■「聴覚障害学生支援に関する実践事例コンテスト2017」 報告者:PEPNet-Japan事務局  本シンポジウムでは、全国の大学・団体が日頃実践している支援の取り組みを発表し、参加者同士の情報交換を行うとともに、関係者の創意工夫やアイディアの斬新さを表彰するコンテスト企画を毎年設けている。 今年は過去最多タイの19団体からご応募いただき、当日は会場のあちこちで充実した情報交換が行われていた。日頃の実践から先進的な取り組みまで、幅広いテーマが扱われ、「どのようにすれば障害の有無に関係なく多くの人に伝わるか」を真剣に考え工夫した団体が多かったのも、今回のコンテストの特徴だったと言える。  参加者には投票用紙を配布し、「ぜひ参考にしたい」と思う内容を発表していた団体に対し、裏に応援コメントをお書き添えの上投票していただいた。多くの票を集めた4団体、及び、プレゼンテーションの評価が高かった1団体には、全体会にて実行委員・来賓の皆様より表彰状と楯が授与された。その他の団体には、奨励賞として賞状と記念品が授与された。 【写真 コンテスト会場の様子】 【写真 説明する学生】 ■投票および審査結果 PEPNet-Japan賞 大阪教育大学 障がい学生修学支援ルーム 準PEPNet-Japan賞 東北福祉大学 障がい学生サポートチーム グッドプラクティス賞 北星学園大学 アクセシビリティ支援室Note Takers 新人賞 首都大学東京 ダイバーシティ推進室 プレゼンテーション賞 九州ルーテル学院大学 奨励賞 札幌学院大学 A 学外実習 札幌学院大学 B 交流カレンダー 札幌学院大学 C ノートテイカー育成講習会 筑波技術大学 大学院 技術科学研究科 情報アクセシビリティ専攻 金沢星稜大学 障がい学生支援チーム 北翔大学 宮城教育大学 A 大学院 宮城教育大学 B 学生運営スタッフ 松山大学 障がい学生支援団体 POP 愛知教育大学 情報保障支援学生団体「てくてく」 千葉大学 ノートテイク会 立命館大学 つながる 日本福祉大学 学生支援センター 愛媛大学 障がい学生支援ボランティア(CBP) (順不同) ■受賞団体のポスターについては、108ページ以降に掲載している。奨励賞も含めた全てのポスターは、当日資料及びPEPNet-Japanホームページのシンポジウム報告ページにも掲載しているので、ぜひご覧いただきたい。  また、今回は第10回目のコンテストということで、記念企画として過去にPEPNet-Japan賞を受賞したポスターを展示した。これまでの歩みを振り返る貴重な機会になったように思う。  本コンテストにご来場、ご投票くださった皆様に感謝を申し上げるとともに、多くの時間をかけて準備してくださった出場校の皆様、また審査員、プレゼンターをお引き受けいただいたご関係の皆様に、この場を借りて御礼申し上げたい。 【写真 投票場所の様子】 【写真 表彰の様子】 【写真 過去の受賞ポスター(会場前の様子)】 【写真 受賞団体の集合写真】 ■「教職員による聴覚障害学生支援実践発表2017」 報告者:PEPNet-Japan事務局 ■内容  大学等で聴覚障害学生への支援を実践している教職員等から、日々の支援事例や新たな研修の試み、今後の課題など実践発表を事前に募集し、13 件の応募が寄せられた。  当日は、発表者を2グループに分け、前後半1時間ずつの発表時間を設定し、ポスターセッションを実施した。開始直後から多くの参加者がポスター会場を訪れ、各ブースで発表者と熱心に意見を交わされた。支援に関わる情報交換にとどまらず、他大学の教職員との交流の場にもなっている様子が見受けられた。また、今回は大学院生による支援システム開発に関する発表、日本学生支援機構や大学コンソーシアム京都等、大学以外の機関による障害学生支援に関わる発表もあり、障害学生支援を取り巻く他機関との連携について、参加者が関心を持つ機会を提供いただけた。  「教職員による実践発表」という企画スタイルを設け2年目となったが、発表の応募者も増え、当日は活発なやり取りを通して情報交換を深める様子が各所で見られた。日々の実践を自ら発表したい、あるいは、直接やり取りしながら情報を得たいという、本シンポジウムの参加者のニーズに非常に適した企画として定着しつつある。発表内容も、実施報告にとどまらず課題の分析や問題提起に踏み込むものが見られ、こうした企画を年々積み重ねていくことの意義は大きいと思われる。今後も、参加者の方々が発表しやすく、十分に情報交換を深められる場を作れるよう、発表時間の設定や会場配置など、工夫を重ね継続していきたい。 