日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク( PEPNet-Japan)では、事務局を務める筑波技術大学をはじめ全国 22の大学・機関と共同で、聴覚障害学生支援に関するノウハウを積み重ね、先駆的な事例の開拓を行ってきました。また、本ネットワークの活動の成果をより多くの大学・機関に向けて発信するとともに、全国の高等教育機関における支援実践についての情報交換をすることを目的として、年に1回シンポジウムを開催してきました。 今回、記念すべき第 10回目となった本シンポジウムには、全国の大学教職員、学生等 507名(実行委員等関係者含む)が参加し、初めて 500名の大台を突破することができました。第 1回目の参加者が 164名であったことを考えると、聴覚障害学生支援への関心の高まりと、本ネットワークの活動が広く認知されてきたことがうかがえます。あわせてその前日には日本聴覚障害学生高等教育支援シンポジウム第 10回記念式典を行い、ご来賓を含め 155名の方々にご参列いただきました。ここまで活動を継続できましたのも皆様の温かいご支援ご協力の賜物と深く感謝申し上げます。 今回のシンポジウムでは、我が国の聴覚障害学生支援の歩みを振り返るとともに、これから進むべき道を考えることをテーマとした企画づくりに務めました。まず午前中は全体会Iとして、特別企画「Let's talk about the future!一10年を振り返ってこれからの日本を考える一」を設けました。第 1部では白津麻弓事務局長による講演「海の向こうに行ったら日本が見えた一最前線の支援に学ぶ今後の課題一」でアメリカの最新事例を学び、第 2部では聴覚障害学生支援の歴史を築いてきた講師陣を迎えての座談会「現在の到達点とこれからの日本一これまでの 10年で行ってきたことは?これからの 10年でなすべきことは?一」で、我が国の聴覚障害学生支援の将来像を見据えた重要な指摘がなされました。 続いて行われたランチセッションでは、今回で 7回目となる「聴覚障害学生支援に関する実践事例コンテスト」を開催し、 19の大学・団体から日頃の取り組みが紹介され、参加者の投票によって注目度の高い発表が表彰されました。あわせてミニセミナーや相談コーナーなど盛り沢山の企画で、時聞が足りなくなるほどの盛況ぶりでした。 午後に設けた分科会では、主催校の筑波技術大学における聴覚障害学生への指導について紹介したものや、聴覚障害学生を追ったドキュメンタリーを題材にエンパワメントを考えるもの、今熱い期待が寄せられている遠隔情報保障の現在と将来を取り上げたもの、情報保障者の取り組みから聴覚障害学生のニーズを引き出す手がかりを探ったものという 4つのテーマを設け、いずれも非常に充実した意見交換が行われました。 2 当日はどの場でも活発な意見交換や交流の姿が見られ本大変盛況のうちに終えることができました。そのすべてをお伝えするのは非常に難しいところですが本企画コーディネーターや講師の皆様のご協力を賜り本手前味噌ながらすばらしい報告書を完成することができたと思います。 最後に本企画コーディネーター本PEPNet-Japan 本シンポジウムの開催にあたりましては本講師本 連携大学・機関の皆様など本大変多くの方々にご協力頂きました。また本ご参加頂きました皆様にもこの場をお借りして厚く御礼申し上げます。 日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan)事務局 3 開催要項 名材 第 10回日本聴覚障害学生高等教育支援シンポジウム 目的 高等教育機関で学ぶ聴覚障害学生への支援については、近年多くの大学が聴覚障害学生の受講する授業にノートテイ力ーを配置するなどの体制作りを進めている。日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan)では、筑波技術大学を中心に、特に聴覚障害学生への支援体制が充実し、積極的な取り組みを行ってきている大学・機関と共同で、聴覚障害学生支援に関するノウハウを積み重ね、先駆的な事例の開拓を行ってきた。 本シンポジウムでは、全国の大学における支援実践に関する情報を交換するとともに、 PEPNet-Japanの活動成果をより多くの大学・機関に対して発信することで、今後の支援体制発展に寄与することを目的とする。 日時 2014年11月9日(日)10・00〜17・00 会場 つくば国際会議場(茨城県つくば市竹園 2-20-3) 対象 全国の大学等で障害学生支援を担当する教職員、 び聴覚障害学生、支援者、その他高等教育機関における障害学生支援に関心のある方々 参加費 無料 主催 日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan) 国立大学法人 筑波技術大学 後援 文部科学省 独立行政法人 日本学生支援機構(JASSO) 4 大」長 村上 芳則(筑波技術大学) 実行委員長 石原 保志(筑波技術大学) 事務局長 白j 麻弓(筑波技術大学) 幹事 萩原 彩子(筑波技術大学) 実行委員 中野 聡子(広島大学) 吉川 あゆみ(関東聴覚障害学生サポートセンター) 須藤 正彦・内藤 一郎・及川 力・小林 正幸・佐藤 正幸・ 松藤みどり・山田 重樹・大杉 豊・河野 純大・=好 茂樹・ 磯田 恭子・中島E紀子・五十嵐依子・石野麻衣子(筑波技術大学) 5 プ ログラム 《全体会I》10:00〜12:00 10:00〜10:15 開会式 10:15〜12:00 第 10回記念特別企画 「Let’s talk about the future! ー10年を振り返ってこれからの日本を考えるー」 司 会 ・ 石原 保志氏(筑波技術大学 副学長) 第 1部 海の向こうに行ったら日本が見えたー最前線の支援に学ぶ今後の課題ー 講演者 ・ 白津 麻弓氏(筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター/ 日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク 事務局長) 第2部 現在の到達点とこれからの日本 ーこれまでの 10年で行ってきたことは?これからの 10年でなすべきことは?ー 登壇者 ・ 松崎 丈氏(宮城教育大学 特別支援教育講座) 中野 聡子氏(広島大学 アクセシピリティセンター) 吉川 あゆみ氏(関東聴覚障害学生サポートセンター) ファシリテーター・ 白津 麻弓氏(筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター/ 日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク 事務局長) 《ランチセッション》12:00〜14:30 *ミニセミナー *聴覚障害学生支援に関する実践事例コンテスト展示 *相談コーナー“トーク&トーク” *聴覚・視覚障害学生支援に関する機器展示 *PEPNet−、apan連携大学・機関活動紹介展示 *筑波技術大学活動紹介展示 6 《分科会》14:30〜16:30 ・ 分科会1「基礎講座 聴覚障害学生から学び培う教育・支援の取り組み ー筑波技術大学における実践を参考にー」 企画コーディネーター PEPNet-Japan事務局 ・ 分科会2「支援を受ける側から支援を考える立場へ! ードキュメンタリー映像を通してエンパワメン卜を考えるー」 司 会 及川 力氏(筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター) 講 師 石原 保志氏(筑波技術大学 副学長) 須藤 正彦氏(筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター長) 内藤 一郎氏(筑波技術大学 産業技術学部長) 加藤 伸子氏(筑波技術大学 産業技術学部) 企画コーディネーター 大杉 豊氏(筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター) 司 会 管野 奈津美氏(筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター) 講 師 今村 彩子氏(映像作家 I Studio AYA代表) 原 和大氏(愛知県立干種聾学校 教諭) 大杉 豊氏(筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター) ・ 分科会3「遠隔情報保障で変わる聴覚障害学生支援」 企画コーディネーター 中野 聡子氏(広島大学 アクセシピリティセンター) 司 会 中野 聡子氏(広島大学 アクセシピリティセンター) 講 師 高橋 岳之氏(愛知教育大学 教育学部) 三好 茂樹氏(筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター) 及川 麻衣子氏(宮城教育大学 しようがい学生支援室) 話題提供 森野 宅麻氏(大阪教育大学大学院 1年) 松田 聡子氏(愛媛大学教育学部 4年) 7 ・ 分科会4「聴覚障害学生のニーズを引き出す情報保障をめざして 一手話通訳者・文字通訳者の取り組みから一」 企画コーディネーター ・ 吉川あゆみ氏(関東聴覚障害学生サポートセンター) 司 会 ・ 吉川 あゆみ氏(関東聴覚障害学生サポートセンター) 講 師 ・ 神山 みや子氏(文字通訳者) 原 恵美氏(手話通訳者) 窪田 祥子氏(産経新聞社 / 筑波大学卒業生) 《全体会E》16:30〜17:00 *聴覚障害学生支援に関する実践事例コンテスト表彰式 *閉会式 8 【特別企画】 「Let’s talk about the future!ー10年を振り返ってこれからの日本を考えるー」 報告者 白津麻弓(筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センタ一) 企画趣旨 障害者差別解消法の施行を 1年半後に控え、我が国の聴覚障害学生支援は、重要な過渡期を迎えようとしている。折しも 2004年に設立した日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan)も今年 10周年を迎え、設立当初より開催してきた本シンポジウムも第 10回の節目を迎えることとなった。本特別企画では、こうした PEPNet-Japanの 10年の活動を振り返り、これまでの到達点について検証するとともに、米国における先進事例を元に、今後の我が国における聴覚障害学生支援のあり方について議論を行った。 