希少免許教職課程の課題と意義 再課程申請と免許外教科担任制を中心に 加藤 宏 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 要旨:教員免許には,主要5 教科以外にいわゆる希少教科の免許があり,そのための養成課程が大学にはある。文科省も免許外教科担任制度などの希少教科の教員確保にも資する施策を打ち出してはいるが,希少教科の免許については,養成課程数や養成課程カリキュラム等についても主要教科の養成課程より情報も少ないのが現状である。本論考では,平成30 年度の再課程申請前後での希少教科免許養成課程の変動と希少教科免許との関連が深い免許外教科担任制について特に教科「情報」養成課程の特徴と課題を分析し,希少教科養成課程の課題と存在意義などを考察する。また,本学の教員養成課程は希少教科または免許外教科担任許可数の多い教科に該当しており,免許取得後の就職可能性という観点から本学教員養成課程の課題を論じる。 キーワード:希少教科,教員養成課程,設置基準,課程申請 1.はじめに 教員免許の種類は一体いくつあるのだろうか。数え方にもよるが,学校種と教科ごとで78 種あり,しかも免許によっては基礎資格として求められる学位の違いで,さらに一種(大学卒業程度)・二種(短期大学卒業相当)・専修(修士課程修了程度)の3 種類に分かれているので,全体では約200 種の免許種が存在することになる[1]。免許を取得するためには大学の教職課程を修めなければならないが,課程は学科・専攻等の単位で認定を受ける形になるので,課程の総数は,再課程申請前に全国で約2 万3千に達していた[2]。養成課程を有する大学は国公私立合計で752 校に上り,全国の大学数のおよそ8 割に相当する。これに加え短期大学・大学院の約7にも教員養成課程が設置されていた[3]。しかし,30 年度の全国一斉の再課程申請後には課程数は19,416 課程にまで減じた[4]。 養成課程数の減少は養成される教員の質の保証と少子高齢社会の現状を考えるとむしろ需要と供給の観点からも適正化に前進したともいえる。しかし,免許教科によって養成校数にも地域差にも大きな開きがあり,希少教科免許の養成課程に限った場合は,数の減少は適切な競争原理の下での教員の質保証以前に教員確保の危機問題につながる可能性がある[5]。 図1 には,再課程申請前の教科別の全国の教員養成課程を持つ大学数を示した。多くの大学に養成課程が設置されている教科がある一方で,限られた大学にしか養成 課程がない,いわゆる希少教科があることがわかる[6]。 図1 免許教科別の課程のある大学数(平成28年4月)(図) 2.再課程認定とは 大学等が教職課程を設置及び継続するには,課程設置時の申請だけでなく,教員免許法の改正時には新たな法令と設置基準に養成機関が適合しているか全養成機関が チェックを受ける必要がある。 前回の法改正は平成10(1998)年改正法と呼ばれ,再課程申請は平成10 年度または平成11 年度にまたがり行われた。今回の法改正は平成26 年度(2016)改正法への対応のための全国一斉申請で単年度の申請だった。ただし,特別支援学校免許については,その前年度に再課程申請が行われたため,今回の申請には含まれてい なかった。 今回の再課程申請では,最終的に大学は606 校,大学院413 校,短期大学228 校,大学専攻科19 校,短期大学専攻科17 校,計1,283 校が認定を受けており,免許種別の課程数では計19,416 課程が日本における令和元年の教職課程の総数ということになる。ただし,これには法令改正前から継続して教職課程に在籍している学生がいる場合は,旧課程のカリキュラムで履修している学生に関しては,その大学が再課程申請を受けなくとも改正前の教職課程の履修を可能とする経過措置が設けられている[7]。 今後の教員採用数の需要については,平成42 年度(2030 年)には小中学校に関しては平成29 年度比で観た場合にいずれの学校種も半減するという予測がある。こ れは大学入学者数予測の基礎となる18 歳人口の2018年度(120 万人)と2040 年度(88 万人)の減少比よりもはるかに高い減少率である[8]。つまり,大学の学部・課程から社会に供給される人材の需要源として見た場合に教員養成課程の需要は今後確実に減少していくことが予想される。 3.希少免許教科がなぜ問題になるのか 国全体としては,今後教員需要は人口減少と少子化の中で減少していく中で,希少免許教科がなぜ今問題となっているのか。希少教科の免許状問題は,平成29 年6 月に閣議決定された「規制改革実施計画」の投資等分野の第14 項目として「免許外教科担任の縮小に向けた方策」が盛り込まれたように,免許外教科担当の問題と切り離せない[9]。実施計画のその後のフォローアップでも,本事項は,「平成29 年度検討開始,30 年度当初に調査研究協力者会議を開催し,30 年度中に一定の結論を得る見込み」とされている重要案件と評価されていることがわかる[10]。 希少教科を含む免許外教科担当の問題は,現職教員が,免許外教科担任をすることを縮小し,必要な校種・教科や教員免許状取得者の少ない校種・教科の免許状を得する機会を拡大するという方法での対策が検討されている[9]。 3.1 そもそも「希少免許教科」とは何か。 希少免許については文科省も明確な定義を設けている訳ではない。