【写真 発表者と参加者の様子】 ■発表者一覧  (校正者注:タイトル…機関名及び発表者と記す) 【前半発表(14:15~15:15)】(○は筆頭(主担当者))  PCノートテイク分析によるアシスタントシステムの検討…北海道大学 情報科学研究科 平井康義  障がい学生支援活動を担う学生団体の育成…東北福祉大学 障がい学生支援室 ○笠岡望(元職員) 伊藤博子 遠藤順子  ノートテイカー養成におけるオンライントレーニング導入の試み…明治学院大学 学生サポートセンター ○岡田孝和 冨岡美紀子 親松紗知  関西学院大学における修学支援が必要な身体障がい学生の入学までの支援プロセス ―学内外支援機関との連携について―…関西学院大学 総合支援センタ― ○松浦考佑 生野茜  包括的なノートテイク支援ガイドラインについての作成…大阪大学 キャンパスライフ健康支援センター ○中野聡子 楠敬太 望月直人 諏訪絵里子 吉田裕子  「障害のある学生の修学支援に関する実態調査」における聴覚障害学生への授業支援に関する分析報告…日本学生支援機構 学生生活部 障害学生支援課 湯浅哲也 【後半発表(15:45~16:45)】  大学間支援がもたらす効果―双方の課題解消につながる取り組み―…宮城教育大学 しょうがい学生支援室 ○及川麻衣子 前原明日香 佐藤晴菜 東北福祉大学 障がい学生支援室 伊藤博子  パソコンノートテイカー養成の実践―「障害者高等教育拠点」の取組から―…筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 宇都野康子  学校教員養成課程における聴覚障害学生支援の成果と課題…東京学芸大学 障がい学生支援室 森脇愛子  ダイバーシティ推進事業を基盤とした聴覚障がい学生支援の開始…首都大学東京 ダイバーシティ推進室 横山正見  大学における手話通訳体制の実現に向けた課題―群馬大学におけるこれまでの実践と学術手話サポーター養成事業―…群馬大学 学生支援センタ― 障害学生支援室 ○金澤貴之 二神麗子 川端伸哉  コミュニティ手話通訳者のための学術手話通訳講座―日本手話通訳をモデルとして―…大阪大学 キャンパスライフ健康支援センター ○中野聡子 楠敬太 望月直人 諏訪絵里子 吉田裕子  大学連携組織による聴覚障害学生支援の取り組み…(公財)大学コンソーシアム京都 学生交流事業部 ○藤井啓太郎 筑田一毅 ■「展示企画」 報告者:PEPNet-Japan事務局 ■内容 聴覚障害学生に対する情報保障やコミュニケーション支援に関して、幅広い情報を得られる場として、さまざまな展示を行った。情報保障支援機器に関する展示、筑波技術大学における各種プロジェクトの取り組み紹介、PEPNet-Japanの活動や各連携大学・機関の活動紹介など例年発信している情報に加え、今回は北海道地区での開催にちなみ、北海道内の各大学における支援活動の紹介と、北海道地区関連団体による活動紹介の場も設けた。開催地域の関連団体が展示に参加する試みは初めてであったが、北海道内の参加者にとどまらず、他地域の学生や教職員がブースに足を運び、各団体の活動について熱心に質問する様子も見られた。  さらに、展示会場の一角を「懇談コーナー」として、PEPNet-Japan運営委員やシンポジウム実行委員の教職員が参加者の話を伺いながらアドバイスや情報を提供する場を設けた。初めてシンポジウムに参加した方やこれから支援体制を構築しようという教職員の方がコーナーを訪れ情報収集に活用されていた。他にも、会場内にフリースペースを活用し、各種展示を見て情報収集しながら、参加者同士の交流や情報交換も深められる企画となった。 ■ 企画一覧 【北海道地区関連団体等 活動紹介】 ・札幌市内ろうあ者相談員 ・北海道高等聾学校 ・さくら補聴器センター ・要約筆記通訳者サークル「ふきのとう」 【北海道地区大学における聴覚障害学生支援 活動紹介】 ・北海道大学 ・北海道情報大学 ・北海学園大学 ・北星学園大学 ・北翔大学 ・酪農学園大学 【日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan)活動紹介】 ・PEPNet-Japan活動紹介パネル ・PEPNet-Japan成果物(各種教材、報告書等)展示 ・連携大学 ・機関活動紹介パネル 【筑波技術大学 活動紹介】 ・産業技術学部/障害者高等教育研究支援センター紹介パネル ・障害者高等教育拠点事業 活動紹介パネル ・補聴相談 活動紹介と相談対応 (筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 教授 佐藤正幸) ・聴覚障害者のための社会連携・協調型教育拠点の構築事業(高大連携プロジェクト) (筑波技術大学 産業技術学部 教授 谷貴幸) ・ろう者学教育コンテンツ開発プロジェクト (筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 教授 大杉豊) 【筑波技術大学 機器展示】 ・遠隔情報保障システム「T-TAC Caption」 (筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 准教授 三好茂樹) ・ウェブベース遠隔文字通訳システム「captiOnline」 (筑波技術大学 産業技術学部 准教授 若月大輔) ・人の視覚特性を考慮した字幕の点数化 (筑波技術大学 産業技術学部産業情報学科4年 吉家泰地) 【懇談コーナー】 アドバイザー みやぎDSC/PEPNet-Japan運営委員 高橋明美 北星学園大学/シンポジウム実行委員 北野麻紀 北翔大学/シンポジウム実行委員 入江智也 【写真 北海道地区関連団体の展示】 【写真 筑波技術大学活動紹介の様子】 ■事例討論会 「手話通訳による支援の現状と課題」 報告者:PEPNet-Japan事務局 ■企画趣旨  障害者差別解消法の施行を受け、各高等教育機関においては、支援体制のあり方や合理的配慮の提供について法律の考え方に基づく対応が求められている。各高等教育機関において支援上の課題一つひとつを円滑に解決し支援を充実させていくためには、機関間の壁を越え、それぞれの持つ支援経験や情報、悩みを交換しながらノウハウを共有・蓄積していく場が必要であると言える。本討論会は、そうした情報の蓄積・共有を実践する場として、大学で徐々に支援実践が蓄積されつつある「手話通訳による支援」について、参加者間の意見交換を通した解決策の検討を行う。 ■ファシリテーター 金澤貴之氏(群馬大学 教育学部 教授) ■内容  本企画には大学の教職員や聴覚障害当事者、聴覚特別支援学校教員、手話通訳者等、約10名が参加した。参加者の自己紹介の後、ファシリテーターの金澤氏から「現在国内で、定常的に授業に手話通訳を配置できる体制を整えている大学はほとんどない」という現状が確認された上で、どうすればそのような体制が可能になるかについて、意見交換が進められた。 1.学生のニーズに応じて授業に手話通訳をつけるには まず、大学教職員の参加者から、手話通訳を提供した事例が紹介され、意見交換と論点整理が行われた。 【事例】 グループワークを行う必修授業に参加する聴覚障害学生への情報保障で、他の学生にはパソコンノートテイクをつけてきたが、情報が追いつかず議論に入れないという本人の心理的な負担から、文字通訳ではなく手話通訳をつけてほしいというニーズがあり、対応した。その時は予算面でも対応可能だったため、地域の派遣センターに依頼して手話通訳をつけた。パソコンノートテイクではなく手話通訳が必要な理由として、 ・パソコンノートテイクだと、実際の発言より2~3テンポ遅れて情報が表示されるため議論に参加できない。手話通訳のほうが、同時性がある。 ・自分が発言したい時、パソコンだとどうしても時間がかかってしまうため手話通訳を利用したい。とのニーズだった。 【ファシリテーターのコメント】  手話通訳の場合、地域の派遣センターに2名依頼すると1コマあたり10,000~25,000円(地域差あり)程度の費用が必要で、これは支援学生にパソコンノートテイクを依頼する場合の5~10倍にあたる。大学としては、なぜ手話通訳でなくてはならないかという根拠を鑑みて、この費用を出すべきか判断する必要が生じてしまう。  例えば事例の中で挙げられたタイムラグの問題は、プロジェクターに文字通訳を投影し、全員が文字を確認してから発言するというルールを徹底すれば解決を図れることもある。また、聴覚障害学生が発言する際はパソコンに打ち込むこととし、時間がかかることを全員が理解した上で進めれば、問題は解消し、5分の1の予算でパソコンノートテイクによる情報保障を行うという方法で済むこととなる。  また費用面の対策の例として、群馬大学では障害学生サポートルームの手話通訳ができる職員一人と、大学が直接雇い入れる形の登録通訳者17名で運用している。県の聴覚障害者連盟と直接交渉し、通訳者の身分保障は県から派遣される場合と変わらず、年間144コマの授業に対応することが可能になり、大学としては大幅なコストダウンも図ることができた。  一方で、事例における手話通訳が必要な理由として、「タイムラグが少ない」、「双方向性がある」という点は説明しやすいが、本当のポイントは、聴覚障害学生にとって韻律的要素を含んだ唯一の手段が手話であり、生きた言語として情報保障できるのは手話通訳だけ、という点が大きい。このことを踏まえると、さまざまなことを身につけられる大切な大学4年間の時期に、予算を投じて手話通訳による情報保障を用意する必要性はあると言える。 2.