われるかは気にしないタイプなので」との発言で対応に苦慮した。 ・英語授業で元々ノートテイカーを配置する予定だったが、支援者の手配ができるまでの間、担当の先生に詳しい資料を作成してもらっていたところ、利用学生から「資料で十分わかるのでやっぱりノートテイクは不要」と言われてしまった。 ・ある授業でノートテイカーを配置していたが、「ノートテイカーがいると一生懸命見なきゃいけない。この授業は休憩のための時間だからノートテイクは不要」と言われ、結局ノートテイクをはずした。 フロアA/ノートテイクの配置について事例があがっていたが、合理的配慮の考え方からすると学生の意思表明がなければ配置は不要なのでは? フロアB/もちろん本人の意思確認は重要だと思うが、基本的に大学として「このような情報保障ができます」ということを見せていくことも重要だと思っている。ただ、本学には通信制高校に通っていた学生も多く、基本的な授業の受け方が身についていない例も多いので、事例にあがっていたようなケースは多い。 フロアC/本人による意思表明について、本学では以前たまたま支援がつかなかった場面があり、そのことについて学生に「支援がなかったけど大丈夫だった?」と聞いたところ「大丈夫でした」との回答が返ってきたことがあった。けれども、よく考えてみるとその学生も大学の事情を忖度してあのような返事になったのだと思うし、「大丈夫じゃなかった」と言いだせる環境を作ってあげられていなかったことに反省した。意思表明を待つことも重要だが、学生の段階によっては「こういう場面でも支援をつけられるけどどう?」と意思を引き出していったり、それができる環境を整備したりしていくことも必要だと思う。 フロアA/なるほど。もう一つ、3つ目の事例について、支援を利用している学生には、できるだけ真面目に授業に出てほしいという思いはわかるが、障害学生だけが寝てはいけないとなると、ある意味、他の学生との公平性も問題になってくるのでは? フロア B/本学でもノートテイカーには、彼らの仕事として、利用学生が寝ていようと他の ことをしていようと、支援をし続けるようにと指導している。それを利用するかしないか は障害学生の自由だと思うので。ただ、前述のように別の理由で授業態度が身についてい ない学生に対しては、教育上、寝ていると単位は取れないよということは指導している。 金澤氏/この問題、よく「寝る権利」などと言われたりするけれども、それを教員に向かっ て話している時点で社会性がないなと思う。冒頭にも話をしたが、本来、授業は聞くもの であって、寝る権利などというものは声高に叫ぶものではないはず。なので、支援をする かしないか以前に、このような発言が出てくることに対して、きちんと指導をしなければ いけない部分があると思う。 その上で、私自身も基本的には本人が遅刻しようが、授業中寝ていようが、ノートテイ カーには仕事だから役割を果たして欲しいと伝えているが、同時にその仕事を聴覚障害学 生がずさんに扱っていると感じている時には、「人は仕事に対して単なる仕事以上に何かを 求めているものだ」と伝えるようにしている。例えば、コンビニエンスストアでバイトを していて、パンを買ったお客様が目の前でそのパンを捨ててしまったら店員は悲しい思い をするだろう。同じように、仕事だからお金がもらえればそれでいいというだけではなく、 やはりその仕事の中で喜びを感じたいものだし、やってくれてありがとうという気持ちを 期待して社会が成り立っているものだと。もちろん、だからと言って、聴覚障害学生にお 礼を言うことを強要するものではないが。 いずれにしても、ここにあげられたような聴覚障害学生の問題を解決していこうと思っ たら、やはりその学生の背景について丁寧にアセスメントをしていかなければいけないと 思う。PEPNet-Japan ができて 10 年。この間、障害学生支援全体の取り組みを聴覚障害学 生支援が牽引し、全国の支援体制を引き上げていった経緯があると思う。しかし、最近発 達障害学生への支援が盛り上がり、そこに流れが変わろうとしている。実際、発達障害の 世界を見てみると、一人ひとりの学生に丁寧に寄り添い、その状態に合わせて実にきめ細 かな支援がなされている。翻って聴覚障害学生への支援を見ると、「聞こえない」という一 言で片づけられ、情報保障のみで問題を解決しようとしてきた感がある。けれども、聴覚 障害学生にも一人ひとりの背景があり、その理解なしには本当の支援はできないし、それ をいかに細かく突き詰め、共通理解をして、情報発信をしてきたか?