しかし,図1 に示すように多くの大学に課程が設けられている教科と網掛けで示したようにごく少数の大学に課程が限られている教科はある。一方,学校にその教科の免許を持つ教員が配置されていないため,他教科の免許を持つ教員が当該教科を担当するという「免許外担任」の問題があり,前述のように両者は不可分の問題の関係にある。 3.2 希少教科の養成課程は再課程申請の前後で変化したか 希少教科と言っても, 「宗教」から英語以外の外国語, 「看護」,「商船」などのマイナー「職業系」など多様である。それら教科のなかから筆者が独自に選択した希少教科の再課程前後の養成大学の変化を図2 に示した。再課程前の比較データとしてここでは図1と同じく平成28 年度の可定数を用いた。私立大学以上に国立大学での養成課程数が目立つ。 図2 再課程申請前後への希少教科課程を有する大学の変化(図) 国立大学に限った変化は以下のとおりである。「看護」は弘前大学,大阪教育大学,高知大学の3 大学から大阪教育大学の課程がなくなった。「水産」は北海道大学はじめ10 大学から京都大学の課程(舞鶴)がなくなり9 校になった。「商船」はもともと「東京海洋大学」と「神戸大学」の2 校だったが,再課程申請後は東京海洋大学のみとなった。「職業指導」はもともと愛知教育大学1 校のみで,前後で変動はない。「宗教」は東北大学・京都大学の2 校から,東北大学1 校に。「福祉」は筑波大学はじめ5 大学にあった課程が,筑波大のみとなった。 公立大学は一部大学が私立大学から公立大学に移行した以外にこれら教科では変動はなかった。 私立大学は,再課程申請前後で顕著な変動はなかったが,唯一,教科「福祉」の養成校数は大幅減で,結果として国公立と合わせても「福祉」の教員免許が取得できる大学数は4 割減となっている。 次に養成課程数としては再課程の前後ともに200 校以上に課程があるが免許外担任制度の問題では必ず取り上げられる「情報」の課程について取り上げる。 4.教科「情報」の問題 教科「情報」は普通高校,実業高校を問わず,すべての高校生が学ぶべき必履修科目であり,授業を担当する教員には高校の教科「情報」の免許状が求められる。しかし,一方で,同じく必履修科目の「世界史」とともに未履修問題が話題になったのは記憶に新しい[11]。教科担任制からみた学校教育における教科「情報」の特殊性[12]や問題点はおよそ以下のように整理できると考えられる。 1.高校の「必履修」教科であること。 2.「情報」の免許を持つ高校の教員の質保証と数の問題 3.「情報」免許だけでは教員採用試験が受験できない。 4.実質的に未履修や他教科に振り返られていた事例が過去にあった。 5.免許外担当の主要教科 6.必修にもかかわらず入試やセンター試験にはない 7.将来的には入試科目の可能性 8.SDGsやsociety5.0 では主要科目 9.小学校からのプログラミング教育への対応のためにも情報の教員は必要 10.諸外国は情報教育に力を入れている このうち,1の「必修」については特に注意が必要である。実は正確には教科「情報」は「必修」ではなく,「必履修」が正しい。このことは,希少教科としての教科「情報」の特異的位置について考察する上で重要な意味を持ってくる。 まず,「情報」は高等学校の学習指導要領では平成15年から全学校種において,つまり普通科や実業高校といった枠に関わらず,全高校生に卒業のための要件として必修科目である。数年前には,「世界史」とともに未履修問題が話題になったことは記憶にあたらしい。ただし,これは「必履修」であり,単位の修得を義務付けるものではなく,あくまで「履修」の義務を指す。このことは,履修していれば,「赤点」でも卒業できることを意味する。さらに,公民,数学,理科といった他教科の中で「情報」に係る内容を扱っている場合は,「情報」の単位として修得まで他教科で読み替えることが可能となっている。 4.2 「情報」の課程の変化 それでは,再課程申請の前後で「情報」の養成課程はどのように変化したのであろうか。図3 には再課程申請後の各県別の県内の教科「情報」の教員養成課程の設置状況を示した。特徴的なことは,いつかの県では国公私立大学を含め県内に養成課程を持つ大学が存在しない県があることである(山形県,富山県,和歌山県)。私立大学のみに課程がある県もある(栃木県,福井県,兵庫県,宮崎県)。その他,県内の国立大学または公立大学に課程はあっても,教員養成系大学,教員養成学部には教科「情報」の課程が設けられていない県も多い。平成28 年度には課程があったものの今回の再課程申請では「情報」を取り下げた大学もある(室蘭工業大学,山形大学,宇都宮大学,埼玉大学,京都教育大学,大阪教育大学)。このうち宇都宮大学には隣県の群馬大学との遠隔授業を拡張した共同課程の計画がある。いずにせよ初等教育を含めての情報教育の重要性が叫ばれる中,今回の再課程申請は,少なくとも「情報」に関しては,時代の要請に即した教員養成改革になったとは言えないようである。 図3 情報科免許の養成課程と再課程認定(図) 5.希少教科免許への特例的な規則 引用が長くなるが,改正された教育職員免許法施行規則第5 条備考には以下の記述がある。 “ 五 数学,理科,音楽,美術,工芸,書道,農業,商業,水産及び商船の各教科についての普通免許状については,当分の間,各教科の指導法に関する科目および教諭の教育の基礎的理解に関する科目等の単位数(専修免許状に係る単位数については,教育職員免許法別表第一備考第七号の規定を適用した単位数)のうちその半数までの単位は,当該免許状に係る教科に関する専門的事項に関する科目について修得することができる。