H28部局を越えたテーマ別教育研究推進のためのディスカッション「技大に着任し数年経ち思うこと」の開催報告 若月大輔1),岡崎彰夫1),松下昌之助2) 筑波技術大学 産業技術学部 産業情報学科1)筑波技術大学 保健科学部 保健学科2) 要旨:2017年3月2日に筑波技術大学で行われた「部局を越えたテーマ別教育研究推進のためのディスカッション」について報告する。4回目の開催となる平成28年度のテーマは「技大に着任し数年経ち思うこと」である。今回のディスカッションでは,4名の話題提供者とファシリテータを本学に着任して5年以下の教員に担当してもらい,話題提供の後に各話題について参加者を交えたディスカッションを行った。本稿では,今回のディスカッションの内容について報告する。キーワード:聴覚障害,視覚障害,新任教員,ディスカッション,開催報告 1.はじめに 筑波技術大学の学術・社会貢献推進委員会では「部局を越えたテーマ別教育研究推進のためのディスカッション」を毎年開催している。これは,筑波技術大学における部局やキャンパスの枠を越えた全学的な共同研究,教育研究活動の高度化の推進を目的としており,学内の教職員からの話題提供をもとに,ディスカッションを行う形式で行われてきた[1]。平成25年度から数えて4回目の開催となる今回は,「技大に着任し数年経ち思うこと」というテーマで,2017年3月2日(木)に,天久保キャンパス大会議室で開催された。新任の教員から見た前の職場と本学との職場環境の違い,本学の長所と短所について議論の場を設け,本学の教育研究活動をあらためて省みることによって,部局間の枠を越えた教育研究活動を推進することを目的とした企画である。本稿では,今回のディスカッション(以下,本ディスカッション)の内容について報告する。 2.本ディスカッションの概要 表1に本ディスカッションの概要を示す。本ディスカッションでは,まず,学術・社会貢献委員会の三浦寿幸委員長より開会挨拶と趣旨説明があり,次に,産業技術学部の倉田成人教授をファシリテータとして,4名の話題提供者から各15分間の持ち時間で話題提供が行われた。その後,各話題について参加者を交えたディスカッションを約50分間行った。そして最後に,大越教夫学長からの講評,坂尻正次副委員長の閉会挨拶という流れで進行した。第3章で話題提供の内容,第4章でディスカッションの内容を紹介する。参加対象者は,本学の教職員であり,約50名が参加した。また,聴覚や視覚に障害がある教職員の参加のために,手話通訳と文字通訳による情報保障が実施され,点字資料も配布された。 表1 本ディスカッションの概要 テーマ 技大に着任し数年経ち思うこと 開催日時 2016年3月2日14時00分〜16時00分 開催場所 筑波技術大学天久保キャンパス大会議室 ファシリテータ 倉田成人(産業技術学部産業情報学科・教授) 話題提供者と表題 1.白石優旗(産業技術学部産業情報学科・講師)「How to Make NTUT a Better Place」 2.脇中起余子(障害者高等教育研究支援センター障害者基礎教育研究部・准教授)「情報保障に関して思うこと」 3. 嶋村幸仁(保健科学部情報システム学科・准教授)「ビジネス知識で大学発ベンチャーを!!」 4. 小林ゆきの(障害者高等教育研究支援センター障害者基礎教育研究部・講師)「産前産後・育児休業を取得して」 参加対象者筑波技術大学教職員 情報保障手話通訳,文字通訳,点字資料配布 実施担当 学術・社会貢献推進委員会担当:岡崎彰夫,松下昌之助,若月大輔委員長:三浦寿幸,副委員長:坂尻正次 3.話題提供の内容 ファシリテータの倉田成人教授より,4名の話題提供者から本学に着任して思うこと,本学と前の職場との違い,心がけていることなどについて,率直な感想,驚き,戸惑いなどをシンプルに語っていただく旨の説明があり,本ディスカッションが始まった。各話題提供の内容については3.1節から3.4節にまとめる。  3.1 How to Make NTUT a Better Place白石優旗講師からは,本学をより良い場所にするための現状と課題について話題提供があった。白石講師は,まず,大学教員としての経歴を含めた自己紹介のあと,本学着任後に感じたコミュニケーション時の手話の必要性,学生に対する日本語指導の必要性について触れた。また,他大学と比較して学生数が少ないため,より密なコミュニケーションがとれること,一方,適切な距離感をもって接する必要があることについても述べた。次に,本学が今後どうしていけばいいかの提案があった。1つ目は,学生とのコミュニケーションがとりやすい小さな大学であるメリットを生かすことである。例えば,産業技術学部内の工学とデザイン学分野の境界領域の研究の積極的サポート,聴覚障害と視覚障害の教育研究活動の融合について述べた。2つ目は,聴覚障害学生と接する際のコミュニケーションコストについてである。通常の大学生は聞きながらノートを取ることができるが,聴覚障害学生にはそれが難しいため時間がかかることに触れ,組織的なマンツーマン指導の徹底や,卒研の前倒しなど,本学ならではの方法を模索すべきであると述べた。3つ目は,健常者との関わりを増やす必要があり,他大学との単位認定交流授業の実現について提案があった。4つ目は,本学の存在のアピールについてで,大学名や学部名の変更も視野に入れて,健常者にも開かれた大学を目指すべきであると述べた。最後に,リーダー的学生を育成し,学生間で刺激しあうことで学生全体の能力向上を図るリーダー育成コース設の提案をして話題提供を終えた。 