第4回日本聴覚障害学生高等教育支援シンポジウム 報告書 2008年10月26日 キャンパスプラザ京都 主 催 : 日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan) 国立大学法人 筑波技術大学 協 力 : 同志社大学 学生支援センター 立命館大学 障害学生支援室 後 援 : 独立行政法人 日本学生支援機構 財団法人 大学コンソーシアム京都 目次 はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3 プログラム・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4 【分科会1】 「学内支援体制の充実と教員の行動原理」報告・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 6 【分科会2】 「聴覚障害学生支援における大学等連携の展望 ~関西地区の取り組みから~」報告・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 10 【分科会3】 「卒業後を見据えた聴覚障害学生のエンパワメント」報告・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 14 【パネルディスカッション】 「情報保障支援の新たな可能性を探る ~医学・薬学・理工学系での取り組みから~」報告・・・・・・・・・・ 18 【ランチセッション】 「聴覚障害学生支援に関する実践事例コンテスト 2008」報告・・・・・・・・・・・・・・・ 22 【特別企画】 「バスで行く 京都4大学障害学生支援室めぐり」報告・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 30 はじめに 日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク( PEPNet-Japan)では、特に聴覚障害学生への支援体制が充実し、積極的な取り組みを行ってきている大学・機関と共同で、聴覚障害学生支援に関するノウハウを積み重ね、先駆的な事例の開拓を行ってきました。我々の活動の成果をより多くの大学・機関に向けて発信するとともに、全国の高等教育機関における支援実践についての情報交換をすることを目的とし、年に1回シンポジウムを開催しております。 第4回目となった今回の日本聴覚障害学生高等教育支援シンポジウムでは、総勢260名近い方々にご参加頂きました。この中では特に現在多くの課題が持ち上がっている医学・薬学・理工学系での支援についてテーマとしたパネルディスカッションを開催し、高等教育における情報保障支援の新たな可能性について議論いたしました。また3つのテーマを設けた分科会では、教員・職員・聴覚障害学生・支援者それぞれにスポットを当てた内容で、時間が足りないほど活発な意見交換がなされました。さらに今年度より新たに、聴覚障害学生支援に関するノウハウをポスター形式で発表するコンテストを開催したことで、日頃の支援の取り組みについて教職員・学生・支援者の枠を超えた情報交換ができました。 それぞれの企画の内容を皆様にお知らせすべく、今回はこのような小冊子に纏めさせて頂きました。 本シンポジウム開催に当たり、ご後援頂きました独立行政法人 日本学生支援機構並びに財団法人 大学コンソーシアム京都の両団体に対しまして深謝いたします。 各企画にご協力頂きました講師の皆様、 PEPNet-Japan連携大学・機関の皆様、第4回日本聴覚障害学生高等教育支援シンポジウム実行委員の皆様にこの場をお借りして厚く御礼申し上げます。 2009年 2月吉日 日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan)事務局 プログラム 《第1部》 10:00~12:00 分科会 ■分科会1「学内支援体制の充実と教員の行動原理」 司 会: 平尾智隆氏 (愛媛大学 教育・学生支援機構) 講 演: 長南浩人氏 (筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター) ■分科会2「聴覚障害学生支援における大学等連携の展望~関西地区の取り組みから~」 司 会: 青野 透氏 (金沢大学 大学教育開発・支援センター) 報 告: 山口洋典氏 (同志社大学 大学院総合政策科学研究科) 桐澤夏樹氏 (京都市福祉ボランティアセンター) 西原泰子氏 (京都市要約筆記サークルかたつむり) 指定発言: 石田久之氏 (筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター) ■分科会3「卒業後を見据えた聴覚障害学生のエンパワメント」 司 会: 太田琢磨氏 (東海大学 研究員) 石原保志氏 (筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター) 情報提供: 山田倫子氏 (日本経済新聞社/筑波技術短期大学卒業生) 日下部隆則氏 (富士ゼロックス(株)) 《聴覚障害学生支援に関する実践事例コンテスト》 12:00~13:30 《第2部》 13:30~17:00 全体会 13:30~13:45 開会式 13:45~14:30 分科会報告 司 会: 太田富雄氏 (福岡教育大学 教育学部付属障害児治療教育センター) 14:30~14:50 聴覚障害学生支援に関する実践事例コンテスト結果発表 14:50~15:00 休憩 15:00~16:50 パネルディスカッション 「情報保障支援の新たな可能性を探る~医学・薬学・理工学系での取り組みから~」 司 会: 松﨑丈氏 (宮城教育大学 特別支援教育講座) パネリスト: 垰田和史氏 (滋賀医科大学 社会医学講座衛生学部門) 伊藤芳久氏 (日本大学 薬学部医療薬学系医療薬学教育・研究部門) 中野聡子氏 (東京大学 先端科学技術研究センター) 指定討論: 白澤麻弓氏 (筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター) 16:50~17:00 閉会式 4 報告 【分科会1】 「学内支援体制の充実と教員の行動原理」 平尾智隆(愛媛大学 教育・学生支援機構) 分科会 1は、「学内支援体制の充実と教員の行動原理」というテーマの下に、長南浩人氏(筑波技術大学准教授)の講演と参加者が相互に議論しあうグループワークの二部構成で行われた。以下では、分科会の企画趣旨を再度整理し、当日の講演と議論の内容を振り返り、分科会の到達点と残された課題を吟味しておきたい。 