視覚障害者のテーピング技術習得に影響を及ぼす因子の検討 松井 康 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 理学療法学専攻 キーワード:視覚障害者,テーピング,足関節内反捻挫,障がい者スポーツトレーナー 成果の概要 2020年に東京でオリンピック,パラリンピックが開催されることが決まっており,日本国内では,今後益々スポーツに対する関心が高まってくることが推測される。我が国では,2011 年8 月にスポーツ基本法が施行された。この法律で注目すべきことは,これまでのスポーツに関する法律であったスポーツ振興法にはなかった障害者スポーツの推進が明記されている点である。また,2012 年3 月にはスポーツ基本計画が発表され,そこでは障害者の体育,スポーツに関しても言及されている。これらの法律に則して障害者スポーツを推進するために必要なこととして,医学的知識に基づいた競技者の安全面の確保や,競技力の向上ために科学的根拠に基づいた支援が必要と考えられ,その役割の一翼をスポーツトレーナーが担う必要があると考えられる。本学の第3期中期目標の前文には,医療・スポーツを通した障害児者の社会活動参加能力向上への支援に関する記載がある。第3期中期計画のⅠ-1-(3)-27障害学生の職域拡大に関する項目の中に,視覚障害系においては,医療従事者としての就職に加えて企業等のヘルスプロモーション領域への職域拡大を図ると記載されており,またⅠ-50には2020年東京オリンピック・パラリンピックに向けた医・科学的サポート支援,障害者スポーツの支援に関する内容が記載されている。本学の学生や卒業生がスポーツトレーナーに関する知識や技術を習得することにより,上記記載内容の達成に寄与することができると考えられる。我が国には,障害者スポーツ協会公認の障害者スポーツトレーナーという資格がある。この資格を取得するためには,障害者スポーツ協会が開催する講習会を受講する必要がある。その講習会を受講する条件は二つあり,一つは日本体育協会公認のアスレティックトレーナーの資格を有していることである。もう一つの条件として,理学療法士や鍼灸・あんまマッサージ指圧師などといった医療資格を有し,かつ障害者スポーツの現場で二年以上トレーナーの経験を積んだものとされている。本学は視覚障害・聴覚障害者を対象としている我が国唯一の高等教育機関であり,障害者スポーツが盛んである。そのため,障害者スポーツの現場でトレーナーの経験をすることは比較的容易であり,かつ医療資格を取得できる専攻を有しているため,資格の取得を目指すことは可能である。2020年には東京でオリンピック,パラリンピックが開催されるため,障害者スポーツトレーナーの資格を取得することにより,資格を活かして,2020年の東京オリンピック,パラリンピックに向けて選手のサポートを行うトレーナーとして活躍することが可能であると考えられる。昨年度までの競争的教育研究プロジェクト事業で,申請者は本学の学生を対象とした本研究の先駆けとなる取り組みを行った。視覚障害を有する対象者に対して,スポーツトレーナーで必要な技術の中で,特に習得が難しいと推測されるテーピング技術の習得を中心とした内容の講習会を行った。テーピング技術の習熟の程度の評価指標として,足関節の内反捻挫予防のテーピングを巻くのにかかる時間を練習前後で計測を行った。その結果,390±108秒から279±61秒と有意に改善がみられ,視覚障害を有していてもテーピング技術の習得は可能であることが示唆された。しかし,障害者スポーツトレーナーの資格取得のためには,180秒以内に巻くことが望ましく,昨年度までの事業ではその基準に達することはできなかった。また,最終評価時の計測時間は速い対象者では192秒で,遅い対象者では382秒と,テーピング技術の習得には個人差が大きいことが推測された。これらの背景を踏まえて,本研究の目的は以下の2点とした。 1.視覚障害者はトレーナーの資格取得の基準の目安である180秒以内にテーピングを巻くことができるようになるかどうかの検討 2.テーピング技術の習得に関連する要因の検討 対象者は11名(男性9名,女性2名)であった。年齢21.3±1.9歳であった。視覚障害に関する情報としては,視力が右0.14±0.19,左0.14±0.20で,中心暗点2名,視野狭窄4名,羞明1名であった(重複者あり)。テーピング技術の習得方法は,障害者スポーツトレーナーの有資格者が,参加者に対して,障害者スポーツトレーナーの資格取得に必要な足関節テーピング技術を教えた。テーピング技術は,巻くのにかかる時間により,習得の程度を評価できるため,巻き方を覚えた段階で一度テーピングを巻くのにかかる時間を計測した。その後,180秒以内に巻くことを目標にして練習を続けて,事業の最後に再度時間を計測して,達成できたかどうかを判定した。練習前後でのテーピングを巻くのにかかる時間の比較には対応のあるt検定を用いて,統計解析を行った。また,テーピング技術習得に関連する要因を検討するために,事前に対象者の視覚情報を収集し,さらにアンケート調査により,トレーナーの資格取得意欲,テーピングの練習時間,これまでの運動歴を調査した。これらがテーピング技術習得に関連しているかどうかを,重回帰分析を用いて統計解析を行った。結果は,初期評価時の時間は311±172秒,最終評価時の時間230±87秒であり,有意に改善がみられp=0.024),個別の結果に注目すると,180秒以内に巻くことができた学生は5名で,最速の時間は139秒であった。また,重回帰分析をおこなった結果,有意な回帰式が得られた(p=0.046)。回帰式はY=479.139-39.864x1-16.258x2+6.720x3-30.311x4-63.253x5+3.255x6(Y:テーングを巻く時間,x1:トレーナーの資格取得意欲,x2:テーングの指導を受けた経験の程度,x3:テーピングの練習時間,x4:運動歴の程度,x5:視力(矯正後の良い側),x6:障害発生時期)であった。これら6変数の寄与率は90.7%(R=0.952)であった。得られた回帰式による推定値の標準誤差は42.131秒であった。本事業の結果より,視覚障害者においても,練習を積むことにより,スポーツトレーナーに必須の技術である足関節内反捻挫に対するテーピングを180秒以内に巻くという課題をクリアできることが明らかとなった。テーピング技術習得に関連する要因として,トレーナーの資格取得意欲,運動歴の程度,テーピングの指導を受けた経験,視力(矯正後の良い側)が大きく関係していることが明らかとなった。