第7回日本聴覚障害学生高等教育支援シンポジウム 報告書 もくじ はじめに 2 開催要項 3 プログラム 4 報 告 分科会 1 基礎講座「4年間を通して学生を支えるために 一筑波技術大学の実践から一」 8 分科会 2「みんなで考えよう!聴覚障害学生の望む通訳とは? 14 一よりよい手話通訳・パソコンノートテイクのために一」 分科会3 「体験しよう!コーディネーターの業務一支援プラン作りに挑戦一」 24 分科会4 「支援の質を高める組織的実践一事例から学ぶ様々な取り組み一」 30 特別講演「障害学生の支援について」 39 パネルディス力ッション 「震災時に求められる聴覚障害学生支援のあり方とは? 一東日本大震災後の現状と課題から一」 44 ランチセッション 「聴覚障害学生支援に関する実践事例コンテスト2011」 「PEPNet-Japan連携大学・機関の活動紹介」 「視聴覚障害学生支援に関する機器展示」 48 はじめに 日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク( PEPNet-Japan)では、聴覚障害学生への支援体制が充実し、積極的な取り組みを行ってきている大学・機関と共同で、聴覚障害学生支援に関するノウハウを積み重ね、先駆的な事例の開拓を行ってきました。我々の活動の成果をより多くの大学・機関に向けて発信するとともに、全国の高等教育機関における支援実践についての情報交換をすることを目的とし、年に1回シンポジウムを開催しています。 今回第7回目となった日本聴覚障害学生高等教育支援シンポジウムは、関係者を含め約 340名の方々にご参加いただき、過去最大規模での開催となりました。今回は、茨城県つくば市での開催にちなみ、我が国唯一の障害者のための大学である筑波技術大学での教育、支援の成果を様々な形で紹介する機会を設けました。また、 3月に起こった東日本大震災の後、被災地の聴覚障害学生の置かれた状況や実践された支援の取り組みを広く参加者の方々に知っていただけるよう、企画や展示に工夫を凝らしました。 午前中の分科会では、筑波技術大学に焦点を当てた「基礎講座」企画として、入学から卒業まで、教育的視点に立って行われているきめ細かな取り組みについて紹介されました。その他の分科会でも、聴覚障害学生のニーズに着目した情報保障スキルの評価・検討や、支援プラン立案ワークショップ、支援の「質」に関する議論等で、活発な意見交換がなされました。 午後の全体会では、「震災時に求められる聴覚障害学生支援のあり方とは」と題したパネルディスカッションの他、今回は特別講演として、文部科学省高等教育局学生・留学生課厚生係長、黒部敦之氏より「障害学生の支援について」の講演をいただきました。 ランチセッションでは、聴覚障害学生支援に関する実践事例コンテストをはじめ、聴覚障害学生支援に関する機器展示、 PEPNet-Japanの活動紹介を行いました。今回は筑波技術大学にて開発した機器の展示やPEPNet-Japanエンパワメント事業、コーディネーター連携事業の活動報告等も加わり、充実した展示内容に多くの方々が足を止め、情報交換や交流の時間を過ごしていました。 当日は多くの方のご発表、ご発言により協議が深まり、紙面ではそのすべてを掲載しきれるものではありませんが、企画の要旨と当日の雰囲気をお伝えできるよう本報告書をまとめました。ぜひ多くの方にお読みいただければ幸いです。 最後に、本シンポジウム開催に当たりご協力いただきました講師の皆様、PEPNet-Japan連携大学・機関の皆様、第 7回日本聴覚障害学生高等教育支援シンポジウム実行委員の皆様にこの場をお借りして厚く御礼申し上げます。 日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan)事務局 開催要項 名称 第 7回日本聴覚障害学生高等教育支援シンポジウム開催要項 目 的 高等教育機関で学ぶ聴覚障害学生への支援については、近年多くの大学が聴覚障害学生の受講する授業に対してノートテイカーを配置するなどの体制作りを進めている。日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan)では、筑波技術大学を中心に、特に聴覚障害学生への支援体制が充実し、積極的な取り組みを行ってきている大学・機関と共同で、聴覚障害学生支援に関するノウハウを積み重ね、先駆的な事例の開拓を行ってきた。本シンポジウムでは、全国の大学における支援実践に関する情報を交換するとともに、PEPNet-Japanの活動成果をより多くの大学・機関に対して発信することで、今後の支援体制発展に寄与することを目的とする。 期 日 2011年 11月 6日(日)10:00〜17:00 会 場 つくば国際会議場(茨城県つくば市竹園 2-20-3) 主 催 日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan)国立大学法人 筑波技術大学 後 援 文部科学省独立行政法人 日本学生支援機構 大会長 村上芳則(筑波技術大学 学長) 実行委員長 石原保志(筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター長) 事務局長 白浬麻弓(筑波技術大学 准教授) 実行委員 松崎丈(宮城教育大学)吉川あゆみ・岡田孝和(日本社会事業大学)渡部安雄・及川力・小林正幸・佐藤正幸・中嶋靖雄・大杉豊・三好茂樹河野純大・蓮池通子・萩原彩子・中島亜紀子・磯田恭子・石野麻衣子大橋弘依・関口紘未(筑波技術大学) プログラム 《第1部》10:00〜12:15 分科会 (中会議室 202、中会議室 201、大会議室 101、大会議室 102) ・分科会1 基礎講座「 4年間を通して学生を支えるために一筑波技術大学の実践から一」 企画コーディネーター : 石原保志氏 司 会 : 及川力氏(筑波技術大学) アドパイサー : 渡部安雄氏(筑波技術大学) 細谷美代子氏(筑波技術大学) 石原保志氏(筑波技術大学) 松森果林氏(ユニパーサルデザインコンサルタント、 筑波技術短期大学卒業生) ・分科会2 「みんなで考えよう!聴覚障害学生の望む通訳とは? 一よりよい手話通訳・パソコンノートテイクのために一」 企画コーディネーター : 吉川あゆみ氏 司 会 : 吉川あゆみ氏(日本社会事業大学) アドパイサー : 中野聡子氏(広島大学) 窪田祥子氏(産経新聞社) 山本綾乃氏(群馬大学学生) ・分科会3 「体験しよう!コーディネーターの業務一支援プラン作りに挑戦一」 企画コーディネーター : PEPNet-Japan事務局 司会・アドパイサー : 林智義氏(関西学院大学総合支援センター) アドパイサー : 磯垣節子氏(京都精華大学学生課障がい学生支援室) 太田琢磨氏(愛媛大学教育学生支援部パリアフリー推進室) 田中啓行氏(早稲田大学障がい学生支援室) ・分科会4 「支援の質を高める組織的実践一事例から学ぶ様々な取り組み一」 企画コーディネーター : 岡田孝和氏 司 会 : 岡田孝和氏(日本社会事業大学) 話題提供 : 真銅正宏氏(同志社大学) 青柳まゆみ氏(筑波大学) 徳田真二氏(関西学院大学総合支援センター) 《ランチセッション》 12:15〜14:00(大ホールホワイエ)聴覚障害学生支援に関する実践事例コンテスト聴覚障害学生支援に関する機器展示 PEPNet-Japan連携大学・機関活動紹介 《第2部》14:00〜17:00全体会(大ホール) 14:00〜14:50 開会式 14:10〜15:40 特別講演「障害学生の支援について」講 師 :黒部敦之氏(文部科学省高等教育局学生・留学生課厚生係・就職指導係係長) 15:40〜15:50 休憩 15:50〜16:20パネルディスカッション「震災時に求められる聴覚障害学生支援のあり方とは? 一東日本大震災後の現状と課題から一」 企画コーディネーター: 松崎丈氏司 会 :浅井純二氏(日本福祉大学)講 師 :藤井克美氏(日本福祉大学) 松崎丈氏(宮城教育大学)白浬麻弓氏(筑波技術大学) 16:20〜16:30 休憩 16:30〜16:50 コンテスト表彰式 16:50〜17:00 閉会式 報告 【分科会1】 基礎講座「4年間を通して学生を支えるために 一筑波技術大学の実践例から一」 報告者:筑波技術大学 磯田 恭子 企画趣旨 本分科会は、初めて聴覚障害学生を受け入れる大学の教職員や、保護者、学生などを対象とした基礎講座として、聴覚障害学生支援の在り方、支援を活用した教育の在り方の基本的な内容を検討することを目的に開催した。 現在は聴覚障害学生支援の必要性や、その手法について議論される機会は増えてきているが、「支援技術」への注目の高まりと同時に、支援を活用して学ぶ聴覚障害学生の学生生活全体を通したサポート体制や、キャリア支援の必要性についても考えられるようになってきた。 そこで、聴覚障害学生の教育・支援を一体的に 行っている筑波技術大学の実践事例から、一般の大学等でも活用できる取り組みを探るため、筑波技術大学が開学当時から蓄積している、障害に配慮したカリキュラムと指導法、新入生への対応方法、非常勤講師の授業における情報保障、キャリア発達や就職に関する支援などの事例を通し、聴覚障害学生に対する教育的な関わり方や考え方を紹介し、参加者との意見交換を行った。 内容 本分科会の司会は、筑波技術大学障害者高等教育研究支援センターの及川力氏にご担当頂いた。冒頭に筑波技術大学の概要について説明を行ない、この中で「筑波技術大学で行っている学生支援は特別なことではない。一般的な学部教育を支えるために当然必要なこととして大学で用意すべきことであり、最も重要なのは教育そのものである」という理念が強調された。 <話題提供> まず、筑波技術大学障害者高等教育研究支援センターの細谷美代子氏より、新入生への支援について説明がなされた。最初に寄宿舎オリエンテーションを受講するが、ここには保護者も同席しており、安心して大学に送り出せるよう配慮していることが説明された。フレッシュマンセミナーを前期の間に 15回開講し、入学直後の2日間で「相互理解と集団の形成」に重点を置き、指導を行っていることが紹介された。これは、聾学校や一般校など様々な教育環境で育ってきた学生が集まるため、分からない時は我慢することなく分からないと伝えて良いことを繰り返し指導するなど、コミュニケーションに重点を置いていることが特徴的である。また、支援は「いつでも、どこでも」受けられることが重要であり、その実践例としてクラス担当・副担当を配置し、事務組織とも連携をしているが、介入と見守りのパランスの見極めが重要であることが強調された。また、障害者高等教育研究支援センターが行なっている支援が紹介され、その中から非常勤講師の授業に対してはリアルタイム字幕提示システムや地域要約筆記団体によるパソコン要約筆記での支援を提供していることなどが説明された。