欧州の視覚障害学生サマーキャンプICC2017参加報告 小林 真 1),笹岡知子 2) 筑波技術大学 保健科学部 情報システム学科 1) 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 鍼灸学専攻 2) 要旨:ベルギー王国のルーヴェンにて開催された欧州の視覚障害学生サマーキャンプ,ICC2017に学生2名を引率して参加した。同キャンプは主に欧州の視覚障害学生たちを対象に,同じ境遇の若者たちのコミュニティおよび人的ネットワークの形成を目的として実施されているもので,ワークショップやイブニングアクティビティ,エクスカーションデイなどで構成されている。今回は現地の若い学生による運営が特徴的であった。 キーワード:視覚障害学生サマーキャンプ,ワークショップ,人的ネットワーク 1.はじめに 平成29年夏,欧州の視覚障害学生サマーキャンプICC2017(International Camp on Communication and Computers 2017)に,情報システム学科2年次の富川尚樹さんと林真由美さんの2名を引率して参加した。図1に参加者の集合写真を示す。写真からも分かるようにICCは欧州各国から視覚障害のある高校生や大学生が集まるインターナショナルなイベントである。また本事業は国際交流委員会の主催する海外研修事業の一環として実施されており,本学学生の参加も2003年のスイスから始まり13回目を数える(2004年は学生希望者なし,2008年はICC自体が未実施[1])。今回の開催地はベルギー王国,首都ブリュッセルの東20kmに位置するルーヴェンであった。 ルーヴェンは,会場校となっているルーヴェン・キリスト教大学(Katholieke Universiteit Leuven)を中心とした街であり,大学の関連施設も多い。サマーキャンプの期間は2016年7月23日から8月1日の10日間で,帰国日は8月2日となった。これまでの報告でも触れているように,ICCは大学間交流協定の相手先機関であるリンツ大学・統合教育支援センター(IIS)のKlaus Miesenberger准教授と,元カールスルーエ工科大学・視覚障害学生支援センター長のJoachim Klaus氏が1993年に始めたものである。その歴史の中,ICC2017における最も特徴的な点は, ICCの参加者であった若い学生たちが実際の運営を任されていたことである。 図1 ICC2017参加者らの集合写真 2.キャンプ概要 2.1 現地統括者および参加国・参加者数 現地統括者はルーヴェン・キリスト教大学・電子技術学部のJan Engelen教授が務めていた。同学部は現地語でESATと略されるので以下ESATとする。今回のICCは, ICCへの参加経験がある視覚障害者で,ESATの学生でもあるAnthony ReyersさんやDorien Cornelisさんたちが,ベルギーでの開催を画策している中でJan教授に現地の統括を依頼し,実施に至ったという形のようである。とはいえJan教授も形式上の統括者というわけではなく,学部の各セクションに様々な依頼や伝達を行うなど,かなり積極的に運営に関わっていた。 参加国数については,オーストリア・ベルギー・スイス・チェコ・ドイツ・イギリス・ギリシャ・クロアチア・イタリア・日本・オランダ・ポーランド・セルビア・スロベニアの14ヶ国で,昨年と比べるとハンガリーからの参加が減った形となった。期間中毎日行われる引率者ミーティングにて,参加人数は63名,スタッフを合わせると112名という数が発表されており,例年通りの規模であるといえる。参加者の国別の内訳について帰国後IISスタッフのAndreaさんに尋ねたところ,オーストリア3名・ベルギー8名・スイス2名・チェコ6名・ドイツ6名・ギリシャ3名・クロアチア4名・イタリア6名・日本2名・オランダ6名・ポーランド2名・セルビア3名・スロベニア4名・イギリス8名ということであった。また,引率スタッフ数は30名という回答だったので,19名は現地登録スタッフということになる。昨年もそうであったが引率スタッフといっても教員や支援機関の職員ばかりではなく,大学生も多い.ギリシャやイタリアなどは数年前の参加者が大学生になり引率スタッフになるなど,ICCの活動が世代間で引き継がれて視覚障害者のリーダー層が着実に育成されていく様子が感じられた。 2.2 実施会場 ワークショップを実施する日中の会場には,前述のESATの校舎を利用していた。校舎内で通常の教育・研究活動も行われている中での実施であり, ICCとは無関係な現地大学生・大学院生たちの理解と協力を得た形で進められていた。図2にその外観を示す。校舎は特に視覚障害者に配慮された建物というわけではなく,それどころか床の高さの異なる建造物をつないだ構造になっており,同じフロアに数段の段差があるなど晴眼者にとっても非常に複雑な造りであった。そのため,各所に一時的な工夫が施されていたのが印象的であった。例えば,部屋の入口前の床にはコントラストが高くなるよう黒い布地と白いテープを使って視覚と足裏感覚との両方で位置が認識できるようにしてあったり,ドアノブ付近には点字シールを貼って場所の解説がなされていたりした。図3は床面の写真である。 図2 ESAT校舎の外観 図3 コントラストを高くして触覚でも分かるようにした部屋入口の床面 更に,トイレや食堂の入口などには図4に示すような人感センサを備えた音の出る人形を配置していた。