シンポジウム 企画報告 聴覚障害学生支援に関する実践事例コンテスト2018 石野麻衣子1) 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター1) 1.はじめに PEPNet-Japanでは、2008年からシンポジウム内企画として「聴覚障害学生支援に関する実践事例コンテスト」を開催している。これは、全国の大学における聴覚障害学生への支援実践に関する情報を交換することで、今後の高等教育機関における聴覚障害学生支援体制の発展に寄与することを目的とするものである。 本報告は、今年度シンポジウムで実施したコンテストについて報告する。 2.概要 本コンテストは、シンポジウム当日の9時30分~12時、セッション企画の一つとして実施した。 応募団体は、あらかじめ作成したポスターを当日掲示して発表を行い、参加者からの質問に回答する形で、情報交換を行った。学会のポスター発表をイメージしていただくとわかりやすい。発表時間は、前半を9時30分~10時45分、後半を10時45分~12時とし、各団体に発表時間を割り振った。 参加者は、発表を見た上で、参考になると思った団体、応援したいと思った団体など、各々の基準に基づき投票を行った。また、コミュニケーションも含めたプレゼンテーションスキルを表彰する「プレゼンテーション賞」の審査員が、立場を明かさずに各団体の発表を聞き、合議により受賞団体を決定した。 この結果に基づき、全体会の15時30分~16時に表彰式を行った。 3.応募状況及び結果 今回は、16団体(うち、大学15校、NPO法人1機関)の応募があり、投票及び審査の結果、表1の通り受賞団体が決定した。 図1 発表の様子(写真) 表 1 投票及び審査結果 賞 受賞団体 PEPNet-Japan賞 早稲田大学 障がい学生支援室 準 PEPNet-Japan賞 宮城教育大学 しょうがい学生支援室 グッドプラクティス賞 大阪教育大学 障がい学生修学支援ルーム 新人賞 北星学園大学 アクセシビリティ支援室 Note Takers プレゼンテーション賞 札幌学院大学 奨励賞 東北大学 特別支援室 利用学生・学生サポーター 東北福祉大学 障がい学生サポートチーム 東京学芸大学 障がい学生支援室 首都大学東京 ダイバーシティ推進室 千葉大学 ノートテイク会 愛知教育大学 情報保障支援学生団体「てくてく」 日本福祉大学 学生支援センター 特定非営利活動法人ゆに 愛媛大学 障がい学生支援ボランティア(CBP) 松山大学 障がい学生支援団体 POP 福岡教育大学 障害学生支援センター 4. 発表内容 PEPNet-Japan 賞を受賞した早稲田大学は「大学生活に寄り添う支援」をテーマとしたポスターで、1 人の聴覚障害学生の入学から卒業までの過程を追いながら、支援室の取り組みを紹介した。準 PEPNet-Japan を受賞した宮城教育大学は「見えないものと向き合う」と題し、利用学生、支援学生、運営スタッフが実は抱えていた悩みと向き合い、考え、そこから積み重ねた取り組みを発表した。視覚障害者用の触ってわかるポスターも、障害の有無に関わらず伝わる発表のあり方の一つとして、話題を呼んだ。 発表全体を通して見ると、大学間連携の取り組みや、被災の経験から明らかになった課題、教育実習時の支援など、多岐に渡るテーマが取り上げられていたが、特に聴覚障害学生・支援学生・支援室スタッフ間の連携やコミュニケーションのあり方について言及した 発表が多く見られた。 表1 の PEPNet-Japan 賞~プレゼンテーション賞受賞団体のポスターについては、66 ページ以降に掲載している。奨励賞も含めた全てのポスターは、当日資料及び PEPNet-Japanホームページのシンポジウム報告ページにも掲載しているため、ぜひご覧いただきたい。 また、発表方法にも工夫が見られ、ポスターを掲示するだけでなく、スライドを用いたプレゼンテーションや資料の配付、音声認識システムを用いた文字通訳などを実施する様子が見られた。 5. まとめにかえて 今年度のシンポジウムの全体テーマは『これからの聴覚障害学生支援―今「対話」を考える―』であった。本コンテストは、このテーマに沿った発表を募集したものではなかったものの、図らずも、各大学が障害者差別解消法施行後の「対話」を模索し、質の高い支援を実践していることを、コンテストを通して知ることができた。これらの実践が一堂に会し、多くの参加者と共有されたことは、大変有意義であった。 また、障害の有無に関わらず全ての参加者に伝えるための工夫に、広がりが見られたことも、今年度の特徴だった。プレゼンテーション賞の審査員から特に評価が高かった団体は、ただ資料を渡すだけで終わりにするのではなく、きちんと参加者に向き合い説明をしたり、音声認識システムにただ認識させるだけではなく、修正者を置き認識結果を修正したりと、もう一歩踏み込んだ「対話」があった。 今年度も充実した情報交換がなされたコンテスト。来年度、より一層充実した対話の場になることを期待したい。 図2 コンテスト会場の様子(写真) 図3 表彰式の様子(写真) 教職員による聴覚障害学生支援実践発表 2018 石野麻衣子1) 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター1) 1.はじめに 2016 年よりシンポジウム内企画として実施している「教職員による聴覚障害学生支援実 践発表」は、聴覚障害学生支援に関わる教職員を対象とし、発表者が自らの実践を発表し、 参加者と共有することで、新たな支援実践につなげることを目的としている。 