腎性貧血における腎外臓器由来のエリスロポエチン産生と酸化ストレス ─ 先端スピン応用医学の東西医学への展開6 ─ 平山 暁1),楊川堯基2),金子洋子2),石津 隆2),藤森 憲1),片山幸一1),青柳一正1) 筑波技術大学 保健科学部 附属東西医学統合医療センター1)社会医療法人若竹会 つくばセントラル病院2) キーワード:腎性貧血,エリスロポエチン,酸化ストレス,慢性腎臓病 1.研究背景 本邦における慢性腎不全による維持透析患者数は日本透析医学会の統計によると2015年末では32万4986人である。慢性腎不全の重大な合併症である腎性貧血は,エリスロポエチン(EPO)製剤の出現による貧血改善により,全身状態を良好な状態を長期に維持することが可能となり,透析患者の生命予後に大きく貢献している。現状では,ほとんどの透析患者がEPOの投与を定期に行われている。EPOは胎生期では肝臓にて産生され,出生後は腎臓にて産生されるため,腎不全では通常腎臓でのEPO産生がなくなっている。しかし,ごく一部の患者ではEPOの投与がなくても,腎性貧血に至ることなく経過する。このようなEPO投与を要しない患者では,腎臓外臓器のどこかにおいてEPOが産生されているはずであるが,現在までその詳細は不明である。 EPO産生は,転写因子HIFによる調節をうけている。EPOは低酸素刺激によりサブユニットHIF-1αがhypoxia response element(HRE)に結合することにより産生が誘導されるが,HIFはCullin 2(Cul2)による分解制御下にある。このメカニズムはCul2と同じファミリーに属する Cul3による,活性酸素(ROS)・酸化ストレス刺激に対するNrf2の応答機序と同様であり,共通性のある活性化機構による。すなわち,生体は活性酸素障害と低酸素障害において共通の応答機序を有し,相互に深く関連していることを示す。すでにHIF-1の誘導によりNrf-2依存性のIL-8産生が変化することやROSによる二価鉄の酸化によりHIF-1の分解が抑制され結果的にHIF-1の安定をもたらすこと[1]が示されており,EPO産生応答自体にも酸化ストレス自体が深く関与する可能性は高い。これまでわれわれは本競争的研究経費や科研費研究に於いて,「先端スピン応用医学の東西医学への展開」として幅広く酸化ストレス研究に従事しており,さらに腎疾患を 中心にしたNrf2-Keap1システムによる酸化ストレス応答の研究に広く成果を挙げている[2-5]。また,高容量EPO患者における酸化ストレスの関与も報告している(Free Rad Res 36(11):1155-1161, 2002)。これらの背景は,腎性貧血における腎外臓器由来のEPO産生を酸化ストレスとの関連から解明するにより,内因性EPOの誘導による新たな貧血治療戦略を示唆している。この新規治療法開発のため本年度研究では,EPO投与を要しない維持透析患者における内因性EPOの解析により,腎外臓器におけるEPO産生の実態を解明することを目指した。 2.研究方法 研究方法は横断観察研究とし,対象者の内因性EPO分画を解析しその由来臓器を同定することにより腎外EPO産生状況を検討すると共に,腎外EPO産生を誘導する因子について検討した。 2.1 倫理承認手順 研究対象施設(つくばセントラル病院)倫理委員会の承認のもと,大学病院医療情報ネットワーク(UMIN)臨床試験登録システムに試験登録を行い施行した。 2.2 対象者の選定基準と群分け 研究に同意の得られた安定期維持血液透析患者を対象とし,以下の2群を設け検討した。 • EPO非投与群:3ヶ月以上にわたりEPO製剤,EPO産生刺激製剤(ESA)および他の造血刺激が知られている薬剤を使用せずにHb値が11g/dL以上を維持している患者。鉄補充は可とした。 • EPO投与群:EPO製剤およびESA製剤を使用している安定期維持透析患者。出血性病変,腎性貧血および鉄欠乏性貧血以外の造血器疾患,腎臓病以外の重篤な急性合併症を有する患者は除外した。また医師および医療スタッフが対象として不適当と判断した患者,未成年者および自己意志を表明できない患者も除外した。 2.3 EPO分画測定 EPO分画測定はEPO WGA MAIIA Isoform Distribution Kitを用いた。本キットはaffinity chromatographyとlateral flow immunoassayにより,上記の産生臓器由来による内因性EPOアイソフォームおよび ヒト遺伝子組換EPO(rhEPO),EPOアナログを鑑別可能である。 2.4 データ解析 通常の診療における患者情報(病歴,検査結果(貧血関連血液検査項目を含む))をレビューし,EPO分画測定およびMULTIS法結果との関連から造血動態を解析した。 3.結果 本研究成果の詳細は現在英文学術誌にて発表する予定であり,また今後の知的財産権確立の検討対象であるため以下に要旨のみを記す。 3.1 対象患者選定 研究対象施設において倫理委員会の承認が得られUMIN)床試験登録システムに登録を行った(UMIN 0 000293 35)。EPO非投与群はその特殊性からもともと候補患者数は少ないが,本稿提出時で検討可能な数の参加者数を確保した。