残念ながら,数か所設置された音の出る人形は一体がキャンプ後半,足に当たってしまったのか無残に壊されてしまっていたが,参加者たちのオリエンテーションに一役買っていたのは事実である。また,フロアマップの触地図に関しては,各国1枚ずつ冊子体になったものが用意されていた。 一方,宿泊はESATから数キロ離れたHostel De Blauwputに他の一般客と共に過ごす形式であり,毎日バス2台を使って往復移動をした。この宿泊場所も特に視覚障害に配慮されたものではなく,ごく一般的なユースホステルである。4つから6つのベッドが一部屋に入っており,引率教員も学生も相部屋で10日間過ごした。富川さんはベルギーの学生5名と,林さんはスロベニアの学生3名との相部屋であり,第一著者はオランダ人スタッフら,第二著者はドイツ,スロベニア,スイスのスタッフらと同室であった。 ちなみにこれまで第一著者が引率した中で宿泊場所とメイン会場が離れているケースは,2011年のイタリア,2016年のドイツと今回だけである。その他の年は盲学校や視覚障害者支援センター,大学等の合宿施設のような場所を利用していたため,宿泊場所とメイン会場が同じ敷地内にあることが多かった。ただし次回のクロアチアも異なる場所での宿泊になる模様である。 図4 人感センサを備えた音を奏でる人形 2.3 必修ワークショップ構成 これまでテクノレポートで度々報告してきたように[2][3],期間中の主なイベントであるワークショップについてここ数年は「必修ワークショップ(Compulsory Workshop)」と「選択ワークショップ」に分けて実施されている。(ただしCompulsoryと称しているが実際には数種の中から選択する形式である。)ICCの内容のメインとも言える必修ワークショップの内容については,前年に翌年のキャンプの大枠を決定する会議が現地にて行われており,その時に話し合われる(残念ながら毎年我々は参加できていない)。今回の内容や形式は,ほぼ昨年を踏襲している形であり,「Networking」「Presentation Skills」「Effective Web Browsing and Information Retrieval」「CV Writing and Job Interview Skills」「First Aid for Work and Study Documents」の5種類を用意して参加者に選択させていた。最初の4種類は昨年と同じであり,昨年実施した「Effective Braille and Braille Displays Usage」「Effective Screen Magnifier Usage」が「First Aid…」に変更されたことになる。 2.4 全体スケジュール 全体スケジュールの流れを表 1に示す。例年通り半日単位での実質3時間のワークショップと夕方に行うアクティビティを連日こなし,最終日はフェアウェルパーティで終わるという形式であったが,宿泊場所の都合もあり到着日のウェルカムパーティは省略されていた。必修ワークショップの後半日程も昨年と少し異なり,中間に配置されていた。日曜の午前には例年通り教会礼拝のために自由時間が設けられており,宿泊場所ではいわゆる「チャーチ・サービス」が実施された。 表 1 ICC2017のスケジュール 2.5 学生たちの選択したワークショップ 前半の必修ワークショップ1は,富川さんは「Effective Web Browsing and Information Retrieval」,林さんは「First Aid for Work and Study Documents」に参加した。続く選択ワークショップ1については,2人とも「Cooking A Meal Together」に参加し料理を楽しんだ。26日午前の選択ワークショップ2は富川さんが「Interlingual Exchange - Let’s Become ICC-Lingual!」,林さんが「The Great App Exchange」に参加した。前者は各国の基本フレーズをお互いに紹介しあったり記録してサーバーにアップしたりする内容で,後者は参加者が愛用している視覚障害者に役立つアプリを伝えるワークショップであった。ともにIT機器を利用しつつコミュニケーションを図る内容であると言える。26日午後は2人ともクッキーを焼きイギリスのお茶文化を体験するワークショップ「The Great ICC Bake Off」に参加した。 エクスカーションデイ後28日の選択ワークショップ4と5については,富川さんがスクリーンリーダーのNVDAを学ぶ「Introduction to NVDA」と前述の「The Great App Exchange」,林さんが「Echolocation」と「Exploring Space By Noises」に参加した。「Echolocation」は舌から音を出してその反響音で環境認識をする方法についてのワークショップで,「Exploring Space By Noises」は天体について学ぶものであった。 29日,必修ワークショップ2については,富川さんが「Presentation Skills」,林さんが「Effective Web Browsing and Information Retrieval」に割り当てられた。そして終盤の選択ワークショップ6と7は富川さんが「Web Browsing with JAWS for Beginners」と「Communication Tool For ICC Community」,林さんが2コマ続けて「Mac OS X For Beginners」を体験した。 