東西医学統合医療センター鍼灸外来における2015年度インシデント・アクシデント事象調査 福島正也1),櫻庭 陽1),松下昌之助1,2) 筑波技術大学 保健科学部 附属東西医学統合医療センター1)筑波技術大学 保健科学部 保健学科 理学療法学専攻2) 要旨:本調査は,2015年度の筑波技術大学保健科学部附属東西医学統合医療センター施術部門鍼灸外来において報告されたインシデント・アクシデント事象を集計・分析し,鍼灸施術におけるリスクマネジメントの改善を図ることを目的に実施した。調査対象は,2015年4月1日から2016年3月31日までに発生したインシデント・アクシデント事象とし,事象の集計・分析は当センター鍼灸外来のスタッフから提出されたインシデント・アクシデントレポートを元に行った。2015年度のインシデント・アクシデント事象の報告数は32件であった。2015年度の施術総数(9,066例)に占める発生率(報告数/施術総数)は0.4%であった。最も報告数が多かった分類は,その他(12件,37.5%)で,次いで,一過性の気分不良,主訴の悪化(各4件,各12.5%),鍼の抜き忘れ,刺鍼後の刺鍼部の疼痛(各3件,各9.4%)であった。近年の調査結果と比較し,鍼の抜き忘れの報告数に大幅な減少が認められており,要因として鍼カウンタ付きシャーレの導入が成果を挙げた可能性が考えられた。 キーワード:鍼灸,インシデント,アクシデント,有害事象,鍼カウンタ付きシャーレ 1.はじめに 筑波技術大学保健科学部附属東西医学統合医療センター(以下,当センター)施術部門鍼灸外来は,筑波技術短期大学附属の施術所として1992年に開設し,2005年10月からは四年制に移行した筑波技術大学保健科学部附属の医療センターとして臨床・教育・研究活動を行っている。2015年度の鍼灸外来は当センター所属の教員2名と鍼灸学専攻の教員9名,特任研究員2名が担当曜日ごとに2〜4名体制で施術を担当した。施術部門では,2015年度に3名の臨床研修生を受け入れており,2年目以降の研修生を合わせた計10名が各指導教員の元で臨床研修に従事した。また,保健科学部鍼灸学専攻の臨床実習1・2の授業において,3・4年次の学生が鍼灸外来での臨床実習を行っている。医療活動においては,様々な形で患者に有害な事象が発生し得る[1]。医療における有害事象とは,臨床試験における定義では「因果関係を問わず,治療中または治療後に発生した好ましくない医学的事象」とされており[2],鍼灸施術における有害事象には,患者の反応によって生じる副作用(有害反応),施術者の過失によって生じる過誤,不可抗力による事故(天災等)などが存在する[1]。 当然のことながら,これらの有害事象は可能な限り予防すべきであり,そのリスクマネジメントを検討する上で,発生した有害事象(アクシデント)や有害事象につながる可能性がある事象(インシデント)の集積と分析が必要である[3]。本調査は,2015年度における当センター鍼灸外来において報告されたインシデント・アクシデント事象を集計・分析し,鍼灸施術におけるリスクマネジメントの改善を図ることを目的に実施した。 2.方法 有害事象の分析は,当センター鍼灸外来のスタッフから提出されたインシデント・アクシデントレポートを元に行った。当センター鍼灸外来のインシデント・アクシデントレポートは,所定のフォーマットに基づき,発生した全事象の報告を義務付けている事象(鍼の抜き忘れ,熱傷,患者の放置,重要所見の見落とし,感染,一過性の気分不良,血腫,主訴の悪化,刺鍼部の皮膚炎等,施術者自身の傷害)と,著明な事象のみを報告する事象(内出血,出血,疲労感または倦怠感,眠気,刺鍼中の刺鍼部の疼痛,刺鍼後の刺鍼部の疼痛,その他)からなっている。調査対象は,2015年4月1日から2016年3月31日までに発生した事象とした。 調査項目は,報告総数,発生率(施術総数に対する割合),インシデント・アクシデント事象の分類,発見方法および情報源,対処時の鍼灸師以外の関与,医療費負担の有無とした。また,鍼の抜き忘れについては,施術内容と発見状況も調査対象とした。また,調査における基本データとして,施術部門の受付で管理する患者データベースを用い,調査期間中の施術総数を調査した。調査は個人情報の取り扱いに十分に配慮して実施した。 なお,割合の算出において端数処理を行ったため,合計が100.0%にならない場合がある。 3.結果 2015年度のインシデント・アクシデント事象の報告数は32件であった。2015年度の施術総数(9,066例)に占める発生率(報告数/施術総数)は0.4%であった。インシデント・アクシデント事象の分類別の報告数を表1に示す。最も報告数が多かった分類は,その他(12件,37.5%)で,次いで,一過性の気分不良,主訴の悪化(各4件,各12.5%),鍼の抜き忘れ,刺鍼後の刺鍼部の疼痛(各3件,各9.4%)であった。 