3.2 情報保障に関して思うこと脇中起余子准教授からは,大学生時代と前職の京都府立聾学校の経験をもとに情報保障に関して思うことについて話題提供があった。脇中准教授は,まず,大学時代からようやく受けられるようになった情報保障の経験を通して,情報保障体制の種類を組織外の人が通訳を担当する外部保障型と,組織内の人が担当する内部保障型に分類して説明した。大学生時代は最初外部保障型であったが,内部保障型を目指して手話サークルを結成することで,友人との距離が縮まり充実した大学生活を送ることができたことについて述べた。聾学校着任後もこの経験がベースとなって内部保障型を目指して活動を続けているが,外部保障型と内部保障型を状況によって使い分けることが大切であると論じた。次に,情報保障の中身について,音声から手話へ,あるいは手話から音声への通訳が正確にできているか疑問に感じていることについて述べた。手話と日本語が異なる言語であることに触れ,特に日本語独特の言い回しや二重否定などの通訳の難しさについて説明した。最後に,ろう者の世界の理解にはろう者学も必要だが,今後はろう者と聴者の共存学や共生学のようなもの必要ではないかという提案があった。そして,聴覚障害者が聴者との間に距離を感じなくてすむための,聴覚障害者の学習言語の力を伸ばすためのコミュニケーション方法と情報保障のあり方についての研究がもっと進んでほしいという想いについて言及し,話題提供を終えた。 3.3 ビジネス知識で大学発ベンチャーを!!嶋村幸仁准教授からは,県庁の公務員としてベンチャー企業育成に関する業務に従事した経験を中心とした自己紹介ののちに,話題提供が始まった。嶋村准教授は,まず,本学では,起案などを事務担当者がやってくれること,個人研究室を与えられたことがありがたかったといった着任後の率直な感想について述べた。次に,視覚障害学生に対する教育が初めての経験であり,学生とのコミュニケーションで苦慮していること,本学の規模は中小企業と似ているが,企業と比べて社長(学長)と会う機会が少ないことを心配していることについて述べた。また,学生について,重複障害がある学生が多いこと,将来をイメージできていない学生が多いことについても触れた。そして,着任して環境に慣れていない状態で重複障害がある学生の指導を担当し,非常に苦労したが就職まで面倒をみることができたことが現在の教育活動の自信につながっていることについて述べた。 最後に,現在,経営学,経営戦略およびマーケティングなどの授業を担当することになり,本学におけるビジネス分野の必要性の高まり感じていることについて触れ,障害者の雇用につながるような大学発のベンチャーを作りたいと考えていると述べた。例として,スカイプでの英会話教室を挙げ,視覚障害者による外国人に対する日本語の会話ビジネスに取り組みたいと言及し,話題提供を終えた。3.4 産前産後・育児休業を取得して小林ゆきの講師からは,自身の大学での英語教育歴を中心に自己紹介があったのち,英語教育と障害および出産と育児の観点から話題提供があった。小林講師は,英語教育について,着任直後は特別な技術が必要と思っていたが,口頭で説明するだけで対応可能であることがわかったこと,その一方で,技術よりも全盲の学生の誘導や,適切な情報提供に困難を感じていることについて述べた。また,学生の英語の学力差が大きいため,それぞれの学力に合わせた効率的な授業が難しいことに触れた。英語力が低い学生に対しては補習や個別授業で対応しているが,英語力が高い学生には十分指導できていない現状を改善する必要があることのことであった。出産と育児については,産前・産後休暇を3ヶ月,育児休暇を4ヶ月とり,子供の体調がよくないときは看護休暇をとっている現状について触れ,周囲の理解や支援に対する感謝を述べた上で話題提供が始まった。小林講師は,まず,出産と育児に関連する休暇や育児短時間勤務などのシステムについて説明した。次に,裁量労働制で勤務している大学教員にとって,育児短時間勤務は意味がないと感じていることについて触れた。授業担当の時間帯によっては育児との両立が困難であること,代理で講義をしてくれる人を探すのが難しいこと,様々な配慮や支援をしてくれる周囲の先生方の負担が増え,その負担も一極化しやすいことなどについて論じた。そして,今後は現状の制度に加えて,新たに教員向けの制度を設けることで,本人や周囲の負担をできるだけ軽減してほしいとの期待を述べた。例として,産休育休代替制度の活用,育児短時間勤務に変わる時間割移動の制度化について説明し,本人や周囲の誰もが,より気持ちの良い環境で育児や仕事に取り組めるよう願っていることについて触れ,話題提供を終えた。 4.ディスカッション 4名からの話題提供の後,各話題に対する質問とディスカッションの時間に移った。ファシリテータの倉田成人教授から,それぞれの話題について議論を深める旨の説明があり,ディスカッションが始まった。白石講師の話題提供について,健常者にも開かれた大学に変わった場合にどのような変化が予想されるかという質問があった。これに対して,白石講師は,本学の知名度が向上すること,健常者との対等な関係が築けること,健常者にとっては障害者とともに学ぶことで自分の専門性が高められ,互いに良い相乗効果が生まれることを期待していると述べた。また,健常者に開かれた大学として舵を切った場合の筑波大学との差別化について,手厚い学生支援が社会に出てからの自立を妨げることがある現状について意見交換が行われた。脇中准教授の話題提供について,理想的な情報保障とはどのようなものと考えているかという質問があった。