障害者差別解消法と手話  続いて、実際に大学職員から寄せられた相談事例から、法律と関わりのある案件について紹介され、合理的配慮の提供の考え方について確認がなされた。 【事例】  聴覚障害学生から、パソコンノートテイクは文字情報が多く読むのが大変なので、手話通訳がほしいと相談を受けている。自治体で手話言語条例が制定されれば、手話通訳を配置しなければならなくなるのか。 【ファシリテーターのコメント】  この件は、手話言語条例ではなく障害者差別解消法の中で合理的配慮がどのように規定されているかを考える必要がある。法律では、「手話通訳をつけなければならない」と定めているわけではないが、合理的配慮の提供については「個別的具体的に検討する」と述べられている。  「うちの大学では手話通訳は提供しないことになっている」、「過去に在籍した先輩はパソコンノートテイクを使っていたので手話通訳は提供できない」という説明は、“個別的具体的に”検討したとは言えず抽象的なルールを伝えているにすぎない。個々の学生と向き合って話したときに、先ほどの例のようにタイムラグが生じて困るなど具体的な問題が浮かび上がってきて、なぜ手話通訳が必要かがわかってくることもある。双方で歩み寄った上で、本人の言い分をできるだけ実現するよう、建設的対話が求められる。そして、「ゼミのすべてに手話通訳をつけるのは難しいが、本人が発表する回だけは手話通訳を手配する」というような、個別的な解決に至ることになる。  先日起きた、航空会社が車椅子利用者の搭乗を拒否したという一件は、初期対応の重要性を物語っている事例と言える。大きな問題に発展させないためには、初期の段階から建設的対話のプロセスを踏むことが必要である。 3.まとめ  最後にファシリテーターの金澤氏より、手話通訳支援に取り組む重要性について以下のように述べられた。  よい通訳者さえいれば手話通訳を希望したい状況であるにも関わらず、通訳者の質のばらつきが大きいというリスクを考慮して、手話ではなく文字通訳を希望する。そうした判断を、学生が行っている実情もある。大学はそれに甘んじていいのかと考えてほしい。  学内に手話や手話通訳のことがわかる職員がいることは非常に重要で、自分の大学では難しいという意見もあるかもしれないが、聴覚障害学生の完全参加という権利の問題と捉えれば、どの大学も考えなければならない。すぐに実現できないとしても、目を背けず少しずつ状況を変えていかなくてはならない。 4.企画を終えて 討論会を終えて、ファシリテーターより以下のコメントをいただいた。 【金澤貴之氏】 聴覚障害学生の皆が全ての授業において手話通訳が必要であるわけではない。しかし、それを求める学生は確実に一定割合存在し、そのニーズは十分に正当なものでもある。そうであるにも関わらず、手話通訳で情報保障を行う体制が整っていかない現実がある。その背景には、コスト面、人材面などもあり、一筋縄ではいかない問題ではある。しかしながら、まず何よりも、手話通訳でなければ応えられないニーズが確かにあるということ、そして「パソコンノートテイクでも構いません」と言っている学生にも内在しているかもしれない手話通訳ニーズに気づくことといった、関係者の意識を変えていくことが最も重要なのではないだろうか。 ■事例討論会 「補聴援助を必要とする学生に対する支援の現状と課題」 報告者:PEPNet-Japan事務局 ■企画趣旨  障害者差別解消法の施行を受け、各高等教育機関においては、支援体制のあり方や合理的配慮の提供について法律の考え方に基づく対応が求められている。各高等教育機関において支援上の課題一つひとつを円滑に解決し支援を充実させていくためには、機関間の壁を越え、それぞれの持つ支援経験や情報、悩みを交換しながらノウハウを共有・蓄積していく場が必要であると言える。本討論会は、そうした情報の蓄積・共有を実践する場として、大学で徐々に支援実践が蓄積されつつある「補聴援助を必要とする学生への支援」について、参加者間の意見交換を通した解決策の検討を行う。 ■ファシリテーター 佐藤正幸氏(筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 教授) 加藤哲則氏(愛媛大学 教育学部 准教授) ■内容  本企画には大学の教職員や補聴器メーカーの担当者等、約10名が参加し、支援を実施する中で生じている課題や、問題解決のために行っている取り組みなどについて情報交換が行われた。はじめに各参加者から自己紹介とともに支援上の課題が挙げられ、それらを ファシリテーターが2つの論点に整理し、討論が進められた。 1.