EPO投与群患者は,EPO非投与群に対し年齢,性別,維持透析歴,原疾患(糖尿病性腎症・非糖尿病性腎症)についてマッチングを行った。 3.2 EPO分画 本法により,血中EPOの分画同定が可能であった。EPO非投与群ではEPO投与群と比してヘモグロビン値など臨床データに有意差は認められなかった。EPO投与群に対し特異性のある分画パターンが認められた。 4.考察および今後の研究展開 EPO製剤を必要としない腎性貧血患者における造血動態の解明はこれまでにほとんどなされておらず,僅かに報告があるのみである[6]。慢性腎臓病患者の貧血は主としてEPO産生低下による腎性貧血により説明されるが,他にも鉄欠乏性貧血の関与も大きく,更に亜鉛欠乏,血液透析回路の生体適合性など多くの要素が関与する。われわれ はこれまでに同病態における酸化ストレスに注目し,EPO抵抗性貧血患者においてヒドロキシラジカルに対する消去活性が低下していることを報告している[7]。本研究結果は,EPO製剤を必要としない腎性貧血患者において特徴的なEPO産生があることを示している。体内のEPOの産生機構の変化を解明することは,今後のHIF1系の制御によるあらたな創薬事業への展開基盤となるものであり,腎性貧血の進行阻止に貢献できるものとなる。今後生化学的手法によるEPO構造解析や,他の既知の貧血病態との比較により解析を進める予定である。 5.謝辞 本研究の遂行に関し,つくばセントラル病院金子洋子博士,石津隆博士の協力を得ました。ここに深謝致します。本稿は研究成果報告書であり、詳細は今後論文発表予定です。 参照文献 [1] Loboda A, Stachurska A, Florczyk U, et al. HIF-1 induction attenuates Nrf2-dependent IL-8 expression in human endothelial cells. Antioxid Redox Signal. 2009;11(7): p. 1501-1517. [2] Yoh K, Itoh K, Enomoto A, et al. Nrf2-deficient female mice develop lupus-like autoimmune nephritis. Kidney Int. 2001;60(4): p. 1343-1353. [3] Hirayama A, Yoh K, Nagase S, et al. EPR imaging of reducing activity in Nrf2 trans-criptional factor-deficient mice. Free Radic Biol Med. 2003;34(10): p. 1236-1242. [4] Morito N, Yoh K, Itoh K, et al. Nrf2 regulates the sensitivity of death receptor signals by affecting intracellular glutathione levels. Oncogene. 2003;22(58): p. 9275-9281. [5] Yoh K, Hirayama A, Ishizaki K, et al. Hyperglycemia induces oxidative and nitro-sative stress and increases renal functional impairment in Nrf2-deficient mice. Genes to cells : devoted to molecular & cellular mechanisms. 2008;13(11): p. 1159-1170. [6] de Seigneux S, Lundby AK, Berchtold L, et al. Increased Synthesis of Liver Erythropoietin with CKD. J Am Soc Nephrol. 2016;27(8): p. 2265-2269. [7] Hirayama A, Nagase S, Gotoh M, et al. Reduced serum hydroxyl radical scavenging activity in erythropoietin therapy resistant renal anemia. Free Radic Res. 2002;36(11): p. 1155-1161. 関連成果学会発表 [1] Hirayama A, Miura M, Yasuda G, et al.. Exercise program for chronic kidney disease improves pathophysiological condition with a shift of oxidative stress. The Society for Redox Biology and Medicine's 24th Annual Meeting (SfRBM 2017). Baltimore, MD, USA.Nov. 29-Dec.2, 2017. USA [2] 平山 暁。ESR臨床応用への展望。第1回九州トランスレーショナルESR研究会 2018.2.17 延岡(招聘講演)