自然音を聴くことによる自律神経機能に及ぼす効果に関する研究 森 英俊1),久下浩史1),森澤建行2),羽生一予1・3),山下和彦4),石原保志5),西條一止1),喜田圭一郎6) 筑波技術大学 保健科学部1),筑波大学大学院 生命環境科学研究科2),筑波大学 生命環境系3), 大阪市立大学 生活科学研究科4),筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センタ-5),サウンドヒ-リング協会6) キーワード:自然音,オキシトシン,コルチゾール,心拍変動,ストレス 成果の概要 【はじめに】 自然音は,小鳥の鳴き声や小川のせせらぎ,木々のこすれる音や波の音などの自然が生み出す自然界の高周波(1/f リズム)1-3)を含んだ音である。菊池ら4)によると聴覚系の左右差を決定する音の物理構造の研究で正常型日本人は,動物・虫の鳴き声,小川のせせらぎの音,波・雨などの音,邦楽器の音などは左半球優位となるのに対して,機械音,西洋楽器音などは右半球優位となることを報告している。 また,自然音が生態に及ぼす影響では,唾液コルチゾール,睡眠,ストレスの研究が行われている5,6)。野田ら5)の報告では,イヌの唾液中コルチゾール濃度が自然音聴取後から安静後にコルチゾール濃度が有意に低くなり,騒音聴取後に聴取前から聴取後でコルチゾール濃度が有意に高くなることを観察している。井上ら6)は,就寝前音楽が睡眠・ストレスにもたらす影響を検討し,α 波や自然音の癒し系音楽,深い睡眠を得るには好きな音楽を聴取することが効果的であると考えられると報告し,対象者 1 人 1 人嗜好が異なるため,聴取する音楽はその人に合った音楽を選択することが必要と指摘している。このように自然音によってストレス緩和効果を示し,効果が期待されている。 一方,ストレス因子と反対に癒し因子として,「オキシトシン」の影響が報告されている7)。山口7)は,皮膚をなでることによって生じる振動には,1/f ゆらぎの特徴をもつ振動が発生し,それが快の気分を生じさせる可能性について述べている。さらに触れることによってオキシトシンという生理物質が脳内で分泌され,それが相手との親密な人間関係の構築に役立つことや,癒しをもたらすことを示している。 【目的】 自然音を聴くことによるオキシトシン・コルチゾール濃度,心拍変動に及ぼす効果について検討した。 【方法】 対象は男子学生7名,平均年齢 23.0±3.3 歳とした。対象者は無作為に自然音を 10 分間聴くもの(以下,自然音群)と聴かないもの(以下,対照群)の2種類を行った。自然音は屋久島のせせらぎの音とハワイ,カウアイ島のせせらぎと滝の音で構成されている。どちらも早朝に収録した自然音である。対照群は,自然音を聴かずに自然音群と同様な測定手順で行う。 本研究は筑波技術大学研究倫理委員会の承認を得て行った(承認番号 H28-44)。 測定手順は安静坐位 20 分後(Pre)に介入 10 分間(Stim.1・Stim.2)行い,介入後(Post)20 分間の心拍数・心拍変動を測定した。オキシトシン,コルチゾ-ル濃度測定,質問紙法による調査〔State-Trait Anxiety Inventory(STAI)状態-特性不安検査〕は検査前後で行った。オキシトシン,コルチゾールは,自然音群のみとした。 オキシトシン,コルチゾールは,Pre 時と Post 時に採取後,それぞれ決められた手順で血液を処理し,測定は検査会社((株)江東微生物研究所)に委託した。測定法は,オキシトシンは ELISA 法(Enzyme-linked immunosorbent assay;酵素免疫測定法),コルチゾールは ECLIA法(Electro chemiluminescence immunoassay;電気化学発光免疫測定法)で行った。 統計解析は自然音と対照群は,一般線形による二元配置分散分析,各刺激群は,心拍変動が fisher(LSD)多重比較,オキシトシン・コルチゾール・STAI がwilcoxon 符号付順位検定で行った。統計ソフトは,IBM SPSS Statistics Ver.22を用いた。有意判定は5%とした。 【成績】 1.自然音の聴取前後によるオキシトシン,コルチゾー ルの変化 オキシトシンはPre 1.4±0.4ng/mLに比べてPost 2.0 ±0.6 ng/mL(p=0.01)で増加した(図1)。コルチゾールは Pre 10.3±2.9μg/dLに比べてPost 7.9±1.8μg/dL(p=0.043)で減少した(図1)。 図1 2.自然音を聴くもの(自然音群)と聴かないもの(対 照群)による心拍変動,STAI の変化 心拍変動の変化は心拍数(HR)が自然音群で pre 83.9±17.5bpmに比べてStim.1 80.9±16.3bpm(p=0.043)に減少した(図2)。対照群は変化がなかった。交互作用はなかった。LF,HF,LF/HF は自然音群及び対照群に変化がなかった。 図2 STAI は特定不安が自然音群は変化がなかった。対照群で Pre 39.6±13.3 点に比べて Post 37.4±12.3 点(p=0.024)で低下した。交互作用はなかった。状態不安は自然音群及び対照群で変化がなかった。 【考察】 本研究は,自然音によってストレス緩和や癒しの影響を検討した。その結果,自然音を 10 分間収録した音源を聴取することでオキシトシン濃度が増加したこと,コルチゾール濃度が低下したことを認めた。このことは,仕事場や学校,治療室並びに治療中に自然音をBGM(background music)として行えば癒しとストレス緩和が期待できるものであった。