今年度は 9 大学の関係者よりご発表をいただき、大変充実した情報交換の場とすること ができた。本稿ではこの様子を報告する。 2.概要 本企画は、セッション企画の一つとして、シンポジウム当日の 9 時 30 分~12 時に実施 し、うち 10 時 15 分~11 時 15 分は発表担当者による説明を必須とした。発表者は、事前 に作成したポスターを掲示し、これに基づき発表を行った。上記の時間は、教職員という 立場を同じくする者同士で密な意見交換を行うため、参加対象者を教職員とし、昼食休憩 中は、どなたでも自由にご覧いただける形とした。 図 1 発表の様子(写真) 図 2 発表者と参加者がやりとりする様子(写真) 3.発表内容及び発表者 今年度の発表内容及び発表者は表1の通りである。 表1 発表内容及び発表者 今年度の発表は、学内外の資源との連携、情報保障者の養成、理解啓発など、テーマは多岐に渡った。どの発表も示唆に富み、多くの大学関係者が興味を持ち、活発なやりとりを通して情報交換を深めていた。 各発表の詳細は、当日資料の巻末に掲載している。ぜひお読みいただきたい。 4.まとめにかえて 多くの大学で直面する課題から一歩先行く取り組み、そして高校生を対象とした未来志向の実践まで、多様な実践事例を共有できたことは、この企画の大きな成果だと言えるだろう。教職員が交流を深める場としても機能しており、この点も有意義であった。来年度以降も引き続き、活発な意見交換が可能な形を検討し、全国の障害学生支援の底上げにつながる企画としていきたい。 関連団体活動紹介 磯田恭子1) 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター1) 1.はじめに 本企画は、大学間・関連機関間のネットワーク形成と活性化に寄与することを目的に、セッショ ン企画の一部として実施したものである。聴覚障害学生や支援担当教職員等が地域の社会資源を 知るための場としての効果も考え、実行委員会でも検討したうえで、開催地の関連団体に出展を 依頼している。 2.内容 聴覚障害学生支援に関わる周辺領域の諸機関に出展を依頼し、以下の 8 機関が参加した。 ● 日本財団 ※PEPNet-Japan 協力機関 ● 東京大学 障害と高等教育に関するプラットフォーム形成事業(PHED) ● 京都大学 高等教育アクセシビリティプラットフォーム(HEAP) ● 東京手話通訳等派遣センター ● 株式会社 自立コム ● フォナック補聴器 ● 就労移行支援事業所 いそひと大手町 ● 全日本ろう学生懇談会 会場では多くの参加者が熱心に説明を聞く姿が見られ、大学と聴覚障害者支援、情報保障支援 に関わる各種団体が相互に活動の様子を知り、交流を図る場となっていた。 また、実際の支援機器に触れることで、支援場面への導入可能性も具体的にイメージすること ができたとの声もあり、今後も開催地との連携を図りながら実施していきたい。 図 1 会場の様子(写真) 図 2 説明の様子(写真) 「情報保障支援者の養成に関する先駆的な取り組み ―当事者が支援者になること―」ショートセミナー報告 斉藤くるみ1) 日本社会事業大学 社会福祉学部1) 1.はじめに 日本社会事業大学では、聴覚障がい者の教育環境充実のための様々な取り組みを進めてきている。(2008年:ろう者の教授陣が日本手話で教える「手話によるろう者の大学事始め」の開講、2009年:「日本手話」を語学科目と位置づけて「日本手話」を必修科目とする特別支援教職課程を設定、2010年:日本財団の助成を受けて大学・大学院・通信科の全ての授業に情報保障(PC テイクと手話通訳)を配置、ろう・難聴の高校生のための大学進学塾を設置、2014年:入試科目に「日本手話」を導入(注1)) こうした実践を経て、2016 年には支援者養成のための「コミュニケーション・バリアフリー課程」を設置している。これは文部科学省の「職業実践力育成プログラム(BP:ブラッシュアップ・プログラム)」として開設されたもので、3種類の支援者養成(手話通訳・PC テイカー・盲ろう支援者)のコースを設置し、ろう当事者はこの中で手話通訳(ろう通訳)および盲ろう支援のコースで活躍している。これまでの過程においては、ろう当事者主導で活動してきたことが重要であった。ろう・難聴者を支援するソーシャルワーカーはろう・難聴当事者であることがベストであるという信念のもと、学生を「当事者ソーシャルワーカー」に育てるという目標があったからでもある。 こうした実践は「障害者の権利に関する条約」第24条3および4、第30条の実現と言える。 第24 条 3(a) ・・・障害者相互による支援及び助言を容易にすること。 (b) 手話の習得及び聾社会の言語的な同一性の促進を容易にすること。 (c) ・・・その個人にとって最も適当な言語並びに意思疎通の形態及び手段で、かつ、学問的及び社会的な発達を最大にする環境において行われることを確保すること。 4 締約国は、1 の権利の実現の確保を助長することを目的として、手話又は点字について能力を有する教員(障害のある教員を含む。)を雇用し、(以下、省略) 図1 会場の様子(写真) 第 30 条 4 障害者は、他の者との平等を基礎として、その独自の文化的及び言語的な同一性(手話及びろう文化を含む。)の承認及び支持を受ける権利を有する。 本会においては、本学での養成を経て当事者支援の実践を担っている2名の講師から、実体験を元にした報告を行った。 2.