視覚障害者を対象とした電子認証システムの開発 岡本 健 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 キーワード:CAPTCHA,認証技術,情報アクセシビリティ,福祉情報工学  インターネットの普及や技術革新により,情報通信技術(ICT)が急速に発展している。これによりICTを利用する多くの人が,生活の質向上に役立ち,快適で便利な環境を実感している。一方で,現在,視覚障害者によるICT利用は特に安全性の観点でリスクが高いことから,ICTが提供する多くのサービスを享受できない状況となっており,大きな社会問題になっている。  問題の一つとして,CAPTCHAと呼ばれる認証システムの不備がある。CAPTCHA(キャプチャ)とは,人間と人工知能による自動プログラム(ロボット)の判別テストのことであり,例えばインターネットによるメールアドレス取得時において,ロボットによる多重取得など不正な処理を抑制する。現在,ICT社会で利用されている方式は,いずれもロボットによる歪んだ画像の解析困難さに基づいているため,視覚障害者は利用できない。この問題を解決するための代替案として,変形した音声を利用する音声型CAPTCHA があるが,実際の認証は人間にも難しいことが指摘されている。人工知能や機械学習に関する技術の進歩に対抗するため,音声型CAPTCHA は年々難易度が向上しており,2013年には,全米視覚障害者連合(NFB)が現在使用されている音声型CAPTCHA の廃止を請願するなどの事件が発生している。  本研究では,これらの問題点を解決するため,視覚や聴覚などの知覚に依存しないCAPTCHA方式の実現を目指した。筆者が所属する研究グループではこの方式を「バリアフリー」なCAPTCHAと名付け,近年このテーマの研究を推し進めている[1-3]。我々はこれまでの研究成果で得られた知見や成果を醸成させることによって,より安全強度の高い方式を検討した。本研究では「ワードサラダ」という機械合成文を使用し,文中のある形態素が直前のn-gram形態素のみにより決まる連鎖型共起表現から構成する。このためワードサラダとして,「文法構造はある程度正しいが,登場する単語がある確率分布に従った」といった文を選ぶことができ,強固な安全性をもたせることができる。  本研究ではこの構成要件を実現するために,最終的に以下のような処理を行う電子認証システムを検証している。  提案方式では,ウェブ上にある大量の文章を作問の種(seed)とすることで,常に新しいテスト問題を作成できる。また,問題の使い回しを避けることで,ロボットによる解答集を用いた攻撃に対処できる。これは,少量の秘匿文章を用いた他研究の方式では達成できない。一方で,公開文章を利用するため,ロボットが検索により,解答のヒントを得る危険がある。この対策として,本研究では,問題として提示する文の子音を改変させている。改変された文は,形態素解析が正しくおこなわれないため,音声認識などによる文の修復が困難になる。元の文が秘匿されるため,ロボットが提案方式を検索により攻撃することは従来研究と比べてより困難となる。  従来研究において我々は,「共通話題識別テスト」と呼ばれる方式を提案した。これは共通する話題の文脈に現れる文を複数個提示し,共通話題が何であるか選択肢から解答させるテスト方式である。これに対し本研究は,「ワードサラダ文識別テスト」と呼ばれるものを採用しており,人間が作成した自然な文と,マルコフ連鎖に基づき生成された機械合成文とを並べて提示し,機械合成文を選ばせるテスト方式である。両者を比較すると,認証手法という点で異なる。また本研究では,認証の対象となる文章を「子音交換なし」と「子音交換あり」に明示的に分け,それぞれにおける有意性を評価した。 参照文献 [1] 山口通智,岡本健,菊池浩明:機械合成文の不自然度相対識別問題に基づくCAPTCHAの提案,情報処理学会論文誌,Vol.56, No.9, pp.1834-1845, 2015. [2] M. Yamaguchi, T. Okamoto and H. Kikuchi: CAPTCHA System by Differentiating the Awkwardness of Objects, In Proceedings of International Conference on Network-Based Information Systems (NBiS2015), Publisher IEEE, pp.257-263, 2015. [3] M. Yamaguchi, T. Nakata, H. Watanabe, T. Okamoto and H. Kikuchi: Vulnerability of the Conventional Accessible CAPTCHA used by the White House and an Alternative Approach for Visually Impaired People, In Proceedings of IEEE International Conference on Systems, Man, and Cybernetics (SMC2014), pp.3946-3951, 2014.