茶道を軸とした多面的な教育活動 櫻庭晶子1),松藤みどり2),平田三代子3),大澤富士子4),古谷勝則5) 筑波技術大学 産業技術学部 総合デザイン学科1) 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター2) 元 筑波技術大学 保健管理センター3) 筑波技術大学 視覚障害系支援課4) 千葉大学大学院 園芸学研究科5) 要旨:茶道を軸とした多面的な教育活動を開始して,ちょうど20年を経過した。多くの学生,教職員,市民,その他関係者を巻き込んだ茶道による教育活動を展開してきたことに意義がある。本稿では,多面的な教育活動として,学生を対象とした授業である「デザイン概論」,学生主体の自主的な学習活動である学生サークル「文化研究会AtoZ」茶道部の活動,公開講座や出張茶会などの「社会貢献」の活動成果などを,報告した。大学の国際交流にも貢献している。外国人学生とのコミュニケーションは,思いのほか容易であり,障害とは関係なく地域社会貢献としての可能性が広がったと考える。 キーワード:茶道,聴覚障害,授業,サークル活動,社会貢献 1.はじめに 「茶道は総合芸術」といわれている。茶室や茶庭などの空間,掛け軸や花等の室内の装飾,陶磁器や木工・金工等の技をこらした茶道具,さらにもてなす側,もてなされる側の洗練された身体の所作などによって,抹茶を飲む行為を最大限に楽しめるように工夫が凝らされている。教養必須科目として茶道を取り入れホスピタリティ精神の育成を図っている大学もある[1]。筑波技術大学における茶道を軸とした多面的な教育活動のはじまりは,1998年8月頃から本学(当時,筑波技術短期大学)の教職員が会員となり,「身体ならびに精神の疲労に及ぼす抹茶の影響に関する研究会」を発足し,月に一度の活動を開始したのが始まりである。当時の記録は「茶道を軸とした多面的な教育の試み」に詳しい[2]。これら過去の経緯を踏まえつつ,本稿では,現在の茶道を軸とした多面的な教育活動の成果を報告した。本年2017年で,茶道を軸とした教育活動を開始して,ちょうど20年を経過した。個別の茶道活動の成果も大切であるが,活動を20年継続できたことにより,多くの学生,教職員,市民,その他関係者を巻き込んだ茶道による教育活動を展開してきたことに意義がある。本学開学当初より,寄宿舎共用棟2階に茶道が行える和室が設置されている。櫻庭は総合デザイン学科の授業「デザイン概論」において,茶道の空間体験を行っていて,学生は関心を持って 取り組んでいた。松藤は学生サークル「文化研究会AtoZ」茶道部の学生に対して茶道を指導しているが,国際交流時の茶会・学園祭などで成果を発揮した。茶道の経験が自信となり,学業の支えになった学生もいた。 2.デザイン概論の授業 総合デザイン学科の学生対象の「デザイン概論」は学科教員各2回ずつのオムニバス授業である。環境デザイン学領域の教員である櫻庭は,空間のデザインと人やものとの関係を「お茶を飲むための空間=茶室」を例として体験を通して学ぶことを授業のテーマとした。この授業は,筑波技術短期大学が筑波技術大学に移行してから現在まで継続している。授業1回目は座学として講義室で,「1)日本へのお茶の伝来や茶道の歴史」,「2)茶道空間を楽しむための茶室や茶庭のデザイン」,「3)正式の茶会としての茶事や大寄せ茶会の紹介」,「4)お茶をたてるための道具としての点前道具や茶室のしつらえ」「5),お茶とお菓子のいただき方」を講義した。授業2回目は,寄宿舎共用棟2階会議室に集合し,2階和室で授業を行なった。畳に座りやすい服装(靴下は着用)で来るように指導した。また,レポート作成用に筆記用具,色鉛筆,マーカーなどを持参させた。 「デザイン概論」茶道体験(2015年の例)日時:5月7日(木) 場所:共用棟和室・会議室対象:総合デザイン学科 1年生 15人   (うち茶道経験者4人)15名全員が,同時に茶室に入ることができないため,2グループに分けて茶会を催した(図1)。1グループの茶会には,30分程度の時間が必要である。授業は,説明(10分),第一グループ茶会(30分),入れ替え(10分),第二グループ(30分),まとめ(10分)で実施した。茶会をしていないグループには待ち時間にレポートを作成させた。課題としては「あなたはお茶会をしようとしています。『空間とデザイン』を意識してあなたのイメージを,TPO(時間,場所,場合)を設定して描いてください。言葉だけでなくイメージイラストを添えてください。」を与えた。これら,実践的な茶会と,空間としてのイメージやイラストの作成から,茶道の周辺領域である建築・美術工芸から哲学に到る広範な世界への関心を広げてもらうことを意図していた。 図1 点前の様子を見つめる学生 3.学生サークル「文化研究会AtoZ」茶道部の活動 学生サークル「文化研究会AtoZ」は短大の時代に発足した学生サークルである。1999年10月発行のNews Letterによれば,活動内容には茶道,フラメンコ,民舞(民族舞踏),新聞等があり,和太鼓やデザインワークも企画中とのことである。部員16名が登録されている。茶道部の主力はデザイン専攻女子学生である。授業で茶道を経験したことが刺激になったものと思われた。短大時代の学園祭は,寄宿舎の共用棟ロビー,体育館の玄関,コミュニケーションホール,野外のテント下等で試みた。短大の最後の卒業生を送り出した後,入部希望者がおらず一年休部していたが,大学二期生の中に熱意を示す学生がおり,4人以上の部員を集めて設立申請をするよう指導した。 