内容 今回2名の講師からの報告と、筆者からの障害者の能力・貢献に関する意識向上について説明を行った。各報告の概要をまとめる。 2.1 当事者が支援すること・・・モデル1 講師:岩田恵子氏(日本社会事業大学) 43 年前に大学に入学した当時は、聴覚障がい者に対する理解も不十分であり、支援を利用することもできなかった。卒業したろう学校の先生からは、健常者の 2~3 倍頑張りなさい、努力を続けなさいと言われた。そこで、大学の授業では一番前に座り、先生の口話を懸命に読みながら授業に出席していたが、理解することへの限界を感じていた。それを先生に伝えたところ、「点字ならできるのか?体育の時は全て見学で構わない」と、今では考えられないようなことを言われた。 学生時代に米国の大学に訪問した際、ろうの学生が手話通訳をつけて生き生きと学んでいる様子を目の当たりにした。米国で出来ていることが日本で出来ないはずがない、と非常にパワーをもらい、帰国してからは同じ大学の学生に手話を教えるようになった。そし て授業への手話通訳の配置を大学に要望し続け、卒業式の時にようやく手話通訳が付いて参加することができた。現在は情報保障が権利として認められるようになっており、時代の流れを実感している。 大学卒業後はろうあ者相談員として、当事者支援に関わる仕事を 25 年間担当し、ろう老人ホームにも 2 年間勤めた。これまで経験してきたことからの学びが多く、今年 6 月からは日本社会事業大学のバリアフリー支援室で、ろう学生支援に関わっている。今感じていることとして、これまで歴史を変えてきたのは当事者の力だけではなく、支援者と一緒に活動してきたことによると思う。今の世代のろう学生には、これまでの歴史についても知っておいて欲しいと考えている。当事者も情報保障を受けるだけではなく、一緒に作っていく、ろう者と聴者が一緒に支援して行く環境が今後大切になってくるのではないだろうか。 図 2 岩田恵子氏(写真) 2.2 当事者が支援すること・・・モデル2 講師:平山彩美氏(日本社会事業大学卒業生/公立ろう学校教諭) 大学入学まではろう学校で学び、日本社会事業大学を今年3月に大学を卒業した。現在は公立のろう学校に勤務している。大学ではろう教育とソーシャルワークのそれぞれについて学んだ。現職の立場から思うことを3つ話したい。 1点目は、教育とソーシャルワークとの関わりについて。ろう学校に勤務する中で、教育とソーシャルワークの2つの立場でのジレンマを常に感じている。例えば、教育の場合には聴者の文化を身につけさせるという考え方が強いが、ソーシャルワークの場合はろう文化を大切にする考え方になるなど、ズレが生じている現状があると感じている。 2つ目に、インサイダー言語とアウトサイダー言語について。インサイダー言語は、所属するグループや組織の中で共通する、通じ合える言語という概念であり、ろう者の世界で言えばろうか難聴かを区別することもあり、ろう文化とも同義であるが、聴者にとっては区別が難しい。ろう者も難聴者もまとめて「聞こえない人」と言われているが、当事者にとってはそれぞれが異なると捉えている。ろう学校でも同様であると言える。現在勤務する中でのろう教員の強みとして、子どもの様子の変化に気付くことが多く、健聴の教員に伝えることができる点が挙げられよう。 3つ目は当事者性について。当事者が支援者になるにあたっては、当事者性が分かっているかどうかが大事であるだろう。例えば、ろう文化と聴文化の間に生じるずれがある場合に、ろう教員はそのずれについてどんな説明ができるか。ろう教員は通訳の役割や、聞こえない子どもと聞こえる教員をつなぐ、聴者とろう者の2つの世界をつなぐ役割も担っていると思っている。当事者の立場でろう教育にどうアプローチしていくか、今後も考えて行きたい。 2.3 障害者の能力・貢献に関する意識向上について 筆者からは、障害者の能力・貢献に関する意識向上について情報提供を行った。障害者権利条約の中で、8条では障害をプラス面から見るようになっているが、日本ではその意識はまだ低い状況である。障害者に対する肯定的認識、それを社会に対して啓発をしていかなければならないと考えている。また、労働市場に対する障害者の貢献についても書かれているが、現状としては「支援してあげる」という意識を持たれる方が多いのではないかと思う。しかし、その一方で支援をする立場からは、どうしても自分は当事者になれないというコンプレックスを感じるときがある。だからこそ支援者と当事者とが一緒でなければできないこと、特に当事者にしかできない支援があることに注目してもらうため、今回、当事者支援者からの話題提供を行った。 図3 平山彩美氏 (写真) 2.4 質疑応答 参加者との質疑応答の一部を紹介する。 会場/斉藤先生の話にあった「当事者にしかできない支援」という点、立場を変えて支援を、ということの必要性を考えるきっかけを頂けた。 斉藤/これまでは支援の時に当事者の話を聞かずに進められることがあり、そのことで支援を遅らせてきた現状があると思っている。健常者は当事者について完全に理解することは不可能であることを認識した上で、当事者からの意見を聞く必要があるだろう。 岩田/私自身は両親や親戚など周囲にろう者のロールモデルが大勢いる環境だった。ろうの子どもの両親のうち 90%は健聴者であると報告されているように、大人のろう者のモデルが非常に少ない状況にある。特に子ども達にはたくさんのろう者に触れて、多くの ロールモデルがいることを知ってもらいたい。 3.到達点と課題 今回は短時間でのセミナーということもあり、参加者との議論を深めることができなかったのは残念であった。