2016年度 大学間協定に基づく米国東部研修報告 白澤麻弓1),大鹿 綾2),平良悟子1) 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 障害者支援研究部1) 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 障害者基礎教育研究部2) 要旨:2017年2月18日から28日の11日間にわたって,本学の大学間協定校であるロチェスター工科大学にて米国東部研修を実施した。本研修は,本学が毎年実施している国際交流事業の一環として行われたもので,5名の学生が現地の学生とバディを組み,大学生活をともに体験することで,言語や文化の違いを超えた交流を深めることができた。また,研修期間中はロチェスター工科大学における聴覚障害学生への教育・支援の取り組みとして,アクセスサービスセンターにおける情報保障支援の様子や,聴覚障害以外の障害のある学生に対する支援体制等についても学ぶことができた。 キーワード:国際交流,ロチェスター工科大学, 異文化コミュニケーション 1.はじめに 本学では,国際交流事業の一環として,毎年,学生を海外に派遣し,現地の大学で国際交流や異文化体験等の研修を行う海外研修プログラムを実施している。これは,本学の特設科目である「異文化コミュニケーション」の単位にも認定されているもので,産業技術学部からは,毎年10名程度の学生が米国,中国,韓国,ロシア等の大学間協定締結校にて研修を受けている。2016年度の米国東部研修では,大学間協定を締結しているロチェスター工科大学(以下,RIT)において,11日間の研修機会を得ることができた。RITは米国東部に位置する私立大学で,連邦政府からの補助金を得て聴覚障害学生のための学部(国立ろう工科大学(以下,NTID))を設置している。1,300名以上の聴覚障害学生学生が在籍しており,これらの学生の高等教育を支えるため,大変充実した教育・支援を提供している点で広く知られている。本稿では,こうした研修の概要とここで学んだRITにおける聴覚障害学生への教育・支援体制について報告する。 2.目的 本研修の目的は,(1)米国東部のろう者・難聴者を受け入れる高等教育機関に関する知識を得ること,(2)米国東部のろう・難聴学生が用いる言語やコミュニケーション手段について初歩的な知識・技術を得ること,(3) 米国東部のろう者・難聴者を含む歴史・文化に関する知識を得ることとしており,以上を通して,社会認識及び自己認識を高めることもねらいとしている。具体的にはRITならびにその周辺 施設を訪問し,実際の大学における授業に参加する他,現地学生との交流を通して,米国東部のろう者・難聴者を受け入れる高等教育機関,ろう者・難聴者によって用いられている言語やコミュニケーション手段,ならびに,ろう者・難聴者を含む米国東部の歴史・文化に関する知識を得ることを目指した。あわせて,10日間の海外研修を通して,受講生同士の相互協力,リーダーシップ,ろう者・難聴者としてのエンパワメントなどと,社会認識・自己認識に関わる課題にも取り組んだ。 3.研修先,研修期間 米国ニューヨーク州ロチェスター市にあるRIT及びNTIDを訪問した。また併せてロチェスターろう学校,ロチェスター市内の見学も行った。研修期間は2017年2月18日(土)から28日(火)であった。 4.参加者及び引率者 学部学生4名,院生1名:・ 大嶽翔(産業技術学部産業情報学科2年)・ 松本建身(産業技術学部産業情報学科2年)・ 田中夏希(産業技術学部総合デザイン学科2年)・ 安田真綺(産業技術学部総合デザイン学科2年) ・ 岡田雄佑(情報アクセシビリティ専攻1年)引率教職員3名:・ 白澤麻弓(障害者高等教育研究支援センター・准教授)・ 大鹿綾(障害者高等教育研究支援センター・講師)・ 平良悟子(障害者高等教育研究支援センター・技術補佐員) 5.研修の概要 5.1 事前授業米国東部研修に先立ち1回のガイダンスならびに3回の事前授業を行った。この中では,研修先の概要について説明をするとともに,学生が各担当を決め,RITおよびNTIDについて,また米国における聾文化,障害者に関する政策や情報保障について調査,発表を行った。事前調査を行う中で本研修においてどのようなことを学びたいのか,目的意識を持って参加できるように指導した。また,海外旅行が初めての者もいたため,お互いにこれまでの経験を話したり,持ち物について確認しあったりした。研修先での主なコミュニケーション手段となるASLについては,これまでに大学の授業で学んだことがあるものと,ほとんど始めてであるものが混在していた。そのため本学の英語教育の中で毎年実施している英語ASLサロンの枠組みの中で,日本ASL協会からネイティブサイナーの派遣を受けて,計7時間の集中講義を実施した。また,本研修では現地での活動を主にNTIDの学生とバディを組み,学生たち自身でスケジュールを作り,行動させる予定となっていたため事前の顔合わせとしてSkypeを通じたNTIDの学生と交流を行った。 5.2 RITおよびNTIDでの研修研修中のスケジュールはコアとなる部分は全員参加としつつも,多くの時間をNTIDの学生とバディを組み,自らの興味により即した内容で研修を行い,またより深くASLでのコミュニケーションや文化に接することができるように計画した。