放電現象を利用したインクジェット型金属3Dプリンター開発に関する基礎研究 谷 貴幸,後藤啓光 筑波技術大学 産業技術学部 産業情報学科 要旨:3Dプリンターは,試作向けの装置から実製品の製造装置へと進化しつつあり,製造業界は新たなフェイズへと移行している。3Dプリンターに用いられる材料は,そのほとんどがプラステック素材である。本研究は,これを金属材料に置き換える3Dプリンターの開発を目的としている。すでに,金属材料を対象とした3Dプリンターは実用化されているが,非常に高価であり,その結合力も問題となっている。本研究では,これらの問題を解決するために,樹脂を金属細線,熱源のヒータを放電とした装置により,新しい観点での金属3Dプリンターを提案し,基礎的な実験により,その可能性を検討した。 キーワード:放電加工,3Dプリンター,細線電極,パイプ電極 1.諸 言 3Dプリンターは,試作向けの装置から実製品の製造装置へと進化しつつあり,製造業界は新たなフェイズへと移行している。その一例として,従来までの樹脂を用いた積層造形から,粉末床溶融結合,結合剤噴射,溶接肉盛とった金属材料を対象とした積層方法の研究開発が盛んに行われている。しかし,これらの方法は,装置も大型で価格も非常に高い。また,金属粉末の結合力が十分ではない場合も指摘されている。安価な3Dプリンターとしては,熱可塑性樹脂を用いた材料押出型の3Dプリンターがある。このプリンターは,造形する樹脂をヒータ内臓の可動ヘッドから吐出するシンプルな構造あり,低価格が実現している。本研究では,基本的にはこの機構をベースとした金属3Dプリンターの開発を目的としている。樹脂を金属細線,熱源のヒータを放電として,放電によって溶融された金属を基材上に移行・堆積させる。また,アーク柱を滑らせながら,基材を消耗させずにパイプ電極を消耗させながら金属材料を堆積させる方法についても検討した。 2.加工機の構想 2.1 細線繰り出し電極 本方法の基本的な概念図を図1に示す。基材上方に設置された細線は,絶縁工具により保持し,順次繰り出せる機構とする。細線の側面に電極を配置し,電極-細線間および細線-基材間に同時に放電を発生させる。この場合の細線の電流路は,図に示した点線の箇所に限定される。2ヶ所のギャップを介した放電によって,図示するような電流路となることは,マルチスパーク放電加工などによって実証されている[1]。細線に高電流が流れることによって,電流路となる細線は溶融状態となり,これと同時に基材も放電によって溶融状態となる。この状態において,高応答繰り出し機構による細線の加振,基材への押付け付着などを放電の発生タイミングと合わせて検討することによって,基材の溶融池に溶融金属を溶着させる。この基材上への溶着を繰り返し実行し,金属の3D造形を実施する。 図1 放電による細線電極溶融・溶着法の概念図 2.2 薄肉パイプ回転電極 従来までの放電加工技術においても,表面改質を中心に多くの材料表面への機能付与の研究がなされている[2]。放電表面改質には,見掛け熱伝導率を小さくして消耗を大きくするために,圧粉体や焼結体が電極として使用される。加工中は,表面改質と同時に基材の除去もされるため,加工表面は,一旦は盛り上がるが,その後はある一定の膜厚を保ったまま除去が進行する(図2)。 図2 放電加工による表面処置 この放電表面改質においては,電極にコバルト合金を用いた場合にのみ堆積が確認されている。この理由は不明であるが,多様な金属の造形,異種金属を交互に積層させるなどの発展性を考慮すれば,コバルト合金以外にも,適用させる必要がある。本研究では,材料の選択だけでは無く,加工条件によって基材が除去される現象をできるだけ小さくする対策を実行する。具体的には,電極間の高速相対移動によって放電中のアーク柱を滑らせ,堆積を主体とした放電状態とする。実験としては,電極に薄肉パイプを用いて,これを高速で回転させる。電気条件を整えれば,アーク柱はパイプ側に連れ回され,加工表面を滑るように走る。これによって基材側には加工されるほどの熱は投入されずに,薄肉のパイプ側のみが消耗し,これによってパイプ成分が基材側へと移行する。この状態において,電極に走査運動等を加えることによって,任意の形状を堆積させる。 3.基礎実験の結果 3.1 細線繰り出し電極 構想した内容の実現の可能性を検討するために,手動ステージを用いた簡易的な装置を構成し,これに放電加工用のコンデンサ電源を接続し,放電実験を実施した。実験により,電極-細線-基材間の2箇所のギャップを介した放電が発生することは確認することができた。この条件にて,極性が材料の溶融に及ぼす影響を調べた。結果を図3に示す。左図は,電流の流れが,基材から細線を介して電極側に流れた場合である。右図は,電流の流れを逆とした場合である。基材から流れる場合において,細線が放電によって赤熱することが明らかとなった。極性を逆にすると,目的とする細線は赤熱せずに,電極が赤熱した。よって,本加工を実現するためには,基材側を陽極とした条件が効果的であると考えられる。なお,継続して放電を実施すると,細線はさらに加熱され,線爆現象のような挙動を示した。溶融した材料を,基材側に付着させることが目的であったが,今回は四方八方に散らばる結果となった。今後は,基材側への移行を促すようなアシストガスによる検討を実施する予定である。 図3 電気条件による熔融状態の違い 3.2 薄肉パイプ回転電極 電極が相対運動している条件下では,放電中にアーク柱が滑ることが報告されている[3]。アーク柱が材料表面を滑ることによって,融点まで達する領域が極端に減少し,材料は除去されにくくなる。この現象を確認するため,銅パイプ電極(φ5mm,肉厚0.2mm)を高速回転させ,一周に相当する時間のパルス幅での放電を実施した。結果を図4に示す。なお,極性の条件は,パイプ電極を陰極,加工物を陽極とした。パイプの円周上に材料が溶融した跡が観察されるが,一般的に知られているクレーター状の放電痕は観察されない。これは陽極表面をアーク柱が滑った結果であると考えられる。同図に示した表面プロファイルから,加工面は盛り上がった状態となっている。この条件下で走査加工を適用すれば,任意の領域に任意の材料を堆積させることが可能となると思われる。 図4 アーク柱の滑りによって形成された加工面 4.まとめ 一連の実験結果から,提案した加工方法の可能性を示すことができた。しかしながら,装置の構成や電気条件の検討などはまだ不十分であることから,これらの結果をベースにさらに改善する予定である。 参照文献 [1] 小林,国枝,マルチスパーク法と従来法とのハイブリッド型放電加工システムの開発,電気加工学会誌,37(84),9-16, 2003. [2] 毛呂他,放電加工による表面改質ドリルの実用化研究,精密工学会誌,68(8), 1062-1066,2002. [3] 亀山,国枝,向後,電極間の相対滑りを利用した極低消耗放電加工,電気加工学会講演論文集,9-12,2008.