企画趣旨 聴覚障害学生を学内で支援していく際には、様々な関係者がそれを実行していくことになる。当の聴覚障害学生の努力はもちろんであるが、教員・事務職員・コーディネーター・支援学生・地域の支援者など関係者は数多い。先進的ないくつかの大学は、独自の手法でもって、あるいは関係者の努力でもって支援を推し進めてきた。 しかし、それらはまだまだ普遍的なレベルの議論には達しておらず、個別の大学の事例という段階にとどまっているのが現状である。学内で聴覚障害学生を支援していく際に、誰が何を担っていくのか、またそれはいかにファイナンスされるのか。支援体制を構築していく際に必ず問われるこれらの疑問に答えうる支援の原理・原則は決して普遍的なものとはなっていない。 以上のような問題意識から、分科会 1では、学内支援体制を構築していく際にキーマンとなりうる教員の役割を考えることを企図したプログラムを作成した。事務職員やコーディネーター、さらには支援学生から「非協力的だ」と批判されることの多い教員は、何ができて何ができないのか。役割の切り分けの中から、協業の あり方と充実した支援体制構築の端緒を探ることがこの分科会の目的であった。 Ⅲ.障害学生支援体制の構築における教員の 行動原理 原則1:教育目的重視の原則(全職員対象) 学生の学問の修学、具体的には、各教科の教育目標達成を促進するための支援となっているかどうか、これが支援の合理性をはかる基準 原則2:専門性活用の原則(教員の主たる役割) 教員は、障害学生支援の体制の構築や支援の充実に 専門性を活かす形で貢献する。 例)・合理性の具体的基準の提案 ・ 心理―支援学生のバーンアウトなど ・ 工学 ・ 経済-システム(ヒトを動かすシステムと人を 育てるシステム)構築 ■各学問領域を障害学生支援への応用を考えると新たな学問の可能性が見える(新たな学問領域の創生)ことがある。これにより、大学の資源活用の新たなフィールドを得ることになり、大学の革新となり、結果的に充実した支援体制となる。また、学生にも専門分野の応用例として障害学生支援を教え、研究に取り組ませても良い。 (長南氏講演資料より抜粋) 内容 分科会 1は二部構成で行われた。まず第一部、長南氏の「支援体制の構築における教員の行動原理」と題する講演では、高等教育機関における(聴覚障害学生)支援の合理性の基準が試論的に提示された。氏は、支援の合理性の基準は「学生の修学、すなわち各教科 の教育目標達成を促進する支援となっているか否か」にあり、「それはケースごとに検討されるのではなく、(確固たる)判断基準を設け、それに依拠して合理性を判断する必要がある」と提起する。さらに「判断基準は大学の構成員全員が共有すべきものであり、構成員間で判断基準が異なるようなダブルスタンダードは好ましくない」という。 その中で特に教員には、①教育目的重視の原則、②専門性活用の原則(教員は支援体制の構築に専門性を活かすかたちで貢献すること)が求められるという。 このような揺るぎない基準とその説得性が大前提となり、支援体制構築において構成員間の分業と協業が可能になってくるといえるだろう。 続く第二部においては、では誰が何を担っていけばよいのかをグループワークを通じて、その端緒を探るということを試みた。具体的には、役割マップの作成(末尾の資料を参照)を通じて、支援体制構築における構成員間の役割の切り分け、協業のあり方を「教員にできること・できないこと」というキーワードに従って議論してもらった。 グループワークの進め方 課題:役割マップ「教員にできること・できないこと」の作成 作業1:教員の分類 教員と一口に言ってもいろんな人がいます。どんな人がいるでしょう? (例:学部長、学生生活委員長、着任したばかりの助教・・・) 聴覚障害学生支援体制の構築に役割を担ってもらわないといけないと考えられる教員の役職名・属性等をワー クシートの上段に書き出していきましょう。 作業2:できること・できないこと 教員ができること・できないことは何か?教員がやらなければならないこと・教員に期待しても無駄なことは 何か? ワークシート例を参考に、支援業務それぞれについて、誰が何をどう担えばいいかを考えてみてください。 作業3:グループメンバーで最適な業務配分を議論して、その結果を新しいワークシートに明記してください。 作業3の注意 ・他の人の発言を否定・批判しない。少数意見は貴重な財産として積極的に検討する。 ・発言内容等を尊重し、全員の合意の下、作業を進める。 ・発言しない人をつくらない。 ・成果よりもプロセスを大切にする。きれいにまとめることは目的ではない。 作業4:グループの討議の成果を皆さんに発表してください。 (当日配付資料より) 到達点と課題 結論から言えば、短い時間の中で企画者の説明と仕掛けが必ずしも十分なものでなかったこともあり、分科会を通して何かのブレイクスルーがあったわけではなった。グループワークの成果としての役割マップの書き込みを見ても、それは明らかであった。その点については、企画者としての責任を感じていると同時に反省をしている。 しかし、それ故に今後の方向性が垣間見えたことは不幸中の幸いであったという他にない。以下、残された課題を提示することで分科会報告の結語としたい。 まず第 1は、長南氏の提示した「支援の合理性の基準」とその判断基準のガイドライン的なものを作成することである。高等教育機関で聴覚障害学生支援が行われる際の理念と原則の明確化は、なによりも基盤的な取り組みとして専門性を持った研究者が中心となり 行っていかなければならない作業であろう。 第 2は、職場の分業・協業の明確化のツールとしての役割マップの段階的導入である。経済学や社会学は、日本の生産現場には労働者の作業分担と保有する能力が一目でわかる仕事表や技能マップが存在することを何十年も前に明らかにした。日本の製造業が高い国際競争力を保持してきたのは周知の事実であるが、それを労務管理の側面から支えたのが仕事表や技能マップである。創造性の高いホワイトカラー職場にこのような労務管理はなじまない場合もあるが、誰が何の役割を担い、それがいかにファイナンスされるかについての基準が曖昧な日本の聴覚障害学生支援の現場に役割マップを導入していく意味は大きいと思う。まずは、聴覚障害学生支援の現場に研修のツールとして導入され、順次労務管理のツールへと移行されていくことを期待したい。むろん、役割マップは一度出来上がれば固定されるというものではない。変化する環境の中で、その都度書き換えられる必要のあるものである。 高等教育が大衆化していく中で、聴覚障害学生支援も広がりをみせている。