ディスカッション時の運用ルールについて  複数名から発言が飛び交うディスカッションの場面は、補聴援助システムのニーズが高い一方で、効果的に活用するのが難しい状況が起きやすいため、参加者から現場で作っているルールや工夫について以下のような事例が挙げられた。 ・挙手し、名前を名乗ってから発言する ・マイクを持っている人が発言をする(同時に2人以上が発言しない) ・授業中に何かトラブルが起きた時、どんな状況だったかを丁寧に学生と確認する ・そのつどマニュアルを参照しながら補聴システムについて確認し、解決策を考える  この中で、「ルールを徹底し、マイクは複数でなく1本だけで運用して奏功した」という事例がある一方で、「ゼミの活発なやりとりを止めたくないとの先生の意向があり、マイクを追加し複数で運用している」という例も挙げられ、次のような意見が交わされた。 ・タッチパネル型のマイクは、卓上に置いて数名の声を1台で拾う機能があり、マイク回しをせずに済む。ただし、進め方や話し方のルールを設けなければきちんと聴こえる環境は作れない。 ・当事者としては、マイクが複数あったとしても、一人の発言者の声だけが聴ける状況であってほしい。複数名の声が入ってきても、誰の発言なのかわからなくなる。 ・利用者の意見を聞いてみると、「話すときはマイクを手に持つ」という、慣れた行動が伴うとわかりやすい面がある。ルール徹底の難しさはあるが、1本のマイクを回すほうが、結果的に聴きやすい環境になるとの反応もある。  様々な意見や事例が挙げられたが、システムの利用者でもあるファシリテーターの佐藤氏からは、議論の盛り上がりを大切にしたい教員の思いも受け止める一方、一人ずつ話さなければ聴覚障害学生の聴きやすさにはつながらないという点が強調された。 2.補聴器と補聴援助システムの相性について  続いて、「学生が使っている補聴器とシステムが合わなくて使えない」というケースについて、以下のような例が挙げられた。 ・高校までFM補聴器を使っていた学生が、大学入学後にデジタルワイヤレスシステムを使ってみたところ、教室内で音が途切れたり聴こえなったりすることがあった。補聴器を変更しなくてもシステムが使えるということだったが原因がわからない。 ・補聴援助システムを使うためには、補聴器にTコイル(T設定)1 があるかどうか確認が必要だが、学生本人が補聴器の設定を把握できていないため、調整できないことがよくある。 ・補聴器の故障(ハード面)とシステムとの不具合(ソフト面)とが同時に出てしまい、活用できない期間が長くなって学生の利用意欲が減退してしまった。 ・多くの軽度難聴学生が使っているディープカナル型2 の補聴器はT設定がなく、デジタルワイヤレスシステムが使えない。 ・本当はシステムに対応しているはずなのに使えないという場合、どのような方法でペアリングしているかという問題になる。本人だけではわからないこともあるため、ぜひ大学や自宅近隣の補聴器専門店とつながって相談してほしい。 脚注1.Tコイルは誘導コイルのことで、磁気を使って補聴器内で電流を発生させ、音に変換する。FM補聴システム等を利用する際はこの機能が必要で、デジタル補聴器では、T設定というプログラムを組み込んでおくことで利用できる。 脚注2. 耳穴に深く挿入するカナル型補聴器の中でも、特に小型のタイプのもの。装用してもほとんど目立たない。 3.まとめ 最後にファシリテーターの加藤氏より、現在は音声認識を活用した文字表示のシステムと補聴援助システムをペアリングして使っているという事例が紹介された。併せて、音声認識を併用したとしても複数名の声が一斉に入ると誤認識が生じてしまうため、修正するための人材が必要になってくるという例も紹介された。機械化したいと考えてシステムを使っても、一人ずつ話すというルールを徹底しなければ、結局は人的支援が必要な状況になってしまうということが、補聴援助システム導入の重要な留意点として確認された。 4.企画を終えて 討論会を終えて、ファシリテーターより以下のコメントをいただいた。 【佐藤正幸氏】 今回の事例討論会では2つの論点があったように思われる。まず、補聴援助システムは何のために?ということである。議論を活発にすることは大事であるが、あくまでもシステムは聴覚障害学生の聴きやすさのためにあるので、マイクを持った人のみが発言できるというルールを整理する必要がある。もう一つは補聴援助システムを利用するにあたって、聴覚障害学生自身が自分の補聴器と補聴援助システムが接続できるかどうかを理解しておく必要がある。併せて支援担当者に対しても補聴器の基礎知識など情報提供をする必要があると考える。 【加藤哲則氏】 補聴器や人工内耳を装用し聴覚を活用している聴覚障害学生の大学での学びや授業スタイルの多様化に伴って、補聴器や人工内耳の限界とその限界を拡げる補聴援助システムの活用が重要である。