視覚障害者の静止立位における固有感覚と前庭感覚が足圧中心と身体安定性に及ぼす影響 井口正樹 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 キーワード:静止立位,バランス,視覚障害,姿勢制御戦略 【目的】 静止立位の保持には足部からの固有感覚,内耳からの前庭感覚,視覚が関与しているため,視覚障害者では晴眼者と異なる方法で静止立位を保持している可能性がある。また,静止立位姿勢を制御するために,足関節よりも上の身体を1つの塊(セグメント)として,足関節の底背屈で制御する足関節戦略と,股関節の上と下(体幹と下肢)で身体を2つのセグメントとして,股関節の屈伸で制御する股関節戦略とがある。本研究では,視覚障害者が静止立位を保持する際に,姿勢制御戦略が晴眼者と異なるか,を調べることを目的とした。 【方法】 先天性全盲者2名(B1とB2)と対象として晴眼者1名(S1)の計3名が被験者として参加した。全員からインフォームドコンセントを得ており,また実験は倫理委員会の承諾を得た上で行った。各被験者は,裸足で床反力計の上に以下の4条件で1回60秒,3回/条件(計12回),静止立位を両足,閉眼で取った。1.床反力計の上に直接,頸部中間位(対象条件,HN),2.床反力計の上に直接(前庭感覚入力,の減弱目的で)頸部伸展位(HE),3.(固有感覚入力の減弱目的で)床反力計の上にバランスパッドを置き,その上で頸部中間位(SN),4.(固有感覚入力・前庭感覚入力の減弱目的で)床反力計の上にバランスパッドを置き,その上で頸部伸展位(SE)。被験者の頭部,両肩峰,両大転子,両足関節に反射マーカーを貼付し,身体の動きを3次元動作解析装置で,また足圧中心(COP)を床反力計で測定した。COP・頭部の前後方向の位置と股関節の屈伸角度を二乗平均平方根(RMS)振幅として求め,またCOPの前後方向位置を,高速フーリエ変換を用いてパワースペクトルを作成し中央値を求めた。更に,体幹と下肢の(床の垂線を0度とした際の)角度を,それぞれ求め,相互相関にて体幹・下肢の動きの類似性を求めた。これらの値は各条件内で平均を求め,対象条件(HN)の値で除算した。 【結果】 対象条件(HN)では,COP・頭部のRMS振幅は全盲者2名の方が晴眼者よりも小さかったが,バランス課題が難しくなるほど,全盲者のCOP・頭部RMS振幅は晴眼者よりも,より著明に増加した(COP = 1.82, 2 .84, 4.73, 頭部 = 1.72, 3.38, 5.60 それぞれS1, B1, B2,SE条件(/HN)).。股関節角度RMSは対象条件ではどの被験者も同等であったが,SE条件でS1とB2の股関節角度RMS(1.37と1.70)はB1(3.16)よりも低かった。対象条件でのB2のCOP中央値(0.17Hz)は,S1とB1よりも高かった(0.04Hzと0.05Hz)が,SE条件でB2でのみ低下が見られた。。相互相関係数においては,対象条件でS1は0.71でだったのに対し,B1とB2はそれぞれ0.17と-0.12であった。SE条件ではB2,S1,B1の順で高く,それぞれ0.96,0.77,0.52であった。 【考察】 S1の対象条件(HN)での体幹と下肢の相互相関係数は0.77, 0.75, 0. 6.3と3回すべてが0.6以上であったのに対し,全盲者ではB1では-0.64, 0.55, 0.58,B2が0.82, -0.52, -0.67と0により近い係数が見られ,また正と負の値が混在していた。係数1で純粋な足関節戦略(体幹と下肢が同じパターンで同じ方向に動く),係数-1で純粋な股関節戦略(体幹と下肢が同じパターンで逆方向に動く)と考えると,全盲者では純粋さが低く,また姿勢制御戦略が一貫していないことが示唆された。全盲者の対象条件での静止立位は,一見,バランスが良いように思われるが(COP・頭部RMSがS1>B1・B2),純粋さが低く,一貫しない戦略で静止立位を取っている可能性があり,このような不適切な戦略では,バランス課題がより困難になった際(HN→SE)に対応できず,HNと比較してSE条件でCOPや頭部の安定性が晴眼者より,より著明に失われてしまう可能性がある。しかし,同じ先天性全盲者でもB1とB2は異なる。B1は股関節角度RMSが大きく増加していることから股関節戦略も取り入れてはいるが, B2よりはCOP・頭部の動揺を抑制できているものの,S1には至っていない。B2はCOP・頭部動揺が大きくなろうと,足関節戦略に固執していた。今後,被験者数を増やし,またコヒーレンス分析なども含め分析を進める予定である。