初めにバディと直接会い,今後のスケジュールを作成する場面では,ASLの未熟さや緊張からなかなか積極的になれない様子や不安そうな様子も見られたが,バディの学生たちがASLだけではなく,ジェスチャーや筆談など様々な手段を使って通じ合う工夫をしてくれることを感じ取り,徐々に本学学生たちもASLを使ったり,筆談や携帯電話での画像検索機能やメッセージ機能等を活用しながらコミュニケーションを積極的に取る様子が見られた。本稿においては,コアとして全員参加とした視察内容を中心に報告する。 5.2.1 アクセスサービスセンター(DAS)RIT及びNTIDで学ぶ聴覚障害学生は,文字通訳か手話通訳のどちらかを選択し,併せてノートテイクを利用しながら授業を受講している。この場合のノートテイクとはいわゆる要約筆記のことではなく,通訳を見ているために授業のノートを取ることが難しい場合に,対象学生の代わりに授業の記録としてノートを書くという支援方法である。手話通訳には,Interpretation(ASLによる手話通訳)と Transliteration(対応手話,英語を単に手話に置き換えて通訳する)の 2 種類を用意しており,学生の要望に応じて使い分けている。派遣センターのスタッフから個別に支援の必要性を問う声かけはせず,学生からの要望を受けて通訳者の派遣をしている。逆に言うと,支援を受けたい学生は自ら動いて支援を申し込み,どのような方法で支援を受けたいかを述べる必要があるということである。ただ,対象学生数が多いため,すべての依頼を引き受けるのは難しく,学生からの通訳リクエストのうち97%は実現できているが,残りの3%は実現できていないとの説明があった。たった3 %と思うかもしれないが,もともとの依頼数が多いためとても大きな意味を持つとのことで,非常に情報保障に関する感度が高いと感じた。RIT/NTIDに在籍する手話通訳者は約130名おり,文字通訳も併せると一週間に4,500時間もの派遣を行っているという。なお,学生から要望を受けて,通訳を行うまでの流れは以下の通りである。@ アドバイザー(クラス担任)に時間割の相談をする。A 期限までに履修登録と通訳の派遣申請をする。B メールや電話等を通して学生本人とやりとりを行い,支援方針について決定する。また,手話通訳者養成の場としての機能も持っており,1 年間に 15人ほど手話通訳の実習生を受け入れている。実習生は先輩であるメンターについて実習することとなり,長期間かつ何段階もの試験をクリアする必要があるとのことだった。なお,その期間にも一定の給与が支払われており,手話通訳士の専門性と同時に経済的な安定を目指していることが伺われた。学生たちは手話通訳のシステムが充実していること自体にも非常に驚いていたが,同時にASL(手話)というものに対する利用者,通訳者の意識の高さにも感銘を受け,これまでの自分たちの経験や考え方と照らし合わせながら学んでいる様子であった(図1)。 図1 手話通訳について説明を受けている様子 5.2.2 DAS キャプショニングサービス文字通訳には,「タイプウェル」と「C-Print」の2つのシステム(短縮入力用ソフト)があり,どちらを使うかは入力者が選択できる。それぞれ入力スピードを上げるための短縮入力のルールが異なっており,「タイプウェル」はスペルに基づき短縮するもので,「C-Print」は音韻に基づいて短縮して入力するものである。文字通訳終了後は,入力内容をWord に貼り付けてまとめ,ログとして保存,必要に応じた配布をする。文字通訳では基本的には入力者が表示用 PCやiPad を準備して表示するが(図2),学生によっては,個人の PC やiPadで見たい場合があるので,入力者のURLにアクセスすると見られるシステムを構築している。また,教室の特定の席に座る必要もない。教員の話すスピードが速すぎたり,グループディスカッションの際には入力者がスピードやルールをコントロールする声かけをおこなうこともあるとのこと。また,文字通訳を終えるとミスタッチ回数が表示されるようになっていたり(図3),オンライン上での入力トレーニングが用意されており,定期的に実施されるテストの結果が仕事や給与にも影響するようになっている。文字通訳の質を高める工夫がされている一方で,手話通訳と比較すると文字通訳は地位が低いとみなされていることもあるとのことであった。実際の授業での様子や,説明時にも模擬通訳を見学することができ,学生たちも非常に興味深く,質疑応答も時間内に終わらないほどであった。 図2 iPadに表示される文字通訳  図3 入力後にミスタッチを確認できる機能 5.2.3 講義へのゲスト参加滞在中には,「国際交流文化」に関する講義にゲストとして参加する機会を得た。この講義には複数の聴覚障害学生と健聴の学生がともに受講しており,情報保障として手話通訳者や文字通訳者も同席していた。また講師はASL のできる聴者であった。異文化交流ということで,RIT学生からの質問に対して本学学生が答えていく(必要に応じて白澤教員がASLへの通訳をする)形で進められた。食べ物やマンガについても質問では大いに盛り上がったが,日本では手話に方言があるのか,日本では人工内耳についてどのような議論があるのかなどの質問については,本学学生が上手く答えられない様子も見られた。本学学生にとって,自分自身のきこえにくさについてや,日本における聴覚障害の現状について「自分は十分に分かっていないかもしれない」と気付く良いきっかけとなったと思われる。学生の日報の中でも「海外に来て,改めて日本のことを知りたいと思った」,「聴覚障害や手話について,これまでちゃんと考えたり,勉強したりしてこなかったことに気付いた」等の記述が見られ,自らを振り返ることにつながった様子であった(図4)。  