新入生には「自分は何者か」「コミュニケーションをどう取るか」「今何をなすべきか」の 3つの課題を与えており、この間いを学生自身に持たせることで、本当の支援になり得ると考えていること、入学時には支援要請もできない学生が支援要請をできるようになり、社会に出た後は支援する側に回ることができるように育てて送り出している、とまとめられた。 図1 フレッシュマンセミナーでのテーマ例 (細谷氏講演資料より引用) 次に産業技術学部長の渡部安雄氏より、産業技術学部教育について話題提供がなされた。教育内容は他大学と変わらないが、全ての授業で何らかの情報保障が行われている点が特徴であり、学部教育で専門技術を十分に身につけて卒業させるようにしている。専任教員は、視覚的に理解できる方法で授業を行っており、それは視覚資料の配付・パソコンを用いた文字や画像の提示・板書・手話・指文字・口話など色々な手段による。なお、着任1年目の専任教員や非常勤講師に対しては、パソコン要約筆記による情報保障を行っている。 学生は2年次の進級の際に自分で専攻を選択するが、専門教育以降の教育効果を上げるためカリキュラムにも配慮をしていること、実習・実験などを通して体験的に理解できるような工夫もしている。どの段階においても、情報保障を活かして学生自身が自学自習を行うなど学ぶ努力をしなければいけないと考えている。 クラス担当は学生からの学習面・生活面での相談助言のみならず、保護者からの相談窓口としての役割も果たし、定期的に学生の状況について相互に情報交換を行う など、教員が共同で学生のケアを行っていることが報告された。 図2 力リキュラム上の配慮 (i部氏講演資料より引用) 引き続き障害者高等教育研究支援センター長の石原保志氏より、キャリア教育と就職支援について話題提供が行われた。筑波技術大学に入学してくる聴覚害学生の背景・コミュニケーション手段は様々であるとともに、キャリア発達の基盤となる心理的発達の状況も不十分である場合が多い。この心理的発達は、直接的体験・間接的体験の両方を通して育まれるものであるが、聴覚障害学生の場合には他者の体験を見聞きして自分の行動に規範的に取り込んでいく間接的体験ができにくい環境で育ってきている。これらを補完するために、キャリア教育関係科目の中で個人体験を共有させる、卒業生のロールモデルの話を聞くなどの機会を作っている。また、インターンシップ科目の設置や、国際交流を大学主導で実施していることも効果を上げている。もう1点キャリア発達で重要なこととして、自分の障害について周囲に説明し、協力を求めるセルフアドボカシースキルが挙げられる。これは障害関係科目や個別コミュニケーション指導の中で障害認識を高められるように指導をしている。 就職に関する支援についても細かな話題提供がなされた。積極的に障害者雇用を進めている企業との連携を活かした学校推薦の枠を有しており、平成 22年度卒業生のうち三分の一はこの枠を活用して就職した。自由応募で就職する場合にも、担当教員からの推薦紹介状を出している。また、毎年企業向けの大学説明会を開催しており、企業との連携を進めるとともに、聴覚障害者雇用に関しての説明も行っている。このような手厚い対応により、就職率 100%を達成することができている。学内では学部教員および支援センター教員による個別指導・面接指導・添削などを行っている。現在は平成 22年度から平成 26年度まで の就業力支援 GPの中で 就職支援員の雇用も行っ ている。また、卒業生へ の支援も教員が個別に行 ない、卒業生対象の講座 の開講・卒業生を対象と して 10年に一度職場適応 に関する調査を実施して いることが報告された。 この調査から出てきた卒 業生から後輩へのアドバ イスについて、図3に掲 載する。 図3 職場適応に関する後輩へのアドバイス(卒業生調査) (石原氏講演資料より引用) 続いて筑波技術短期大学卒業生で、現在はユニバーサルデザインコンサルタントとしてご活躍中の松森果林氏からお話を頂いた。松森氏は中学生から高校生の間に徐々に失聴し、人生の途中で障害を負ったことで、新たな価値観を元に人生を再構築しなければならなかった。在学中に学んだことについて「聴覚障害」「コミュニケーション力」「専門性」「社会的自立」「社会貢献」の5つに分けて説明がなされた。 「聴覚障害」については、聴覚障害学の講義を通して自分の障害と向き合ったことで、障害を受け入れることができ、周囲に対しても聞こえないことを説明することができるようになった。教員から言われた「当事者のプロであれ」という言葉が一番印象に残っている。「コミュニケーション力」については、様々なコミュニケーション方法があること、分からないことを伝えることの大切さ、相手に分かりやすく伝えるための工夫などを学んだ。聞こえないからと不満や怒りをぶつけるのではなく、具体的にどうすればいいのかを伝えていくことが大切であり、伝えるから社会は変わっていくのだと学んだ。「専門性」については、大学で学んだ技術のうち、「五感を活かせ」との教えが仕事をしていく中でも役に立っており、商品開発の分野でも活きている。「社会的自立」については、健常者との関係を築いていくことが重要であり、暮らしやすい社会を作りたいという気持ちを持って仕事をしてきた。また、近隣住民にも手話を広め、周囲に手話ができる人を増やしていった。これらのことは、自分にできること・自分にしかできないことだという役割意識を持って行っていた。「社会貢献」については、ユニパーサルデザインの言葉の通り、誰でも住みやすい社会を実現するためにどうするかを考えることだった。空港ターミナルのユニパーサルデザイン検討委員としての関わりや、手話に関する本の出版などにも繋がっている。やりたいことを何でもやってきた経験から、「聞こえないからできない、聞こえるからできると考えるのではなく、やるかやらないかだ」という考えを持つようになった。 図4 筑波技術短期大学在学中に学んだこと (松森氏講演資料より引用) <フロアとの質疑応答> 情報提供の後、活発な質疑がなされた。主な内容を以下に記載する。 Q:一般大学では、聴覚障害への理解がない教職員の場合には、見守りと介入のバランスが難しいと思う。どのように聴覚障害への理解を深めればいいのか? A(細谷)介入と見守りのパランスは聴覚障害学生に限定される話ではない。支援はマニュアルではない、決まった技術ではないことを伝えるためにパランスが大事という表現を使用した。このパランスも、授業担当者・保健管理センター・支援担当窓口それぞれ異なっていて良いと思う。一般大学の場合に間題になるのは、大学入学までに様々な教育歴があり、特別支援学校で長く学んできた学生の場合にはクラスのサイズや周囲が健聴学生であることなど、集団の中の自分の在り方を考える場合には積極的な介入も必要だと思う。熱心な教職員が張り切り過ぎてしまうのではなく、息の長い取り組みが必要だと考える。 Q:筑波技術大学の場合には、在学中に健聴者とのディス力ッション経験がないと思う。どのように聞こえる人とのコミュニケーション能力を高めているのか? A(石原)様々な経験を学生時代にするよう推奨している。他大学の聴覚障害学生の集まりに参加したり、アルパイトをするなど。個別コミュニケーション指導も行っているが、この中ではコミュニケーションの方法に留まらず、筆談の方法・話の進め方・態度なども指導している。 Q:筑波技術大学の中で休学する学生はいるのか?その理由は? A(渡部)休学する学生は毎年何人かいる。専門の学習になじめない・自分がやりたいことが別にある、などが理由として挙げられる。休学する場合には、必ず保護者との面談を行っている。 Q:一般高校から進学してきた学生を受け入れているが、聴覚障害学生がサポートを受けることに慣れておらず、また大学側は初めて受け入れたために、過剰なサポートをしているのではないかと思っている。筑波技術大学では、自分で道を切り開いていくように意識・行動を変えていくためのサポートはどのように行われているのか? A(松森)高校まで支援のない状況で学んできて、大学に入って情報保障があることに驚いたが、社会に出たときに分からないことをはっきりと伝えられるのはとても重要。以前はコミュニケーションができない、先生の話が分からないのは、全て自分が悪いと思っていた。環境が整い、自分の障害を感じない環境を経験することで、自分に必要なサポートの形を知ることができ、周囲に支援を求める方法が分かるようになった。 (渡部)情報保障を利用している学生の様子を見ると、「聴覚障害者だから、情報保障をしてもらうのは当然」と思っている学生が多数いるように思う。支援をしてもらったことに感謝を持たせる教育も必要ではないかと考えており、それが自ら勉強しなければいけない、という気持ちに繋がると思う。 Q:筑波技術大学では情報保障が整っているが、就職をすると自分から発信していかなければならないことについてどのように指導をしているのか? A:(石原)自分に必要な情報保障を求めていく力はまさにエンパワメントだと思う。授業の中でもキャリア発達科目を用意しているが、その中では自分で情報保障の必要性を周囲に求めていくことは、「求められた仕事を遂行していくために必要」という考えで説明するように、と指導している。併せて、卒業生から職場の中での体験として、自分から情報保障について求め、それを受けてしっかりと仕事をすることが証明となり、次の情報保障に繋がっていくのだ、という話をしてもらっている。 到達点と課題 本分科会では、筑波技術大学の学生支援の取り組みを、入学直後・専門科目の学習・就労に向けた支援のそれぞれの段階に分けて詳細に紹介するとともに、卒業生から学生時代を振り返り、社会での経験にどう活かされているのかを語っていただいた。これを受け、聴覚障害学生に対する教育または支援の専門家である登壇者に対して多くの質間が投げかけられた。この様子からは、筑波技術大学の教育実践が「特別なもの」として捉えられたのではなく、聴覚障害学生支援を大学全体の教育活動の中でどのように実施していくべきなのかを、参加者が改めて考える機会となったことがうかがえた。また我が国で唯一の聴覚障害者、視覚障害者を対象とした大学である筑波技術大学での教育実践を紹介する機会が得られたことも、有意義であった。 障害学生への支援技術のみではなく、教育的な観点からの取り組みの重要性や、キャリア発達について一般大学でも目を向けられるようになりつつあることは、障害学生支援の質的な前進と言えよう。このような中、卒業後社会に出るための準備期間として大学生活を捉えた際に、在学中に聴覚障害学生自身に何を身につけさせるべきなのか、という部分については、多くの卒業生を送り出してきた筑波技術大学だからこそ多くのアドパイスを与えられるものであると考える。 