しかしながら、参加者の多くが当事者からの体験に真摯に向き合い、当事者が支援をすることの意義について考える機会を提供することができたのではないだろうか。当事者は支援を利用するだけではなく、当事者だからこそできる支援を今後も充実させていくために、本学での実践が広まってくことを期待したい。 注1)一般の学生の入試が「国語」「英語」「面接」で実施される後期日程入試を、ろう者については「国語」「英語」「日本手話」「面接」で実施するというものである。 基礎講座「建設的対話から始まる障害学生支援―合理的配慮の基本とは?―」 ショートセミナー報告 山本 篤1) ,太田 琢磨2) 関東聴覚障害学生サポートセンター1),愛媛大学2) 1.企画趣旨 障害者差別解消法が施行されてから3年が経過したことにより、障害学生支援への意識が高まり、支援体制構築や見直しを行った大学が多い。しかしながら、いざ体制を整えて支援をしようとしても、教職員が合理的配慮について十分に理解できていなければ障害学生との間でトラブルが生じる可能性が高い。入学決定から支援開始までの限られた時間内に、障害学生本人の申し出から対話と調整というプロセスを経て合理的配慮の提供を決定しなければならない。しかしながら、障害学生も保護者も自らのニーズ把握・支援内容等について十分に理解しているとは限らず、担当者がそれを汲み取って対話と調整を行えなければ、それは結果的に聴者と同等の修学機会を失わせてしまう事になる。もちろん、聴覚障害学生にとっても、自らの障害と支援のニーズ、支援開始までのプロセスについて理解することは、双方にとって対話と調整がスムーズになるため必要なことだと言える。 これらをふまえ、本セミナーでは大学で聴覚障害学生を受け入れ、「合理的配慮の提供」をするにあたってのプロセス、大学入学前後の面談の進め方、面談内容に基づき支援内容を決定するまでの流れについて、事例を基に解説を行った。特に支援に至るプロセスのうち、「合理的配慮の提供」に必要な「建設的対話」の必要性について理解を深めることを目的としたことで、支援担当者や聴覚障害学生にとって障害学生支援をスタートさせるための知識提供の機会となったものと考える。 2.内容 2.1 支援の導入部分 現在、多くの大学に聴覚障害のある学生だけではなく、その他の障害のある学生も入ってくるようになってきた。学生の入学が決まるタイミングだが、国公立大学の場合には3月上旬に前期日程の結果が判明し、遅い場合は3月下旬に最終確定となるため、入学決定から支援開始までの期間が2~3日しかないこともある。 相談に来る学生の状況としては、入学直前・引っ越してきた直後に駆け込み的に来るケースが多い傾向にある。また、保護者の中には大学のホームページで支援に関する情報を見たが、本当に支援提供をしてくれるのか不安に思っている場合も多く、慌ただしい状況の中でどのように支援の導入を決めていくのかが、とても大事なポイントである。 図1 当日投影スライド 「初回面談で心がけること」 実際に愛媛大学でもかなりの学生が駆け込んでくる。支援室に来て、いきなり「支援をしてください」という様なざっくりとした依頼を受けることが多い。そのような中で、初回面談の時に心がけている事として、高校までの中でどのようなことに困っていたか、家族と家にいる時にはどのようなコミュニケーションをしているのか、などアイスブレイク的な話をしながら聞いている。まずは身近な話題や学生個人のパーソナリティなどの話題から会話を初めることで、信頼関係の構築を行うように心がけている。 図 2 当日投影スライド「面談のポイント」 図 3 当日投影スライド「個々の聴覚障害の特性を知る」 2.2 合理的配慮 次に合理的配慮の考え方について。「配慮」と「合理的配慮」には大きな違いがある。中には親切なあまり、“困っているよね、やってあげよう”という気持ちが先に出てしまう先生もいる。これはありがたいことでもあるが、逆に学生本人の負担になってしまうこともあるため、注意が必要になる。 合理的配慮は、英語では「reasonable accommodation」となる。reasonable は合理的という意味だが、accommodation は便宜を図る・調整する、という意味で、それぞれの障害者の事情に合わせて必要な調整をして下さいという解釈となる。 図 4 当日投影スライド「配慮=合理的配慮?」 2.3 聴覚障害学生の要望に対して 初めて聴覚障害学生支援を提供するケースでは何から始めれば良いのか分からない場合や、予算が確保されていないため、支援が提供できないケースもある。学生から積極的に要望を伝えてくる場合には、学生の方が支援に関する知識を持っている事が多く、その場合はむしろチャンスと捉えた方が良い。聴覚障害学生に先生になってもらい、支援方法について学ぶこともできると思う。ただし、それでも実際にはすぐには十分な支援が提供できないケースもある。そのような場合は、まず学生の意見を受け止めた上で、過度な負担に当たるところは何か、しっかり学生と話し合う必要がある。特に、どうして今はこれが難しいのか、という事を学生自身が納得できるように分かりやすい言葉で説明する努力をしなければならない。 次に、どこまでを支援室が担い支援提供をしなければならないのか。支援の提供範囲については入学前相談から入試、授業、試験等は当然対応すべきであるが、注意が必要な所もある。例として、留学やインターンシップ・課外活動への参加等がある。この場合はどこが主催なのかにもよるが、関係各所と相談・調整が必要となる。