障害学生に対する自殺予防活動および自殺関連行動への介入事例の分析 佐々木恵美 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 理学療法学専攻 キーワード:視覚障害,聴覚障害,自殺関連行動,自殺予防 【はじめに】 近年,我が国の自殺率は減じているものの,大学生の自殺は1996年から継続して死因の第1位である。若者の自殺予防は喫緊の課題になっており,各大学で様々な試みがなされている。本学は視覚障害,聴覚障害を持つ大学生・大学院生が学ぶ日本で唯一の高等教育機関である。本学学生,特に視覚障害学生の精神科受診率は高く,この8年間既遂例はないものの,自殺関連行動や強い希死念慮を持つ学生は少なくない。視覚・聴覚障害学生を対象とした自殺予防に関する研究は少なく本邦での報告は類をみない。障害学生への有効な自殺予防活動を検討するため,本学学生の自殺関連行動の特徴や背景,介入事例の分析,自殺予防活動,問題点等について調査した。 【対象と方法】 平成22年4月から平成29年3月までの7年間,本学保健管理センターと附属東西医学統合医療センター(以下,医療センター)精神科で対応した本学の視覚・聴覚障害学生(学部生・大学院生)のうち,自殺企図例と強い希死念慮を持つ学生について,初診までの経緯,精神医学的診断,特徴,背景,対応等について検討した。また,同期間に行った自殺予防活動について検証した。 【結果】 本学学生の精神科利用状況は増加傾向にあり,昨年度の学生利用は全体でのべ400件,一昨年度は544件であり,利用者数も平成22年度に比べ倍になっている。利用者全体の診断(相談,UPIを除く)は,ICD-10のF4(適応障害やパニック障害等)が33%,次いでF2(統合失調症圏)が20%,F3(気分障害圏)が19%であった。他大学と比べF8,F9(発達障害圏)が18%,F0(器質性,症状性)が3%と,やや多い印象であった。視覚障害学生では適応障害が目立っていた。障害別でみると視覚障害学生は聴覚障害学生の約4倍受診していた。これは精神科が視覚障害系キャンパスにあること,聴覚障害学生は他医療機関を利用できる等,様々な要因があり,単純に健康度の差だけを表しているとはいえない。自殺企図の件数は毎年1~10件であった。強い希死念慮を持つ学生は毎年5~13人存在していたが,本学精神科を利用していない学生を含めるとこれ以上の可能性もある。緊急対応回数は6~37回/年であった。深刻な自殺関連行動の件数は,聴覚障害学生12件,視覚障害学生20件であった。自殺企図した学生の精神科診断は,統合失調症(主に前駆期~初期)が45%と最も多く,「理由なく死にたい気持ちが浮かぶ」といった慢性的な希死念慮が持続している一方で,周囲から気づかれにくく病状の理解を得にくい傾向にあった。次いで適応障害が25%であり,背景に発達障害を併せ持つ者が多かった。発達障害例では些細なきっかけで突然希死念慮が強まるなど,自殺関連行動の予測が難しい面があった。うつ病は,周囲に気づかれやすく教職員からの配慮も受けやすいためか,調査期間中に自殺関連行動を認めた例はなかった。自殺企図の手段は,寮での縊首,高層階の教室から飛び降り,大量服薬,道路へ飛び込み等,きっかけとなった出来事は,周囲とのトラブル,臨床実習,性同一性の問題等であった。また,対応までの経緯は,本人自ら教職員や主治医,保護者に連絡,心配した友人からの連絡等であった。対応は,救急搬送や精神科治療,保護者を含めた関係者によるミーティングを行い,本人と話し合い基本的には1人にさせないよう保護者のいる実家で休養・治療させることが多かった。しかし,様々な理由でそのまま学生生活を継続することもあり,その際は保護者や教員との密な連携を要した。 次に,調査期間中に実施した自殺予防活動について,以下に列挙する。 ①プリベンション ・高層階の窓・扉への物理的対策(網戸で固定,扉は施錠) ・新入生対象に自殺予防を含めたメンタルヘルスの授業を健康診断前に実施する(視覚障害系のみ)。 ・新入生にUPI,在校生にPHQ-9を改変したスクリーニング(筑波大学保健管理センター「こころの状態チェックリスト」)を行い,健康診断時に有所見者全員と面接する(視覚障害系のみ)。所見がなくても教職員からの報告があれば面接対象とする。 ・授業で自殺予防や,死にたいと言われた時の対応について繰り返し啓蒙する。 ・教職員向けパンプレット「学生の自殺予防のために」を毎年改訂し配布。 ・教職員FD,学生生活委員会で自殺予防について取り上げる。 ・発達障害学生について,必要に応じて本人の特性や対応について周囲に説明し理解を得る(本人・保護者の同意のもと)。また,発達障害学生本人に対し,自らの特性や困難点への工夫について,心理検査の結果等をもとに共に考える。 ②インターベンション~ポストベンション ・健康診断時の面接結果から,カウンセリングや治療に導入する。 ・通院中断,受診しない学生には積極的に連絡し,必要な場合は複数の教職員で訪問する。 ・関係者ミーティングを行い,情報共有,対応協議を行い,1人で抱えない体制を作る。 ・担任を窓口として家族と連携する。 ・深刻な自殺企図が起こった後は,大学全体でFDを行う。 【考察】 1. 視覚・聴覚障害学生でも,統合失調症や気分障害の割合は他大学と差はない一方,発達障害はやや多い印象であった。 2. 自殺企図例で最も多かったのは統合失調症であった。大学生は統合失調症の好発年齢にあり,発病初期は周囲に気づかれにくく,病識は欠如し,慢性的に希死念慮が持続する例もある。うつ病の自殺予防は広く認知されているが,大学生では統合失調症にも注意し,教職員の理解を深め,保護者とより緊密に連絡を取り合いながら支援を行う必要があると思われた。 3. 発達障害例は適応障害やうつ病を合併しやすく,その際,衝動的に自殺関連行動に及ぶ傾向があり,注意を要する。周囲に本人の特性について理解を深めてもらうアプローチは自殺予防の点からも有効と思われた。また,本人に自らの特性を理解させ,困難な場面での工夫を学ばせることも重要と思われた。 4. 視覚障害者では中途視覚障害による不安や抑うつ,障害受容の葛藤等が指摘されているが,本学では学生同士が支え合える環境にあり,こうした傾向は少ないように思われる。しかし,学外では必要な支援を要請できず,実習等で適応障害に陥るケースも散見され,援助希求やコミュニケーション能力の向上が課題と思われた。 5. 既遂は調査期間前の20年間(短大時代を含む)で3例であった。幸い調査期間中既遂例はないが,希死念慮を持つ学生は決して少なくない。今後も自殺予防活動に取り組む必要がある。 6. 視覚・聴覚障害学生では,発達障害や精神障害が未診断のまま入学している例が多い。周囲は「視覚・聴覚障害のせい」と考え,医療者側の診断にも同様のバイアスがかかっている可能性は否定できない。障害があるからという先入観を排除し,適切な診断,治療,対応を早期から行うことが,障害学生の自殺予防にも重要と思われた。