企画は 2部構成とし、第 1部の講演会では米国の先進事例に関する報告、第 2部の座談会では日本の聴覚障害学生支援における到達点と今後の課題について整理した。 <第1部 講演会> 第 1部では 2013年 8月〜2014年 8月の 1年間、米国ロチェスター工科大学にて聴覚障害学生支援の現状に関する調査研究を行ってきた筆者より、米国における聴覚障害学生支援体制の現状と今後日本の大学において取り入れていくべき取り組みの内容について報告した。ここでは、米国の大学における事例紹介の他、合理的配慮の概念に基づく支援の実態や今後日本の大学が取り組むべき課題について問題提起を行った。以下はこの内容である。 聴覚障害学生支援の分野で世界をリードする米国の中でも、最も多くの聴覚障害学生を受け入れ、質の高い支援を行ってきている大学の一つがロチェスター工科大学である。ここには連邦政府の補助金による特別なプログラムが設置されており、在籍する 1300名の聴覚障害学生に対して、非常に質の高い情報保障支援が行われている。こうした大学生活における支援を一手に引き受けているのが、キャンパスの真ん中に設けられた聴覚障害学生支援専門のセンター( Department of Access Services;以下、支援センター)である。ここには、約 120名の手話通訳者、約 55名の文字通訳者を始め、200名程度の専任スタッフが正規職員として雇用されており、年間 20万時間以上の依頼に対応している(図 1参照)。 こうしたロチェスター工科大学で、支援の質を確保するために行われているのが、授業支援に入る前の「徹底した事前準備」と「弛まぬ自己研鏑」とのことである。アメリカといえども、大学で雇用される情報保障者のほとんどは、高度専門分野で求められる知識・技術を十分に持たないまま、支援者としての職に就く。そのため、大学に勤めながら求められる知識と技術をいかに向上させていくかが、高等教育レベルでの保障を行う鍵となっている。そのため、特に支援の歴 10 史が長い手話通訳では、情報工学や映像工学等、専門分野ごとに 4つのチームにわけ、それぞれマネージヤーやコーディネーターを置いて質を管理するとともに、後輩指導にあたっていた。また、手話通訳者の事前勉強のため週 40時間の勤務時間のうち、16時間を授業の予習やスキルアップにあてたり、こうした事前岬備を支えるため、大学全体で用いられている授業管理システム(コースウェア)へのアクセス権町を割り当て、授業の支援依頼が来たら、白動的に当該授業のために教員がアップロードした資料やシラパス、授業予定等の情報にアクセスできる環境が構築されていた。さらに、過去のノートテイクやノソコンノートテイクのログをオンライン上で管理し、授業資料のみでわからない部分については、こうしたログを用いて学習を行うなど、徹底的に授業の内容を勉強し、理解した上で支援に入る体制がとられていた。この他、各分野で使用するテキストや参考資料等をライブラリー化したり、授業ごとの支援ノウハウをまとめた掲示板を作成し、さまざまなパッ 手話通訳者同士の情報交換を行える体制を作るなど、クアップが行われている点で特徴的であった。 一方、スキルアップ面でもいきなり難しい授業に入るのではなく、まずは先輩の手話通訳者が通訳を行っている授業を観察し、授業の雰囲気に慣れる期間を設けたり、メンターとして指導役の先輩を割り当て、マンツーマン指導を受けられるような環境も保障されており、まさに手話通訳者にとっては理想的とも言える環境が整備されていた。 これらの支援体制は、規模が小さいながらもボストン大学やハーパード大学といった、一般の大学の中でも同様に垣間見ることができ、今後日本の中でより質の高い保障を行っていくための重要な鍵になると考えられた。 他方で、障害学生支援の質を向上させ、平等を確保するための取り組みは、国レベルでも行われていた。例えば、1990年に制定された障害を持つアメリカ人法(以下、ADA法)では、法律の実効性を確保するため、学内の取り組みをチェックし、アクセシビリティが確保されているか確認する白己評価を行うことが義務づけられていた。また、特に整備に時間を要する物理的改修についても、一つ一つの問題箇所について現状を調査し、どういった優先順位に基づいて改修を行うかを定めるトランジッションプランの作成が求められていた。ここでは、これに基づいて改 11 修を行うための責任者を決定するとともに、実行に向けた内規を作成することや、 算を確保し、プランに基づいて実際に改修が行われるよう進行管理を行うことなどが通知されており、「やらない」を許さない徹底ぶりを垣間見ることができた。また、合理的配慮の実施状況をモニタリングしていくため、各大学では専門知識を持って状況を監視する ADAコーディネーターを配置するよう義務づけられていたり、合理的配慮の合意形成過程において不服があるときの申し立て手続きを整備すること等も法律上で定められていた。 このような取り組みを見ていると、国のレベルでも支援者や大学のレベルでも、米国がいかに本気で障害学生の権利保障に取り組んできたかがわかる。と同時に、我々は本当に「真の平等」 を追い求めてきたか、もしかすると心のどこか片隅で「そこそこの平等」で妥協してきた面がなかったかと反省させられる。これらの反省に基づき、これからの 10年における聴覚障害学生支援を考えたとき、まず現場レベルで重要になるのが「“学生の手による支援”からの卒業」ではないだろうか。これまでの障害学生支援において、 れもなく支援学生の力であっ 支援体制の底上げと発展を支えてきたのは、た。リソースのない時代を支えてきた支援学生の皆さんには、その仕事に自信と誇りを持って欲しいと思っている。しかし、聴覚障害学生の高等教育を本当に支えていくためには、 4年で入れ替わっていく人材にすべてを頼る体制には限界があると言えるだろう。従って、これからの 10年においては、今までの支援体制を育て充実させることを目指す一方で、学生だけに頼ってきた現状から脱却し、専門の支援者による支援の道を探っていかなければいけないだろう。 そのためには、まずは今の支援状況を評価し、より質の高い支援を行っていくための中核的存在として、専門コーディネーターの配置が求められる。加えて、今支援の中心を担ってくれている支援学生のロールモデルとして、大学全体の支援の質を引き上げてくれるような専門の支援者(手話通訳者・文字通訳者)配置が不可欠と言えるだろう。さらに、こうした人材を中心に、他の支援者を育てるような研修・養成体制の整備が求められる。そしてゆくゆくは、支援に携わった学生が「この道で生きていきたい」と思ったときに、情報保障の技術や知識を専門的に学べるような手話通訳者・文字通訳者養成課程の設置等につなげていく必要があると言える。 この他、全国レベルでは合理的配慮のスタンダード構築のため、文部科学省等によるモニタリング機能を構築・充実させていく必要がある。加えて、各大学では自主・自発性に頼る支援から法的義務への転換を呆たすため、自らの責務を自覚し、浸透させていく取り組みが必要と言えるだろう。 障害者差別解消法の施行に向けて、内閣府では今まさに国の方針を決める基本方針の作成が進 められているところである。この法律を実のものとし、聴覚障害学生の真の平等を確保していくためにも、すべての大学に今「覚悟」が求められている。 12 <第2部 座談会> 「現在の到達点とこれからの日本 ーこれまでの 10年で行ってきたことは?これからの 10年でなすべきことは?ー」 第 1部の講演会を受けて第 2部では、聴覚障害学生支援の第一線で活躍している講師 3名をお招きし、 PEPNet-Japanの軌跡について振り返るとともに、今後の日本における聴覚障害学生支援のあり方についてディスカッションを行った。講師の 3名は、いずれもまだ聴覚障害学生自身の自助努力が不可欠とされていた時代に大学に入学し、自らの学習環境整備のために奮闘してきた聴覚障害当事者であり、大学教員として、また地域の支援団体代表として、 PEPNet-Japan設立当初から今日ある支援体制の「礎」を築いてきた方々である。障害学生支援の枠組みが大きく変わろうとしている今、支援の原点とも言える当事者の視点から現在の課題について問い直すことで、今後、日本の聴覚障害学生支援が進むべき道を見いだす手がかりを得られればと考えた。 ここでは、まず「現在の到達点」「現在の課題」「今後に向けて」の 3つのテーマについて、それぞれ講師のお一人から 5分程度でお考えを説明いただき、これに基づきファシリテーターを交えた 4名にてディスカッションを行う形で会を進行した。以下、この内容を報告する。 「現在の到達点」としては、松崎氏より次の指摘がなされた。「PEPNet-Japanが設立された 2004年当時の聴覚障害学生支援は、学生同士の支え合いをベースに、何名かの理解ある教職員がこれを支える形で行われてきた。その後、障害学生支援を専門に担う部署や人材を配置する大学が増加し、 大学の手による支援が一般化するとともに、 手書きノートテイクやノソコンノートテイクといった支援手段が広く知られるようになってきた。このため、 PEPNet-Japanでもこうした支援手段の普及・拡大に向けて、マニュアルの発行や研修会開催等を進めてきた。さらに 2010年代に入ると、国の施策として障害者差別解消法の制定に向けた動きが活発化し、大学側もそれまで支援担当部署のみが中心的に担ってきた支援を、全学に広げるための取り組みを進めるようになってきた。手話通訳による支援を望む学生が増え、遠隔情報保障支援等、支援手段にも広がりが生まれるようになったのもこの頃と言える。 こうして振り返ってみると、PEPNet-Japan設立以降の 10年間は、障害学生支援に必要な枠組みを形成し、充実させてきた期間であったと言える。これにともない教員や職員、支援学生といった、個々の参画者の『立ち位置』も変化してきた(図 2参照)。しかし、こうした移り変わりの中で、唯一変わらないのは『支援体制を作り変革していく存在』としての聴覚障害学生の立ち 13 位置だろう。しかしながら、従来の聴覚障害学生は、自身の手で大学と交渉し、環境改善を進める中で、自分の立ち位置を確認し、意思表明へとつなげていくことができたのに対し、現在は、大学側の支援体制が充実してきた反面、聴覚障害学生自身が自分自身に求められる立ち位置を再確認する機会が得られづらくなってきたのも事実である。あわせて、聴覚障害学生の多くは、幼い頃からさまざまな場面でバリアや抑圧を感じながら成長してきている。こうした自身 の経験を整理し、傷ついた心を回復する期間のないまま、社会に対する変革のみを求められるようになり、何をどうして良いかわからない状況にあるのも事実と言えよう。