表1 インシデント・アクシデント事象の分類別報告数 その他のインシデント・アクシデント(17件)の詳細は,電話予約での13時と午後3時(15時)の混同,鍼の抜き忘れの可能性について電話連絡し不安になった患者さんが再度来所した,抜鍼後の鍼が衣服の中に混入し自宅で 発見された(2件),治療開始時刻の遅れおよび治療効果に対するクレーム,ワゴンからのトレイの落下,会計ファイルの取り違え,治療後の刺鍼部位以外の疼痛出現,所定の場所以外での鍼の発見(2件),患者がキャスター付きの丸椅子から転倒しそうになった,患者の頭部が施術用ワゴンと接触したというものであった。インシデント・アクシデント事象の発見手段は,直接(26件,81.2%)が最多で,次いで電話(6件,18.8%)となっており,その他は0件であった。情報源は,患者から(24件,75.0%)が最多で,次いで施術者本人(5件,15.6%),鍼灸師以外のスタッフ(3件,9.4%)となっており,本人以外の鍼灸師からとその他は0件であった。インシデント・アクシデント事象により生じた症状等の対処に鍼灸師以外の関与があった事例や医療費負担が生じた事例は0件であった。 表2 鍼の抜き忘れ事例の詳細 鍼の抜き忘れ(3件)の発生状況の詳細を表2に示す。 4.考察 2015年度のインシデント・アクシデント事象の発生率は前年度と同水準であり,近年の当センターの報告[4-10]や他大学附属施術所からの報告[11]と比較し,やや低い傾向であった。2015年度は昨年度に続き,その他に分類されるインシデント・アクシデント事象が多く報告されており,分類別で最多であった。この傾向の明確な要因は不明だが,その他の内訳には多様な事象が含まれており,研修プログラムや医療安全講習会などを通じ,インシデント・アクシデント事象の発生時対応がスタッフに浸透し,今までは埋没していた事象が顕在化してきた可能性が考えられる。近年の当センターでの報告においては,例年,鍼の抜き忘れが最も報告数が多いアクシデント事象となっており,そのリスクマネジメントが大きな課題となっていた[4-10]。2015年度においては,鍼の抜き忘れの報告数が前年度の12件から3件となり,大幅な減少が認められた。鍼の抜き忘れが大幅に減少した要因として,2015年度から鍼の抜き忘れ防止を目的として,「鍼カウンタ付きシャーレ」を導入したことが挙げられる。「鍼カウンタ付きシャーレ」は,一般的な舟形シャーレの中央部分に20本の溝があり,溝1本に鍼1本が収まる形状になっている(図1)[12]。従来から施術ブース内のワゴンに配置していた角型シャーレ,膿盆,廃鍼容器に加え,抜鍼時に使用しやすい鍼カウンタ付きシャーレを導入したことにより,抜鍼時の鍼の本数確認が行いやすくなり,鍼の抜き忘れの大幅な減少につながった可能性がある。 図1 鍼カウンタ付きシャーレ 鍼の抜き忘れの事例は,3例とも置鍼時の発生であった。置鍼と同じく身体に鍼を一定時間留め置く低周波鍼通電療法では,鍼に電極となるクリップを接続するため,抜鍼時に鍼の刺入部位を見落とすリスクが低く,抜き忘れが起こりづらいと考えられる。また,2例では施術者と抜鍼者が異なっており,実際に鍼を打った施術者と鍼を抜く抜鍼者が異なる場合には,鍼の抜き忘れのリスクが高まる可能性があると考えられる。施術部位では頭頚部,殿部で発生しており,頭頚部においては,毛髪で隠れたり,刺鍼部が施術者と反対側の側面である場合に視認しづらかったりすることが影響し,殿部においては施術野周囲をタオルで覆うことが多く,施術野の確保が不十分な場合にタオルが被さることで視認しづらくなることが影響していると考えられる。上記以外のインシデント・アクシデント事象については,若干の変動はあるものの昨年度からの大幅な増減はみられなかった。当センター鍼灸外来では,特定のフォーマットに基づくレポートの提出と共に,当日のスタッフミーティングおよび月例ミーティングでの報告を行い,インシデント・アクシデント事象やその対策に関する情報の共有を図っている。鍼灸施術に伴うインシデント・アクシデント事象には,身体に鍼を刺入するなどの施術の特性上不可避なものも存在するが,施術スタッフへの教育や業務改善,施術方法の改善により予防が可能な事象もある[3]。中でも過誤とみなされる事象については,鍼灸施術や当センターへの不信や不満に直結する可能性が高いと考えられ,今後もインシデント・アクシデント事象のリスクマネジメントに取り組んでいくことが必要と考える。 参照文献 [1] 全日本鍼灸学会研究部安全性委員会 編.臨床で知っておきたい 鍼灸安全の知識,第1版.医道の日本社(神奈川),2009. [2] Good Clinical Practice: Consolidated Guideline (ICH-GCP). ICH 1996. [3] 尾崎昭弘,坂本歩,鍼灸安全性委員会 編.鍼灸医療安全ガイドライン,第1版.医歯薬出版株式会社(東京),2007. [4] 近藤 宏,津嘉山 洋,堀 紀子,他.質の高い鍼灸医療を目指して筑波技術大学保健科学部附属東西医学統合医療センター鍼灸部門 外来報告2008.筑波技術大学テクノレポート.2009; 17 (1): p73-77. [5] 近藤 宏,櫻庭 陽,堀 紀子,他.