米国での聴覚障害学生の学びを支える手話通訳者支援のあり方について─ ロチェスター工科大学視察報告 ─ 磯田恭子,白澤麻弓,吉田未来 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 障害者支援研究部 要旨:学生数約 2万人のロチェスター工科大学では,約 1,100名の聴覚障害学生がインテグレーション環境で学んでいる。彼らの情報アクセスを支えるために,質の高い手話通訳サービスが提供されていることから,手話通訳者への支援体制や養成における課題について調査するため,現地を視察し関係者へのインタビューを実施した。このことから,質の高い通訳提供を支える各種プログラムの実際と,関係者の意識の高さをうかがい知ることができた。手話通訳による支援体制の確保は,日本の聴覚障害学生支援においても非常に大きな課題であり,本稿で得られた結果は,今後の日本における合理的配慮のスタンダードを高めていく上で有用なデータとなるものと考えられる。 キーワード:アクセスサービス,ADA法,合理的配慮,手話通訳 1.はじめに 米国ニューヨーク州にあるRochester Institute of Technology(ロチェスター工科大学;以下,RIT)には,約 20,000名の学生が学び,数千名の教職員が雇用されている。この中で,聴覚障害学生が約 1,100名,聴覚障害のある教職員が約 200名在籍しており,授業に限らず様々な場面でのコミュニケーション保障が求められている。インテグレーション環境で提供される RITの授業の約 25%には,手話通訳・文字通訳等のアクセスサービスが提供されている。こうしたアクセスサービスは,1990年に成立したAmericans with Disabilities Act(障害を持つアメリカ人法;以下,ADA法)により「情報へのアクセスに関する権利」を保障されていることに基づいているが,RITでは州政府からの予算を得ていることを受け,単に情報アクセスの代替方法を提供するのではなく,ADA法が求める“Qualified(質の高い)”な情報保障を実現し,他の学生と同等の情報にアクセス支援のために,質・量共に充実した体制の元で提供されている。また,聴覚障害学生が学ぶ各専門性に対応するためには通訳者への研鑽やサポートの体制も欠くことが出来ず,様々な取り組みが実施されている。白澤(2014)は,RITにおける聴覚障害学生への支援体制について,他にも類を見ないものであり,今後日本の高等教育機関で体制充実を図る上でも参考になる情報を含んでいる,と述べている[1]。 そこで,本稿では,RITで提供されている聴覚障害者へのアクセスサービスのうち,特に手話通訳に関する取り組み,ならびに手話通訳者養成に関する課題について,現地の視察ならびに関係者へのインタビュー調査により収集した情報を元に報告する。なお,手話通訳による支援体制の確保と質的向上は,日本でも非常に大きな課題であり,合理的配慮の提供を妨げる一因にもなっている。このため,ここで得られた知見は,今後日本において目指すべき合理的配慮のスタンダード向上にも大いに寄与するものと考えている。 2.視察概要 訪問先ならびに視察概要は下記の通りである。 日程:2019年 3月1日~ 11日 視察先:筑波技術大学 2018年度米国東部研修に同行する形で,RITならびに National Technical Institute for the Deaf(国立聾工科大学;以下,NTID)に滞在した。 視察・インタビュー対象者:RITのアクセスサービス部門(Department of Access Service;以下,DAS)のディレクター・マネージャー・コーディネーター・通訳者など関係者複数名,および NTIDに設置されている 4年制学士プログラムである手話通訳養成課程(American Sign Language and Interpreting Education;以下,ASLIE)の教員ならびに学生を対象にインタビュー調査を実施した。 3.RITでのアクセスサービス部門について 最初に,アクセスサービス部門が提供している手話通訳の体制と,通訳者へのサポート内容について報告する。 3.1 手話通訳体制について RITで必要となる手話通訳・文字通訳・ノートテイクの受付・コーディネート・派遣は,DASが全て担っており,1年間の派遣対応は 23万時間にもなる。手話通訳者は現在 140人が雇用されており,一人あたり週 40時間の勤務時間の中で,24時間の通訳時間と,16時間の研修参加や自己学習時間が保障されている。しかしながら,雇用している通訳者だけでは人数的に不足するため,地域で活動しているフリーランスの通訳者も約 100名を登録して派遣しているとのことである。 雇用されている手話通訳者は,以下の6つの専門チームに分かれている。 ・Science(科学) ・Art(芸術) ・Liberal arts(一般教養) ・Buisiness&Computer(ビジネス&コンピューター) ・NTID(NTIDの授業対応) ・Training(研修担当) 各チームは 20~ 30名の手話通訳者と,チームの管轄をするマネージャー 1名,コーディネーター 2名(アカデミック担当・ノンアカデミック担当各 1名)により構成されている。チームごとに,専門の授業や教員との面談における手話通訳(以下,アカデミック通訳),学生団体や生徒会の活動への手話通訳(以下,ノンアカデミック通訳)の両方の場面に派遣されている。