従って、今後はこうした聴覚障害学生の自己回復と成長を根源とした、エンパワメントの視点に基づく支援を進めていくことが重要な課題と言える。 これに対して吉川氏からは、最近、支援体制が充実してきて、大学生活はスムーズに送れるようになったものの、就職活動になって大きなつまづきを示す学生が目立つようになってきたとのコメントが出された。「大学生活の中でさまざまな支援を受け、聞こえる学生と対等な学習環境にあるつもりでいたが、実際には、自分の将来に向き合ったり、自己を分析したりといったさまざまな面で、聞こえる学生と同じスタートラインに立てていなかったり、周囲の学生から大きく引き離されている例が見られ、これを就職活動に入って始めて認識させられるのである。この差を埋めるために鍵になるのが、松崎氏の言うエンパワメントであり、これをいかに充実させていくかがこの先の10年で問われてくる とのことであった。 一方、松崎氏からは「最近、聾学校高等部や難聴者協会等から、自ら環境に働きかけ、変革していく方法を学ぶため、アサーティブトレーニングやソーシャルスキルトレーニング( SST)といった指導を行って欲しいとの依頼が来ることが多く、大学でも同様の取り組みの必要性を感じている。合理的配慮の意思形成過程では、障害学生自身の意思表明が非常に重要。ここで十分に自身のニーズを伝えられるようになるためにも、エンパワメントの視点を念頭に置いた支援が必要。 との指摘があった。加えて、中野氏からも「聴覚障害学生の多くが自分のニーズを言葉にして語ることが苦手なため、本当のニーズは潜在化しがちである。しかし、大学側がこれに気づかず、聴覚障害学生の語る言葉のみをとらえて支援を行った結果、就職活動の段階になって自身のことをきちんと説明できない自分に気づいたり、卒業後、職場でのコミュニケーションに壁を感 14 じることになるのだと思う。このため、普段の支援方法を検討する場が、すなわちエンパワメントの場であるとの認識を持っていく必要がある。 との指摘が出された。 次に、2つ目のテーマである「現在の課題 については、吉川氏から米国との対比において以下の説明がなされた。「以前、PEPNet-Japanの企画で米国を視察した際、非常に印象に残っているのが、米国では手話通訳者の養成を大学が担っているという点だった。しかも、こうした手話通訳者の養成が聴覚障害学生支援の根幹を支える重要な基盤としてとらえられていて、我々が 参加した PEPNet全米会議でも、新たに学内に手話通訳者養成課程を設置したと報告があるたびに、会場から大きな拍手が巻き起こっていた。これはすなわち、学内に手話通訳者養成課程を持つことが、その大学の他のさまざまな支援サービス向上に寄与すると考えられているということであり、多くの大学で手話通訳者の養成を一つの目標に掲げ、体制整備を進めていることの現れだと思う。 一方、日本でも聴覚障害学生支援の充実に向けて体制整備がなされてきたが、学内で手話や手話通訳を学べるような環境は整備されておらず、結呆として手話のできるカウンセラーやチューター、サポート教員の設置といったサービスも広がっていないのが現状と言える。 もちろんこの背景には、日本の聴覚障害学生支援が文字による支援を中心に発展してきたという側面もあると思う。大学における聴覚障害学生支援がここまで短期間に急速に発展してきたのも、文字による支援があったからこそであり、その重要性は改めてこの場で語る必要はないだろう。しかし文字による支援は、『情報の受信』を保障することはできても、『発信』については十分に保障できない側面がある。もちろん、情報を受信することは、聴覚障害学生の世界を広げる上で非常に重要だが、いつまでたっても情報を受けるだけでは、『お客様』も同然である。社会の一員として何かを発信し、白から何かを産み出そうとするときには、また、グループのリーダーとして集団を引っ張く場面では、『発信』の保障が不可欠で文字による支援のみでは限界があると考えられる。 こうした『発信』を保障する手段として、今後重要になるのが手話通訳による保障である。しかし、現在の日本では高等教育レベルの『受信』『発信』を支える手話通訳者の養成は立ち後れており、質・量ともに不十分な側面があるのも事実である。『手話通訳士』という国家資格に準ずる資格も存在するが、これは大学のような専門的な支援場面で、手話通訳を行う際の最低限の技術があることを示す目安に過ぎず、現状ではより充実した養成体制が不可欠と言えよう。したがって、今後日本の中で聴覚障害学生への支援体制をより充実させていくためには、大学の中に手話通訳者養成のための学士・修士課程を設置していくことが重要であり、これが文字を含めた支援体制全体の底上げにつながっていくと考えられる。 これに対して、ファシリテーターからは「発信の方法というだけであれば、声を用いる学生も多い。また、学生の中には手話を知らない人も多く、必ずしも手話通訳が欲しいというニーズが 15 出てこない場合もあるだろう。さらに、大学側の階象としては、文字による支援の方が担い手も多く、汎用性が高いと感じている人も多いと思うが、それでも手話通訳が重要とする背景には、どんな理由があるのか? との質問がなされた。これに対し、松崎氏からは「自分も手話通訳と文字通訳を使い分けているが、デイスカツションの際、自分が発言するタイミングをつかんだり、自分の発言に対する周固の反応をリアルタイムに知るためには、手話通訳が不可欠だと 思っている。もちろん文字による通訳でも、内容そのものは伝わってくるが、即時性や臨場感といった側面でどうしても限界があり、その場への『参加機会』が十分に保障されないと思う。 との説明があった。同時に「文字による支援でも、こうした参加機会の保障が不可能というわけではない。したがって、最終的にはそれぞれの学生が自分にあった方法で参加機会が保障されるよう工夫することが大切になるが、そのためにも手話通訳による支援の利点について共通認識を持つことが重要だと思う。 との補足説明がされた。 また、ご自身も発音が明瞭で、音声を用いることのできる中野氏からも「発音が明瞭であっても音声での対話がスムーズにできるわけではない、ということに留意する必要がある。吉川氏から『受信』と『発信』の両方が確保される手立ての必要性を指摘されていた。こちらから音声で『発信』できても自然な対話をするためには、手話なり、文字なり、他の手段を組み合わせなければならない。聴覚障害学生は、それぞれの手段の特性、選択した手段が相手に及ぼす心的影響などをよく知ったうえで、個々の場面に合わせて使い分けられるようなコミュニケーションスキルを身につけていかなければならない。また、思考様式と使用言語も関連してくる。自分は後期手話学習者なので、手話で物事を思考することはあまりないように思うが、やはり聴覚障害であることが影響するのか、事物・事象の関係性や因呆関係、話の流れや構成を理解するときに映像的にイメージしている。そうすると音声言語よりも手話言語のほうが出しやすい。自分が教壇に立ってものごとを教えたり、学生を指導する場面では手話を使っている。 とのコメントがあった。同様に吉川氏からも「自分の経験を振り返ってみると、手話との出会いが自分にとっての最高のエンパワメントだったと思う。 との意見があり、ブアシリテーターからは「確かに聴覚障害学生の多くは、手話を学んだことで始めてコミュニケーションに対する不安が払拭され、心から安心してコミュニケーションをとることができたと語っている。また、口話の場合、どうしても自分 16 に対してゆっくりはっきり話をしてくれる人と 1対 1の会話になりがちだが、手話の場合、自分と直接話をしていない人の同士の会話も全部内容を掴むことができ、こうした体験が多数の人の輪の中で自分の意見を発信しようという意欲につながるのだと思う。」とのコメントが付け加えられた。 一方、3つ目のテーマである「今後に向けて」については、まず中野氏より以下のような指摘があった。「聴覚障害学生支援は、以前とは比べものにならないほど飛躍的に進化した。大学で学ぶ聴覚障害学生が増え、情報保障の体制も質・量ともに充実してきた。しかし、前半の講演にあったような『真の平等』を考えたとき、聞こえる人の社会の中で重役に就き、リーダーとして聴者の指導にあたっているような聴覚障害者の数はまだ多いとは言えず、これが達成できるまで『真の平等』を為し得たとは言えないのではないかと思う。 こうした点を考えたとき、今後高等教育の充実に向けて重要になるのが『育てる』支援と『つなげる』支援の二つと言えるだろう。まず、『育てる』支援のためには、合理的配慮に基づく支援実施のベースを整えていく重要性があげられる。ここでは、先ほども話に出ていた聴覚障害学生の意思表明と交渉力を支えるエンパワメント支援や、手話通訳も含めた支援者の養成、支援実施体制・支援サービス提供におけるモニタリング機能の整備などが重要になるだろう。現在、自分自身も手話通訳や文字通訳を使いながら仕事を進めているが、こうした支援に対する満足度は決して100%とは言えない状況にある。聴覚障害学生が十分にニーズを表明し、なおかつ大学側がこれに応えられるだけのリソースを提供できて 初めて本当の意味での対等なアクセスを保障する支援が成り立つのである(図 4参照)。 『育てる』支援として、聴覚障害学生の社会的成長を促すサービスの充実も必要である。これには、入学前プログラムやメンタルヘルスケア、キャリア支援など、聴覚障害学生の持っている力を引き出し、育てるようなサービスが考えられ、学内外のさまざまな機関との連携において共同で開発していくことが重要である。 次に『つなげる』支援について述べたい。PEPNet-Japan連携大学のような中核的存在を担う大学には、『育てる』支援としてお話したような機能を兼ね備えた大学に育っていってほしいという思いがある。しかし、一つの大学でこれらをすべて行うのには限界がある。例えば PEPNet-Japan事業の一つとして、他大学とともに共同でプログラムの開発を行ったり、通訳派遣団体と協力して地域のリソースを構築していくなど、つながりを生かした支援体制を構築していく必要があるだろう。こうして作りあげたノウハウを他大学に提供することで、地域全体の底上げが図られ、聴覚障害学生がどの大学に在籍しても一定レベルの支援が提供できる体制に成熟していくものと考えられる。 一方、こうした中核大学を育てていくための方策の一つとして、吉川氏からは聴覚障害のある 17 教員やコーディネーターを配置することの重要性について指摘があった。 「支援体制を充実させるとき、支援の方法を見直すことは重要だが、それ以前に、ろうの教員と聞こえる教員、あるいはろうのコーディネーターと聞こえるコーディネーターが、どのような関係性を築いていくのかを見せるのが重要だと思う。