情報保障を活かしてどう学ぶのか、その学生を真に支え、社会へと送り出すために大学は何をすべきなのかという議論を今後さらに深め、全国で学ぶ聴覚障害学生がさらに飛躍できることを房いたい。 【分科会2】 「みんなで考えよう!聴覚障害学生の望む通訳とは? ーよりよい手話通訳・パソコンノートテイクのためにー」 報告者:日本社会事業大学 吉川あゆみ/筑波技術大学 石野麻衣子 企画趣旨 高等教育機関における聴覚障害学生に対する情報保障の取り組みは広がりを見せており、比較的導入しやすいノートテイクだけでなく、パソコンノートテイク、手話通訳の利用も拡大傾向にある。しかしながら、聴覚障害学生の情報保障に対するニーズや、高等教育において必要な通訳技術の妥当性は、十分に検討されていない現状がある。 PEPNet-Japan情報保障評価事業では、これまでに情報保障の評価に関する研究を行ってきた。その中で、特に手話通訳に関する研究では、学部生・大学院生(修士課程)・大学院生(博士課程)の聴覚障害学生がそれぞれ異なるニーズを持ち、学術的内容の高度専門化に伴ってニーズも段階的に変化していくことが明らかになっている。 そこで本分科会では、異なる特徴を持ったモデルパソコンノートテイク、モデル手話通訳を各 3タイプ視聴し、これらをもとに学部生、修士課程修了者、博士課程修了者のアドパイザー及び参加者で、情報保障のニーズに関する議論を行った。これにより、聴覚障害学生が望む通訳像を明らかにし、支援学生・通訳者・障害学生支援コーディネーターにはどのような対応が求められるのかを検討した。 アドバイザーのバックグラウンド 今回の分科会では、聴覚障害者のニーズを明らかにするため、アドパイザーとしてパソコンノートテイク及び手話通訳の利用経験が豊富な聴覚障害者を、学部・修士課程・博士課程の属性から各 1名依頼した。 パソコンノートテイク (1)モデル通訳の原文 今回のモデルパソコンノートテイクは、同一の起点談話をもとに 3組のパソコンノートテイカーが通訳を行い、収録したものを使用した。起点談話の原文は以下の通りである。 講義名:哲学 テーマ:福祉国家の優生学 えー、ナチズムですね。ナチス・ヒットラーですね。皆さん方も、えー、ヒットラーのですね、映画だとかいろいろ観ると思います。それからシンドラーのリストだとかっていうですね、映画なんかを観ると思うんですが、えー、私たちがですね、陥りやすいのはですね、こういう考え方なんですね。優生思想っていうのは、私たちの考え方とは関係なくて、ナチス・ヒットラーがやったことではないかっていうふうに、よく考えられてしまいます。ナチス・ヒットラーはですね、やったこと、ま、これからお話をしますけれども、えー、いろんなことをやるんですけれども、その中で、そのー、ナチス=優生思想、っていうふうにですね、我々は短絡的に考えてしまって、自分とは無縁だというふうに考えている。しかし、よく考えてみるとですね、ある意味では、このナチズムっていうのは、この近代的な思想の中で、起こるべくして起こったというふうに考えてもいいものですね。つまり、近代的な、この、人間観の中に、いわばナチスをこう、まあ、引き起こしてくるような、そういうその考え方が実は、えー、ある、ということですね。 ( 2)各モデル通訳映像 以下にモデルパソコンノートテイクを示す。左は後半部分を抜き出した映像、右は表示された全文である。 [パソコンノートテイク A] ・・・ナチズム、ヒットラー、皆さん方も、シンドラーのリストなどの映画を観ると思います。私たちが陥りやすいのは、優生思想とは、私たちの考え方とは遣って、ナチスヒットラーがやったことではないかと、よく考えられてしまいます。ナチスが やったことは、これからお話をしますが、その中で、ナチス=優生思想、というふうに 我々は短絡的に考えてしまって、自分とは無縁だと考えてしまう。近代的な思想の中で、いわばナチスを引き起こしてくるようなそう言う考え方もあるということです。 [パソコンノートテイク B] ナチズムです。ナチス、ヒットラー。 ヒットラーの映画などを色々見ると思いま す。「シンドラーのリスト」とかの映画を見 ると思います。 陥りやすいのは、こういう考え方なんです ね。 優生思想は、私たちの考え方とは、関係なく て、ナチス・ヒットラーがやったことではな いか、と。 これから話しますが、ナチス=優生思想とい うふうに、私たちは、短絡的に考えてしま い、自分とは無縁だと考えてしまう。 よく考えると、ナチズムは、近代的な思想の 中で、起こるべくして起こった、と考えても いいものです。 つまり、近代的な(板書) 近代的人間観の中に、いわば、ナチスを引き 起こすような、そういう考え方が実はあると いうことです。 [パソコンノートテイク C] ナチスとヒットラー、皆さんも「シンドラー のリスト」などの映画を見ると思います。 私たちが陥りやすいのは、こういう考え方で す。 優生思想は、私たちの考え方とは関係なく て、ナチスとヒットラーがやったことだと、 よく考えられます。 ナチス・ヒットラーがやったことは、これか ら話します。 いろいろなことをやりますが、その中で、ナ チス=優生思想と我々は短絡的に考えて、自 分とは無縁と考えがち。 しかしよく考えると、ある意味ナチズムは、 近代的な思想の中で、起こるべくして起こっ たと考えてもいいものです。 つまり近代的な人間観の中に、いわばナチス を引き起こすような、そういう考え方が、実 はあるのです。 (3)アドバイザーの感想 モデルパソコンノートテイク A〜Cの視聴後、アドバイザーからは以下のような感想が聞かれた。 山本氏 Aについては、パソコンノートテイクを通して、例えばヒトラーではなく「ヒットラー」、皆さんではなく「皆さん方」など、教員がていねいな言葉遣いをしている雰囲気を感じた。また、今回の講義で、教員が「思想」という言葉を使っている場合は、通訳者が解釈して「考え」という言葉に置き換えるのではなく、「思想」という概念をそのまま言葉として伝 えてほしいと思った。 Bについては“(板書)”という入力をしているが、板書の内容も入力してほしい。板書の字が読みにくい先生もいると思う。聞こえる学生の場合は多少読みづらくても音で聞いて補完できるが、聴覚障害学生の場合は難しい。Cは改行が多く読みやすいものの、「そういう」などの指示語が使われた場合は、具体的な言葉に置き換えてほしい。 窪田氏 固有名詞はカギ括弧(「」)があるとわかりやすいと思った。例えば「シンドラーのリスト」が Aのようにカギ括弧がつかない表記だと、“シンドラー氏のリスト”という一般名詞として読んでしまうかもしれない。また、 Cは板書の際に“(板書)”の入力がなく、教員が板書するタイミングがわからない。Bのように、教員が板書したタイミングで“(板書)”と入力し、教員が板書したのとほぼ同時に視線の移動ができるとよい。 中野氏 A〜Cを通して言えることだが、ノートテイクは音声から文字への変換であることを意識する必要があると思う。例えば、教員が話の中で主語をはっきりとは言っていない時、音声で聞けば間やイントネーションで主語が何かの判断ができる。ただし、これをそのまま文字にしてしまうと、聴覚障害学生は主語がわからなくなってしまう。音声と書き言葉の違いを意識した上で、大学の講義で重要な 5W1H(誰が、何を、いつ、どこで、なぜ、どのように)を、聴覚障害学生が見てわかるように伝えていただきたい。 また、アカデミックな内容を通訳する時は、話者の意図・立場・内容を正確に伝えてほしい。例えば、原文で「ある意味では、このナチズムっていうのは、この近代的な思想の中で、起こるべくして起こったというふうに考えてもいいものですね」というように、“ある意味”が挿入されることによって意味が限定される場合、この言葉を落とさずに伝えることが大切なポイントになる。 このような理由から、文章が所々完成されていない Aはわかりづらく、Cはアカデミックな通訳として伝えてほしい内容を最も盛り込んでいるという感想を持った。 (4)質疑応答 アドバイザーから感想が述べられた後、フロアとの質疑応答がなされた。以下にその一部を紹介したい。 Q.聴覚障害者 私の場合人工内耳を装用しているため、モデル通訳映像の教員の音声が少し聞こえていた。聴力の違いによって、わかりやすいパソコンノートテイクも異なるのではないか。 A.中野氏 軽〜中度の聴覚障害者は、聴覚情報で補いながら見ることができるため、日本語として不完全な文章が散見する Aを見ても、文字情報の漏れは気にならないかもしれない。私の 聴力は両耳 100dB程度で音は聞こえない。聴覚活用なしにパソコンノートテイクを見る場 合は、表示される文が音声言語と文字言語の違いを意識した上で、きちんと文章として成り立っていないといけないと思う。 (事務局注 各アドバイザーの聴力は、上記「アドバイザーのバックグラウンド」を参照) 手話通訳 (1)モデル通訳の原文 今回のモデル手話通訳は、同一の起点談話をもとに 3名の手話通訳者が通訳を行い、収録したものを使用した。起点談話の原文は以下の通りである。 講義名:哲学 テーマ:福祉国家の優生学 福祉国家の前提になっているのは生の偶然性ですね。つまり、私たちが生きている人生ではどういうことが起きるかわからない。順風にいっている人でも、えー、交通事故にあって障害を被るかもしれない。あるいは何らかの形で、例えばですね、専業主婦で万歳だーなんて思っていたら、離婚されて、シングルマザーで生きていかざるをえない。という風になる揚合だって起こる。あるいは男性だって失業が起こる、という、そういうその生の偶然性ですね。で、これが、あるから、生の保障をしよう、っていうことですね。 (2)各モデル通訳映像の特徴 以下に各モデル手話通訳を語葉ラベルとキーとなる文法の要素で書き起こしたもの、及び、通訳の全体的な特徴を掲載する。なお、異なる特徴を持ったモデル通訳を収録するため、各通訳者には事務局から訳出の特徴に関する指示をそれぞれ出している。よって、必ずしも通訳者が本来的に持つ通訳の特徴と一致するとは限らない。 (注〉記載のルール [モデル手話通訳 D] /福/FS[シ]/国/家/基本/生まれる(口形「生の」)/偶然/性/nod/ /私たち(PT-1側に弧を描くように半周)/生きる/(間)/人生/内/起きる/何/わからない(「かもしれない」の意)/ /例/スムーズ/進む/でも/突然/交通/事故/障害(壊れる)/受ける/時(口形「揚合」)/思う/ /また/(間)/専門(口形「専業」)/主婦/いる/でも/突然/離婚/nod/独り(口形「シングル」)/母(口形「マザー」)/子ども/育てる/やる/必要/ /また/男性/仕事/クビ(能動)/ふらふら歩く/なる/生きる/偶然/性/ある/ある/ /PT-3/だから/生きる/保障/必要/理由/ある/PT-3(板書※)/ 特徴 教員の音声日本語の語順にほぼ忠実な訳出をしている。口形も、表出される単語に合わせてほぼ音声日本語通りにつけられている。 [モデル手話通訳 E] /福(口形「福祉」)/国/家/前/基本(口形「前提」)/考え/方法/生きる(口形「生」)/FS[ノ]/偶然/性/nod/ /まとめ(「つまり」の意)/私たち(PT-1側に弧を描くように半周)/生活/人生/何/起こる/起こる/わからない(「かもしれない」の意。以下同様)/ /スムーズ/生活/できる/人/事故/障害(両腕を切る)/障害(壊れる)/起こる(上体を前方に出す)/(間)/わからない(上体を引く)/nod/ /また/何/方法/例/専門(口形「専業」)/主婦/万歳/楽/楽/良い/思う/でも/(首振り)/離婚(女性は固定、男性を離す)/nod/独り/子/一緒/生活/行く/必要/nod/色々/問題/起こる/起こる/時(口形「揚合」)/ある/nod/ /また/結婚/男/人/時(口形「揚合」)/会社/クビ(受動)/ふらふら歩く/起こる/?/わからない/ /生きる(口形「生の」)/偶然/性/言う/nod/ /PT-3/偶然/性/ある/だから/生きる/保障/必要/(間)/言う/考え/方法/ある/ nod/ 特徴 基本的には教員の音声日本語の語順に沿って手話を表出しており、一部空間活用や写像的な表現を用いている場面が見られる。 [モデル手話通訳 F] /生きる/間/何/起こる/わからない(「かもしれない」の意。以下同様)/意味/PT-3(板 書※)/ /幸せ/生活/突然/交通/事故/(間)/不便/なる/わからない/PT-3/ /また/結婚/nod/仕事/不要/主婦/幸せ/思う/突然/離婚(女性は固定、男性を離す) / /苦しい(上体を引く)/自分(口形「独り」)/苦しい/PT-3(苦しい)/ /子ども/世話/必要/ある/わからない/PT-3/ /また/男性/仕事/幸せ/仕事/(上体を前に出す、口形「ア」)/クビ(受動、上体を引く) /nod(上体を前に出す)/ /結婚/男/仕事/ない/手ぶら/ある/わからない/PT-3/ /何/起こる/わからない/PT-3(板書※)/ /言う/事/ある/PT-2(互から右に弧を描くように半周)/nod/みんな/ある/PT-2(右 から互に弧を描くように 4分の 1周)/nod/だから/PT-3/保障/する/PT-3(右から互 に弧を描くように 4分の 1周)/ 特徴 教員の音声日本語の語順や言い回しにとらわれず、日本手話の文法に沿って手話通訳を行っている。 (3)アドパイザーの感想 モデル手話通訳 D〜Fを視聴した上で、アドパイザーが感想を述べた。 山本氏 Dは音声日本語に沿った訳出をしていたため、手話を覚えたばかりのろう学生や難聴学生には合っているかもしれないと思った。Dと Eは空間を活用して主語をはっきり表してほしい。Fは、文末に/わからない/(〜かもしれない、の意)などの表現をすることで文末をまとめており、とても見やすかった。 窪田氏 D及び Eは音声日本語に対応した口形がはっきりついているので、口形を利用する聴覚障害学生にとってはわかりやすいかもしれない。ただし、途中で口形が落ちると内容が理解できなくなるため、口形をつけるのであれば、最後まで一貫して音声日本語に対応した口形をつけ続ける必要があるかもしれないと思った。Fについては、山本氏同様文末の締めの表現がわかりやすいと感じた。特に、「生の偶然性」について、 /何/起こる/わからない/PT-3(板書※)/ /言う/事/ある/PT-2(左から右に弧を描くように半周)/nod/みんな/ある/PT-2(右から左に弧を描くように 4分の 1周)/ というように、学生にとってもありうる話だという明示があることで、講義に参加している感覚になった。 中野氏 教員が話す論理を、通訳者が正確に訳出することが重要になる。例えば Eの場合、「事故が起きて、障害が起きるかもしれない」のは一人称の自分であるように読めるが、教員の意図としては、自分にとってどうなるかわからないのではなく、誰にとってもどうなるかわからないこととして「生の偶然性」を説明している。原文には主語がなかったとしても、通訳者はこのような教員の意図の正確に理解して主語を判断し、付け加える必要がある。講義の内容が複雑になればなるほど、その複雑さを正確に伝えるために日本手話の文法を用いた通訳が求められ、このような意味で Fは話の内容が非常に理解しやすく、望ましい通訳だった。その上で、専門用語やキーワードについては、言い換えるのではなく、日本語の表現をそのまま借用して表現してほしい。 (4)質疑応答 アドバイザーから感想が述べられた後、フロアとの質疑応答がなされた。その一部を以下に紹介したい。 Q.大学教員 論理の正確性という点では、教員の判断レベルが通訳によって正確に再現されるか否かも重要ではないか。例えば「優生思想」が教員自身の考えなのか、一般的に考えられていることなのかは、アカデミック通訳において重要な情報になる。Dの場合は日本語の単語の羅列から聴覚障害学生自身が論理構造を含んだ文章を想像しなければいけなくなり、負荷がかかる上に間違った解釈をする可能性がある。また、専門用語が他の言葉に置き換えられず、専門用語として伝えられることも重要だ。単語の羅列である Dは、/生きる/偶然/性/が、日常語なのか専門用語なのかわからないが、Fは板書を指さすことで専門用語であることを伝えていた。論理の正確性という観点でアドバイザーの考えを聞きたい。 A.中野氏 論理の正確性は重要だと考える。Dは教員の論理、話の背景、ポイントに見にくさを感じた。日本語の単語をそのまま表すとそのまま伝わるように見えるかもしれないが、話者がどこにポイントを置いて話しているかもきちんと通訳に含めてほしい。また、Dが通訳序盤で「生の偶然性」の“生の”にあたる単語を/生まれる/と表出していたが、実際には生まれる偶然性ではなく、/生きる/中での偶然性の話であり、手話語葉の選択によって話者の伝えたい論理が破綻してしまった。この点にも注意していただきたい。 Q.手話通訳者 講義中に教員が板書する、あるいは、資料を配る場合は、日本手話の文法を多用した Fで内容を理解し、補完的に板書や資料を使うことができると思われるが、これらがない場合も日本手話の文法を用いた通訳で間題ないのか。見やすさで言えば Fが最も望ましいかもしれないが、見て日本語に変換し、ノートに取ることができるのか。 A.中野氏 手話を見ながらノートをとるのは難しいということならわかるが、Fの日本手話的な通訳ではノートにとりにくいのではないか、というイメージがよくわからない。日本手話にせよ日本語対応手話にせよ、通訳で重要なのは、内容が正しく表現され、それを理解できるかどうかということ。普段日本手話の通訳を受けている学生であれば、Dの通訳は内容がわかりづらくメモがとれない。むしろ Fの方が内容をスムーズに理解できるため、メモもとれるのではないか。 A.窪田氏 Dは通訳をずっと見続けなければならず、ノートを取るのが難しい。ノートは、もう一度頭の中で内容を組み立て直す必要があるから書くのであり、自分に合った通訳を通して内容が理解できればその必要はなく、そうなるのが理想。 自分にとっての情報保障とは 最後にアドバイザーから、自分にとっての情報保障の存在についてお話いただいた。 山本氏 自分にとって情報保障とは、人と人とのつながり。手話通訳にしてもパソコンノートテイクにしても、情報の先には常に通訳者がいる。両者が顔を合わせて確認しながらお互いの理解を深めていくことが大切だと思う。 窪田氏 聴覚障害学生が自分のニーズを伝え、それに応える形で情報保障者と共にある意味一つの世界を作りあげていくためには、信頼関係はもちろん、聴覚障害学生自身が自らのニーズを把握することも重要になる。そして、聴覚障害学生がきちんと情報が得られる環境を作り、「大学でこんな勉強をした」と堂々と言えるような体験をしてほしい。 中野氏 私は情報保障を通して聞こえる人の世界と対等に関わりたい。対等に関わるとは、情報を提供されるだけでなく自らも発信することであり、その際の情報保障の質が「だいたい伝わった」レベルではこれは実現しない。よって、聞こえる人と同じ内容が、漏れること なく正確に伝わることが重要である。 まとめ これまで高等教育における通訳は、教員の発話内容を、音声日本語をできるだけ崩さずに文字または手話に変えて伝達すると良いと一般的に思われがちであり、この考えをもとに情報保障が提供されることがあった。本分科会では、改めて聴覚障害学生の通訳上のニーズを明らかにすることを目的とし、特徴の異なるモデルパソコンノートテイク、モデル手話通訳各 3タイプを題材として検討した。 その結果、パソコンノートテイク、手話通訳ともに、教員の意図や論理展開を正確に伝達することの重要性が指摘され、この実現のためには、音声言語をそのままの形で伝達するのではなく、起点言語(音声日本語)と目標言語(文字または手話)の特性の違いを踏まえた上で、論理構造が担保されるように訳出する必要があることが明らかになった。手話通訳の場合は、単純に音声日本語に沿った表現よりも日本手話が良いというわけではなく、専門用語は専門用語として原語を借用して伝達してほしいというニーズもあり、高等教育における通訳の奥深さが垣間見られた。 また、今回は 3名のアドバイザーがおおむね共通した理想の通訳像を持っていたが、例えば聴力を活用する学生の場合は、また違ったモデル通訳を良しとする可能性もある。この点は今後の課題と言えるだろう。 聴覚障害学生は各々のバックグラウンドによって、情報保障に対して異なるニーズを持っている。通訳者や障害学生支援担当者には、一人一人の異なるニーズへの対応とともに、聴覚障害学生が聞こえる学生と対等に学び、自らの意見を発信していくために必要な、高等教育ならではの通訳ニーズへの理解と実践を期待したい。 【分科会3】 「体験しよう!コーディネーターの業務一支援プラン作りに挑戦一」 報告者:筑波技術大学 蓮池通子 企画趣旨 聴覚障害学生が大学に入学することが決まったとき、その中心となって支援のプランを作成したり、学内の環境整備を行うのが、障害学生支援コーディネーター(以下、コーディネーター)であろう。近年、障害学生支援室等を設置し、コーディネーターを配置する大学が増えつつあるが、コーディネーターはどのような業務を行いながら、聴覚障害学生を支えているのであろうか。本分科会では、現職のコーディネーターをアドパイザーにお迎えし、参加者とともに一つの課題に対する支援プランを考えながら「コーディネーターの仕事とは何か」について考えた。コーディネーターを目指す学生にとっては、現職の方から実際の業務の様子を聞き、その仕事のイメージをより鮮明に作ることができたであろう。また、現職の方にとっては、他大学での支援の工夫や大学の組織・規模に合わせた特色のある支援についての意見交換ができたであろう。一つの課題に皆さんで向き合っていただき、「コーディネーター」の業務について理解を深めていただく事を目的として、グループワークを行った。 