点字郵便100年記念展 大沢秀雄 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 鍼灸学専攻 要旨:わが国の点字郵便制度は大正6(1917)年7月15日に始まった。その後,数度の料金改定を経て,昭和36(1961)年6月1日に無料化され,今日に至る。2017年は点字郵便制度が始まり,100周年に当たる。そこで,その記念切手展を中島郵便局(石川県七尾市)で開催したので,その概要を報告する。 キーワード:点字郵便,点字,石川倉次,郵便切手 1.はじめに  1840年,イギリスから最初の郵便切手が発行され,我が国では1871年に発行された。切手の本来の目的は郵便料金の前納の証紙であるが,国家が発行していることから,発行する国や地域の歴史・地理・自然・文化,そしてその時々の政策や経済情勢が強く反映されることが報告されている[1]。また,医学の進歩や医療制度の変化なども切手に強く影響を与えることが古川[2],安室[3]によって報告されている。  筆者はこれまで,史料としての郵便切手(その他の郵便物を含む)を分析し,視覚障害者及び聴覚障害者教育の歴史や現状について調査研究を行い,その成果を障害者教育の専門雑誌[4],郵便関係の専門雑誌[5,6]に報告すると共に,単行本[7],国内外の切手展[8,9],オープンキャンパスや学園祭などの機会を通して広く公表してきた。  点字(6点式)はフランス人のルイ・ブライユ(1809~1852)によって,1825年に発明された。  1890年11月1日,東京盲唖学校教員・石川倉次の考案した日本語の点字が,同校内の点字選定会で採用された。そのため11月1日を「日本点字制定の日」としている。  点字の普及と共に,点字本の出版がさかんに行われるようになった。点字本は重量がかさみ,郵送費用の高さが問題となってきた。そこで,イギリスでは1904年に点字郵便の減額化が行われた。  我が国でも,点字の普及に伴い,点字郵便の減額化の請願が行われるようになった。その結果,大正6(1917)年5月23日付けの郵便規則中改正,省令第16号において,点字郵便の減額化が同年7月15日より施行されることになった[10]。  我が国の点字郵便制度はその後,数度の料金改定を経て,1961(昭和36)年6月1日,点字郵便が無料化された。  点字郵便制度によって,点字の手紙,書籍,録音図書,点字用紙が廉価で郵送できるようになり,視覚障害者の福祉・教育の発展に多大の貢献を果たした。  点字郵便無料化50年に当たる2011(平成23)年6月1日に合わせ,2011(平成23)年6月1日~15日の間,水戸千波郵便局(水戸市千波町214-1)において点字郵便無料化50年記念点字郵便物展示会を開催した。我が国の点字郵便制度の歴史及びこの展示会の概要を本誌に報告した[10]。  2017(平成29)年は我が国の点字郵便制度が創始してから100年の記念年に当たる。そこで,視覚障害者教育に携わる一人として,微力であるが,点字郵便100年の記念事業として,点字郵便に関する切手展を開催したので,その概要を報告する。 図1 点字郵便100年記念展の展示風景 2.点字郵便100年記念展の開催  中島郵便局(石川県七尾市中島町中島甲103-1,大杉輝男局長)の多大のご協力を頂き,同局ロビーにおいて「点字郵便100年記念展」を開催した。  会期は点字郵便100年の記念日の7月15日が土曜日に当たり,同局の休業日であるため,前日の7月14日(金)から7月31日(月)までとした(土日祝日は休み)。  図1は展示風景で,中島郵便局のロビー内に展示された。同局利用者が見学するとともに,北陸近県からの多数の参観者があった。 3.点字郵便100年記念展の展示内容 展示作品は全18リーフで,以下の3部構成とした。 ①日本の点字郵便(6リーフ) ②点字や点字の考案者ルイ・ブライユに関する切手 (11リーフ) ③くぼみ入り葉書(1リーフ)次にそれぞれのリーフの概要を示す。 リーフ1:タイトルリーフ。点字郵便の歴史,点字郵便料金の変遷を表で示した。 リーフ2~6:基本料金5厘期間(昭和12年4月1日~昭和17年3月31日),基本料金1銭期間(昭和17年4月1日~昭和20年3月31日),基本料金1円期間(昭和26年11月1日~昭和36年5月31日),無料化(昭和36年6月1日以降)の点字郵便を展示した。 図2は基本料金1銭期間(昭和17年4月1日~昭和20年3月31日)の典型使用例で,第1次昭和切手・1銭(稲刈り)の1枚貼りで,東京盲学校寄宿舎生徒から差出され(小石川局,昭和18年4月24日の消印),福島県郡山訓盲学校に送られた点字郵便である。 