視覚障がい学生におけるB型肝炎ワクチン接種の現状と接種基準変更による影響 平山 暁1,2) 筑波技術大学 保健科学部 東西医学統合医療センター1) 保健管理センター2) 要旨:医療系専攻視覚障がい学生におけるワクチン接種効果と,B型肝炎ワクチンガイドラインの変更による影響を検討した。入学時点でHBs抗体陽性であった学生は6%(7名)であった。HBs抗体陰性者に対しては1年間に1シリーズ3回のB型肝炎ワクチン接種を行った。これによる陽転化率は74%であり,同年齢の報告例と比べ低率であった。旧法ではこの後毎年抗体価測定を行い,陰性者に都度追加接種を年1回行った。初回陰性者に対する追加接種による抗体陽転化率は7%であった。一方初回陽転後の抗体価低下により追加接種を行ったものは全例再度抗体価が陽転した。新法では抗体非陽転化例に対し再度1シリーズ3回の追加接種を行うため接種回数の増加による学生負担の増加が懸念される。しかし上記の結果を当てはめた場合,接種回数が増加する学生は全例の4%に過ぎず,57%は不変であり,33%は減少した。接種回数変動の期待値は,全例で-0.37回,再陰転化・非陽転化例で-0.69回と,接種回数の減少が期待できるものであった。上記の結果は今回の接種方法の改訂は,学生負担を軽減させ,かつ接種有効性を増加することが期待できる。 キーワード:B型肝炎,ワクチン接種,視覚障がい者,感染症予防 1.はじめに B型肝炎は医療行為中に生じる感染症として最も危険なものの一つである。成人におけるB型肝炎ウイルスの初感染は,救命率が依然非常に低い劇症肝炎を誘発することから,学生を含む医療関係者へのB型肝炎ワクチン接種は強く推奨されている[1]。これまで筑波技術大学(以下「本学」)ではB型肝炎抗体陰性者に対し,3回1クールのB型肝炎ワクチン接種を行い,その後毎年の健診にて抗体価を測定し,抗体価が基準値を下回った場合には年1回の追加接種を行う方法で予防接種を行ってきた。しかし最近の知見の集積により,ほとんどの医療機関や医育機関において標準とされている日本環境感染学会のガイドライン(一般社団法人日本環境感染学会「医療関係者のためのワクチンガイドライン 第2版」[1])が改訂されたことを受けて,本学でも同ガイドラインに沿い,追加接種を3回1クール1回のみとし,抗体価陽転後の再接種は不要とする,などの変更を行った(図1)。この効果判定には長期的な観察が必要であるが,追加接種を3回1クールとすることにより学生の費用負担が増加するなどの,短期的な懸念が示されている。そこで本稿では医療系専攻視覚障がい学生における抗体陽転率などのワクチン接種効果と,新旧両方法によるワクチン接種回数の変化を検討した。 2.方法 2.1 調査対象本学保健科学部保健学科(理学療法専攻および鍼灸専攻)在籍学生のうち,平成29年度の健康診断受診者学部1-4年生及び大学院生)と平成27, 28年度の健康診断を受診した両年度の卒業生の計6年分を対象とした。抗体陽性率の統計には保健科学部情報システム学科の学生も対象に加えた。項目毎の調査数は該当欄に記載した。2.2 接種方法旧基準と改訂後基準(新基準)における接種方法を図1に示す。新旧両基準とも,初回抗体価陰性者に対しては1クール3回のB型肝炎ワクチン接種を行い(初回接種後2回目までに1ヶ月,2回目から3回目までに6ヶ月の間隔が必要),翌年度に抗体価を再測定する(2回目の測定)。2年目以降旧基準では毎年抗体価を測定し,初回接種により抗体価が上昇しない場合もしくは抗体低下により陰性化した場合は再度年1回の追加接種を行う。新基準では抗体陽性になった場合は,その抗体価の記録を保存し,以降の抗体価測定は不要となる。一方2回目の測定での抗体陰性者に対しては,さらに1クール3回のB型肝炎ワクチン接種を行い,陽転者は抗体価の記録を保存し,以降の抗体価測定は不要となる。引き続き陰性のものはワクチン不応者として血液・体液曝露には厳重な対応と経過観察を行う方針とし,以降の追加接種は行わない。これらの変更は,抗体を獲得した場合,以後 HBV 陽性血に曝露されても顕性の急性 B 型肝炎の発症はないこと,免疫獲得者では22 年以上にわたって急性肝炎や慢性B型肝炎の発症予防効果が認められており経年による抗体価低下にかかわらずこの効果は持続すること,が示されたことによりなされている[1]。また同ガイドラインには免疫獲得者に対する経時的な抗体価測定や,免疫獲得者の抗体価低下(10 mIU/mL未満)に伴うワクチンの追加接種は必要ではないことが明記されている。 本学では調査対象者のうち2年次生以上は旧基準の接種方法にて接種している。本年度入学生から新基準にて接種する方針としている。 図1 新基準への変更による影響 3.結果および考察 3.1 初回抗体価測定と初回接種による効果対象集団の平均年齢は24.1歳(標準偏差9.2歳),男女比は男103,女35であった。図2に初回抗体価測定と初回接種による効果による効果を示す。以降は日本環境感染学会ガイドラインに従い,10mIU/mL未満を抗体陰性とする。調査対象者113名のうち,入学時点で当初よりHBs抗体陽性であった学生はわずか6%(7名)であり, ほとんどの学生(94%,106名)は陰性であった。この結果は予防接種を行わない状態では,当該学生がB型肝炎ウイルス感染に極めて危険な状態であることを示しており,ワクチン接種による抗体獲得の重要性を示している。 図2 抗体陽性率とワクチン接種による陽転化 初回の1シリーズ3回の接種により陽転した学生は全体の65%(73名)であり,22%(25名)は陽転しなかった。初回1シリーズの接種による陽転化率は74%である。これは同法により40歳未満の92%,40歳以上の84%が陽性化するとの報告[2]と比べて低い。その原因として視覚障がい学生に内因性障がいの合併が多いことなどの影響が推測されるが,現時点では不明である。なお,4%(4名)は抗体価陰性であるにもかかわらずその後のワクチン接種が行われていない。