を再検討すべき時に 来ているのではないかと思う。 3.「教育の本質」と聴覚障害学生支援 後半の議論では、その場の教育目標と聴覚障害学生のニーズが拮抗する際の対応方法や 考え方について議論を行った。ここでは、事前アンケートで寄せられた以下の事例を元に、 大阪大学中野氏より話題提供をいただき、これを元にディスカッションを行った。 【事前アンケートで寄せられた事例】 ・外国語のリスニングや外国語の習得を目的とした授業では、どのような基準・方法で評価を行なっていくか難しさがあると感じる。教養系の英語であれば、リスニングを代替する方法で済む場合もあるが、外国語学部の聴覚障害学生では単に代替では済まされないため、支援の方法が難しい。 ・資格取得のための実習における支援のあり方。求められる要件がたくさんある中で、どのように支援を行なっていくのが良いのか方向性を知りたい。 3.1 「外国語授業における支援の難しさ」 大阪大学 中野聡子氏 聴覚障害学生への支援を行なっていると、教育目標や教育方法が聴覚障害の特性とぶつかって、どのように支援をしていくか方向性を定めるのが難しい時がある。ここでは、外国語の授業における支援を例に、本学でも対応に苦慮している事例を紹介したい。 外国語といってもいくつかのタイプがあるが、1つ目は、共通教育としての外国語におけるリスニングの事例。多くの大学では、4技能の一つとしてリスニングの授業が用意されている。聴覚障害があって英語が聞き取れない場合、免除という選択肢が出てくると思うが、本学には大学院への進学が前提となっている学部があり、当該学生を含めほぼ全員が大学院への進学を希望しているケースがあった。この学部のディプロマポリシーには、「研究活動を通じて国外との学問的、人的、文化的交流ができること」と掲げられており、大学院では英語でゼミが行われていたり、国際学会等で発表が要求されたりする。 この学部に入学してきた聴覚障害学生は、当初、英語の聞き取りは難しいためリスニング授業の免除・代替を希望していた。しかし、支援室としてもこれからそうした大学院に進学しようとしている学生に対して、単に免除をすることでいいのか議論になった。この場合、参考になるのは過去の支援事例だと思うが、当該学生はそれまで高校や大学入試等でもリスニングは免除されていた。これらの合理的配慮が正しいか否かという話ではないが、当該学部で求められる到達点を考えると、こうした配慮は合理的でないと考えられた。 一方、大学側の事情を見ると、マンツーマンで本人にとって必要な国際力を習得できるような指導をしたり、ASL の授業に代替したりといった対応も厳しい状況だった。このため、最終的には聴覚障害者にとってのリスニング能力を、速読を用いた即時的なコミュニケーション能力ととらえ、フラッシュカードやテロップによって英語の文字を提示して理解する方法に代替する形をとった。この結果、学部の先生方にも理解をいただき、必要な力の習得に至ったと考えられるが、学部のディプロマポリシーと本人の障害特性の両方の理解が要求される事例だったと思う。 図3 中野氏 (写真) 二つ目の事例として、外国語学部における支援がある。本学は、大阪外語大学と合併したため、外国語の習得を目的とする学部があり、そこではコミュニカティブアプローチやタスク中心型授業が行われている。このため、英語を用いてやりとりをしながら英単語や 文法を習得したり、ランダムに学生を指名しながら発言を求めたり、グループやペアを次々に変えながら、特定の設定に基づき会話をしたりするなどの指導法が用いられている。こうした指導環境は、難聴学生にはかなりハードルが高いが、いずれも第二言語習得研究の中で効果的と認められ、採用されている方法であり、これを大きく変更することは、一般学生にとっての教育機会損失となるため、非常に対応が難しいと感じた。 しかも、難聴の学生のために外国語をゆっくりはっきり話してもらうと、上級レベルの学生にとって学習の妨げになってしまうため、こうした依頼もすることができず、非常に悩ましいと思う。これらの授業では、外国語の理解という認知的負荷のかかる環境で、かつ聞こえづらいというハンディが重なり、理解できなさが増強されてしまうため、表面に出てきた聴覚障害学生のパフォーマンスをどのように評価するかも難しく、対応に悩む結果となった。 3.2 ディスカッション 中野氏からの話題提供を受けて、以下の議論を行った。 