図4 RIT学生からの質問に答える様子 5.2.4 障害学生支援室 RITおよびNTIDには聴覚障害だけではなく,様々な教育的ニーズをもった学生が在席しており,彼らへの支援をコーディネートしているのが障害学生支援室である。現在,なんらかの支援を受けるために登録している学生は900人以上,その内聴覚障害と他の障害を併せ有しているのは130名程度とのことであった。例としては学習障害,ADHD,精神障害(不安神経症,うつ等),高次脳機能障害,がん,アレルギー,アルコール依存症等が挙げられる。骨折などで一時的なサポートを受けることもできる。サービスを利用するにあたって,まずWeb上でフォームをダウンロードし,根拠資料と併せて提出する。提出された資料をもとに支援サービスの提供が可能かどうかを判断する。疑問点があった場合は,メールや面談を通してヒアリングを行う。勉強面での支援は,特に試験時間延長が多く,このためのテスト室が用意されている(図5)。テスト室には,PCが設置されており,回答を打ち込んだり,拡大文字を表示したりもできる。聴覚障害と学習障害を併せて有する学生もおり,支援の申請があった。その学生は,試験問題の文章を読むことと音に変えて聞くことができないため,ASL にて受験してもらうことになった。手話通訳者には,問題文から答えを悟られないよう注意してもらった。これについて支援室は,音を ASL に変えることは自然なことなので,合理的な配慮だと考えているとのことであった。教員に特別な対応を依頼するときは,基本的に学生自身で行い,何か不具合が起きた場合に限り支援室が手助けする。支援室主催の研修会を何度も開催しているおかげで,教員からも十分な理解を得られており,支援室からの依頼があれば基本的にやってもらっているとのことだった。「障害のために免除してほしい。」という学生がいるが,単位取得のためには努力しなければならない。できることをサポートしていくことがねらいであるとのことだった。   図5 テスト室の個別ブースカンニング防止のための監視カメラが設置されていた 6.参加学生の感想以上に述べてきたとおり,本研修では聴覚障害学生への教育支援について多くの知見を得ることができた。また,学生達はバディとなった学生との交流を通して,異文化への理解を深めることができたと考えている。 最後に,本研修に参加した学生達の感想を(原文のまま)付すことで本稿のまとめに代えたい。・ 大嶽翔(産業技術学部 産業情報学科)研修に参加することは幼い頃からの夢であり,異国で育った聴覚障害学生と交流したことは,私の中の何かを動かした。ろう・難聴者のアイデンティティー,情報保障制度の意識,異文化(衣食住・宗教・言語)などといったものを目や耳で感じ,言葉では表せない程,強く感銘を受けた。その中でも印象的だったことは,聴覚障害をマイナスとして認識せず,寧ろ誇りに思っているかのような,堂々と振舞う,聴覚障害学生の存在の大きさである。それは私がこれまで意識してきたことがこのままで良いのか葛藤を感じる瞬間でもあった。今回は10日間という短い期間だったが,体験したことを機に,自分が本当にやりたかったことを見つけ,懸命に取り組めたらと考える。最後に,先生方,学生達,家族,そして,温かく迎え入れて下さったRITの皆様に感謝を申し上げます。有難うございました。 ・ 田中夏希(産業技術学部 総合デザイン学科)今回の米国東部研修を通して,様々な発見の中に特に惹かれたものが二つあります。それはアメリカのろう文化と,ロチェスター工科大学の講義の一つであるVisual Communication Designというコースです。私が在籍している学科にも,視覚伝達デザイン領域というコースがありますが,ロチェスター工科大学の方が印刷機械やパソコンなどのデジタル機器の設備が多く,学べる知識や技術も幅広いです。また,今回の研修では,異文化に触れ,ロチェスター工科大学の講義を体験受講したことによって,英語力とアメリカ手話を今以上に磨き,ロチェスターを再び訪れたいという夢ができました。それだけではなく,現地の友人との大きな出会いをもたらしました。その友人とは,FacebookやLINEといったSNSを通して繋がり,会話に自然と英語を使うので語学力が磨かれています。このように,異なった文化圏の友人を持つということは,互いの考えや,それに至るまでのことを理解しようと,尊重しあうようになるので,人間性という面でも成長させられます。 ・ 松本建身(産業技術学部 産業情報学科)私たちは2月に8日間アメリカへの短期研修を行いました。この研修の目的はアメリカのロチェスター市にあるロチェスター工科大学の学部の1つである国立聾工科大学へ行き,そこでどのような情報保障を受けているのか,日本とはどう異なるのか勉強するためです。実際に行ってみて情報保障が日本より先に進んでいたことが分かりました。手話通訳士も多く,聴者と一緒に受ける 講義でも90%以上はついているくらいでした。講義の先生も理解しており,通訳に合わせて講義を進めているところが見られました。情報保障だけではなく,カルチャーショックもありました。アメリカに着いて,まず,気づいたことが,周りの人たちがゆっくりしていたことです。日本は時間を気にしたり,走ったりする人が多いように感じますが,アメリカではそういうところが感じられませんでした。また飲食店で食べ残したものは基本的に全て持ち帰れるということもありました。