内容 参加者には、A、B、C、Dの 4つのグループに分かれていただいた。そして、図 1のような課題と大学や聴覚障害学生に関するさまざまな設定の下で、A、Bと C、Dでは異なる期間におけるコーディネーターの仕事について話し合いを進めていただいた。期間について、A、Bのグループは、聴覚障害学生の入学が決まった時点から入学して授業が軌道に乗る 5月末までを、また C、 Dのグループは、前期試験の前から夏休みを含めて後期授業が開始になる直前までについて、それ ぞれ話し合っていただいた。 各グループにはコーディネーターである自分を取り巻く設定が書かれた紙と、それぞれの期間を書いた模造紙(次ページ図 2参照)と、ごく一般的なイベントをカードにしたものを事前に作成し配布した。各自配布された設定を読み、その範囲内で渡されたイベントについて、いつ頃実施が必要で、そのイベントに対してコーディネーターとしてどのような準備をするかなどを参加者同士で話し合った(イベントカードは、グループ独自で増やすことも可能とした)。 図1 課題 [分科会の流れ] 10:00〜10:10(10分)アドバイザー紹介および企画趣旨説明 10:10〜10:20(10分)課題提示・配付資料(設定・メモ用紙)の説明 10:20〜12:00(100分)各グループ内で自己紹介の後、グループディスカッション 12:00〜12:35(35分)各班の発表・アドバイザーからのコメント 図2 2つの異なる期間を書いた模造紙の レイアウト(A、Bグループ用) [各グループの支援プランとディスカッションの様子] ディスカッションの内容について、当日の各グループの発表から以下の通りまとめた。 ノートテイカーが全くいない所からの支援体制構築と考えて、ノートテイカーの募集を行うことをまず考えた。学生が春休みでキャンパスにいなくなってしまう前( 1月前まで)に募集し、実際に養成講座を開講するのは、入学式の直前という流れを考えた。養成講座は 1回ではなく、短期集中型の講座を複数回行い、授業開始に備えることとした。また教員への配慮依頼文は周知を兼ねた早めの 1回、また授業開始前に注意喚起を促すため再度配布を行うこととした。授業開始後の 5月には、支援学生もノートテイクに慣れてくる頃なので、この時期にマッチングの見直し、フォロー、支援に関する相談を行う流れとした。これは、ノートテイクの質の向上のためというよりは、利用学生と支援学生の安心感を高めることを目的としている。前期終了間近にはノートテイカーの再募集を行い、これに合せて、支援の質についての見直しを行うという流れで話し合いを行った。 図3 Aグループのプラン 課題を見て、まず支援体制に関する情報提供と面談のどちらが先なのかということを話し合った。今回の場合には試験結果の通知から日数が空いてから入学が判明しているケースであったので、まずは聴覚障害のある学生に対して、この大学でどのような支援が用意 できるのかなどについての情報提供を行い、あわせて面談も行うという流れとした。その面談で利用者となる聴覚障害学生がどのような要望を持っているか、また個人情報に関する取り決めなどについても話し合う。さらにノートテイクに起因する心理面の負担のケアなどについても情報提供を行う。面談の後にノートテイクを担う支援学生の募集を開始し、登録、養成という流れで進める。ノートテイカー養成については、ノートテイクの方法だけではなく、聴覚障害への理解やノートテイクについて、また守秘義務や個人情報の取り扱いについてもきちんと説明を行うことが望ましい。配慮依頼文については、教員だけではなく職員に対しても配布するという意見が挙がったが、どの範囲まで配布が必要かということも話し合われた。その後の流れとしては、入学後にノートテイカーとのマッチングを行う。そして、授業開始後 1カ月後に中間ミーティングを行い、利用学生とノートテイカーの意見交換会を行い、改めてマッチングの実施、教員へのフィードパックという流れとなった。 グループの話し合いでポイントとなったのは、個人情報の取り扱いや守秘義務について、ノートテイクをきちんとした仕事として支援学生に依頼するという部分であった。 図4 Bグループのプラン 6月になると支援体制が落ち着く時期であるので、懇親会や中間ミーティングなどで相談を受け付ける。次に前期試験に備えて試験科目の中にリスニングなど聴覚障害学生にとって困難となるものがないか、特別措置が可能かを調べる。それと同時に試験に関係する教職員に対して、聴覚障害学生に対する理解の啓発を行う。夏休みに入ってからは、支援学生と聴覚障害学生との交流を行うという意見が出された。聴覚障害学生については夏休みに入る前に前期の支援がどうであったか、など細かい意見を聞く面談を設ける。その他に、外部講師を招いて教職員を対象に聴覚障害理解のための FD/SD研修会を開催するという意 見も挙がった。後期授業開始前には、教員に対して改めて配慮依頼文を配布する。 新人のノートテイカーに対しては、実際の様子を見学させたり、授業の最後の 20分間に実際に担当させてみるなど各大学で実際に行っている工夫も挙げられた。 コーディネーターの役割としては、日常的にテイカーの様子をみる、また教員、支援学生、聴覚障害学生などに 日々フィードパックをしていくことも大切であるという意見があった。また設定では支援室設置からまだ 2年目ということもあり、他大学の様子などを含めた情報収集も必要であるという意見が出された。 図 5 Cグループのプラン コーディネーターと聴覚障害学生とで毎月または隔月でミーティングを行い、教職員または支援学生との連携を見直し、聴覚障害学生本人から要望などがないか、しっかりと寄り添って話を引き出すことが大切である。6月に入ってから聴覚障害学生の支援に対してより周知徹底を促すために、教職員向けに説明会を行う。この場合、できれば聴覚障害学生本人が講演をする などして、理解を訴えるのが良いとの意見もあった。 前期試験の前には、昨年度の実績などをふまえて情報収集を行う。夏休み以降は、利用学生、教員、支援学生の全体を含めた懇談会を行う。夏休み中に利用学生に要望を聞き、後期の授業に向けてスキルアップ講座を開催することも挙げられた。さらにノートテイカー養成講座を開催するにあたり、利用学生の後期の授業履修について確認をとるというこ とも挙げられた。全体を通しては、授業をインターネット上で公開してはどうかという意見があった。ネット上で Twitterなどを使い授業を共有したり、人材募集を行うことで、聴覚障害学生だけではなく障害のない学生にとっても利点があるのではないかという意見が挙げられた。 図 6 Dグループのプラン アドバイザーからのコメント ○京都精華大学 磯垣節子氏(Aグループアドバイザー) Aグループは、入学前から前期途中までの支援プランを中心に話し合いを行った。事前に聴覚障害学生が入学することが把握できている場合は、本人との面談を早めに行って、本人の状況や要望を聞き取り、相談をしておくと聴覚障害学生が安心して入学が出来る。また、入学までに支援プランを考え、支援内容の準備を整える大きな鍵となる。 特にノートテイクの養成講座での技術指導方法やフォローについて、きめ細やかな配慮が必要な事が話し合われ、具体的な指導チェックをすることで、ノートテイカーの安心感とノートテイクの質の向上に繋がるとの意見があった。コーディネーターには欠かせない事項であると確認した。また、コーディネーターは、支援を一人で抱え込まないで関係者と相談し、連携することで、いろんなアイディアや方法が見つかると思う。 利用学生とノートテイカーの他にも授業担当教員や事務局の関係者など、大学全体を見据えながら、支援の基本となるべきベースを前期のうちに整えて、後期に向けて、支援の充実を図るための「支援作り」を考えなければならないと思った。 ○関西学院大学 林智義氏(Bグループアドバイザー) コーディネーター業務を細かく分類していき、その業務細目を実行するためには、さらに具体的にどのような仕事や準備が必要なのかを洗い出すという作業は面白かった。毎年、仕事の内容が決まっているように思われて、ともすると、去年と同様に行おうと流れてしまいやすいが、このような分析を通して、例えば「支援学生を募集する」という仕事を細分化すると「この部分は改善できるかもしれない」ということが発見しやすい。このような点で自分自身にとっても良い経験になり、またコーディネーターのご経験のある参加者の方も、興味深く取り組めたのではないかと思う。 コーディネーターの仕事というのは、いつも障害学生の方だけを向いているのではなく、対教職員、対支援学生など、いろいろな側面があったように思う。今担っている仕事がどこに(誰に)向かっている仕事なのかを明確に意識しながら、自身の業務に取り組むことが大切だと改めて思わされた。コーディネーターの業務をどのようにとらえるかによって、その仕事は大きくも小さくもなる。 ○早稲田大学 田中啓行氏(Cグループアドバイザー) アドバイザーを担当して、日々行っている業務を見直せたことは個人的には非常に良か ったと思う。Cグループの話し合いの中で、私自身が十分にできていない所にも気付くことができた。また、話し合いは時系列に沿ってコーディネーターの仕事を整理したが、それ以外に「常時行うこと」という新たな枠ができた。大学の授業や行事の日程に対応して「いつ、何をするか」ということだけではなく、コーディネーターが常にしておくべきタスクも非常に多いという点が挙がったことは興味深かった。 他のグループの発表の中では、例えば Aグループからは「安心感」という学生の心情に関する言葉、Bグループからは「守秘義務」とか、「個人情報」などの規則の面に関わる意見、Dグループからは「IT利用」という、それぞれ特徴的なものが出ていた。障害学生支援室の仕事は、大学内の他部署と比べて学生と密接に関わる割合が高い仕事であり、学生と深く関わる中で、専門の部署として、障害学生や支援学生の心情的な部分にも配慮しなければならない。一方で、当然、大学という組織の一部としての仕事でもある。コーディネーターは、大学の組織の部分がわかりづらい学生の側と、個々の障害の特性や学生の心情まで把握することが難しい大学の側とをつなぐ仕事であると感じた。 ○愛媛大学太田琢磨氏(Dグループアドバイザー) ディスカッションを通して、参加者の皆さんがいろいろな新しい視点を持っていると感じた。また、支援の内容に関しては、これまで受けてきた支援に対して、さらにここが欲しいという一つ上の段階の支援に関する意見をうかがうことができた。Dグループで特徴的だったのは「ITを活用する」という意見だった。今後の可能性も含めて、「ITの活用」は支援の在り方を大きく変える鍵になるのではないかと考える。私の個人的な意見ではあるが、コーディネーターの仕事は情報共有が大きな課題であると捉えている。