特異的で専門的な対応はもちろん深く追求される必要はあるが、その一方で、そのような専門家がいなければ充分な支援が行えないというのでは、支援は早晩先細りになる危険性がある。そうならないためには、聴覚障害学生支援を体制としてシステム化していくことが求められる。一筋縄で解決できる課題ではないが、この分科会がその端緒の端緒にでもなっていることを期待するばかりである。 8 (資料)役割マップ例 【分科会2】 「聴覚障害学生支援における大学等連携の展望 ~関西地区の取り組みから~」 青野 透(金沢大学大学教育開発・支援センター) 企画趣旨 本分科会企画は、長澤慶幸氏(同志社大学)、二階堂祐子氏(立命館大学)と青野透(金沢大学)が担当した。当日の司会は筆者が担当した。 企画の出発点は、各高等教育機関における聴覚障害学生支援体制の確立に、地域のネットワークが重要な役割をもちうるのではないかと考え、京都における連携の事例を学ぶことで分科会参加者が今後の支援の取り組みに活かすことができるのではということにあった。 京都では、大学コンソーシアム京都(以下「コンソーシアム」)の存在が大きい。コンソーシアムは単位互換を行うのみでなく、FDや SDの企画・開催拠点であり、教員・職員、そして学生相互の交流を図ることで京都地区全体の教育力を高めている。そのことは、障害学生支援においてもしかりである。 そこで、今回は、コンソーシアムを中心とした聴覚障害学生支援体制の確立と発展に貢献された 3名の方々(山口洋典氏、桐澤夏樹氏、西原泰子氏)に分科会報告を依頼し、また、指定討論者として日本学生支援機構の活動に詳しい石田久之氏を迎えた。それぞれの立場でどのような係わりをもってこられたかをお話いただくことで、京都地区での連携がどう始まり、どのような発展の契機があったのかを詳しく知り、それが他の地域からの参加者にとって貴重なヒントになると考えたのである。 また、聴覚障害学生支援に携わる、あるいは携わろうとされておられる多くの人たちが共通して抱く不安を形にすべく、シンポジウム当日資料の企画趣旨には、「聴覚障害学生に対する授業情報保障は、すべての大学等において必須のインフラである。授業内容がいかに優れたものであっても、情報保障がなければ意味がない。大学等は、講習会によりノートテイク・手話等の情報保障技術を修得した学生たちがボランティア(有償を含む)として授業に入る取り組みを行わねばならない。だが、そうした取り組みは、支援を必要とする学生の卒業とともに休止することになる。一方で、支援を担当する学生が足りない大学等もある。こうした事情に加え、情報保障技術の継承・向上のためにも、大学等の相互における、さらには地域との連携が求められる。」という内容を記載している。この部分は、筆者自身がノートテイクの希望を受けて四日ほどで授業開始を迎えねばならなかった不安心細さと、ノートテイクの技術を習得し支援をしてくれた学生たちが、聴覚障害学生とともに卒業していってしまった心細さという二つの経験を持つ立場から考えておきたい点であった。 10 論点等 3つの報告と指定発言の内容は当日配布の資料にゆだね、ここでは特に印象に残った点について述べる。報告で明らかになったことで最も注目したいのは、<京都もゼロから始まった>ということである。西原氏が強調されたことは、ある大学での一人の聴覚障害学生の「授業情報保障をしてほしい」という切実な願いのこもった一枚の掲示から始まり、今のような、大学間連携にまで至っているという事実であった。その間に、地域の要約筆記サークルが、地域のボランティアセンターが、日本学生支援機構京都支部が、そしてコンソーシアムがというぐあいに、種々の組織が次々と、障害学生をそして支援学生たちを結び付けていったことが各報告者から指摘された。結果として、異なった大学の学生同士 がつながりあう、支援しあうというしくみが生み出されてきたのである。 企画趣旨では「大学等が教育力・学生支援力を向上するために相互にどのような連携あるいは協働を行うべきか、優れた意味で地域に開かれた大学等とは何か、障害の有無にかかわらず学生たちが地域との関わりをどう持つべきか」という問いを掲げたが、この点に関する京都での取り組みの報告から、参加者は回答の手がかりを得ることができたのではないかと思う。 次に、報告後の議論について、重要であると思われるところを紹介する。 「誰か私に授業の代筆を・・・」と、聴覚障害学生がビラを張って、大学での講義のノートテイカーを募った。それがきっかけで“かたつむり”会員が大学にサポートに通って8年になる。その間、各大学でも、ボランティア学生を集めてのノートテイクの講習会がブームのようになり、その指導に出向くようになった。 特に3月、新学期直前には、6つの大学から講師依頼を受け、大忙しの日々が続き、本来の地域での中途失聴・難聴者の情報保障に支障を来すほどだった。ある時、学生の書き方を見て、メモ?数字が並べてあるたけのノートにショックを受けた。聴覚障害学生も、健聴学生と同等の授業を受ける権利がある。 まず、京都市内の学生を一同に集めて、統一した「大学におけるノートテイク」講習会の実現を!と動き出した。幸い、京都市社会福祉協議会の快諾を受け、“大学コンソーシアム京都”という組織の力強い応援もいただいて、講習会を開催するに至った。 さらに、8年間通った大学から「やっと 100人のノートテイカーが集まった」との朗報も届き、後期の授業から放免されると安堵した。これが、私たちの目指す「難聴運動」であり「要約筆記活動」ではないだろうか。・・・ (西原氏講演資料より抜粋) 報告者間のコメントでは、最初に山口氏から桐澤氏の報告について、①学生側の主体的な役割をうまく位置づけられたこと、②この点については、京都市社会福祉協議会のボランティアセンターの役割が重要だったこと、また、西原氏に対しては、③30年にわたる取り組みが京都が生んだ文化としてあり、それを大学の人間が後追いで大学に浸透させたこと、④その文化には、速く・正しく・読みやすく、という素晴らしい柱があったことが指摘された。 山口氏は続けて、こうした指摘は、京都だからできたのだと話を片付けられがちだがそうではなく、いかに学生たちの“やりたい”という気持ちを削がずに、より多くの人がつながり、まとまり、広がっていくことやそのムードを作るのが大切なのである、と強調された。 山口氏は報告の中でも、主体は学生であり、大学は学生たちが動きやすくすることを支援するものであることを述べられていた。聴覚障害学生支援の場合には、具体的に、要約筆記サークルの市民の方たちや、ボランティアセンターの人たちと連絡を取り合いながら、学生が動きやすくなる、結びつきやすくなるための雰囲気作りが大事であり、京都ではそ れをコンソーシアムが意識して担ってきたとのことであった。 