自然音の利用方法は,学校の授業と授業の間の休憩時間に音源を流すことや仕事場に自然音の音源を流すことが考えられる。また治療院や診療所,病院では,待合室や治療室に音源を流すことで緊張や不安などのストレス緩和が期待できると考えられる。 佐藤ら 8)は,ヤマハ株式会社が開発した音源(INFOSOUND)がコルチゾールの低下を認めたと報告している。また,この音源は,児童のコルチゾール濃度の変化がないことからストレス作用がないと示している9)。藤井ら10)は,外来待合室にいる人に対して3時間の生演奏で,「聴いている気分のリラックス感」「企画について」「曲への親近感」「スタッフの観察による患者への音影響」「スタッフの自分への音影響」「スタッフの音楽を聞く動機」に対しての回答では,「肯定的」評価が有意であると報告している。さらに生演奏による鎮静的音楽は,患者の不安状態や心身のストレスを軽減させ,気分をリラックスさせるのに有効であると示している。このことからも,BGM として音源を活用することでストレス緩和の効果が認められる。 一方,音源によるオキシトシンの影響は報告がみられない。他の刺激によるオキシトシンの影響は,山口7)によるとスキンタッチやマッサージでオキシトシン濃度が上昇することを観察し,またオキシトシンが脳内に作用するとセロトニンの活動を活性化し,不安や興奮した状態から,元の安定した心の状態に戻すといった調整をすることを示している。また,鍼刺激では,高橋11)によると慢性ストレスを与えた動物(ラット)に対して無処置と鍼刺激(足三里穴)で無処置がコルチコトロピン(副腎皮質刺激ホルモン)放出因子(CRF:corticotropin releasing factor)が増えるのに対し,鍼刺激で CRF の減少とオキシトシン産生量の増加を観察している。本研究で自然音が,オキシトシン濃度の増加とコルチゾール濃度の減少を認めたことから脳内のセロトニン活動を活性化することも期待される。従って,自然音の音源は,休憩時間などを利用して音源を聴取し不安や興奮の精神状態の安定に繋がると考えられる。 今後の課題と限界は,職場や待合室,学校などに通う人を対象に自然音を聴取することで精神状態の変化を検討するなどが必要と考えている。しかし,自然音が特性不安や状態不安に影響が見られなかったことは,聴取時間の再検討も必要と思われた。今後,有効的な自然音の利用方法なども検討することを考えている。 【結語】 自然音は,幸せホルモンと言われているオキシトシンに影響を与え,かつストレス因子指標の1つであるコルチゾールに影響を及ぼした。また心拍数を減少したことから本研究で用いた自然音は,ストレス緩和があり,リラックス効果が期待された。 参照文献 1) 田原靖彦,宮島 徹,橋本修左,中嶋一志.各種音楽・自然音のゆらぎ特性分析一回帰分析周波数範囲をパラメタとする検討一.日本音響学会講演論文集,1997; 791-792. 2) 松井琴世,河合淳子,澤村貫太,小原依子,松本和雄.音楽刺激による生体反応に関する生理・心理学的研究,臨床教育心理学研究,2003;29(1):43-57. 3) 大久典子,吉田克己,山家智之,賀来満夫.音楽刺激が自律神経に及ぼす影響,自律神経,2005;42(3):265- 269. 4) 菊池吉晃,角田忠信.聴覚系の左右差を決定する音の物理構造 自然音の分析による検討.Audiology Japan, 1986; 29(1):35-42. 5) 野田勝二,大倉善博,大釜敏正.自然音と騒音がイヌ の唾液中コルチゾール濃度に及ぼす影響.リハビリテーションネットワーク研究,2016;14(1):73-79. 6) 井上 誠,上村 綾,木村幸生,近藤美也子,笠置恵子.就寝前音楽が睡眠・ストレスにもたらす影響.日本精神科看護学術集会誌,2014;57(3):202-206. 7) 山口 創.身体接触によるこころの癒し こころとからだの不思議な関係.全日本鍼灸学会雑誌,2014; 64(3):132-140. 8) 佐藤和恵,岩瀬裕之,大塚美智瑠,塩田清二. INFOSOUND音の人体に与えるストレス評価.日本臨床生理学会雑誌,2012;42(4):199-203. 9) 佐藤和恵,大塚美智瑠,岩瀬裕之,塩田清二. INFOSOUND音の子供に与えるストレス評価.日本臨 床生理学会雑誌,2014;44(5):167-173. 10) 藤井光子,福田正悟,伊部邦宏.外来待合室にいる人への生演奏による鎮静的音楽の有効性を検討する 外来患者と外来スタッフのアンケート調査から.日本音楽療法学会誌, 2011;11(2):89-102. 11) 高橋 徳.伝統医療と現代医療による融合診療 鍼灸 から統合医療へ 理想の医療をめざして.東方医学,2017; 33(1):11-18. 成果の今後における教育研究上の活用及び予想される効果 美しい音楽(自然音)を 10 分間聴いているとオキシトシン・コルチゾール濃度値,心拍数に効果を示し,ストレス緩和及びリラックス効果が期待された。結果を踏まえ,職場で自然音を聴くことで恒常性保持機能を高める効果が明らかにできれば,自然音は,学校教育や企業などでの導入が広がることで,ストレスやうつなどを予防・改善する画期的なツ-ルができ意義が大いにあると考えている。 成果の学会発表等 森 英俊,他.自然音を聴くことによるオキシトシン・コルチゾール濃度,心拍変動に及ぼす効果(会).第 83 回日本温泉気候物理医学会総会・学術集会〔鹿児島 2018.5.19(土)〕に発表