第12回アイオワ大学研修報告 井口正樹,野津将時郎 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 要旨:国際交流委員会活動の一環として,アイオワ大学(米国アイオワ州アイオワシティー)での海外研修が平成29年9月に行われた。今回の研修には理学療法学専攻から3名の学生が参加し,11日間行われた。研修内容は,授業参加,研究室訪問,医療施設見学などであった。さらに,アイオワ大学の幅広い教育分野を活かし,理学療法学科以外の授業にも参加することができた。参加学生は,勉学に対し積極的な現地学生の態度を肌で感じて,自主的に学ぶことの重要性を認識できた。今年度は新たにテキサス州のリハビリテーション病院の見学なども加わり,有意義な研修であった。 キーワード:国際交流,異文化コミュニケーション,リハビリテーション 1.はじめに 理学療法士の養成教育が大学院レベルで行われていることに代表されるように,米国の理学療法教育は世界的にみてもレベルが高い。また米国の理学療法は日本の理学療法の発展に大きく貢献してきた。その米国の理学療法養成校の中でもアイオワ大学はトップレベルで,本学と大学間交流協定を締結しており,更には本学卒業生を博士号取得まで導いた実績がある。今回12回目となる本研修は新たな取り組みも行われたので以下に報告する。 2.活動の目的 国際交流委員会の事業の一つとして,リハビリテーションを含む医療分野で特に優れる総合大学であるアイオワ大学を訪問し,授業参加,医療施設訪問,研究室見学,現地学生との交流・情報交換などを通して,見聞を広め,また向上心を高めることで,将来の本学での学業や学生生活,医療人としての将来像を描くことを目的とした。また,本研修は特設科目「異文化コミュニケーションD・I」として1単位が認定される。 3.参加学生,引率教員選定 国際交流委員会が定める学生募集要項に従い,学部生では保健科学部を,院生では保健科学専攻を対象に周知した。その結果,派遣人員2名に対し3名の応募があり,成績,応募動機,クラス担任の推薦状の書類審査を行い,全員が基準を十分に満たしていたため,3名を派遣学生と決定した。引率教員としては,大学間交流協定の本学側世話人でアイオワ大学を卒業している井口と,特任研究員の野津が派遣された。 4.参加学生 ・大久保賢二:保健科学部保健学科理学療法学専攻2年 ・青山舜:保健科学部保健学科理学療法学専攻3年 ・武藤実樹:保健科学部保健学科理学療法学専攻3年 5.研修期間・主な研修施設とその概要 平成29年9月10日(日)に出国し,9月20日(水)に帰国した。うち移動日を除く研修期間は11日(月)~18日(月)であった。 主な研修先は,米国アイオワ州アイオワシティーにある,アイオワ大学医学部理学療法・リハビリテーション科学学科(Department of Physical Therapy & Rehabilitation Science)であった。本学科にはDPT(Doctor of Physical Therapy)プログラムとPhD(Doctor of Philosophy)プログラムがあり,どちらのプログラムも入学するには学士が必要である。前者は,2年半のプログラムで将来,理学療法士(PT)を目指す大卒の学生が入学する。後者は本分野で研究者・教育者を目指す学生が入学する。今年度は新たに,全米で第2位を誇るリハビリテーション病院として知られる,Texas Institute of Rehabilitation and Research(TIRR,テキサス州ヒューストン)を研修最終日に訪問した。 6.事前研修・出発 3回にわたり本学保健科学部キャンパスにて,事前研修を行った。事前研修では,渡米時・入国時の注意点やアイオワ州やアイオワ大学の概要を井口が説明した。また米国での理学療法教育システムや英会話練習,井口が担当する選択科目の「医学英語」への参加,事前に入手した情報・配布資料に基づいた参加予定の授業の予習,学生への課題である英語による発表の練習・指導などもここで行った。加えて,学生には,ネイティブスピーカーと会話する機会が得られる英語ラウンジ(English Lounge)に積極的に参加するよう,促した。 7.研修内容 7.1 体験授業 今回の研修では理学療法士養成課程(DPTプログラム)から2コマ,健康と生理学学科(Department of Health & Human Physiology)から1コマ,ESL(English as a Second Language)から2コマの計5コマの授業に参加した。 理学療法学科の授業としては,理学療法入門(Principles of Physical Therapy)と筋骨格系治療学(Musculoskeletal Therapeutics)に参加した。1年次学生対象の「理学療法入門」は,理学療法の基礎を教える授業であり,今回は肩,肘,手関節の関節可動域測定の方法についての講義と実習であった。授業担当のケリー・サス(Kelly Sass)先生に加え,2年次の先輩学生5,6人が手伝いで参加しており,下級生を教えていた。実習では,本学学生が現地学生の可動域を測定する,などの交流を持つことが出来た(図1)。「筋骨格系治療学」は2年次学生が対象であり,上肢の解剖学・運動学を復習する講義の後に実技があり,触診や靭帯へのストレステスト等を教えていた。実際に本学学生の3人も,授業担当のデイビッド・ウイリアムズ(David Williams)先生の徒手療法を受け,また先生に手を取ってもらうことで,徒手療法の方法を学んだ(図2)。 健康と生理学学科の「運動生理学(Exercise Physiology)」の授業では,将来PTを目指す学部学生が主に受講していた。講義内容は筋肥大に関することであり,かなり詳細なメカニズムなどについての講義であった。理学療法士は動きの専門家であり,その動きの原動力となる筋(肉)については,本来であれば詳細な知識を持っていなければいけないのだが,日本のPT養成校では主に時間的制約から,この分野を学生が十分に理解しているとは限らない。