電話リレーサービス運用方法に関する実地調査 井上正之1),大杉 豊2),小林洋子2),小島展子3) 筑波技術大学 産業技術学部 産業情報学科1)筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 障害者基礎教育研究部2)一般財団法人 全日本ろうあ連盟3) 要旨:電話リレーサービス(Telecommunication Relay Service)は,世界中をくまなく覆っている「音声電話」のネットワークを聴覚障害者が利用可能となるサービスであり,聴覚障害者の社会参加を促進する上で不可欠なものであり,欧米などでは既に電話リレーサービスが公的サービスとして提供されてきている。日本でも東日本大震災をきっかけとして日本財団によるモデルプロジェクトを通じて電話リレーサービスの利用が広がりつつあるが,公的サービスとして確立させていくためには運用面でのノウハウの蓄積が必要となる。本報告では,米国・韓国などでの電話リレーサービス運用法の実地調査の概要について述べる。 キーワード:電話リレーサービス,聴覚障害者,通信サービス 1.はじめに 電話リレーサービス(Telecommunication Relay Service;以下TRSと略記)は,世界中をくまなく覆っている「音声電話」のネットワークを聴覚障害者が利用可能となるサービスであり,聴覚障害者の社会参加を促進する上で不可欠なものであり,欧米などでは既に電話リレーサービスが公的サービスとして提供されてきている[1]。日本でも東日本大震災をきっかけとして日本財団によるモデルプロジェクトを通じて電話リレーサービスの利用が広がりつつある[2][3]が,公的サービスとして確立させていくためには海外における先行事例に基づく運用面でのノウハウの蓄積が必要となると考えられる。本報告では,米国・韓国などでの電話リレーサービス運用法の実地調査の概要と考察について述べる。 2.実地調査の背景 電話リレーサービスは欧米諸国を中心に20か国以上で公共サービスとして提供され,365日・24時間利用できる状況にある[1]。日本でも2013年から日本財団が利用者負担なしのモデルプロジェクトを開始し多くの利用がある[2]。日本において電話リレーサービスを公共施策として安定した提供を図るため,運用方法面の検討などが課題になる。特に,利用事例の整理・範疇化,公共サービスとして提供するための通品品質規定法,運用コストの算出モデル,オペレータ養成カリキュラム確立などが重要となると考えられる。 こうした運用方法のノウハウ整理・蓄積のために海外における先行事例の調査は有効であると考え,海外調査を実施することとした。調査先として以下の二か国を選定した。 ・米国:電話リレーサービスを世界で最初に開始した国であり,事業の内容と規模ともに世界でもトップクラスである。 ・韓国:アジアで最初に公共サービスとして電話リレーサービスを開始しており,歴史は浅いがインターネットやスマートフォンの利用が中心である等日本と似た状況にある。 3.米国・韓国における実地調査の概要 3.1 米国での実地調査の概要米国では,以下の三か所を訪問した。(1)DCARA(2016年8月22日訪問)(2)Sorenson Communications(2016年8月24日訪問)(3)連邦通信委員会(Federal CommunicationCommission;以下FCCと略記,2016年8月26日訪問)3.1.1 DCARADCARA(Deaf Counseling Advocacy & Referral Agency)は1962年に設立された,サンフランシスコとその周辺地域に居住する聴覚障害者(中途失聴者,盲ろう者を含む)に様々な社会サービスを提供する非営利団体であり,事業規模は年間で2億円とのことである(図1)。DCARAにおける最高責任者(Executive Director)であるRaymond Rodgers氏(ろう者)に地域のろう者の電話リレーサービス利用状況についてヒアリングを行った。それによると,手話(アメリカ手話)を主要なコミュニケーション手段とするろう者にとって,手話通訳を介して利用するビデオリレーサービス(Video Relay Service; 以下VRSと略記)は従来のTTYと呼ばれる文字通信端末による電話リレーサービスと比較して,第一言語であるアメリカ手話により時間のロスも少なくより自然に利用できるために急速に普及してきている。現在のVRSに対する地域のろう者からの苦情はほとんどなく,利点しか感じていないろう者が圧倒的に多い。ビジネスでの活用事例も多く,VRSが米国におけるろう者の自立促進に寄与していることは間違いないということであった。また,調査当時DCARAで資金調達責任者であったRobin Horwitz氏(ろう者)は,米国におけるVRS提供事業者の一つであるConvo社の創立時の中心人物であり,Convo社創立にあたっての状況・サービス提供状況についての情報提供をいただいた。会社設立にあたっては,Logitec社のビデオ会議ソフトウェアを30万ドル(約3300万円)で導入し,それをベースにFCCの要求に合わせてカスタマイズを行った。米国内の他のVRS事業者の場合は,Convo社と同じソフトを利用しているところもあれば100%自社開発しているところもあるとのことである。VRSの運用コストについては,Horwitz氏在籍時は以下のとおりであったとのことである。