チーム全員が手話通訳者で構成されていることで,相互の業務に関する理解が得られやすい状況にあるとのことであった。 上記チームのコーディネーターとは別に 2名がスケジューリングオフィスとして配置され,各通訳者からの通訳直前の連絡・問い合わせに対応している。急遽通訳が必要になった場面に備えて常時 2名の通訳者を待機させ,要請を受けた場合に派遣しており,スケジュールがキャンセルとなった通訳者の情報を把握して対応する場面もあるとのことであった。そして,緊急時対応についても24時間体制で対応しており,必ず 1名を待機させている。その 1名が別件の対応で不在になることも考慮し,2番目・3番目の対応者も決めているとのことであった。これだけの体制を整えていながらも,毎週 100時間程度は通訳者を派遣することができないとのことで,引き続き課題であると述べられていた。 なお,盲ろう学生へのアクセスサービスについてはろう当事者のマネージャーが対応しており,授業には盲ろう通訳の資格を有するフリーランスの方を派遣しているとのことであった。盲ろう学生のニーズ把握も円滑に行われており,学生の希望によってろう通訳者を派遣する場合もあるとのことであった。 3.2 手話通訳者への研修について RITでは 1980年代半ばに DASを立ち上げ,通訳者の派遣調整等を担っている。立ち上げ直後は授業での手話通訳スキルやペア通訳者との関係性のあり方など,通訳者同士で試行錯誤しながら,相互支援の元で通訳を実施していたとのことであった。その関係性は現在も先輩通訳者がメンターとして指導にあたる形でも続いているが,2012年からはフォーマルな形で研修プログラムの提供がなされるようになっている。研修は毎週数多くのプログラムが提供されており,通訳者の勤務時間の中で研修への参加や通訳業務の事前準備,通訳者同士の学習会等に充てることが保障されている。通訳スキルの向上は,定期的に開催される技術テストにも関わり,この結果により昇進にも影響があるとのことであった。 専門用語に関する手話スキル向上にあたっては,後述する ASLコンサルタントによる指導や,メンターの他に,ASLCORE[2]というウェブサイトで公開されている専門用語の手話表現方法の閲覧によっても習得可能となっている。ASLCOREはRITおよび NTIDのろう当事者の専門家が,専門分野ごとのASL表現を掲載したウェブサイトである(図1)。用意されているコンテンツは,以下の 8分野にまとめられている。 ・Art(アート) ・Biology(生物学) ・Computer Science(コンピューター科学) ・Engineering(工学) ・Literature(文学) ・Philosophy(哲学) ・Physics(物理) ・Sustainability(持続可能性) このサイトは一般にも公開されているものであり,専攻で学ぶろう学生や,学外の方などにも広く活用されている。2019年 9月現在で1,581件の手話表現が保存されている。 図1 ASLCOREの画面 (図) 3.3 ASLコンサルタントについて 専門分野での手話表現を高めることと,分からない手話表現方法の指導を目的に,コンサルタントによるチュータリングやワークショップが行われている。現在は各専門分野で学んでいる RIT在籍中の聴覚障害学生 7名が,ASLコンサルタントを担っている。ASLコンサルタントになるためには,ビデオで手話表現を収録して DASに提出した後に,面接を受けることになっている。毎日 7名が DAS内のオフィスで待機しており,予約をしていなくても通訳直前に手話表現を指導するなどの対応もしているとのことであった。 現在は表現力の向上が課題であると手話通訳者から相談を受けることが多いことから,手話ポエムや演劇を行うワークショップを実施し,表現力の向上に寄与しているとのお話を伺い,ビデオ映像も拝見することができた。 3.4 見習い通訳プログラムについて DASが行っている特徴的な取り組みにApprenticeship,見習い通訳プログラムの提供がある。大学での手話通訳養成課程を修了して通訳資格取得を目指す者など,通訳現場に出る前の通訳者を対象として,1年間の期限付きで見習い通訳者として登録・研修を提供するプログラムである。実際の通訳業務も担当し,謝金を受け取りつつ通訳スキルの向上も図れるものである。 見習い通訳者については,通訳業務を担当する時間は他の通訳者よりも短く設定されており,通訳業務後にメンターの先輩通訳者から丁寧なフィードバックを得る時間を確保する,研修プログラムにも参加できるようにするなど,業務と研修を兼ねた養成をしている環境は米国でも他にはないとのことである。業務にあたっては,常にスキルアップが求められ,ASLコンサルタントからの指導や,通訳の振り返りに時間を割いているそうである。 現在このプログラムを受けている 2名の通訳者から話を聞いたところ,一連の通訳プロセスを学ぶことができる貴重な機会であり,先輩通訳者の様子からも得ることが多く,次に必要となるトレーニングは何かなど先々を見据えて通訳業務ができることで,キャリア教育にも活かされていると感じている,とのことであった。2名とも米国西海岸の大学を卒業した後にプログラムに応募しており,こうした機会が得られることをとても高く評価している様子がうかがえた。1年間の期限終了後については,再度このプログラムに応募することもできるが,人気の高いプログラムであるため,空きがない状況とのことだった。 