この発言により、サポートする学生たちの主体性そのものを育ててきた京都の独自性が、参加者にははっきりと腑に落ちるものとなったことであろう。実は、障害学生を学生同士でサポートしたい、という学生たちの気持ちを大切にするのが一番大事ということが全ての報告で一貫していたことであったことは忘れてはならないことである。山口氏の発言により、議論の最初の場面でこのことが再確認されたことになった。 次に、参加者からの質問の時間となり、要約筆記を行うにあたっては手書きかパソコンか、特にその効率性の観点からの質問が出された。 これに対して分科会報告者からは、<確かにパソコンは情報量が多く、たくさんの情報のなかで学生自身が学ぶという効率の良さがある。だが、手書きには要約して伝えるという意味が別にあり、また、図や数式などに対応できるなど優れた面も多い>との回答があった。 この質問は、これまで他の場所でも議論されてきたことであり、筆者自身も同様の疑問を抱いていた。この疑問を他の人達も同じように抱えており、こういう場所でどうしても質問したいのだ、と実感するとともに、シンポジウムの司会をさせていただき、生のやりとりの大事さを味わった瞬間であった。聴きたいことがその場で聴けることこそ、シンポジウムの醍醐味である(授業情報保障の意味もそこにあることは言うまでもない)。 さて、手書きノートテイクは、人間同士のコミュニケーションが実感できるという利点がある。また、パソコン入力の技術や機械の知識がなければ、ノートテイクの支援はできないということになれば、支援したいと思う学生たちの気持ちを削いでしまうことになりかねない。これは藤田保・西原泰子編『あなたの声が聴きたい』2003年、文理閣でも、指摘されていたことである。また、何より、支援を受ける聴覚障害学生が例えば、自分は手書きのほうが読みやすい、画面に映し出された文字は多すぎて早すぎてそれをずっと読んでいくのはつらい、教員の顔と黒板と手書きノートとをそれぞれに自分のペースで見るほうがいい、と希望するのであれば、それに応える方法も必要である。あくまでも、障害のある学生や支援をする学生の気持ちを大事にすべきであり、効率性の追求はその後に来るべきと考えられる。報告者の回答もその趣旨のものと理解できよう。 他に、ノートテイカーの募集方法に関して悩みをかかえる参加者からの質問に対しては、指定討論者から「例えば、自分が教室でたまたま隣り合わせになった学生に声をかけるなどしてみればどうだろう」とのサジェスチョンがなされた。ここでも、学生同士の広い意味での多様なコミュニケーションこそが大事であることが確認されることになった。 意義 これらの報告と議論を通じて、教育改善の研究と実践に携わる教員として、<障害学生への情報保障を中心とした支援についての研究は、大学で実際に支援している学生や教職員や地域ボランティアといった人たちへの支援についての研究を含まねばならない>ことを学ばせていただいた。つまり、支援者に対する支援のあり方の重要性を学ぶ貴重な機会 12 となった。 そもそも筆者が、日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(以下 PEPNet-Japan)の活動に参加したいと考えるようになったのは、金沢大学において初めてノートテイカーによる支援が必要となったときの経験からであった。すなわち、ノートテイクについて何も知らないときに、白澤先生をはじめ多くの方々から講習会のこと、学生ボランティアのコーディネートのことなど貴重な助言をいただき、ノートテイクの制度化になんとかこぎつけたという体験からである。 全国の高等教育機関で学ぶ聴覚障害学生の支援のために立ち上げられたネットワークである PEPNet-Japanは、聴覚障害学生支援体制の確立および全国的な支援ネットワークの形成を目指している。今回の分科会は、ネットの作り方、ネットの動かし方という基本の大事さについての認識を共有できたという意義をもったと報告された3氏は、自ら動きながら人と人とを結びつけてこられた方々であった。全国規模でのネットの作り方にも参考にしたいと思う。 なお、次回の同様な分科会では、聴覚障害学生本人がこうしたネットワークについても、直接意見を言い合い、情報保障の質的向上を探ることが必要になるのではないかと考える。分科会の口頭報告を行わせていただいた全体会で、フロアーからご質問いただいた、京都大学の松延秀一氏から、シンポジウム終了後いただいた、 『京都大学 身体障害学生相談室の設置をめぐって-当時の聴覚障害学生の立場から-』(2008年、再増補版)を読みながら、感じたことである。 最後になるが、ご報告、指定発言の四氏ならびに情報保障を担当された方々に感謝申し上げると同時に、筆者の心配をよそに、Skypeという技術を操り?ながら、見事に海外からの同時中継をやり遂げていただいた、筑波技術大学のスタッフの方々に御礼申し上げたい。 【分科会3】 「卒業後を見据えた聴覚障害学生のエンパワメント」 太田琢磨(東海大学 研究員) 分科会3では、「卒業後を見据えた聴覚障害学生のエンパワメント」をテーマに以下の3点について、特に「卒業前に何をしておくべきか」という視点から検討した。 ①聴覚障害学生自身が自分の潜在的ニーズを引き出すために大学は何をすべきか ②聴覚障害学生が大学生活中に身につけるべきスキルとは何か ③聴覚障害学生自身が自分のまだ気がついていない潜在的ニーズを発見する支援とは 発表内容 まず、聴覚障害者の立場から山田氏より「職場内でのコミュニケーション」について実体験を基にお話頂いた。大学と職場との違いとして、職務責任を全うするために、情報を確実に聞き取らなくてはならないというプレッシャーからストレスを溜め込みやすくなっている、上司に辛さを訴えても好意的に受け止められないこともある、との話が特に印象深い。職場で体験した「小耳に挟む」情報取得ができないために起こったことを基に会場との意見交換を行った。 次に日下部氏より、マクロな視点から企業が聴覚障害者に求めている能力は何かについて、一般の学生に向けた調査を聴覚障害者に当てはめて行った調査結果を基にお話頂いた。中でもエンプロイヤビリティ(従業員が会社に雇用される能力)についての項目の中にある「コミュニケーション」、「分からないものを分からないという姿勢」、「ロジカル(思考能力)」、「文章の作成能力」、「一緒に働く仲間として迎えられるか」の5点を重視されていることが分かった。