こうした注意点を踏まえて、最初の面談から学生とコミュニケーションを取りながら信頼関係作りを進め、少しずつ支援体制を整えていただければと思う。 図5 当日投影スライド 「合理的配慮決定のための建設的対話」 図6 当日投影スライド 「過度な負担への対応」 3.質疑応答 講師からの解説後に会場との質疑応答を行った。時間の関係上、多くは受けられなかった事は残念であるが、一部内容を紹介したい。 質問/コーディネーター、支援する側として、必要な情報を入手することと、相手との信頼関係を作ることのバランスで考慮されていることはあるか。 太田/まず最低限、最初の時に把握しておかないといけない情報として、どの支援であれば学生本人が一番受け慣れているのか、実際に受けたことがある支援の内容は、早めに聞いておいた方がいい。早ければ3月下旬から新入生向けの説明会が始まり、単位の取り方や各種説明会の日程・場所など、一般の学生も、かなり混乱するような状況になる。これらの予定に合わせて支援を提供できるよう、必要な情報を優先して聞いて欲しい。 ただし、実際に支援を受けてみてどうだったかを必ず確認して頂きたい。「この支援はちょっと合わないかもしれない・違うかも」、などの意見が出る場合は、支援方法を変 更できることも伝えている。私の場合には、4 月のガイダンスの際に必要な支援内容を 優先して聞いて、その後は高校までの話をしながら、「困ったことがあったんだね、その 時はどうしたの?」と、かなり間接的に、回りくどい、時間の掛かるやり方ではあるが、 ストレートに支援について聞かないというプロセスを通して、少しずつ学生の希望を引 き出すようにしている。 質問/他の障害のある学生とも関わる中で、必要とされている支援と本人の要望について、 マンパワーも非常に少ない中でどう折り合いを付けながら支援をしていくのかに日々悩んでいる。 太田/「障害」と言っても様々な学生がいて、障害それぞれだけでなく、個人個人でも違う。やはり実際に支援を受けるためのエビデンスとなるもの、例えば診断書や、高校までの個別の教育支援計画なども参考にしつつ、必要に応じて高校の先生とも連携をした 上で、優先した方がいいところだけは早めに確認するようにしている。場合によっては大学という環境の中で逆に必要がなくなる支援も出てくると思うので、可能であれば高校の先生に「ここだけは押さえた方がいい」という支援内容を確認していただければと思う。もう一つ、本学の場合には幸い特別支援教育専門の先生方がおり、障害学生修学委員会にも入っていただいているので、支援室職員だけでは判断が困難なケースを委員会に上げたり、学内のカウンセリング部門で話を聞いてもらったりする など、学内各部署と協力関係を作りながら、なんとか対応している状況である。 4.まとめ 本セミナーでは、講師からは実体験に基づいた分かりやすい解説をいただいた。今後の障害学生との面談で、学生の本音を引き出す上でのヒントを多く示すことができ、全体会で取り上げられた面談事例を理解する際の参考になったのではないか。 また、予想以上に多くの参加者を得た。すでに支援体制が構築されている大学等であっても異動や新任等で未経験もしくは前任校とは違う環境で慣れていない担当者が多い印象であった。この事からも、今後も合理的配慮や建設的対話の基本について学ぶことができる場を設ける必要があると思われる。 参考文献 [1] 日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク「聴覚障害学生サポートブック-18 歳から学ぶ合理的配慮-」(2018) 筑波技術大学企画「聴覚障害学生が輝く大学教育」 ショートセミナー報告 谷貴幸1),井上正之1),山脇博紀1),守屋誠太郎1) 筑波技術大学 産業技術学部1) 1.はじめに 筑波技術大学 産業技術学部では、“伝わる大学、伝える大学”を目標として、障害のある学生に視覚提示資料、手話等を用いて、直接的な教育を行っている。これに加えて、様々な取り組みを実践することによって、「聴覚障害学生が輝く大学教育」の実現を目指している。本ショートセミナーでは、産業技術学部において実施している特別支援学校との連携事業、アクティブラーニング、UD研修など学生が主体的に活動できる取り組み等を紹介するとともに、直接的教育の一端を体験して頂くことにより、本学部が行っている内容を紹介した。 2.取組内容の紹介 2.1 特別支援学校との高大連携の取り組み 筑波技術大学では、これまでに培ってきた聴覚障害者への専門的教育環境・教育資産を活かし、大学と特別支援学校との組織間連携における協調型教育プログラムを実践するための教育拠点の形成を目指している。以下に、特別支援学校との教育プログラム例を示す。 ・東京都立葛飾ろう学校:合同インターンシップデザイン関連の授業を実施、文泉こどもクラブ・交流会の実施 ・立川ろう専攻科:合同修了研究発表会(中間発表、最終発表会を実施) ・筑波大学附属聾学校:理系科目を中心とした出前授業 ・北海道高等聾学校: デザイン関連の出前授業・遠隔授業の実施 ・旭川ろう学校:アメリカ手話・英語の遠隔授業を実施(小中学部対象) ・茨城県特別支援学校(3校)との連携事業 ・フォーミュラカーの展示と産学連携事業の紹介 図1 合同発表会の案内 以上の大学と特別支援学校間との高大連携の取り組みに加え、これを発展させた取り組み として、同一テーマを対象とした特別支援学校間の研究コンテスト(合同発表会)へと発展 させている。