上田法治療の科学的検証および上田法治療概念を参考にしてできた新たな筋緊張抑制法に関する研究(その1) 石塚和重 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 キーワード:上田法,肩―骨盤法,くるくる法,関節角度の変化 1.はじめに 上田法は1988年に小児整形外科の医師である上田正氏(現:愛知県立心身障害児療育センター 第二青い鳥学園名誉園長)が開発した治療法である。上田法治療の独特のところは筋を短縮して3分間固定し,その結果として筋緊張が軽減するという独自な方法にある。上田法治療は,脳性麻痺児や成人の脳血管障害後遺症などの運動障害等に対して有効で,これまでに各種理学療法士学会やリハビリテーション医学会の学会,上田法治療研究会学術集会等でその治療効果が報告されてきた。脳性麻痺などにみられる筋肉の過緊張(固さ,つっぱり)は,上田法で確実に和らげるとしている。しかもその効果は長時間にわたり持続する。筋肉の固さやつっぱりがとれると,手・足・身体のゆがみや変形が矯正され,運動機能が短期間のうちに向上するなどの報告がされてきた。研究代表者は長年,上田法国際インストラクターとして,多くの上田法セラピストを育成してきた。現在は上田国際インストラクターを引退し,上田法名誉国際インストラクターとして上田法に対する助言を与えている。上田法は5つの基本手技から成っている。1.頚部法 2.肩-骨盤法 3.肩甲帯法 4.上肢法 5.下肢法がある。その他4つの補助手技がある。これらの手技を組み合わせて脳性麻痺児や成人の脳血管障害後遺症などの運動障害に対して筋緊張を軽減する治療法として紹介されている。また,上田法の特徴は筋短縮方向への固定することによって筋緊張を軽減するという手法を用いているが,研究代表者は近年,筋の短縮方向への動きを取り入れることによって筋緊張が即時に軽減すると新たな手技(くるくる法)を開発し,上田法治療研究会学術集会に報告している。上田法治療概念を参考にしてできた研究代表者が考案した新たな筋緊張抑制法の方法と効果についても検証していく。 2.方法 本研究に同意した健常者13名(平均年齢21.6歳男性9名,女性4名)のみ測定をする。①肩―骨盤法3分間両側に施行する。②くるくる法30回股関節内旋施行前後③肩―骨盤法とくるくる法を組み合わせて実施した前後の股関節屈曲角度(Straight Leg Raizing:以下SLR),膝窩角(Poplitial Angle:以下PTA),股関節外転の関節可動域角度について検査する。膝窩角は膝関節屈曲90度を0度として膝伸展角度を計測する。 図1 肩―骨盤法(脊椎の回旋) 図2 くるくる法(股関節内旋方向へ) 3.結果 肩―骨盤法を施行したところ,SLR 65.38→73.46,PTA 45.00→51.54 股関節外転 38.85→45.77,くるくる法ではSLR 64.09→75.00,PTA 45.45→60.45,股関節外転37.73→47.27,肩骨盤法+くるくる法(混合型)では被験者6名の結果であるが,SLR 42.5→61.67,PTA42.50→61.67,股関節外転30.83→40.83であった。(図3参照)以上の結果より,それぞれの手技に即効性があるという結果が出た。また,被験者数は少ないが最も効果が見られたのは肩―骨盤法とくるくる法を組み合わせた混合型である。 図3 左:肩―骨盤法 中央:くるくる法右:肩―骨盤法+くるくる法 図4 肩―骨盤法(SLR:個人別被験者13名) 図5 肩―骨盤法(PTA:個人別被験者13名) 図6 肩-骨盤法(股関節外転角度:個人別被験者13名) 図7 くるくる法(SLR:個人別被験者11名) 図8 くるくる法(PTA:個人別被験者11名) 図9 くるくる法(股外転角度:個人別被験者11名) 図10 混合型(SLR:個人別被験者6名) 図11 混合型(PTA:個人別―被験者6名) 図12 混合型(股:外転角度個人別―被験者6名) 4.考察 上田法の肩―骨盤法は下肢全体の緊張を落とすことは臨床経験からよくある現象である。なぜ,このような現象に至っているのか考えてみると,何らかの神経系の関与が考えられる。一方,筆者が生み出したくるくる法は臨床の中で偶然に生まれてきた手技である。なぜ,股関節を外旋方向ではなく内旋方向に回旋するだけで股関節外転角度や膝関節の角度が変わるのかは明確には言えないが,筋・筋膜間連携に関係あるのではないかと推察する。今回の結果では,肩―骨盤法とくるくる法を組み合わせた方が有効ではないかと考える。また,緊張を落とす手順として肩―骨盤法が神経系に関与してくるのであれば,神経系にアプローチしてまず下肢全体の緊張を落とし,その後,筋・筋膜という手順で組んで行った方が妥当ではないかと思われる。 5.終わりに 上田法治療は科学的根拠という点で現時点では不十分であり,どのような治療効果が期待できるか更なる検討が必要である。上田法治療は脳性麻痺の治療法として唯一日本で開発された治療法であり,筋緊張の強い脳性麻痺児にとって有効な手技として期待できるが,なかなか日本の中に手技として定着していないのは科学的根拠が確立していないという背景もあると考える。 参照文献 [1] 細田多穂,柳澤 健.上田法,理学療法ハンドブック改訂第3版.第2巻治療アプローチ.2000,p191-221. [2] 石塚和重.上田法治療手技における新たなる治療手技の提言と紹介.上田法治療研究会会誌.Vol.13 No.2.2000:p 44-46. [3] 石塚和重.変形の強い重度脳性麻痺の子どもたちに対する上田法治療について.上田法治療研究会会誌Vol.15No.1.2004:p3-8. [4] 石塚和重.脊柱側弯症に対する上田法治療に対する一試案.上田法治療研究会会誌.Vol19No1.2007:p15-18. 成果の今後における教育研究上の活用及び予想される効果 現在,わが国では脳性麻痺児の運動機能障害に対して,神経発達学的治療法(neuro developmental treatment:NDT),Vojta,上田法を中心に,種々のリハビリテーションが理学療法士や作業療法士などにより行われている。しかし,NDTとVojta法は運動能力への効果,上田法は痙縮の減弱効果について,未だ,その有効性を証明する十分な科学的根拠はない。現時点で有効な方法は持続的ストレッチ効果(グレードA),漸増的抵抗筋力トレーニング(グレードB)として推奨されている。しかし,従来行われてきたNDTやVojta法,上田法の科学的根拠を検証することは今後の脳性麻痺児の治療法に大きく影響することは言うまでもない。以上のことより,できるだけ早期に上田法の治療効果を科学的に検証し,明らかにしていくことが必要であると考える。また,研究代表者が上田治療概念を参考にしてできた新たな筋緊張抑制法は過緊張で苦しんでいる脳性麻痺児への支援になるのではないかと考えている。 成果の学会発表等 上田法治療研究会学術集会等に発表を予定している。