これを受け、大学は卒業後を見据えたカリキュラム作りを行い、ニーズ発見のための授業やセミナーを実施す る事、企業は障害者の就労環境についての 情報公開、及びインターンシップ制度の活用を実施していく必要があるのではないか、との提案がなされた。また、 OB・OGのロールモデルを示していくことや、「一緒に働きたい」と周囲に思わせるような積極的な環境作りを行う必要があるのではないか、と投げかけられた。会場からは「職場の状況について、当事者から情報発信していくことも重要ではないか」との意見が出された。 続いて石原氏より、大学の立場からの情 報提供がなされた。現在、聴覚障害学生の就労に関する大学での支援は、職を得るところまでで、聴覚障害者に顕著な職場適応の支援までは手が回っていないのが現状である。教育と就労は全く別にとらえられているが、各機関・省庁が連携して就労支援を行っていくことが今後重要となるだろう。聴覚障害者の就労においては、「障害に起因する参加制限」「障害に起因する活動制限」「聴覚障害者個人の能力・態度」の3点が問題として集約されているが、教育の立場で向き合うのは3番目になる。そこから教育の中ですべきこととして、自己の障害を客観的に理解する(知識)/自己のニーズを理解する(経験)/活動制限、制約に関して説明する(技術)/それらを説明する際のコミュニケーション技術(意欲)が挙げられた。企業においては充分にコミュニケーションに配慮がされていない環境の中で、従業員には協調性を求めているという現状があり、支援体制の整っている大学で支援されることに慣れてしまい、受け身で情報を待っているだけの学生に対(石原氏講演資料より抜粋)し、社会に出た後を見越したエンパワメントが今後の課題ではないか、との問題提起がされた。 太田からは、国立聾工科大学(NTID)での就労支援について概要説明を行った。 詳細については当日資料に記載しているが、特徴的なものとして就職後にも時間や食事管理等のセルフコントロールができるように必要な支援が提供されている。また、アメリカの就職活動では、企業が募集条件を細かく提示するので、大学在学中に就きたい職業の知識を身につけ、即戦力になることが求められている。就職後はコミュニケーション手段としてメッセンジャーやリレーサービスが活用されているので、コンピュータを活用できるにこしたことはない。特徴的なものとして Social Networking Serviceの FaceBookというサービスがあり、教員とのコミュニケーションツールとして現在普及している。 聴覚障害者の就労における問題の原因は大別して次 の三点に集約されよう。 (1)障害に起因する活動制限、参加制約(活動参加):会議や研修への参加、業務に関わる情報伝達、職場に おけるコミュニケーション等 (2)活動制限、参加制約に対する周囲の理解と対応(環 境因子):情報保障、コミュニケーションにおける配 慮等 (3)聴覚障害者個人の能力、態度(個人因子):業務遂行に関する知識、技能、コミュニケーションスキル、 リテラシー、社会常識・マナー、セルフアドボカシー(中略) さらに職場適応において重要な“自己の機能障害とこれに起因する活動制限、参加制約障害に関する説明及び必要な措置に関する要求(セルフアドボカシー) ” の姿勢とこのための知識、技術は、業務における能力 発揮と職場適応の成否を左右する。(石原氏講演資料より抜粋) 意見交換 参加者からも、日頃実践しているエンパワメント支援について意見を頂いたので、一部内容と情報提供者からの回答を記載しておきたい。 支援職員の方から、自分に必要な支援方法を周囲に伝えられるようにと、コーディネーターの立場で指導してきたが、これ以外にも良い方法はないだろうか?また、就職後のコミュニケーションの重要さを伝えようとしても、聴覚障害を周囲に隠すことに慣れている学生の場合、ノートテイクを受け入れられる姿勢を育てていくだけでも時間が必要である。コーディネーターからだけではなく、教育的な立場から指導したほうがいいのか?との質問がされた。これに対し、石原より「教員・職員両方から働きかけ、支援を受ける機会を作り、情報量の多さに気付かせてあげるようにしてはどうか。一般大学だからこそ為し得るエンパワメントだと思う」との回答がなされた。 他には、「OB・OGのロールモデルを示しては」との意見を受け、障害学生を対象としたキャリアセミナーを開催し、聴覚障害のある卒業生も招いて話をしてもらっている、との情報提供が参加者よりされた。 聾学校教員からは、情報保障がある大学に入りたいと思っても入れない、高校の授業に情報保障がないという状況にあることが一番の課題だと思っている、との意見が出された。これには、エンパワメントを大学レベルではなく、小さい時から積み重ねていくことも大事だと思う、との回答が石原より出された。 まとめ 今回初めて就労を見据えたエンパワメント、というテーマで行ったところ、参加者からの意見も含めて多くの課題が見えてきた。来年度もさらに議論を深める必要があるのではないだろうか。 最後に本分科会の柱に沿って、今回の結論を纏めたい。 ①聴覚障害学生自身が自分の潜在的ニーズを引き出すために大学は何をすべきか ・支援職員だけでなく、教員からも働きかけることが重要 ・就職セミナーに、障害学生対象のものも開催する ②聴覚障害学生が大学生活中に身につけるべきスキルとは何か ・コミュニケーション能力 ・リテラシー能力 ③聴覚障害学生自身が自分のまだ気がついていない潜在的ニーズを発見する支援とは ・OB・OGとの交流の機会を設ける ・学生のセルフヘルプグループ 【パネルディスカッション】 「情報保障支援の新たな可能性を探る ~医学・薬学・理工学系での取り組みから~」 松﨑 丈(宮城教育大学 特別支援教育講座) 企画趣旨 PEPNet-Japanシンポジウムのパネルディスカッション企画は、これまでの開催を振り返ると次の 2つの共通点があるようである。1つは、我が国の聴覚障害学生支援に関する最新かつ喫緊的なテーマをとりあげて多角的に議論すること、もう1つは、高等教育における「障害学生支援」とは何であるかを問いなおし、新たなビジョンを示すことである。 本年度のパネルディスカッションでは、現在の聴覚障害学生支援では萌芽的な領域と言われる「医学系・薬学系・理工学系における情報アクセシビリティの体制」をどのような観点で構築していくのかをテーマとした。話題提供で、次の3名から、医学系、薬学系、理工学系の各々の立場で取り組みを実践報告していただいた。以下は報告の概要である。 話題提供 ①垰田和史先生(滋賀医科大学教員) 本学の聴覚障害学生は今年3月に卒業し、現在は大学で研修中である。医学教育の基本的使命は、知識、技術、態度において国民の付託に応えることができる医師や看護師を養成することである。