その課題を解決する手段として、今後 Twitter等ショートブログやソーシャルネットワークを活用することも、選択肢の1つとして覚えておきたいと感じた。 【分科会4】 「支援の質を高める組織的実践 一事例から学ぶ様々な取り組み一」 報告者:日本社会事業大学 岡田孝和/筑波技術大学 中島亜紀子 企画趣旨 高等教育における障害学生支援は徐々に拡充してきた。大学での学びを本人の自助努力に求めていた時代や、学生サークルをはじめとするボランティアの支援に頼っていた時期から考えれば、大学が責任を持って支援を提供し、支援制度の運営にあたるべきであるという基本的な考えが全国的に定着しつつあることは大きなマイルストーンである。 しかしその一方で、高等教育を取り巻く状況も変化してきている。18歳人口の減少による大学全入時代の到来、社会からの即戦力の要請の増加に伴う学生のキャリア志向の向上などが一例としてあげられる。障害学生に関しても、こうした変化に呼応し、障害を持つ入学者の多様化、医歯薬学科をはじめいわゆる専門職を志向して専攻を選択する学生の増加といった変化がみられる。また一方で、キャンパスでの孤立(「準ひきこもり」樋口康彦 2006)や、いわゆる「内定うつ」のようなこれまであまりスポットライトの当てられてこなかった課題も生じてきている。こうした現代の高等教育の現状を鑑みると、1969年にチッカリングの提唱した「大学生の発達の 7つのベクトル」は決して古いものではないといえる。すなわち、大学は社会に貢献できる学生を育てていくとともに、学力面にとどまらない成長を促すため、(1)知的・身体的・対人的能力の向上、(2)感情のコントロール、 (3)自主・自立から相互依存への移行、(4)成熟した人間関係の確立、(5)アイディンティティの確立、(6)目的意識の確立、(7)全体性の発達・向上、について 4年間を通して支援していかなければならない。そして、障害学生支援もこの文脈で語られるべきであり、日本における障害学生支援は一定の拡充がなされている一方で、さらに発展するよう努めていくべき余地が残されている。 その際に一つの指標となり得るのが「支援の質を高めていく」ということかもしれない。しかしながら、そもそも「質の高い支援」「質の高い制度」とはいったい何を指すのかについて、共通認識があるようでないというのが現状と思われる。そのため、今後より良い支援制度を確立し、情報保障にとどまらない支援を行っていくためには、まず「質の高いとは何か?」という間いに対して、活発な議論を通して一定の枠組みを確立していく必要があろう。そして、その「質の高い支援」「質の高い制度」をどのように体現していくかという方法論についても議論の必要性がある。たとえばノートテイクやパソコン通訳を導入する際にはある程度の定型化された方法がある。しかし、質を高めていくという間いに対しては、その方法論はそれほど確立しているとは言えないのではないか。今後、より充実した障害学生支援を実現していくためには、この点についての議論も欠かせないと思われる。 そこで、本分科会では特色のある取り組みを実施している各大学において、「質」というものをどのように捉えているか、そしてそれをどのように組織・制度という形に表現して いるのかについてご報告いただく。そして、質というものの概念的な整理を試み、その後フロアも交えて、支援の質を高めるにはどのような方法論が考えられるか議論したい。ただし、それは各大学の設立理念や教育目的、利用可能な人的・知的資源等によって異なるものであり、ましてや優劣をつける性格のものでもない。本分科会では、話題提供や参加者間の議論を通して、各大学がそれぞれに適した方法で質を高めていくために多くの示唆を得ることを目標とする。 内容 本企画では、国内でも支援の質の向上を視野に入れ支援体制作りに取り組んでいる 3大学より講師を迎え、各大学の理念および取り組みについて報告いただいた。 関西学院大学 総合支援センター事務長 徳田真二氏 筑波大学 障害学生支援室 青柳まゆみ氏 同志社大学 学生支援センター所長 真銅正宏氏 I 「質の高い」支援とは まず各大学から「理想の支援」「質の高い支援」をどのように捉えているかについて、報告いただいた。以下、各大学の報告内容を記載する。 ■関西学院大学 理想的な支援とは… ・大学生活から卒業まで、卒業後を見据えた自立を促すシステムを構築すること ・学生が充実した大学生活を送れること。その実現のために必要なことは… @全学的な均質の支援 2006年、教務部にキャンパス自立支援課を設け全学的体制に。 A専門的知識を有する人材の確保障害学生と面接する際、専門的知識を持つ人材が対応すればきめ細かな対応ができることから、専門的知識を有するコーディネーターを雇用。 B支援組織の充実カウンセリングなど学生支援相談分野との共同作業、教職員の情報共有・連携が重要。 ■筑波大学 質の高い支援に対する考え方 @「同じ教育的質」の提供大学は福祉ではなく専門教育を行う場なので、教育的に質の高いものを提供するのが大事。障害を理由にダブルスタンダードを設けるのではなく、同じ課題を達成するための方法を工夫するという考え方。 履修の免除や代替の配慮を要する場合もあるが、その責任は、支援組織(支援室や支援担当教職員)ではなく教育組織(各学部、専攻の教職員)が担う。 A障害学生と一般学生がともに学ぶこと 障害学生支援の枠組みの中で「一般学生の成長を期待する」と調うことについては議論があるものの、障害のある学生とない学生がふれあってキャンパスライフを送ることは、「将来リーダー的存在となる人材を社会に輩出する」という大学の役割に 照らしても有効。 図 1 筑波大学の支援概念 (青柳氏講演スライドより引用) ■同志社大学 質の高い支援のためには… 建学の精神(「人ひとりは大切である」=全員同じ立場で学ぶことの大切さ)に立ち戻り、大学全体の間題として意識を共有することが必要。28,000人の学生全員が関われる体制をつくることがポイント。 質の向上につながる 3つの多様性 @支援学生の多様な支援学生の確保 支援学生が増えれば、障害学生とのマッチングにも幅ができ、質の向上につながる。 A多様な障害学生のニーズへの対応 聴覚障害学生の中でも個々のニーズは様々で、それらに対応した支援を実施したい。 B支援の制度の多様性の実現 2009年から学生支援センター、保健センター、カウンセリングセンター、キャリアセンターを学生支援機構としてまとめ、障害学生支援を含む様々な学生サポートに協力して取り組む体制をスタートさせている。 このように、3大学から提示された「理想の支援とは」「質の高い支援とは」への答えから、次のようなキーワードが得られ、これらを切り口として「支援の質」を捉える具体的な像を描くことができた。 「全学的な均質の支援」 「卒業後を見据えた支援」 「教育的質」 「支援の多様性」 「障害を専門とする教職員の配置」 その一方で、「支援の質を高める」と一口に言っても、実際には大学ごとの理念に基づき、アプローチの方法を見定めていることがうかがえた。 U具体的な組織的実践について 次に、各大学では理念に基づき具体的にどのような取り組みによって支援の質向上に取り組んでいるのか、特徴的な取り組みについて報告をいただいた。以下、各大学の取り組みについて記載する。 ■関西学院大学 [支援体制の概要] 関西学院大学の障害のある学生の受け入れについては戦前から実績があるが、全学的な取り組みは次の通りとなっている。 1975年身体障害者間題検討委員会から答申が出され、基本的な考え方が示された 2006年均一な支援体制の必要から、教務部にキャンパス自立支援課を設置 2011年学長直属のもとに総合支援センターを設置(教務部キャンパス自立支援課(障害 学生支援)と学生部学生支援センター(カウンセリング関係)を統合) [特徴的な取り組み] 1.学生相談との統合によるメリット 学部ごとに障害学生に対応していた時代は支援にばらつきがあったが、全学体制にして以来、支援ノウハウが蓄積しやすくなった。更に、2011年に学生相談の専門部署と統合されたことにより、障害学生支援におけるカウンセリング体制が充実したというメリットも得られている。 また、総合支援センター委員会が設けられ、ここで支援の方針決定や情報共有ができるため、パランスのとれた支援が実現している。 更に、学生相談の専門部署と統合されたことにより、障害学生支援におけるカウンセリング体制が充実したというメリットも得られている。 2.機能拡充のための人員配置 具体的な支援体制の中でも、機能拡充や支援充実を実現するためには人材が必要であるとの合意を学内に形成。総合支援センターへの組織改編にあわせ、現在コーディネーターとカウンセラーの人員増が図られている。コーディネーターは今後、各キャンパスで増員 する予定である。 図2関西学院大学の支援体制(徳田氏講演スライドより引用) 3.教員組織の充実による専門性の向上 センター長(副学長)、副センター長(学生相談専門と障害学生専門の教員 2名)の他、 5名のセンター委員をおいており、事例検討会で情報共有が可能になっている。 また教員だけでなく事務局職員の立場でも、専門的な知識をある程度有しておく必要があると捉えている。 ■筑波大学 [支援体制の概要] 1973年 開学時より個別的な障害学生支援が行われる 2001年 全学的支援を開始 2007年 障害学生支援室を設置 2009年 専任教員を配置 教育担当の副学長が障害学生支援室長を務め、年 2回の会議で支援の方針を検討する。実際の支援は、副室長を含む専門部会(障害科学専門教員 9名と保健管理センター教員 1名)が実施している。 筑波大学は大学院生の割合が多いという特性があり、大学院に在籍する障害学生数が比較的多く、専門分野の支援をどうしていくかが課題になっている。 [特徴的な取り組み] 1.障害科学の専門教員を中心とした支援室の運営体制 障害科学を専門とする教員が兼業で室員を務め、全学の障害学生支援へアドパイザー的役割を果たしている。視覚障害、聴覚障害、運動障害の各部をつくり、それぞれ学生中心の支援チームを運営している。発達障害については、障害の特性も鑑みて、現在は個別的な対応を行っている。 2.全内各組織との「連携」を大切にした支援 障害学生支援室は、大規模大学の中で障害学生も教員もたらい回しにされず、一次対応できる総合窓口として機能している。但し、教育組織が中心となって支援を行うため、障害学生支援室は各教育組織に対してアドパイスを行うという形を徹底している。 例えば障害学生の入学時相談は、支援室が主導せず、入学予定の教育組織担当者と一緒に学生のニーズ確認や支援内容の相談を行っている。 事務組織との関係も同様で、学生宿舎、就職などそれぞれの事務組織の業務の中に、障害学生に関わるトピックスを埋め込み、それらを支援室がサポートしている。 3.ピア・チューター制度 日常の学習支援は、基本的にピア・チューター(支援学生)が担う。