支援をする側一受ける側という関係性ではなく、真に平等で対等な関係性を見せていくこと。すなわち、 『ろう者と対等に関わるというのはこういうことなんだ』、『聴者とともに働くというのはこういうことなんだ』と理解できるようなモデルを示していくことが、中核大学にとって最も重要な機能の一つだと思う。ととのことであった。 加えて松崎氏からは、そうした聴覚障害のある教員やコーディネーターが、エンパワメントの視点を持って学生と関わることの重要性が述べられた。すなわち、聴覚障害学生には、これまでの被抑圧状況を整理し、自分や自分と他者・社会との関係性を見直しながら自己と社会の変革を目指した行動に移すことを促す関わりが重要とのことで、「エンパワメントというと、社会を変革するために何か特別な力をつけさせるような取り組みを指すように誤解されてきたと思う。しかし、本来、エンパワメントは、社会を変革する際の前提として、その人はこれまでに受けてきた被抑圧状況を対象化し、自分の弱さをも肯定的に受け止めて整理する(自己を語り直す)ことで自己を回復する(癒す)ことができているのかを考慮する必要がある。聴覚障害学生にも同様のことが言える。このようにこれまでの人や社会との関係を見直して自分はいかに生きていくのかを他者と対話した上で、自分なりにできる社会変革の方法を見出していく体験が重要。こうした関わりを担えるのは、聴覚障害当事者である教員やコーディネーターだと思う。このように聴覚障害学生支援には、聴覚障害学生のコンテキストを捉えた教育的モデル、あるいはエンパワメントモデルに根ざした支援のあり方を示していくのも、今後重要な課題だと思う。ととのことだった。 あわせて中野氏からも「対等なアクセスという言葉があったが、支援を受ける一支援を提供するという関係性がすでに対等ではなく,パワーの不均衡からの出発点であることに留意する必要がある。だからこそ、自ら障害をもつ教職員が支援を提供する立場にいて,支援を作りあげていくことが重要だと思う。ととのコメントが出され、これらは今後の支援体制充実に向けた一つの大きな指針となると感じられた。 18 まとめ. 本特別企画では、米国の聴覚障害学生支援に関する最新情報を元に、日本がこれまでに歩んできた 10年を振り返り、今後の取り組みに対する示唆を得た。法律に基づき社会のさまざまな場面で合理的配慮を提供してきた米国では、大学で支援を受けて育った聴覚障害学生が、卒業後多様な分野で活躍し、文字通り社会を動かす存在へと成長している。例えば、米国の通産省にあたる FCCでは、障害者権利擁護局の代表として、聴覚障害のある弁護士が障害者に関わる通信施策の取りまとめを行っている。オパマ政権の元、ホワイトハウスの公共政策次長に抜擢されたのも聴覚障害当事者で、なおかっ黒人の女性とのことであった。我々の行く先には、まだまだ解決しなければいけない課題もたくさんある。しかし、大学で障害学生の支援をするということは、こんな素晴らしい世界を産み出すことに他ならないのだと信じて、10年後の未来にっながる道を作り上げていければと思う。 19 【ランチセッション】. 本シンポジウムのランチセッションでは参参加者自身が日頃の取り組みを発表しあったり参聴覚障害学生支援や学生の大学生活に関する相談ができるブースなどを設け参参加者各自の興味・関心に合わせて情報を得たり参情報交換を行ったりする姿が見られた。 ここではいくつかの企画の内容について参概略を報告する。 「聴覚障害学生支援に関する実践事例コンテスト2014」. 本コンテストは全国の高等教育機関や団体が日頃行っている聴覚障害学生支援に関する取り組みを発表し参参加者による投票によって優れた複数の取り組みを表彰する企画である。7回目となった今回は全国の 19団体から応募があり参学生の主体的な取り組みに関する内容から教員によるシステム開発や実践報告など参多岐にわたる内容がポスターやさまざまなグッズとともに発表・紹介され参参加者同士が積極的に情報交換している姿が随所で見られた。 参加者には 2枚の投票用紙が配られ参参考になった取り組みや今後の発展を期待する取り組みに投票してもらった。その結果参以下の通り各賞が授与された。なお結果発表ならびに表彰では参 PEPNet-Japan関係者ならびに来賓の方々にプレゼンターをお願いした。 PEPNet-Japan賞 筑波大学 障害学生支援室 準 PEPNet-Japan賞 群馬大学 障害学生サポートルーム グッドプラクティス賞 大阪教育大学 障がい学生修学支援ルーム 新人賞 沖縄大学 障がい学生支援 プレゼンテーション賞 名古屋大学 学生相談総合センター 障害学生支援室 障害学生支援サポーターairPあいる) 奨励賞 東京電機大学/法政大学 障がい学生支援室松山大学 障がい学生支援団体 POP/愛媛大学 CBPP障がい学生支援ボランティア)宮城教育大学 しょうがい学生支援室/東北福祉大学 障がい学生サポートチーム愛知教育大学 情報保障支援学生団体「てくてく」/札幌学院大学千葉大学 ノートテイク会/全日本ろう学生懇談会/東海大学 外国語教育センター立命館大学 学生団体 MBF.com 関西学院大学 キャンパス自立支援室 ICTサポートチーム メカまっちょ早稲田大学 障がい学生支援室 20 「PEPNet-Japan賞」には、支援チームならびに毎月発行される広報誌について紹介をした、筑波大学障害学生支援室が選ばれた。チーム全体が取り組んできた実践に対して、参加者から大変多くの関心が寄せられた。 「準 PEPNet-Japan賞」は群馬大学障害学生サポートルームに贈られた。聴覚障害学生が他障害の学生や障害のない学生に対して行っている支援とその効呆について、聴覚障害学生自身から参加者に語られていた。 「グッドプラクティス賞」は大阪教育大学障がい学生修学支援ルームに贈られた。「共創」をテーマに、聴覚障害学生と支援学生とが力を合わせて、情報保障のスキルアップや学生同士の交流を深めることなどを目指す取り組みが発表された。 「新人賞」は昨年度新たに設けられた賞で、本コンテストへの参加が 3回未満の団体のうち、今後の活動に多くの期待が寄せられた団体に贈られるもので、今回は沖縄大学障がい学生支援が選ばれた。発表では全学的な取り組みのほか、勉強や交流などを目的とした様々な企画が紹介され、会場では揃いの衣装で参加者に丁寧に対応している姿が印象的であった。 「プレゼンテーション賞」は、すべての参加者に伝わる発表になるような工夫を行っていた団体に贈られるもので、今回は名古屋大学学生相談総合センター障害学生支援室 障害学生支援サポーター air(あいる)に賞が授与された。タブレットを利用したパソコンノートテイクが行われ、多くの参加者が発表内容とともにシステムにも関心を寄せていた。 これら受賞団体のポスターは巻末に掲載しているほか、 PEPNet-Japanのウェブサイトにはすべてのポスターを掲載しているのでそちらも参照されたい。 本企画は例年多くの団体からの参加を得て、非常に活気のある企画となっている。参加者がより十分な発信と情報交換ができるような方策も検討しながら、今後も継続して取り組んでいきたい。 21 「聴覚・視覚障害学生支援に関する機器展示」 本企画は聴またコミュニケーショ 聴覚障害や視覚障害のある学生に対する授業支援や情報保障聴ン支援に関するシステムについて聴筑波技術大学の教員ならびに大学院生からポスターや実機を用いて紹介された。各システムの詳細についてはシンポジウムの当日資料を参照されたい。当日は多くの参加者がブースに足を運び聴開発までの経緯やシステムの運用方法について発表者から説明を受けたり聴実際にシステムの利用体験をしている様子なども見られた。紹介されたシステムの内容と発表者は以下の通りである。 0聴覚障害学生支援に関する機器展示 ・聴覚障害者の講義受講支援のためのプロジェクタを用いた情報保障の検討 (産業技術学部 内藤一郎学部長聴若月大輔准教授) ・ウェブベース遠隔文字通訳システム「 captiOnline」(産業技術学部 若月大輔准教授) ・シースルーメガネ型リアルタイム字幕提示システム (障害者高等教育研究支援センター 小林正幸教授) ・遠隔情報保障システム「 T-TAC Caption」(障害者高等教育研究支援センター 三好茂樹准教授) ・聴覚障害学生向け実技演習リアルタイム支援システム「 SZTAP」(産業技術学部 鈴木拓弥准教授聴保健科学部 小林真准教授) ・匿名コミュニケーションのための手話映像表現 (大学院技術科学研究科 2年 松岡通浩氏) ・距離画像を用いた動きのある指文字を含めた指文字練習システムの開発 (大学院技術科学研究科 2年 近藤正障氏) 0視覚障害学生支援に関する機器展示 ・ ChattyInftyによる電子書籍作成(障害者高等教育研究支援センター 金堀利洋准教授) 「筑波技術大学活動紹介」および 「PEPNet-Japan活動紹介」、「PEPNet-Japan連携大学・機関活動紹介」 今回のシンポジウムの主催大学であり、 PEPNet-Japanの事務局が置かれている筑波技術大学の紹介ブースが設けられ、学部や大学院の紹介のほか、他大学に対する支援などについて活動紹介が行われたこまた「 PEPNet-Japan活動紹介」のブースでは、これまで PEPNet-Japanが作成してきた成呆物や、現在進めている事業の紹介パネルが展示され、参加者に活動の近況を知っていただくことができたここのうち、 地域ネットワーク形成支援事業は 1年ごとに主幹校を募集し、近隣大学や関係機関の協力も得ながらさまざまな研修会や情報交換の機会を提供し、地域のネットワークの形成・強化に取り組んでいるこ今回はこれまでに本事業に協力をいただいた近畿地区 (2012年度、主幹校:同志社大学)ならびに北海道地区(2013年度、主幹校:札幌学院大学)における事業後の取り組みについてのパネルも展示し、各地区のネットワーク活動についても紹介したこ このほか、 PEPNet-Japanの連携大学・機関が実施している聴覚障害学生支援に関する活動内容をパネルにまとめ、展示・紹介する「PEPNet-Japan連携大学・機関活動紹介」のブースを設けたこ いずれのブースも参加者がパネルを読んだり、 当者からの説明を受けたりする様子が見られ、 PEPNet-Japanのネットワークならびに筑波技術大学における取り組みなどを知っていただく機会となったこ 写真 筑波技術大学活動紹介の様子写真 PEPNet-Japan連携大学・機関 活動紹介ブースの様子 23 「相談コーナー トーク&トーク」 本企画は、テーマごとに講師と参加者が自由に相談できるスペースを設けることを目的に実施しているもので、本シンポジウムで 3回目となる。