このプログラムの立案に携わったディレクターからも話を聞くことが出来た。現在米国の中では 130校程で手話通訳養成プログラムが展開されているが,通訳経験を十分に積むことが出来ないものが多い状況にある。年間約 1,000名がプログラムを修了していくが,サポート体制のない中で通訳現場に入る状況である。実践的な学びを提供しているプログラムを修了した場合の全米手話通訳者協会の試験合格率が非常に高いことからも,通訳経験を積ませる機会提供が重要であると考えている。見習い通訳プログラムには,毎学期 15名前後が新たに入ってくる。先輩通訳者のメンターの配置や,チームとして先輩通訳者とペアを組み通訳現場を担当すること,専門研修の提供,さらには頸肩腕障害防止のために身体的に楽に通訳ができるようなアセスメントなども提供している。そして,プロの通訳者の話し方・身のこなし方についても常に学習するように指導している,とのことであった。 先輩通訳者が後輩を育成し,養成プログラムの中では指導されない通訳スキル以外の知識・ノウハウの伝承が行われている様子を把握することができた。 3.5 学生通訳プログラムについて DASで提供しているプログラムには,学生通訳プログラム(Student Interpreting)もある。こちらは NTIDのASLIEの学生がエントリーするもので,ビデオ審査や DASマネージャーとの面接により通訳スキルを評価してから採用に至る。アカデミック通訳を週 20時間行い,謝金を受け取ることができるプログラムである。メンターを配置し,研修機会も提供している。学業と両立しながらの形となるが,先輩通訳者との関係構築や,キャリアデザインにも寄与するプログラムとなっている。 4.ASLIEで学ぶ学生から語られた NTID/RITの魅力 次に,ASLIEに在籍し,手話通訳養成課程で学んでいる学生から伺った内容を報告する。数多くのプログラムが展開されている中で,なぜこの大学を選んだのか?と伺ったところ,NTID/RITはろう者と聴者が一緒に学ぶ環境であり,手話を使う機会がたくさんあることと,素晴らしい教員から指導を受けられる点がまず挙げられた。そして,英語とASLの両方を高められるカリキュラムへの魅力,ロチェスターの非常に大きなろう者コミュニティの存在について話が及んだ。手話はろう者からしか学べないはずであるが,他校のプログラムではろうの教員もいない,近くにはろう者コミュニティもないため,ろう文化への理解を深めることが難しいと感じた,とのことであった。 質の高い教育プログラムだけでなく,ろう者と身近に関わること,大学の中に限らず地域で暮らすろう者の存在が手話通訳を学ぶ上で重要であることが,学生からも語られたことは興味深く感じられた。 5.DASディレクターから語られた課題について DASで行われている様々なプログラムを通して,通訳者に対して特にどのような視点を得て欲しいと考えているのかを,ディレクターから伺った内容を報告する。 5.1 見方の転換ができること 通訳者に対しては,失敗から学習をする,どうしたら良いのかについて他の通訳者に質問ができるような見方のシフトをさせることが重要だと考えている。20分間の通訳であっても,完璧になどできない。できないことを分かった上で,どうやったらできるようになるのかを考えられる通訳者を育てる必要があると考えている。 5.2 Strength base Assessmentを身につける 若い世代の通訳者に対しては,Strength base Assessment,つまり自分の “強み ”は何かを評価させるように指導している。ネガティブな思考は本質的に備わっているものであり,そうした方向に向かってしまうことも理解できる。しかし,多くの通訳プログラムでは,できていない部分・苦手な部分に着目させすぎていると感じる。その原因の一つに,提示される通訳映像がキャリアの長い通訳モデルであり,自分はまだまだ十分ではない,との思考に繋がっているのだと感じる。そのため,何が自分の強みかが分からない,と言う通訳者がとても多い。強みに気づかせる方法として,通訳映像を一緒に振り返り,自分の持つ良さに気づかせるよう声掛けをしている。また,経験年数が同程度の通訳モデルを示すことで,目指すべき目標を明確に把握し,今自分が出来ているものを積み重ねられるようにしている。良い部分・出来ている部分を自覚して積み重ねていくことが自信に繋がり,その自信が「自分はポジティブな結果を出せる」ことを予測できることに繋がるのだと考えており,その強みの上に自分自身をしっかりと確立できるようにするためにも,強みを自覚できるように育ててあげる必要があると考えている,とのことだった。 これは日本における通訳養成でも参考にすべき視点であると感じた。 6.ろう文化への理解を深めるために 最後に,ASLIEでの指導を担当する教員から,ろう文化への理解を深めるために指導していることについて伺った内容を報告する。学生に対しては,日頃からロチェスターの,地域のろうコミュニティとの関わりをしっかりと持つことが重要である,と伝えているとのことだった。関わりをしっかり持つとは,形式的にイベントに参加して会うということではなく,“Involve”,きちんとコミュニティに入り込むことを求めている。大学時代など若い時にろうコミュニティに入る経験を持ち,ろう者の気持ちや心に触れることが,通訳者になった後にも必ず活かされてくる。 RITは素晴らしい環境であり,ろう者も聴者も常に一緒に学ぶ中で通訳者として育っていくことが大事だと考えている。