これまでのスクール形式での講義であれば上手く活用できた補聴援助システムでも、実習や演習・ゼミなどの討論では上手く活用できない場面があること、補聴援助システムと他の支援機器との接続等のよって支援の幅が広がる等、さまざまな課題や新たな試みに対応できるような、各大学・機関間のつながりといったソフト面の充実も必要であると考える。 ■ミニセミナー 「北海道地区関連団体の紹介」 報告者:PEPNet-Japan事務局 ■企画趣旨  各高等教育機関においては、障害学生支援の体制構築や充実が図られつつあるが、学外にあるリソースと連携することによってより一層の体制充実が期待できる。聴覚障害学生支援に関して情報や協力を得られる学外機関として、どのようなものがあるのか、また聴覚障害学生本人が活用できる地域リソースにはどのようなものがあるのか。 本企画では、シンポジウム開催地である北海道地区において、大学と連携可能な地域の各関連団体について紹介することを目的とし、3団体からの活動紹介を行った。 ■司会 岩田吉生氏(愛知教育大学 特別支援教育講座 准教授) ■講師 菅野弘尊氏(北海道高等聾学校 教頭) 丸山 修氏 (北海道高等聾学校 教諭) 三輪 紅氏 (要約筆記通訳者サークル「ふきのとう」) 福島太郎氏(札幌市白石区役所 ろうあ者相談員) ■内容  本企画は愛知教育大学岩田吉生氏の司会により進められた。まず、北海道高等聾学校の菅野弘尊教頭より、北海道高等聾学校の取り組みについて紹介がなされた。現在北海道内には7校の聾学校があり、そのうち高等部は小樽市銭函の北海道高等聾学校1校のみである。学科は普通科と職業科(産業技術科、生活情報科、クリーニング科)、2年課程の専攻科として情報デザイン科があり、現在は51名の生徒が在席している。また、相談事業として普通校に在籍する高校生や、大学生の補聴相談や学業に関する相談にも対応されていることが説明された。次に同校の丸山修教諭より、高等聾学校で活用している情報保障システムについて紹介がなされた。生徒達の視線移動を減らすため、字幕と映像を同時に表示させるシステムを安価で構成し活用しており、この事例については、この事例については、「パソコン要約筆記用ソフト IPtalk」のホームページ内にも掲載されているとのことである。  次に、札幌市の要約筆記通訳者サークル「ふきのとう」の三輪紅氏より、要約筆記ならびに日頃の活動について報告がなされた。要約筆記は「速く、正しく、読みやすく」の三原則を目指している。札幌市では障害者の意思疎通手段を獲得するための条例として「札幌市障がい特性に応じたコミュニケーション手段の利用の促進に関する条例」(略称:障がい者コミュニケーション条例)が平成29年12月に施行されることを受け、今後要約筆記等も様々な障害者の社会参加に利用されると思われる。要約筆記の派遣は公的派遣と私的派遣があり、サークルとして私的派遣にも対応しており、大学等での式典・講座・スクーリング等にも対応している。それとともに、大学でのパソコンノートテイカー養成講座講師なども担当していることが報告された。司会からも、今後大学とも更に連携が必要になるだろう、と述べられた。  最後に、ろうあ者相談員の活動について、札幌市白石区役所ろうあ者相談員の福島太郎氏より報告をいただいた。ろうあ者相談員は聴覚障害者の福祉・生活および権利を守るために、生活の中での困り事や悩みに対する助言・アドバイスを行っている。全国で約200名の相談員(聴覚障害者、聞こえる人いずれの場合もあり)が活動しており、自治体や情報提供施設、ろうあ者団体等に「ろうあ者相談員」または「生活支援員」という様々な肩書きで設置されている。北海道内では18名の相談員(聴覚障害当事者)が自治体・法人に設置されて対応している。生涯を通して年代や時期により様々な悩み事があり、例えば18歳~30歳では大学や会社などで人間関係での悩みや障害受容ができないなど、メンタルに関わる悩みにより相談に来る方が多いとのこと。相談者から話を聞き、必要な制度や関係機関に繋げる、聞こえる人に対して聴覚障害の特性やコミュニケーションについてのアドバイスを行うなど、悩み事の解決が図れるように様々なサポートを行っている。相談に行くことが出来ず一人で悩みを抱えている人がいたら、ぜひ勇気を出して来て欲しいし、保護者の方にもろうあ者相談員がいることを知って頂きたい、とのコメントで結ばれた。  司会からは、3つの報告を通じて是非各大学でも研修会講師等でお話を伺う機会を設けてはどうか。例えば大学に入る前の修学環境について聾学校の教員から教えて頂いたり、支援者対象の研修で要約筆記団体の方に講師を依頼して技術研修を行う。