鍼灸臨床における統合医療を模索して 筑波技術大学保健科学部附属東西医学統合医療センター 2009年度鍼灸部門外来報告.筑波技術大学テクノレポート.2010; 18 (1): p111-115. [6] 近藤 宏,櫻庭 陽,平山 暁,他.地域医療における統合医療を目指して 筑波技術大学保健科学部附属東西医学統合医療センター 2010 年度 鍼灸部門 外来報告.筑波技術大学テクノレポート.2012; 19 (2): p73-77. [7] 近藤 宏,櫻庭 陽,萩野谷 泰朗,他.筑波技術大学保健科学部附属東西医学統合医療センター 2011 年度 鍼灸部門 外来報告.筑波技術大学テクノレポート.2012;20 (1): p99-103. [8] 近藤 宏,櫻庭 陽,佐久間 亨,他.筑波技術大学保健科学部附属東西医学統合医療センター 2012 年度 鍼灸部門 外来報告.筑波技術大学テクノレポート. 2013;21 (1): p103-107. [9] 福島 正也,櫻庭 陽,近藤 宏,他.東西医学統合医療センター施術(鍼灸)部門 2013 年度患者動態調査およびインシデント・アクシデント分析.筑波技術大学テクノレポート. 2015;23(1): p46-50. [10] 福島 正也,櫻庭 陽,佐久間 亨,他.東西医学統合医療センター施術(鍼灸)部門 2014 年度患者動態調査およびインシデント・アクシデント分析.筑波技術大学テクノレポート.2016;23(2): p44-49. [11] 菅原 正秋,高梨 知揚,高山 美歩,他.東京有明医療大学附属鍼灸センターにおけるインシデントレポートの集計と考察.Journal of Tokyo Ariake University of Medical and Health Sciences. 2014; 6: p.21-23. [12] 境 一志.鍼の抜き忘れを防止する「鍼カウンタ付シャーレ」の開発.全日本鍼灸学会学術大会抄録集.2012;62(S1): p176. The Statistical Report of Adverse Eventsat the Department for Acupuncture and Moxibustion in 2015 FUKUSHIMA Masaya1), SAKURABA Hinata1), MATSUSHITA Shonosuke1,2) 1)Center for Integrative Medicine, Department of Health, Faculty of Health Sciences,Tsukuba University of Technology2)Course of Physical Therapy, Department of Health, Faculty of Health Sciences,Tsukuba University of Technology Abstract: This study is intended to analyze adverse events at the Department for Acupuncture and Moxibustion, Center for Integrative Medicine, Tsukuba University of Technology in fiscal 2015 (April 1, 2015, to March 31, 2016). The study is based on incident reports completed by acupuncturists. A total of 32 adverse events were reported, and the incidence rate was 0.4%. The most common adverse events, in descending order of occurrence, were others (n = 12, 37.5%), feeling ill (n = 4, 12.5%), chief symptoms worsened (n = 4, 12.5%), forgotten needles (n = 3, 9.4%), and pain at the puncture site (n = 3, 9.4%). The incidence of forgotten needles decreased drastically compared with the results of similar surveys taken in the recent years. It was thought that using a plate with an acupuncture counter could be effective in preventing forgotten needles. Keywords: Acupuncture, Moxibustion, Integrative medicine, Adverse event, Forgotten needles