・ 安田真綺(産業技術学部 総合デザイン学科)以前から,アメリカのろう文化に関して大いに関心を抱いており,今回の短期研修を通してアメリカのろう文化や生活文化等,本や知識で知った事を直接見て肌で感じることができました。また,本学で学んだASL(American Sign Language)というアメリカの手話を用いて派遣先大学の学生と積極的に交流し,様々な意見交換や互いの国のろう文化について議論することができました。アメリカは,ろう文化に対する分析が進んでおり,大学の講義でASLの成り立ちからろう文化の歴史まで学ぶことができます。それに対し,日本は大学でろう文化を学ぶ機会がほとんどないに等しいです。しかし,最近では全国各地で手話言語条例の制定が広まり,ろう者に対する理解度や存在の認識度が前と比べ高まっています。ろう者の私としてろう文化の存在や手話の重要性を訴えていく必要があると感じました。今回の米国東部研修は大変勉強になりました。 ・ 岡田雄佑(技術科学研究科 情報アクセシビリティ専攻)今回の研修は,現在研究している聴覚障害学生への情報保障について,アメリカでの実践例を直接見てみたいという思いから参加した。研修では,RIT・NTIDにおける情報保障について学ぶことができたのはもちろん,性や人種など多様な背景や考え方を受け入れ共に暮らしている様子,アメリカにおける聾者の文化を学び,現地の学生とも交流を深めることができた。研修を通して印象的だったものは,現地学生との交流である。技大の学生にはそれぞれバディという名目で現地学生が割り当てられ,アメリカ滞在中ほとんどの行動を共にした。私は手話通訳者養成課程の学生,日本から留学している大学院生の2人とバディとなり,彼らの普段学んでいる講義に参加させてもらったり,大学近郊の施設を案内してもらったりした。コミュニケーションの面や文化性の違いなどから大変な部分や課題も多くあったが,本当に貴重な体験をすることができた。謝辞本研修に際して,多大な協力をいただいたRITの関係者の皆様に心から感謝致します。また,学生の研修参加に際しては,筑波技術大学基金ならびに日本学生支援機構から助成金・奨学金をいただきました。 A Report on the 2016 Study Tour to the East Coast of the United States.Based on the Inter-University Agreement. SHIRASAWA Mayumi1), OSHIKA Aya2), TAIRA Satoko1),1) Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired, Division of Research on Support for the Hearing and Visually Impaired,Tsukuba University of Technology2)Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired, Division for General Education for the Hearing Impaired and Visually Impaired,Tsukuba University of Technology Abstract: For 11 days, from February 18 to 28, 2017, a study tour to the east coast of the United States was held at the Rochester Institute of Technology (RIT), with whom we have an inter-university agreement. This study tour was held as a part of an international exchange program of Tsukuba University of Technology (NTUT). Students who participated paired up with RIT students as “buddies” and experienced RIT campus life together. This experience brought them a deeper understanding about each other beyond cultural and language differences. The tour also included observations and meetings with faculty and staff members of RIT student services, such as the Department of Access Services (DAS) or the Disability Service Office (DSO). From these meetings, participants could learn about advanced education and support systems for students who are deaf or hard of hearing. Keywords: International exchange program, Rochester Institute of Technology, Cross-cultural communication