・ 通訳者への給料:1分につき2ドル ・Mirial等ソフトの使用料等の諸経費:1分につき約1ドル ・管理経費(技術者・マーケティング・顧客対応などのスタッフへの給与):1分につき1.5ドル・ 残り:利益(適宜,設備投資などに活用)上記から,FCCからの各事業者へのVRS事業運営のための資金の支出の単金が1分あたり5ドルとすると,1分あたり0.5ドルの利益が出ていることになる。Horwitz氏の意見として,・ 米国のVRSの現状は多くの事業者が乱入していて無駄も多く,決して好ましいとは言えない ・VRSの運営のためのコストは,1分あたり3ドルでも十分にやれるはずである ・米国と比較し,カナダのほうが,提供事業者が一つだけであり,管理も容易である。日本でもできるだけ統一したほうがよいとのことであった。 図1 DCARAのオフィス 3.1.2 Sorenson CommunicationsSorenson Communications社は,ユタ州ソルトレークシティに本社があり,米国のVRS利用総数の8割近くのシェアを占有する最大の事業者である(図2)。副社長のRon Burdett氏(ろう者)をはじめ5名のスタッフに対応いただいた。主な内容は以下の通りである。 図2 Sorenson Communications社の本社ビル ・年齢別のユーザ数と利用状況など細かい統計は取っていないが,米国の総人口が3億2千万人でそのうち0.1%にあたる25万人がろう者と言われている。 ・VRSの総利用時間についてはFCCのWWWに毎月の状況が掲載されている。Sorensonのシェアは80%程度。 ・オペレータがいる事業所は全米に107か所ある。 ・オペレータ数の算出基準は,85%の接続要求に対して20秒以内に応答できるよう,アーランC式[4]をベースにして算出する。この数値をベースに需要の変動に柔軟に対応できるようにしている。 ・用途については,基本的にどんな用途(犯罪的な内容も含む)でも通話を受け,その内容についても守秘義務がある。そのため,オペレータにとってはストレスの要因となりえる。守秘義務の例外として,家庭内暴力などにより命の危険があるときのみ,警察に通報ができる。 ・課金対象となる通話時間は,「実際にろう者と一般ユーザの間で通話している時間」である。オペレータとろう者の間の事前のやりとりは含まれない。ヒアリングの合間に各部署を見学させていただいた。その中で特筆すべき点として,以下の2つがあげられる。(1)オペレーションセンター全米でのVRSの利用状況が十数台以上の大型モニターにリアルタイムで表示され,オペレータの再配置など需要の変動に柔軟に対応できるようになっている。一般電話でも同様のオペレーションセンターがあり,VRSも公的な通信サービスとして位置づけられる以上,同種のオペレーションセンターの必要性を感じた。また,米国は落雷などで停電が多いが,非常用のバックアップ電源がありつねに24時間稼働可能となっている。(2)通訳者養成センター常時20名近くの生徒が在籍し,2年間程度の研修プログラムをもとにVRSのための養成を進めている。 3.1.3 FCC米国における通信行政の元締めとなる省庁(日本でいえば総務省に該当)であり,首都ワシントンDCにオフィスがある(図3)。 図3 FCCのオフィス 通信アクセシビリティスペシャリストのRobert M. McConnell氏(ろう者)など6名のスタッフに対応いただいた。主なヒアリング内容は以下のとおりである。 ・米国では,すべてのサービスについて24時間・365日,利用料無料で提供している。VRSは現在5つの事業者がサービス提供中である。 ・文字通信端末を利用する電話リレーサービスについては,電話回線を利用するものは州ごとに一つの事業者と契約する形であり,全体では2つの事業者がサービス提供している。IP網経由のサービスについては国が担当する。 ・新しい考え方として,今後は,ろう者でも直接相手先に手話で問い合わせができるようにしていくように進めていく,ACE(Accessible Communication for Everyone)の概念が提示された。具体的には,いままで電話リレーサービス経由で問い合わせていたのを,問い合わせ先の会社で直接ろう者スタッフを雇用することでダイレクトに問い合わせができるようにする。将来的には,ろう者による全通話の15%程度をダイレクト形式にするように考えているとのことである。 ・VRSのサービス品質であるが,Sorensonでは20秒以内とのことだが,FCCとしては一か月ごとに80%の接続要求に対して120秒以内に応答することとしている。通訳者の質については,評価が非常に難しい。通訳者の確保はどこでも頭の痛い問題で,需給のバランスがぎりぎりの状態である。 ・TRSの運営資金についてはそれぞれに通信事業者から収益(revenue)の1%を拠出するように求めている。 ・現在,電話リレーサービス用の統一プラットフォームの開発を進めており,将来的には全ての電話リレーサービス事業者がこのプラットフォームを採用することを求める方向である。スマートフォン等で使えるアプリもオープンソース形式で無料で提供していく予定である。 3.2. 韓国での実地調査の概要 韓国では,以下の三か所を訪問した。(1)韓国ろうあ連盟 ソウル市中区支部(2016年11月15日訪問)(2)ナザレ大学(2016年11月16日訪問)(3)韓国情報化振興院(National Information Society Agency;以下NIAと略記,2016年11月17日訪問)3.2.1 韓国ろうあ連盟 ソウル市中区支部韓国ろうあ連盟の支部の中でも最大規模であり,ソウル市中心部に事務所を有している(図4)。 図4 韓国ろうあ連盟 ソウル市中区支部 比較的若い世代のろう者数名と面談した。