またろうあ者相談員の方からは聴覚障害学生だけでなく、教職員も大学卒業後の生活について把握するための学びの機会を作ってはどうか、というコメントとともに、今後北海道内で大学と関係機関の連携が更に広がることへの期待が寄せられた。   【写真 高等聾学校における情報保障システムの紹介】 【写真 要約筆記通訳者サークル「ふきのとう」の紹介】 【写真 ろうあ者相談員活動の紹介】 ■ミニセミナー 「第二次まとめ」を読む ―障害のある学生の修学支援に関する検討会報告の概説―」 報告者:PEPNet-Japan事務局 ■企画趣旨  障害者差別解消法が施行されて1年が経過し、各高等教育機関においては、支援体制のあり方や合理的配慮の提供について法律の考え方に基づく対応が求められている。文部科学省では、2016年度に「障害のある学生の修学支援に対する検討会」を開き、法律を受けて高等教育に求められる考え方や支援の方向性について報告をまとめている。  本企画は、文部科学省「障害のある学生の修学支援に対する検討会報告(第二次まとめ)」(以下、二次まとめ)の中で特にポイントとなる内容や関連する法律について解説し、改めて大学における障害学生支援のあり方の基礎について理解を深めることを目的とした。 ■司会 梶山玉香氏(同志社大学 法学部 教授) ■講師 村田 淳氏 (京都大学 学生総合支援センター 准教授) ■内容  同志社大学 梶山玉香氏の司会のもと、障害のある学生の修学支援に関する検討会委員を担われていた京都大学学生総合支援センター准教授 村田淳氏より説明が進められた。(資料は当日資料参照)  権利条約批准に向けた様々な法改正の取り組みが関連し、障害者差別解消法の施行に至った。法制定を受け、障害学生支援のポイントを見るために検討会が開かれ、二次まとめの報告となっている。内容としては2012年に作成された一次まとめとの関連性も強いので、あわせて読んで頂きたい。今回は特にポイントとなる点について説明を行う。  はじめに、の部分では二次まとめをどう読んで欲しいのかがまとめられ、「大学等においては学長や校長等の経営トップを含む教職員全員がこの考え方を理解することが不可欠」と書かれている。差別解消法への対応は個別の支援がうまくいけばいいのではなく、それを支える組織的基盤が重要であるということである。  5番目の項目、「障害者差別解消法を踏まえた「不当な差別的取扱い」や「合理的配慮」に関する考え方と対処」について。不当な差別的取扱いの禁止や合理的配慮は、大学等では組織として当然に行わなくてはいけないと位置づけられ、更に「コンプライアンス」という言葉が使われている。「学長等のイニシアティブの発揮と特定の教職員任せにならない組織としての取組」について、これは多くの大学でよくある問題である。支援室ができたからそこで何とかして下さい、という訳にはいかない。学生が大学に来て学ぶ、試験を受ける、そうした権利を他の学生と同等に行使するためのアプローチとして支援がある。障害学生だからどのような支援か、支援室やコーディネート担当教職員が主役になるような見え方ではなく、学生が所属している学部や授業担当教員も支援の中心で関わることが求められる。  「合理的配慮」という言葉について、改めて確認をしたい。多くの教職員は「大学に課せられている責務」を捉えている印象を受ける。特に「配慮」という日本語について、日常的に用いる場合には「○さんに配慮する」「○先生から配慮してもらう」という場面で一方的なアプローチとして使うイメージがある。さらに「配慮」を別の言葉に置き換えるとすると、「合理的な支援」「サービス」「待遇」などの言葉を思い浮かべる人が多いと思う。しかし、権利条約の原文では、その場に応じた課題や、修正をかけるというニュアンスで用いられている。つまり、日本語での印象は一方向になるが、元の英語では双方向で相互作用のある言葉であり、この違いはとても大きい。その環境で学生本人が困るから何かをするのではなく、その場には教育を受ける権利のある学生がいて、その学生が他の学生と同じように権利を行使できていないことに対してその環境内(授業や事務手続き、必要な支援など)で調整する、双方向的なものであることが大前提となっている。例えば耳が聞こえない学生にノートテイクを付けましょうとなった場合、考え方として「聞こえなくて困るから支援する」という文脈とは少し異なる。その学生も教育を受ける権利を持っている、教育機関は教育をする責務を持っていて、学費ももらっている。大学としては音声だけで教育をしたら教育そのものが成立しないことになるため、ノートテイクや手話通訳の力を借りて音声情報を視覚情報に置き換えていくことで、教育そのもの、ひいては教育機関そのものをやっと成立させることができる。