ブラインドサッカー選手のパフォーマンスに対する鍼刺激の影響 櫻庭 陽1),佐久間亨1),松井 康2),福永克己3),木下裕光2) 筑波技術大学 保健科学部 東西医学統合医療センター1),保健学科2),情報システム学科3) キーワード:ブラインドサッカー,円皮鍼,動作解析 【目的】 2020年東京オリンピック・パラリンピックへ向けて,全日本鍼灸学会スポーツ鍼灸委員会はスポーツ領域における鍼灸あんまマッサージ指圧のシステマティック・レビューを行った。その結果,少ない報告のなかでも,特に運動パフォーマンスへの影響を検討した報告はわずかであった。鍼刺激は痛みの改善や筋緊張緩和による動作改善など,運動パフォーマンスに影響を及ぼす身体の不調を改善することができることから,鍼刺激が運動パフォーマンスに影響することが予想される。近年,2020年へ向けてパラスポーツの注目が高まり,パラアスリートがマスコミやインターネット等に露出する機会が増えている。本邦でも競技環境の改善や充実,育成や競技力の向上へ向けた施策が進み,多くのパラアスリートが活躍することが期待される。本学学生のパラアスリートも多く,なかでも世界的に注目が高いブラインドサッカーの代表指定を受けた選手も多い。以上の背景より,本研究ではブラインドサッカー選手を対象に研究を行った。本研究では,疲労したブラインドサッカー選手に鍼刺激を行い,キックの三次元動作解析とそのボールの速度を指標に運動パフォーマンスの変化を検討した。 【方法】 対象は,元ブラインドサッカー日本代表でブラインドサッカー歴は15年の全盲,40歳代の男性(身長172cm,体重75kg)であった。対象者に研究の目的と方法等を口頭で説明を行い,同意を得た。本研究は筑波技術大学保健科学部附属東西医学統合医療センター 医の倫理審査委員会の承認を得て実施した。疲労は,ニーエクステンションを10RMの負荷強度(60kg)によって左右交互に各10回,計20回を1Hz周期で実施した。疲労の評価は,血中乳酸値(アークレイ社製ラクテート・プロ2)と唾液アミラーゼ活性(ニプロ社製唾液アミラーゼモニター),主観的疲労をVisual analog scale (以下,VAS)によって測定した。運動パフォーマンスは,ボールキック動作とキックしたボールの速度を三次元動作解析装置(Vicon Motion System社製 VICON)で測定した。鍼刺激は介入日と非介入日を別日に設定し,針長0.6mmの貼付タイプの円皮鍼(セイリン株式会社製パイオネックス0.6mm)を両側の大腿四頭筋の各3カ所(内・外側広筋,直筋),計6カ所へ貼付した。1回の実験のながれは,はじめに血中乳酸値,唾液アミラーゼ活性,疲労感のVASを測定した。アイマスク装着後,ボールキック動作を三次元で記録した。つぎに,ニーエクステンションによって疲労を起こした後,再びボールをキックした。最後に,血中乳酸値,唾液アミラーゼ活性,疲労感のVASを測定した。キックは3回行い,三次元動作解析は動作解析によるボール速度が最も速かった試技を解析した。 【結果】 疲労の評価である(1)血中乳酸値(mmol/L),(2)唾液アミラーゼ活性(KIU/L),(3)疲労感のVAS(mm)の介入有無時の前後変化は,介入時は(1)+3.0(2),+11(3),+42,非介入時は(1)+1.0(2),-4(3),+30であった。パフォーマンスの評価である三次元動作解析は,特に蹴り足の股関節と膝関節に着目して結果を示す。股・膝関節の屈伸角速度を各関節の屈伸のピークに着目すると,介入および非介入時ともに,疲労前よりも疲労後の方が早くピークに達していた。また,疲労後の膝関節トルクパワー(W)は,介入群(各ピーク値837.1)のほうが非介入群(ピーク値1222.9)に比べ低値であった。ボール速度(m/s)は介入時の前後は各14.6,12.8,非介入時は各15.8,16.3であった。 【考察】 本研究で用いた疲労を発生させる目的で実施した運動負荷の妥当性について,結果より,血中乳酸値および主観的疲労感において,疲労を生じた傾向が見られたが,非介入時の唾液アミラーゼ活性において逆の結果となった。唾液アミラーゼ活性の特長の一つに短時間の変化も反映すると言われている。ましてや,非介入においてこのような結果となったことを考えると,さらに強い負荷や持久的な疲労を与えるような設定が必要だったかもしれない。また,実際の競技に即して疲労負荷を設定することも検討する必要があるだろう。次に三次元動作解析では,介入時および非介入時のいずれのキック動作も疲労後では疲労前と比較して蹴り脚の振り上げが小さく,いわゆるタメがないキック動作となっていた。しかしながら,介入時は疲労後のボール速度が低下したことに対し,非介入時では疲労によるボール速度の低下がみられなかった。動作解析の結果を見ると,非介入時では疲労後でも大きな膝関節トルクパワーを発揮できたことが要因の一つと考えられる。このように,疲労があれば他の部位を代償的に使ってパフォーマンスを得るようにしているのかもしれない。ブラインドサッカー競技におけるボールキックのパフォーマンスの指標は,ボール速度およびコントロールである。速い蹴り足によるキック動作は,コントロールを出すことが難しいかもしれないという可能性と,強い筋収縮を利用するために疲労や傷害を起こす可能性も考えられる。そのような視点で考えると,ゆったりとタメのあるキック動作の方がパフォーマンスを上げながら,リスクを回避できるのかもしれない。次に鍼刺激の影響であるが,注目したいのは,疲労後の膝関節トルクパワーのピーク値が介入群のほうが非介入群に比べ低値であった結果である。鍼刺激による運動神経の活動をマイクロニューログラムで検討した報告では,鍼刺激は運動神経の活動を抑制する方向へ作用することが報告されている。本研究では膝伸展の主動作筋である大腿四頭筋へ鍼刺激を行った。すなわち,鍼刺激によって大腿四頭筋の活動を抑制した結果,膝関節トルクパワーを低下させたのかもしれない。ブラインドサッカーのように,持久的な動作の中で一時的に大きな筋出力を要求されるスポーツにおいて,筋出力を抑制することは無駄な筋活動をおさえながら持久的な能力を維持できることにつながるかもしれない。実際,マラソンランナーに円皮鍼を貼付した結果,遅発製筋痛を抑制したという報告がある。これは,筋活動を抑制しながら筋に必要以上の負荷をかけることがなかったため疲労による発痛物質の発生を抑制した結果かも知れない。ともあれ,本研究ではパフォーマンスへの影響を一方向でしか捉えていないことから,今後,キックであればコントロールを含めた評価,さらには持久能力の評価など多くの課題があるだろう。それらの結果を総合して,鍼をどのような目的で,どのタイミングで,どの手法を用いるなどを検討し,スポーツ領域における貢献ができるようにすることが肝要だと考える。