2.6 イブニングアクティビティ 今回もほぼ毎日イブニングアクティビティが実施され,本学の学生たちは揃って同じものを選択することが多かった。市内を数十キロ自転車でまわる「タンデム」をはじめとして,「ビール工場見学」「サルサダンス」「ブラインドサッカー」「(音楽を楽しむ)ジャムセッション」などに参加した。国内では参加する機会の少ないものを積極的に選んでいたようである。 2.7 エクスカーションデイ 期間中に全員で出かけるエクスカーションデイの企画は,午前中に欧州議会を訪問し,午後は5つの班に分かれて選択したコースを楽しむというものであった。 欧州議会では,その役割や歴史などの説明を聞いた後にJude Kirton-Darling議員がプレゼンテーションを行い,参加者からの質問を受けてくれた。午後の企画はブリュッセル市内観光2コース,チョコレート博物館見学,楽器博物館見学,視覚障害者向けのおもちゃライブラリー見学であった。そしてそれぞれの午後の企画の後に集合し,湖畔のレストランでバーベキューディナーを楽しみ,1日が終わった。図5は欧州議会を訪れた際の写真である。 図5 エクスカーションデイに訪れた欧州議会前にて 2.8 フェアウェルパーティ 最終日のフェアウェルパーティは宿泊場所から徒歩15分程度の会場に移動して行われ,ほぼ参加国ごとに歌や寸劇といったプレゼンテーションを行った。人数が少ない国の場合は他の参加者と一緒にステージに立つこともあるが,日本からの参加学生2人は単独で数曲歌を披露した。両名とも音楽を趣味としていたので,用意されたキーボードを利用して100人以上の観衆を前に堂々としたプレゼンテーションを終えた。図6にその様子を示す。 図6 フェアウェルパーティの様子 3.引率教員によるワークショップ ICC引率教員の仕事として重要なものの一つは,ワークショップの実施である。特に今回は春先にKlaus准教授から「当日大学の用事で参加できないので代わりに必修ワークショップのPresentation Skillを担当してもらえないか」と打診があり,引き受けることになった。そのため必修ワークショップの時間には前半11名,後半13名の参加学生たちを相手にプレゼンテーションについてのワークショップを2コマずつ実施した。英語での実習授業は教員にとっても非常に良い経験で,学ぶことが多かった。 また選択ワークショップについては教員数分のワークショップ種別の提案を求められるので,ワンボードマイコンのArduinoを用いたフィジカルコンピューティングワークショップと書道のワークショップを用意したが,スケジュールの都合で残念ながら実施できたのは書道ワークショップのみであった。図7に担当したワークショップの様子を示す。 図7 引率教員が担当したワークショップの様子 4.学生たちの感想 最後に本学からの参加学生たちから寄せられた感想を記す。図8は彼らの様子である。 4.1 富川尚樹さんより 「まず,ICCの10日間のうち,2日目から9日目まではエクスカーションデイを除いて起床,朝食,バスで大学へ移動,午前のワークショップ,昼食,午後のワークショップ,バスでユースホステルへ移動,夕食,アクティビティの時間,就寝という盛りだくさんのスケジュールが続きました。始まって2,3日目までは日程について行くことと,全て英語で進められていく中で重要な情報を聞き逃さないようにすることとで精いっぱいでした。しかし4日目ころからはだんだん日程にも慣れてきて,授業や人との会話を楽しむ余裕が出てきました。 次に,ワークショップやアクティビティについて述べます。ワークショップではパソコン関係,料理,コミュニケーションの3分野のワークショップに参加しました。特に印象に残ったのはプレゼンテーションのワークショップです。このワークショップでは,日本語でのプレゼンテーションをする時と英語でのプレゼンテーションをする時では身振り手振りをする動作やタイミングが少し違うこと,複数人で一つのものを作り上げていくことの楽しさ,さらに英語ですべてをうまく表現できない中で完成型へとまとめて行くことの難しさを経験することができました。 一方で夕食後にあるアクティビティの時間では,タンデム自転車やブラインドサッカー,ビール工場の見学,さらにサルサダンスやミュージック・ジャムセッションなどに参加しました。特に興味深かったのはサルサダンスです。会場の体育館に行くまでは「見えなくても本当にダンスができるのだろうか」と半信半疑でした。ところがインストラクターの人が動きを全て声でもレクチャーして下さったため完璧にインストラクターの方の動きを真似できなくても音楽に合わせて体を動かしているだけで時間を忘れてしまうほど楽しむことができました。 最後に,フェアウェルパーティでは,出し物として「チーム・ジャパン」で僕と林さんの2人で歌を2曲発表しました。本番まではオーディエンスの心をつかめるかどうかが不安でしたが,発表が終わってからの盛大な拍手とその後にもらった他の参加者やスタッフの方からの感想は,とても温かいものでした。 今後は,ワークショップで学んだスキルや他の参加者とのコミュニケーションの中で知ることができた情報を自分の生活の中で取り入れていったり,連絡先を交換した友達と積極的にやり取りを続けたりしようと考えています。また,もっと積極的に自分のやりたい事,サポートしてほしいことなどをはっきりと自分の言葉で相手に伝えられるようになることが,これからの私の課題だと感じました。」 