あはき師国家試験対策補講における汎用データベースソフトウェアの活用 白岩伸子1),鮎澤 聡1),周防佐知江1),近藤 宏1),笹岡知子1),緒方昭広1),石塚和重2) 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 鍼灸学専攻1)理学療法学専攻2) 要旨:視覚障害学生には,視覚障害による情報の探索困難に加えて,情報の横断的検索などの範疇的理解の問題があると思われる。周防らは,それを保障・支援するために,横断的検索機能を充実させた汎用データベースソフトウェアを用いて,国家試験対策用の学習教材を作成し,2016年度4年生のあん摩・マッサージ・指圧師,はり師,きゅう師国家試験対策として,自学教材への利用を進めてきた[1]。その間,2016年度4年生に対する国家試験に向けた模試や学内試験の成績の分析から,成績不振者に対しては,本教材を用いた補講を臨床医学総論・各論,および病理学について順次施行した。その結果,16名中12名(75%)(墨字使用者9名,点字使用者3名)には,本教材による学習が低学力~境界領域から合格ラインへの向上に有用である可能性が示唆された。16名中4名(25%)(墨字使用者2名,点字使用者2名)では十分に効果が得られなかったが,今後本教材のより早期の導入・指導や学習ツールとして習熟する時間を確保することが重要ではないかと考えられた。 キーワード:視覚障害学生,あはき師国家試験,汎用データベースソフトウェア,自己学習支援教材 1.はじめに 本学は,視覚障害学生に対しあん摩・マッサージ・指圧師,はり師,きゅう師(以下あはき師)の養成課程を有する大学である。学習にあっては,解剖学・経絡経穴学といった基礎系の教科から東西医学の臨床系の教科までを学んでいくが,視覚障害を有する本学学生にとって,科目毎の詳細な得点率の算出や効果的な学習教材の選定などには支援が必要な場合が多い。加えて視覚障害学生にとって,関連する情報を横断的に入手することが困難であり,また抽象化・範疇化の困難さがあり学習の障害となっている。そこで本学では,周防らにより,国家試験受験対策として,上記の観点から,汎用データベースソフトウェア(FileMaker Pro 15 Advanced FileMaker, Inc.)を用いて横断的検索が可能な教材の作成を試みており,その成果は第58回弱視教育全国大会で発表している[1]。すなわち,あはき師国家試験問題(1~24回)をデータ入力し,パーソナルコンピューター(PC),タブレット端末(iPad),スマートフォン(iPhone)に対応した基本フォーマットを作成した。各フォーマットは対象学生に適した文字サイズや白黒反転などの画面条件,音声読み上げ機能(Voice Over)の使用などに配慮し,学生毎に個別に調整した。さらに,2016年10月~11月に順次教材配布後1~2週間に1回学習 状況を確認し,使用法についてのアドバイスを実施し,自学教材としても利用を開始しつつあった。今回,国家試験受験対策として,この汎用データベースソフトウェアを教材として,成績不振者への補講を実施し,比較的良好な結果を得られたため,報告する。 2.対象 対象は,本学鍼灸学専攻に在籍する4年生16名のうち,臨床医学総論・各論,および病理学の補講に参加したものとした。対象学生は,臨床医学16名(墨字使用者11名,点字5名),病理学7名(墨字使用者6名,点字1名)であった。 3.方法 3.1 臨床医学総論・各論,病理学の補講計画2016年11月12~13日に実施された日本理療科教員連盟模擬試験(以下理教連模試)後,16名に臨床医学総論・各論補講(11月14日~25日,計10時限分)を実施した。また,理教連模試総合点が60%未満の学生中,理教連模試あマ指・鍼灸および第1回学内試験(2016年12月21日)の病理学の平均点が60%に達していなかった学生6名と達していたが補講を希望した学生1名につ いて,病理学補講(1月11日~14日,計5時限分)を実施した(図1)。 図1 模試,学内試験および国試日程と補講計画 3.2 補講の方法補講では,教材として,汎用データベースソフトウェアのソーティング機能を用いて,あはき師国家試験の過去15回分の臨床医学総論・各論,および病理学問題の演習を行った。各学生は,データベースを手持ちのタブレット端末(iPad)・スマートフォン(iPhone)を用いて,Voice Overを併用しながら各自に最も見やすい形式で利用することが可能であった。点字使用者については,データをPC-Talkerが利用できるMS wordに変換したものを配布した。図2に,実際の検索画面を示す。病理学や臨床医学の過去問題を新出順に抽出できるばかりではなく,それぞれの大項目別に抽出し,それを同時に学生も共用することが可能であった。 図2 教材の実際の検索画面 4.結果 4.1 臨床医学総論・各論の成績推移理教連模試鍼灸(2016年11月12~13日)では,16名中11名が総合正答率60%未満であり,その中でも臨床医学総論の平均正答率は50%,各論の平均正答率は41%と低く,16名全員に臨床医学総論・各論の補習を実施した。教材として上記の汎用データベースソフトウェアを用いて,国家試験過去問題の演習を行った。図3に,2回の学内試験の結果合格と認定され,あはき師国家試験を受験した12名(墨字使用者9名,点字使用者3名)の学生について,臨床医学正答率の推移を示す。臨床医学総論,各論の正答率は,補講実施後,第1回学内試験(2016年12月21日)では,各々84.7±8.6%,77.7±15%に改善した。またその後も,第2回学内試験(2017年1月25日)では各々75.2±16%,73.3±13%,あはき師国家試験あマ指では,各々82.8±7.3%,77.5±12%,あはき師国家試験鍼灸では,76.9±14%,77.7±11%といずれも60%以上の合格ラインを上回っていた。 