2001年に医師法が改正されたことで聴覚障害者にも医師免許が与えられるようになったが、日本の医学部や看護学科で耳が聞こえないことを前提にした教育体系は確立されていない。そのため本学では、学生本人がどうやれば医療専門家として自立できるような教育を受けられるのかに焦点をあて、本人が決めた卒業後の進路に向かって道筋を作るための支援を行うという考え方で対応した。支援にはワーキンググループを形成し、組織としての意志決定に基づき対応した。支援内容は以下の通り。 現在、医学部における教育は、少人数能動学習がメインとなっている。教科書を使って行う講義は 3分の 1以下であり、ほとんどは 5~6人のグループで患者の症例についてディスカッションを重ねて学んでいく。そのため、コミュニケーシ教育にかかわる支援課題 ョン保障が大きな課題となる。ディスカッションが①入学試験補法の点検と整備 できないと教育が成り立たないため、当初からノー②授業方法の点検と整備 ③教室、実習室、実習病院環境の点検と整備 トテイクでは役に立たないと判断した。代わりに授④評価方法の点検と整備 ⑤実習方法の点検と整備 業中数名の学生をノート担当として指名し、交代で⑥少人数能動学習の実施方法の点検と整備 聴覚障害学生にもわかるノートを取らせ、そのノー⑦模擬患者教育方法の点検と整備 ⑧臨床実習方法の点検と整備 トを CCDカメラで写して聴覚障害学生に提示する⑨国家試験方法の点検と整備 ⑩卒後研修方法の点検と整備 形をとった。 ⑪図書館機能の点検と整備 また、学生と教職員の理解形成も重要だった。本(垰田氏講演資料より抜粋)学に入った聴覚障害学生は、入学前に面接を受け口話で充分対応できると判断されたが、教養教育の早い段階で本人も困難さを自覚した。そのため、 次の段階で生じるであろうバリアを予測し、対策立案することとなった。当該学生を支える同級生や教員に対しても、聴覚障害を理解できるようにシンポジウムを開催するとともに、学生と周 囲の支援者間で生じた問題については、支援室で迅速に対処し、誤解が大きな問題を生み出さないように図った。その他、国家試験受験のため国への協議や臨床実習への取り組みも行なったが、情報が入らないことによる誤解やすれ違いは簡単には解決できず、最後まで対応に悩まされた。 ②伊藤芳久先生(日本大学薬学部教員) 2000年に高度難聴の聴覚障害学生が入学した。関係問題解決の方法・情報保障の実際 教員で話し合いを持ったが、聴覚障害については理解 ①特別担任を配置(聴覚障害学生のニーズや健康状態を把握) しづらい面もあるということで、聴覚障害の子どもを②学外の情報保障に関し深い知識を持つ持っている私が「特別担任」という形で、学生のニー方々・組織に相談(本人&担任) ③ノートテイクボランティアサークルの結ズや健康状態を把握することになった。 成と要約筆記能力の養成 ④学内支援体制の確立と教職員に対する情 情報保障は最初から外部支援者によるパソコンノー報提供・依頼 トテイクを導入した。他学部の場合は学生を募集する⑤学部として対応を進める(個人的な対応では限界がある) ことも多いと思うが、薬学部では内部に人材を求める ↓ のは困難。そのため、地域の関連団体に依頼して人材学部内支援連絡ネットワークの構築 (伊藤氏講演資料より抜粋) を確保したが、専門用語への対応は非常に難しかった。支援者のトレーニングのため、模擬講義を実施して練習いただいたほか、支援対象ではない授業もすべて開放し、好きな時間に大学に来て練習を重ねてもらうよう依頼した。わからない部分は何度も説明を重ねたが、最終的に十分満足できるレベルに至ったかというとまだそうとは言い切れない状況であった。 また、薬学部の教育では予習が大変重要なため、聴覚障害学生には単に情報保障を受けるのみでなく、十分に予習をしてくるよう指導した。そのために教員からも事前に講義資料を提供してもらうよう協力をお願いした。この結果、自主的にプレゼンテーション資料や講義用資料を作成してくれる状況ができたし、聴覚障害学生用に特別に資料を作成してくれる例もでてきた。本人の在籍途中で薬剤師法に関わる欠格条項の改正もなされ、そのおかげで学生は無事卒業、薬剤師国家試験にも合格することができた。 薬剤師になるための薬学部教育は6年制へ移行(平成18年4月から) 聴覚障害者に対して対応が必要な事項 ①コミュニケーション能力の重視 患者への薬に関する情報提供、服薬の指導 ②違法性の阻却 共用試験:臨床的客観的能力試験(OSCE)の導入(4年次) ③実務実習の充実(長期化) 病院、薬局(5年次) ④ ②および③については、制度自体が現在の段階でまだ確立していない。実施もされていない(6年制学部の現在の最高学年は3年生) ※平成18年度から開校した4年制薬学部は、薬剤師養成学部ではない。 (伊藤氏講演資料より抜粋) なお、薬学系では、薬剤師法で薬剤師免許のない人は調剤できず、実習できないという「違法性の阻却」があり、そのために臨床的客観能力試験( OSCE)をパスする必要があるが、聴覚障害者の事例はまだなく、今後の課題である。 ③中野聡子先生(東京大学先端科学技術研究センター教員) 私は、現在東京大学で福祉工学や脳生理学などの研究者が集まる研究所で研究職に就いている。職務遂行上手話通訳が必要だが、地域で実施している手話通訳者派遣事業では対応が難しいのが現状である。 手話通訳の世界ではよく「事前準備をしっかりと行い、 予備知識を蓄積しておけば 80%成功したと言える」と言わ れるが、実にその通りである。例えば、学会で字幕に関す る研究発表をした際に、質疑応答で「聴覚障害の被験者は バイリンガルですか?」と質問があったとする。聞こえる研究者であれば、この質問は単に Yes/Noの答えを期待するものではなく、「研究の目的に合った被験者をきちんと選んでいるのか?」を尋ねる意図を含んでいることがわかるだろう。したがって、尋ねられた側は質問に対する回答の他に被験者選定の基準を補足して伝えるべき場面といえる。しかし、手話通訳者がそうしたやりとりを想定していなけ れば、通訳がスムーズに成り立たないだけでなく、話者の意図が伝わらず適切な受け答えにならないことがある。通訳者には事前の準備や経験が必要だが、一度限りの派遣で飛び込んできた通訳者にこうした流れをつかんでもらうのは不可能に近いだろう。この点、私の職場では、通訳者にも事前に論文作成の補助をしてもらっているし、共同研究者との打合せや議論でも通訳を担当してもらっている。普段から研究における独自の文脈(知識、論理能力、手続き、実験条件など)を共有しているため、学会などの場でも十分に対応が可能な点で非常に有効である。  