そのための調整作業であるということが、合理的配慮の重要な考え方であり、これらを実施するためには当然学内組織が必要になる、と二次まとめでは謳われている。   学内の体制整備に必要なものとして、①事前的改善措置(環境整備、中長期的な取組)、②学内規程(対応要領やルールの作成・公表)、③組織 の3つが整理されている。組織を作ることも重要であるが、その有無で合理的配慮ができる・できないということではなく、当然やらなければならない義務である。更に合理的配慮は元々ある環境に足りないことを調整していくため、支援の基盤をどのレベルに持って行くかは非常に重要となる。その上で規程やルール作りも重要になる。支援のための組織作りだけでなく、紛争解決のための第三者組織も位置付けることが重要とされているが、これは多くの大学で模索段階と思われる。ただし、支援室がないからだめということではなく、それぞれの大学の組織、規模、文化に合わせてアプローチができることが求められていると言えよう。 次に合理的配慮の決定手順について。意思の表明や建設的対話を経て、最後に合意形成を行う。対話についてはよく注目されるが、支援のやり取りはどうしても対立的になってしまう場合も多い。しかし、あくまでも対話をして頂き、引き続きモニタリングを行い、その内容を踏まえて続けることが必要である。  合理的配慮の議論の中で、過重な負担の話がクローズアップされ、負担の負荷が高いときに合理的配慮をしなくてもよい、という解釈になることが多い。しかし、判断に必要な要素はそれだけではなく、例えば「本来業務付随」について、本来大学でやるべきことに該当しているかどうかが、1つの構成要素になる。極端な例だが、歩行困難の学生がリハビリテーションや歩行訓練をして欲しいと大学に申し出ても、大学はそもそもそうした機能がある組織ではないので、本来の業務には該当しないという整理が考えられる。となると、それが本人の意向やニーズであっても、実施するのは難しいという判断になるでしょう。また、「本質変更不可」という要素も重要である。教育機関であれば教育の本質が共有されたものになっているのか、大学のポリシーや授業の目的・方法・到達点が感覚的なものになっていないか、という点が課題になる部分であろう。例えばシラバスや大学のポリシー等には未来志向なことが書かれているが、能力評価の基準などは明示されていないことが多いため、本質を明示していくことが出発点として必要であると思われる。  二次まとめの中では、各大学が取り組むべき主要課題として7項目が示されている。重要なのは「教育環境の調整」の項目で、ここでも本質の明確化が謳われている。その他には大学以前の教育段階との連携や就労への移行、関係機関との連携などが課題であると認知されている。また、障害のある学生への支援を行う人材の養成・配置についても、専門的な人材が継続的にそうした組織の中で活躍していくことが重要であり、専門家が度々変わっては学生も不安になるし、支援ノウハウも継承されないことが危惧される。  今後の展望としては、「社会で活躍する障害学生支援プラットフォーム形成事業」が東京大学と京都大学を拠点にスタートすることになった。障害学生支援業界全体の底上げや横の繋がりの強化、具体的に社会と繋がっていく部分の連携強化を軸とした事業として、多くの方々と一緒に進めて行けたらと思っている。  二次まとめの中で議論が十分にできず課題として残っているところとして、障害のある留学生への支援、障害学生支援に積極的な大学の評価、災害時の対策、障害のある教職員への支援のあり方などが挙げられている。このまとめの目的は、各大学での取組が促進され、ネットワークとして底上げが図れるきっかけであるので、学内への根拠資料として活用して欲しい、とまとめられた。  尚、参加者から二次まとめ作成後に各大学にはどのように案内がされているのかとの質問があり、ご来賓として参加された文部科学省学生留学生課担当者より高等教育局長名で通知をしていることが補足され、あわせて各大学で行われる研修等の機会に説明に伺うなど、可能な範囲で協力可能であることが説明された。  最後に司会より、二次まとめを基盤としてガイドラインを含めた制度の見直しを学内で図っていることが報告され、村田氏からの一方的な配慮や支援ではなく双方向的な調整という発想で、という点が大変参考になったのではないか、とのコメントで結ばれた。 【図 第二次まとめ・構成】 1はじめに 2大学等における障害のある学生の現状 3第一次まとめで取り組むべきとされた事項の進捗状況 4本検討会における検討の対象範囲 5障害者差別解消法を踏まえた「不当な差別的取扱い」や「合理的配慮」に関する考え方と対処 6各大学等が取り組むべき主要課題とその内容 7社会で活躍する障害学生支援センター(仮称)の形成 8おわりに 【写真 村田氏】