また図4では,2回の学内試験の正答率が60%に達せず,不合格となった4名(墨字使用者2名,点字使用者2名)について,臨床医学正答率の推移を示した。医学総論,各論の正答率は,補講実施後,第1回学内試験(2016年12月21日)では,各々69.3±13%,68.5±11%に改善した。しかし,第2回学内試験(2017年1月25日)では各々57.8±16.%,49±9%に低下していた。 4.2 病理学の成績推移病理学については,理教連模試総合点が60%未満の学生中,理教連模試あマ指・鍼灸および第1回学内試験(2016年12月21日)の病理学の正答率が60%に達していなかった学生6名(墨字使用者5名,点字使用者1名)と達していたが補講を希望した学生1名(墨字使用者)に対して,本教材を用いた補習を実施した。図5に,補講を実施した7名中2回の学内試験に合格し,あはき師国家試験を受験した5名(墨字4名,点字1名)の病理学正答率の推移を示す。理教連あマ指37.2 ±19%,理教連鍼灸45.6±25%,第1回学内試験48.8±22%だったが,補講実施後,第2回学内試験では,83±16%に改善し,その後も,国家試験あマ指では,82.8±12%と合格ラインを上回った。国家試験鍼灸では,54.2±18%に留まった。図6は,理教連あマ指・鍼灸および第1学内試験で病理学の平均正答率が60%を上回っていたため補講を行わなかった学生7名(墨字6名,点字1名)の病理学正答率の推移を示すが,安定した成績で国家試験あマ指,鍼灸ともに合格ラインを上回った。図7では,病理学補講を受けた7名中,学内試験で不合格となった2名(墨字使用者)について,病理学の成績推移を示す。第2回学内試験で病理学は60%以上の合格ラインを上回っていた。また図8は,補講対象ではあるが,本教材のMacOSの使用経験がなく,導入を希望しなかったため個別に対応が必要であり,補習は実施できなかった群で,学内試験に不合格となった2名(点字使用者)の病理学の成績推移を示すが60%未満で推移した。 図3 臨床医学総論・各論の成績推移(矢印:補講を実施した時期を示す)(n=12, 墨字使用者9名,点字使用者2名) 図4 臨床医学総論・各論の成績推移(学内試験不合格群)(n=4, 墨字使用者2名,点字使用者2名) 図5 病理学補講を行った学生群の成績推移(矢印:補講を実施した時期を示す)(n=5, 墨字使用者4名,点字使用者1名) 図6 病理学補講を行わなかった学生群の成績推移n=7, 墨字使用者6名,点字使用者1名) 図7 病理学補講を行った学生群(学内試験不合格2名)の成績推移(矢印:補講を実施した時期を示す)(n=2, 墨字使用者) 図8 病理学補講を行わなかった学生群(学内試験不合格者2名)の成績推移 (n=2,点字使用者) 5.考察 本学鍼灸学専攻では,あはき師国家試験対策として,成績不振者に対する補講を従来行ってきたが,墨字教材を使用する場合,量的に提供できる範囲が限られており,過去15回分を短期間でまとめて解説することは困難であった。また4年生の国家試験に備えた頻繁な各試験結果を踏まえた迅速な補講を行うためには,教材の準備も短時間でしなければならない。一方,視覚障害学生は多くの場合,見え方もそれぞれ異なり,最も利用されやすい形で教材を提供することが必要になる。また視覚障害学生には,視覚障害による情報の探索障害だけではなく,情報障害としての範疇的理解の不足があると考えられる。そのような制約のある状態で,成績不振者に対する迅速な補講を実施する場合において,この汎用データベースソフトウェアは,アクセス可能な大量のデータを教員と学生が共有することができる点,また大項目別などのソーティング機能で過去問題を検索することで,迅速に補講が実施可能になる点,また項目別学習をすることで,横断的学習方法ができるため,解答するために必要な抽象化・範疇化能力を養う点などに優れていたと考えられる。上記教材は,自学教材として導入されつつある状態だったが,さらにまとまった補講対策を行った結果,学内試験に合格し,あはき師国家試験を受験した学生群(16名中12名(墨字使用者9名,点字使用者3名),75%)でみると,臨床医学,病理学ともに成績の向上が認められた。またその後も概ね良好な成績が維持される傾向が見られた。しかし,学内試験不合格群(16名中4名(墨字2名,点字2名),25%)では,上記教材導入後の成績の改善は,一時的であったり,見られなかったりであった。本教材が有効に機能し,成績が低~境界領域から合格ラインへと向上が見られる群と,有効性が得られない低学力群,また本教材の利用自体が困難だった群が存在することが,今回の分析によって明らかになったと考えられる。近年タブレット端末やスマートフォンを用いて,文字拡大,白黒反転等のアクセシビリティ機能を活用した弱視教育が報告されている[2][3]。しかし,視覚障害者における情報の検索については,これまで主にアクセシビリティやユーザビリティの観点から論じられており[3][4],本研究のような横断的検索を容易にすることができ,範疇的理解に対する情報障害補償を目的とした学習ツールの積極的な活用については,これまでに報告が少ない。本研究では,あはき師国家試験への取り組みとして,16名中12名(75%)には,本教材による学習が低~境界領域から合格ラインへの向上に有用である可能性が示唆された。16名中4名(25%)では,十分に効果が得られなかったが,今後,本教材の導入をより早期に行い,学習ツールの使用に習熟する時間を確保することが重要ではないかと考えられる。 6.結語 あはき師国家試験対策として,汎用データベースシステムによる学習が有用である可能性が示唆された。16名中12名(75%)では,臨床医学,病理学において低学力~境界領域から合格ラインへの向上が認められた。