フロア A/授業において特定の内容を免除・代替したり、合理的配慮を用意したりする際には、「社会に出たときにどのようなシチュエーションに置かれるか」を参考に決定する必要があるのでは?例えば、フィールドワークが求められる専門で社会に出たときに手話通訳等がないのであれば、それは同様の環境で学習すべきだと思うし、大学院に進学を予定して、そこで合理的配慮があるのなら、同様に配慮をつければよいと思う。 中野氏/確かにそういう側面はあるかもしれないが、社会といったときに聴覚障害者が活躍する社会がどんな状況にあるのかを知ることも重要だと思う。例えば、聴覚障害学生が将来的に国際学会等でグローバルに活躍することを考えた場合、アメリカの学会等では依頼すれば情報保障が配置されるのが普通だし、テレビ等にも字幕がついていて、文字から情報を得る環境が用意されている。それであれば、「聞く」の代替手段として字幕などを「速読」することが求められるし、それに応じた支援手段を提供することが合理的となる。実際に本学でもこのような形で学部の先生方に説明をしている。 金澤氏/私も同感で、社会といったときに「どういう社会を想定するか?」も重要だと思う。よく、重度の聴覚障害学生が看護系の学部などに入ると、「将来、看護師になれるのか?」 といった議論が起こる。ここで専門の先生方が想定しているのは、往々にして非常に忙しい総合病院の現場で、外科や内科などさまざまな診療場面にオールマイティに対応できる看護師だと思う。けれども、それが大きな耳鼻科であれば、かなり負荷が軽減されるだろうし、看護師ではなく保健師だったら1対1で対応することが多いので、活躍できる場面はより広がる。さらに言うと聾学校の保健の先生であれば、むしろ聴覚障害の先生の方が有利なわけで、社会的にも必要とされているはず。 ちなみに、本学でも附属小学校で教育実習を受けた聴覚障害学生がいて、彼女は手話通訳を使って実習を行った。もちろん、先生方の中には「将来、学校の先生になったら通訳なんてつかないのだから」と言う方もいたが、本人は聾学校の先生になることを希望していて、基礎免許の取得のために小学校での実習が必要だった。加えて、聴覚障害学生の場合、聾学校での実習に振り替えることもできたが、附属小学校は教育のスペシャリストが集まっている学校なので、そこでの実習を体験させたいという思いもあった。このため、実習先での指導を十分に吸収できるように手話通訳を配置する形をとった。 このように考えると、「想定する社会がどこなのか?」ということが重要だし、その社会のあり方も既存の枠を超えて、幅広く考えていかなければいけないと思う。 司会/参考までに、文部科学省「障害のある学生の修学支援に関する検討会報告(第二次まとめ)」の中では、こうした本質的変更に関する問題として以下のように記述されている。 障害のある学生に提供する教育については、(中略)本質は変えることなく、提供方法を調整するとともに、授業内容や教科書、資料等へのアクセシビリティを確保することで、全ての学生が同等の条件で学べるようにすることが重要である。また、(卒業後の)資格取得や就職に関するものなど、教育の本質とは異なる付随的要件を理由に評価されることは避けなければならない。 このうち、最後の一文はまさに「就職したら通訳はつかないから、大学でも通訳なしで学んでもらわないと」という論理に対して異を唱えるために追加されたものである。ここでは、就職後に想定される職場環境や資格の取得可能性といった問題は「本質とは異なる付随的要件」であって、それらを根拠に合理的配慮の内容を決定することは避けなければならないとされている点で注意が必要。 この背景には、実際に就職して働く段階と大学の学習過程は、連続的に繋がってはいるものの、目的も機能も異なるものであり、切り分けて考えるべきとの考え方がある。例えば医学部の実習生には、実習期間中、スーパーバイザーがついて、何らかの指導がなされる。これは、実習生がまだ教育段階にある学生であって、現場の医師よりも手厚い指導が必要だからだろう。同様に、まだ学習段階にある障害学生は、周囲で何が起きているか想像もできない中で学んでいる状況にあり、病院という現場がどのような場所かを知り、適切な行動がとれるように学習するのが実習の目的であるならば、そこに通訳をつけるなどの手厚い支援を行うことも理にかなっていると思う。こう考えると「将来、通訳はつかないのだから」という指摘の中では、本来、実習で学習すべき本質が見失われている点に注意をしたい。 