今回は下記 4テーマを設け、PEPNet-Japan元運営委員や聴覚障害のある大学教員、障害学生支援を担当している教職員など多彩な講師陣にご対応いただいた。 参加者は日々抱えていた悩みを講師に打ち明け、講師からの丁寧な回答に熱心に聞き入っていた。次項に寄せられた相談を一部掲載する。 『支援体制に関すること』 青野 透氏(元 PEPNet-Japan運営委員、金沢大学) 岩田吉生氏(元 PEPNet-Japan運営委員、愛知教育大学) 『聴覚障害学生の支援業務に関すること』中津真美氏(東京大学ノリアフリー支援室)田中啓行氏(早稲田大学障害学生支援室)有海順子氏(筑波大学障害学生支援室) 『聴覚障害学生の研究活動に関すること』 佐藤正幸氏(筑波技術大学) 井上正之氏(筑波技術大学) 大杉 豊氏(筑波技術大学) 田中 晃氏(筑波技術大学) 『聴覚障害学生の就労に関すること』 日下部隆則氏(富士ゼロックスサービスクリエイティブ株式会社) 渡遺好行氏(筑波技術大学卒業生) 石原保志氏(筑波技術大学) 青山彦聖氏(筑波技術大学) 24 <支援体制に関すること> <コーディネート業務に関すること> A: まずは同じような境遇の友人を作りましょう。そして将来のビジョンを具体的に描くこと。博品論五についてもデザインを具体的に形作ることが大切です。 <聴覚障害学生の就労に関すること> A: 私自身について言えば最近は音声認識ソフトを使うこともあります。その他パソコン通訳や筆談ですが聞重要なのは周りの人から「伝えてやろう」と思ってもらえるか聞ではないでしょうか。また聞自分のことを理解してもらうには聞まず自分をさらけ出すこと。聞こえの具合や困っていること聞それをどのようにすれば解決できるかなどを具体的に伝えましょう。 25 ....communication access for the deaf” The future of ..... URL https://www.youtube.com/watch?v=nocgYp5pMG0. . .. .6JGHWVWTGQHEQOOWPKECVKQPCEEGUUHQTVJGFGCH... 33 40 【分科会2】 「支援を受ける側から支援を考える立場へ! ードキュメンタリー映像を通してエンパワメントを考えるー」 報告者:大杉豊・管野奈津美(筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター) 企本分科会では、ろう・難聴をテーマとしたドキュメンタリー映像を題材にしたパネルデイスカッションで、エンパワメント、具体的に支援を受ける側から支援を考える立場へ成長することの重要性を議論した。 企画趣旨 聴覚障害のある映像作家、今村彩子監督の作品に「ユニパーシテイライフ〜ろう・難聴学生の素顔〜」(2006年)と「五目ごはん〜私たちの生きる道〜」(2012年)の二作品がある。両作品ともドキュメンタリー映画で、前者は 8人の聴覚障害学生の大学生活を、後者は同じ学生の卒業後、仕事、結婚、育児など、それぞれの日常生活を追ったものである。本企画では、まず上記作品の一部(原氏の出演部分)を参加者全員で視聴しその内容を共有した上で、パネルデイスカッションにて監督、出演者、大学教員がそれぞれの立場で大学時代を振り返り、支援を受ける側から支援を考える立場になって気付いたこと、そして大学時代にどのような形でエンパワメントの実践が出来るかを議論した。企 討論の柱. . @企それぞれの立場で映像を視聴し、何を感じたか協議する。企 A企それぞれの立場で大学時代から社会人になって何が変化したかを話し合う。企 B企それぞれの立場で大学時代に身につけておくべきと思うことを考える。 内容 1.企 企画趣旨説明 冒頭で司会の管野から、本分科会の企画趣旨と進行についての説明を行った。 20分程映像を視聴した後、登壇したパネラーの紹介を行った。自らも聴覚障害学生として大学の情報保障体制の確立に携わった経験があり、「ユニパーシテイライフ」「五目ごはん」の監督である今村彩子氏、上記作品に聴覚障害当事者として出演した原和大氏、 大学でエンパワメン ト指導に携わっている大杉豊の 3名である。《司会》管野奈津美(筑波技術大学障害者高等教育研究支援センター企技術補佐員)《パネラー》今村彩子氏(映像作家/Studio AYA代表) 41 原 和大氏(愛知県立千種聾学校 教諭) 大杉 豊(筑波技術大学障害者高等教育研究支援センター 准教授) 2.パネルディス力ッション 【テーマ@大学時代の情報保障を受けた経験について】 。:「ユニバーシティライフ」を撮ったきっかけは?自身も大学で聴覚障害学生として学ばれた経験がどのように影響しているのか? 今村氏:「ユニパーシティライフ」を撮ったのは今から 10年ほど前。 PEPNet-Japanがスタートしたのも同じ頃。愛知教育大学に入学した後の 1年間は、同じ講義を受講している友人にボランティアでノートテイクをしてもらっていた。その後大学を休学し、 映像学を学ぶためにアメリカのカリフォルニア州立大学ノースリッジ校に 1年間留学した。愛知教育大学への復学後、留学前と同じように友人にノートテイクをしてもらっていたが、アメリカの大学で手話通訳を利用して学べる環境にいたのに対し、先生の話にリアルタイムについていけず、得られる情報量の差を感じた。大学に通うのは学ぶことが目的なので、聞こえる学生と同じように 100%の情報を得たい、手話通訳派遣をしてほしいと学内のある先生に要望を伝えた。するとすぐに調整を図って下さり、地域の手話通訳者の協力もあり数ヶ月後には学内で手話通訳の派遣制度ができた。その制度を利用して手話通訳者が派遣されて講義を受けられたときはとても嬉しかった。しかし、他の大学に通っているろう学生からは、自分も通訳がほしいと学内で要望を出したが、大学から断られ、諦めざるを得ない状況だったと聞いていた。同じろう学生なのに、私だけ恵まれた環境にいていいのかと葛藤を感じ、自分にできることは何なのかと考えた。そこで、アメリカで学んだ映像技術を活かして、情報保障があれば聞こえない学生も聞こえる学生と同じように学べるということを、映像を通して大学側に知ってほしいと思い、「ユニパーシティライフ」を作成するに至った。 。:今村さんの要望が実現した後、原さんが入学された。当時、ノートテイクだけではなく手話通訳での情報保障も経験されたが、どう思われたか?また、様々な情報保障の方法をどのように使い分けていたのか? 原氏:日常生活では手話を中心に使用していたため、手話通訳の方が私にとってはありがたい支援だった。手話通訳を利用できる回数には限度があったため、手話通訳を希望する授業を自分で選択していた。特に印象に残っている話をしたい。「虐待」をテーマにした授業があり、外部から特別講師の方が来てくれた時、虐待を受けている方の話を涙を流しながら話して下さった。聞いている学生もみな泣きながら受講していた。その内容を、手話通訳者が感情を込めて情緒豊かに通訳してくれた。もしこれがノートテイクだったら、 伝わり方がかなり違っていたと思う。ただ、すべて手話通訳がいいというわけではない。憲法の授業など、先生が一方的に話をする授業では 42 ノートテイクのほうが良いなど、授業形態に応じて情報保障の方法を選択していた。 。:講義の内容に合わせて使い分けていたとのこと。パソコン通訳も後になって導入されたようだが、その点についても聞かせて欲しい。 原氏:入学前は地域の学校に通っていたため、情報保障を受けた経験がなかった。今村さんからの話にも出ていた学内の先生はとても理解があり、一生懸命支援してくださった。当時ピカピカの 1年生だった私は、ノートテイクがついて本当に嬉しかった。しかし、 れてくると両隣にノートテイカーが座っていることに抵抗を感じるようになった。 友達と一緒に並んで授業を受けたかった。パソコンは大学から 1人1台ずつ貸与されており、また、LANケーブルも設置されていたので、それを利用して少し離れたところで打ってもらいたいとお願いした。それが上手く行き、好きな席で友人と一緒に受講できるようになった。ノートテイカーの隣に座らないといけないというイメージがあると思うが、聞こえない学生にも好きな席に座る権利はあるはず。 。:大杉先生は情報保障という概念が全くなかった時代を経験していると思うが、映像をご覧になってどう思われたか?先生の学生時代の経験も含めて教えて欲しい。大杉:大学に入学した頃は情報保障という言葉が全くない時代だった。入学前に大学から呼び出され、「他の学生に迷惑になるから支援をお願いしないこと、先生にも迷惑をかけないこと、それが入学の条件である」と書かれた念書に署名させられた程だった。今でも思い返すと悔しい。入学後も先生とは距離があり、相談する気が起こらなかった。自分の心を奮い立たせて交渉する気持ちもない、エンパワメントされていなかった。大学の中には他にも聞こえない学生が何人かいたが、みな手話通訳のことも知らない、社会の状況も知らない、視野が狭い状況であった。そこで学外の様々な集まりに参加し、様々なろうの大学生に会うことで情報を集め、それらをもとに手話サークルが立ち上げられたことで、1980年代のことなので、 少しずつ様子も変わっていった。 参加者の皆さんにはぴんとこないかもしれない。 。:原さんが「五目ごはん」の中で「あのとき学べたからこそ今の自分がある」とおっしゃっていたことが非常に印象的だった。今、教員として聾学校で{いていらっしゃるが、大学生活を振り返って情報保障を受けた経験がどのように活かされていると思うか? 原氏:愛知県立千種聾学校に着任したときは、私以外にろうの教員はいなかった。大学時代の経験から、会議や式典ではノートテイク・手話通訳などの情報保障を付けて欲しいと学校側に伝えた。大学時代の経験と結びついている例を一つ挙げたい。 入学式の際、専攻が一緒の仲間が同じ列に座っていたが、私はその列ではなく、舞台の前に特別席が準備されていて全く違うコースの学生に混じって座ることになった。ステージの上に手話 43 通訳が立つかと思ったが、自分の目の前に座って通訳するという状況だった。本音を言えば同じ専攻の仲間と同じ列に座りたかった。そして手話通訳がなぜステージ上に立つのではなく目の前に座るのか、ステージ上ならろう学生がいることをアピールできるではないか、と不満に思った。その不満を学内のある先生に伝えたところ、卒業式には仲間と一緒に座れることになり、手話通訳もステージ上に立つ体制に変わっていた。 その後、教員に着任した後に初任者研修があり、その開校式でも入学式と同じような状況が発生した。私の席はあらかじめ指定されており、目の前に手話通訳が座って通訳する。また同じ事の繰り返しか、と惇然とした。