高度職業専門人としてのろう者を支える通訳の特徴に、もう一つろう者自身が情報の発信者になる場面が多いことがあげられる。特にシンポジウムの司会や実験場面での被験者に対する通訳は、大変重要だがこうした場面で手話通訳を介すると、どうしてもタイムラグができてお互いに違和感を生じてしまう。それがないようなやりとり、タイミングが大切になり、空気や雰囲気を察して対応できる通訳技術が必要である。 このような状況を考えると、高度専門領域における手話通訳は、大学内で時間をかけて養成をする必要がある。また、コーディネーターには通訳者の力量を見極めた配置が必要であり、最終的には聴覚障害学生自身が自分に必要な通訳手段を十分に知り、場面に応じて自らコーディネートしていけるような行動の形成が必要だろう。 ディスカッション 指定討論者の白澤から、発表いただいた 3名に共通する点として、①全員が必修授業を受けているなどの理由で、学内に資源を求める従来方式の支援モデルでは対応が困難であること、②しかも専門性が非常に高いため、外部資源を活用しようとしても、情報保障の質的向上のために相当の工夫が必要なことの 2点があげられた。 これに対し 3つの事例では、外部通訳者を雇用するなどの工夫がなされていたが、改めて(1)高度な専門性が要求される情報保障を成立させてきた方法、(2)実習や問題解決型学習など複雑な情報保障場面で行われた取り組みについて詳しく聞きたいとの質問があげられた。加えて、(3)こうした高度職業専門人を育成していく過程では、 単なる「情報保障」のみでなく、大学としての聴覚障害学生に対する「教育保障」が問われるこ とになるが、こうした分野の支援のあり方を問い直すことで、障害学生支援に対する大学、特に 教員の姿勢や責任が明確になるのではないかとの指摘が出された。 これら 3点の指摘を元に討議を行ったところ、次のような情報・示唆が得られた。 (1) 医学・薬学系のいずれも支援学生の支援は基本的に実施困難。滋賀医科大学では、伝達される情報の質を重視して CCDカメラを使用する方法を採用した。またすべての教員にプレゼンテーションソフトを用いた授業をしてもらうよう求め、資料も事前に提供してもらうよう依頼した。また、外部の支援者を確保する際には通訳者の力量を判断できる目を持ったコーディネーターが不可欠。これには通訳技術のみでなく、積極的に新たな分野の学習をしてくれる人かという点も重要。 (2) 医学・薬学系の現場実習や実験実習については、本人と周囲が障害の特性を理解し、何が起きるのかきちんと予知して安全対策をとっていくことが重要。滋賀医科大学では、本人には安全な医療が行なえると確認されるまで、白衣の色を桃色にしてフィードバックで検討を重ねた。また日本大学では、実習の説明をその場で実演したり、ビデオを見せるなど理解を徹底させることでスムーズな実習が行えた。ただ、日本大学のように付属病院がない大学では外部で実習することになり、どのように受け入れてもらうのかは課題。 (3) 障害者の権利を保障するためにやるのは当然という建前論的な議論では、大学や教員は動きにくい。教員にとっても負荷は大きいため、このことを認めそれなりのインセンティブを用意していく必要がある。例えば、障害学生に対する教育にどれだけ時間を割いているのかを業績評価の査定ポイントに入れるのもその一つ。そのための教育費を社会から回させるためにも、学内できちんと業務として認めていく必要がある。また、支援を受けた場合と受けない場合でどのくらい活躍の幅が広がるのかという結果を見える形にして伝えていくことも重要。 以上の議論を踏まえ、今後の聴覚障害学生支援体制向上に向けて、次のようなビジョンが示された。医学・薬学・理工学系ともに共通して、高度職業専門人として社会的に信頼される人格を作り上げていくためには「確固たるコミュニケーション能力の形成・質的向上」が不可欠であり、学生教育においてもこれが根幹とされなければいけない。これは国家試験等では問われないが、長年コミュニケーション障害状況に直面させられていた聴覚障害学生にとっては非常に大変な課題であり、大学が全体となって追求すべ き事柄である。聴覚障害学生支援とは、単に情報保障体制を整備することにあらず。真に聴覚障害学生の持つ能力を高め、そこに教育的な価値を見出していくこと、これこそが本当の障害学生支援のあり方であり、教員や大学に対するインセンティブにもなるはず。そして何よりこうして教育を受けた専門家を社会におくり出していけること、これがかけがえのない社会的インセンティブであるはず。高度専門職業人として生きていこうとする聴覚障害学生を真に支えること、これを高等教育における聴覚障害学生支援の根源的な問題として位置づけ、今後も一層の取り組みを進める必要があるのではないだろうか。 【ランチセッション】 「聴覚障害学生支援に関する実践事例コンテスト2008」 今年度より、全国の大学が日頃実践している支援の取り組みをポスター形式で発表し、情報交換を行うとともに関係者の創意工夫やアイディアの斬新さを表彰するコンテスト企画をランチセッション内に新たに設けた。会場には20団体から集まった24テーマのポスターが並び、ポスター内容についての質疑など参加者同士の活発な情報交換がなされた。 参加者の投票については、「この取り組みは素晴らしい」「日頃の努力が伝わってくる」など内容について評価した上での投票を呼びかけた。多くの票を集めた5団体には、全体会にて PEPNet-Japan代表の大沼直紀より表彰状とトロフィーが授与された。 中でも同志社大学障がい学生支援室が紹介した「 challengedキャンプ」は、3日間のプログラムで実施する各種障害体験を通じて、障害理解と心のバリアに向き合って心身共に成長することを目的として実施しているもので、目を引くポスターの作成も相俟って最も多くの票が集まり、「PEPNet-Japan賞」が授与された。 「準 PEPNet-Japan賞」は、学生主体での支援組織について発表した日本社会事業大学障がい学生支援組織 CSSOが選ばれた。 「審査員特別賞」には関西学院大学キャンパス自立支援課の取り組みが選ばれた。独自の方法を用いているノートテイクスキルを纏めた DVDを作成しているなど、スキルを広めていく活動に関心が集まっていた。 「アイディア賞」は関東聴覚障害学生サポートセンターの、高校生も対象とした情報保障体験のエンパワメント研修企画が選ばれた。 宮城県・仙台市聴覚障害学生情報保障支援センターが発表した高校から大学への移行支援事例紹介は、当日の熱の入った報告の様子から「 Goodプレゼンテーション賞」が授与された。 上記以外の団体には「奨励賞」が授与された。