平成 29 年度は、“デジタル写真技術:撮影技術と写真加工技術”をテーマと して、東京都立葛飾ろう学校および北海道高等聾学校の生徒らによって、製作した作品によ る発表会を筑波技術大学にて実施した。 2.2 アクティブラーニングの実践 本学部では、アクティブラーニングを積極的に取り入れ、主体的に学ぶ環境を学生に提 供しており、自ら考える力の醸成を図っている。 ・実践事例1:「デザイン基礎論・演習」 課題:ショッピングセンターの休憩場面を観察、物理的な環境要素を捉える。 AL の手法:ディスカッションを導く技法、学生を交互に学ばせる技法、事例から学ばせる技法 予想される効果:メタ認知力、表現力、協働的な学習 ・実践事例2:「環境計画演習1」 課題:学生寄宿舎の目隠しフェンスをデザインする。 AL の手法:問題に取り組ませる技法、経験から学ばせる技法 予想される効果:表現力、協働的な学習、計画・実行 図 2 デザイン基礎論・演習(写真) 図 3 環境計画演習 1(写真) 2.3 つくば市 UD 研修 本学とつくば市とが連携で進めるユニバーサルデザイン推進事業は、2004 年の「全国地方自治体の UD事業調査/つくば市民の UD意識調査」以降継続しておこなわれている。2005年には前年に実施した事前調査を踏まえて「つくば市ユニバーサルデザイン基本方針」がまとめられた。2007 年より始まった「つくば市職員を対象にしたユニバーサルデザイン研修」は、2011 年よりつくば市新人職員を対象とした研修へと変わり、視覚障害歩行体験や高齢者シミュレーションを実施している。この取り組みは、本年度で 11 回目を迎えている。 図 4 視覚障害歩行体験(写真) 図 5 高齢者シミュレーション(写真) 2.4 ミニ卒研 本学の産業情報学科・情報科学専攻では、 ・課題解決能力の育成 ・学年を超えたグループ活動を通しての社会性の育成・強化 などを狙いとして、2018年度から新たな試みとして毎週月曜の4限目・5限目(14時40分~17時50分)に、プロジェクト型の授業を実施している。 本年度の1学期は、「ミニ卒研」を実施し、各学年から1名ずつ計4名程度でランダムに結成された16のチームそれぞれに教員が1名ずつつき、情報科学に関する様々なテーマ(ハードウェア、ソフトウェア、データ処理など)に月1回以上のペースで取り組んでいる。学期の最後には、このミニ卒研の成果報告として発表会を行い、短い期間ながらもゲーム・教材などの試作、IoTの聴覚障害者支援への応用に関する考察など興味深い内容も多く報告された。本プログラムの実施を通じて、社会において必要とされる様々なスキルを身に着けていくことが期待できる。 2.5 体験授業:誰でも分かるコンピュータシミュレーション 本学では、聴覚に障害のある学生に対して、専門的な教育内容を視覚資料の提示や手話等を使って直接的に行っている。以下に示す体験授業のコンテンツにおいて、視覚資料の使い方や手話による説明などを体験して頂き、実際の雰囲気を体験して頂いた。 図6 体験授業講義内容 3.今後の課題と展望 以上に示した内容の詳細をショートセミナーおよびポスター展示により紹介した。その様子を以下に示す。今回は、この取り組みに対するディスカション等は実施しなかったが、今後は教育方法に関する討論などの機会を設けることを検討したい。特に、専門教科の演習・実習などにおいては、特別支援学校の職業科あるいは他大学と同様な課題があることも想定されることから、このような点において共通の認識や相互の工夫の意見交換などが実施できれば、より有意義なセミナーになると思われる。また、今回のセミナーにおいて、その一部は実際に取り組んでいる学生からの説明とした。このような当事者からの紹介を多く取り込む必要があると思われる。 図 7 ショートセミナーでの発表およびポスター展示の様子(写真) 「『対話』がみちびく質の高い支援―聴覚障害学生支援のスタンダードを探る―」 全体会企画報告 中津真美1)、田中啓行2)、藤島省太3)、吉川あゆみ2) 東京大学バリアフリー支援室1)、関東聴覚障害学生サポートセンター2)、宮城教育大学3) 1.はじめに 2016年4月「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」(以下、障害者差別解消法)が施行されたことに伴い、聴覚障害学生への支援体制を整備する高等教育機関は、増加傾向を示している(日本学生支援機構, 2017)。今後さらなる支援の充実を図るために、本企画では、「合理的配慮とは、聴覚障害学生と教職員との建設的対話を通じて提供されるべき性質のものであり、このプロセスこそが大切である」という同法の趣旨に着目した。 聴覚障害学生と教職員との「対話」とは、ここでは、①聴覚障害学生が、自身の社会的障壁除去の要望の意思表明ができるようになるための対話と、次いで、②合理的配慮の内容の合意形成をするための対話と整理した。支援の充実化を図るために、連続するこれらの対話は、確実に、丁寧に実行されることが求められる。しかし、対話の実態については未整理な点が多く残り、関係者間での共通理解には至っていない現状にある。 そこで本企画では、“聴覚障害学生と教職員の双方が対話を重ね、つねにその時々の支援ニーズを確認し、支援の最善策をともに検討し、合意形成していく”ことを支援のスタンダードと捉えた上で、「より質の高い支援を導く対話とは何か」について、具体的な例(支援面談場面の動画)を提示しながら検討した。 2.内容「対話の例を見てみよう」 企画者からの趣旨説明の後、対話の例の映像を見て、講師がコメントを行った。