リーフ7:パリに最初の盲学校を創立したバランタン・アユイ(1745~1822)の切手を示した。 リーフ8~10:点字の創案者のルイ・ブライユを描いた切手を示した。これまで,ルイ・ブライユに関する切手は約50種類発行されているが,今回はその中から19種類を選抜して展示した。図3はその内の1リーフを示す。 リーフ11:日本の視覚障害者教育と日本式点字を示す。楽善会訓盲院(現・筑波大学附属視覚特別支援学校の前身)の設立とその後の発展に尽力した前島密(郵便の創業者)の切手,特殊教育100年,日本の点字制定100年の記念切手を示した。 リーフ12:点字の読み書きを描いた切手を示した。 リーフ13~14:墨点字を描いた切手を示した。 リーフ15~17:エンボス加工または紫外線硬化樹脂による点字の切手を示した。 リーフ18:くぼみ入り葉書とくぼみ入りはがき発行25周年記念展の小型印(中島郵便局,平成27年11月2日)を示した[11][12]。 図2 基本料金1銭期間(昭和17年4月1日~昭和20年3月31日)の点字郵便使用例左(封筒表面):小石川局,昭和18年4月24日の消印。宛先は福島県郡山訓盲学校内。右(封筒裏面):東京盲学校寄宿舎内より差出 図3 「ルイ・ブライユと点字の発明」のリーフ生誕200年の記念切手を配置している。 リーフには切手の発行国,発行年を記載するとともに,それぞれの事項に関する解説を記載した。また,切手に加え,初日カバー(新切手を貼り,その切手の発行当日の日付印を押印した封筒で挿絵部分に切手に関連した図が描かれていることが多い),マキシマムカード(切手と同じか,またはできる限り似たような図案の絵はがきの絵のある側に切手を貼り,関連する記念印を押印したもの)を多く使用して,一般参観者がわかりやすく工夫した。 4.点字郵便100年記念展の小型印 今回の点字郵便100年記念展に合わせて,小型印が使用された。小型印はイベントなどで使用される直径32mmの絵入りの日付印で,日本郵便の公式の消印である。 図案意匠:日本点字の父・石川倉次(1859~1944)の肖像を中央に配し,右側に「てんじ ゆーびん 100 ねん」を点字で記載した(点字では「ゆうびん」は「ゆーびん」と表記する)。外枠に半円状のくぼみを入れて,くぼみ入り葉書のイメージを表した(図4)。 図案作成者:大沢知子 日本点字を考案した東京盲唖学校教員・石川倉次は筑波大学視覚特別支援学校,千葉県立盲学校などに銅像が建立されている。日本盲人福祉委員会が2009年に発行したフレーム切手10種セット中の1種に石川倉次が採用されている(図4下段)。しかし,日本郵政の公式の記念切手や小型印にはこれまで採用はされていなかった。今回の点字郵便100年記念展に当たり,日本点字の父・石川倉次の肖像が小型印に採用された意義は極めて大きい。中島郵便局・大杉輝男局長によると,今回の小型印の郵便による押印依頼は250~300件あったとのことである。 図4 点字郵便100年記念展の小型印(100%) 上段:台切手は1990年発行の日本の点字制定100周年記念切手を使用した。 下段:台切手に日本盲人福祉委員会(2009)が発行した石川倉次を描いたフレーム切手を使用した。 5.点字郵便100年記念展の広報,報道 会期に先立ち,小型印の公示が日本郵便のHP[13],「郵趣ウィークリー」 [14]に掲載された。 7月25日の北陸中日新聞には本展示会の詳細な内容が掲載され,点字郵便の歴史の解説と共に中島郵便局の大杉輝男局長の「一般的に知られていない点字郵便の歴史を知り,視覚障害への理解につなげてほしい」とのコメントが掲載された[15]。北國新聞には展示会の簡単な記事が掲載された[16]。 北陸中日新聞の記事を読んだ視覚障害関連施設の関係者より,2018年1月に開催する視覚障害の啓発イベントで,今回展示を行った点字郵便や点字に関する切手コレクションを展示したいので,貸与の申し出があり,現在,対応中である。 6.第52回全国切手展に「点字郵便」を出品 切手収集家や郵便史研究者に公表する目的で,我が国で最大規模の競争切手展の第52回全国切手展(主催:公益財団法人日本郵趣協会,2017年11月3日~5日,東京都立産業貿易センター台東館)に,「点字郵便」(1フレームクラス)を出品した[17]。本作品は文献[10]の記述を基に,その後に入手した点字郵便物を追加して改良した切手展作品である。審査の結果,大金銀賞を受賞した。 7.おわりに 点字郵便制度によって,点字本・録音図書などが廉価・無料で送ることができるようになり,視覚障害者の教育・福祉に多大の貢献を果たした。