米国では,このような科目を学部生として受講した場合,養成校入学時には,既にかなりの知識を持っていることとなり,日本との差は大きい。 英語を母国語としない人がアイオワ大学へ入学するにはTOEFL(Test of English as a Foreign Language)スコアで最低,(120点満点中)80点が必要である。80点以上100点未満の場合,卒業までにESLプログラムの単位取得を義務づける条件付きで入学できる。今回,2コマのESLプログラムの授業に参加した。ESLプログラムではこの他に,大学入学を希望するがTOEFLで80点未満の人,或いは単に英語を上達させたい人が参加する授業も行われている。アメリカは移民の国であり,英語教育には力を入れており,井口も数ヶ月,他の語学学校に通った経験がある。必ずしも渡米時に十分な英語力が無くても,まずは語学学校で十分,英語を上達させてから大学(院)に入学するという選択肢もある,ということを本学学生に知ってもらうために数年前からESLプログラムの授業に参加している。 図1 体験授業「理学療法入門」の様子 DPT1年生の肩の動きを測定している本学学生。 図2 体験授業「筋骨格系治療学」の様子 本学の学生同士で徒手療法を,授業担当教員のウイリアムズ先生指導の下,練習している様子。 7.2 研究室訪問 本研修ではアイオワ大学理学療法学科内で4つの研究室とTIRRの研究施設を訪問した。アイオワ大学の研究 室では,運動制御,循環器,痛み,脳卒中後の神経系可塑性などのテーマで,研究が活発に行われていた。特に,学科長であるリチャード・シールズ(Richard Shields)先生から研究室内の取り組みについて説明を受け,実験機器に触れる体験ができたことは学生たちにとって特別な経験となった。TIRRにおいても,脊髄損傷患者に対するリハビリテーションの研究について説明を受け,実際に患者を相手に実験を行っている場面を見学することができ,良い経験となった。アイオワ大学やTIRRで行われている最先端の研究内容や実験機器の規模の大きさに学生たちは関心を寄せており,今後の理学療法研究に意欲を示している様子であった。 7.3 医療施設見学 本研修では,5施設(大学附属病院(Universityof Iowa Hospitals and Clinics),附属病院に新設された小児病棟(Stead Family Children's Hospital),大学附属のスポーツ医学クリニック(University of IowaSports Medicine Clinic),理学療法士による個人経営のクリニックであるパフォーマンスセラピーズ(PerformanceTherapies),そしてTIRR内の病棟およびリハビリ施設を訪れた。うち2施設(小児病棟とTIRR)は今回,初めて訪問した。これらの施設は,どれも病期(急性期,回復期など)や疾患(整形外科疾患や神経疾患など)が異なりその多様性が学べた。特に,今年新設された小児病棟の見学では,パワーポイントによる施設の概要,患者数,疾患の種類,手術内容,治療内容など丁寧な説明を受けた後に見学することができ,理解がより深まるようご配慮いただいた。実際に,入院中であった男児患者の様子を見学させていただいただき,家族が宿泊できるスペースや監視モニターの完備,完全個室制など設備の充実さに驚かされたまた,TIRR内のリハビリ施設では,天井から吊るされた歩行訓練用のハーネスがコンピュータ制御によって身体をコントロールできる機械やAI(人工知能)によって音声のみで制御できる機器など,数多くの先端技術を見学することができた。日本国内において,このような環境を整える施設を見学できる機会はほとんどないので,学生たちにとって特別な経験となった。 7.4 その他 本研修では研究施設,医療施設以外にも様々な大学施設見学や授業参加などを行った。 障害学生支援センター(Student Disability Service)は,視覚障害に限らず,個人の障害に対して学生が平等に教育を受けるための支援を行っている。視覚障害者に対しては,教科書を裁断し,資料をPDFファイル化する支援が行われている。また,ADHD(Attention Deficit Hyperactivity Disorder:注意欠如・多動性障害)などの発達障害を持つ学生に対しては,注意が散漫とならないように個室や壁で仕切られた机で試験を受けるなどの支援が提供されている。 学生3名は大学職員・院生の前で英語での自己紹介を行った(図3)。事前にパワーポイントの資料を用意し事前研修で練習を行ってきた。各自,興味のあることや趣味,日本の文化について紹介した。紹介後には多くの質問を受け,英語でのコミュニケーションを図ることができた。特に,鍼灸とリハビリに関して興味を示され,「日本では理学療法士と鍼灸士が同じ施設内で同じ患者に対して治療を行うか?」と質問を受けたが,日本ではそのような施設は稀である。そういう意味では,本学部附属の東西医学統合医療センターと理学療法学,鍼灸学,情報システム学を含む保健科学部の特色を知ってもらえたことは,両者にとってすばらしい機会であった。 また,学生は先に述べた通り大学附属の語学学校にてESLプログラムの授業に参加した。そのクラスは,主に中国,韓国からの留学生が大半を占めていた。授業は,彼らとともにある議題に対してディスカッションするという内容であったが,学生たちは議題に対して自分の考えを英語で説明するのに悪戦苦闘している様子であった。しかしながら,同じアジア圏でも英語力に差があることや自身の英語力や説明力の不足を感じられたことは,学生たちにとって良い経験となったであろう。 アイオワ大学での研修最終日には,シールズ先生より,各学生へ研修修了証書をいただいた(図4)。 8.今後の課題 本研修では2名の日本人医師のもとへ訪問した。