3.2 初回接種後の抗体価の推移と旧基準による追加接種の効果初回接種後の抗体価の推移(初回接種については新旧両基準とも共通)を図3に示す。本結果は本学において2回以上年次健康診断を受診している学生(一般 的には2年生以上もしくは1年生の留年者)73名を対象とした。初回接種により陽性化した学生の75%(55名)は引き続き基準値以上の抗体価を示したが,25%(18名)は10mIU/mL未満に低下した。旧基準ではこれらの学生は追加接種の対象となるが,新基準では追加接種が不要となっていることに留意する必要がある。一方,旧基準に従って追加接種を受けた学生の抗体価の推移,すなわち初回1シリーズ接種の結果陰性であり毎年1回の追加接種を受けた学生および,初回1シリーズで陽転したが,その後抗体価が低下した学生31名の結果を図4に示す。旧法による再接種では,追加接種により陽転した学生は7%(2名)に過ぎず,74%(23名)は追加接種を行っても抗体獲得に至っていない。この結果は旧法による追加接種の効果が乏しいことを示唆している。一方初回1シリーズ接種の結果抗体価が上昇したものは,その後陰転化しても再度の接種で必ず抗体価が基準以上に上昇しており,抗体価の上昇がみられない例はなかった。近年,抗体を一度獲得すれば以降B型肝炎ウイルス陽性血に曝露 されても顕性の急性B型肝炎の発症はないことが報告されている[3]。ワクチン接種と実際の病原体への曝露は同等ではないが,この結果はこの報告と間接的に合致しているといえる。 図3 初回接種後の抗体価の推移 図4 旧基準による追加接種の抗体価推移 表1 新基準への変更による影響 3.3 新基準への変更による接種回数の変化旧基準から新基準へ接種方法を変更した場合の,各ケースごとの変化を表1に示す。初回抗体検査で陰性の場合,初回1クール3回の接種を行う点は新旧両基準で同一なので,この初回接種で抗体が獲得され,かつ持続した場合は両基準で接種回数は同じである。初回1クール接種で抗体が獲得されなかったが,その後2回以内の追加接種で抗体が獲得された場合は,新基準への変更により接種回数が増加する。逆に4回以上の追加接種で抗体が獲得されない例は新基準への変更により接種回数が減少する。また初回1クール接種で抗体が獲得されたが後に抗体価が低下した場合も,新基準では再接種が不要となるので接種回数は減少する。他の例では新旧両基準で接種回数は不変である(ただし,旧基準では抗体獲得後も毎年抗体価測定を要求されるので,検査費用の負担は旧基準の方が多い)。これに基づき,新基準への変更により接種回数の増減に及ぼす影響を検討した。本検討では比較検討が可能となる,4年以上年次健診を受診している学生52名を対象とした。全例において接種回数の増減を検討した結果を図5に示す。懸念される新基準で施行した際に接種回数が増加する学生は,全例の4%(2名)とごく少数であり,増加回数はいずれも2回(即ち1回の追加接種で陽転)であった。これは抗体獲得後の再陰転化例と抗体が獲得できない非陽転化例の中でもわずか5%であった。一方接種回数が減少した例は,全例でみたときは33%(17名)であり,接種回数の減少数は1回が13名,2回が3名,3回が1名であった。これは再陰転化・非陽転化例の中ではでは67%に及んだ。接種回数不変例57%(30名)であり,今回の変更によりほとんどの学生で接種回数は不変又は減少することを示している。減少回数の期待値は,全例で-0.37回,再陰転化・非陽転化例で-0.69回であった。従って今回の接種方法の改訂により,学生負担は軽減されると結論づけられる。 図5 新基準を適応した場合の接種回数の増減 4.結語 医療系を専攻する視覚障碍学生は,在学中はもちろん,卒業後も意図せぬ穿刺事故や血液・体液等への接触による感染症に対する高リスクに曝されている。一方で,視覚障がいに特定したものではないが,障がい者にワクチン接種やガン予防スクリーニングなど予防医学的医療サービスが充分に行き届いていないとする報告もある[4-6]。今回の検討結果は,B型肝炎ワクチン接種基準の変更がワクチン接種効果増強と医療経済学的負担軽減の両面で,視覚障がい学生に利益をもたらすことを示しており,安全な医療教育を支えるものと言える。 参考文献 [1] 日本環境感染症学会ワクチンに関するガイドライン改訂委員会,岡部 信,荒川 創,et al. 医療関係者のためのワクチンガイドライン 第2版.日本環境感染学会誌. 2014;29(Supplement_III): p. S1-S14. [2] Averhoff F, Mahoney F, Coleman P, et al. Immunogenicity of hepatitis B Vaccines. Implications for persons at occupational risk of hepatitis B virus infection. Am J Prev Med. 1998;15(1): p. 1-8. [3] McMahon BJ, Dentinger CM, Bruden D, et al. Antibody levels and protection after hepatitis B vaccine: results of a 22-year follow-up study and response to a booster dose. J Infect Dis. 2009;200(9): p. 1390-1396. [4] Lin JD, Lin PY, Lin LP. Universal hepatitis B vaccination coverage in children and adolescents with intellectual disabilities. Research in developmental disabilities. 