東西医学統合医療センター鍼灸外来における2016年度インシデント・アクシデント事象調査 福島正也,櫻庭 陽,松下昌之助 筑波技術大学 保健科学部 附属東西医学統合医療センター 要旨:本調査は,2016年度の筑波技術大学保健科学部附属東西医学統合医療センター施術部門鍼灸外来において報告されたインシデント・アクシデント事象を集計・分析し,鍼灸施術におけるリスクマネジメントの改善を図ることを目的に実施した。調査対象は,2016年4月1日から2017年3月31日までに発生したインシデント・アクシデント事象とし,事象の集計・分析は当センター鍼灸外来のスタッフから提出されたインシデント・アクシデントレポートを元に行った。2016年度のインシデント・アクシデント事象の報告数は40件であった。2016年度の施術総数(8,668例)に占める発生率(報告数/施術総数)は0.5%であった。最も報告数が多かった分類は,その他(13件,32.5%)で,次いで,鍼の抜き忘れ(11件,27.5%),主訴の悪化(4件,10.0%),一過性の気分不良,熱傷(各3件,各7.5%)であった。2016年度のインシデント・アクシデント事象の発生率は,過去の当センターの報告と同水準であった。今後も鍼の抜き忘れを中心としたインシデント・アクシデント事象のリスクマネジメントに取り組んでいく必要があると考える。 キーワード:鍼灸,インシデント,アクシデント,有害事象 1.はじめに 筑波技術大学保健科学部附属東西医学統合医療センター(以下,当センター)施術部門鍼灸外来は,筑波技術短期大学附属の施術所として1992年に開設し,2005年10月からは四年制に移行した筑波技術大学保健科学部附属の医療センターとして臨床・教育・研究活動を行っている。2016年度の鍼灸外来は当センター所属の教員2名と鍼灸学専攻の教員9名,特任研究員1名が担当曜日ごとに2~4名体制で施術を担当した。また,施術部門では,2016年度に10名の臨床研修生を受け入れており,2年目以降の研修生を合わせた計15名が各指導教員の元で臨床に従事した。加えて,保健科学部鍼灸学専攻の3・4年生および技術科学研究科保健科学専攻鍼灸学コースの大学院生が鍼灸外来で臨床実習を行っている。医療活動においては,様々な形で患者に有害な事象が発生し得る[1]。医療における有害事象とは,臨床試験における定義では「因果関係を問わず,治療中または治療後に発生した好ましくない医学的事象」とされており[2],鍼灸施術における有害事象には,患者の反応によって生じる副作用(有害反応),施術者の過失によって生じる過誤,不可抗力による事故(天災等)などが存在する[1]。当然のことながら,これらの有害事象は可能な限り予防すべきであり,そのリスクマネジメントを検討する上で,発生した有害事象(アクシデント)や有害事象につながる可能性がある事象(インシデント)の集積と分析が必要である[3]。本調査は,2016年度における当センター鍼灸外来において報告されたインシデント・アクシデント事象を集計・分析し,鍼灸施術におけるリスクマネジメントの改善を図ることを目的に実施した。 2.方法 有害事象の分析は,当センター鍼灸外来のスタッフから提出されたインシデント・アクシデントレポートを用い,個人情報の取り扱いに十分に配慮して行った。当センター鍼灸外来のインシデント・アクシデントレポートは,所定のフォーマットに基づき,発生した全事象の報告を義務付けている事象(鍼の抜き忘れ,熱傷,患者の放置,重要所見の見落とし,感染,一過性の気分不良,血腫,主訴の悪化,刺鍼部の皮膚炎等,施術者自身の傷害)と,著明な事象のみを報告する事象(内出血,出血,疲労感または倦怠感,眠気,刺鍼中の刺鍼部の疼痛,刺鍼後の刺鍼部の疼痛,その他)からなっている。調査対象は,2016年4月1日から2017年3月31日までに発生した事象とした。調査項目は,報告総数,発生率(施術総数に対する割合),インシデント・アクシデント事象の分類,発見方法および情報源,対処時の鍼灸師以外の関与,医療費負担の有無とした。また,鍼の抜き忘れについては,施術内容と発見状況も調査の対象とした。また,調査における基本データとして,施術部門の受付で管理する患者データベースを用い,調査期間中の施術総数を調査した。 なお,割合の算出において端数処理を行ったため,合計が100.0%にならない場合がある。 3.結果 2016年度のインシデント・アクシデント事象の報告数は40件であった。