学校に戻り、校長に改善してほしいと伝えた。その結呆、修了式のときには、好きな席に座れるようになり、手話通訳がステージ上にいるようになった。今でも職場で様々な要望を伝えなければならない機会があるが、大学時代に培った経験が活かされていると感じている。 【テーマA「ユニバーシティライフ」「五目ごはん」の映像について】 。 「五目ごはん」の中で就職や結婚、子育てなど卒業後の生活を取材されていたが、「ユニバーシティライフ」を撮影し、その後「五目ごはん」を制作するに至った理由は? 今村氏 「ユニパーシティライフ」を撮影しているときから「五目ごはん」の構想があったわけではない。「ユニパーシティライフ」の撮影後、民間企業で働く聞こえない人のコミュニケーションの問題について取り上げた作品を制作した。卒業した人たちが大学時代に培った経験を社会の中でどう役立てているのか、それぞれ自分の夢を叶えるために大学で学んでいたが、その夢が実現できているかどうか。その点に興味があったため、ユニパーシティライフに出演した 8人の中から 5人を選び、卒業後の様子を取り上げた作品を「五目ごはん」というタイトルで制作した。その中の 1人が原さんになる。 。 今村さんに監督として聞きたい。大学時代から社会人にかけて撮影した立場から見て、学生が変わったと思う点があれば教えて欲しい。 今村氏 「ユニパーシティライフ」の撮影は 2004年。その 4年後に「五目ごはん」を撮り始めた。今では様々な情報保障の制度が確立されているが、「ユニパーシティライフ」やっ を撮った時には、と支援の制度ができてこれから情報保障の質を上げていこうとしているときだった。ろう学生が支援者と一緒に意見を出し合う環境があった。その経験を踏まえ、原さんは大学で支援を受ける立場から、聾学校の先生としてろう児童を指導する立場にある。手話通訳やノートテイクの体制が整っていく最中に参加していた経験が、現在の仕事上のスキルにも役立っているのではないかと感じた。 。 大杉先生に聞きたい。「ユニバーシティライフ」「五目ごはん」を、エンパワメント指導とどう結びつけているのか。 44 大杉 ポイントは 2つある。1つ目は今までの教育の経験上、ろう・難聴学生は本や資料を読み込んで突っ込んだ話し合いをするのが難しい。日本語のリテラシーに学生間の差があるため上手く進まない。そこで、映像を通して視覚的に得た情報をもとに、テーマを決めて様々なことを議論する。自分が感じたことを手話で表現したり、相手の言いたい事を読み取って受容する。そういう力を高めることが、ろう・難聴学生にとって、大事なエンパワメントの指導になるのではないかと考えている。 2つ目は内容に関すること。 今村さんはドキュメンタリー映画を制作していらっしゃるので、事実を撮った映像を編集して作品を作り出している。先ほど映像を視聴したが、自分と同じ聞こえない学生がどんな方法で学んでいるのか、情報保障とは何か、情報保障を少しでも改善するためにどう動いたらいいか。それを私が手話で説明するより、実際にスクリーンに映る映像を通して理解してもらう方が効呆的である。他人の経験なので、自分が同じ立場ならどうするのか、疑似体験しながら理解することができる。その体験を重ねることで、間接的ながら様々な経験を積み重ねられる。聞こえる学生に比べて普段受け取る情報量は少ないが、その分様々な情報を受容して、自分で阻唱して身につける過程が重要になってくる。 あとは指導方法の問題もある。映像をただ視聴するだけではエンパワメント指導に結びつけることは難しい。私が勤めている筑波技術大学はろう・難聴学生が集まっているのでコミュニケーションに留意してのディスカッションに慣れているが、他の大学では聞こえない学生は少数のため、同じように実施することは難しいかもしれない。例えば障害学生支援を担当する部署が聞こえない学生を集めて、映像を見て議論する機会を設けるのは良い方法だと思う。 【テーマBエンパワメントについて】 。 原さんに聞きたい。「五目ごはん」の中で、着任校の校長先生が聞こえない先生の受け入れに戸惑ったという話をされていたが、当時の状況を教えて欲しい。また、自分からどのように周りに働きかけていったのか? 原氏 私が着任した時には、学生時代に聞こえない学生と関わった経験がある、または大学でろう教育を専門的に学んできた、手話ができる聞こえる先生が大勢いた。周りの先生のおかげで、情報保障が必要だと積極的に言える環境はあった。何が必要かということを一緒に話し合いながら、仕事をしてきた。その意味では苦労はそこまで感じていない。 ただ、私としては、ろう者だから情報保障が必要ということではなく、 1人の人間、教員とし 45 て周りの方と関わり、関係をうまく調整していかなければならない。この程度なら言わなくてもいいかな、まずは近くの先生に聞いてみよう、これだけは絶対に言わなくてはならない、など上手くバランスをとりながらやってきた。ただ、聞こえる先生たちは、自分では不要だと思うことがあっても、「我慢せずに言ったほうがいいリと勧めてくれることもあり、それが逆にプレッシャーになることもある。 。 フリーランスの映像作家として活躍する中で、様々な方に会う機会が多いと思うが、自らの聴覚障害についてどう説明されているのか?.今村氏 今までろう者・難聴者をテーマとしたドキュメンタリーを撮ってきたため、撮影面で特に大変だと思うことはなかった。活動していく中で、周りの聞こえる人やテレビ局の方など同じように映像を作っている立場の人と関わる機会も増えてきた。お互いに映像を作るという目的があるので、共通点もたくさんある。「聞こえないため、口を読み取るのが大変なので書いてくださいリと筆談をお願いすることもある。 それとは別に、仕事以外の日常生活では、お店の人など初めて会う人との会話がある。相手にとっては、一見しただけでは聞こえるかどうかはわからない。「聞こえないリと伝えると、相手は一瞬固まって驚いている様子になってしまう。それが嫌なので、なるべくショックを与えたくないと思っていたときに、心理学を学んでいる聴者の友人が、「耳が聞こえないリではなく、「耳が悪いリと伝えると相手の受け止め方が違うのでは?と言ってくれたことがある。「聞こえないリという言い方を「耳が悪いリに変えてみたところ、すんなりと筆談をしてくれるなど違った反応が見られた。今までは聞こえないことの権利を主張することばかり考えていたが、今は受け止める相手の気持ちも考えたいと思うようになった。 。 今村さんと原さんは大学に要望を出すなど積極的に活動されてきたが、これまでを振り返ってこうすれば良かったなど、後悔していることはあるか?.今村氏 私の場合は、学内の先生や手話通訳者のおかげで手話通訳派遣制度の土台ができた。手話通訳を利用して授業が受けられ嬉しかったことを今でも覚えている。次第に慣れてくると、手話通訳はいいけど、講義そのものに集中できないときがあった。他の学生と同じように寝たいのにどうしたらいいのか、悩みも出てきた。聞こえない学生同士が集まって相談できる場があれば良かったが、自分から通訳をつけてほしいと要望した以上、 私の時にはまだそのような場がなく、誰にも打ち明けられないもどかしさがあった。原氏 大学時代は自分の思っていることを、わがままを承知で訴えてきた。本当なら後輩を引っ張って一緒に活動していくように促すなど先輩としての役割を発揮するべきだったと思う。しかし、後輩に意見を求めても何も返ってこなかったので、私は「自分がやりたいことをやればいいリと割り切ってしまった。後輩と一緒に活動しなかっ 今振り返ると若かったなという思いもあるが、たことを後悔している。今では時々聾学校の教員として後輩と集まる機会を作り、本音を語り合う場を設けている。「学校の避難訓練のときは、どう工夫してる?リと具体的な情報交換もできて 46 いるので、こうした機会を大事にしていきたい。 0 何度もお話の中にでてきた学内の先生にも、当時の状況についてお話を聞かせて欲しい。 岩田吉生氏(愛知教育大学) この分科会で愛知教育大学の卒業生をとりあげてくださり、感謝している。今村さんと原さんを見てお分かりの通り、 2人とも非常にアクティブで明るく、魅力的な方。今村さんは、自らシナリオを書いて手話劇を公演したりと、本当にアクティブな学生だった。原さんは、地域の難聴児を持つ親の会の活動や、難聴児との交流会を新たに設ける時に色々と協力してくれた。 2人とも、意見を求めると、はっきり述べてくれる学生だったため、私も助けられた。 2人の話を聞いて、この会場に見えるろう学生の皆さんの中には、「自分はあのようにはなれない」と思う人がいるのかもしれない。午前中の特別講演で、松崎先生がお話をされた「エンパワメント」について印象に残っている。 エンパワメンで重要なことは 2つある。1つは自分を取り戻すこと。聴覚障害学生は大学の情報保障の環境を変革する立場にある。自分自身がなければ人に訴えることはできない。しかし、何が「自分自身」なのかを難しく考える必要はなく、自分らしさを表現できる友人を見つけることが、自分自身に気付き、自己を理解することに繋がる。必要以上に自分探しをしないで、周囲の人々の関係性の中に自分を見出していってほしい。 もう 1つは、自分の気持ちを分かってくれる大学の教職員と支援学生を見つけることが大事だと思う。私自身の経験からであるが、大学に要望があるときに、聞こえる教員の私が学長や副学長に話しても通らないことでも、「ろう学生が希望しているので予算を付けてほしい」と言えば通ることもあった。私自身も「あの先生に頼んだら予算を取れる」「あの先生に頼んだらサポートをしてくれる」など学内の情報を集める努力をした。支援学生についても、同様である。支援学生のキーパーソンがいればその学生を中心にして、支援体制が整っていくだろう。基本的には人とのつながりが、ろう学生のエンパワメントを高めていくと思う。 0 最後に今回のパネルデイスカッションの感想を一人ずつ伺いたい。 今村氏 10年前に「ユニパーシティライフ」、次に「五目ごはん」を撮影した。大学内の情報保障体制が確立されていないところからスタートして、共に支援を考えていく貴重な体験を得たことが、今の自分の財産になっている。最初は理解を求める気持ちばかりだった。今は相手の受け止める気持ちや、聞こえないことをどう伝えるかを考えるようになった。求めるばかりだと、相手を混乱させることもあり、支援しようという気持ちをそいでしまうこともあると感じている。今回の映像の内容は聞こえる人にも伝えたい内容。伝えるだけでなく、相手がどう受け止めるのか、これからも自分らしく考えていきたいと思っている。原氏 今回のシンポジウムに参加し、ランチセッションで様々な展示を拝見して、今の支援は進んでいると驚いた。その中で、聞こえる学生たちが積極的に活動していてすごく感動した。 