2010;31(2): p. 338-344. [5] Pichetti S, Penneau A, Lengagne P, et al. [Access to care and prevention for people with disabilities in France: Analysis based on data from the 2008 French health and disabilities households surveys (Handicap-Sante-Menages)]. Revue d'epidemiologie et de sante publique. 2016;64(2): p. 79-94. [6] Merten JW, Pomeranz JL, King JL, et al. Barriers to cancer screening for people with disabilities: a literature review. Disability and health journal. 2015;8(1): p. 9-16. Current Status of Hepatitis B Vaccination in Visually-Impaired Students and the Influence of the Revised Vaccination Guideline HIRAYAMA, Aki1,2) 1)Center for Integrative Medicine,Tsukuba University of Technology2)Health Center,Tsukuba University of echnology Abstract: The influence of hepatitis B virus (HBV) vaccination and the influence of the revision of HBV vaccination guideline in visually impaired students are studied. Overall, only 6% of all studied students showed positive HBs antibody at matriculation. For those who tested negative for the HBs antibody, one series of HBV vaccination was administrated with in the following year. This induced seroconversion in 74% of the visually impaired students, which was lower than the reported rate in their age-matched non-visually impaired counterparts. In the conventional method, antibody titers were measured annually after the first series, and an additional vaccination was adminstrated once a year to non-seroconverted individuals. The seroconversion rate by this method was only 7%. On the other hand, the HBs antibody titer was elevated again in all cases who received an additional inoculation, due to the decrease in the antibody titer after the initial seroconversion. Since three additional vaccinations were administrated to those who demonstrate non-seroconversion in the revised method, this in turn raised concerns regarding the increased economic burden on these students due to the increased number of vaccinations. However, this economic burden might not be an issue since the proportion who require vaccinations has since decreased in 33%, remained unchanged in 57%, and only increased in 4% of the students. The expected value of the number of vaccinations was -0.37 in all cases and -0.69 in the case of seronegative cases. These results indicate that the revised method of HBs antibody vaccination can improve the efficacy of inoculation in these students without increasing their economic burden. Keywords: Hepatitis B, Vaccination, Visually impaired students, Infection control