2016年度の施術総数(8,668例)に占める発生率(報告数/施術総数)は0.5%であった。インシデント・アクシデント事象の分類別の報告数を表1に示す。最も報告数が多かった分類は,その他(13件32.5%)で,次いで,鍼の抜き忘れ(11件,27.5%),主訴の悪化(4件,10.0%),一過性の気分不良,熱傷(各3件,各7.5%)であった。 表 1 インシデント・アクシデント事象の分類別報告数 その他のインシデント・アクシデント(13件)の詳細は,所定の場所以外での鍼の発見(6件),会計ファイルの渡し間違い(2件),吊り下げ式の赤外線治療器に患者が接触した,台座灸が皮膚から落下した(熱傷等の発生なし),使用後の棒灸が完全に消火されていなかった,置鍼中に患者が急に起き上がった,鍼通電中にコードをひっかけて鍼が抜けた(各1件)というものであった。インシデント・アクシデント事象の発見手段は,直接(35件,87.5%)が最多で,次いで電話(4件,10.0%),その他(1件,2.5%)で清掃員による発見であった。情報源は,患者(19件,47.5%)が最多で,次いで施術者本人(10件,25.0%),スタッフ(9件,22.5%),その他(1件,2.5%)で清掃員からの情報であった。インシデント・アクシデント事象により生じた症状等の対処に鍼灸師以外の関与があった事例は8件で,内訳は当センター医師4件,当センター以外の医師4件であった。処置に際し医療費が生じた事例は3件で,内訳は当センター負担2件,患者・当センター・保険会社分担1件であった。鍼の抜き忘れの事例の分類を表 2に示す。 表 2 鍼の抜き忘れの事例(11例)の分類 4.考察 2016年度のインシデント・アクシデント事象の発生率(0.5%)は,過去の報告[4-11]と同水準であった。近年の報告[10,11]と同様に,2016年度もその他に分類されるインシデント・アクシデント事象が多く報告されており,分類別で最多であった。研修プログラムや医療安全講習会などを通じ,インシデント・アクシデント事象の発生時対応がスタッフに浸透し,今までは埋没していた事象が顕在化している可能性が考えられる。近年の当センターでの報告においては,2015年度を除き,鍼の抜き忘れが最も多いアクシデント事象となっており,そのリスクマネジメントが大きな課題となっている[4-10]。当センター鍼灸外来では,2015年度から「鍼カウンタ付きシャーレ」を導入し,鍼の抜き忘れの報告数が大幅に減少したことから,鍼の抜き忘れ防止に有効であったと思われた[11]が,2016年度はその報告数が導入前と同等の水準にまで戻っていた。過去の推移をみても,2015年度のみ特異的に鍼の抜き忘れが減少しており,今後その要因の特定を進めることが必要と考えられる。鍼の抜き忘れは,置鍼治療で多く発生していた。低周波鍼通電療法は,置鍼治療と同じく身体に鍼を一定時間留め置くが,鍼に電極となるクリップを接続するため,抜鍼時に鍼の刺入部位を見落とすリスクが低く,抜き忘れが起こりづらいと考えられる。その他の調査項目においては,鍼の抜き忘れとの関連が推測される明確な傾向は認められなかった。当センター鍼灸外来では,特定のフォーマットに基づくレポートの提出と共に,当日のスタッフミーティングおよび月例ミーティングでの報告を行い,インシデント・アクシデント事象やその対策に関する情報の共有を図っている。鍼灸施術に伴うインシデント・アクシデント事象には,身体に鍼を刺入するなどの施術の特性上不可避なものも存在するが,施術スタッフへの教育や業務改善,施術方法の改善により予防が可能な事象もある[3]。中でも過誤とみなされる事象については,鍼灸施術や当センターへの不信や不満に直結する可能性が高いと考えられ,今後もインシデント・アクシデント事象のリスクマネジメントに取り組んでいくことが必要と考える。 参照文献 [1] 全日本鍼灸学会研究部安全性委員会 編.臨床で知っておきたい 鍼灸安全の知識,第1版.医道の日本社(神奈川), 2009.[2] Good Clinical Practice: Consolidated Guideline (ICH-GCP). ICH 1996. [3] 尾崎昭弘,坂本歩,鍼灸安全性委員会 編.鍼灸医療安全ガイドライン,第1版.医歯薬出版株式会社(東京), 2007.[4] 近藤 宏,津嘉山 洋,堀 紀子,他.