ここからは四年制大学になってからの茶道部の活動について述べる。3.1 平常の活動寄宿舎共用棟2階に,炉を切った床の間付の八畳和室があり,玄関も合わせて2畳程度の流し付きのスペースも付属しており,この和室が主な活動場所となっている。授業のない水曜の午後が活動日であり,顧問の松藤(裏千家教授)が実技の指導をしているが,顧問不在のときは上級生が下級生に指導する。薄茶平点前を中心に,季節に合わせたお点前を稽古する。上級生は濃茶もする。 3.2 学園祭茶道部再興二年目からは校舎棟内の216教室に茶会の会場を固定した。横長の教室を3分割し,中央部に金屏風,御園棚,喫架(黒塗りの机),床の間を据え,両側を受付・待合と水屋にしている(図2)。普段の稽古は畳に正座で行うが,学園祭には茶会に慣れない人にも大勢来ていただきたいので,椅子席にしている(図3)。二日間の来場者は毎年100人を超えた。会記は以下の通りである。 天龍茶会 2017年11月4日(土),5日(日)筑波技術大学 学園祭 床 和敬清寂 孤峰庵 卓厳師 花入 備前 猪俣政昭花 藤袴 香合 鈴虫蒔絵 坂下雄峰 棚 御園棚 中村宗悦釜 富士 釜 菊池政光 水指 皆具 染付赤絵 西尾瑞豊 棗 蔦蒔絵 木目塗 田中宗凌 茶杓 初霜 龍源院 喝堂師 茶碗 柿の蔕 千漢鳳 替 日月草花絵 杉田祥平 図2 学園祭茶会での御園棚を中心とした集合写真 建水 皆具 蓋置 皆具 菓子 I Love You(美奈川) 器 菊花 図3 学園祭茶会で椅子席のお客様にお茶を出す学生 3.3 外国からの来客の接待海外からの来訪者をもてなすのも茶道部の活動の一つである。四年制大学になってからの来客として,ドイツのミュンヘン大学,アメリカのCSUN,およびNTID,スウェーデンのオレブロ聾学校からの教員および学生・生徒,台湾,スリランカ,ケニアなどからのダスキン研修生,韓国ナザレ大学からの短期研修生などがあった。これら外国からの来客時にも茶道で接待をし,大学の国際交流にも貢献している。 3.4 退職する先生を送るお茶会3月には,卒業生を送るお茶会や退職する先生をお招きして一服差し上げるお茶会も催してきた(図4)。退職を前に和室の存在を初めて知る先生もおられ,普段と違って畏まった学生の振る舞いに感激して下さる先生方も多い。 図4 大沼元学長,北川名誉教授,安田名誉教授のご退職を祝うお茶会 4.社会貢献 2014年に,東京で和菓子を作る活動をしているグループから,自分たちのお菓子でお茶を味わいたいとの希望があり,東京の三田駅近くの東京都障害者福祉会館まで部員三人を連れて出かけて行った。良い経験になったが,東京までの旅費は負担が重かった。そこで公開講座を開講し,大学まで来てもらうことを思い立ったわけである。和菓子のサークルにも公開講座にも短大を含む本学の卒業生や,松藤の前任校の筑波大学附属聾学校の卒業生の参加があり,社会人にも茶道講座の需要があることが窺えた。後輩に指導ができるようになったので,公開講座の実技補助として学生にも手伝わせたところ,大変好評であった。公開講座の詳細は次節に譲る。2017年には思いがけなく千葉大学から健聴の留学生に対するお茶会開催の依頼があり,学生四人と職員サークルのメンバー二人を伴って松戸市まで出かけた。外国人学生とのコミュニケーションは,思いのほか容易であり,障害とは関係なく地域社会貢献としての可能性が広がったと考える。現在の部員は男女ほぼ半々であり,以前より男子学生の積極的な参加が増えた。今年の学園祭に招待した長年茶道の研鑽を積み,会社では管理職に就いている聴覚障害の男性によれば,茶道の稽古によって空気を読むことを覚え,間の取り方などが身につき,仕事の上でもおおいに役に立っているということである。卒業生や社会人を対象とした稽古場があればと思う。 4.1 公開講座本講座では茶道空間体験を通して茶道の入り口に触れる機会を聴覚障害のある市民に提供することを目的とした。内容は座学,デモンストレーション,実技練習を実施した。受講者の興味に応じて,伝統ある日本文化への理解を深めていただくことを期待した。 開催日時:2016年12月3日(土) 13時.16時実施場所:天久保キャンパス 共用棟2階会議室・和室 参加人員:6人 聴覚障害のある市民 講師  :教員 櫻庭晶子,松藤みどり   茶道部学生の実技補助 日程:茶道と空間デザインに関する講義(60分) 学生による茶道デモンストレーション(50分) 抹茶の点て方・いただき方の実技練習(30分/30分)まとめの講義(10分) 聴覚障害者のための茶道空間体験として,総合芸術といわれる茶道の入り口に触れた。まず,「お茶の歴史」として,鎌倉時代から安土桃山時代の千利休,さらには江戸時代の大名茶人までの歴史を学んだ。次に,「茶室とは」として,茶道空間を楽しむための茶室や茶庭のデザインを理解した。最後に「正式な茶会とは」として,茶事(ちゃじ,茶の湯において懐石,濃茶,薄茶をもてなす正式な茶会のこと)や茶室,茶庭について理解した。茶会としては,学生による茶道のデモンストレーションを見て貰い,実際の茶会を見て理解した。次に,公開講座参加者にも抹茶の点て方・いただき方の実技練習をすることにより,実技を通した理解が進んだ。最後に,全体のまとめの講義で,公開講座の内容を振り返り,体験の記憶の定着に努めた。 4.2 千葉大学の交流プログラムに協力2017年2月19日(日),学生サークル「文化研究会AtoZ」茶道部は,千葉大学園芸学部の依頼により,JSTサクラ・サイエンスプログラムで同学部へ短期滞在している韓国ソウル市立大学の学生9名と教員1名の合計10名を招いて茶会を開催した(図5,6,7)。