書見台型学習支援システムの試作 村上佳久 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 障害者基礎教育研究部 要旨:タブレットPCのように指で自由に拡大縮小が可能な操作方法と見えやすい大型の画面を有し,弱視の学習環境を改善すべく,書見台型のディスプレイを利用した学習支援システムを試作した。書見台型ディスプレイを接続するパソコンのスペックも一般の機種よりも高い能力が必要なことが示唆された。今後,弱視への導入を目指し,利用者の使い勝手の検証を行う予定。 キーワード:書見台,ディスプレイ,タブレット 1.はじめに 書見台とは,書籍を読みやすいように斜めにして読むための置台のことである。視覚障害者の場合,机の上に本を置くと,自分の頭で天井などの照明を遮ることとなり,手元が暗くなる。そこで,書見台などを使って,本を読む時の照明の光量確保を行う。通常は,近くに電気スタンドなどの照明を置いて,書見台と併用することが多いが,LED照明の発達から,書見台に取り付ける照明も全日盲研などでも報告されている。 図1 書見台 図1に書見台を示す。この書見台は,本を反射光で読むための補助具であるが,パソコンのディスプレイを書見台のように設置すれば,視覚障害者も,見やすくなるのではないかという試みは,過去いくつかあったが,主流にはならなかった。その理由は,画面だけが書見台のようになっても,文字の見えやすさはあまり変化しないからである。パソコン側で文字を大きくしても,一般のディスプレイと比べて,その見えやすさはあまり変化がなく,書見台ディスプレイを積極的に利用する事にはならなかったためであると思われる。しかし,昨今,iPadに代表されるTablet PCの発達は,指を使って,画面を自在に拡大・縮小可能になるという,視覚障害者にとって,文字を読むという環境に劇的変化をもたらした。iPadの大きさが,10インチ程度で,文字の大きさを自由に変化させることが出来るため,視覚障害者の特に弱視に対して電子教科書としての有効性が認められている。そこで,指先で,文字の大きさを自由に拡大・縮小可能と言う操作が,一般のパソコンでも実現できれば,一般のデスクトップパソコンでも,弱視に対する視覚障害補償の利用の範囲が広がるであろう。ここでは,書見台式のタッチディスプレイを利用した学習支援システムの試作を行った。 2.絵画用ディスプレイ 過去,書見台ディスプレイを全く検討しなかったわけではない。17インチのディスプレイを斜めにして,視認性を確認したりしたが,ディスプレイにタッチ機能がないため,画面の拡大・縮小が出来なかった。そのため,拡大縮小機能は,ZoomText等の弱視用画面拡大ソフトウェアに頼らざるを得なかった。最近のタッチディスプレイが販売される前は,絵画用のタブレット・ディスプレイしか,書見台ディスプレイは散見されなかった。Windows Xp対応で,専用のペンでのデザイン絵画や入力が可能であった。このため,画面をタッチすることで,画面を動かすことが可能であったが,2点のタッチ入力までであった。しかし,角度を自由に変えることが出来る書見台ディスプレイは,天井の照明の反射光さえ気をつければ,画面に近づいて文字を見ることが出来る最適なディスプレイであった。図2は,Windows Xp用のWACOM Cintiq 21UX である。 図2 絵画用ディスプレイ 3.オールインワン・パソコン パソコンの種類の中に,"All in One"(オールインワン)と呼ばれる,本体とディスプレイが一体となったタイプのデスクトップパソコンが存在する。このタイプの機種に,ディスプレイがタッチタイプのものがあり,書見台ディスプレイとしても利用できる。オールインワンの機種は画面サイズが大きなものが多く,実際に操作すると,視野の狭い学生は利用できないことが多い。実際に利用すると,27インチの画面よりも,22インチ程度の画面までの方が利用しやすいようである。 図3 ガラスにひびの入った例 図3は,27インチのオールインワンのLenovo A720である。この種のディスプレイの欠点として,少しでもガラスに傷が入ると,たちまち,画面全体に広がって使用不能になることである。図3はその様子を示したもので,左上の小さな傷が,1週間ぐらいで画面全体に広がり,使用不能となったものである。 4.タッチディスプレイ パソコンのディスプレイだけをタッチディスプレイに交換して,書見台ディスプレイとして利用することを検した。タチディスプレイは,パソコンとディスプレイケーブルで接続するだけでなく,タッチ機能をUSBケーブルで接続する。この接続時に,タッチ機能が指何本分まで識別可能などの情報をOSが判断する。最近のWindows10 では,2本や5本,10本などの指本数のタッチ機能に対応する。実際にタッチディスプレイを使っている様子を図4に示すこの場面では,指でWORDの文章の文字サイズを変更している場面である。利用者にとって最も見えやすい大きさに自由に変更可能である。 しかし,実際に使用してみると,タブレットPCのようなスムーズな操作が出来なかったり,表示が遅れるなどの様々な問題が発生した。そこで,このタッチディスプレイを利用するに当たって最適なパソコン環境を検討した。 図4 タッチディスプレイ 5.タッチディスプレイ用パソコンのスペック 5.1 パソコンに必要なスペックこのような,弱視にとっては福音となるタッチディスプレイであるが,問題もある。一番の問題は,接続されるパソコンのスペックが厳しいことである。一般にディスプレイだけを交換して,このような書見台式の画面で,文字の大きさを自由に拡大・縮小が出来れば,安価に視覚障害補償を施すことが出来る。しかし,タッチ機能で画面の拡大・縮小を行うために,グラフィックス出力とタッチ機能の接続性を確保するため,低速なCPUやGPU等では,タッチ機能が制限される場合もある。そのため,CPUやGPUにはある程度の高速性が要求される。実際の利用する場面では,WORDやEXCELなどのオフィスソフトやPDFやePUBなどの電子図書などを指操作で,拡大・縮小が自在に行えることが求められる。最新のWindows 10のバージョンアップ版である,Fall Creater Updateでは,タッチ機能についても強化され,安定に動作するようになった。旧式の2本指や5本指タッチディスプレイにも安定的に動作する。そこで,まず,このWindows 10の最新版で,ハードウェアにどの程度のスペックが必要かを検証した。 5.2 Windows Experience IndexWindowsの古いバージョンである,Windows VistaやWindows 7には,”Windows Experience Index”と呼ばれる,Microsoft独自のベンチマーク機能があり,この機能を利用して,パソコンの基本的なスペックが検証できた。