全てのポスターは PEPNet-Japanホームページに掲載しているので、是非参照して頂きたい。今後も全国の聴覚障害学生支援技術の情報交換ができる重要な場として継続していきたいと願っている。 22 学生主体の講義保障体制 ê 日本社会事業大学 障がい学生支援組織 csso ・大学創立年: 1946年 学生数 約900人 ・所在地:干干204-8555 東京都清瀬市竹正 3丁目 1番 30号 ・支援組織名称:障がい学生支援組織 csso ( c hallenged students support organization) ・制度がスター卜した年: 2005年 6月~ 聴覚障害学生 2人 運営スタッフ 支援サポーター 14人 84人 大学の特徴 1学-2学科-福祉の単科大学 運営主体 障がい学生支援組織 csso cssoとは? 障がいのある学生も障がいの無い学生と同じように、講義を受けられるようにする事を目的として活動する学生組織です! 提供している サービス -ノー卜テイク -1ソコンテイク -ビデオの文字起こし (その他に車イス-視覚障がい学生の支援も行う) 謝礼金 1コマ/500円 (個人負担) 支援要請のあった講義の支援率 70~80% .僣 . cssoの良いところ -聴覚障がい学生と支援に関わる学生が 交流する機会が多い -聴覚障がい学生のニーズが把握しやすい -学生同士だからこそ柔軟な対応が可能 課題-問題点 -学生個人への負担が大きすぎる -継続した支援の運営が困難 -運営の中心となる学年のメンバーによって支援の 質が変化 -謝礼金についての保障 -実習やゼミなどの支援ができていない 関西学院大学教務 -キャン1ス.立支援課の、支援室の様子を紹介します。 【特別企画】 「バスで行く 京都4大学障害学生支援室めぐり」 今回、新しい試みとして、京都市内の大学に設置された障害学生支援室等を見学するバスツアーを実施した。 第 4回シンポジウム会場が京都となったことから、障害学生支援に積極的に取り組む大学が多く、また分科会のテーマに取り上げられたように大学間連携という他には見られない特徴を生かした取り組みができないかと考え、この企画を立ち上げることとなった。 企画にあたっては、シンポジウム実行委員である同志社大学、立命館大学の協力のもと、 4つの大学から視察の許可をいただくことができた。当日のスケジュール等は次のとおりである。 ◇日 時:10月 25日(土)10:00~16:30 ◇見学ルート:集合 京都駅前 1校につき 50~ 60分程度の見学 ①京都大学身体障害学生相談室 ②京都精華大学障がい学生支援室 ③京都産業大学ボランティアセンター ④同志社大学障がい学生支援室 ◇参 加 者:20名(うち 1名事務局スタッフ) 〔募集チラシ〕 実施にあたっては、募集チラシにより各大学にシンポジウムの開催とあわせて呼びかけを行ったところ、あっという間に定員に達し、申し込みを締め切ることとなった。障害学生支援に携わる方々の他大学での支援の様子への関心の高さが伺われる。 今回の参加は、いずれも障害学生支援に関わる方々で、所属は大学教職員、支援学生、利用予定学生とその家族などさまざまであった。短時間ではあったが 4つの支援室の様子を学ぶとともに参加者同士の交流も行うことができ、事務局としても実り多い場を提供することができたのではないかと思う。 【京都大学 身体障害者相談室】 担当の村田氏により相談室の概要説明を受けた後、相 談室の見学を行った。京都大学の相談室はまだ立ち上が ったばかりだが、障害に関する資料や情報が整理され清 潔感があふれている。また、名称が示すように、部屋の 奥には相談スペースがしつらえてあり、支援や講座の開 〔相談室の様子〕 講とあわせて相談にも力を入れている。 30 【京都精華大学 障がい学生支援室】 支援室の磯垣氏と日頃から活躍している利用学生の 方々の出迎えを受け、まずは支援室の活動についての説 明をいただいた。その後、情報館でビデオへの字幕付け 作業を見学し、支援室へと移動した。大学の特色をいか した、学生の目をひくデザインのポスターやパンフレッ 〔相談室の様子〕 トが並べられ、入りやすい雰囲気となっている。 【京都産業大学 ボランティア活動室】 ボランティア活動室の黒嵜氏により、まず活動室へと案内していただいた。支援グッズがわかりやすいところに設置され、また学生同士の交流を図る工夫も随所にほどこされている。後半は活動室の活動内容について、詳 〔活動の説明〕 細な説明をいただいた。 【同志社大学 ボランティア活動室】 同志社大学は、京田辺校地と今出川校地に分かれているが、今回は今出川校地を見学させていただいた。担当の長澤氏による概要説明の後、支援学生・利用学生が自由に利用できる BOXにて、学生との交流時間を設けていただき、普段の支援の様子等を伺った。 〔支援学生による説明〕 初めて行う企画であったが、どの大学でも暖かい出迎えていただき、また実にきめ細かな説明や案内があり、大変有意義な視察を行うことができた。 参加者は予定時間が過ぎても熱心に見てまわり、具体的な質問もたくさん出されるなど、誰もがたくさんのお土産を持ちかえることができた。 このような企画を開催することができたのは、京都地区の連携の賜物であり、実行委員と受け入れを快く承諾くださった大学支援室、また当日協力いただいた各大学の聴覚障害学生支援を行うスタッフの学生と利用学生の方々に厚くお礼を申し上げたい。 〔支援室めぐり参加者〕 第4回日本聴覚障害学生高等教育支援シンポジウム 実行委員 大会長 西村卓同志社大学学生支援センター所長 実行委員長 及川力筑波技術大学障害者高等教育研究支援センター長 実行委員柴正彦 筑波技術大学石原保志筑波技術大学白澤麻弓筑波技術大学長南浩人筑波技術大学三好茂樹筑波技術大学河野純大筑波技術大学桂良彦同志社大学学生支援センター長澤慶幸同志社大学学生支援センター冨田沙樹立命館大学障害学生支援室二階堂祐子 立命館大学障害学生支援室平尾智隆愛媛大学青野透金沢大学松﨑丈宮城教育大学太田琢磨東海大学研究員黒木速人筑波技術大学松井美奈子 筑波技術大学中島亜紀子 筑波技術大学萩原彩子筑波技術大学磯田恭子筑波技術大学 第 4回日本聴覚障害学生高等教育支援シンポジウム 報告書 発行日:2009年 3月10日 発 行:日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan)事務局 〒305-8520 茨城県つくば市天久保 4-3-15 筑波技術大学障害者高等教育研究支援センター支援交流室聴覚系 WG ※本事業は、文部科学省特別教育研究経費による 拠点形成プロジェクト(筑波技術大学)の活動の一部です。