初日に訪問した木村淳先生(アイオワ大学神経内科)と3日目に訪れた佐藤豊先生(アイオワ大学放射線診療科)の両先生から,特に英語学習の重要性と海外へ挑戦する気構えが学生にとって必要であると説かれた。また,その土地の文化や言葉の本質を理解してコミュニケーションをとることが大切であるというお言葉もいただいた。長年アメリカでの生活を送られている先生方のお言葉だけに,本研修の意義を学生のみならず職員までもが実感させられた。単に英会話をするという能力だけでなく,文化や言葉の本質を理解した上でコミュニケーションをとるという訓練は,実際,日本の教育において不足していると感じられる。しかし,今後国際化が広がる理学療法の世界において,海外の理学療法士,研究者,患者など様々な人々とコミュニケーションをとることは必須であろう。今回の研修で,学生は,アメリカの制度や文化の上に理学療法という仕組みが成り立っていることを学ぶことができたと思われる。しかし,その仕組みが日本国内で通用するとは限らないので,いかに日本の文化に合った理学療法を国民または海外の人々に提供できるかを今後の学習で考えていくことが学生および教職員にとっての課題であろう。 図3 学生によるプレゼンテーションの様子 大学職員・院生の前で,プレゼンテーションを行っている様子。 図4 研修修了証書授与の様子 アイオワ大学での研修最終日に,シールズ学科長より,研修修了証書をいただいた。 9.参加学生(代表)の感想(「基金への感謝のことば」より抜粋,原文のまま) アメリカでのリハビリテーションの現状を見たいと思い申し込んだ。見学したい動機としては,1975年に日本はアメリカを模範としたリハビリテーションを日本の医療システムに導入して以来,多くのことを同国より学んできているので,本場でのリハビリテーションの現実を知りたいと思った。実際を見学して,アメリカのリハビリテーション室では運動サポートを行う機械化がより進んでいること,活発に病院の中で研究棟を持ち現場とリンクさせ研究成果を試したりしている先進性を知ることができました。またPTが独自に患者を受けられるダイレクトアクセス権があり,アスレチックリハビリテーション施設を合わせるような形で経営がなされ,アスリートだけではなく地域の子供から高齢者に対する様々な疾患に対するリハビリテーションを行っていることは,日本とは大きなシステムの違いがあることを知り,日本でもこういったシステムがあれば地域住民にとって,より利用しやすいリハビリシステムになると思った。今回アメリカでのトップクラスのリハビリテーション病院にてリハビリテーションの実際の様子,研究と器具の開発最前線,PT学生との授業参加など,日本では得られない貴重なそして生涯にわたって記憶として残る様々な体験をすることができましたことに深く感謝申し上げます。今後はより一層,各教科の学習に一生懸命取り組もうと思います。 10.得られた成果・まとめ 本研修は,学生にとって良い刺激となったと思われる。日本の大学教育は受動的となりやすく,教えてもらう構えを学生は取りがちだが,米国の学生は積極的に自ら学ぼうという姿勢が強い。そのような姿勢を,実際に肌で感じることができたのは良かった。また,今回は全米第4位の大都市であるテキサス州ヒューストンで全米第2位のリハビリテーション病院を訪問することができた。素晴らしいリハビリテーション病院を訪れたことで「リハビリテーション分野の研修」という観点から更に内容が濃くなったことに加え,小規模な大学町と大都市の両方に滞在することができ,「異文化コミュニケーション」という観点からも有意義であった。 The Twelfth Study Tour to the University of Iowa IGUCHI Masaki, NOZU Shojiro Department of Health, Faculty of Health Sciences,Tsukuba University of Technology Abstract: For eight days in September 2017, a group of five (three students and two faculty members from the Department of Health) visited the University of Iowa to participate in a study tour. The tour included participation in physical therapy classes; visits to hospitals, clinics, and research laboratories; and meeting and exchanging information with students at the University of Iowa. The tour also included, for the first time, a visit to the newly opened children’s hospital on campus and, after the stay at Iowa, a visit to the Texas Institute of Rehabilitation and Research (TIRR) at Houston. Although the study tour was short, the students from Tsukuba University of Technology were able to meet very hardworking Iowa students and observe advanced approaches to rehabilitation. These experiences greatly encouraged those who participated in the tour. Keywords: International exchange, Cultural diversity, Rehabilitation