フロア A/なるほど。ただ、例えば本学には車いすを使用している学生で、上肢・下肢ともに自由に動かすことのできない学生がいる。ところが、その学生が在籍している医学部は、ディプロマポリシーとして「将来、医師として働くのに耐えうる知識と態度・技能を習得していること」と書かれていて、これを遵守しようと思うと、この学生は永遠に卒業できないことになってしまう。特に医学部の場合、4 年次と 6 年次でそれぞれ実技試験があり、これらへの合格が必須になってくるし、その学生も研究者ではなく医師を目指して入学してきている。こうしたケースの場合、ポリシーを変えてしまうしか方法はないのか? フロア B/こうしたケースの場合、その科目ができるかどうかという見方だけでなく、もう少し視点を広げて、カリキュラム全体の中で本質的な能力が習得できているかを考えるべきだと思う。例えば、一般教養の英語の場合、リスニング自体ができるかどうかが重要ではなく、国際的に活躍するために必要な素地を身に着けられたかが重要なはずで、英語に限らず多様な言語や文化が学習できれば、それで要件を満たしたことになる。こう考えると、医学部の実技についても、もっと別のやり方で、広い意味で必要な技能を習得したと考えることはできないのかなと思う。同時に、特定の科目要件が満たせなくて、目標としている資格の取得にたどり着けないケースに対応するために、大学としては「ゼロ免課程」のようなコースも用意していく必要があると思う。 司会/前半で話のあった点は、まさに「今、本質と考えられているものは、本当に本質なのか?」という議論になると思う。例えば、日本でも脊髄損傷で首から下が動かない方で、現行の医師免許を取得されている先生もいるし、聴覚障害者で手話通訳をつけながら病院で働いている医師もいる。さらに海外に目を向けてみると、さまざまな障害のある人たちが我々には想像もつかないような方法で医師として活躍している例がある。そう考えると、我々が「全体に必要」と思っている技術は、実は周辺的な能力でしかなくて、本質的な能力はもっと別のところにあるのではないかと感じさせられる。 実は医学系の OSCE 試験などは、既にこうした考え方に対応していて、自分の手で実技ができなくても、介助者に指示を出して聴診器をあててもらったり、通訳者を介して問診をしたりする形であっても、患者様に不快な思いをさせずに診断や治療に必要な情報が得られていれば、本質的な能力を有しているととらえ、合格としている例がある。このため、必要な技能といった場合に、もっと幅広い解釈ができないものか、学内でも、また試験の実施機関とも議論をしてみることをお勧めしたい。 金澤氏/同様に現行の制度や体制の中でできないことがあるのだとしたら、それは制度や体制を変えていくことも大学の役割の一つだと思う。例えば、今、手話通訳を使いながら働いているろう者が日本にほとんどいないのであれば、それができる環境を作るのも我々の役目であって、前例がないならこそ開拓していく気持ちで取り組みたいと思う。 4.到達点と課題 本ワークショップでは、「聴覚障害の本質」と「教育の本質」の2つのテーマを軸に、現在の聴覚障害学生支援における課題と求められる取り組みについてディスカッションを行った。この中では、我々、障害学生支援関係者が理解すべき問題について、深く議論ができたほか、今後PEPNet-Japanが担っていくべき役割についても一部明らかにすることができた。聴覚障害学生への支援は、まだ緒についたばかりであり、今後解決すべき課題は無数にある。このことが確認できたことが、本ワークショップの何よりの成果だと思われる。今後、こうした認識を全国の大学と共有していくためにも、継続的な議論が求められている。 早稲田大学キャンパスツアー 磯田恭子1) 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター1) 1.はじめに 今回の会場となった早稲田大学は、130 年以上の歴史と伝統のある大学である。キャンパス内には国の重要文化財として指定を受けている大隈講堂、大隈銅像などとともに、最新の建造物もあり、バリアフリー化も進められている。本企画では、早稲田大学の協力を得て学生ガイドによる案内付ツアーを、2 回の時間帯を設けて実施した。 2.内容 実施にあたっては、手話通訳ならびに「モバイル型遠隔情報保障システム」を活用した文字通訳の配置を行い、情報保障支援の利用希望者にも参加頂ける体制で実施した。