ピア・チューターは、毎年学内の学生から希望者を募り、講習を行って養成。その際、障害学生が支援の輪を広げる活動の中心となるよう心がけている。 ピア・チューターの活動内容は、個々の障害学生に対する支援のほか、支援チームの運営や養成などをスタッフ活動として認定している。狭義の支援コーディネート(障害学生とピア・チューターのマッチング)も学生スタッフが担当している。 4.バリアフリー化の考え方 “どんな学生にも使いやすい”を目指す「ユニバーサルデザイン」は、大学の場合当てはめにくい場合も多い。ユニパーサルデザインでは解決せず、個のニーズに応じたバリアフリー化で対応した例として、手の力が弱い車いす利用学生が既存のスロープを活用できなかったため、その学生が頻繁に利用する建物入口にリフトを設置した事例がある。 5.当事者参加型の支援支援を周りに任せきりにするのではなく、障害学生が支援の中心にいて自分も成長していくような支援を大切にしている。 障害学生に学んでほしいこととして、 @ニーズの自覚A自分を取り巻く支援・協力体制の把握B研修・コーディネート能力C支援者とのコミュニケーション能力の 4点を、専任教員として念頭に置いている。 ■同志社大学 [支援体制の概要] 1937年へレン・ケラー女史が来学 1949年日本で初めて点字の受験対応…兼ねてから障害者受け入れの意識は高い 2000年大学長の諮間機関「障害者間題委員会」より学生支援制度を作るべきとの答申 2001年有償支援の開始「講義補助」から「講義保障」へ 学生支援課内に(組織としての)障がい学生支援室がおかれ、学生支援課長、生活係長が支援室業務を兼務。スタッフはコーディネーター3名、アルパイト 3名。 254名の学生スタッフ登録があり、100名ほどが実働している。 [特徴的な取り組み] 1.サポートスタッフの確保 多様な支援の実現のためにサポートスタッフの数を確保するべく、3月上旬には合格者全員に宛て、入学手続き資料に支援活動の紹介パンフレットを同封し、支援制度の PRならび にリクルートを開始する。4月以降も、支援活動の PRを継続している。 2.ランチタイム手話 支援の多様性に向けた取り組みの一つとして、学生支援センター内のラウンジスペースを使い、昼休みに誰でも手話の練習ができる場を作っている。 3.フォローアップ勉強会 パソコンノートテイクの技術向上のために実施している勉強会では学生が講師を務めており、少人数であっても技術向上の効果は高く、非常に機能している勉強会と言える。 4.学期末懇談会 障害学生、支援学生、教職員が参加する懇談会を学期末に実施している。 ここでは、障害学生から「支援の質を上げてほしい」といった生の意見が出されたり、「支援活動は有償であるべきか?」といった学生同士の論戦があったりと、支援に関わる人たちの懇親にとどまらない意見交換の場ともなっている。 図3 同志社大学の学期末懇談会の様子 (真銅氏講演スライドより引用) この他、障害学生とその他の学生が 2泊 3日を共に過ごし様々な気づきを促す「Challengedキャンプ」、京都コンソーシアムの単位互換授業として開設されている「こころのパリアフリーを考える」、キャリアセンターと連携した障害学生対象のインターンシップ実施など、教育活動を通して障害学生支援を全学で共有し、質の向上に結び付けようとする取り組みが紹介された。 まとめと到達点 本分科会は、(1)「質の高い支援」の意味合いについて概念的な整理を試みること、(2)それをどのように組織の中で具体的な取り組みとして体現できるか議論すること、の 2点を目的に行われた。関西学院大学、筑波大学、同志社大学に具体的な取り組みをご報告いただく中で、これらの目的に対し一定の成果はあげられたと思われる。以下、本分科会の議論から見えてきた点を述べる。  まず、各大学とも、障害学生支援の枠組みに限定されない、大学としての基本軸の重要性について強調された。すなわち、建学の精神や社会から期待される大学としての使命と、 4年間の教育を通してどのような学生を育てていくか、社会に送り出していくべきかというビジョンでつながれた各大学で共有された価値観である。分科会冒頭に「質の高い支援とは何か?」という一言でイメージされる概念について説明をお房いしたが、障害学生にフォーカスされたことではないにもかかわらず、3大学がともにこうしたことを述べられたことそれ自体に、障害学生支援においても大学教育としての基本軸の設定とそれを関係者間で共有することの重要性が現れているといえよう。  しかし対照的に、具体的な取り組みについては、非常にバラエティに富んだ事例が報告された。関西学院大学の専門性を持つカウンセラー・コーディネーターの配置及び学生の実態に応じての増員、筑波大学の教員が主体となった支援体制の構築や障害学生の主体性を中心に据えた運営、同志社大学の Challenged キャンプやインターンシップ等は、それぞれが各大学特有の興味深い取り組みであった。このことは、「質の高い支援」を組織的に実践する過程では、画一された方法論にもとづいてそれを目指すのではなく、各大学の特色や強みと活かし、それらに合致した形で体現していく必要があることを示唆している。  また、こうした多様な取り組みをご報告いただく中で、「質の高い支援」を概念的に整理するヒントが得られたと思われる。それぞれの取り組みの意図するところや目的、期待していること、改善したいこと等があわせて報告されたが、「質の高い支援」に関連すると思われるキーワードがいくつか見受けられた。それらを列挙し、整理を試みたものが図 4である。 3大学の報告から得られたキーワードを大きく整理すると 4領域に区分される。すなわち、(1)支援制度の管理と運営、(2)教員および研究、(3)障害学生、支援学生、その他の一般学生( 4)学生と直接接する職員・コーディネーター等のスタッフである。そして、例えば支援制度の管理運営については、全学的に均質の支援、窓口の一本化、長期的・継続的な支援計画の策定が、また教員・研究については、研究的アプローチによる実務の補完や専門知識の提供等がキーワードとして挙げられた。こうして見ると、質の高い支援とはいわゆる情報保障の提供やその質の向上といった特定の範囲にとどまらない、より広範な視点に立って実施されるべきものであることが浮かび上がってきたのではないだろうか。本分科会でのこれらの議論を整理していくと、「質の高い支援」の概念的意味合いについて、一定の答えが見えてきたといえよう。すなわち、質の高い支援とは、大学としてのミッションや教育目標と、その結果として期待される「学生像」というアウトプットまで の基本軸が設定され、その軸に障害学生支援の目標や目指すところ(図 4中央のひし形部分)が一致し、情報保障の提供だけではなく、障害学生支援に関連する管理運営・教員・学生・スタッフといった広範な範囲を意識しながら具体的な取り組みを通して目指すべき目標を設定すること、そしてその具体的な取り組みを各大学の強みやリソースと照らし合わせながら最も効率的で効果的な方策を選択して実施していくことと言えるかもしれない。  今後も「質の高い支援」について引き続き活発な議論がなされ、理論化されていくことが期待される。その結果として見出されるそれは、予算の効率的な運用や関係者の利害の衝突、支援すべき範囲の策定など、現在の障害学生支援が直面する様々な課題にアプローチしていくにあたっての有意義なガイドラインとなっていくと思われる。 図 4 支援の質を捉える 4領域(第一著者の当日投影スライドを一部改編) 【特別講演】 「障害学生の支援について」 講師・文部科学省高等教育局学生・留学生課厚生係・就職指導係係長黒部敦之氏 【パネルディス力ッション】 「震災時に求められる聴覚障害学生支援のあり方とは? 一東日本大震災後の現状と課題から一」 報告者:宮城教育大学 松崎丈/筑波技術大学 萩原彩子 企画趣旨 東日本大震災では、聴覚障害学生はどのような状況におかれていたのか。聴覚障害学生支援に携わる関係者はどのように動いていたのか。テレビや新聞ではとりあげられることがない聴覚障害学生を取り巻く現状と課題を共有するとともに、今後も起きうる自然災害に対し、聴覚障害学生や支援関係者はどのように防災対策を進める必要があるのかに関する検討が急がれる。 そこで今回は、宮城教育大学、筑波技術大学から東日本における聴覚障害学生支援活動を報告するとともに、西日本では日本福祉大学から現在行っている防災・減災に関する取組内容についてお話しいただき、フロアとのディスカッションも交えながら、聴覚障害学生、大学、PEPNet Japanのそれぞれに求められる防災・減災対策のあり方について討議を行った。各話題提供者からの発表内容は以下の通りである。 話題提供 まず、司会である日本福祉大学の浅井純二氏から東日本大震災について全体的な報告をいただいた。東日本大震災は、日本で記録された災害被害者数としては歴史上 3番目となる、2万人を超える死者・行方不明者が確認されている。特に津波による被害が大きく、被害は広範囲にわたっていることなどが特徴として挙げられる。この震災から浮かび上がった課題を新聞記事などを引用しながら、 @災害意識、AA難後の生活、B地域とのつながり、Cボランティア等の継続支援の必要性、D国の計画と現実のギャップという 5点に絞って解説していただいた。 図1 聴覚障害学生・成人の体験談 次に、第一著者から「東日本大震災における聴覚障害学生支援活動一宮城県を中心に一」として、宮城県内の大学に在籍する聴覚障害学生ならびに支援学生の被災状況、震災時における聴覚障害学生の様子や体験談について話題提供がなされた。幸いなことに災害発生時、すべての聴覚障害学生が家族や友人等と一緒にいたが、音情報が聞こえないためにA難や支援に関する情報が把握できな かったり(情報の把握困難)、手話で話せる(第一著者作成スライドより引用) 相手が周りにいない上筆談等にも十分に応じてもらえなかったり(コミュニケーションの過疎化、孤立化)するなどの間題が起きていたことがわかった。聴覚障害学生への安否確認では、Twitterやメールが有効な手段であった。 また、震災からしばらくして落ち着き始めた頃、聴覚障害学生にどのような支援が必要かのニーズ調査を行った結果、@手話等によるコミュニケーションの場の必要性、A情報機器・コミュニケーションツールの活用、B遠隔地通訳支援の整備、の 3点が挙げられた。 Bについて PEPNet-Japanに検討を依頼し、実現したのが「東北地区大学支援プロジェクト」である。 このプロジェクトについては、日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan)事務局長を務めている筑波技術大学の白浬麻弓氏から報告がなされた。