これに対して,脇中准教授は,前職では同僚に可能な範囲で通訳をお願いしていたら自分を含めた聴覚障害者とコミュニケーションできるようになったこと,会議などでは意見を正確に伝えるために手話通訳を利用したほうが良いことに触れ,状況に応じて当事者どうしで相談して決めるのが最良であると説明した。また,手話を使って授業をする際に,日本語との対応がない単語について,教育上どのように学生に伝えることが適しているかについて議論がなされた。嶋村准教授の話題提供について,教育が優先的な本学の教員の教員にとって,特許をとって他との差別化を図り,ベンチャーを作るのは難しいと考えられるとのコメントがあった。これに対して,嶋村准教授は,最先端ではなく障害者のみに事業を行ってもらい,聴覚・視覚障害者のための大学発ベンチャーを生み出したいと述べ,視覚障害者でも在宅でできる業務モデルを例として挙げた。また,想定しているベンチャーの大学の損益について,ベンチャーの運営を行う教職員の負担についても議論がなされた。小林講師の話題提供について,筑波大学が保有している保育所の共同利用を持ちかけてはどうかという提案,女性が働き易い環境を具体的なかたちで示してほしいという要望,話題提供中に紹介された制度があるならばそれに粛々と従い互いにできる範囲でやっていくべきといったコメントがあり,議論がなされた。また,学生および教職員にとってより魅力がある大学になるために何が必要かについて議論がなされた。本学の理念にもある学生のリーダーシップを育てるという目的達成のために,その志をもつ学生の募集や育成を強化する必要があること,より優秀な教職員を採用するために着任後の支援のあり方などについて意見交換がなされた。最後に大越教夫学長より,着任して間もない4名の教員の話題提供や,それらに関する議論を通して,非常に参考になったという感想,そして今後も大学全体が一丸となり学生募集と学生指導に力を入れてほしいという教職員に対する激励の言葉が述べられ,本ディスカッションが締めくくられた。 5.おわりに 本学は聴覚障害や視覚障害がある学生のみを受け入れている大学であり,一般的な大学とは教育研究環境が異なる。そこで,本学に着任して間もない新任教員を話題提供者とした議論を通して,客観的な立場での本学の長所と短所を明らかにすることによって,本学のありかたならびに部局間の枠を越えた教育研究活動を推進することを目的とした企画であった。前職が大学の教員,ろう学校の教員および県庁の職員といった経歴を持つ教員として,自身がろう者である教員として,出産と育児中である教員として,様々な観点から話題提供をいただき,本学の異なる部局の教員間で情報交換や議論を行った。 本ディスカッションで得られた成果が,本学の部局を越えた共同教育研究事業ならびに効率的な管理運営に資することができれば幸いである。 参照文献 [1] 若月大輔,新井達也,宮城愛美,H27部局を越えたテーマ別教育研究推進のためのディスカッション 「聴覚・視覚障害学生のための安全管理と環境整備」の開催報告,筑波技術大学テクノレポート,Vol.24,No.1,pp.44-49,2016. Report of the Thematic Discussion for the Promotion of Education and Research across Departments 2016 .“Thinking of Something after Several Years Since Arriving on Staff at NTUT”. WAKATSUKI Daisuke1), OKAZAKI Akio1), MATSUSHITA Shonosuke2) 1)Department of Industrial Information, Faculty of Industrial Technology,Tsukuba University of Technology2)Department of Health, Faculty of Health Sciences,Tsukuba University of Technology Abstract: This is a report on a panel discussion titled, “The Thematic Discussion for the Promotion of Education and Research across Departments,” held at Tsukuba University of Technology (NTUT) on March 2, 2017. The theme of this fourth discussion was “Thinking of Something after Several Years Since Arriving on Staff at NTUT.” After each panelist of four staff newcomers in our university made a presentation on the topic, a panel discussion on the topics was held with a facilitator. In this paper, we describe the event outline, the panelists’ presentation topics and the contents of the panel discussion. Keywords: Hearing disability, Visually handicapped, Staff newcomers, Discussion, Report