視聴した映像については、図1を参照のこと。 図1 登場人物の設定 図2 映像1の設定 2.1 映像 1:支援は必要ないと言いつつも、困りごとがありそうな場面 まず、「①聴覚障害学生が、自身の社会的障壁除去の要望の意思表明ができるようになるための対話の例」として映像 1 を検討した。映像 1 の設定は図 2 の通りである。 ■コーディネーターの立場から(田中) この段階の面談では、必要な支援を考えるために状況を正確に把握することが必要だ。そこで、職員 1 は、職員側が把握したいこ とを確認するために「困っていないですか?」と、Yes/No で答える問診票のような聞き方をしているが、支援利用や大学生活の経験 がまだ乏しい 1 年生にはなかなか答えられない。それに対して、職員 2 は、聴覚障害学生自体を知ろうとして、学生自身が自分の 状況を語れるように、様々な角度から質問する「診察型」の聞き方になっている。職員 2 は、具体的に、①感情や感覚に寄り添う質 問をする、②まだ自分の困りごとを特定するだけの知識がない聴覚障害学生に対して手がかりを示す、③「支援を使ってもいい」という肯定的雰囲気を作り出すという 3 つのことを行っている。コーディネーターは、職員、聴覚障害学生ともに、相手がどれだけ前提知識を共有しているかが分からないまま話さなければいけないということを踏まえて面談に臨んだほうがいい。 図 3 筆者(田中)(写真) ■聴覚障害学生の立場から(吉川) 聴覚障害学生の立場からは、職員 1 は遠くにいるような感じがする。情報保障の経験がない聴覚障害学生に通訳をつけることは、子どもに初めてのものを食べさせるようなものだ。例えば、今までカレーライスを見たことも食べたこともない子どもは、大人がおいしそうに食べているのを何度も見る経験を通して、「食べたい」という気持ちを持つ。情報保障も同じで、いろいろな情報保障の手段を見た経験の蓄積の中で情報保障をつけたいという気持ちがわいてくる。職員 1 は表情が乏しく、笑顔が少ない。初めてのものを食べさせるためにあれこれと工夫するのと同じように、情報保障もハードルを低くする言葉かけが必要だ。職員 2 は、楽しさをうまく伝えたり、学生が苦労しているポイントをうまく引き出す問いかけをしている。学生と職員の対等な対話というよりも、むしろ、大学側が聴覚障害学生に寄り添うイメージの対話が必要だと思う。 図 4 筆者(吉川)(写真) ■教員の立場から(藤島) 高校までとは異なり、大学の教員の話は、教科書だけではなかなか理解できない。入学してすぐの聴覚障害学生は、高校までと同じイメージで「やれます」と意思表示をするだろうが、そううまくはいかない。学生の経験値に大学側が配慮しないと、本人の表面的な言葉を鵜呑みにして、「この学生は大丈夫」と判断してしまう可能性がある。職員1のように「どう?」のような質問の仕方だと「大丈夫です」という答えが返ってくるだろう。一方、職員2は、具体的な方法の提起、比較対象の提示を上手にしており、学生が答えやすくなっている。また、「自分で聞くのは大変だなと思うことはない?」などと、相手の気持ちに寄り添うところからスタートしている。支援をする立場には、いわゆるカウンセリング・マインドが必要だ。答えを誘導するのでなく、考えるヒントをうまく提示する。さらに、「一緒に考えましょう」という共同作業としての支援という姿勢が大事である。 図5 筆者(藤島) (写真) ■映像1のまとめ 3つの立場に共通するのは、学生の経験値に配慮して、学生が支援のイメージを持てるような対話をすることが必要ということであった。大学側は、決して先回りするのではなく、学生と共に考えるスタンスで対話を重ねて、最終的には学生自らが支援を利用してみようと判断できるよう、学生の背中を押す姿勢が望ましいということであろう。 図6 筆者(中津) (写真) 2.2 映像2:支援利用から2週間が経ち、何か思うことがあるような場面 次に、②合理的配慮の内容の合意形成をするための対話の例として、映像2を検討した。映像2の詳細は図7の通りである。 図7 映像2の設定 ■コーディネーターの立場から(田中) 職員 1 も親しみを感じられるような話し方をしているが、経験の少なさから、質問のパターンが少なく、内容も具体性に乏しい。それに対して、職員 2 は、聴覚障害学生の困難点を具体的に掘り下げているのに加えて、利用学生としての動き方を提案したり、その動きをサポートすることをそれとなく伝えたりすることで、利用学生としての成長を促そうとしている。また、聴覚障害学生の言葉を引き出すために、先入観を持って決めつけないようにしながら、これまでのコーディネーター経験からいろいろな手がかりを提示している。この点については、経験の浅いコーディネーターでも、他大学の例を集めたり、PEPNet-Japan の成果物を参照したりすることで、経験不足を補うことができるだろう。コーディネーターとしては、聴覚障害学生が社会に出た後も自分で調整できるようになることも念頭に置いて、学生と一緒に動いていくような対話・面談ができるといいと思う。 ■聴覚障害学生の立場から(吉川) ノートテイクしか用意できないという大学に対して手話通訳を要望するためには、自分の聴力や、ノートテイクでは足りない理由などを説明しなければならない。これは食レポのようなものだ。「おいしかった」だけでなく、食べた感じを具体的に説明する必要がある。しかし、食べたことがない料理を出されて、「この料理はどうですか?」と聞かれても、「おいしいです」で終わってしまう。