視覚障害者を対象としたビジネスゲームの環境構築 鶴見昌代 筑波技術大学 保健科学部 情報システム学科 キーワード:ビジネスゲーム,視覚障害者,情報保障 1.はじめに ICT(Information and Communication Technol-ogy,情報通信技術)が急速に進歩しており,超スマート社会の到来が示唆されている。この社会を生き抜くためにはコミュニケーション能力,リーダーシップ,主体性,状況対応能力を高める必要があると言われている[2]。ビジネスゲームは経営者・管理者の意思決定能力の訓練方法の一つである[1]。現実の企業経営を模したモデルを設定し,商品開発・生産・販売・設備投資などに関する意思決定と,そこから出てきた業績を競い合う。コミュニケーション能力,リーダーシップ,主体性,状況対応能力を養うことができるため,多くの大学でも教育に用いられている。また,近年とくに注目されているアクティブラーニングの一つであるとも考えられる。本研究では,視覚障害の有無にかかわらず,ビジネスゲームに取り組むことができる方法を検討し,実際に視覚障害者を対象としてビジネスゲームを実施する。視覚障害者がビジネスゲームを体験することで,社会で活躍するためのコミュニケーション能力,リーダーシップ,主体性,状況判断能力を養うことができると考えられる。 2.ビジネスゲームの実施 今回は,視覚障害のある学生8 名を対象に,文献[1]をもとに90 分間で次のビジネスゲームを実施した。 2.1 ビジネスゲームの内容 実施したビジネスゲームの内容は,次のとおりである。チームを組み,チームごとに基本戦略を決める。各チームは,一期間ごとに「価格」と「生産数」を決定する。売り上げ数は前期の売り上げ数や自分や他のチームの価格などに依存して決まり,売れ残った商品には在庫費がかかる。一期間ごとに利益が確定するので,それを提示する。各チームの意思決定や利益などを確認して,次の期の「価格」と「生産数」を決定する。これを何期間か繰り返し,累積利益を競う。利益等は次の式で与えられるものとする。なお,この式はゲーム参加者にも提示した。 利益 = 売上高 - 総費用 総費用 = 生産費 + 在庫費 生産費 = 変動費 + 固定費 変動費 = 単位当たり変動費 × 売上数 在庫費 = 単位当たり在庫費 × 在庫数 売上高 = 価格 × 売上数 売上数 = min{ 販売可能数,潜在的売上数 } 販売可能数 = 当期の生産数 + 前期の在庫数 潜在的売上数 = 前期の売上数 × 0.3 +平均価格 × 2 × 10^6 /(チームの価格)^2 なお,前期の価格の30%以上の値上げ・値下げはできないものとする。 2.2 視覚障害への対応 チームごとに,基本戦略,価格,生産数を決定するために,他のチームには知られないように話し合う必要がある。筆者がこれまで晴眼者に対してビジネスゲームを行った際は,チームごとにお互いの意見を紙に字を書いて意思疎通を行うケースが大半であった。しかしながら,今回は視覚障害があるためにこの方法は難しい。そこで,LINE やGoogle ハングアウトなどを適宜利用することとした。各チームで,各自が利用しやすいツールを選んで利用していたが,それでも紙でのやり取りに比べると若干時間がかかっているように思われた。 また,意思決定した結果を他のチームに知られないようにインストラクターに伝える必要がある。これについては,Google フォーム[3] を利用することとした(図1)。視覚障害のために音声読み上げソフトを使う必要がある学生もいるため,Google フォームが音声読み上げに対応していることが必要条件となる。今回利用したGoogleフォームについては,無料で配布されているWindows用スクリーンリーダーであるNVDA(NonVisual Desk-top Access)[5] を用い,ウェブブラウザとしてFirefox, Google Chrome, Internet Explorer のいずれかを用いれば問題なく読み上げが行われることが確認できたため,必要に応じてこの組み合わせを用いてゲームを実施した。 図1 各期の意思決定(Google フォーム) 意思決定した結果によって導かれた,利益,累積利益等の情報の提示は,晴眼者に対して実施する際にはプロジェクタでスクリーンに投影していたが,視覚障害に対応するために,Google スプレットシート[4] を用いて,その情報を提示した。Google スプレットシートもGoogle フォームと同様のスクリーンリーダーとブラウザの組み合わせで読み上げることができたが,得られた結果を音声の情報で理解する際には,視覚情報から理解するよりも若干時間がかかるように思われた。 3.まとめ ビジネスゲームを視覚障害者を対象として実施するために,情報共有のしかたを検討し,実際に視覚障害者を対象としてビジネスゲームを実施した。LINE やGoogle ハングアウト,Google フォームやGoogle スプレットシートなどを用いれば,視覚障害の有無に関係なくビジネスゲームが実施できることが確認できた。今回の方法は,すべて無料のサービスで実施できるため,気軽に導入できると考えられる。今後も,よりスムーズにビジネスゲームが実施できる方法を検討していきたい。 参照文献 [1] J. ロナルド・フレイザー,市川貢,電卓でできるビジネスゲーム,中央経済社,1995 [2] 平成28 年版科学技術白書 http://www.mext.go.jp/b menu/hakusho/html/hpaa201601/1362981.htm [3] Google フォーム https://www.google.com/intl/ja jp/forms/about/ [4] Google スプレットシート https://www.google.com/intl/ja jp/sheets/about/ [5] NVDA(NonVisual Desktop Access) https://www.nvda.jp/