「東北地区大学支援プロジェクト」は、震災後の混乱で支援者の確保が困難になった東北地区の大学に対して、遠隔地から授業の情報保障を行うために立ち上げられたプロジェクトである。筑波技術大学を中心とした研究チームが研究・開発を行っている「モパイル型遠隔情報保障システム」を用い、インターネット回線を通じて被災地の大学にパソコンノートテイクが行われた。PEPNet-Japan連携大学を中心に、13大学が入力支援や技術サポートを担当し、被災地にある 4校に対して前期週 20コマ(のべ 262コマ)のサポートを行ったとのことであった。最後に白浬氏は、全国にネットワークを持つ PEPNet-Japanとして、被災地に対して 全国的な支援を行うことは我々の役割であり、今後の方向性を探っていきたい、とまとめている。 そして日本福祉大学の藤井克美氏からは、大学として現在行っている防災・減災に関する取組内容に関する話題提供がなされた。東海地方は将来大規模な地震が想定されている地域であり、海や川も近いことから津波の被害も予想されている。また、日本福祉大学は全国でも障害学生の在籍数が多い。それらの状況を踏まえながら「日本福祉大学大規模震災対応マニュアル」や「災害レスキューマップ」(図 3参照)の紹介、 避難訓練、備蓄の様子などについて具体的な取組が報告された。特に聴覚障害学生への対応としては、災害発生時の 避難放送を障害学生支援センターのメーリングリストを通じて携帯電話にメールしたり Twitterで避難情報を送信することになっており、避難訓練でも実施したが、返信のない学生も多数おり、今後の検討が急がれているとの報告があった。また、障害学生に特化した避難ルートの検討も今後の課題となっているとのことであった。 図2 実際の様子(入力側:同志社大学) (白淳氏作成スライドより引用) 図3 日本福祉大学半田キャンパス 災害レスキューマップ (藤井氏作成スライドより引用) 最後に、再び第一著者から、東日本大震災の経験から、今後必要と思われる防災対策を述べた。 災害時の聴覚障害学生支援を検討するにあたって重要なポイントとして、まず災害時の聴覚障害学生には図 4のような特徴が見られることを理解しておく必要がある。特に7に挙げた「障害学生支援の進展により「情報」に対する態度の変容」については、災害時でさえなお受け身になりがちな聴覚障害学生の様子から感じたことであり、聴覚障害 学生へのエンパワメントにも関係する非常に重要な課題である。 大学や関係団体は、これらの特徴を十分理解したうえで聴覚障害学生に対する防災・減災教育を行っていく必要があると考えている。聴覚障害学生が災害時であっても自ら判断し、自ら行動することが可能となるような防災・減災教育が必要であり、その1つの方法として「クロスロード」(図 5参照)は有効な手段になると思われる。また、障害学生の参加を念頭に置いた防災訓練の充実、聴 覚障害に配慮した緊急設備等の整備や地域(在住地域や聴覚障害者団体)とのつながりについても検討しておく必要がある。 図4 聴覚障害学生の特徴 (第一著者作成スライドより引用) 図5 クロスロードの例(第一著者作成スライドより引用) そして、災害前、災害後、その間にどのようなことが起こり得るのか、それを聴覚障害学生、大学側、PEPNet-Japanなどと立場を変えて、大まかなプラン(ロードマップ)を作っておくことも重要であろう(図 6参照)。 図6ロードマップ:災害時の聴覚障害学生支援(第一著者作成スライドより引用) まとめにかえて 今回のパネルディスカッションでは、フロアとのディスカッションの時間が少なかったものの、これまであまり焦点が当てられていなかった、災害時の聴覚障害学生支援について様々な角度から報告や話題提供が行われたことは非常に意義深い。特に、東日本大震災の際聴覚障害学生が置かれた状況やそこから浮かび上がった間題点は、平時における聴覚障害学生支援現場においても起こりうる事柄であることが少なくないことが確認されたと思われる。したがって、災害時の聴覚障害学生支援に向けて防災・減災に直接関係する取組を行うだけでなく、日々の支援活動で学内の聴覚障害学生、支援学生、教職員、ひいては他大学・機関・地域といかに関わっていくのかということも間われていると言えよう。 近い将来、この東日本大震災に続いて、西日本大震災と言われるように東海・東南海・南海連動型地震が発生する可能性があるという。一刻も早い復興を房うとともに、この未曾有の震災で得た経験を無駄にしないよう、一人でも多くの方が動き出すことを切に房う。 【ランチセッション】 「聴覚障害学生支援に関する実践事例コンテスト2011」 「PEPNet-Japan連携大学・機関の活動紹介」及び「視聴覚障害学生支援に関する機器展示」 ランチセッションでは「聴覚障害学生支援に関する実践事例コンテスト 2011」の他、「PEPNet-Japan連携大学・機関の活動紹介」、筑波技術大学教員による「視聴覚障害学生支援に関する機器展示」も併せて開催された。 「聴覚障害学生支援に関する実践事例コンテスト 2011」は、全国の大学が日頃実践している支援の取り組みをポスター形式で発表し、情報交換を行うとともに創意工夫やアイディアの斬新さを表彰するコンテスト企画であり、今年で 4回目の開催となった。参加者にはあらかじめ投票用紙を配布し、「ぜひ参考にしたい」と思う内容について投票して頂き、多くの票を集めた団体には閉会式にて表彰がなされた。会場内では1時間半余りの時間、積極的な情報交換が行われた。なお、表彰のプレゼンテーターは、 PEPNet-Japan運営委員ならびに筑波技術大学関係者にお房いした。以下に表彰された団体を紹介する。 「PEPNet-Japan賞」には、宮城教育大学しょうがい学生支援室聴覚しょうがい学生部会運営スタッフが発表した、日々の活動紹介のポスターが選ばれた。発表ブースでは、日頃支援室に掲示している支援学生・聴覚障害学生全員の顔写真が掲示されるとともに、参加者との積極的な意見交換をしている様子が印象的であった。 「準 PEPNet-Japan賞」は、愛媛大学障がい学生支援ボランティア(CBP)に贈られた。日々の活動を地元伊予弁で紹介するという新しいアイディアが用いられていた。 「グッドプラクティス賞」は、日本工業大学の発表が選ばれた。パソコンによる字幕の自動要約を利用した情報保障についての研究発表がなされ、参加者から多くの関心を集めていた。 「アイディア賞」は群馬大学障害学生支援室に贈られた。群馬大学では手話通訳による情報保障支援を実施しており、その現状や課題について発表され、聴覚障害学生からの質間が多くされていた。 「PR・啓発グッズ部門賞」は関西学院大学総合支援センターが受賞した。活動内容が分かりやすく纏められた支援学生募集ポスターやパンフレット等が展示された。 なお、上記以外の団体には「奨励賞」が授与された。全てのポスターは PEPNet-Japanホームページに掲載しているのでご覧頂きたい。本企画は各大学の取り組みの発表の場だけに限らず、参加者同士の情報交換の場として、今後も継続していきたいと考えている。 <参加団体紹介〉 ○パネル発表部門 日本工業大学 明治学院大学学生サポートセンター 千葉大学ノートテイク会 愛媛大学障がい学生支援ボランティア(CBP) 愛媛大学バリアフリー推進室 愛知教育大学 群馬大学障害学生支援室 日本社会事業大学 STT&聴覚障害学生支援プロジェクト室 早稲田大学障がい学生支援室 筑波大学障害学生支援室聴覚障害学生支援チーム 宮城教育大学しょうがい学生支援室聴覚しょうがい部会学生運営スタッフ 東北福祉大学障がい学生支援室 ○PR・啓発グッズ部門賞 東京大学バリアフリー支援室 関西学院大学総合支援センター 宮城教育大学しょうがい学生支援室 ※順不同、敬称略 「PEPNet-Japan連携大学・機関の活動紹介」では、全国の連携大学・機関の活動紹介をパネルで紹介するとともに、PEPNet-Japanで取り組んでいる「コーディネーター連携事業」「エンパワメント事業」それぞれの成果報告を行なった。事業ワーキンググループメンパーが説明に立ち、報告内容について参加者との意見交換がなされた。 「視聴覚障害学生支援に関する機器展示」では、筑波技術大学の教員の協力を得て先端の情報保障機器の展示を行い、参加者との意見交換が活発になされていた。 併せて東日本大震災時における東北地区大学支援プロジェクトの報告ブースを設け、 PEPNet-Japan連携大学・機関を中心として実施した「モパイル型遠隔情報保障システム」の説明・体験を行うとともに、支援利用大学から寄せられた支援への感想と御礼を伝えるポスターが展示され、多くの方にご覧頂いた。以下に「視聴覚障害学生支援に関する機器展示」での発表内容ならびに発表者を記載する。詳細については当日資料を参照されたい。 ○聴覚障害学生支援に関する機器展示 ・補聴器フィッティング用装置/FM補聴システム(筑波技術大学障害者高等教育研究支援センター教授 佐藤正幸氏) ・携帯電話を活用した『モパイル型遠隔情報保障システム』(筑波技術大学障害者高等教育研究支援センター准教授 三好茂樹氏) ・聴覚障害者の講義受講支援のためのプロジェクタを用いた情報保障の検討(筑波技術大学産業技術学部准教授 若月大輔氏) ・聴覚障害学生向けソフトウェア操作教示ツールSZKIT(筑波技術大学産業技術学部講師 鈴木拓弥氏・筑波技術大学保健科学部准教授 小林真氏) ○視覚障害学生支援に関する機器展示 ・数式を含んだ文書も認識し点字などへの変換を行う Inftyシステム(筑波技術大学障害者高等教育研究支援センター准教授 金堀利洋氏) ・最新の視覚障害者用支援機器貸し出しの紹介(筑波技術大学障害者高等教育研究支援センター講師 宮城愛美氏) 第7回日本聴覚障害学生高等教育支援シンポジウム 実行委員 大会長 村上芳則筑波技術大学 学長 実行委員長 石原保志筑波技術大学障害者高等教育研究支援センター長 事務局長 白淳麻弓筑波技術大学 実行委員 松崎丈宮城教育大学 岡田孝和 日本社会事業大学 吉川あゆみ 日本社会事業大学 i部安雄筑波技術大学産業技術学部長 中嶋靖雄筑波技術大学聴覚障害系支援課長及川力筑波技術大学 小林正幸筑波技術大学 佐藤正幸筑波技術大学 大杉豊筑波技術大学 三好茂樹筑波技術大学 河野純大筑波技術大学 蓮池通子筑波技術大学 萩原彩子筑波技術大学 磯田恭子筑波技術大学 中島E紀子 筑波技術大学 石野麻衣子 筑波技術大学 関口紘未筑波技術大学 大橋弘依筑波技術大学 第 7回日本聴覚障害学生高等教育支援シンポジウム 報告書 発行:日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan) 事務局 〒305-8520 茨城県つくば市天久保4-3-15 筑波技術大学障害者高等教育研究支援センター ※本事業は、文部科学省特別教育研究経費による 拠点形成プロジェクト(筑波技術大学)の活動の一部です。