この場合において,各教科の指導法に関する科目にあっは一単位以上,その他の科目にあっては括弧内の数字以上の単位を修得するものとする。 六 工業の普通免許状の授与を受ける場合は,当分の間,各教科の指導法に関する科目及び教諭の教育の基礎的理解に関する科目等(専修免許状に係る単位数については,免許法別表第一備考第七号の規定を適用した後の単位数)の全部又は一部の単位は,当該免許状に係る教科に関する専門的事項に関する科目について修得することができる。“ 同様な規定は,旧法では教育職員免許法第五条の二関係,別表第一備考九に存在した。規定に指定された教科はいずれも専門性や希少性が高い教科で,これら教科の免許に関しては,「教職科目」の学修の相当数を教科に関する専門科目の学修に替えることができることになる。つまり,専門の学修と並行して教職を履修することの学生の負担を軽減し,免許の取得を支援する規定と考えられる。 このうち「工業」に関しては,戦後の工業科政策の一環として,工業高校の教員増員計画のためにとられたもので,こと「工業」の免許に関しては,学生は,「工業」の専門教育の単位を修得するだけで「工業」の教員免許を取得することは可能である。ただし,大学側は他の教科と同様に「教科指導法」はじめ「教職科目」を開設しなければならない。 6.本学の教職課程の課題と展望 最後に本学の教員養成課程の現状と展望について考察する。本学で学生が取得できる教員免許は,現在のところ産業技術学部では,高校1 種免許の「数学」, 「工業」, 「情報」,「工芸」と中学1 種免許の「数学」である。保健科学部では,同じく高校1 種免許の「情報」,「保健」,中学1 種免許の「保健」である。その他,大学院技術科学研究科では,「情報」と「工業」のみ専修免許状の課程がある。本学で取得できる免許は,「数学」を除いて,いずれも希少派といえる。 希少教科の免許の単独所持では,採用試験へのチャレンジも限られているのが実態である。これに関しては,現在産業科学に「美術」,保健科学部に「数学」の新な課程を作る計画があり,両課程が設置されれば,聴覚障害,視覚障害ともに各自治体の教員採用試験にチャレンジできる機会を広げられることが考えられる。 さらにステークホルダーからも期待が大きいのは特別支援学校の教員免許であることは明らかである。しかし,こちらの開設のためには,特別支援教育の概論的科目のほかに聴覚・視覚の領域別に生理・心理・病理・教育に渡りあらたに科目を開設しなければならない。そのためのスタッフの確保,さらに基礎免のための教育実習に加え別途必要な特別支援学校での教育実習先の確保などの問題が大学側には不可となる。すでに「数学」や「保健」といった「基礎免」を取得するための「教職課程」の単位を抱えている教職課程履修学生には,本学卒業のために求められる工学系,医療系のもともと過密なカリキュラムに加えて,二重三重にのしかかることになる。情報保障や基礎的学力に課題を抱えている学生も多い本学の現状を考えると,教職課程履修学生の就職可能性を少しでも広げる方策としても,まずは希少免教科に偏った養成課程から採用試験へのチャレンジの機会を広げられる主要教科のための養成課程を設置していくことは,本学学生の就職可能性を拡大する上でも意義のある取り組みと考える。 謝辞 本研究はJSPS 科研費 JP12345678 の助成を受けたものです。 参照文献 [1] 三石初雄,「教科内容学」の議論を探る,「2017HATO プロジェクトPD 講座,学習指導湯尾量改定と大学における教員養成」, 2017 年10 月22日八王子セミナーハウス [2] 文部科学省初等中等教育局教職員課免許係,「教職課程認定申請書の差替及び抜刷提出について<再課程認定>」教職課程メーリングリスト,2018/7/25 受信 [3] 文部科学省 国立教員養成大学・学部,大学院,附属学校の改革に関する有識者会議(第11 回) 配付資料,資料4 国立教員養成大学・学部関係基礎資料(1/2),http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/koutou/077/gijiroku/__icsFiles/afieldfile/2017/08/31/1395103_004_1.pdf,2018/7/25取得 [4] 文部科学省総合教育政策局教育人材政策課,平成31 年度から新しい教職課程が始まります,http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/kyoin/1414533.htm,2019/09/05 取得 [5] 文部科学省教職員課,第1 回免許外教科担任制度の在り方に関する調査研究協力者会議(平成30 年1 月15日)「免許制度に関する基礎資料」,http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/136/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2018/01/23/1400598_3.pdf,2018/08/18 所得 [6] 教員養成・免許制度研究会(編)「教員免許ハンドブック2 課程認定偏」,第一法規,2016,2551-2641. [7] 