今後もこの制度が継続維持されるよう,関係各位のご支援をお願いする次第である。 視覚障害に対する啓発活動を促進する目的で,筆者は視覚障害関連切手コレクションの展示を積極的に行ってきている。2020年の東京パラリンピックの開催が近づき,視覚障害者を含め障害者に対する啓発活動をより一層推進することが急務であると考える。今後も,今回のような切手展示を通して「心のバリアフリー」を改善できるよう,尽力していきたいと考える。 以上、点字郵便100年記念展の概要について報告した。 謝辞  点字郵便100年記念展の開催並び小型印の使用に当たり,日本郵便中島郵便局(石川県七尾市中島町中島甲103-1)・大杉輝男局長に多大のご支援を頂きました。謹んで御礼を申し上げます。 未使用の切手画像をカラーで印刷した場合、拡大率によっては郵便切手類模造等取締法に触れる恐れがありますので、ご留意下さい。 参照文献(切手展作品を含む) [1] 内藤陽介.切手と戦争 もうひとつの昭和戦史.新潮社,2004. [2] 古川明.切手が語る医学のあゆみ.医歯薬出版,1986. [3] 安室芳樹.切手で綴る医学の歴史,出版文化社,2008. [4] 大沢秀雄.視覚・聴覚障害に関連した切手.筑波技術大学テクノレポート.2007;14(2):p.281-287. [5] 大沢秀雄.視覚障害に関連する切手.切手の博物館研究紀要.2007;4:p.3-25. [6] 大沢秀雄.聴覚障害に関連した切手.切手の博物館研究紀要.2009;6:12-41. [7] 大沢秀雄.切手が伝える視覚障害 -点字・白杖・盲導犬-.彩流社,2009. [8] 大沢秀雄.視覚障害(切手展作品).全日本切手展2015,金賞,東京,2015年7月. [9] Hideo Ohsawa. The Blind(切手展作品).マレーシア国際切手展,大金銀賞,クアラルンプール,2014年12月. [10] 大沢秀雄.我が国の点字郵便制度の歴史-点字郵便無料化50年-.筑波技術大学テクノレポート.2012; 19(2): p.78-93, 2012. [11] 大沢秀雄.くぼみ入りはがき -視覚障害者に配慮した官製はがき-.筑波技術大学テクノレポート.2016; 23(2): p.108-112, 2016. [12] 大沢秀雄.くぼみ入りはがき(切手展作品).くぼみ入りはがき発行25周年記念展,中島郵便局,2015年11月. [13] 日本郵便・小型印公示のホームページ(cited2018-11-30) http://www.post.japanpost.jp /kitte_hagaki/stamp/kogata/.  [14] 郵趣ウィークリー.2017;27:p.4. [15] 北陸中日新聞,2017.7.25. [16] 北国新聞,2017.7.15. [17] 大沢秀雄.点字郵便(切手展作品).第52回全国切手展,大金銀賞,東京,2017年11月. An Exhibition of the 100th Anniversary of the Braille Postal System OHSAWA Hideo Department of Health, Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology Abstract: Cutting the charge on Braille mail began in Japan on July 15, 1917. Braille mail became a free service on June 1, 1961. By not charging Braille mail, books in braille, recording books, etc., can now be posted for free, an achievement that greatly contributes to the education and welfare of the visually impaired. In 2017, the Braille postal system celebrates its centenary. Therefore, I held a memorial stamp exhibition at the Nakajima post office (Nanao city, Ishikawa Prefecture), so we will report the outline. Keywords: Braille mail, Braille, Kuraji Ishikawa, Postage stamp