また、1 つの時間枠は通常 60 分のルートを 90 分かけてゆっくり回るコースを設け、移動に困難のある方にも参加して頂きやすいようにした。 学生ガイドの快活な説明を受けながら、大隈講堂・大隈銅像・坪内逍遙記念演劇博物館などの主要なみどころを見学した。さらにタイミングが良かった回では、大隈講堂のシンボルでもある時計台内部を特別に見ることもでき、参加者からも驚きの声が上がっていた。早稲田大学障がい学生支援室のある 3 号館は特に印象的な建物であり、旧校舎の趣きを再現したエントランスを入ると、先進的な空間が広がっていた。障がい学生支援室の見学も兼ねて拝見することができた。参加者は 38 名とあまり多くなかったが、先進的な設備とバリアフリー状況などを実際に見ることで、学ぶことが多かったと思う。 次年度以降も、実施可能な場合には広く参加を呼びかけて開催する方向で検討して行きたい。 図 1 学生ガイドによる説明の様子(写真) 図 2 見学の様子(写真) 聴覚障害学生支援に関する実践事例コンテスト 2018 受賞ポスター 第14回日本聴覚障害学生高等教育支援シンポジウム 実行委員 大会長 筑波技術大学 学長 大越 教夫 実行委員長 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター センター長 佐藤 正幸 事務局長 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 准教授 白澤 麻弓 幹事 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 助手 磯田 恭子 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 助手 中島亜紀子 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 助手 萩原 彩子 実行委員 早稲田大学 スチューデントダイバーシティセンター長 三神 弘子 早稲田大学 障がい学生支援室 課長 大久保裕子 早稲田大学 障がい学生支援室 専任職員 黒田 泰 早稲田大学 障がい学生支援室 常勤嘱託職員 志磨村早紀 小田原短期大学/早稲田大学 講師/招聘研究員 杉中 拓央 東京大学 バリアフリー支援室 特任助教 中津 真美 日本社会事業大学 教授 斉藤くるみ 関東聴覚障害学生サポートセンター コーディネーター 山本 篤 関東聴覚障害学生サポートセンター コーディネーター 田中 啓行 宮城教育大学 教育学部 准教授 松﨑 丈 群馬大学 教育学部 教授 金澤 貴之 筑波技術大学 副学長 石原 保志 筑波技術大学 聴覚障害系支援課 課長 小暮 聡子 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 教授 三好 茂樹 筑波技術大学 産業技術学部 教授 谷 貴幸 筑波技術大学 産業技術学部 准教授 井上 正之 筑波技術大学 産業技術学部 准教授 河野 純大 筑波技術大学 産業技術学部 講師 守屋誠太郎 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 特任研究員 石野麻衣子 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 技術補佐員 吉田 未来 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 技術補佐員 坂井 肇 (所属はシンポジウム実施当時) 日本聴覚障害学生高等教育支援シンポジウム報告書 第1号 「これからの聴覚障害学生支援―今『対話』を考える―」 (第14回 於:早稲田大学) 発行:第14回日本聴覚障害学生高等教育支援シンポジウム実行委員会 発行日:2019年3月20日 編 集:日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan) 事務局 〒305-8520 茨城県つくば市天久保4-3-15 筑波技術大学障害者高等教育研究支援センター ※本事業は、筑波技術大学「聴覚障害学生支援・大学間 コラボレーションスキーム事業」の活動の一部です。 表紙デザイン:平井望(筑波技術大学大学院 技術科学研究科 情報アクセシビリティ専攻 学生)