これはろうコミュニティにとっても重要な点であろう。ろうコミュニティを良くしていくためには,良い通訳者が必要だと感じた部分もあり,良い通訳者を育てることが,米国全体の通訳の質を上げていく手段だと思っている。そうした通訳者をサポートするためには,やはりろう者が必要である。様々なタイプのろう者がいて,教育的な背景も異なる人たちと出会い,一つ一つ彼らのコミュニケーションに合わせて,通じないながらも一生懸命に気持ちを通わそうとする態度を重ねることが大事であり,通じたという経験を積み重ねることが自信に繋がっていく。それは通訳者として仕事をしていく上で必要なスキルでもあり,ろう者を理解することが良い通訳の仕事に繋がることから,重要なものであると考えている,とのことだった。 このように,実体験を伴う形で経験を重ね,学びを得ることがろう文化と聴者文化を繋ぐ役割を担う手話通訳者として欠くことが出来ない重要な点であることを再認識させられる内容であった。 7.まとめ 本稿で報告したインタビューからは,いずれもRITで提供しているアクセスサービスの質を保障するための各種取り組みを高く評価する声が聞かれた。これは,プログラム提供者が得ている確固たる自信と共に,現状に満足することなく常に向上を目指す意識があるからこそだと感じた。また,手話通訳者もRITの環境を他にはない素晴らしいものであると認識し,その一員であることへの自信を有しており,ろう者も手話通訳者の技術向上に関わりながら学びを高めることにメリットを感じている様子が見てとれ,結果として多くの入学希望者・プログラム参加者が集まる一因にもなっているのではないかと考えられた。 翻って日本の現状を見ると,未だ手話通訳支援の導入すらままならない状況にあり,こうした体制の未整備が合理的配慮の提供を妨げる要因にもなっている。今後,本調査で得られた知見を元に,日本における手話通訳支援の可能性を探ることで,より高いスタンダードに基づいた合理的配慮の提供に繋がっていくものと考えている。 謝辞 本調査は,JSPS科研費 JP17K04914の助成を受けたものである。調査に快くご対応頂いた皆様に感謝申し上げる。 参考文献 [1]白澤麻弓.ロチェスター工科大学アクセスサービス部門に見られる手話通訳支援の概要その 1.筑波技術大学テクノレポート.2014; 22(1): p.78-82. [2] RIT/NTID. ASLCORE. (cited 2019-9-15), https://aslcore.org. Report on Sign Language Interpreter Support Systems to Learning for Deaf or Hard-of-Hearing Students in the United States ISODA Kyoko, SHIRASAWA Mayumi, YOSHIDA Miku Division of Research on Support for the Hearing and Visually Impaired, Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired, Tsukuba University of Technology Abstract: Rochester Institute of Technology has about 20,000 students, and about 1,100 of these are deaf or hard-of-hearing students who learn in an integrated environment. Information access support systems for deaf or hard-of hearing students provide high-quality sign language interpretation services. In order to investigate these support systems, training systems, and any potential issues for sign language interpreters, we visited and conducted interviews with the relevant parties. This study, helped identify a variety of programs that supported the high-quality of their consciousness and the provision of high-quality interpreters. In Japan, support for deaf or hard-of-hearing students by Sign Language interpreter, that is a big problem. The results in this paper are considered to be useful data in raising the standard of Reasonable accommodation in Japan. Keywords: Access service, ADA act, Reasonable Accommodation, Sign Language interpreter