4.2 林真由美さんより 「今回のICC参加では,空港で集合した途端,他の学生さんの積極性に驚きました。最初の食事の時など,私が緊張している間に周りでどんどん仲良しの子のグループができていきます。私が様子を伺っている間に他の人は支援を頼み,戸惑っている間に周りに声を掛け合って問題を解決しているのです。文化の特色では片付けられない,参加者たちの意気込みの違いを大きく感じる10日間でした。また,将来目指していることや大学選び,専門分野選びなど,日本では大半の人がなんとなく選んできたであろうことを真剣に考えている様子が見えて,見習うべきだと思いました。 そんな各国から参加者が集まるワークショップの内容は,料理,音の反響を利用して歩くといった実技的なことから,普段使っているスマートフォンやタブレットのアプリケーションの共有,macOSの音声での使い方まで多岐にわたります。コンピュータ関連のワークショップでは日本でも活用できることを多く学びました。実技的なワークショップでは、自分の任された仕事を行う事はもちろん大事ですが,それと同等に他の人の手伝いやコミュニケーションをとることが重要ということを学びました。このようなワークショップを体験するうちに友達もでき,ティータイムや食事時間,自由時間に会話をする仲になりました。また,スマートフォンアプリに関するワークショップでは,ワークショップリーダーがずっと話すのではなく,参加者も交えて良いものや楽しめるものを共有するという,説明力が試されるワークショップでした。リーダーが試そうとしている話題もいくつかある中で,参加者たちもたくさんゲームや便利なものを紹介していきます。どんどん発言して共有して,みんなが知っているものだと盛り上がりました。このような会話が主体で進むワークショップは,私たちが大学で受ける講義とは異なり,参加するのが難しい印象でした。また,1日2つのワークショップを終えてからのアクティビティでも,たくさんの体験ができました。2人乗り自転車のタンデム,サルサダンス,ビール工場見学,ブラインドサッカーといった,珍しい体験ばかりです。自転車で巡る宿泊場所の近くは,広大な農園や住宅街,川べりなど,日本と似たような部分がありながらも少し違う雰囲気を味わうことができました。今回の経験を通じて,自分の言いたいことを伝えることの大切さと難しさを感じることも多々ありましたが,今後さらに英語を学ぶことの重要性と,コミュニケーションの楽しさを学ぶことができました。」 図8 参加学生たちの様子(左からMacOSを操作する林さん,ギリシャのワークショップリーダーから指導を受ける富川さん,キッチンでのワークショップの2人,オーストリア人参加者と話す富川さん) 5.謝辞 学生の旅費に関して筑波技術大学基金および日本学生支援機構より多大な支援を頂きました。記して深く感謝します。 参照文献 [1 小林真.欧州の視覚障害学生サマーキャンプICCの変遷 ―本学からの10回の参加を振り返って―. 筑波技術大学テクノレポート.2015; 22(2): p.24-28. [2] 小林真,福永克己.欧州の視覚障害学生サマーキャンプICC2015参加報告.筑波技術大学テクノレポート. 2016; 23(2): p.60-64. [3] 小林真,福永克己.欧州の視覚障害学生サマーキャンプICC2016参加報告.筑波技術大学テクノレポート. 筑波技術大学テクノレポート.2017; 24(2): p.45-51. Report on Participation in the International Camp on Communication and Computers 2017 KOBAYASHI Makoto 1), SASAOKA Tomoko 2) 1)Department of Computer Science, Faculty of Health Sciences, 2)Department of Health, Faculty of Health Sciences,Tsukuba University of Technology Abstract: Two students from our university participated in the International Camp on Communication and Computers 2017 (ICC2017), which was held in Leuven, Belguim. The camp was primarily designed for visually impaired European youngsters and it aims to help them create communities and human networks with each other. The content of the camp included variety of workshops, evening activities, and a one-day excursion. The fact that Belgian university students who have visually impairment mainly managed the camp was quite impressive to us. Keywords: international camp for visually impaired students, workshops, human networks