面、この活動に聴覚障害学生がどれくらい関わっているのかが気になった。現在はIT技術も進み、遠隔での情報保障や iPadでの字幕表示も行われている。私が 今日、「自分たちは一生懸命頑張った」と話しても、「へー、そうなのね」で終わってしまうかもしれない。自分自身を取り戻せと言われても、「もう十分に自分自身を持っている」と反発を感じる人もいるかもしれない。今という時代をどう過ごすかはとても難しいと感じている。 私はダイビングを趣味にしているが、その世界に入ったときに話が通じず、筆談や身振りなど色々と工夫をした。何かひとつ自分の好きなものを持つと、それなら頑張れるはず。例えば「コンビニに行くのが好き」でもいい。レジでは「温めますか」「割り箸はつけますか」と聞かれたりする。好きなコンビニで聞こえないことを伝えられたら、もっと楽しく通えるかもしれない。大きく捉えるより、身近な生活の一部分で1つ頑張れることを見つけていただきたい。大杉:原さんのコンビニの例は良い例。筑波技術大学の近くにもコンビニがある。今日の分科会には本学の学生も参加しているが、お店の人とコミュニケーションをとれているかどうか。そういうところで経験を積み重ねて行くことが大切。 ランチセッションの宮城教育大学のポスター展示が、このテーマにぴったりの良い例だった。ノートテイクの練習会を聞く時に、聞こえない学生と支援したい学生が集まって、実際のイメージをつかむための映像を一緒に作ったというもの。ノートテイクをよりよいものにしていこうと一緒に活動していることが紹介されていた。 皆さんがすぐにできることといえば、自己紹介。卒業後は自分を紹介する機会が増える。私は実は名刺交換が苦手。名刺を渡しながら手話で話すことができないので、それも含めて、自己紹介の方法や内容、相手に何を伝えたいのかポイントをしぼって示すことが大切になる。 今日配付した資料は、大学生が高校生に対し、学生生活を紹介する取り組み。皆さんは、聞こえない中学生・高校生に自分の大学の様子や情報保障について説明できるだろうか。情報保障の全体と細部をすべて理解した上で、中高生に説明できるのであれは、その人は自分自身を等身大で捉えていることになる。説明会はいろいろ聞かれているが、同じろう者として体験を共有して後輩に伝える場は大切。こういう取り組みをもっと広げ、活動していくことが大事だと思う。 今村さんの DVD映像についても、 皆さんの大学で岩田先生のような理解のある先生を見つけ、大学として購入して図書館に置いてもらいたいという要望をしてみることなら、皆さんもできるはず。自分でできることに気がつくことから始めてもらいたい。 到達点と課題. パネルデイスカッションにおいては、パネラーの 3人にそれぞれの立場で大学時代に身につけておくべきと思うことを話して頂いた。その中で出てきた重要と思われるヒントを、以下にまとめる。 1. 授業形態に応じて、自分に合った情報保障方法を選択する 2. 自分が求める情報保障ニーズについて考える 3. 大学時代に培った経験が職場での働きやすい環境整備にもつながる 4. 自らのニーズの達成を求めるばかりではなく、周りの状況に合わせて調整する力も磨く 5. 自分の大学の情報保障体制について、説明できるようにしておく(自分自身がきちんと理解しているかどうか、受け身になっていないかどうか) 6. 支援担当教職員や支援学生と意見を出し合える場があるかどうか 7. 当事者同士で情報交換する機会を作る 8. 大学生活だけではなく、日常生活においても様々な場面で伝える力を磨く 9. 表現力を磨く(自分の意見や経験を他人に話す力を磨く) 10. 人とのつながりを大切にする(信頼できる教職員・友人を見つける、相談できる相手を見つける) 11.身近なところで頑張れることを1つ見つける 48 分科会全体の進行は滞りなく進んだが、フロアーからの質疑応答の時間を十分に確保できず、参加者との活発な意見交換にやや不足感が残った点が残念であった一分科会の参加者にとっては、ドキュメンタリー映像の視聴を通して少し前の時代の聞こえない学生が大学で情報保障に取り組んだ経験を学び、自分自身の経験と照らし合わせて、パネルデイスカッションの流れを追いながら、改めて情報保障とは何か、情報保障環境を改善するためにどう動いたらいいか、将来職場で働くことを視野に入れて自分にできることは何なのかなどを振り返る良い機会になったのではないか一支援を受ける側から支援を考える立場へと自分自身の成長にどん欲となることが、エンパワメントの実践そのものであろう一 また、大学の教職員に対してエンパワメント指導の具体例を示すことができた点でも非常に有意義な分科会となった一 49 1..................... 2014................ http://www.tsukuba-tech.ac.jp/ce/xoops/modules/tinyd1/index.php?id=269&tmid=371 58 【分科会4】 「聴覚障害学生のニーズを引き出す情報保障をめざして 一手話通訳者・文字通訳者の取り組みから一」 報告者・関東聴覚障害学生サポートセンター 吉川あゆみ 企画趣旨 PEPNet-Japanが設立されてから 10年、大学における障害学生支援体制は確実に拡がりを見せている。障害者権利条約の批准とそれに伴う障害者差別解消法の施行も支援体制の拡がりに拍車をかけている。 大学において、何らかの情報保障を用意することで、支援の第一段階に立つことはできたが、その後「どのように」支援をすすめていくのか、「どこまで」支援していくのか、に関しては大学による格差が生じつつあり、今後の議論と研究の蓄積を待たなければならない。 一方、聴覚障害学生の内面的成長は大学で受けた支援の質に左右される側面も大きく、関係者の意識的な環境形成と専門的な関与が求められている。現時点では、学内のみならず学外にある社会的資源を最大限に活用し、多彩な情報保障フログラムを生み出すことによって、支援の質を格段に向上させることが可能となっている。すなわち、学外の人的リソースの把握と適切な活用が、支援の第二段階となるであろう。 本分科会では、支援の最前線で活躍されている手話通訳者、文字通訳者と、かつて支援を利用していた卒業生の三者に、通訳の事前準備や実際の通訳現場で心がけているポイントを技術面と行動面の両面からお話いただき、より専門的な支援のために欠かせない要素を導き出す。 時に、大学および大学の支援担当者に求められる役割を整理し、利用学生の潜在的なニーズを引き出す手がかりを探る。 内容 「大学で求められる通訳」のあり方に焦点をあて、大学で支援に携わる手話通訳者、パソコン通訳者ならびに利用学生(卒業生)の三者に通訳にあたっての事前準備、通訳実施、事後振返りについて整理した。手話通訳者の立場から原恵美氏、 パソコン通訳者の立場から神山みや子氏に、聴覚障害当事者の立場から窪田祥子氏にお話いただいた。 1.神山みや子氏「文字通訳者の取り組みから」 聴覚障害学生の支援に関わるようになったきっかけは、手書きノートテイクから始まった。地域の手書き要約筆記者養成講習会を修了後、大学での手書きノートテイクの依頼を受けることになった。法学部のノートテイクを担当したとき、自分も法学部出身であり、先生の話す理論や内容は理解できたが、手書きでは到底ついていけない。漢字の専門用語が並ぶため、アンダーラインや矢印を駆使しても追いつかないことから、専門分野の手書きノートテイクの限界を感じ、パソコン通訳に転向して 14年になる。 59 大学のみならず、一般的な情報保障において、パソコン通訳をする上の留意点を7つに整理したA 1 ひらがな続きの入力を避ける一読みやすく漢字に変える、読点を打つ 2 句点のない長文を避ける一1文が長い場合は文章を 2文 3文に分ける 3 複数読める漢字への対応一「きょう」「こんにち」などひらがなで打つ 4 難読漢字へのふりがな一漢字やローマ字の読み、人名、地名は注意が必要 5 文末表現の注意一「〜よ」「〜ね」等、話し手の人柄を伝える 6 擬態語一カタカナで表記すると文中で浮き上がって見えて読みやすくなる 7 指示語一可能な限り指すものを具体的に表現する その上で、大学講義の場合の注意点は、準備として@レジュメ、資料等の入手 A専門用語のチェック、入力練習 B授業情報の入手があげられるA@レジュメ情報の入手については、ネットや図書館経由で事前学習したり、支援室経由で入手したりできるようにしたいAそのためには、支援室の力添えが欠かせないAA専門用語のチェックについては、 専門用語を一度パソコンに入力して確定変換しておく、単語登録をしておく AB授業情報の入手については、 DVDを見る時聞があるかどうか、グループワークがあるか、板書が多い、実技があるか、学生の発表があるか等、授業形態によって対応が変わってくるA普通の講義とリアルタイムでの入力が要求されるゼミとでは入力に臨む心構えが異なっているA手話には及ばないまでも、坂道で自転車のギアを変えるようにパソコン通訳でもできるだけリアルタイムに入力し、利用学生の「参加の機会を保障」していきたいと考えているA 日常の練習としては、テレビ、ラジオ、講義等を聞きながら頭の中で入力文を作る練習をすること、キーボードは見ないで打てるようにすること、テープおこしを引き受けて文字入力練習をするなどの方法で練習をしてきたA 最後に、文字通訳者として「日本語に常に敏感に」なるために、例えばどの漢字を使うか、逆に漢字を使わないか、読点の打ち方、ひらがな・カタカナの使い分け、読みやすさなどに意識をめぐらせてほしいと考えているA 2.原 恵美氏「手話通訳者の取り組みから」 1998年に手話通訳士資格を取得し、今年度、大学の通訳としては週 3日 7コマの手話通訳を担当しているA4つの大学に登録し、2大学ではレギュラー、残り 2大学ではスポットでの依頼を受けているA 手話通訳の仕事を大きく3つに整理すると、まず「『場』の中で通訳者としてふるまうこと」が 60 あげられる。支援室との関係が始まってから実際に通訳が 始まるまでの聞に、シラパスや簡単な事前情報を受け取っ たり、教室の広さやレイアウトを見たり、利用学生とお話 してその人の手話通訳経験を見たりしながら、こういうス タイルが合うかなと考えている。また、グループワークや ディスカッション等の場面や資料を読みながら先生の声を 聞く授業でどういう通訳がいいかを考えることになる。例 えば、「今言ったところにアンダーラインを」という進め方 は、聴覚障害の学生には手話通訳も資料も同時に見られないために難しいことが多い。資料を主に見てもらうか、手話通訳を主に見てもらうかは、「ここは大切な情報だから手話を見てもらおう」などと場の状況を理解し、そこに関わる人々との関係を作りつつどういう通訳をしたらいいか、その時々での判断力が求められるだろう。 