質の高い鍼灸医療を目指して筑波技術大学保健科学部附属東西医学統合医療センター鍼灸部門 外来報告2008. 筑波技術大学テクノレポート.2009; 17 (1): p.73-77. [5] 近藤 宏,櫻庭 陽,堀 紀子,他.鍼灸臨床における統合医療を模索して 筑波技術大学保健科学部附属東西医学統合医療センター 2009年度鍼灸部門外来報告.筑波技術大学テクノレポート.2010; 18 (1): p.111-115. [6] 近藤 宏,櫻庭 陽,平山 暁,他.地域医療における統合医療を目指して 筑波技術大学保健科学部附属東西医学統合医療センター 2010 年度 鍼灸部門 外来報告.筑波技術大学テクノレポート.2012; 19 (2): p.73-77. [7] 近藤 宏,櫻庭 陽,萩野谷 泰朗,他.筑波技術大学保健科学部附属東西医学統合医療センター 2011 年度 鍼灸部門 外来報告.筑波技術大学テクノレポート.2012;20 (1): p.99-103. [8] 近藤 宏,櫻庭 陽,佐久間 亨,他.筑波技術大学保健科学部附属東西医学統合医療センター 2012 年度 鍼灸部門 外来報告.筑波技術大学テクノレポート.2013;21 (1): p.103-107. [9] 福島 正也,櫻庭 陽,近藤 宏,他.東西医学統合医療センター施術(鍼灸)部門 2013 年度患者動態調査およびインシデント・アクシデント分析.筑波技術大学テクノレポート.2015;23(1): p.46-50. [10] 福島 正也,櫻庭 陽,佐久間 亨,他.東西医学統合医療センター施術(鍼灸)部門 2014 年度患者動態調査およびインシデント・アクシデント分析.筑波技術大学テクノレポート.2016;23(2): p.44-49. [11] 福島正也,櫻庭陽,松下昌之助.東西医学統合医療センター鍼灸外来における2015年度インシデント・アクシデント事象調査.筑波技術大学テクノレポート.2017;25(1): p.64-68. Statistical Report of Adverse Eventsat the Department for Acupuncture and Moxibustion in 2016 FUKUSHIMA Masaya, SAKURABA Hinata, MATSUSHITA Shonosuke Center for Integrative Medicine, Department of Health, Faculty of Health Sciences,Tsukuba University of Technology Abstract: This study analyzed the adverse events at the department for acupuncture and moxibustion, Center for Integrative Medicine, Tsukuba University of Technology, in the 2016 fiscal year (April 1, 2016 to March 31, 2017). The survey was based on the accident reports from acupuncturists. Forty adverse events were reported and the incidence rate was 0.5%. The common adverse events in order of occurrence were others (n = 13, 32.5%), forgotten needles (n = 11, 27.5%), worsening of chief symptoms (n = 4, 10.0%), feeling ill (n = 3, 7.5%) and burns (n = 3, 7.5%). The incidence rate was nearly the same as in past reports. It is necessary to address risk anagement in clinical acupuncture. Keywords: Acupuncture, Moxibustion, Integrative medicine, Adverse event, Forgotten needles