この機能はWindows 10でも確認可能であることは,以前報告した。[1] そこで,どの程度のCPUやGPUの機能があれば,タッチディスプレイを利用して快適に動作するかをこの”Windows Experience Index”を目安に検証した。このスコアを調べるためのWindowsコマンドとして,"WinSat.exe"がある。この数字を検証する。この数字と,実際の操作との関連性を評価するために,2つのチェック項目を設定した。 1)Word文書 48P MSゴシック体の経絡経穴文書 16頁 2)PDF文書 400dpiでスキャンニングされた本,224頁      (ファイルサイズ 100MB) 1)では指で,自在に拡大・縮小が可能か 2)では指で,スムーズに頁移動や,拡大・縮小が可能   かの二つを評価基準とした。 5.3 結果 1)のWORD文書の拡大縮小では,  @CPUスコア:6.5以上 Aグラフィックスコア:5.0以上 BHDDスコア:5.9以上でなければ,画面拡大・縮小などの利用は難しいことが判明した。 2)のPDFでスムーズに頁が移動するためには, @CPUスコア:7.0以上 Aグラフィックスコア:6.0以上 BHDDスコア:7.0以上(SSD)が,必要となった。 表1 Intel 第6世代CPUのスコア 表1は,Intelの第6世代のCPUを利用した,Windows 10利用パソコンのWindows Experience Indexスコアである。 表2 Intel Core 2 Quad Q8200 CPUのスコア 表2は,旧式のCore 2 Quad Q8200を利用したWindows 10利用パソコンのスコアで,HDDからSSDに,内蔵グラフィックスからGPU交換を行った時のスコアである。2016年以降の機器では,SSDを利用し,メモリが8GB以上なら,低速なPentium G4500クラスのCPUでもスムーズに動作する。但し,メモリが4GB程度なら,Core i3クラス以下のCPUでは,スムーズな動作が行えない。この場合,GPUによる補助が必要である。一方,CPUが古い機種では,CPUの性能も画面表示に影響するので,HDDの代わりにSSDを利用し,メモリを8GB以上,GPUにnDIVIA GT-710以上のグラフィックボードを用意すると,スムーズに動作することが判明した。事実上,Core 2 Duo以降のCPUを搭載していないと,使用は厳しいことが示唆された。Tablet PCでも低速な機器は,頁移動などがスムーズに行えない等の問題が発生する。これと同様に,実用上,支障なく利用できる限界が,上記のスペックになると思われる。このように,タッチパネル式ディスプレイを利用するためには,ある程度のスペックのパソコンが必要であることが示唆された。 6.タッチパネル式ノートパソコン 書見台式でタッチディスプレイの場合,画面の大きさが20インチ以上となる。ところが,視野の狭い視覚障害者の場合は,この20インチでも視野に入らない場合もある。そこで,もっと画面の狭い同様のシステムを検証すると,タッチパネル式のノートパソコンが書見台ディスプレイのシステムとして活用可能である。そこで,実際に,12インチの画面サイズのMicrosoft Surface Pro3を利用して,使い勝手などの検証を試みた。図5は,指先で画面の拡大・縮小を行っている場面である。iPadのようなTablet PCよりもノートパソコン的であるが,デスクトップの機器よりも視野の狭い学生にとって,都合良い12インチの画面サイズなので,使い勝手は良い。実際に電子教科書の試行でも,このようなタッチパネル式のノートパソコンの有用性は指摘された。[2] 図5 タッチパネル式ノートパソコンでの指操作 表3は,Surface Pro3のWindows 10におけるWindows Experience Indexのスコアである。前章で述べたように,スムーズな動作が必要なスペックをおおむね確保している。 表3 Microsoft Surface Pro3のスコア Score Mem CPU GPU Disk Core i5-4300U 8.7 (DDR3)8.7 5.9 (HD4400) 8.2 (SSD) 5.おわりに 今回は,新型や旧式機器を含めて,タッチディスプレイによる書見台式学習支援システムの試作を行った。GPUやSSDなどを利用して,ある程度のスペックが確保できれば,指先によるスムーズな画面の拡大・縮小が可能であることが指摘された。今後,筑波技術大学の研究倫理委員会に申請して,学生の利用環境の使い勝手などをアンケート調査などにより実施したいと考えている。 参照文献 [1] 村上佳久.パソコン再生プロジェクト まだ使えませんか?.筑波技術大学テクノレポート.2016; 24(1): .10-15. [2] 村上佳久.電子化図書の読書環境と新しい白色文字印刷.筑波技術大学テクノレポート.2013; 20(2): p.34-40. Fabrication of a Learning Support System Using the Bookrest Display MURAKAMI Yoshihisa Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired, General Education Practice Section for the Visually Impaired, Tsukuba University of Technology Abstract: To improve the learning environment of low vision students, a learning support system using the display of the bookrest, which can perform operations for enlarging and reducing freely with fingers, was prototyped. It was suggested that the specifications of the personal computer connecting to the bookrest display also need higher capability than the general model. In the future, usability verification of this system will be carried out. Keywords: Bookrest, Display, Tablet