聴覚障害学生が語れるように、「今日のカレーは少し辛かったね、今度はリンゴを入れてみようか」などと語りかけ、一緒に情報保障を作っていく経験をすることが必要だ。そうした経験を積み重ね、成長したら、自分好みの情報保障の構成に進む。さらに、通訳技術についてのコメントは人に対するコメントになるので、聴覚障害学生には言いづらい。また、聴覚障害学生が一人なのに対して、大学側は組織・集団なので、そのままでは対等な対話にはならない。大学側は、集団性をなくし、聴覚障害学生に寄り添っていく。そのことによってのみ、対等な対話ができるようになるのではないかと思う。 ■教員の立場から(藤島) 映像からは、「良かった点は?」のように肯定的な答えを誘導している様子が感じられた。支援者がボランティアの学生の場合、支援を受けている学生は、なかなか情報保障に対して意見できないだろう。学生同士の気持ちの交流については、学生を教育する立場できちんと見ないといけない。また、支援の質が、聴覚障害学生が望むレベルに達していない場合にどうするのかまで考えないといけない。職員 2 は、聴覚障害学生がうまく表現しきれない部分を言葉に変えていく作業をしていた。そういった問題発見のプロセスを丁寧にやっていくことが大事だ。さらに、非常に重要なのは、聴覚障害学生が一人で要求するのはとても大変だということだ。聴覚障害学生の声を、支援学生に対しても、大学に対しても、コーディネーターが仲介者となって伝えていくことも大事ではないか。支援は、一方的に「する/される」ではなく、お互いに問題点を共有し、共感しあって、一緒に考えていく姿勢が重要だ。 ■映像2のまとめ コーディネーターの立場からは、一般的に聴覚障害学生が抱える困難パターンの知識を持って、対話の着地点を想像しながら、より具体的で細分化した質問をして困難箇所を同定していくという話があった。聴覚障害学生の立場からは、通訳者や職員と相談しながら、聴覚障害学生が自分好みの情報保障を構成できるようになるという話と、どうしたら聴覚障害学生に料理がまずいと言ってもらえるようになるのかという大学側に対する問い、そして、教員の立場からは、「共感し共に考える創造的支援」という、対話を考える際の大きい問題の提示があった。 図8 当日の様子(写真) 3.まとめと展望 本企画では、障害者差別解消法施行から2年半が経過した今、あらためて支援実践における「対話」のプロセスに目を向け、議論を交わした。立場の異なる講師3名によるコメントを通じて、聴覚障害学生支援のスタンダードになり得る、より質の高い支援を導く「対話」の在り方について、一定の整理が可能となったと考える。 コーディネーター(田中)の立場からは、より質の高い支援を実行するために、大学側は、聴覚障害学生の困りごとを“正確に”把握することが求められると指摘した。さらに、そのための「対話」の在り方として、大学側は、①感情・感覚に寄り添う質問を通して、聴覚障害学生の意思を自覚的にし、②困難特定の手がかりを提示して困難箇所を同定し、③支援への肯定的雰囲気を醸成して、聴覚障害学生が支援を利用する際の心理的負担を和らげていくといった3段階の「対話」の道筋を提案した。 聴覚障害学生(吉川)の立場からは、聴覚障害学生は、「情報保障を自己プロデュースする」力を育むことが重要であると指摘した。自己プロデュースに到達する過程では、大学との対話が求められ、大学側から聴覚障害学生への、①支援体験を促す言葉がけ、②支援利用の背中を押す言葉がけが有効である旨まとめられた。 教員(藤島)の立場からは、聴覚障害学生に考えるヒントを示す対話といったような、学生の成長面を意識した対話による教育的支援の視点を指摘した。この視点は、「共感し、ともに考える、創造的支援」と総称し、提案された。 支援とは、聴覚障害学生が社会的障壁に気づき、大学側に社会的障壁の除去を求める意思を表明してから開始される。ただし、聴覚障害学生の支援場面において、「困っている自覚はあっても、意思を適切に表明できない」といった課題が、事例的に報告されている(松﨑, 2018)。その理由には、聴覚障害学生が、意思をどう表明したらよいかわからなかったり、皆に迷惑をかけたくないという気持ちが作用したり、社会的障壁が存在する状況に持続的にさらされてきた中での適応的な行動であったり、支援に係る知識や支援窓口、支援手続きなどが不明確で諦めたりするといった、多様な事項が推察される。聴覚障害に示されるような、見えづらい障害ほど、このような様相が浮き彫りになるのかもしれない。これらの課題を解消する第一歩は、本企画により整理された「より質の高い支援を導く対話」にあることが窺えた。 本企画から、「対話」を基盤として実行される支援こそがスタンダードであるという認識をもつことの重要性が示唆された。聴覚障害学生の限られた在学期間に、聴覚障害学生の社会的障壁除去の要望の意思を明確化し、支援を実践していくことは容易ではないかもしれない。どうしたら全ての学生の学びの機会の平等を実現できるのか、「対話」を軸に、これからも問うていきたい。 図 9 会場の様子(写真) 参照文献 [1] 日本学生支援機構.障害のある学生の修学支援に関する実態調査.(cited 2018-11-30), https://www.jasso.go.jp/gakusei/tokubetsu_shien/chosa_kenkyu/chosa/2017.html [2] 松﨑丈.聴覚障害学生の心理とその支援.聴覚障害者のメンタルヘルスとケア-適切なサポートのために-.聴力障害者情報文化センター.2018;136-148. (スライド画像あり)