スマートフォンのアプリを利用しての文字での電話リレーサービスの利用が多く用途はショッピングなどが主である。また,韓国では 最近,クレジットカード会社・ショッピング会社などで聴覚障害者のための専用の問い合わせ窓口を設置しておりテレビ電話を通じて直接手話での問い合わせが可能となっているとのことで,米国におけるACE(3.1.3節参照)とも共通する動きで興味深い。 3.2.2 ナザレ大学ソウル郊外にあるキリスト教系の私立大学で,聴覚障害者をはじめとする障害者学生への手厚い支援があり,聴覚障害学生も多く在籍している(図5)。 図5 ナザレ大学 ろう・難聴の学生5名と面談を実施した。5名全員が手話でのコミュニケーションがメインであるが,電話リレーサービスはビデオよりも文字のほうが多い。理由として,手話だとオペレータがきちんと通訳できないケースが多く信頼性が低いと感じるためとのことである。用途はショッピング・出前などが多く,一日1〜2件くらい利用する由である。3.2.3 NIA韓国における通信行政・情報化政策をつかさどる省庁(日本でいえば総務省に該当)であり,ソウル市中心部にNIAの電話リレーサービスセンターがある(図6)。 図6 NIAの電話リレーサービスセンター 電話リレーサービスセンターの責任者のカン・ゴンシク氏とオペレータチーム代表のスー・ヤング氏の2名に対応いただいた。主なヒアリング内容は以下の通りである。 2015年からスマートフォンで利用できるモバイルアプリを提供,その後利用が急増し2015年は総通話回数が70万回となっている。現時点で,文字:ビデオ=71対29の割合でやはり文字の利用が多い。オペレータは現在37名だが,応答率が落ちているので40名に増員予定である。また,1通話あたり,5分から7分程度の通話時間となっている。現在でも,電話リレーサービスは国として実施しており,サービス提供の効率の面からも,通信事業者に業務を移行することは考えていない。年間の運営費は,16億ウォン程度(日本円で約1億6千万円)である。オペレータの勤続年数は4〜5年くらいである。1日8時間・週5日で40時間となるように2〜3交代制のシフト勤務で対応している。総通話の80%程度が昼間の時間帯に集中しており,夜間の利用は少なく深夜で1〜2通話/時間程度の利用であり,現状では2名程度が待機して対応している。オペレータの対応マニュアルは300ページ程度の冊子がある。この冊子をもとに,新たに雇用されたオペレータに聴覚障害に関する基礎知識なども含め,どのような状況でどう対応するかを教育している。犯罪的な用途についてはいまは対応していない。1通話あたり平均で5分から7分くらいであるが長いときには1時間超えるケースもある。1通話で2時間を超えるときにはオペレータの交代がある。 4.結び 本報告では,米国・韓国の二か国における電話リレーサービスの運用方法の実地調査の概要について述べた。電話リレーサービスを公共サービスとして提供していく上での重要な示唆がいくつか得られたと考えられる。本調査を受けての運用コスト算出等の詳細な分析については別途報告予定である。最後に本調査実施にあたっては,日本財団より助成を受けたことを付記し,関係者各位に心から謝意を表する。 参照文献 [1] 井上正之.電話リレーサービスの現状と動向.筑波技術大学テクノレポートVol.20(1). 2012年12月.p.104-108. [2] 日本財団.提言 聴覚障害者が電話を使える社会の実現を!.(2017年8月17日情報取得) http://trs-nippon.jp/pdf/20160208.pdf [3] 日本財団.東日本大震災被災地聴覚障害者向け日本財団 遠隔情報・コミュニケーション支援事業事業実績報告書.(2017年8月17日情報取得)http://trs-nippon.jp/pdf/trs_report.pdf Field Study on Operation methods for Telecommunication Relay Services in the USA and South Korea INOUE Masayuki1), OSUGI Yutaka2), KOBAYASHI Yoko2), KOJIMA Nobuko3) 1) Department of Industrial Information, Faculty of Industrial Technology,Tsukuba University of Technology2)Division for General Education for the Hearing Impaired and Visually Impaired,Tsukuba University of Technology3)Japanese Federation of the Deaf Abstract: Telecommunication relay services (TRS) allow hearing or speech impaired persons to communicate with anyone in the world, via a voice telephone network. In this paper, we present a survey on the current status and future trends of operation methods, in the USA and South Korea. Keywords: Telecommunication relay service, Deaf, Hard of hearing, Telecommunication service