全盲と弱視を同一の教材で提示する電子黒板システム2 村上佳久 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 障害者基礎教育研究部 要旨:試作した全盲と弱視に対して同一の内容をリアルタイムで表示する電子黒板システムを本学だけでなく汎用的に利用できるシステムに改良し,その性能を精査した。他大学や視力障害センターなど,様々な場所で利用できることも検証した。また,動画再生は端末側の性能で左右されることと,旧式の端末でも動画以外には対応できることが示唆された。 キーワード:電子黒板,障害補償,全盲,弱視,同一教材,リユース 1.はじめに 全盲と弱視を同一の教材で対応する電子黒板システムの試作を行い,画面拡大・点字・音声の三つのメディアをリアルタイムに同時に出力して,20 人程度の授業で運用することを前提にしたシステムの試作を行った。[1] このシステムは,視覚障害者の教育にとって,非常に有効なツールであることが示唆されたことから,本学以外でも利用可能なような汎用性を持たせ,端末の接続台数増加と,動画送信等に対応するシステムとして改良と改善を加えて,新たにシステムを構築し検証を行ったので,実際の運用状況も含めて報告する。 2.視覚障害者のための電子黒板の新システム 前回の電子黒板システムでは,制御用のパソコンは手持ちの2 種類の制御用パソコンを用意して,システムの検証を行った。使用した電子黒板等は,次のとおりであった。 電子黒板:SHARP Bigpad PN-L702B(70”),PN-L401C(40”) 画面共有ソフト:Display Connect 2.0 この制御用パソコンのスペックは,次の通りである。 1)Core i5-6400(4-Cores 4-Threads)   GTX-1050Ti 4GB GRAM   M2:SSD 128GB   8 or 16GB RAM 2)Core i7-2600(4-Cores 8-Threads)   GT-730 2GB GRAM   SSD 128GB   8 or 16GB RAM 今回は,3 台の電子黒板(70" 2 台,40" 1 台)の背面に直接取り付けることを前提に,小型のベアボーンを選択し,共通仕様とした。 制御用パソコンの差異は,CPUの違いで次の3 種である。 3)Core i3-8100(4-Cores 4-Threads) 4)Core i7-8700(6-Cores 12-Threads) 5)Core i5-9400(6-Cores 6-Threads) 共通仕様  GPU:CPU 内蔵(Intel UHD Graphics 630)  M2:SSD 256GB  16GB RAM  WiFi  H310 Chipset  小型ベアボーン(Shuttle DH310) 制御用パソコンの性能を比較する指標として利用してきたWindows に標準で搭載されている"Windows Experience Index" での指標を前回の研究[1,2] から,MAXON 社が自社の3D CG ソフトの為に開発した"CINEBENCH R15" に変更して利用している。このベンチマークでは,CPU の1 コア当たりの評価とCPU のマルチコアの評価を同時に行うことが出来るため,分かり易い指標となりうる。そこで,前回試作したものと今回のものを比較した。表1 にその結果を示す。 今回の制御用パソコンに利用したCPU は,Intel の第8世代,第9 世代のCPU で,ベンチマークから判断すると,一番,性能の低い,Core i3-8100 でも,前回の性能と同等か若干上回っていることが示唆される。特にコア数の多い,Core i7-8700 は,非常にパフォーマンスが高く,端末接続台数の増加が期待される。 表1 Cinebench R15(Single/Multi) (表) はじめに,手元型電子黒板であるiPad 端末とSurfase端末,ノートPC の接続可能台数を調べた。 電子黒板の情報として,前回[1]と同じくPowerPoint のスライドを用意した。 このPowerPoint のデータは,文字・MPEG 画像・MP4ビデオデータとMP3 音声データが混在した,11MBのファイルである。このような様々な種類のファイルが混在するデータは,無線LAN による転送を行う場合に負荷が大きい。表2 に端末の接続台数を示す。 表2 iPad 等 端末接続台数(メモリ16GB) (表) 手持ちのiPad が,第1 世代から第6 世代まで合わせて14 台,Surface 端末が2 台,ノートPC が8 台しかなかったので,24 台以上の確認はできなかった。しかし,もう数台は接続可能であろうと思われた。 この接続台数は,ベンチマークの指標である,CinebenchR15(Single/Multi)のデータ,表1 にほぼ比例している。ベンチマークの数字から見ると,Core i7-8700 では,40 台近くの端末接続が可能であることが示唆される。