会場は千葉大学園芸学部に隣接する戸定が丘歴史公園内にある松雲亭である。ソウル市立大学の学生と教員は水戸藩主の屋敷で,国の重要文化財に指定されている戸定邸と,国の名勝に指定されている庭園を見学した。その後,松雲亭で,日本文化を知ってもらう体験を実施した。普段は学内共用棟の和室で電気を使って稽古をしている部員たちだが,本格的な茶室で初めて炭火を体験した。畳も普段より大きな京間だったが,変化に動じることなく,お点前を披露した。障害に関りのない場で国際交流ができて,貴重な体験になったと学生たちは喜んでいた。 図5 手を清める所作を手伝う学生 図6 お客様へお茶を出す学生 図7 外国からの参加者と集合写真 5.おわりに  茶道を軸とした多面的な教育活動を行ってきた。授業や公開講座では,茶道そのもののみならず,周辺領域である建築・美術工芸から哲学に到る広範な世界への関心を広げてもらうことができた。学生のサークル活動では、顧問教員からの指導だけでなく茶会の準備や上級生が下級生に指導する自主性が育まれた。学園祭,外国からの来客時に茶道で接待,退職される先生との交流、公開講座などで大学の国際交流や地域交流にも寄与している。学生達にとって,せっかく得た経験を卒業とともに終わらせずに継続できるような環境づくりを目指したい。 参照文献 [1] 長崎国際大学.茶道文化による人間教育の実践. 長崎国際大学ホームページ,(cited 2017-11-23),http://www1.niu.ac.jp/about/features/sado/ [2] 櫻庭晶子,平田三代子,大澤富士子,他..茶道を軸とした多面的な教育の試み.筑波技術短期大学テクノレポート.March 2000; No.7: p.23-27. Activities Involving the Traditional Japanese Way of Tea SAKURABA Shoko1), MATSUFUJI Midori2), HIRATA Miyoko3), OHSAWA Fujiko4), FURUYA Katsunori5) 1)Department of Synthetic Design, Faculty of Industrial Technology,Tsukuba University of Technology 2)Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired, Tsukuba University of Technology 3)Ex-Health Service Center, Tsukuba University of Technology 4)Academic Affairs Section for Students with Visual Disability, Tsukuba University of Technology 5)Graduate school of Horticulture, Chiba University Abstract: Twenty years have passed since a trial was conducted on the various types of educational programs concerning the way of tea at Amakubo Campus, Tsukuba University of Technology. During that period, many students, teachers, and other staff at the university, as well as ordinary citizens and others were involved in the programs to learn about and enjoy the traditional Japanese way of tea. This article reports the various practices, including formal lectures for students specializing in synthetic design, activities of the students’ circle, open lectures for ordinary citizens with hearing impairments, and visiting demonstrations for the normal hearing international students at another university. The authors expect the wider possibility of this practice to contribute to international exchange and disseminate the practice of the way of tea for people with and without hearing impairments. Keywords: Way of tea, Hearing impairment, Lecture, Students’ circle, Social contributions