二つ目は「『言語情報』を通訳すること」。「言語情報」は先生の話にあたる部分で、先生から学生に知識を提供するような通常の講義を通訳するために事前準備は欠かせない。その授業の教科書や資料を提供してもらうには支援室の方の協力が必要になる。それ以外に、その大学のホームページで創立者や沿革を確認したり、支援室のページで他にどのような支援をしているかチェックしたりすると通訳で役に立つ。また、担当教員の経歴、研究業績、所属学会、先生の論文のうち比較的新しいものに目を通し、高学年のゼミや大学院の授業に備えている。そして、自分がその専門分野の知識が足りないと感じる場合は、書籍にあたってその学問分野の基本的な考え方や研究手法を勉強している。 三つ目に、「『文脈』情報を通訳する」ことについて。発言に含まれるニュアンス、気持ち、敬語など、部屋全体の雰囲気や学生の反応、笑いや重苦しい空気が「文脈」に相当する。例えば、誰かが「やる」と言ったとき、「私が積極的な意思でやる」という意味なのか、「あなたがやる?」というニュアンスなのか、「私はやりたくないけどー」という雰囲気なのか、そういう「文脈」も手話通訳だからこそ通訳できる。ゼミのディスカッションでは、こういう気持ちを含んだ発言がどんどん積み重なって、話の筋道があっちこっちに行き、会話は生き物のようにどんどん動く。その中で利用学生が主体的に発言し、その場に参加していくためには、その場の「文脈」を理解することが重要で、そこをきちんと通訳することが、手話通訳士として一番利用学生に貢献できる部分と感じている。 自分は企業の通訳に行くこともあるが、企業の会議は「文脈」だらけになる。言いたいことだけを話すのではなく「相手の話の裏にあることは何だろう?」、それに対して自分が「どう言えば説得力を持って話ができるか?」を考えなくてはならない。一方、大学ではそこに関わる人々が先生、職員、学生と限られ、突拍子もないことが起こることは少ないので、大学で「文脈」を理解し、「場」に入る経験を磨いて社会に入ってほしい。 大学通訳というのは、若い人から元気やエネルギーをもらえて楽しく、興味の薄かった分野でも頑張って本を読んでみたら意外と面白かったということもあり、知識や視野が広がる。 61 最後に、東京大学の福島智先生の博士論文を書籍にした『盲ろう者として生きて一指点字によるコミュニケーションの復活と再生』を紹介したい。指点字の通訳で、「文脈」を含んだ通訳をしてもらうことで自分が主体的にその場に参加できるようになり、再生できたという話が書かれており、今回のテーマとも関わる部分が多いと思う。 3.窪田祥子氏 聴覚障害当事者の立場から 大学を卒業して 4年目になるが、 本分科会企画趣旨にある「聴覚障害学生の内面的成長は大学で受けた支援の質によって左右される」というのを実感している。大学のとき良い支援を受けたので今の自分があると思っている。 2歳半で聞こえないとわかり、3歳から普通の幼稚園に通い、FMマイクで過ごした。今は性能がよくなっているだろうが、当時はすぐに雑音が入るのがストレスになった。手話は高校生のときに手話のみで話す人と一緒に旅行し、何を話しているのか努力しなくてもわかるコミュニケーション手段を実感し、大学入学後、手話を学び始めた。そして、大学 1年でノートテイクとパソコン通訳を、3年で手話通訳を受け、教室にはいろいろな音があるのだな、と気づくばかりでなく、みんなが笑う意味がはじめてわかるようになった。 就職活動では、書類審査に通過した後、筆記試験があり、「聞こえないので注意事項や時間などの口頭説明は書いてください」とお願いし、障害者手帳のコピーを書類に同封した。筆記試験合格後の面接は、 6人でのグループディスカッションになり、パニックになりつつも乗り切り、合格できた。二次面接のときも、担当者に事前にメールして聞こえないことを伝え、フォローをお願いした。そのおかげで、入社後、前もって「手話通訳が必要か?」と聞いてくるなどスムーズに対応してもらえている。 仕事以外では地域の手話通訳派遣をお願いしているが、「はじめまして」と初対面の通訳者が多い。聞こえない先輩が説明しているのを見て、自分も「自分の声で話すので読み取り通訳は要らないです、手話はできれば日本手話に近いものでお願いします」と通訳者に合わせてお願いしている。大学では同じ大学の学生が通訳してくれているので、「こういう手話表現だろう」「あの学部だからこの講義を受けたことがあるだろう」と事前予測でき、信頼関係につながっている。通訳者が面識のある人かどうかは、その人からもたらされる情報を信頼できるかどうかに影響するのではないかと思っている。 今年、福島県に引っ越してみて、通訳者との距離が近く、今後 10年、20年の関わりになるのではと思うと、「通訳者を育てるのは今の自分」と感じている。自分に合った情報保障とは何かを今も模索している。大学の間はいろいろな方に出会うことで学び必要なものを取捨選択したり試行錯誤を繰り返したりすることが可能であると同時に、これは在学中しかできないことと思う。 62 質疑応答 豆問上 窪田さんのお話の中で、 集団面接の話があったが、どのように乗り越えたのか?また、一次面接、二次面接と進む中で、どのようなメールのやりとりをしたのか?回答(窪田) 集団でのグループディスカッションについては、自分が聞こえないということを、同じグループの人や面接官に伝え、メモを見せてほしいと頼んだ。これは大学の普段のディスカッションでも 6年間情報保障を受けた経験が活きたと思う。話がどう始まり、どのように展開して、終わったら良いのか、予測しやすかった。「発言が重ならないように一人ずつ話してほしい。発言の際には挙手を」というようなお願いをした。 人事部とのメールでのやりとりは、正直言って怖いもの知らずだったかもしれないが、一緒に面接の場を作り上げたいという気持ちが強かった。「次はこういう状況での面接形式か?」「こういう方法で会話するのはどうか?」とこちらから面接の進め方を提案できるだけのレパートリーがたくさんあったのが役に立った。 豆問2 文字通訳に関して、利用学生に通訳の感想を聞くと「問題ない」との反応が返ってくるが、このままでよいのかどうか。また、大学やコーディネーターの立場で、通訳者に対してどういう環境整備をしたらよいか。回答(神山) 支援者としては不安が残るが、「しつこい」と思われても聞くしかないのではと思う。私自身も、刑法を担当した時に自分の通訳の至らなさが恥ずかしく、どうしたらいいか詳しく聞く機会を逃してしまった。「問題ない」と言われても自分が不安なら自分の恥をさらすことになっても聞いてみてほしいと思う。 次に、通訳者として、大学にどのような環境を整えてほしいか。担当する授業で非常に高価な教科書を使う授業があり、支援室で購入できて助かったことがある。また、個人情報の問題も絡むが、ゼミでは学生の名字だけでも良いので名簿をいただけると助かる。他に DVDを使用する場合は、DVDに字幕がついているかどうかを確認してくださるとスムーズに進む。豆問] 手話通訳について、「文脈」 体的にどのように手話通訳するのか。 のお話が出てきたが、それから、利用学生が主体的になるためには、利用学生のニーズを把握する必要があるが、どのように把握したらよいか。回答(原) 手話だけで「やる」と表すのではなく、目でみんなを見ながら「やる?」と表せば「みんなやる?」という意味になる。逆に一人を見て「やる」と表せば「あなたやる?」という意味にもなり、否定の顔で「やる?」と表せば「あまりやりたくないけど、どうする?」という意味にもなる。このように文脈を表せるのが手話通訳の良いところだと思う。 利用学生のニーズに関しては、さまざまなニーズがあり、大学に入ってから手話を始めた利用学生の場合は、日本語を借用した通訳から入ることが多い。慣れてくると希望の通訳スタイルも 63 変わってくるので、利用学生の通訳経験や本人の手話を見ながらニーズを把握している。ただ、以前、「自分は手話を始めたばかりだけど、ろう学校の先生になりたいので、通訳は日本手話でお願いします」という例もあった。 質問4 文字通訳について、利用学生の学力に幅がある状況の中で、文字通訳で表示される文章が大量だと読み切れないことがある。どうしたらよいか。また、大学やコーディネーターの立場から、利用学生に手話を身につけるように積極的に働きかけた方がよいのかどうか。回答(窪田) 情報保障は、その対象が一人であるならば、その利用学生のレベルに合わせることが必要になる。通訳者の立場では通訳者の判断で情報を取捨選択していいのか、葛藤が生じると思うので、利用学生と相談してほしい。 そして、手話を身につけるように積極的に働きかけた方がいいのか?という質問については、本人が「手話が必要だ」と思えばすぐに覚えられると思う。私のいた大学では手話での交流があり、手話が必要になった。長い将来のうちで、本人が自分の必要に応じて使えるようになるとよいと思う。 到達点と課題 文字通訳者、手話通訳者、利用学生の三者に共通して述べられていたことは、「聴覚障害学生が主体的に参加する」ことをどのように保障していくかに意識が向けられていた。そのために日常の講義での通訳があり、ゼミでの発言があり、通訳者が場面やニュアンスの細かな違いを丁寧に認識して、微差を手話や文字に表すことで「参加」を促している。直接、通訳者が利用学生に「参加」を働きかけるわけではないが、専門用語や言葉の言い回しに神経を行き渡らせることや、資料や文献の読み込みで事前準備をし、通訳に対する精度を高めていくことが、結果的に「参加」につながっていることがうかがえる。 とりわけ、窪田氏の話にあった、就職面接に見られた予測しない事態への対処法は、授業の通訳にとどまらない、 団面接の場には情報保障がなかっ 大学での情報保障の意義が明白になった。たにもかかわらず、情報保障を受けた経験が活用され、大学での情報保障が就職活動や職業生活につながっていることを示唆している。 大学の支援室と手話通訳者や文字通訳者との協働関係は緒についたばかりであり、どのように利用学生の潜在的ニーズを汲みとっていくのか、どのように大学での通訳環境を整備していくのかはさらなる議論が求められるだろう。 後、 地での情報保障の実践を重ねつつ、少しでも質の高い通訳を追求してくこと、そして、その結果利用学生の参加が促進されることを期待したい。 写真 分科会の様子 64 PEPNet-Japan 賞 3KWWSZZZKXPDQWVXNXEDDFMSVKLHQ+. '26 . 準PEPNet-Japan 賞 H16. H26. グッドプラクティス賞 新人賞 プレゼンテーション賞