[1,2]写真1に今回の電子黒板システムの制御システムを示す。 写真1 電子黒板システムの制御システム 3.電子黒板システムの改良・改善 次いで,電子黒板システム全体の機能について,性能向上を図るべく各処理の部分について精査した。 改良改善すべき点は,次のようなものである。 1)リアルタイム点字変換機能 2)点字の出力方法 3)無線LAN 出力機能 4)OS のメモリ利用率 5)OS のCPU 利用率 これらを見直すことにより,本学だけでなく,他大学や盲学校・視力障害センターなどでの利用を考慮した汎用性のあるシステムとなる可能性がある。 はじめに,1)リアルタイム点字変換の性能を向上させるため,点字変換用のソフトウェアのメモリ利用率を高めるよう,レジストリを操作して,点字変換処理に対してCPU の利用率を高くした。効果としては,点字変換が合成音声出力より遅延することが少なくなることが期待される。 また,2)点字出力の方法を変更した。従来とは異なり,RS-232C 出力を標準として,USB には直接出力しないこととした。さらに,点字ディスプレイもKGS 社のBraille Note40A, 46 の2 機種の互換専用とした。これにより,点字出力の高速化と,点字出力台数の増加が期待できる。理論上は,RS-232C 分割機を利用すると最大8 台まで利用可能となる。実際には,点字ディスプレイが4 台しか用意出来なかったため,4 台までの同時利用は確認出来たが,これ以上の台数は確認できていない。 一方,3)無線LAN 接続機能については,無線LANへの出力と画面共有ソフト(Display Connect 2.0)の出力方法を改変し,無線LAN の部分にWiFi ルータを接続すれば,本学以外の利用も可能なように設定を変更し,汎用性を高めた。さらに,4)OS のメモリ利用率については,画面出力のメモリ利用率を高めるとともに,安定動作のためのブリッジソフトをなくし,本学以外でも利用できるようにして,実用性と可用性を高めた。加えて,5)OS のCPU 利用率についても,マルチコアを積極的に利用するように改変した。これらの変更により,本学以外でも,この電子黒板システムが稼働できるようになった。 この時点で,改良成果を検証すると,従来のシステムに比べて, ① 安定性が増し,途中で異常停止しない ② 端末の接続台数も増加 ③ 点字ディスプレイも安定に動作 ④ 動画については,端末のグラフィック性能に依存が確認でき,想定通りの機能が保証された。 4.手元型電子黒板(端末)の性能 ここでは,電子黒板ではあまり利用しないが,動画の配信について無線LAN の性能と端末の性能との比較をするため,端末のグラフィック性能を精査した。 写真2 は,MMD(Miku Miku Dance)ソフトによる動画配信である。[5] 写真3 のiPad は,右から第1,2,4,6 世代の4 台である。この動画は電子黒板制御システムで1 秒間に22 フレームしか再生できておらず,非常に負荷が大きいことが分かる。この状態で,端末グラフィック性能は,Pad の場合で検証すると,写真2,3 の右から左に向かって,iPad の世代が新しくなるが 第1 世代:動画再生は非常に厳しく,コマ落ちが激しい 第2 世代:動画再生は厳しく,コマ落ちも多い 第4 世代:動画再生は,かなり改善されるが,コマ落ちはみられる 第6 世代:動画再生は安定し,コマ落ちも少ない という,状況となった。これは,端末側のグラフィック性能によるもので,無線LAN の影響ではない。最も世代の新しい第6 世代のiPad でさえも,無線LAN によるデータ配信によって,少し遅延が見て取れる。 写真2 MMD 動画の再生(BigPad 70” , iPad) 写真3 iPad(右より1 世代, 2世代, 4 世代, 6世代) 同様に,ノートPC でもグラフィック性能が低いと,コマ落ちが生じるが,最近のIntel CPU の第7 世代以降では,事実上問題はない。[6] 動画の再生では問題となるが,動画以外の画像や文字データなどでは,安定に動作するため,古い機種でも手型電子黒板の端末として利用可能である。[7,8] iPad の場合,第4 世代以降でないと,盲学校などで電子教科書に利用している「UD ブラウザ」が利用できない問題があるため,盲学校等では第4 世代以降のiPad が重要で,それ以前のiPad は利用されず,破棄される場合もあるが,電子黒板システムに対応できるため,古い世代のiPad を整備し直し,リユースして活用することが可能となる。[2,3] 5.汎用性への対応 今回のシステムの汎用性を検証するため,他大学や盲学校・視力障害センターでの利用を試みた。 東京都文京区大塚にある,筑波大学 理療科教員養成施設で,SHARP 製電子黒板BigPad PN-L802(80”)と今回のシステムを組み合わせて,授業を行った。 写真4 筑波大学理療科教員養成施設での運用 写真4 は,実際に授業を行っている様子である。他大学でも同じメーカの電子黒板であれば,動作することが確認できた。