血管内皮機能計測に基づく血管リハビリテーション法の開発の研究 三浦美佐1),平山 暁2),西田叡人1),伊藤 修3),上月正博4),平山 陽5) 筑波技術大学 保健科学部 理学療法学専攻1) 筑波技術大学 保健科学部 附属東西医学統合医療センター2)東北医科薬科大学 医学部 リハビリテーション学3)東北大学大学院医学系研究科 内部障害学4)晴山会 平山病院5) キーワード:血管内皮機能,動脈硬化,ハンドグリップ運動,定量的評価,予防 1.研究背景 近年超高齢社会を迎えて,脳血管疾患と虚血性心疾患を含む循環器疾患は我が国の主要な死因の1つであるが,これらは単に死亡を引き起こすのみではなく,急性期治療や後遺症治療のために,個人的にも社会的にも負担は増大している。特に脳卒中は我が国の「寝たきり」の主要な要因となっており,循環器疾患の死亡・罹患率の改善は社会問題化している(厚労省HP http://www1.mhlw.go.jp/topics/kenko21_11/b8.html)。一方で,多くの疫学研究は,適切な運動は高血圧患者に限らず心血管病の発症予防,死亡率の低下に寄与することを示している(Higashi et.al. Circ.J 73 :411-418,2009)。また虚血性心疾患や脳血管障害を抱えている患者は,動脈硬化による血管機能不全状態に陥っており,これらの患者の血管リハビリテーションと再発防止は重要である。血管内皮障害を第一段階として動脈硬化が発症,進展し,粥種が破綻すると心筋梗塞,脳卒中などの新血管合併症を引き起こす。運動と血管内皮機能との関係では定期的な有酸素運動(歩行運動)によって糖尿病患者,慢性心不全,冠動脈疾患患者の血管内皮機能を改善し,健常人においても血管内皮機能を増強されることが報告されている1)。しかし,東らの2012年の報告2)において,高強度の下肢の運動では血管内皮機能の改善は認めたものの,同時に酸化ストレス亢進および心臓交感神経過緊張が示されている。血管内皮機能に影響を与えうる介入期間は最短で1週間から2週間とされているが,至適な運動強度,運動部位及び運動方法については解明すべき点も多い。したがって本研究では,運動強度と運動期間,血管内皮機能障害の重症度による差異から,血管リハビリテーション法の定量的評価を開発することを目的とした。 2.研究方法 血管内皮機能測定は,「エンドパッド2000」(図1, 2)は指尖脈波測定での末梢血管内皮機能測定が可能である。背臥位で10分程度寝たままの状態で指動脈を用いて測定が可能であり,従来行われている前腕動脈での超音波を用いた血管径測定よりも,簡便かつ低侵襲な方法での測定が可能である。測定原理は,左右の指各 1 本に指尖細動脈血管床の容積脈波を検出する専用プローブを装着し,両側の 5 分間の脈波基礎情報をとり,その後再灌流刺激に反応する容積脈波の経時的増加から,動脈の拡張機能を測定する検査法である。具体的には,安静状態での指尖容積脈波に対する駆血再灌流後の容積脈波の増加を対照側の増加率で除することにより,交感神経系の影響を少なくし,血管内皮由来一酸化窒素(NO)に代表される血管拡張因子による血管拡張機能を算出する.原理的には従来行われている血管内皮機能検査 FMD(flow mediated dilatation)と同義であるが,測定部位が指尖動脈床と上腕動脈である点,およびパラメータが容積脈波(3 次元情報)と動脈径(1次元情報)である点が異なる。本研究では定期的な運動習慣のない成人男女を,運動強度の異なる(低・中・高強度)のハンドグリップ運動を各々2週間ずつ行う。研究対象者は2週間ずつ運動強度を変えた運動を実施し,計3種類の運動,計6週間の介入とした。 図1 血管内皮機能測定場面と測定機器「エンドパッド2000」 図2 エンドパッド2000の特徴 3.結果 本研究成果の詳細は現在英語論文雑誌に発表する予定であるため,以下に要旨のみを記す。血管内皮機能を障害している可能性の高い末期腎不全透析患者(以下HD)6名と運動習慣のない非慢性腎臓病患者(以下 SED)8名でHD群とSED群に分け,比較検討をしたところ,介入前の血管内皮機能は2群間の差は生じていなかったが,運動強度による影響はHD群とSED群で異なることが示唆された(図3)。また,HD群で中強度運動ではLDL-Cに低下傾向が認められ,TNFαでは安静時との比較で低強度,中強度,高強度に有意な改善が認められるという好ましい影響もあった。 図3 血管内皮機能測定結果 4.考察 上肢のハンドグリップ運動は,簡便で場所をとらずに全ての強度で安全に運動実施可能であった。これまでHD患者においては,血管内皮機能障害があり,心血管イベント発症リスクが高いとされてきた3)。しかし,今回の対象では介入前の測定値はSEDとの差は認められなかったことから,元々血管内皮機能障害が軽度な者に与える影響は少ない可能性が考えられた。両群で,筋力や周径,身体活動量等の身体運動機能に与える影響は変化がなかった。このことは,運動時間が少ないこと,2週間という介入期間が筋力変化に及ぼすまでに至らないことが考えられた。実際,上下肢の周径測定で介入前と各期間後の比較をしても,有意な変化は認められなかった。一方で,脂質代謝や炎症性サイトカインはHD群で好ましい影響が示唆された。先行研究においては,歩行などの有酸素運動を1日20分,週3~5日を12週間以上継続することで身体機能の向上が期待できるとされている4)。今回の結果も,それを肯定するものであったが,より少ない運動回数,時間,場所をとらない上肢のハンドグリップ運動で可能であった。本研究結果は,身体に軽負担で障害の進行や系合併症の発生を阻止し,血管内皮機能や身体諸機能を改善する有効な治療法として確立するのに寄与することが期待される。今後は,さらに対象者を増やし,歩行運動との比較検討をしていく予定である。 5.謝辞 本研究の遂行に関し,朝妻久美子氏・木下賢司氏(晴山会 平山病院)の協力に深謝いたします。本稿は研究成果報告書であり,詳細は今後論文発表予定である。 参照文献 1) De Filippis E, Cusi K, Ocampo G, Berria R, Buck S, Consoli A, Mandarino LJ:Exercise-induced improvement in vasodilatory function accompanies increased insulin sensitivity in obesity and type 2 diabetes mellitus.J Clin Endocrinol Metab 2006;91:4903-4910 2) 東 幸:運動療法と血管内皮機能.循環器内科 2012;72:243-252 3) 上月正博,長坂誠: 腎不全 1.腎臓リハビリテーション.日本(JPN), 2014. 4) Heiwe S, Jacobson SH:Exercise training in adults with CKD: a systematic review and meta-analysis.Am J Kidney Dis 2014;64:383-393