文科省 平成31 年度から新しい教職課程が始まります:http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/kyoin/1414533.htm,2019/08/01 取得 [8] 文部科学省教職員課,第1 回免許外教科担任制度の在り方に関する調査研究協力者会議(平成30 年1 月15 日)「免許制度に関する基礎資料」,http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/136/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2018/01/23/1400598_3.pdf,2018/08/18 所得 [9] 文部省初等中等教育局教職員課教員免許企画室,免許外教科担任制度の在り方に関する調査研究協力者会議(第3 回) 議事録,http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/136/gijiroku/1404717.htm [10] 文部科学省初等中等教育局職員課, 現職教員の新たな免許状取得を促進する講習等開発事業公募要領,http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/kyoin/1367302.htm, 2018/8/19 取得 [11] 安西祐一郎,高校教科「情報」未履修問題とわが国の将来に対する影響および対策,https://www.ipsj.or.jp/12kyoiku/Highschool/credit.html,2019年9 月1 日取得 [12] 中山泰一,中野由章,角田博保,久野靖,鈴木貢,和田勉,萩谷昌己,筧捷彦:高等学校情報科における教科担任の現状,情報処理学会論文集 教育とコンピュータ,2,(2),41-51,2017. Challenges and Significance of Rare Licensed Teacher Training Courses Focusing on Course Reapplication and Non-licensed Subject Teacher Systems KATOH Hiroshi Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Disabled, National University Corporation, Tsukuba University of Technology Abstract: Apart from the five main subjects, there are teacher licenses for so-called “rare” subjects, and universities provide teacher training courses for these licenses. The Ministry of Education, Culture, Sports, Science and Technology has put measures into place, such as the non-licensed subject teacher system, that contribute to securing teachers of rare subjects. Furthermore, with regard to licenses for rare subjects, there is less information on the number of training courses and training course curriculums than there is about training courses for major subjects. In this paper, we will discuss the changes in the number of rare subject license training courses before and after reapplication for 2018, as well as countermeasures for rare subject license issues. In particular, we will examine the peculiarities and issues of the “information” subject training course as a rare subject. Finally, many of the teacher training courses in our university are subject to rare subjects, and these courses are discussed from the perspective of employability. Keywords: Rare subjects, Teacher training courses, Standards for the establishment of teacher training courses, Reapplication