また,所沢にある国立身体障害者リハビリテーションセンターにおいて,BigPad PN-L401C(40”)でデモンストレーションを行い,その動作を確認した。 6.おわりに 同一の教材で全盲と弱視という異なる視覚障害に対応する教育支援システムと電子黒板システムを融合したシステムの改良・改善を行い,システムを新規構築した。 障害の程度の異なる弱視と全盲に対して,同一の教材で同時に提示することが可能となった。 また,動画を利用しなければ,旧式のiPad 端末でも利用可能なリユースにも対応することが出来た。 さらに,本学以外での利用も可能となり,より汎用性が向上し,合わせてシステムの安定性も向上した。 このシステムが多くの視覚障害を有する教育現場で活用されることを願うものである。 7.備考 本研究は,平成30-32 年度科学研究費「同一の教材で全盲と弱視という異なる視覚障害に対応する教育支援システムの開発」研究代表者:村上佳久 によるものである。 参照文献 [1] 村上佳久.全盲と弱視を同一の教材で提示する電子黒板システムの試作.筑波技術大学テクノレポート.2019; 26(2): p.6-10. [2] 村上佳久.同一の教材で全盲と弱視という異なる視覚障害に対応する教育支援システムの開発.筑波技術大学テクノレポート.2018; 26(1): p.47-50. [3] 村上佳久.書見台型学習支援システムの試作.筑波技術大学テクノレポート.2017; 25(2): p.12-16. [4] 村上佳久.電子メディアを利用した視覚障害者の家庭学習システムの試作.筑波技術大学テクノレポート.2017; 25(1): p.1-4. [5] 村上佳久.ゲーム関連ソフトウェアの教育への応用 -初音ミクやKinect,WiiFit など-.筑波技術大学テクノレポート.2013; 20(2): p.13-17. [6] 村上佳久.パソコン再生プロジェクト まだ使えませんか?.筑波技術大学テクノレポート.2016; 24(1): p.10-15. [7] 村上佳久.電子黒板と手元型電子黒板の活用.筑波技術大学テクノレポート.2015; 22(2): p.1-6. [8] 村上佳久.視覚障害者のための電子黒板.筑波技術大学テクノレポート.2013; 20(2): p.29-33. Fabrication of a Digital Media Board System for Blind and Low-Vision Students With a Unified Teaching Medium MURAKAMI Yoshihisa Division of Research on Support for the Hearing and Visually Impaired, General Education Practice Section for the Visually Impaired, Tsukuba University of Technology Abstract: A prototype for a digital media board system that employs the same teaching materials for students with blindness and with low vision was developed. Traditionally, separate learning media have been prepared for people with blindness and low vision, such as braille for blindness and enlarged letters for low vision. However, in order to simultaneously educate people with blindness and low vision, it is necessary to utilize teaching materials that correspond to both groups. Additionally, low vision requires different combinations of compensating devices, since the appearance varies depending on individual obstacles. This prototype suggested that a single teaching material can be used both for people with blindness and those with low vision, and more blind deafness. Keywords: Digital media board, Disability compensation, Blindness, Low vision, Identical teaching media, Blind deafness