今回は合格ラインに満たなかった4名についても成績の改善傾向が認められた。今後は本教材のより早期からの導入や授業での利用などが必要と考えられた。 謝辞 本研究は平成28年度 文部科学省特別教育経費「視覚障害学生のための就労・教育支援基盤整備事業」ならびに学長のリーダーシップによる「競争的教育研究プロジェクト事業」として実施した。 参照文献 [1] 周防佐知江,鮎澤聡,近藤宏,他.弱視教育における汎用データベースソフトウェアの活用.第58回弱視教育研究全国大会群馬大会抄録集.2016; p.28-29. [2] 北野琢磨,氏間和仁.視覚特別支援学校における3年間のタブレット端末の活用状況-中学部理科の授業実践を通して-.弱視教育,2015;53(3):p.6 [3] 中野泰志,相羽大輔,富田彩.タブレット端末で利用できるデジタル教科書は拡大教科書の代わりになり得るか?-紙媒体とデジタル教科書の利用状況とパフォーマンスの比較研究-.日本ロービジョン学会誌,2015;15:p.70-78. [4] 飯塚潤一,岡本明,堀内靖雄,他.視覚障害者のウェブサイトの検索行動に関する考察.電子情報通信学会技術研究報告.WIT,福祉情報工学,2008;108(67):p.25-30. Utilization of General-Purpose Database Software to Prepare for the National Examination for Anma-Massage-Acupressure and Acupuncture and Moxibustion Practitioners SHIRAIWA Nobuko1), AYUZAWA Satoshi1), SUOH Sachie1), KONDO Hiroshi1), SASAOKA Tomoko1), OGATA Akihiro1), ISHIZUKA Kazushige2)1) Course of Acupuncture and Moxibustion, Department of Health, Faculty of Health Sciences,Tsukuba University of Technology 2)Course of Physical Therapy, Department of Health, Faculty of Health Sciences,Tsukuba University of Technology Abstract: Visually impaired students seem to have categorical understanding problems in, for example, cross-sectional information searches; in addition, they generally have difficulty searching for information because of vision disorders. To alleviate these problems, Suoh et al. created a learning tool for national examination measures using general-purpose database software that enriches the cross-sectional search function; the researchers studied its use in 2016 for self-study activities of fourth-year students preparing for the National Examination for Anma-Massage-Acupressure, which is used for acupuncture and moxibustion practitioners as well. Based on the analysis of the results of the three practice exams, we conducted supplementary lectures for poor performers using the teaching materials for clinical medicine and pathology. The results showed that, in 12 out of 16 (75%) students, there was an improvement from low academic ability to passing. In 4 of 16 (25%) students, there was no significant effect. Improvement of correspondence for braille users, especially those who are not used to this software (along with their categorical understanding), is a problem that will need to be solved in the future. One possible modification that could improve results is to introduce and provide guidance regarding this teaching tool earlier. Keywords: Visually impaired students, National Examination, General-purpose database software, Self-learning tool